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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.14 8点 ダールグレン
サミュエル・R・ディレイニー
(2017/12/24 09:25登録)
原書は1975年に分厚いペーパーバック1巻本(879ページ)で刊行。過激な性描写とバイオレンスが話題を呼び、100万部とも言われるベストセラーになった。
物語は、記憶を失った若者が隔離都市ベローナに足を踏み入れるところから始まる。かつては200万人の人口を擁した大都会だが、謎の天変地異により外部との通信が途絶し、今も街に残るのは千人ほど。夜に浮かぶ二つの月、日付がランダムに変化する地元紙、奇妙な光学装置を身に着けたギャング団・・・。
謎めいたこの街を舞台に、自伝的要素を交えつつ、若き詩人の遍歴の旅が描かれる。
ウィリアム・ギブスンの序文に曰く「これは文学の特異点である」。文学的迷宮を探索する楽しみを堪能させてくれる伝説の奇書。


No.13 7点 ゲームの王国
小川哲
(2017/12/20 22:45登録)
ポル・ポトの隠し子とされる少女ソリヤと、天才少年ムイタックを主人公に、カンボジアの変転をつづる。
彼らが暮らす社会は矛盾や不条理に満ちている。それはポル・ポト以前も以降も変わらない。警察は疑惑を抱いただけで連行し、話も聞かずに犯人だと決め付ける。全く話が通じない。陰謀やでっち上げというレベルではなく、論理とか事実の検証という思考自体が、この社会に欠けている。それが何より恐ろしい。
公正なルールが存在するゲームのような世界を夢見た少年少女は、激動の歴史に翻弄されながら、それぞれの方法で「正解」を探し続ける。政治家となったソリヤは理想実現のために権力を求め、科学者となったムイタックは、ゲームの生み出す仮想現実により、全ての人を満足させようとする。だが、求めれば求めるほど、理想は彼ら自身の中でゆがんでいく。
上巻では抑圧的な社会の実態が生々しく描かれ圧巻だが、下巻では、それを克服しようとする営為の中に内在する新たな抑圧がえぐり出され、慄然とさせられる。


No.12 8点 アンブロークンアロー
神林長平
(2017/12/15 20:27登録)
南極大陸に出現した超空間<通路>から、謎の異星知性体<ジャム>が地球に侵攻する。人類は通路の向こう側の惑星に実践部隊を派遣。いつ果てるともしれない戦争が始まる。
主役は、人工知能を搭載した戦術戦闘電子偵察機<雪風>とパイロットの深井零。ジャムが人類に仕掛ける欺瞞工作が物語の焦点になる。
何が真実で、何が虚構なのか?スパイ小説めいた枠組みの中で、操作される現実というテーマが浮上する。果てしない議論の末に、不意打ちのように訪れるラストシーンは惚れ惚れするほど素晴らしい。


No.11 6点 怪談実話傑作選 弔
黒木あるじ
(2017/11/24 20:48登録)
書き下ろし6作を加えたベスト集。
冒頭の書き下ろしの掌編もいいが、不幸な女の不気味な力を示す「幸子」から怒涛の衝撃が最後まで続く。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚などを使って、この世には見えぬ存在を生々しく具体的に喚起させている。しかも現代において何が怖いのかを考え抜いていて、グロテスクな中にもユーモアを見出す観察力と批評性がある。
また、いじめをテーマにした「虐目」がいい例だが、語りの順序に腐心し、ツイストをきかせ、劇的に運び、最後にはきちんと落とす。長編でも十二分に活躍できると思わせるストーリーテラーぶりを見せつけている。


No.10 8点 天冥の標Ⅱ 救世群
小川一水
(2017/11/17 21:34登録)
「メニー・メニー・シープ」に続く<天冥の標>シリーズ第二巻。ただし、はるか未来の植民惑星のドラマを描く前作とは一転、ほぼ現代の日本を主舞台に戦慄のメディカル・サスペンスが語られる。
主人公は国立感染症研究所附属病院の医師、児玉圭吾。パラオの小島で未知の感染症が発生したとの連絡を受け、同僚と現地へ飛んだ彼は、恐るべきウイルス性疾患、「疫病(ディジーズ)P}(のちの「冥王斑」)のアウトブレイク(突発的な発生)に立ち会うことになる。
タイトルの「救世群」とは、冥王斑から奇跡的に回復した患者群のこと。ウイルス保有者として差別にさらされる彼らがたどる苛酷な運命が中盤の軸になる。
日本のパンデミック・スリラーとしては、おそらくもっともリアルでもっとも読ませる小説ではないか。話は完全に独立しているので、前作を未読の方もご心配なく。


No.9 5点 ねじまき少女
パオロ・バチガルピ
(2017/11/10 19:24登録)
時は、バイオテクノロジー企業が世界経済を支配する近未来。舞台は、海面上昇で水没の危機にあるバンコク。
石油資源は枯渇し、新たな動力源として強力なゼンマイが登場。象を遺伝子改造した巨大動物がゼンマイを巻く。
タイトルのねじまき少女とは日本製の少女型アンドロイド、エミコ。タイでは禁制品として処分の対象になるため、環境省の目を逃れ、娼館で働いている。彼女の存在が焦点となり、やがて国家を揺るがす大事件が勃発する。
「ニューロマンサー」以来の衝撃の惹句どおり、サイバーパンクの影響が色濃く、物語よりも、遺伝子工学で変貌したストリートの描写に主眼がある。
作者は1973年、米国コロラド州生まれ。ほぼ同世代の伊藤計劃の第一長編「虐殺器官」と読み比べるのも面白い。


