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ミステリの祭典

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猫サーカスさんの登録情報
平均点:6.19点 書評数:421件

プロフィール| 書評

No.61 7点 ブラックボックス
篠田節子
(2017/12/20 18:48登録)
この作品は、食の最前線で起こる不気味な様相を描いた問題作。完全無欠なはずのシステムに、次々と想定外のトラブルが起こる。どれほど調べても明確な因果関係は不明。そればかりか個人の告発は握りつぶされ、マスコミは問題を単純化して、犯人捜しへと向かう。安全を重視するあまり、無菌状態を追及する社会は、感染症の流行を防ぐ一方で、人からタフな免疫力を奪うのだろうか。本作を読むと単に食の問題のみならず、現代日本のありとあらゆる脆弱さや過剰なアレルギー反応を連想する。さらに外国人労働者、職場のセクハラ、地方の人間関係などの問題がテーマと絡み、巧みに展開することでドラマの妙が生まれ、他人事と思えない不安が増幅する。描かれているのは単純な善悪で決められない、この世界の複雑で醜悪な現実そのもので考えさせられる。


No.60 8点 シスターズ・ブラザーズ
パトリック・デウィット
(2017/12/16 14:38登録)
ゴールドラッシュに沸く1850年代の米国を舞台とする、殺し屋の兄弟が主人公のウエスタン小説。物語の前半は、ヤマ師を殺しにサンフランシスコに向かう兄弟の道中を、後半はヤマ師と出会ってからの冒険を、弟のイーライの視点から描いている。人を食ったような乾いたユーモアの漂う語り口に、最初から最後まで魅了されっぱなしだった。兄のチャーリーは冷血で悪賢く、平然と人の命を奪う。弟のイーライは兄よりもお人よしで、夜の女や貧弱な馬に思いやりを示したりもする。この二人が出会う人々が、唖然とするほどの奇妙奇天烈な連中ばかり。血なまぐさい場面もどっさり出てくるが、イーライのどこか達観したおっとりとした語り口のせいか、それほどおどろおどろしくは感じられない。欲にとりつかれた右往左往する人々の姿は、滑稽でいて物悲しく哀愁が漂う。かたや、イーライにとって「二度と味わえないであろう最高に幸福な一瞬」の美しさは心にしみる。忘れがたい強烈な印象を残す作品。


No.59 7点 天上の葦
太田愛
(2017/12/16 14:38登録)
渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指して絶命した老人の謎の追求と、同じ日に忽然と姿を消した公安警察官の捜索が並行していく。物語は次第に大きく広がり、太平洋戦争時代までさかのぼり、権力によって言論が統制されていた過去と、今再びその危機が押し寄せる現代の恐怖に焦点を当てていく。国家権力の暴走と、それを非難するどころか組み込まれてしまう大手マスメディアの脆弱さ、権力に屈することなく真実を追求するネットジャーナリズムの急進性など劇的に描き切り、なんとも力強い。骨太の社会派ミステリ。


No.58 6点 狙撃
永瀬隼介
(2017/12/12 19:02登録)
身内の警察官を内偵すべく任務に就いた女性がヒロインの警察小説。本作は、監察の仕事を与えられた上月涼子の苦闘を中心としながら、警察庁長官狙撃事件の真相に迫る。モデルとなっているのは、1995年3月に起きた警察庁長官銃撃事件。現実にはすでに未解決事件となってしまったが、作者は大胆にも事件の真相を暴いてみせた。ヒロインとその上司など奇抜で個性的な人物が次々に登場する。警察ミステリとしての意外性など、娯楽性に富んだ作品に仕上がっているばかりか、警視庁刑事部と公安部の確執における闇の部分に隠された真実を暴こうとするサスペンスが楽しめる。


