糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.41点 | 書評数:180件 |
No.180 | 6点 | 文明交錯 ローラン・ビネ |
(2025/03/18 21:09登録) アタワルパ率いるインカ帝国が史実と逆にスペインを征服していたら、という驚天動地の改変歴史小説。 十世紀辺りから種を蒔き、コロンブスの日誌のパスティーシュをはさんで、「アタワルパ年代記」が語られ、後日譚的な「セルバンテスの冒険」で締めくくる。兄ワスカルに敗れて逃げ続ける堕ちゆく皇帝がいかにして海を渡りイベリア半島に辿り着き、わずか二百人足らずの軍勢でスペインを征服しキリスト教世界に覇を唱えたのか。その秘密は銃と馬と病原菌。 あり得ない史実を見てきたように語る名調子が素晴らしい。アタワルパを支える将軍たちやヒゲナモタ王女など、脇役陣のキャラも立っている。 |
No.179 | 7点 | ループ・オブ・ザ・コード 荻堂顕 |
(2025/02/28 21:12登録) クーデターの際に特定の民族を狙い撃ちする生物兵器が使用され、歴史も文化も抹消された国家、現在はイグノラビムスという名で呼ばれるその国で、児童二百名以上が謎の病を発症した。世界的疫病を経て、WHOが再編された組織・世界生存機構(WHE)に属する調査員アルフォンソは、感染者からの聞き取りを開始する。しかしその最中、生物兵器の開発者が拉致されるという事件が発生、そちらにも関わることになる。 調査の過程で、抹消・漂白されたはずの土地の奥底に淀んでいた澱が浮上。さらに中盤以降には、登場人物たちが抱える複雑な背景がこの国や病の設定と絡み合い、反出生主義・優先思想の問題にも踏み込んで行くことになる。歴史や民族、家族や親子の連なりが作るコード、それが描き出すループは、祝福か呪縛か、正解か不正解か。容易に答えの出ない問いに斬り込む近未来SFサスペンス。 |
No.178 | 6点 | 獣たちの海 上田早夕里 |
(2025/02/04 21:50登録) 大規模な海面上昇のため陸地の大部分が水没した地球が舞台の四編からなる中短編集。 いずれも主人公たちがそれぞれの生き方、死に方を選びとっていく物語。大きな破滅へと向かう世界の中では、ひとつひとつは小さな決断かもしれない。しかし、それは決して無駄ではない。異質な存在や価値観を認めて、交流や対話を繰り返し、葛藤しながら自らの進むべき道を選びとる。小さな物語の積み重ねの先に大きな希望は生まれるのではないか。改めてそんなことを感じさせてくれる作品集。 |
No.177 | 8点 | 宇宙消失 グレッグ・イーガン |
(2025/01/18 21:32登録) 二〇三四年、夜空から星が消失した。太陽系を包み込むサイズの暗黒球体バブルが突如出現し、星々の光を遮断したのだった。バブルについて様々な憶測が乱れ飛ぶが真実は闇の中で、三十三年の歳月が過ぎた。ある日、探偵業を営むニックは、ローラの捜索依頼を受ける。ローラは先天性の脳損傷患者であり、自発的に行動できない。誘拐だとしても何重にもセキュリティーチェックされた病院の個室から姿を消せるはずもない。 密室からの消失を扱うローラの謎と、夜空から星々を消し去るバブルなる存在の謎が思いも寄らぬ形で一点に収束する。これぞSFミステリでしか生まれ得ない、論理のアクロバットであろう。本作はアイデンティティの問題を扱った作品でもある。現代ミステリにおける「信頼できない語り手」の問題についてスマートに描き出しているのだ。それは同時に、探偵は常に真相を究明することが可能か、という問いに対する回答にもなっている。 |
No.176 | 5点 | 未踏の蒼穹 ジェイムズ・P・ホーガン |
