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ミステリの祭典

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平均点:6.33点 書評数:2110件

プロフィール| 書評

No.890 5点 寝台車の殺人者
セバスチアン・ジャプリゾ
(2020/07/01 05:52登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月の土曜日。マルセーユ発パリ行きの寝台列車のコンパートメントの中から、まだ若い女性の殺害死体が発見される。死体の素性は、化粧品会社の営業部長で30歳のジョルジェット・トーマと判明した。パリ警視庁のグラジアーノ(グラジ)警部を筆頭とする捜査陣が被害者の身元を探り、同じ車内に乗り合わせた乗客たちを捜索する。一方で、新聞記事から殺人事件を知った、当日にジョルジェットと同じ車室にいた38歳の台所用品製作会社の社員ルネ・カプールは、証人として自ら警視庁に連絡。だがそれと前後して。ジョルジェットと同じ車室にいた乗客たちは、何物かによって一人また一人と殺されていく。

 1962年のフランス作品。作者の初めての長編ミステリ。
 連続殺人事件にからむ(中略)ダニットの真相は豪快ではあるものの、いかんせん(中略)という弱点がある。個人的にはむしろもう一つのミステリ的なサプライズの(中略)という趣向の方が印象に残った(一瞬、え? この作品でそういう大技を!? と目が点になった)。
 ただしミステリ小説としての仕上げの面で、その衝撃の効果を存分に活かしているとはとてもいいにくく、最後のドンデン返しを盛り上げる演出のため、前半~中盤のうちにもう少しやっておく仕込みの余地はあったんじゃないか、と思う(まあ、あんまり丁寧に伏線を張ると、読者に見破られる危うさはあるんだけれど)。
 もしかしたら読みやすい新訳版でも出たら、だいぶ印象は変わるかな?

 ちなみに読後にTwitterで本書の感想を探ってみると、2013年10月頃の「週刊現代」の読書人向けのページで、連城三紀彦が「わが人生最高の10冊」を掲げて、その中の一冊にこれを選んでいたらしい(ミステリジャンルの中からは、この一冊だけ……だったのかな? Twitterの噂ではそのようにも読める)。
 なるほどやや生臭いそして切ないロマンスの交錯と、技巧派トリックのアンサンブルと書くと、たしかに連城作品に通じるものがあるかも。

 自分の現在の評点は、若書きゆえのファール感を見逃せず、ちょっと辛めに。
 つまんないとか、出来が悪いとかいうより、まだミステリ執筆のコツを学びきる前にこれを書いちゃったのが惜しい、そんな思いが強い一作です。


No.889 7点 罪人のおののき
ルース・レンデル
(2020/06/30 05:36登録)
(ネタバレなし)
 その年の9月初旬のロンドン近辺。文学に造詣の深い大富豪クェンティン(クェン)・ナイチーンゲールの屋敷「マイフリート館」から、ある夜、クェンティン夫人のエリザベスが近所の森に散歩に出た。だが翌朝、彼女は何回も頭部を殴打された惨殺死体となって発見される。レジナルド・ウェクスフォード主任警部は、相棒のマイケル・バーディン警部とともに事件の捜査に当たるが。

 1970年の英国作品。ウェクスフォード主任警部ものの第五作。

 後半で注目される某アイテムについての推理など手堅い感じだが、つきつめていくと必ずしも仮説通りの状況になるとも限らないような……?
 ただしさすがはレンデル、例によって英国ミステリ系の60~70年代捜査小説としては、フツーに面白い。

 かたや、犯人が明らかになったあと、掲示される長々とした手記で事件の真相の多くが語られるのは良し悪しではあるが、それでもそこで晒される、当の告白者のみが実感しえたであろう心の動き。今風に悪く言うなら「めんどくさい」心理という部分もあるんだけれど、一方で、どうしようもない魂の呪縛にからめとられた人間のあがきぶりが、強烈な印象を残す。
 本作のキモはフーダニットとホワイダニットもさながら、最後に切々と語られるこの心情吐露の迫真さだよね。

 犯人のキャラクターもかぎりなく(中略)で、そこらへんもしばらく心に残りそう。

 佳作~秀作で、多分に後者寄り。


No.888 8点 ビッグ・ヒート
ウィリアム・P・マッギヴァーン
(2020/06/30 04:51登録)
(途中のアイコン以降、ストーリーの筋運びに際してややネタバレあり)

 1940年代後半~1950年代初頭のフィラデルフィア。地元の警察署で書記の業務に従事する中年刑事トム(トーマス・フランクリン)・ディアリーが、ある夜、自宅で動機も不明のピストル自殺を遂げる。同僚の34歳の警部補デイヴ・バニオンはディアリーが死に至った背景を探るが、故人の妻メリーからは特に有益な証言は得られない。だが一方で、ディアリーとかつて恋人(不倫)関係だったと自称する酒場の女ルーシイ・キャロウェイがバニオンに接触。ルーシイは気になる未確定の情報をバニオンに提供するが、その直後、何者かに拷問を受けて惨殺された。彼女の殺害がディアリーの自殺に関連すると見たバニオンは捜査を続行するが、バニオンの上司で暗黒街との交流も噂される刑事課長ウィルクスがこれ以上の捜査を継続しないように進言してきた。それでもひそかに捜査を続行するバニオンだが……。

1953年のアメリカ作品。
 うーん。先行してレビューを書かれたお二人が、ある程度まで物語のなかでの小規模なツイストというか、ストーリー面でのうまみについて触れているので、自分もそれに倣ってもいいかとも思った。
 しかし自分自身、この作品に関しては、ああ、こういう方向で来るのか、と軽く驚いた部分もあるので、一応、以下の部分は、前もってネタバレ告知した上での記述ということに。 
 


【以下、その意味において、ややネタバレ】


 物語の大枠は、地方警察や法曹界の一部とも癒着する暗黒街のワルどもに、正義漢の一匹狼刑事が闘いを挑む、直球のスモールタウンもの。
 主人公バニオンは敵の攻撃に晒されて絶大な犠牲を払うが、それでも闘いを止めない。孤軍奮闘、さぞバニオンは最後までいたぶられるんだろうなあ、とも予想するが、あにはからんや、本作の場合は、
・かつて署内で取り調べを受けたとき、バニオンが自分を公正に扱ってくれたことに恩義を感じている黒人青年
・いまは閑職に追われているが、古武士的な正義漢でバニオンを後見する老警視
・上からの圧力を警戒しながらも、その上役の目を盗んでこっそりと協力してくれる警察官としてのギリギリの矜持を守ろうとする同僚たち
・100%善人で、暗黒街の嫌がらせなんかものともしないバニオンの妹とその旦那
・さらにはそのバニオンの義弟の元戦友で、自警団として集合してくる腕に覚えのある市民たち
……etc ともう、主人公バニオンを応援してくれる「いい人たち」のオンパレードである(笑・汗・感涙・嬉)。

 特にサイコーなのは、物語の中盤、復讐や腕力ずくに走りかけるバニオンを諫めながらも、のちの山場の場面でバニオンの近親者がピンチになった際に、暗黒街の連中と戦う味方の一助になろうと自分から応援に出向いてきてくれるマスターソン神父(人名表では「牧師」とあるが、本文では神父)!
 こういう「おいしいもうけ役」キャラクターの運用で泣かせ&胸熱に盛り上げるあたり、やっぱりマッギヴァーン、本物のエンターテイナーだと実感! 