No.57 7点 サンドリーヌ裁判
トマス・H・クック
(2017/12/12 19:01登録)
妻殺しで起訴された夫の裁判を通じて、夫婦それぞれの秘められた内面を描き出している。起訴された夫の視点から、裁判の様子が、そして彼自身の回想がつづられる。証人尋問に、弁護士と検事の駆け引き。そんな法廷ものらしい場面も確かにある。しかし、真に物語を支えるのは、ひたすら内側へ向かってゆく主人公の語りでしょう。心情を吐露しながらも、殺人か否かという肝心の点だけ述べずに続く語りは作者の得意技。宙づりにされたまま最後まで引っ張られた感覚が楽しめる。


No.56 7点 てのひらたけ
高田侑
(2017/12/07 21:22登録)
作者ならではの深みをたたえた奇妙な話が並んでいる。表題作は、ありふれた怪談のような話で始まりながらも、女性の「ひかがみ」の美しさ、声や匂いの魅力など、五感を刺激するあやしい描写にあふれており、たちまち物語に引き込まれてしまう。他の収録作も、ある意味、不思議な空間や次元に入り込み、ありえないはずの世界が、いつの間にか現実と入れ替わっているというストーリーが基本になっている。曖昧な虚実の境界が溶けてゆく怖さ。そして幸せと不幸は表裏一体。ラストには、懐かしさ、後ろめたさ、愛おしさといった複雑な感情が、一度に合わせて喚起させられる。実に切なく甘美なホラー作品集。


No.55 6点 誓約
薬丸岳
(2017/12/04 18:11登録)
罪を犯した少年時代を隠して生きる男に、過去の亡霊が襲いかかる物語。男は殺人事件の濡れ衣を着せられて逃走しながら、次第に真相に迫り、予想だにしなかった真犯人と驚きの動機を知ることになる。テーマは少年を取り巻く環境の苛酷さと心の弱さ、罪の償いと許しであり、最終的には人の善性に対する信頼と愛がうたいあげられて、胸を熱くする。一歩間違うと人生譚に堕しかねないが、作者は非常な現実を見据えているから、苦みのきいた温かさが生まれている。


No.54 6点 グッバイ・ヒーロー
横関大
(2017/12/04 18:10登録)
巻き込まれ型の犯罪サスペンス。「困っている人がいたら助けなければいけない、それが俺のルール」という亮太は、奇妙で厄介なトラブルに次から次へと巻き込まれつつも機転を利かせて解決する。ある時わけありな、おっさんの頼みをひそかに受け入れたところ、思わぬ事態に。大金をめぐる攻防、裏社会の組織と、手ごわい問題や相手ばかりが立ちはだかる。話の運びの面白さと意表を突く逆転の妙に加え、亮太のバンドのライブが間もなく始まるため、時間内に解決しなければならないというタイムリミットサスペンスの要素が加わり、一段とスリルが増している。作者ならではの、ハートウォーミングな味わいをももった痛快なミステリ。


No.53 6点 代償
伊岡瞬
(2017/11/29 19:44登録)
主人公の弁護士圭輔のもとに、小学生時代苦手だった達也から弁護の依頼が舞い込む。2部構成の本作。ふたりの子供時代が語られる前半では、まだ少年にもかかわらず卑劣な達也という男の本性がたっぷりと描かれている。巧みに他人をそそのかし、いつも自分は安全地帯にいる狡猾さ。そして後半の法廷場面では、悪魔のような手口で罠を仕掛けてくる達也に、圭輔は追い詰められていく。誰も過去の罪からは逃れられず、いずれは代償を払わなくてはならないという苦い主題の物語。だが、最後には救いが待ち受けている。


No.52 5点 神の子
薬丸岳
(2017/11/29 19:42登録)
詐欺グループの一員として活動し逮捕歴のある町田は、常人離れした知能と記憶力の持ち主。町田を取り巻くさまざまな人物の視点から語られる本作は、一種の群像劇ともいえるでしょう。町田と関わらざるをえなくなったり、窮地から助け出されたりした者たち、それぞれの複雑な内面や感情の起伏などが書き込まれているため、どんどん物語に引き込まれてしまう。さらにホームレスの少年・稔の行方をめぐるエピソードや町田に異常な関心をしめす謎の人物の存在など、物語は重層的に展開し、思いも寄らないクライマックスをむかえる。このクライマックスが個人的には好みでは無いが、読み応えの大きい犯罪ミステリ。