(2024/12/25 23:12登録) 地球人類が最終戦争によって滅んだ後、金星人が月や地球を訪れ、地球人類とはどのような性質、文化、歴史を持った人々だったのかを解き明かしていく。 人類が高度な科学を有しながらも破滅に至ってしまったのはなぜなのか。また、本来生物が生きられる環境ではない金星で、金星人が生まれた理由など、壮大な謎が続々と提示され、地球探査が進むごとに世界の真の姿が明らかになる。 その構造自体にはワクワクさせられるものの、作者が晩年に傾倒していた類似科学に基づく宇宙論や説教臭い面にはいまいち乗り切れない。 |
No.175 | 6点 | バイオスフィア不動産 周藤蓮 |
(2024/12/03 21:42登録) 内部で資源とエネルギーの全てが完結し、なお且つ住民が望むあらゆるものを生成できる設備も備えた「バイオスフィアⅢ型建築」の普及により、人類はみな自発的引きこもりとなった。そんな状況下でも、ごくごくわずかながら働いている人たちがいる。それは誰か。バイオスフィアを管理する不動産会社の新米クレーム処理係、ユキオとアレイだ。景観問題、異臭騒ぎ、隣人トラブルなど。発想は奇想天外だが、ミステリとしてのファインプレー精神が貫かれた全5話。 |
No.174 | 5点 | 花と機械とゲシタルト 山野浩一 |
(2024/11/12 21:26登録) 「我」と呼ばれる仮想存在のゲシュタルトに自我を預けた患者たちが運営する反精神病院では、従来の支配型病院とは違う穏やかな暮らしが営まれていた。しかし、「我」の幻覚は次第に巨大化し、現実を侵食し始める。 精神病理学の知見を生かし、作者の考える内宇宙という思考世界を丹念に描き出す。冬の深まりとともに幻覚と現実が乖離してゆく終末の景色が印象的。 |
No.173 | 6点 | 第二開国 藤井太洋 |
(2024/10/27 21:35登録) 奄美大島の地元スーパーの話が一気に世界的課題の解決へと繋がる気宇壮大な夢物語。その一方で、今にも叶えられそうな説得力を備えている。 鍵となるのは一隻の外洋クルーズ船。二つの船体を繋いだ双胴船で総トン数、五十万二千。陸上で言えば地上十七階、地下二階のビルに相当する。こんなに大きな船なのに、乗客数は過去最大のクルーズ船より少なく、船室が雰囲気も旅客向けとは異なる。大きな謎を巡って、島にUターンした昇雄太をはじめとする同窓生男女が交錯する。インターネット世代の紡ぐチャレンジングな夢を、経済的、技術的知識を存分に駆使して描きだした郷土SF. |
No.172 | 7点 | 王の眠る丘 牧野修 |
(2024/10/04 22:14登録) 東洋風の異世界を舞台に繰り広げられる少年の成長と復讐の物語。 戌児の暮らす町は、黄武神皇の警司長・襤褄の率いる軍隊によって焼き払われた。復讐のためには、厳重に守られた黄武神皇の都・天武に入らねばならない。そのためには、馬奴という獣を駆って大陸を横断する超長距離レース、大耐久馬奴走に参加し、ゴールまで完走しなくてはならない。 命懸けのレースに挑んで、復讐を成し遂げるという単純にして強靭なストーリー。それを支えるのは、主人公・戌児だけでなく、仲間や競争相手といった人物描写の密度、さらにはレースの過程で繰り広げられる死闘の荒々しい描写がある。そうした要素に支えられて疾走する物語のゴールもまた鮮烈で熱気に満ちている。 |
No.171 | 8点 | 蒼いくちづけ 神林長平 |
(2024/10/04 22:03登録) 月の都市で、テレパスの少女ルシアが裏切られて死んだ。彼女の抱いた激しい憎悪、地球にも届くほどの強い残留思念が、やがて周囲に災いをもたらす。テレパスの関わる事件を扱う無限心理警察の刑事OZは月へと向かう。彼女の魂を救うために。 テレパス同士のコミュニケーションについて語りつつ、そこから現実認識の変容という作者らしいテーマに踏み込まない。あくまでも事件の解決を中心に据えた、ストレートなSFミステリである。 怨霊を鎮めるようなホラーめいた物語を、SFの枠組みで描いてみせる。刑事の心情を綴る文体にも、クライマックスのOZの所作にも、ロマンティシズムが溢れ出る。短い中に、緊張と悲哀を込めた作品だ。優しさの滲む結末も忘れ難い。 |
