雪さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.24点 | 書評数:586件 |
No.66 | 6点 | 帰還 ディック・フランシス |
(2018/08/28 14:30登録) 数年間の東京赴任を終え、ロンドン本省への栄転が決定した外交官ピーター・ダーウィン。母国への帰途立ち寄ったマイアミで同期の領事に歓待されるも、強盗事件に巻き込まれたディナー歌手夫妻をチェルトナムまで送り届ける破目になってしまう。彼らは娘の結婚式に立ち会う為、イギリスに旅立つ途中だったのだ。そしてチェルトナム競馬場は、ピーターが幼年期を母と過ごした場所でもあった。 ピーターと老夫妻は娘ベリンダに婚約者ケン・マクルアを紹介されるが、彼の顔色は冴えなかった。獣医である彼の手術した馬が、次々に原因不明の死を遂げていたのだ。さらにその夜ケンたちが勤務する動物病院が放火され、焼け跡から黒焦げの死体が発見される。 ケンの窮地を救おうと懸命に調査を続けるピーター。だがやがて彼は、徐々に浮かび上がる自らの記憶の中に、重大な手掛かりが隠されている事に気付くのだった。 競馬シリーズ30作目。主人公ダーウィンが少年時代に接した噂、人物の印象などが事件を解くカギになります。いわゆる「回想の殺人」の変奏版。土壇場になるまで犯人は解りません。第26作「黄金」同様フーダニット系で、なおかつ医学サスペンスの趣きもあり、馬を死に至らしめる方法が列挙されてて結構エグイです。その中でも主要なネタはなんと日本関連。ピーターの日本滞在がここで生きてきます。 ディック・フランシスがジャパンカップ観戦の為来日したのが1988年。「黄金」日本語版刊行と重なります。ここに来て矯めてたネタを使ったという事ですね。その次の「横断」はややパッとしませんでしたが、「直線」「標的」そして本作と、第32作「決着」辺りまでなかなかの作品が続きます。かなり面白いけど、主人公が文系タイプなのでやや印象が薄いかな。6.5点。 |
No.65 | 5点 | 三匹のねずみ エド・マクベイン |
(2018/08/26 19:37登録) フロリダ、カルーサのアジア人地区リトル・タウンで、ヴェトナム人男性三人の惨殺死体が発見された。喉をかき切られて殺された後、目をくり抜かれ切断されたペニスを口腔内に押し込まれていたのだ。警察は現場に落ちていた財布の持ち主である農場経営者を逮捕する。彼の妻は、殺された三人によるレイプ事件の被害者だった。そして無罪判決の直後、夫は「彼らを殺してやる」と叫んでいた――。 ホープ弁護士シリーズ第9弾。前作「ジャックが建てた家」と同じくマザーグースモチーフ作品。が、原曲の意味もあってないような物なので、特にストーリーとの関連性はありません。 今回登場するのは有名法律事務所をハシゴしながらフロリダに赴任してきた新任女検事パトリシア・デミング。いきなり駐車中のホープの車のケツ掘って現れます。三万ドルの新車を疵物にされ涙目のホープ。さらに和解の席で「わたし、あなたの依頼人を電気椅子に送るつもりよ」などと麗しくのたまいます。 もう一人はサイゴンからの難民女性マイ・チム・リー。彼女の通訳でリトル・タウンの住民から証言を得るのですが、ヴェトナム人の老人が見たという犯人の車のナンバー解釈がこの物語の要です。一発ネタですね。チムと付き合う過程でホープに手渡されたヴェトナム語のアルファベット表がヒントになります。 あと犯人がなかなか意外。この人、第1作目「金髪女」のモブ役で登場してたような気がしますが、記憶違いかもしれません。 前妻スーザンとの関係も安定し、レギュラー陣も出揃い段々87分署シリーズに近付いてきました。もうホープは刑事弁護専門で続くんでしょうね。出来は「ジャックと豆の木」と同等か少し上、「黄金を紡ぐ女」にはちょっと及ばないかな。 |
No.64 | 6点 | 祝宴 ディック・フランシス |
(2018/08/25 14:50登録) 史上最年少でミシュランのひとつ星を獲得したシェフ、マックス・モアトンは込み上げる腹痛を堪えていた。ニューマーケット2000ギニーレースの前夜祭、彼の経営するレストラン〈ヘイ・ネット〉で集団食中毒が発生したのだ。店舗の閉鎖にもめげず必死に仕事をこなすモアトン。その甲斐あってレース当日に催されたパーティーは大成功に終わるかに見えた。だが、突然の爆弾テロにより貴賓席は地獄となる。 辛くも難を逃れ独自に食中毒事件を調べ始めたモアトンだが、車のブレーキへの細工、自宅への放火など、明らかに標的にされたとしか思えない事件が続く。彼の命を狙う犯人は誰なのか? そして食中毒と爆弾テロとの関連は? 前々作「勝利」から愛妻の死により丸6年間筆を断っていたディック・フランシス。その後シッド・ハレー4度目の登場の前作「再起」で復活。そして今回初めて著者名に「フェリックス・フランシス」の名前が加わりました。