 まあ21世紀の新作だったら、こんなダイレクトなヒューマニズム、よほどの天然か、あるいは逆に最大級の胆力がなければ書けないんじゃないかという感じだけれど、こういうのをごく自然に物語の流れに乗せられたんだから、やっぱ1950年代って良かったんだよとも思う(いや、100%、過去肯定の旧作信者じゃ、決してないつもりだけど~笑~)。

 なんつーか「主人公がいいヤツだから、その分、味方もできるのだ」という、あまりにも直球の倫理ドラマを極上のエンターテインメントとして読ませてもらった思い。
 たとえるならボガート主演の映画『デッドラインU・S・A』の鑑賞直後に、西村寿行の「あの」初期長編をイッキ読みしたような気分である。
 さもなくば、旧作テレビシリーズ『逃亡者』で3週に2週は登場した、それぞれの状況で各自の葛藤の果て、理性と良心をまっすぐに見つめてリチャード・キンブルを逃がしてくれた数多くのメインゲストキャラたち。あの人達に出会ったときの思い出に通じる心地良さが全開。

 ただしこういう作品は「いい人がいっぱい出てくる泣けるヒューマンミステリがここにあります!」と叫んで他の人に紹介するのはなんか気ハズカシイよね(笑)。こういった作品は、ほかのミステリファンに向けてそっと縁を作って、実際に読んでみた人たちに心のどっかに自然に引っ掛かってもらうのが一番ベストだと思う。
 その意味でも、やっぱりこのレビューは途中から、ネタバレ警戒を謳っておいた方がいいだろうな?
 
 なお「そっちの方」のことばっかり長々と書いたけれど、全体的には曲のないプロットながら、それでもじっくりと読ませる作者の手腕は、もちろんステキ。
 最後の方の、バニオンと某メインキャラの行動の対比で見せる文芸もとてもいい。終盤のバニオンの決断には、父親として、娘ブリジットのことも考える責任もあった、という意味合いも込められていると思うし。


No.887 6点 和時計の館の殺人
芦辺拓
(2020/06/28 05:20登録)
(ネタバレなし)
 27年前のその夜。愛知県の中堅企業「天知興業」の社長で72歳の天知時平と、その長男で同社の社員でもある31歳の鐘一(しゅういち)。この2人がそれぞれ離れた場所で、この世を去った。そして現在、時平の次男で、父の相応の財産を受け継いだ当年53歳の圭次郎が、今また逝去した。青年弁護士で名探偵でもある森江春策は知人の同業者・九鬼麟一の代理として、とある特異な建物の中で、圭次郎の遺言を執行しようとする。だがそれは、彼がまたも遭遇した連続殺人事件の序章でもあった。

 う、う、う……。ミステリとしての手数の多さ、そして何より『犬神家の一族』オマージュで仕立てた作品全体の意匠。この作者なりの入魂の力作なのは十分に理解できるんだけれど、全編の叙述が淡白なのと、ひとつひとつはゆかしいハズの複数のネタが、互いにミステリとしての面白味を相殺しあっている感覚。そこら辺の弱点まで踏まえて、なんか非常に芦辺作品らしい一冊であった。

 海外の某・古典名作ミステリの有名なトリックを作者なりに因数分解して、新規のものにあつらえ直したような密室の真相にはなかなか創意を感じるし、『犬神家』リスペクトの「包帯男」ネタの料理の仕方にも謎解きミステリとしての意欲を認める。ただそれらの工夫の数々が一向に相乗しなくて、秀作・傑作パズラーにあるはずのダイナミズムに繋がってこない感じ。

 昔、存命中の仁木悦子が自作(『殺人配線図』だったか)を自分で外側から客観視して「ゾクゾク感の足りないミステリなんか、ワサビのきいてないスシのようなもの(大意)」と嘆息・自嘲するのを読んだような覚えがあるが、この作品もまんま、そういう感触なんだよね。
 
 これまでも芦辺作品を読んでいて、そこにあるポテンシャルは認める一方、なんでこうもノレないんだろ? と思うことがしばしあるんだけれど、今回は正にソレでした。
 クライマックスの森江の金田一ごっこも、これだけ作者のマジメで不器用な地の方ばかり目立つ作品の中でやると、単にイタいだけだったり(涙)。
 名探偵を敬遠する現職警官というステロタイプを逆手にとった、坪井警部のキャラクターなんかは新鮮で楽しかったけれど。

 面白いとは素直に言えない、よくできているという評価とも違う。ただし、力作なのはたぶん間違いないので、その辺を一顧してこの評点で。


No.886 8点 七人のおば
パット・マガー
(2020/06/27 05:12登録)
(ネタバレなし)
 評者は長編ミステリを読む際にはまず100%、私製の登場人物一覧表を作りながら読み進めていく。
 大抵の翻訳作品の場合は巻頭に既成の登場人物リストがあるので、まずそれをB5~A4の白紙に転記し、そこに各キャラの作中情報を補遺、さらに元のリストにない登場人物の名前と情報も適宜に足していく。大体このスタイルで読み進める。

 しかし本作の場合は、創元文庫版の巻頭に掲示された、あまりにも面倒くさそうな<七人のおばとその関係者の続柄図>を一目見てゲンナリ。ここからいつもの私製の人物一覧表を作らなければならないのか、と気が重くなった(……)。
 それで結局はこういう場合の対応として、その関係図そのものを拡大コピーし、周囲に白身を設けたそのコピーの余白を使って、各キャラの情報を書き足していった。これでなんとかなった。

 さてそうやって一応の可能な限りの準備を済ませて、ページをめくる。
 序盤の設定部分こそ実に簡素に済まされるが、本筋の回想によるストーリーが転がり始め、特に本作の最大級のトリックスターといえる六女ドリスが物語の表に出てくると、もうストーリーに弾みがついて止まらない。
 1940年代当時のアメリカ上流家庭、その上の中クラスの下世話な内紛を覗き込むモノクロ映画に接するような独特の味わいも加味され、やや厚めの物語をほぼ一息に読んでしまった。
 ちなみに、前述した、面倒くさげな、少なくない数の主要登場人物は適度にストーリー上に配置され、それぞれのキャラクターも相応に語られている。
 際立って魅力的な人物造形というのは特にいないのだが、話の進行につれて頭のなかに各キャラの明確なイメージが次第に組み上がっていく感覚は、結構、快感だ。

 それでもってミステリとしての最後のまとめかたは確かに破格といえるが、それはこういう趣向と流れの作品である以上、穏当なところであろう。
 主人公サリーとピーターが結論を出したあとで、小説叙述の視点を変えて2章くらい費やし、黄金期クイーン風の論証・検証を行ったら、それはそれで豪快ではあろうが、一歩間違えればシラけるだけとなる。
 少なくとも評者は、この端正で余韻のある、そして人間の愚かさと切なさ(さらにはある意味での、人間らしいバイタリティ)を語る真相に納得した。うん、名作の定評に相応しい。

 思えば大昔に古書店で当時の稀覯本だった『怖るべき娘達』版も購入したのだが、結局は創元文庫版の新訳が出るまで(出てからも)読まずに今まで放っておいた(汗)。現時点ではその『怖るべき』版も家の中のどっかに行ってしまってすぐ出てこない(汗×2)が、もしアレをウン十年前に購入してすぐ読んでいたら、どうなっていただろう? 
 とはいえこの作品は、オッサンになってから読んだ方が確実に楽しめそうな内容ではあるが。

 旧訳は延原謙の仕事だから多分けっこう良かっただろうとは思うが、創元版の大村美根子の新訳もとても読みやすかった。あまり意識していなかった翻訳家だけれど、改めて、うまい、と思った。238ページのテッシーとドリスのいがみ合いの場面なんか深町眞理子ばりの躍動感で、感銘ゆえの溜息が出た。
 本作の評価には、この翻訳の良さも大きく貢献しているでしょう。 

 ところで最初に、文中での重要なはずの固有名詞を書かずに、サリーに事件を伝える手紙を送ってきた元学友のヘレン。最後まであくまで枕詞みたいな役回りだったけれど、ある意味で彼女はオールタイムのミステリ史上、最高のH.I.B.K.的なキャラだよね? もし、もうちょっと、あと一手、きちんとやっていたら、この作品はありえなかった、という意味で(笑)。