No.8 6点 天皇の代理人
赤城毅
(2017/11/03 18:31登録)
2人の外交官を主役に、昭和外交史における秘密が語られていく。
日本、英国、ドイツ、フランスを舞台に、歴史の転換点となる外交事件にまつわる謎や出来事を扱う本作。
吉田茂をはじめ、歴史上の人物が多数登場するなか、2人の外交官が名探偵や凄腕スパイのごとき活躍を見せる。
戦前から終戦にかけての昭和史に興味があるならば、虚実入り混じったミステリの妙味を存分に楽しめると思います。


No.7 6点 記憶屋
織守きょうや
(2017/10/29 19:35登録)
繊細で優しく、スリリングでしかも切々としていてなかなかいい。
記憶が主題というだけで食傷する向きもあるかと思うが、出尽くした感がある題材も、青春恋愛小説的な視点から切り込むと実に新鮮であることがわかる。
記憶がもつ甘美さと残酷さを両方とりあげ、記憶喪失の是非を問いかけて、生きることの難しさをどう向き合うのかを考えている。
真摯で暖かな感動作。


No.6 7点 セメント怪談稼業
松村進吉
(2017/10/20 21:04登録)
怪談実話の若き旗手の私小説。
怖い話を収集しているのに幽霊が好きではなくて、怪異の災厄から全力で逃げ出すヘタレ作家の日常と怪談を合わせて不思議な文学空間を作っている。
作者には何とも言えない詩心があり、カミソリのような切れ味の恐怖の中に詩情が漂っている。
野蛮で能天気で不思議な叙情が醸し出され、ユーモアペーソスも絶妙に配合されて、混沌としながら温かくも怖い世界を作り上げている。


No.5 6点 怪談
柳広司
(2017/10/14 17:09登録)
かの有名な小泉八雲「怪談」に収録の「ろくろ首」「耳なし芳一」など、おなじみの話を現代のホラーミステリとして語りなおしたもの。怪しい出来事の連続に始まり、やがてすべては論理的に解き明かされる。
作者ならではの端正なミステリのつくりに加え、こちらも現代日本の病理のような事件があちこちで扱われ、さらにラストで恐怖が待ち構えている。
なんとも贅沢な異色短編集。


No.4 7点 ソヴィエト・ファンタスチカの歴史
ルスタム・カーツ
(2017/10/09 12:22登録)
1921年から1993年にかけてのロシアSF・幻想文学史を、具体的な人名(写真や略歴付き)と作品(粗筋や挿絵付き)を挙げながら子細につづったこの本、実は偽書。
でも、よほどロシア文学通でもない限り信じるはず。それほど、ディテールが真に迫っている。
本当の作者ロマン・アルビトマンに脱帽する他ない奇書。


No.3 4点 きみといたい、朽ち果てるまで~絶望の街イタギリにて
坊木椎哉
(2017/09/24 16:52登録)
舞台は無法地帯化している街イタギリ。
ごみ収拾と死体運搬の仕事をしている少年は、ある少女に恋心を抱くものの、連続する殺人事件が起き絶望を深めていく。
死んでも体が動くシナズというゾンビのような化け物が存在していて、それが究極の人間性を浮かび上がらせる仕掛けとなり、哀切な結果を強く印象づける。
父と息子の葛藤が物足りないし、プロットにもひねりと驚きが今一つ。
ただ終盤の凄惨でむごたらしい愛の形を捉える濃密な筆致は買う。


No.2 7点 いま集合的無意識を、
神林長平
(2017/09/17 21:13登録)
1996年以降に発表された全6編を収録。「ぼくのマシン」は、主人公が初めて自分用のコンピュータを手に入れた少年時代の思い出を語る、「戦闘妖精・雪風」番外編。東日本大震災後に書かれた表題作は、作者自身を思わせるSF作家が語り手。
ある時、パソコンの画面に「いま、なにしてる?」という質問が浮かぶ。やがて、自分は伊藤計劃だと名乗りを上げた文字列を相手に”ぼく”は伊藤計劃最後の長編「ハーモニー」について語り始める・・・。
突拍子もない設定だが、いわばこれは、私小説仕立ての伊藤計劃論。語り手は彼の死を正面から受け止め、その志を受け継いで、<大丈夫だ、われわれが、ぼくが書いてやる>と力強く宣言する。
作者にしか書けない、破天荒かつ強烈な短編集。


No.1 5点 リライト
法条遥
(2017/09/01 15:15登録)
筒井康隆の名作「時をかける少女」を下敷きに、SF史上最悪のパラドックスを仕掛けている。始まりは1992年の夏。未来人に恋した中学2年の美雪は、彼の命を救うために2002年へ飛び、10年後の自分の携帯を借りたはずなのに、2002年のその日が来ても、過去の自分が現れない。慌てて過去を調べてみると、自分が記憶する事実との齟齬が明らかに。後半で明かされる真相には思わず茫然。驚天動地の一発ネタで勝負している。よくこんなことを考えるなとあきれるしかない。

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