息子さんとの共著です。 あとがきに「フェリックスが中心となってこの新作を推し進めることになった」とありますから、要所に父親のチェックは入っても、息子主体で完成したのは間違いないでしょう。シリーズ引継ぎをフランシス家・出版社が意図したとすると、どうしてもそうなると思います。しかし、つまらなくなったかと言えばそうでもない。シリーズイメージは大きく損なわれてはいません。登場人物の与える印象がやや弱くなったように感じるのは残念ですが。 アクション面ではどこまでも折れぬ鉄の意思を持つ主人公、どん底から這い上がる逞しさ、描写面では僅か数行で人物像や情景を描き出す巧みさ、そういった物を求めるのは難しいでしょう。血が繋がっているとはいえ別の人間なのですから。 ただ、ミステリ的な面白さはここ何作かに比べて上がっています。それなりの意欲を持って書かれた作品なのは間違いない。次回作を読みたいと思わせるだけのものはありました。点数は期待値込みの6点。 |
No.63 | 6点 | 究極の推論 レックス・スタウト |
(2018/08/24 14:54登録) 予告なしにウルフの事務所を訪れた富豪夫人アルシア・ヴェイル。彼女は誘拐された夫ジミー・ヴェイル救出の為に、内密の助言を求めに来たのだった。詳細な情報提供を渋る彼女に、ウルフは自分が事件解決に一枚噛むという新聞広告を出し、犯人ミスター・ナップによる人質解放の一助とするよう提案する。 それが効を奏したか、ジミーは身代金と引き換えに即日解放された。だが受け取り場所近くで、犯人一味と目されていた夫人秘書ダイナの轢殺死体が発見され、解放の翌日にはジミーも自宅で不審死を遂げる。ナップとは果たして何者か? そして50万ドルの身代金の行方は? 前回採点した「ロデオ殺人事件」を含む3中編の次、1961年に発表された57番目のネロ・ウルフ物にして未単行本化長編。スタウトには珍しく、展開が二転三転します。直線的過ぎて事件の大筋が割れ易いという欠点はありますが、まあ悪くないです。 初期6作以降のアーチーの語りは劣化コピーか使い回しで冴えなくなる一方、というのが大方の評価。「料理長が多すぎる」辺りの文章が一番きびきびして生きが良いのは認めますが、ミステリ的には後期作品の中にも結構面白そうなのがちらほら。 そのうちの一つ、Champagne for One(1958)は、不可能犯罪(毒殺事件)がテーマだそうです。本格向きの作品らしいので、論創辺りで訳してくれると良いですね。 |
No.62 | 7点 | 火よ燃えろ! ジョン・ディクスン・カー |
(2018/08/21 20:36登録) 1960年代のロンドンから、日常のまま1829年に移行してしまったスコットランド・ヤードの警視ジョン・チェビアト。彼はその世界で31歳の未亡人フローラ・ドレイトンに一目惚れするが、それから間もなく彼女が犯人としか思えない状況下で、射殺事件が起きてしまう。咄嗟にフローラを庇って証拠を隠すチェビアト。だが彼は同時に草創期のロンドン警察を任された身でもあった。果たしてチェビアトは彼女を救い、真犯人を探し出せるのか? 1957年発表。歴史物としてはやや後期のもの。「ハイチムニー荘の醜聞」「引き潮の魔女」と共に近過去三部作を成しています。時代物を描き切る前後の作品。 チェビアトに何かを伝えようとする前に殺された女性。彼がその殺害現場に居合わせたのは、彼女が身を寄せている伯爵夫人から「鳥の餌が盗難にあったから」と呼び出された為でした。しかしチェビアトは「鳥の餌」が宝石の隠し場所である事をすぐに見抜きます。宝石は恐喝により賭博場から闇の組織に流れていたのでした。 そして賭博場を仕切る闇組織のボス、ヴァルカンは彼を始末しようと周到に罠を張って待ち構えています。射殺事件の手掛かりを追ってあえて虎穴に飛び込むチェビアトですが――。 ルーレット場での二人の格闘が良いですね。ちょっとした工夫で一対一の対決に持ち込むのですが、チェビアトはヴァルカンに勝利した後でも「決闘に応じれば逮捕しない」という約束を守ろうとします。あるアクシデントからそれは不可能になるのですが、その出来事が間接的に射殺事件のヒントに繋がるのが上手いところ。まあ、こっちは活劇のおまけ程度ですが。 その合間には未亡人フローラに横恋慕する軍人ホグベン大尉を二度に渡って叩きのめします。最後には悔し紛れにチェビアトの証拠隠滅を告発するホグベン。そして物語は一気に真相の解明へと雪崩れ込んでいきます。 「ビロードの悪魔」ほど贅沢ではないですが、ストーリーの流れが良く、アクションシーンを挟んで非常に面白く読めます。カーの歴史ミステリの中でも上位の出来でしょうね。 |
No.61 | 6点 | メグレと運河の殺人 ジョルジュ・シムノン |