No.885 7点 萩原重化学工業連続殺人事件
浦賀和宏
(2020/06/26 06:17登録)
(ネタバレなし)
 それでは浦賀先生追悼の意も込めて、メルカトルさんお勧めの本作を読了。
 なお評者は幻冬舎文庫の『HEAVEN』版で読みました。

 悪夢としか思えない<被害者が(中略)の謎>は、とてもマトモな解決でおわるはずがない。こりゃさぞやぶっとんだ真相になるだろうと思っていたので、はたしてそっちの方向の大ネタの登場で、驚くというよりは納得した。
 ちなみに本気で驚きたいのなら、文庫版の解説は読み終わるまで見ない方がいい。さらに誠にもって申し訳ないですが、メルカトルさんのレビューも途中のところがちょっとネタバレ(汗)。
 どうせフィクションだから<こういう方向で>何やってもいい……とは思う。そう了解するのなら、イカれた世界観そのもので、劇中で起きた事件のロジックを説得にかかるような作りは、結構好みではあった。

 ただしサブメイン的なもうひとつの大ネタの方は、さすがに途中で気がついちゃうよね。まあこれにしても、大枠は読者に気づかれちゃうだろうことを作者も予見し、真相がくっきりしたあとで、前もって伏線を張っておいた小技の方で得点を稼いでいる感じ。
 
 ただなんにしろ、やはりコレ単発で読むよりも、もうちょっと浦賀作品に慣れ親しんだ方が楽しめそうです。特に終盤に明らかになる、2つの固有名詞のあたり。これって他の浦賀作品サーガとのリンクなんですよね?
(その上で、メルカトルさんが本サイトの掲示板でおっしゃった、それでも読む順番には留意して、というアドバイスが意味を持つ訳ですが。)

 総体的には面白かった、というよりは、読んで良かった、楽しめたという感じの一冊。
 しかしこれが2009年の作品(講談社ノベルズの元版)か。この5年後にあの白井智之のデビューというのが、何気に新本格円熟期における時の推移という印象ですね。
 評点は0.5点くらいオマケ。


No.884 8点 女の顔を覆え
P・D・ジェイムズ
(2020/06/25 07:14登録)
(ネタバレなし)
 故・瀬戸川猛資の遺した「ジェイムズを読むなら一気にじっくり」の言葉(大意)を尊んで、二日に分けずに徹夜で完読。
 そして曙光のなかで迎えた結末の衝撃! な、なんと……!!

 いや、実はこの(中略)は途中で一度、もしかしたら……と、頭をよぎったものの、小説本筋のストーリーテリングのうまさと語り口の鮮やかさ、そして終盤に加速度的に事件の真相の輪郭を見せてくる際のサスペンスにたっぷり魅せられて、いつのまにか脳裏から薄れてしまっていた(笑・汗)。。
 一方で、作者が中途の描写で、意図的にある種のミスリードを狙ったフシもあるし、かなり計算された作品だとも思う。

 ポケミスの残り少なくなるページを左手で覆いながら(ぎりぎりのギリギリのギリギリまで、真犯人の名を見たくないぞ!)、ダルグリッシュの語る謎解きにハラハラワクワクする高揚感、自分が思ったこととの合致点、予想しながらも外れたポイントなどを噛みしめていく、あたかも作中の現場に立ち会っているかのような疑似臨場感。これこそが、正統派パズラー優秀作の山場ならではの醍醐味というものだ!

 処女作のジェイムズはまだ完全にクリスティーの影響下、またはその影の中にあるんだけれど、しかしながらこれはそんな時期だからこそ書けた傑作。
 先達の巨匠の良い部分を自然に、あるいは何気なく継承しながら、かたや、自分らしい小説的なうまみを模索。その絶妙なバランスが、本作を香気ある一級の英国パズラーに仕上げている。あー、素で面白かったな。

 先にちょろっと名前だけ出した作中人物を、あとの方で読者との共通認識前提でいきなり登場(再登場)させたりする、やや傲慢な文調でもあるけれど、その辺さえこなせれば、独特のテンポに乗れてそんなによみづらくはない。
 自分も、ジェイムズ、面白いけれどヘビーだからな~と二の足を踏んでいたが、これはよみやすい、歯ごたえがある、そしてミステリとして楽しめる! の三拍子作。
 まだまだジェイムズ、未読のものが残っているけど、まあたぶんこんな刹那的な煌めきを感じさせる作品には、もう二度と会えないかもしれませんね?


No.883 6点 人間の証明
森村誠一
(2020/06/24 03:58登録)
(ネタバレなし)
 傑作だとも優秀作だとも思わないが、とにかくグイグイ読ませる力場を具えた作品。その修辞が的確かどうかは疑問の余地もあるが、あえていうなら<文芸作品に見せかけた、第一級の通俗ミステリ>?

 先行する別作家の某作品に似ているという噂は耳タコだったのだが、それでも謎解きミステリというよりは、昭和のエンターテインメント小説として面白く読めた。
 むしろ知らないで読んでいたら、途中のどっかで気づいて「なんだこりゃ! (中略)とおんなじやんけ!?」と憤慨してそのまま終わった可能性もなくもないので、ある意味では<これはそういう作品なのだ>と当初から心得ながら通読して、却ってよかったかもしれない(笑)。
(なお上のパラグラフの「(中略)」の中に入るのは、ひとつの作品とは限らないのです。)

 幹となる物語の節々の手前に、小器用に事前エピソードを設け、そこから本筋に乗り入れていく作劇。そのこせこせした反復が、とても効果をあげている。
 一方で世界観というか人間関係の配置がいささか窮屈で、リアルならそこまで綺麗に関係性が成立しないよね? という思いも時に湧くが、同時に物語というかドラマとしてはこういう組み立て方でいいのだ、という説得力もある。だから文句を言うには当たらず、か。

 あとね、中盤からの小山田と新見の奇妙な連合軍は、なんつーか、ほんっとうに、この作者らしい<中年男たちの純情ロマン>。こういうものを直球で描ける森村誠一、やっぱりスゴイ! と実感した。

 最後に、棟居ものは初めて読むハズだけど、この路線って、先行する那須警部シリーズと同じ世界観だったんですな(というかこの時点では一種のスピンオフ?)。ちょっとビックリしました。


No.882 7点 女刑事の死
ロス・トーマス
(2020/06/23 05:00登録)
(ネタバレなし)
 モンタナやダコタから熱風が吹き付ける北アメリカのとある町。地元の殺人課二級刑事で28歳の女性フェリシティ・ディルが、愛車に仕掛けられた爆弾で殺される。その兄でワシントンの上院直下の査察組織「調査監視分科委員会」に所属する38歳のベンジャミン(ベン)・ディルは、早速、自分の故郷でもある現地に向かう。ここでディルの上司ジョセフ・ラミレスは便宜を図り、ディルの遠出を公用の形にした。故郷でディルは妹殺害事件の真相を探りながら、一方で命じられた職務として土地の同世代の青年ジェイク・スパイヴィに接触。実はスパイヴィはディルの竹馬の友だったが、かつてベトナムに武器を調達したCIA局員でもあり、しかも終戦後に余剰武器を各国に横流しした疑惑を持たれていた。二つの案件でことを進めるディルだが、そんな彼の周辺にさらにもうひとり、ベトナム疑獄事件の重要人物が出現。それは当時のスパイヴィの上官クライド・トマリン・ブラトルで、武器の横流しの共犯だった彼は主犯格のスパイヴィの情報を提供することと引き換えに、自分の罪科を軽減するよう願い出てきた。

 1984年のアメリカ作品。
 個人的にここのところ、翻訳作品は50~60年代作品ばかり、ほぼ続けて読んでたので、もうちょっと後の時代のものも……と、コレを蔵書の中から引っ張り出してくる。といってもこれも30年以上前の旧作だけどね(笑)。なお今回読んだ訳書は、最初のハードカバー(ハヤカワ・ノヴェルズ)版。大昔にどっかの古書店で200円で購入したヤツだ(笑)。