No.170 | 5点 | 殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官 大倉崇裕 |
(2024/09/14 21:48登録) 一九五四年以来たびたび怪獣に襲われ、怪獣対策先進国となっている日本が舞台。怪獣省の予報官を話の中心に据えつつ、怪獣出現に伴う騒動の中で起きる事件を描く。 謎解きはもちろん、怪獣省と警視庁という二つの組織の力関係に警察小説的要素が仕込まれているのも面白い。怪獣の特徴を利用した撃退法や死体の処理といった、怪獣もの定番の読みどころも充実。特撮ネタもあちこちに仕込まれている。 |
No.169 | 5点 | 疫神記 チャック・ウェンディグ |
(2024/09/14 21:40登録) 舞台は現代で、巨大な彗星が地球を横切った翌朝、アメリカの各地で不可解な行動に出る人々が現れ始める。彼らは突如夢遊病のように歩きだし、話しかけても反応を返さない。夢遊者と呼ばれるようになった彼らは次第に数を増していくが、なぜそんな状態になってしまったのか。 感染症か、化学物質の汚染が関係しているのか。そうした数々の疑問を解き明かす米政府の対策チームの物語とともに、夢遊者となってしまった家族とともに歩き続ける父娘、この事態を予見していた未来予測AIの「ブラックスワン」の活躍など、多様な視点からこの事象を描き出していく。上巻の中盤まではテンポが悪いのだが、上巻の終盤からは怒涛の伏線回収が行われノンストップ。 |
No.168 | 8点 | 天涯の砦 小川一水 |
(2024/08/24 21:52登録) 高軌道宇宙ステーション望天で起こった爆破事故によって、閉鎖環境下に閉じ込められてしまった十人のサバイバルを描き出す、ハードSF&サスペンス。 酸素は限られ、内部に生存者がいることさえも伝えられない極限状況下。その上、生存者は偏屈な医者、エゴイストの女、変わり者の制御環境科学者と癖のある者ばかりで、中には今回の事件の関係者と思われる人物もいる。 度重なる気密破戒によって環境は悪化し、一人また一人と死者が増える中、空気に食料、宇宙服をかき集め、通信手段を模索していった過程を、科学的にほぼ正確に描いていく。二十一世紀末が舞台で、未来の宇宙建造物や、月社会と地球社会の対立といった側面も書き込まれていて、サスペンスだけでなくSF的にも素晴らしい。 |
No.167 | 7点 | 猫のゆりかご カート・ヴォネガット |
(2024/08/24 21:42登録) 舞台はカリブ海に浮かぶ「ボノコン教」が流行したサン・ロレンゾ共和国に移動しつつ、ジョーナと博士の子供たちとの騒動は続く。作者のシュールで社会風刺に満ちた喜劇作家という側面が前面に出た物語である。 宗教と科学というテーマを描きつつも、社会に対する風刺やナンセンスな小道具によって笑わせる。特に架空の主教「ボノコン教」の細部の設定については、彼のセンスがふんだんに盛り込まれ、シュールながら惹かれてしまう。 本書は後続の作品にもしばしば見え隠れする「この世に真実なんてない」という皮肉を、最初に打ち出した作品と言えるのではないか。内容にもモチーフにしても、作者らしさが詰め込まれている。 |
No.166 | 7点 | スラップスティック カート・ヴォネガット |