No.51 5点 プロメテウスの涙
乾ルカ
(2017/11/25 19:49登録)
大胆な趣向を取り入れたホラー長編。北嶋涼子のクリニックに、あや香という少女が訪れた。母親によると、突然人格が変わり、奇妙な動きをし、奇声をあげ、注意してもやめようとしないという。一方、学生時代に涼子と親友だった浅倉祐美は、留学先のアメリカで不死の体をもつ死刑囚と出会う。全身がんに侵され、ほとんど死にかけていながら何年も生き続けていた。やがて両者をつなぐ思いも寄らない事実が判明する。親友同士が同時期に事件の当事者と出会うなど、ご都合主義的な設定もあるのだが、場面ごとの状況や物語の展開がリアルに描かれているせいか、そんな偶然性を深く考えないまま一気にラストまで読んでしまった。作者は、現実味のある細かい描写を、丹念に積み重ね、およそあり得ない超自然的な出来事を生々しく物語っている。この迫力は半端なものではない。


No.50 7点 秘密
ケイト・モートン
(2017/11/25 19:44登録)
物語は現在、50年前、第二次大戦中の1941年を行き来しながら進む。穏やかな現在と対照的に、戦時下のロンドンでは爆撃機が飛び交い、波乱万丈のドラマが繰り広げられる。恋をし、夢を抱く若者たちの姿は生き生きとしまぶしい。「これだけは長く生きていれば誰だって、どこかで後悔したくなるようなことをやっているはずよ」と死の床で母が漏らした言葉の意味が明かされた時の驚き。語り口もストーリーも仕掛けも、文句なく素晴らしい。なによりローレルの動機が母を糾弾するためではなく、愛する母を理解するためだという事に心を揺さぶられた。


No.49 6点 脇坂副署長の長い一日
真保裕一
(2017/11/20 18:50登録)
タイトルからJ・J・マリックの古典「ギデオンの一日」を思い出す人も多いでしょう。複数の事件が同時進行するモジュラー型警察小説の始祖同様、次々と事件が起きる。続発する事件と出入りする人物たちの交通整理が鮮やかで、しかも一つ一つの事件に細かいひねりをもたせ、署内の派閥争いも添えて、一つにより合わせていく。特にアイドルの「一日署長」の話を実によく広げていて清新かつ緻密。最後の最後まで、波乱をもたせるサービス精神もうれしい。


No.48 6点 沈黙の殺人者
ダンディ・D・マコール
(2017/11/20 18:49登録)
YA小説のため、中高校生向けだと思うが大人でも十分楽しめる。野球チーム監督を殺害した罪で裁判にかけられる18歳のジェレミー。妹ホープだけは無実を信じているが、兄は裁判の間中、一言も話そうとしない。ジェレミーには障害があり、弁護人は心神喪失による無罪を主張しようとしている。沈黙を続ける兄にかわって、ホープは友人の助けを借りながら事件の解明に奔走する。意外な事実が次々と明らかになり、誰もが予想し得ない衝撃のラストへとつながっていく。殺人事件の謎解きミステリだが、同時に裁判劇でもあり、家族の絆の物語でもあり、切ない恋の物語でもある。


No.47 6点 契約
明野照葉
(2017/11/20 18:48登録)
仕事も恋も上手くいかない、あるOLの身に起こった不可解な出来事を巡る物語。子供時代はキラキラと輝いていたのに、社会に出た後はずるずると駄目な大人のまま30歳を過ぎてしまった。おそらく同年代の多くの女性が共感する要素に満ちている小説でしょう。特にヒロインが充実した人生を取り戻していく過程はぞくぞくするような読み応えがある。怪しい「契約」の背後に隠された悪意の、なんという恐ろしさ。女性ならではの心理や感情がたっぷりと描かれた異色サスペンス。