 本作はMWA賞の本賞といえる長編賞を受賞、さらにスティーヴン・キングとJ・D・マクドナルドがホメているということもあって期待したが、そういった展望を裏切らない秀作であった。
 主人公ディルが個人的に追う妹の死に至るまでの事情、そしてディルの幼なじみスパイヴィにからんだ疑獄事件の対応という公務、この双方がいずれ何らかの形で繋がるのか、あるいはその裏をかいて……というのは、当然、読む側の注目ポイント。もちろんその辺の詳細はここでは書かないが、物語上でのバランス感と関係性の双方で、非常にこなれた流れになっていくことだけは言ってもいいだろう。
 
 全体のストーリーの組み立て、登場人物の描き分け、場面場面の叙述、それぞれの側面がどれも結晶度が高く、言いかえるなら軽妙手前のハイテンポで物語が進む一方、随所のシーンにいくらでも小説的なうまみを感じるというか。
(たとえばディルが情報を求めて向かった現地の記者クラブ、そこで再会するクラブのオーナーや従業員たち、そして旧知の老記者の描写とか。)

 さらにミステリとしては終盤の矢継ぎ早の意外性や二転三転の展開などそれぞれ実に鮮烈で、一方で、ハードボイルドミステリとしてのメンタル的にもなかなかサビの効いたシーンが用意されているのもよろしい。
(この辺ももちろん詳しくは言わない。ただし<こういう場面>に触れてロス・トーマス作品をもっと読み込んでいる人は「待ってました!」と喝采を送るのか、それとも「またか……」と苦笑するのか、ちょっと気になるところだが。ちなみに個人的には(中略)。)

 でもって、ラストの幕引きも予期した以上に剛球でキメたな! という感触。評者がもっと素朴に純情にミステリ小説を読みふけっていたハイティーンの頃にはじめてこの場面に触れていたなら、かなり心に響いていたかもしれない。いや、オッサンになった今読んでも、けっしてキライじゃないけれどね、こーゆーの。それでもたぶん若い読み手の方が、何かを感じる小説のまとめ方だとは思う。

 全体的に破綻が少なく、まとまりのよい、得点も多い作品。MWA賞受賞は納得で、これまでに読んだトーマス作品3冊のなかでは最も完成度の高い秀作という感じ。フツーならそういう褒め方をすると、どっかで優等生的な作品にありがちなある種の物足りなさを感じたりするんだけれど、今回はそういう不満の念があんまり生じないのだから、やっぱりこれは素直にいい作品なのであろう。前の『冷戦交換ゲーム』のレビューで書いた「ロス・トーマスってどっか生島治郎っぽい」という想いは、さらにもう一段、強まった手応えもある。

 最後に、この話の舞台となる町や市単位の直接の地名は、劇中に登場しない(通りとか区画とかの名称はいくらでも出てくるけれど)。ただしモンタナやダコタから熱風が吹き付ける故郷の町、という主旨の記述があるので、その条件に合う場を地図で参照するとワイオミング州のどっかあたりということになる。なんらかの考えがあって作者は特に架空の地名を設定したりもせず、そんな書き方をしたみたいだけれど、これがちょっとだけ気になった。


No.881 7点 生きている痕跡
ハーバート・ブリーン
(2020/06/22 15:03登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月のある夜のマンハッタン。「ぼく」こと30代半ばの雑誌記者ウィリアム(ビル)・ディーコン(ディーク)は、少年時代の友人で若手作曲家であるアキリ(アーチー)・ロバート・シンクレア三世の突然の訪問を受ける。およそ20年ぶりの再会だったが、彼は世にも奇妙な話題を持ち出し、その調査を事情通のディーコンにひそかに依頼した。アーチーの語る話では、知人の歌謡作家ブリル・ブリルハートが、少し前に人知れず死亡した。死の状況は現状で言えないが自分が殺した訳ではない、だがそんな完全に死んだはずのブリルハートがその後も音楽界のあちこちに出没しているというのだった! 半信半疑ながら、一応は正気に思えるアーチーの請願を受けて調査に動き出すディーコン。だがそんな彼の周辺にも、くだんのブリルハートの気配が感じられる。ディーコンは知己の生態科学者に連絡をとり、生物の蘇生についての可能性までを確認するが……。

 1960年のアメリカ作品。現代(当時)のアメリカ市街の周辺で、死んだはずの人物が徘徊……というと、まんま先日読んだばかりのロースンの『棺のない死体』だが、こちらはもうちょっと亡霊? の行動? 範囲は広い?

 評者はブリーンは大昔に『ワイルダー一家の失踪』と『もう生きてはいまい』のみ既読。どちらもそれなりに楽しみ、特に前者はSRの会の例会で「設定が面白そうな割にヘボい」という下馬評を聞いていた反動からか、いや、なかなかいいんじゃないの、と思った記憶がある(できれば新訳版をどっかで出してもらい、その上でもう一度読み直したいところだ)。
 そういうわけであくまで大昔の印象との比較なんだけれど、読んだブリーン作品3冊のうちではこれが一番面白かった、出来がいいのでは、という感触。
 ここではあまり詳しくは言えないが「甦った死者の謎」の扱い(どういうタイミングで、どのように決着をつけるか)、さらにそれに続く(中略)という流れなど、都会派怪奇ミステリとしての起伏がかなり躍動的(このあたりでさらにまた別のアメリカ作品を思い出したが、そこはそっちのネタバレになりそうなので、くだんの作品の具体名はナイショ)。
 評者の好きな「残りページが加速的に少なくなっていくのに、これでどう真相を語るのか」の作劇パターンも終盤には導入され、その山場直前の妙に活劇っぽいシーンの鮮烈さもあわせて、最後まで楽しませてくれた一冊。
 不満は、前半で少し、作中人物のものの考えにツッコミの余地があることと、最後の方でこの作品での某メインキャラの存在が薄くなってしまうこと。後者の件は、小説家としてのブリーンの書き方かね? 個人的にはちょっと違和感。まあ総体的には十分面白かった。蘇生の可能性を識者に問うくだりなどでは、フィクション内の一例としての、1960年前後の怪しい科学文明観も覗いてなんか楽しい。

 なお本書の読後に「世界ミステリ作家事典・本格派篇」のブリーンの項目を紐解くと、ディーコンものの第二作(で最後の作品)『メリリーの痕跡』はさらにこれより出来がいい、ということ。楽しみにしよう。 


No.880 6点 多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー
アンソロジー(出版社編)
(2020/06/21 23:07登録)
(ネタバレなし)
 しばらく前に帯つきのかなり状態の良い古本(元版の方)を購入。先に家人に読ませていたが、そろそろその気になって自分も読もうと思ったら、ちょうどそのタイミングでメルカトルさんのレビューが投稿されて、ちょっとびっくり(!)。
 それでチビチビゆっくり少しずつ読んで、ようやっと完読したので、自分も感想をば。

・山本弘「多々良島ふたたび」
「怪獣無法地帯」の真相を、想像力と推理で解明!
(ここ↑まではAmazonなどでのハヤカワ文庫JA版の各編の内容紹介。以下同)
……直球で原典世界に向かいあい、『ウルトラQ』『初代マン』の劇中情報を自由に組み合わせて織りなした、トリッキィかつ正統派のパスティーシュ。ここで語られた情報の大半は、ひとつの並行世界の公式設定にしてもいいよね。これ一本で元は取れた。しかし文庫版の表紙はネタバレでは?(もしかしたら、単行本版の方では最後のオチが意味不明という読者が多かったのだろうか?)