(2018/08/21 01:53登録) マルヌ川とソーヌ川を結ぶ運河の村デイジーの水門付近で女性の遺体が発見された。死因は扼殺。〈サザン・クロス〉号の船主ランプソン大佐夫人メアリーは、数日前から行方不明になっていたのだ。だが司法解剖の結果、なぜか彼女は殺害前に数日間生かされていると判明した。さらに続けて〈サザン・クロス〉の乗員ウイリーが殺され、現場にはランプソンの所属するヨットクラブのバッジが落ちていた。だがメグレは別船〈プロヴィダンス〉号で船の一部の様に扱われている、魯鈍な大男に目を向ける――。 メグレシリーズ2作目。なんと初期も初期、処女作「怪盗レトン」の次に書かれた作品です。今回はほぼプロットの妙とかありません。ドラマ全振り。 メグレが馬車道をせっせこ自転車漕いだりとか所々面白い場面はありますが、基本的にパッとしない話が続きます。特に意外性も無い。 しかしですね、これが突然宗教画のような美しいエンディングを迎えるのです。「運命の修理人」メグレは、最後に犯人と被害者の物語を編み上げてゆく。そして平凡なストーリーは類の無い物語に変わる。「怪盗レトン」ではまだエンターテイメントの範疇に留まっていた、シムノンの作家としての特質が存分に発揮されます。 被害者の旦那も良いですね。一族から半ば放逐されて自堕落な生活を送っている、シリーズによく出てくるタイプですが、英国紳士で芯には凛とした所が残っている。ラスト二章はこの大佐と、犯人と、そしてメグレの三者それぞれの心情が滲み出ていて印象に残ります。 という訳で読後感は非常に良いのでした。トータルでは多分凡作でしょうが。 |
No.60 | 5点 | 横断 ディック・フランシス |
(2018/08/20 16:08登録) 英国ジョッキイ・クラブ保安部員トー・ケルジイの目の前でその男は崩れ落ちた。心臓麻痺だった。脅迫を繰り返して馬主からサラブレッドを奪い取る競馬界の敵、ジュリアス・アポロ・フィルマー追求への手掛かりがまたひとつ消滅したのだ。更に犠牲者の馬主が自殺、真相を知る厩務員の死と併せ、全ての道は途絶えたかに見えた。 だがクラブは、フィルマーがロッキイ山脈を越えて驀進するカナダ競馬振興特別列車の旅客となるとの情報を掴む。ビッグイベントから不安要因を排除したいカナダ・ジョッキイ・クラブは英国側との共闘を選択し、フィルマーの企みを阻止する為の特別要員として、トーは〈壮大なる大陸横断ミステリ競馬列車〉に送り込まれる――。 競馬シリーズ第27弾。「黄金」の次作にあたります。フランシス版「オリエント急行の殺人」。舞台はカナダ大陸横断列車・列車内で催されるミステリ劇・実際に起きるフィルマーの陰謀や妨害など趣向もてんこもり(別に車内での殺人とか無いですけど)。 その割には無難に終わったなと。もっと面白くなっても良い筈なんですけどねー。フランシス作品中でも有数の長編で、列車のスケジュールと物語の流れがほぼ同期して進みます。一応読ませますがその辺は冗長に感じるかもしれません。長さの割にはメリハリが無いかな。大筋もどちらかと言えば凡庸な部類。 作中作としてのミステリ劇は主人公がフィルマーに圧力を掛けるテコの役割を果たします。読む前はこれも面白いかなと思ったんですが案外そうでもありません。こういうのは本筋と密接に関連してないと生きてきませんね。とっちらかるだけです。 印象に残ったのは主人公とクラブ側との連絡役を務める、カナダ・ジョッキイ・クラブ保安部長の母親ですね。声だけの登場ですが、他の誰よりも魅力的です。 買える点もありますが、総合的に見て標準作。ネタ的に色々と勿体無いです。 |
No.59 | 5点 | メグレと宝石泥棒 ジョルジュ・シムノン |
(2018/08/18 09:49登録) 元やくざのボス、マニュエル・パルマリが所有するアパルトマンの自室で銃殺された。車椅子暮らしのマニュエルは出所後引退を表明していたが、メグレは彼を頻発する宝石強盗事件の黒幕と睨んでいた。彼の手足となっていた情婦のアリーヌに目を付けるメグレだが・・・。 シリーズ第92作目で1965年の作品。「メグレたてつく」の続き物で、パルマリと情婦のアリーヌは前作でメグレに重大なヒントを与える役回りでしたが、今回はそれぞれ被害者と容疑者です。 幕開けはのどかに始まるんですが、陰惨な話ですねこれ。ラスト付近もかなり棘々しいです。密室とありますが、鍵を使っただけなのでべつに何でもありません。 パルマリのアパルトマンでの聞き込みも、シムノンにしては人物整理が悪いですね。重要な人物を含め数人に焦点を絞るのが普通でしょう。プロットはそれなりに凝ってますが、印象的なキャラクターが不在なのであまり生きてません。 あとがきに「メグレもののうちでも5本の指に入るもの」となっています。長島良三さんは一級の訳者ですが、メグレシリーズに関しては普及を図ろうとするあまり、いささか寸評に公正を欠くきらいがあります。後に選んだ自薦メグレにもこの作品は入っていません(「ミステリマガジン」1990年3月号「ジョルジュ・シムノン追悼特集」、長島さんの選んだのは「メグレと若い女の死」「メグレと殺人者たち」「モンマルトルのメグレ」「メグレ罠を張る」「メグレと首無し死体」番外として「メグレの回想録」)。まだ筆に力はありますが、メグレ物としては標準よりやや下だと思います。 |