No.46 7点 許されようとは思いません
芦沢央
(2017/11/13 18:14登録)
童話作家の姉を誇りにしていた妹の地獄を描く「姉のように」は、実に緊密で、サスペンスに満ちていて、どんでん返しも鮮やか。女性画家による夫殺しの真相「絵の中の男」は、芸術家の苦悩をスリリングンに描いていて、連城三起彦氏のある短編を思い出す。全体的に悪意と毒が目立つが、表題作は温かな余韻を残す。祖母の殺人行為の謎を解きつつ、苦悩と絶望に満ちた祖母の人生をわが身に引き付けて、ある選択をするのが感動をよぶ。


No.45 5点 楽園の世捨て人
トーマス・リュダール
(2017/11/13 18:13登録)
故郷デンマークを捨て、家族を捨て、アフリカ北西沖のカナリア諸島にやってきて18年。主人公のエアハートは海岸に遺棄された車の発見現場に居合わせる。中には、身元不明の死体が。だが、観光への影響を恐れる警察は、事件をうやむやにしようとしていた。北欧産の小説だが、舞台は南の島。主人公は探偵役ではあるが、決して思慮深くはない。感情の赴くまま場当たり的に振る舞い、時には意地を張ってトラブルに。流されて生きてきた男が踏みとどまることを選ぶ。長大だが決して冗長ではない。格好悪いけれど頑固で折れない男の、風変わりな活躍を楽しむことが出来る。


No.44 5点 約束の森
沢木冬吾
(2017/11/13 18:12登録)
人間不信に陥った警備犬という風変わりな設定。物語は、妻を殺人事件で亡くしたのち退職した元公安刑事・奥野のもとに、奇妙な依頼が舞い込む場面から始まる。マクナイトという名のドーベルマンを相棒にした奥野は、見知らぬ若い男女らと偽りの家族を演じ生活していく。前半、語られていくのは、奥野を中心とした疑似家族の日常。その中でマクナイトがかつて酷い虐待を受けていたこと、そして娘役のふみ、息子役の隼人という二人の暗い過去などが明かされる。やがてクライマックスに向け派手なアクションが炸裂する。ジャンルでいえば謀略活劇スリラーというべき長編ながら、家族を失ったり大きな傷を抱えたりした者たちの再生が大きなテーマとなっている。


No.43 8点 ブエノスアイレスに消えた
グスタボ・マラホビッチ
(2017/11/07 18:41登録)
幼い娘とベビーシッターがブエノスアイレスの地下鉄で姿を消してしまう。父は必死で行方を捜すが、調査は一向に進展しない。何年にも及ぶ彼の探索は、やがて都市を離れ、密林へと向かう。家族の失踪に苦しむ男の、長い年月にわたる旅路を描く。不穏な気配の漂う文章と、緻密な構築で読ませる。結末の驚きも申し分なく、非常に分厚いけれど、最初から読み返したくなる一冊。


No.42 6点 竹島
門井慶喜
(2017/11/07 18:40登録)
今日的な問題を扱っているが、中身は怪しい連中の騙しあい。土居健哉は、知り合ったばかりの老人、坪山博から妙な話を持ち掛けられた。なんと先祖伝来の和本を持っており、それは「竹島問題」の決定打となる内容だという。健哉はさっそく外務省へ行き、買い取りを持ち掛けるが不調に。すると次は韓国の外交当局へと足を向けるのだが・・・。架空の取引や偽物の売り込みなどで相手をだまし、大金をせしめる。コン・ゲーム小説の一種ながら、領土問題をめぐって日韓外交のトッププレイヤーがしのぎをけずるという、前代未聞のスケールで描かれた物語。サッカー日韓戦を観戦中に行われるとんでもない大博打の場面もさることながら、すんなりとは終わらない逆転劇も鮮やか。美術などを題材にしてきた作者が、まさかこんな大風呂敷を広げに広げ、人を食ったユーモア小説を書くとは何重もの驚きである。

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