・北野勇作「宇宙からの贈りものたち」
巨大生物の退治に挑む青年の想いは虚実を彷徨う……。
……正編世界の物語を放棄。自分のイマジネーションで組み立て直した『Q』ワールドだけれど、狙いをとりあえず了解した上でマアマア。

・小林泰三「マウンテンピーナッツ」
ウルトライブした女子高生は、苦悩する正義の化身となる。
……比較的、近作のテレビシリーズ『ウルトラマンギンガS』の外伝? という設定だそうだが、あえてそのくくりは不要だったかも(ちなみに評者は『ギンガ』二部作はちゃんと全部観ている)。良くも悪くも厨二的な発想の数々が、いかにもこの作者っぽい。

・三津田信三「影が来る」
江戸川由利子が出会う不可解な事件。偽の自分は現か幻か!?
……すみません。かなりダメでした。悪い意味で、三津田版「悪魔っ子」からビジョンが広がらない。

・藤崎慎吾「変身障害」
ウルトラセブンに変身できなくなった男の数奇な運命とは?
……『セブン』世界の某ゲストキャラにして、ある意味で作品世界の基幹の一端となるあのキャラの後日? 譚。それなりに愛せる作品。

・田中啓文「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」
決死の覚悟で怪獣の足型を採取する男たちの熱いドラマ。
……冗談オチはいいのだが、オリジナルのウルトラ怪獣に魅力がないのが残念。実はこのアンソロジーのなかで意外なほど、オリジナルのウルトラ怪獣(正編世界にいそうな)、または原典世界の怪獣の派生種とかはあんまり登場してないので、もっと大事にしてほしかった。

・酉島伝法「痕の祀り」
街に転がる巨大な死体を始末する特殊清掃業者たちの矜持。
……いかにも「ウルトラというエスエフ」を「SF」に組み換えてやるぜというアレな印象の作品なんだけど、作者の方は存外に悪意も他意もなく、むしろ読むこっちの構えの方がワルイのかもしれない。作中の怪しい造語を原典世界の名称にひとつひとつ置換していく作業は、それなりに楽しかった。

 もう一冊くらいこういうアンソロジー出してほしいとは思う。でもってこっちは山本作品みたいばっかなの読みたい気もあるんだけれど、そういうものばっか取り揃えて、居心地のよいもの専科じゃイカンのだろうな? たぶん、こーゆー企画は。


No.879 6点 十二人の評決
レイモンド・ポストゲート
(2020/06/21 05:07登録)
(ネタバレなし)
 小金を貯めたオールドミス、ギリシャ系の食堂経営者、ギリシャ文学が専門の老教授、酒場の主人、食料品店に勤務する敬虔なクリスチャン、ユダヤ人の比較的若き女性、左官協会の労組の書記長、社会主義者の詩人、美容院の助手、二流の俳優、百科辞典のセールスマン、小新聞の編集長。互いに見知らぬ彼ら12人の人間が陪審員として呼集されたその裁判。だが人死にが生じたその審理を討議する者たちの中には、個人的な事情から法律に複雑な思いを抱く者、また実はひそかに重罪を犯しながら裁かれずにいる者もいた。やがて開催された法廷だが……。

 1940年の英国作品。
 まずは作者と作品の素性は、先行するnukkamさんのレビューをご参照願うことに。
 ポケミス旧版の黒沼健訳の方で読んだが、いつもながらこの人らしい好テンポの文調で古い訳ながら十分にスムーズに楽しめた。なおポケミスの本文の最後のページに訳者のコメントがつけられており、先に「宝石」に載せた際には紙面の事情で2割ほど抄訳したが、今回はちゃんと完訳した旨、書いてあるのが親切。

 小説の第一部は陪審員のひとり、オールドミスのヴィクトリア・メーリィ・アトキンズの半生を語るエピソードから開幕。これがおよそ20ページに及ぶので、12員全員このパターンでやるのか!? と軽くおののいたが、nukkamさんの言われるようにどんどん手抜きになっていく(笑)。作者の方で早々とネタ切れになったのか、各員これでは予想外に長くなっちゃいそうと途中で計算違いを反省したのか、あるいは編集から<巻き>が入ったのか。その辺のメイキング事情を知りたい(笑)。

 とはいえ小説の作りはなかなか見事で、特に中盤の家庭教師の青年エドワード・ギリンガムのエピソードの、英国流ドライユーモアの味付けをしたそこはかとない残酷さには唸らされた。なんか、こういうレベルのものをもっと読ませてもらえるのなら、ポストゲートの未訳作品はぜひとも発掘してもらいたい。

 その一方で裁判ミステリとしては、いくつかの意味で大筋と決着が先読みできちゃう面もあるんだけれど……。まあ良くも悪くも王道を決めた感じもあるし、これはこれでいいです。

 ちなみに本書の最大の売りとなっている例の<陪審員ごとの疑惑度のメーター表示>だけれど、12人それぞれについて何回も掲示し、個々の針の左右への振幅の変遷を見せるのかと思っていた(ゲーム『サクラ大戦』の花組メンバーの好感度の推移みたいな感じに)ら、最後にそれぞれ一回しか見せません(!)。これってポケミス旧版だけってことはないよね? いささか拍子抜けした。

 ポケミス新版の方でのAmazonとかの「BOOK」データベースに表記されている「証言ごとに揺れ動く陪審員の心の動きをメーターの針で図示。」という記述はそんな「揺れ動く」過程を見せているわけでないので、これはジャロロ案件(『Piaキャロット2』の玉蘭)ではないでしょーか(笑)。


No.878 5点 影の座標
海渡英祐
(2020/06/20 05:08登録)
(ネタバレなし)
 大企業「光和化学」の社長・関根俊吉の娘婿で、同社の研究所所長でもある岸田博が行方不明となった。岸田は会社が開発中の新製品・仮称「NK剤」の研究スタッフ主幹で、ライバル企業にその情報を渡した末に<何か>があったのではとも疑念が持たれる。社史と社内報の編集に携わる閑職の「私」こと稲垣昭彦は、同僚で旧友のそしてアマチュア名探偵として一部に知られる雨宮敏行とともに社長に呼び出され、岸田失踪事件の極秘裏の調査を行うように請願された。これに際していきなり社長相手に「名探偵」としての権限を主張する不敵な雨宮。稲垣はそんな雨宮をかつてのあだ名「エラリイ・レーン」で呼び、自分は相棒かつ格下の「ワトソン」役として調査を開始する。だがそんな彼らの周辺で、岸田失踪事件の重要な証人らしき人物がまもなく殺されて……。

 ……うーん、弱ったな……。かなり早い段階から作者の狙いが見え見えで(汗)。それで結局(中略)。刊行当時はそれなりに反響はあった? かもしれないが、21世紀の現在、本作の読者が100人いたとして、その中でこの真相を意外に思う読者は10人もいないだろ(汗)。

 まあ見方によっては、新本格超人気作品の先駆で原型みたいな趣もあるので、そういう興味でミステリブンガク史探求的に読むならアリかも。
(実際、作品総体としても、80年代後半からの新本格系列に似たような香気を感じる面はある。)
 あと最後の真相解明の際にちょっと面白い方向から、先に散りばめていた伏線や手がかりを回収するのは、本作の一応の興趣だとはいえる。

 一言でいえば、賞味期限が切れてしまった当時の力作。
 犯人告発時のあのパワーワードは、ちょっとスキだけれど。


No.877 9点 毒薬の小壜
シャーロット・アームストロング
(2020/06/19 18:02登録)
(ネタバレなし)
 1955年のアメリカ。若い時は亡き父にかわって病身の母親と妹エセルの生活を支え、さらには大戦の騒乱を経て気がついたら55歳まで独身だった、今は小さな芸術大学に勤める国文科の教師ケネス(ケン)・ギブソン。彼は勤務先の先輩格の人物ジェイムズ老教授の葬儀に参列し、その忘れ形見であるひとり娘、32歳のローズマリー(ロージー)に出会う。晩年は精神がイカれたままこの世を去った父親の世話に追われて青春をすり減らしたローズマリーはほとんど世知も就職の経験などもなく、今後の生活が不安だった。とりたてて美人ではないが愛らしくて幸薄い彼女に強烈な保護願望を抱いたギブソンは、自分の孤独を癒してもらうという大義のもとに23歳年下の彼女に求婚。形ばかりの結婚生活を営むことで、彼女の今後の生活を支援しようとする。戸惑いながらもギブソンの提案を受け入れたローズマリー。やがて夫から妻への、そして妻から夫への想いは形ばかりでない本物に変わっていくが、そんなある日、劇的なできごとが。