No.58 | 6点 | 風に乗って スチュアート・ウッズ |
(2018/08/16 18:14登録) 無気力を学部長に見抜かれ、強制的にロー・スクールを休学させられた青年ウィル・リー。彼はイギリスの〈カウズ・ウィーク〉レース観光の際、アンカーを失くした船が王室専用ヨットに突っ込むのを防いだ事から、元英国海兵隊員による高速ヨット建造チームに加わることとなる。だが元兵士には海軍時代IRAの少年を射殺した過去があり、アイルランドでの造船作業にはテロ組織の不穏な影が蠢くのだった。 更にスポンサーを務める投資家の会社には爆破、不正疑惑と立て続けにスキャンダルが降り掛かる。幾多の障害を乗り越えヨットは次第に完成に近づくが、ある日船大工の一人がIRA式の処刑法で、後頭部を撃たれた死体となって発見される・・・。 処女作にしてMWA賞受賞作「警察署長」に続く2作目。本作の主人公は初代デラノ警察署長ウィル・ヘンリー・リーの孫にあたります。物語の骨子はモラトリアムな彼の青春小説であり成長小説。ですのでビターエンドです。ミステリとしては一応テロ組織の黒幕「司教」は誰か?という謎はありますが、主人公周りは終始ヨットの建造でてんてこまいなので別に犯人探しとかはしません。ヨットが存分に帆走するのもホント最後の方です。 大量殺人事件を軸に、数世代に渡りアメリカの一地方都市を俯瞰した前作ほど骨太ではないですね。結構ページ数ありますが、イメージとしては淡彩の小品といったところ。ウィルは青春物のお約束で、節操無しに女に手を出してはダメージ受けてます。 こういうのが好きな読者も結構多いらしく文庫化希望の声も高いようですが、今のハヤカワだとどうだかなあ。その手の人はもう1、2点プラスするでしょうね。 |
No.57 | 6点 | 黒い山 レックス・スタウト |
(2018/08/12 18:28登録) ネロ・ウルフの親友にしてレストランのオーナー、マルコ・ヴクチッチが自店前の路上で射殺された。ウルフは身元確認のため遺体安置所に向かうが、その直後に彼の養女であるカルラ・ブリトンが事務所を訪れ、ウルフを糾弾する。マルコと彼女は祖国モンテネグロの独立運動に関わっていたのだ。 親友の仇を取るためウルフは捜査を進めるが、状況は一向に進展しない。数日後にニューヨークから姿を消すカルラ。そしてウルフの元に、彼女がモンテネグロ山中で殺されたという知らせが齎される。 ウルフは遂にアメリカを離れ、殺人者を追ってアーチーと共にユーゴスラビアに赴く! シリーズ第17長編にして37本目のウルフ物。1954年に発表されました。かいつまんで言うとウルフがユーゴ秘密警察のボスをだまくらかして、親友と養女を殺した犯人をアメリカまで引っ張ってくる話です。色々ガバガバですが。 旧知の相棒の手引きで、イタリアからアドリア海を横断してモンテネグロに上陸しますが、今回のウルフはアーチーよりよっぽど活動的。山中踏破を物ともしません。一晩寝ると無理が来て「壊疽って知ってるか」とか言い出しますが、音を上げる事だけはしません。とにかく歩きます。現地の描写とか結構面白いです。 秘密警察の追及を口先三寸でかわしてからマルコの甥の信頼を得るまでは良かったですが、カルラの殺害現場であるアルバニア国境付近の要塞で都合良く犯人が判明するのはちょっといただけませんね。アメリカとモンテネグロに同時に手を伸ばせる相手は限られてますから、ウルフならば遅かれ早かれ突き止めたでしょう。この辺はもう少し工夫が欲しかった所です。 追記:欧米批評家がスタウトの代表作として選んだネロ・ウルフ物を以下に掲げます。 参考:http://fuhchin.blog27.fc2.com/blog-entry-88.html?sp 腰抜け連盟 (1935) 8票 毒蛇 (1934) 5+(1)票 料理長が多すぎる (1938) 5+(1)票 シーザーの埋葬 (1939) 5+(1)票 ネロ・ウルフ対FBI (1965) 5票 Xと呼ばれる男 (1948) 4+(1)票 雑誌「EQ」掲載、アーノルド・ゼック三部作 The Second Confession (1949) 3票 未訳、アーノルド・ゼック三部作 In The Best Families (1950) 3票 未訳、アーノルド・ゼック三部作 黒い山 (1954) 2+(1)票 語らぬ講演者 (1946) 2票 雑誌「別冊宝石」掲載 編集者を殺せ (1951) 2票 ネロ・ウルフ最後の事件 (1975) 2票 ☆()票は同一選者の別選 以下1票作品 ラバー・バンド(1936)、赤い箱(1937)、Plot It Yourself(1959)、A Right to Die(1964)、マクベス夫人症の男(1973) ギャンビット(1962)、ファーザー・ハント(1968)、(いずれも雑誌「EQ」掲載) 腰抜け連盟強いですね。自分はさほどのものとは思いませんが。 アーノルド・ゼックとはネロ・ウルフ最大の敵で、ホームズ物のモリアーティ教授に相当する人物。「Xと呼ばれる男」以下の作品はゼック三部作と呼ばれています。 ポケミス版「黒い山」のあとがきでは順次刊行予定でしたがそれから約十年、一向に音沙汰が無いので諦めた方が良いでしょう。 |