(2024/08/04 21:43登録) 突然重力が強くなり、謎の疫病が蔓延し、アメリカ合衆国は分裂してミシガン国王やオクラホマ公爵らが跋扈し、紛争すら起こる。タイトル通り、滅茶苦茶になった世界でのドタバタを描く一方で、人間の常にあるべき姿を人工的な拡大家族に求めた。血縁のない人々を一つの集団に帰属させ、そこで小さな民主主義社会を作り、それらの集合体として社会全体を形成し、些細なことにも真剣に取り組めるような制度を整える。 疫病と分断、そして戦争。本作で描かれた世界の情勢は非常に過酷であると同時に、今日の現実の情勢にも酷似している。物語をそのまま現実に安易に敷衍することは憚れるが、作者が説いた理想、そしてその根底にある優しさは忘れてはならない。 |
No.165 | 6点 | 蜂の物語 ラリーン・ポール |
(2024/07/12 22:08登録) 蜂社会を絶対的な教理で管理された王国として描く蜂小説。果樹園の巣で清掃を担当する最下層の働き蜂・フローラ七一七。しかし彼女は他の仲間と異なって口を利くことが出来た。規格外として警察蜂に殺されかけたところを巫女の蜂に救われ、実験台となる。 リアルな蜂の生態をカースト社会に落とし込み、綿密に描く。女王にしか許されないはずの母性を持ってしまったフローラの運命は波乱万丈。人間社会を皮肉るディストピア小説でもあり、女王をめぐる蜂たちの宮廷陰謀劇でもある。 |
No.164 | 6点 | 蛇の言葉を話した男 アンドルス・キヴィラフク |
(2024/07/12 22:01登録) 語り手のレーメットは、キリスト教世界に逆らい森で暮らす孤独な男。動物たちを従わせる「蛇の言葉」を話せる最後の人間でもあった。 文明と自然の対立、滅びゆく野性という構図は王道。 その中で、舌をキノコのように腫らして習得する蛇の言葉、睦み合うクマと人間の娘、猿人が育てた巨大なシラミなどが奇想がディテールと臭いを伴って立ち上がる。森を見せるビジョンは力強い。 |
No.163 | 6点 | 鏡の中の世界 小松左京 |
(2024/06/25 22:00登録) 古くからの民話や習俗と現代文明のずれを扱ったものが比較的多いが、単純に発想を逆転させたものから、悪魔との契約もの、オリンピックなどのネタまで、多彩な題材をそろえて飽きさせることが無い。 中では、夏の情緒が漂う怪談「夏の終り」、モンティパイソンの殺人ジョークを思わせる「牛の首」、戦争をやめようとしない大人に子供が最後通告を突きつける「見すてられた人々」などが出色の出来。 |
No.162 | 5点 | 沈黙 ドン・デリーロ |
(2024/06/25 21:54登録) 原因不明の大停電が起こった混乱を描き出すサスペンス。 ただ停電するだけではなく、通信機器も軒並み使用不可となり、スーパーボウルを観戦していた夫婦や、旅先からの帰路の飛行機で停電に遭遇し不時着した人々など、複数の視点から謎めいた状況を描き出していく。 中国人の仕業だという人物もいれば、太陽のフレアの結果だという人物もいる。何かの意外な真実が明らかになったりするわけではないが、現代の漠然とした不安を写し取っている。 |
No.161 | 7点 | 完璧な涙 神林長平 |
(2024/05/30 21:31登録) 感情を持たない宥現は、砂漠で魔姫という女生と出会い、発掘された無人戦車に追われる。あえて分類するなら時間SFだろうが、「過去と未来」という観念を具体化し、「現在」を挟んで争わせるというアクロバティックなアイデアはいかにも神林SFらしい。 作者の初期に描かれた「主観時間」という観念を「感情」と結びつけてあらためて規定し、「時間が感情に基づく主観であれば、他者との時間との共有とは?」という問い掛けが通じ「自己と他者」、そしてコミュニケーションについての思索が展開される。 自身が死者であると自覚する人々、兵器の機動にまつわるテクニカルタームの用い方など、作者の他作品と共通するアイデアや語り口が惜しみなく投入されている。 |