 1956年のアメリカ作品。
 少年時代にはじめてポケミスという膨大な冊数の叢書の大河に出会った筆者は、パズラー三巨頭やハードボイルド三大家の諸作はともかく、あとはどのへんから読めばいいのかという迷いを、たぶんどっかのタイミングで感じたはずであった(具体的にはその辺の感覚は、もう詳しく覚えていないんだケドね。あまりに大昔のコトだから・汗)。
 そんなときに絶好のガイドとなったのが、中島河太郎の「推理小説の読み方」であり藤原宰太郎の「世界の名探偵50人」であり、そして古書店でかきあつめた「日本語版EQMM」のバックナンバーに連載されていた都筑道夫の(当時の)未訳の原書紹介記事「ぺえぱあ・ないふ」などであった。
 その最後の「ぺえぱあ~」の何回目かで、本当に面白そうに紹介されていたのが本作で、やがてすぐに、この作品が都筑の紹介から間もなく翻訳されてポケミスに入っていると確認。都内のどっかの大手書店(昔は、早川の倉庫から出てきた古いポケミスを優先的に仕入れる一部の有力店が都内にいくつかあった)の書棚でいそいそと購入した。が、例によって釣った魚に餌をやらないどころか生須の存在すら視界から消してしまう評者のこと。その後ウン十年、ずっと家内の蔵書の中で、積ん読のままであった(……)。
(その長い歳月の間に、80年代末~90年代初頭あたりからアームストロングの未訳作品の発掘・紹介なんか、とっくに定着していってるんだけどね・大汗) 

 というわけでようやっと読んだ本作ですが……これはいいです。この5~6年間に読んだ作品の私的お好みベスト3に入るのは確実で、このサイトに参加して初めて10点をつけようか本気で躊躇したくらい。
 どこがどういいかいくらでも言いたいんだけれど、実はポケミスの裏表紙のあらすじが意外なほど控えめなのね。前述のツヅキの名文ではほとんど3分の2くらいまでお話を語ってた記憶があるけれど、このポケミス版では3分の1くらいしか明かしてないんじゃないかしらん(というわけで今回の評者のレビュー冒頭のあらすじもそのポケミスに倣って、ほとんど序盤の延長までしか書いてない。)このポケミス版のあらすじを書いた当時の早川の編集者が、ネタバレはぎりぎりまで避けたい、とこの作品への礼節を守ったのだとしたら、その思いに今回のこちらもあえて沿いたいとも思う。

 それでも中味について可能な限りに言葉を選んでいうと、とにかく前半も後半もステキ。全編の文芸に常に<敷居の低い俗っぽさ>と<ある種の高潔さへの憧憬>その二極の対比が潜在し、その上で最後に作者は少しだけ照れながら、その一方をしっかりと選ぶ。そーゆー感じの作品である。

 まあ肌の合わない人にはほとんど引っかからないかもしれないけれど、評者はこういうミステリが、いやこういうミステリも、本気で大好きだ。
 なお読み終わって就寝前に「深夜の散歩」の福永武彦の、本書についての記述を読み返してみたけれど、ハヤカワ・ライブラリ版で最後の2行目、うん、これこそ正に我が意を得たり、という思いである。さすがわかっていらっしゃった(笑)。


No.876 6点 マンハッタンの悪夢
トマス・ウォルシュ
(2020/06/18 04:19登録)
(ネタバレなし)
 その年の二月。石油会社の社長ヘンリー・L・マーチスンに仕える老運転手チャールズは、雇い主の6歳の御曹司アントニー(トニー)を下校時に迎えに行く。だがチャールズは謎の賊に襲われ、トニーはいずこかに誘拐された。その直後、マーチスンの社長秘書フランシス・ケネディーはマンハッタン駅に向かう列車に乗り合わせていたが、トニー誘拐現場の最寄り駅から乗り込んだ怪しい赤毛の大男をたまたま目撃。やがて児童誘拐の事実が確定するなか、フランシスが抱いた不審は事件に関係するものと見なされる。誘拐犯一味の活動の拠点の一角がマンハッタン駅の周辺と認められ、NY警視庁の面々、そして「タフなウィリー」ことウィリアム・パトリック・カルフーン警部補率いるマンハッタン駅鉄道警察官たちは、少年の無事な身柄の奪回と誘拐犯の検挙に躍起になるが。

 1950年のアメリカ作品。
 評者がこの数年ちびちび読んでいるトマス・ウォルシュ(これで3冊目)の処女作。刊行年度のMWA長編新人賞ということは以前から聞いていたのでちょっぴり期待したが、先に読んだ同じ作者の『暗い窓』と同様に、良いところと悪いところが相半ば、という手応え。
 
 先にどっかで聞いていた設定から、1940~50年代のワーナー系の都会派モノクロ犯罪&警察捜査映画のような雰囲気を予期していた。それで実際の内容の大枠はその通りなのだが、小説の各章ごとの紙幅がひとつひとつ長過ぎる感じで、イマイチテンションが上がらない。こういうのは各章が短かすぎても長めすぎてもダメだなと、改めて実感した。
 それと前述の『暗い窓』の時にも感じたのだが、主要人物へのフォーカスが中途半端。
 作中のリアリティとしてこういう事件のこんな状況に際して複数の捜査組織のかなりの数の面々が動員されるのは当然で、それ自体はいい。
 だが、その一方でフィクションドラマとしては、心やさしいが不器用な男カルフーンを明確な主人公ポジションに据えて、被害者側の関係者フランシスとの、二進一退をくりかえす恋愛模様をサブストーリーに設けている。
 その趣向自体もやはりよいのだが、カルフーンがしっかり主人公枠をこなす一方で、彼と連携するニューヨーク警視庁側の面々が確かに捜査には加わりながら(出番はそれなりに多いものの)、まるでドラマの上で生きていない。
 後半にモブ的に登場してワンシーンを見せ場とする末端のパトロール警官の方がまだ印象的な活躍をしている。
 これならもっと割り切った作劇にして、カルフーンが一匹狼的に活躍する状況のなんらかの理屈づけをした方が良かったのでは? という感じだ。
(あと、ベタな手法ではあるが、こういう作品の場合、ホイット・マスタスンの『非常線』みたいに、各章のはじめに経過する日時や時間の表示があったほうが効果を上げたとも思う。)

 一方で舞台となるこの時代のメガロポリス駅・マンハッタン駅周辺の描写は、物語の進行の上でなかなか効果的なタイミングで描き出される。この、ひとつの街ともいえる世界の秩序を自分の縄張りとして守ろうとするカルフーンの益荒男ぶりが、ヒロインであるフランシスの心に響く演出にもマッチしてなかなか快い。本作がMWA新人賞をもらえたのは、この辺りのイイ感じさゆえではなかろうか、と思うほどだ。
 それで最後の3分の1ほど、誘拐犯一味の思惑が少しずつズレ込み、一方でカルフーンたち捜査陣側の焦燥が高まってくるあたりになると、さすがに物語もかなり波にノッてくる。
 実際のマンハッタン駅の構造を知悉していたらさらにずっと面白いんだろうな、と思わされる隔靴掻痒な部分も少なくないが、その辺はないものねだりか。最後の物語のまとめ方も、まあこれで良いだろう。

 トニーの母親がいるらしいのに物語のなかでほとんど間接的な叙述もない? のがヘンだとか気になるところもあるが、前述の『暗い窓』と比べて主人公がきちんと主人公っぽいこと、さらにさすがに処女作ゆえの意気込みか、舞台となるマンハッタン駅の描写のボリューム感が印象的。評点はこんなところで。ただし小説総体としては、実はその『暗い窓』の方が良かった面もなくもない(味のある脇役の扱いとか)。