No.56 | 4点 | ロデオ殺人事件 レックス・スタウト |
(2018/08/10 23:36登録) 千七百万ドルの資産を受け継いだ女性リリー・ローワンのホームパーティーの目玉は、全米ロデオ選手権大会だった。ニューヨーク63番街、十階建てのペントハウスの欄干から、歩道を直進する騎手に投げ縄を命中させるのだ。だが競技終了後、嫌われ者のスポンサーの一人が頭を殴られ、出場選手から盗まれたカウボーイ用ロープで絞殺されているのが発見された。 メインディッシュの珍味アオライチョウに惹かれて出席していたウルフとアーチーのコンビは、リリーの依頼を受けてすぐさま捜査を開始する。 1960年発表。雑誌「EQ」 1998/07 NO.124掲載の書籍未収録ネロ・ウルフ物。アンソロジーピースの「ポイズン・ア・ラ・カルト」、同じくEQ 1992/09 NO.89掲載の「第三の殺人法」と併せて刊行された中編集中の一編です。後期の始まり、まだ完全に枯れてない時期の作品。 カウボーイ、カウガールを含む競技関係者の中から犯人を突き止める事になりますが、ポイントはある女性選手の行動。彼女はロープを盗まれた恋人を救う為、やってもいない犯行を告白したり、デタラメな証言を並べたり、果てはアーチーをウルフの事務所内で射殺しようと試みます。警察にも十四時間以上拘束され、今回は踏んだり蹴ったりのアーチー。 彼女の行動が煙幕になって分かり辛くなっていますが、事件の構造はシンプルですね。短時間のアリバイが問題になるのですが、登場人物の一人がうっかり漏らした言葉が決め手になります。が、これでは弱いかな。ソウル・パンサーら証拠固めチームもやや後出し気味。ちょっとフェアでは無いですね。全体に「料理長が多すぎる」の焼き直し風ですが、あちらと比べるとどうしても会話のコクや内容が薄い感じ。独自の地位を主張出来るまでには至っていません。 まあ一回読めば充分な凡作ですかね。パーティー主催者のリリーは「シーザーの埋葬」でアーチーの恋人役を務めるそうですが、残念ながら未読。 |
No.55 | 6点 | 決着 ディック・フランシス |
(2018/08/06 16:38登録) 6人の子持ちである建築家リー・モリスは、突然ストラットン・パーク運営責任者たちの訪問を受けた。故老男爵から遺贈を受けた9人の株主の一人として、彼の愛した競馬場を救って欲しいというのだ。リーは亡き男爵への想いから、「ストラットン一族と関わってはだめ」という母の忠告を破り総会に参加するが・・・。 競馬シリーズ第32弾。一族のはぐれ者が愛情と誠意で確かな絆を結び直すという、26作目「黄金」の変奏といえる作品です。あちらの真相もフランシスにしてはやや陰惨でしたが、こちらはある意味もっとキツい。それを緩和してくれるのがコメディリリーフである主人公の5人の子供たちです(一人はまだ赤ん坊)。 株主総会で新たに取締役に選ばれたのは老男爵の3人の息子たち。そのうち次男坊はかつてリーの母と別れたDV夫。遺贈を受けながら役員に就けなかった孫世代も、諦め悪く策を巡らします。 そして総会を仕切るのは、男爵の妹であり一族の知恵袋である老婦人。競馬場存続派である彼女は内密にリーを引き止め、売却派である次男の金銭調査と、男爵位を継いだ長男を操る高慢な建築家の身元調査を依頼するのでした。 思わぬ展開に戸惑いながらも承知するリーですが、総会後間髪を入れず競馬場が爆破され、彼は崩壊する中央階段から息子を救う際に重傷を負ってしまいます。しかし彼は、傷ついた身体に鞭打って徐々にストラットン競馬場を再建していきます。 仮説テント等野外サーカス用の仮設備、色彩設計や空調、観葉植物や安全面への配慮など、レース場復興に向けて崩壊したスタンドが生まれ変わっていく過程は感動的です。 ミステリとしては母を虐待した宿敵である男爵家次男との対決を軸に「スタンドを爆破したのは誰か?」が主な謎ですが、最初から悪玉組がハッキリしているので難易度は高くありません。ですが「大した事は無いのかな」と思っていると、最後に結構な地雷が用意されています。ただし最終的に綺麗に解決するような問題ではないので、ややビターエンドなのが悩ましいところ。 総合的な出来は「黄金」の方が上ですが、子供たちの存在をスパイスに楽しみながら読める作品です。 |
No.54 | 4点 | シンデレラ エド・マクベイン |