 いずれにしろ、邦訳されたウォルシュ作品で、評者の未読は残り3冊。またタイミングを見て、少しずつ読んでいきましょう。


No.875 7点 カレイドスコープ島「あかずの扉」研究会竹取島へ
霧舎巧
(2020/06/17 15:08登録)
(ネタバレなし)
「流氷館」での殺人事件が解決して十日。「ぼく」こと二本松翔(カケル)をふくむ北澤大学のミステリサークル「「あかずの扉」研究会」の面々は、ゴールデンウィークに八丈島の周辺に寄り添うように浮かぶ島「月島」と「竹取島」に向かうことが決まる。そこはサークルのメンバー「ユイ」こと由井広美の友人である金本鈴(りん)の故郷で、今回の行楽はその鈴の招待の形だ。だが事前にサークルの女子で特殊な霊感を持つ森咲枝が、不吉な予言をもらす。やがて怪しい因習に彩られた二つの島の周辺では、常識の枠を超えた惨劇が。

「「あかずの扉」研究会」シリーズの2冊目。第一弾はほぼリアルタイムで読んでいたはずだが、この二冊目までには、評者の場合、ずいぶんと間が空いてしまった。蔵書の中から出てきた手製の紙カバーを外すと、講談社ノベルス版にブックオフの600円(定価のほぼ半額)の値札がついている。とっくの昔にブックオフの各店舗では100円均一にもなっているだろうから、刊行後そう経たないうちに古書で買ってそのままだったみたいだ。
 第一弾『ドッペルゲンガー宮』はそれなり以上に楽しんだ思い出がなんとなくあるが、そのままシリーズを続けて読む気にならなかったのは、まあ極限すればそれこそ「なんとなく」だし、なにより00年代当時は、今よりずっとミステリ全般に対する評者の関心が減退していたからだが、さらにやはりどっかで、この主人公チームのラブコメテイスト混在&過剰に猥雑な雰囲気に引いてしまっていたからかもしれない。決してこの主要キャラ勢がキライではないのだが。

 そんな経緯をふまえて、久々に……と思いながらページをめくった本作だが、これは予想以上に楽しめた。
 いやまあ、ごく一部のキーパーソンを除いてゲストキャラたちの造形も叙述も中途半端な感じだし、主人公チームの動向もよくいえばビビッド、悪くいえばとっちらかってる。さらに事件そのものも惨劇や予想外の展開の連続ながら、それに見合ったドキドキ感も緊張感も希薄……などの弱点はある。
 それでも終盤の二転三転のどんでん返し、意外な犯人、そしてこれでもかこれでもかと複数主人公の対話という手法を活かしては疑問の提示とそれに対する説明、さらには伏線の回収をしまくる物量感は圧巻だった(なかには、ちょっと何か違和感を覚えたものもあったような気がするが、現状ではっきりいえないのでとりあえずノーカン)。
 特に、本作が『獄門島』モチーフだということは裏表紙の梗概の段階から公言しているが、その意味合いを<ここ>で使うか、という大詰めでのサプライズには「ウヒョー」となった。(まあ『獄門島』をすでに読んでいる読者向けのミスリードといえば、そもそも……(以下略)。)

 複数主人公で事件の細部について質疑応答しあえることが十分に機能した(浜尾四郎の『殺人鬼』の探偵とワトスン役の終盤のやりとりの発展型みたい)作品なんだけれど、不評派の人はたぶん全体的に今回もキャラクター小説っぽくまとめた作者の手際というか、その手のサービス感がうざいんだろうな。まあそれはわからなくもないし、もう少し整理してほしかったというネタもあるけれど、そうなるとおそらくここまでの終盤の謎解きのボリューム感は出なかっただろう。少なくとも力作なのは間違いないと思うのだが。


No.874 6点 走れホース紳士
石川喬司
(2020/06/16 16:28登録)
(ネタバレなし)
 のちのちまで日本競馬史にその名を轟かせる名馬ハイセイコーがまだ現役の昭和の時代。少部数のミステリ小説専門誌「推理マガジン」の編集部員である30歳の独身、泉大五郎はダービーで手痛い負けをこうむった。そんな彼はその夜、ひとけのない東京の本馬場で「増沢ハイセイコー」と名乗る、闇の中を奔馬のようにランニングシャツ姿で走る謎の老人に出会った。独特の競馬観とロジックをそなえた増沢老人に興味を抱く大五郎だが、増沢はNHK(ニホン・ホース・キチガイ連盟)の会長だと自称。増沢老人は大五郎に、わずか200円で馬主になれるというNHKへの入会を勧誘する。これが大五郎を伏魔殿たるNHK、そしてさらに競馬の世界の迷宮に引き込む事態の始まりであった。

 現状で本サイトにも、そしてたぶんAmazonにも、登録されていないが、元版は1974年4月号5日刊行のノン・ノベル(祥伝社)。
 もともとは「東京スポーツ」「大阪スポーツ」ほかに連載の『ウマの神様』を主体に、「報知新聞」に連載の別作品『明日の手帖』の一部を加えて大幅に加筆改訂、とある。主人公の大五郎が中盤で福島に競馬がらみで旅行に行ったり、やはり後半でパリに行ったりするので、もとはその辺りが別の主人公のストーリーだったかもしれない?

 大昔に古書店でかき集めた「ミステリマガジン」バックナンバー連載の新刊翻訳ミステリ月評「極楽の鬼(地獄の仏)」や「世界ミステリ全集」関係でさんざんお世話になった(もちろんあくまで一ミステリファンとして。一部、ネタバレで多大なメーワクをかけられたが・怒)石川喬司の実作長編。
 すでに大昔から短編は何作かミステリマガジン誌上で読んでいたが、長編は「そんな石川が書いたミステリ長編作品」ということで関心をいだいて何十年も前に購入しておきながら、ずっと家の中のコヤシであった(笑・汗)。
 だって作者が筋金入りの自称・馬家(「ばか」と読むそうな)なのは「極楽の鬼」を楽しんでいた当時からつくづく思い知らされていたけれど、こちら評者は競馬にまったく関心のない人生を送ってきた。そしてまさにこれは、ガチの競馬ネタのミステリなんだもの。あまりにも敷居が高かった。
 
 とはいえなんのかんの言っても、あれだけとにもかくにも当時のミステリを読み込んだ作者なんだからその辺の作法は心得て、シロートでも一見でもある程度のコトは解説してくれて、最低限は楽しめるエンターテインメント&ミステリになっているだろう? と予期しながらようやく、ウン十年目にしてページをめくる。
(思えば青少年時代にフランシスの競馬スリラー(競馬ミステリー)も、どこか似たような敷居の高さで、最初の一冊を手にしたのだった……。)

 それで読み終えての感想だが、競馬界のウンチクと当時の斯界への見識をたっぷり聞かされる前半は、門外漢にはほんのすこし退屈(汗)。
 とはいえ基本的にマンガチックな描写の連続するギャグユーモア作品で(ノン・ノベル版の肩書は「長編抱腹推理小説」!)、さらに明らかに「ミステリマガジン」をモデルにした「推理マガジン」編集部周辺のネタもちょっとだけ出てきて、その辺もふくめてそこそこ楽しめる(なお主人公・大五郎の恋人の野村マリは大学の後輩の27歳の娘で、「推理マガジン」に翻訳原稿を載せているミステリの翻訳家という設定。適度なお色気もある)。あのヘンリイ・スレッサー(O・H・レスリー)の競馬ネタの短編の話題とかが飛び出してくるのも、実に楽しい。もちろんフランシスの諸作についても言及される。
 ちなみに、もともとミステリファンだった大五郎が「推理マガジン」編集部に入った目的のひとつは、この職場でミステリの見識を高め、乱歩の「類別トリック集成」のアップ・トゥー・デート版を作ろうと思ったからというのも、ちょっといい話、ではある。