(2018/08/04 05:00登録) 弁護士マシュー・ホープの依頼で浮気調査を行っていた、老練の私立探偵サマルスンが射殺された。彼が同時に請け負っていた仕事はシンデレラと呼ばれる美女を探す事だった。彼女はフロリダ有数の船舶会社のオーナー、ラーキンからロレックスの金時計を奪っていたのだ。同時にマイアミでもシンデレラを探して二人のキューバ人が殺人を繰り返していた・・・。 シリーズ6作目。法廷・リーガルに分類してますが実の所はノワールぽいストーリー。ガラスの靴とドレスを纏って舞踏会から純度90%、四キロのコカインを持ち逃げしたいけないシンデレラ。当然そのままで済む訳もなく、麻薬の売人アマロスはさっさと追っ手を派遣します。完全にとばっちりで殺される二人の義姉。元ネタとは逆にシンデレラの方が悪人ですな。とにかく手癖の悪い女です。 そして主人公のホープ。前作「白雪と赤バラ」で特大の地雷を踏み抜きましたが、この期に及んで元鞘かよお前。なんか子供が気の毒になってきました。コブ付きなのにバート・クリングより節操無いです。大丈夫かこいつ。 フロリダを舞台にするなら麻薬組織とヒスパニック犯罪に触れんといかんかなー、という感じで書かれた作品ですね。シンデレラ組を追うラーキンとアマロスにホープがちょこっと絡む感じ。血腥いだけでミステリ的な興趣はほとんどありません。浮気調査を依頼した夫婦の間での脇筋の駆け引きが一番意外だったくらい。 シンデレラも単なるマネーオンリーのエゴイストで、といって女傑でもない。苦手なんだよなこういうの。読めはするけど特に図抜けた凄みもないし、4点そこそこ。 |
No.53 | 6点 | メグレと田舎教師 ジョルジュ・シムノン |
(2018/08/04 02:36登録) パリから遠く離れたシャラント県からオルフェーヴル河岸を訪れた教師。嫌われ者の老婆射殺事件の容疑者である彼は、メグレ警視に海辺の寒村ラ・ロシェルでの再捜査を依頼するのだった。村の名産である白ワインと牡蠣目当てに、現地に赴くメグレだが・・・。 シリーズ72作目。秀作「メグレと若い女の死」の前作に当たります。シムノン円熟期と言っていいでしょう。 村を舞台にしたメグレ作品には「メグレとグラン・カフェの常連」「メグレと死体刑事」等がありますが、比較すると非常にカッチリした造りですね。舞台劇的。殺害時刻のアリバイは勿論、容疑者の教師や子供達、村人や被害者、各人のその時の位置関係が謎解きに関わってきます。こういうのは珍しい。今までの村物は正直イマイチ感が強かったので、根本から変えてみたのだと思います。 教師一家は周囲からハブられ気味で、実質村を仕切っている助役のテオがメグレの相手です。そして村人のほとんどは幼馴染。ここでのメグレはテオの誘導で「はよ帰れや」という扱いなので、聞き込み捜査も碌に進展しません。それでも老婆の葬式の際に、心を閉ざす教師の息子を掴まえたことから光明が見えてきます。 メグレは大人がアテにならないんで子供たちに当たるんですが、どの子も老けてますねえ。大体シムノンの描く子供はかわいくないです。話的には凶器のカービン銃の口径が小さすぎて普通人間なんか殺せねえよ、ってのもミソですね。被害者の眼球に当たってるんですが。 色々テコ入れしたせいか出来はなかなかです。小作りというか全般に地味ですけど。 |
No.52 | 5点 | ジャックと豆の木 エド・マクベイン |
(2018/08/01 16:01登録) ホープ弁護士はジャック・マッキニーなる依頼人に、農地十五エーカーの購入手続きを依頼された。しかしジャックはわずか20歳。おまけに彼が栽培しようとしているさや豆は、ここフロリダでは赤字確定の作物だった。 ホープは思い留まるよう説得したが、頑として応じないジャック。ほどなく彼はめった刺しにされて殺され、買収資金の残金も奪われた。だが牧場経営者の母親の話では、息子は勘当同然の身の上で金など持っていないという。ジャックは四万ドルもの大金をいったいどこから得ていたのか? ホープ弁護士シリーズ第4弾。マシュー・ホープぼこぼこになるの巻です。 だいたいしょっぱなから酷いですね。恋人デイルとパーティーに出席したものの、彼女の機嫌が悪くて退場。気分直しに入ったバーでカウボーイ2人に絡まれ、顔が倍に膨れ上がるほど殴られます(後で友人の警官にテクを習ってやり返しますが)。 デイルに担がれなんとか帰宅するも彼女に別れ話を切り出され「なぜ? 僕が嫌いになったの?」「実はあたし二股掛けてたの」「彼と結婚するの」「はぁ?( ゚д゚ )」。 袋叩きになりながらヤケクソで仕事に邁進するホープですが、農場の残金をフイにした売り主は訴えるとおかんむり。煮ても焼いても食えそうにない相手方弁護士とやり合ううちに、今度は売り主の方が射殺されてしまいます。そして・・・。 第三の殺人までは面白かったんですけどね。農場の描写とかも骨太で。ホープも恋人にフラれたあと物凄く若作りのジャックの母ちゃんとねんごろになったりして。でも結構盛り上がった挙句犯人は衝動的なアホでした(ポケミス版237Pにしっかり阿呆って書いてあります)。そのアホの逮捕劇のおまけでホープが撃たれて終わり。しょうもないんでひっくり返るかと思ったんですが、腰砕けというか。主人公のあしらいは最後まで酷いです。 一応「なぜジャックがさや豆に拘ったのか?」「金はどこから得たのか?」という謎はありますけどね。たいしたもんじゃないです。ジャックの母親の57歳の女傑は良いキャラですけどね。この女性の人生模様の方がメインかなあ。 第3作の「美女と野獣」が図書館に無かったんで一作飛んだんですが大丈夫かなこのシリーズ。次の「白雪と赤バラ」は文句無しとして、6作目の「シンデレラ」も一応読みましたがこれよりつまんないという・・・。 |
No.51 | 6点 | 黄金を紡ぐ女 エド・マクベイン |
(2018/07/29 01:32登録) 離婚したての弁護士マシュー・ホープは元人気ロックスター・ヴィッキーとベッドを共にするが、彼女は翌朝撲殺死体で発見され、同時に彼女の娘アリスンも連れ去られていた。ホープは執拗に引き止める彼女を振り切った事に罪悪感を覚え、自ら事件の渦中に踏み込んでいく・・・。 原題は"Rumpelstiltskin(ランペルスティルツキン)"。「部屋一杯の藁束を金に変える」という願いの代償に、小人に子供を要求された娘が、「名前を言い当てれば諦めよう」という取引をし、当てられた小人は破滅するというグリムの童話です。奇妙なタイトルは問題の小人の名前。 シリーズ2作目ですが、ホープ有能ですね。第1作「金髪女」では終始パッとしませんでしたが、私生活上のゴタゴタで煮詰まってたんだな、ということがこれを読むと分かります。メグレ警視もそうですが、一人称作品だと軸となる主役に大きくウェイトが掛かってきますね。よっぽどストーリーが練られてないと、主人公がダメなのは後々まで響きます。グレードも前作に比べ二段くらい上がった感じ。 物語はヴィッキーの遺産である1200万ドルの信託財産の条項が問題となり、彼女の実父と前夫が捜査線に浮上した後で、アリスンが死体で発見されます。典型的な遺産相続もの。ミステリとしては手掛かりの出し方が上手いです。ただ翻訳の問題なのか、読み返すとある部分が明確に描写されていませんね。そこは残念。 主人公ホープが新しい恋人デイルを得、娘のジョアンナと共にニューオリンズを訪れるシーンは美しいです。私生活も充実してエンジンが掛かってきました。見せ方は舞台やキャラが確立した87分署物に一日の長がありますが、描写はホープ弁護士物の方が丁寧ですね。この作品に関して言えば、87分署の良作と同程度と見ていいでしょう。6.5点の出来。 |
No.50 | 5点 | 金髪女 エド・マクベイン |
(2018/07/26 15:01登録) 弁護士マシュー・ホープは深夜、妻との諍いの最中に顧客パーチェイス医師からの電話を受けた。帰宅した彼は妻と二人の娘が惨殺されているのを発見したのだ。 アリバイを訴えるパーチェイスだが、やがてホープはその時刻彼が愛人宅にいた事を突き止める。だがその矢先、先妻の息子マイケルが犯行を自白した――。 マクベインのもう一つの長期シリーズ、ホープ弁護士物第1作。東海岸の犯罪都市アイソラから、フロリダ沿岸の温暖なリゾート地カルーサに舞台を移して心機一転。87分署物に比べ、風景や生活描写も優雅でカラフルです。 とはいってもあんまりパッとしませんね。主人公は弁護士らしく証言のちょっとした齟齬から真実に迫るのですが、トラブルに追われてエンジンの掛かりも遅く、しかもそれとは関係無しにバタバタっという感じで解決します(ホープが関わる意味はある程度アリ)。事件全体を主人公の私生活と二重写しにする事で一応の説得力は持たせていますが、ちょっとフェアではないかな。 ホープという人間を描き込むことに主眼が置かれた、顔見せ興行的な作品ですかね。実際、車に撥ねられた飼い猫セバスチャンの死を見取るシーンが一番印象に残ってたりします。 このシリーズはグリム童話をモチーフにしていますが、"金髪女(Goldiocks)"に該当するものは調べても見当たりません。作中の意味は「不倫相手」全般を指すようですが。 解説で「マクベインが今更こんなものを書くなんて」とありますが、次作以降巻き返すようですから、種蒔き的な作品なのでしょう。今後に期待したいと思います。 |
No.49 | 6点 | 毒薬 エド・マクベイン |
(2018/07/25 09:47登録) 吐瀉物と排泄物に塗れて横たわる死体。死因はニコチンによる中毒死だった。現場検証に立ち会うキャレラとウィリスだったが、死者の録音電話に出た女、マリリン・ホリスにウィリスは惹かれるものを感じる。 同時に何人もの男とつき合い、話を聞くたびにくるくると出自が違い、どこから金を得ているのかも不明なまま優雅な一人暮らしを楽しんでいる女性。マリリンは男を弄ぶ毒婦なのか? そして、彼女の交際相手が二人、三人と続けざまに殺されてゆく…。 シリーズ第39作。古株ハル・ウィリスにライトが当たります。小男ですが柔道の達人である二級刑事。第2作「通り魔」で既に活躍を見せていますが、やや地味めなせいかこれまで主役は張れませんでした。でも今回は本気。 「彼女は犯人じゃない!」という態度でバーンズ警部にも突っかかり、キャレラは頭を振っています。 まあでもね、最初マリリンは明らかに懐柔目的でしたね。んでだんだん本気になってしまったと。惚れた気持ちに嘘は無いからいいんですけど。 ウィリスとお互いに気持ちが通じて、ずっと隠していた秘密の告白があって、それからまるまる1P使ってあの蒸留器の広告が出てくる。インパクトあります。前々作「稲妻」のヒキもそうですがこういう所、87分署シリーズ随一の大作「凍った街」以後のマクベインは吹っ切れた感があります。ノッてるというか快調に飛ばしてますね。 本作のミステリ部分もなかなか良いです。ドラマ部分に振ってるのか、得意のモジュラーは映画館でやかましい前席の女性を射殺した男の話しか出てきませんが。色々惜しいけど6.5点にはならないかな。6点作品。 |
No.48 | 6点 | メグレと首無し死体 ジョルジュ・シムノン |
(2018/07/20 13:33登録) サン・マルタン運河から上がったばらばら死体を検視した後、メグレはふと目に留まった居酒屋に立ち寄るが、その店の痩せた褐色の髪の女主人が彼の注意を惹く。司法解剖の結果は「五十過ぎの男性、長時間立ったまま過ごす職業で、湿った地下室に出入りし、ぶどう酒を扱う者」だった。メグレはそのまま酒場に居付き、女主人と幾日も短い会話を交わし続けるが・・・。 メグレ警視シリーズ第75作。「メグレと若い女の死」「メグレ罠を張る」等の秀作に挟まれた、人によってはシムノン最盛期に挙げる時期の作品です。けれど大筋でも分かる通り、しょっぱなにメグレが入った店で事件の解決が皿に乗せて差し出されるといった、かなり無茶な展開を見せます。類似の展開は部分的に他のメグレ物にもありますが、この作品はそこが極端。ストーリーも基本的に動きが無く、平板な会話が続くだけ。初読の人間は「なんやこれ」と思っても仕方ないでしょう。現に私がそうでした。 この作品の真価はメグレと女主人のぶつ切りの会話にあります。答え辛い質問をされても殆ど躊躇わず、最小限度の回答だけを平然と口にする。 メグレは次第に、彼女が自分とほとんど同じほどの人生経験を持つ相手だと認識し始めます。この辺のやり取りや会話の意味は、シリーズを熟読していないと分からないでしょう。ジュール・メグレという人物を知っていないと、まず表面上の平穏さの裏にある異常さが理解出来ないのです。全てが終わった後でメグレ夫人は夫に呟きます。「わたしはねたましかった」と。一連の遣り取りが女主人にも何かを残したのは、最後に飼い猫の世話を託したことで分かります。 ラストで彼女の過去が判明するのですが、それを考慮に入れても全てを汲み取れたとは思えません。やはり名作ではあるのでしょう。初メグレがこれでいったんシリーズを投げ出してしまったせいか、今でも苦手な作品の一つです。 |
No.47 | 5点 | カリプソ エド・マクベイン |
(2018/07/19 23:48登録) 深夜の嵐の中のアイソラ。コンサートを終えた黒人歌手とマネージャーが襲われ、歌手は凶弾に斃れた。その僅か4時間後の87分署管轄外区域。二人を狙った謎の黒ずくめの人物は、続いてある黒人娼婦を射殺する。二つの事件はいったいどう結びつくのか? 87分署シリーズ第33弾。エド・マクベインお気に入りの作品だそうです。テーマはズバリ"監禁"。 前作「死者の夢」で精神分析を取り上げた作者ですが、この辺りから変化の兆しが現れます。ルーティーンワークに飽き足らなくなったのでしょうか、87分署に平行して心の闇を掘り下げた「ホープ弁護士シリーズ」が開始されます。 その流れを受けて、本作は真の意味での異色作となりました。普遍的な事件を取り上げ続けたシリーズの流れに逆らい、特殊な人物が生み出した異様な事件。最終章で展開される光景はほとんどホラーです。 でもそれも作者自身の変化に沿っているのですよね。この作品の延長線上にホープ弁護士シリーズの最高作であり、同時にマクベイン最高の作品の一つ「白雪と赤バラ」があります(もちろん遥かに洗練されてはいますが)。1970年代後半から80年代後半にかけてのマクベインの充実具合は素晴らしいです。文筆家として最も脂が乗ってる時期でしょう。 とは言ってもこれはこのシリーズに求めているものとは違うかなあ。いつもの蕎麦を頼んだら、何故かハヤシライスを出されたような感じですね。その分マイナス1点。ただし背筋の寒くなるような作品ではあります。 |