 物語が割と面白くなってくるのは大五郎が福島の地方競馬場に旅行にいく辺りから。さらに話が進んでどうやってNHKが奇妙なシステムで利益を上げているか、カモを食い物にしているかのロジックが小出しにされ、翻訳ミステリ風のコン・ゲームを裏から覗くような本作の楽しみ方が見えてくる。 
 一方で奇人変人の登場人物たちも賑わい(パリ編で登場する「映画版のクロード・ルベル警視そっくり」という設定のキャラクターがいろんな意味で特にいい)、後半はフツーに面白くなった。終盤の仕掛けも、エンターテインメント読みものとしての、ダメ押し的な快感がある(いかにも昭和ミステリっぽい感じではあるけれど)。
 総体的には佳作以上といっていいんじゃないかしらね。昭和の競馬好きはもちろん、歌謡曲などのネタも多いので、当時の昭和の風物が好きなら、さらに楽しめるだろう。
(ちなみにノン・ノベル版には挿絵が豊富に掲載されているが、これが往年のミステリマガジンでもおなじみの畑農照雄。本作の作風にマッチして、実にいい味を出している。)
 
 なお途中で競馬界の不正や妨害が話題になるシーンがあるのだが、そこで、ミステリのエチケットとして詳しくは書かないが、とかいいながら、フランシスの『興奮』の大ネタをかなり暗示してしまっているのがアレ。もっとポイントを曖昧にするとか、書きようはあったと思うヨ。いかにもこの辺は作者らしい(笑)。

 あと1987年の同じ作者の『ホース紳士奮戦す』は本作の続編なのかしらん? webで検索しても情報が出てこない。そのうちどっかで調べてみよう。

 最後に、作者の石川喬司ってまだ90歳でご健在なんだよね? 可能ならお元気なうちに60~70年代のミステリマガジンやミステリ全集などについて、当時のことをぜひとももっといろいろと語っていただきたい。


No.873 7点 牧師館の殺人
アガサ・クリスティー
(2020/06/15 05:44登録)
(ネタバレなし)
 久々にクリスティーを読みたくなって蔵書の中から未読の作品を漁っていたら、ポケミス版のこれがでてきた。ミス・マープルものの初長編。
 いやいくらなんでもコレは昔に読んでるはずだ……たぶん読んでる……おそらくは……もしかしたら……と、確信度が次第に十のうちひとつかふたつくらいに下がっていく。
 まあ万が一、昔に一度読んでいても、これくらいしっかり忘れてるんならいいだろと思ってページをめくったら……あら、完全に、初読であった(笑)。そーか読もう読もうと思って、そのままだったのだな(大笑)。
 さすがにのちのマープルものは、何冊も読んでるが。

 という訳で半日かけてしっかり楽しんだけれど、セント・メアリー・ミードをがっぷりと舞台にした箱庭的な感覚の作品で、予想以上に面白かった。
 
 しかし主人公クレメントの若奥さんグリセルダ最高だな。自分が選択の自由があるという権威を示すために、三人ものの他の求婚者をふってあなた(ずっと年長の夫クレメント)を選んだとかの呆れた悪態ぶり、水着で絵のモデルになるくらいなんですの、わたしなんかもっと……とか、若い男にとってあなたみたいな年上の夫がいる私みたいな若い美人の奥さんは最高の贈り物なのだ、とかの小悪魔的なエロい物言いの数々。それで最後には(中略)とくるか。あー、ズベ公萌えの評者(汗・笑)にとっては破格ものの、クリスティー史上のベストヒロインかもしれない(笑)。

 あと翻訳のせいもあるのかもしれないが、前半の叙述がところどころイカれてて素晴らしい作品であった。人食い人種ネタジョークの悪趣味ぶり(不発に終わること自体も笑える)もさながら、容疑者の拳銃の所在について証言するミス・マープルの物言いまで妙にエロい。

 ミステリとしては、ポケミス版の解説で乱歩はあんまり評価してなくて『予告殺人』の方がいいとはっきり言っちゃってるんだけど、個人的にはおお、そうきたか、という感じで結構スキである(自分は後半のとある叙述から、別の人間が犯人では? と推察していた)。
 最後で急にこの物語に出てくる某ガジェットへの細かい不満などはあるものの、ミスリードの仕方としてはかなり上策だったではないかと感じた(その一方で、フェアプレイにしようという恣意的に丁寧な描写が饒舌すぎて、あとから思うとかなりアレなところもあるんだけれど)。

 あと、かのキーパーソンの正体はのちの別シリーズでこの変奏をやっている感じで、そっちでの真相発覚がスキな分、ここに先駆というか原型? があったという意味で興味深かった。
 総合評価としての完成度(というより作品の格の結晶度)はいまひとつかもしれないけれど、クリスティー色は全開かその上で、好みの作品の一つになりそうではある。


No.872 7点 ハイスクールの殺人
イヴァン・T・ロス
(2020/06/15 04:56登録)
(ネタバレなし)
 1950年代末~60年代初頭のニューヨーク。「ぼく」ことベンジャミン(ベン)・ゴードンは「マーク・ホプキンス・ハイスクール」の英語教師として、様々な人種と階層の生徒たちにアメリカ市民として有為な英語を教えていた。だがその年の10月、ゴードンの教え子でプエルト・リコ系の少年ルイス・サントスが、拳銃を持って近所の食料品店に押し入り、逮捕されたという知らせが入る。ジャーナリスト志望のルイスは友人は少ないが、教師や学友たちからは一目置かれる秀才で、校内新聞の編集長。大学進学のための奨学制度にも認可されていて、日頃の素行からもこんな軽はずみな行為をするとは思えなかった。ゴードンは背後の事情を探ろうとするが、当のルイスは何かを隠し、一方で利己主義の校長ハーバート・アプルビーや警察の捜査陣は、いくら秀才といっても所詮は移民系なので、と不信の目を向ける。それでも半ば強引に調査を継続するゴードンだが、やがて彼の周囲で思わぬ惨事が。

 1960年のアメリカ作品。
 高校教師にして作者のレギュラーアマチュア探偵であるベン・ゴードンは、かの藤原宰太郎の「世界の名探偵50人」の後半パートの一角で紹介され、それゆえ評者の同世代のミステリファンと話をすると、意外にその存在を知っている人も一時期はいた。もちろん実作を読んでいる人間はさらに少ないが、それでもたまにそういう人に出会うとなぜか嬉しくなるような、そんな感じの妙にひと好きのするキャラクターなのだった。
 評者は大昔に先にシリーズ第二作『女子高校生への鎮魂曲(レクイエム)』を先に読み、相応に良かった、ベン・ゴードン、噂どおり素敵なキャラだったという印象があるが、かたや、なんせウン十年も前のことなので、ストーリー的にはほとんどもう何も覚えていない。(いや、印象的なシーンを、ひとつふたつ記憶してはいるか。)

 今回はじめて読んだ本作はシリーズ第一弾で、読み手のこちらはとっくに主人公ベン・ゴードン(朝鮮戦争から復員して教職の課程を終えて教師生活6年目というから20代の末~30歳くらい?)の年齢を越してしまったが、なんとなく高校のクラス会で旧友に再会するような気分でページをめくった。

 それで、しっかり検証した訳ではないが、本作が刊行されてから60年、高校教師のアマチュア探偵なんて、シリーズキャラクターだけに絞っても東西のミステリ界にいくらでもいるだろう。
 その意味では2020年の今日日ことさら掘り起こして喜ぶ文芸設定の探偵キャラクターでもないのだが、50年代末~60年代初頭の時代の空気込みで向き合うと、この時代ではちょっと新鮮なタイプのアマチュア探偵だったという感覚が改めて追体験できて、やっぱり心地よい。
(まあ、評者がこの時代のアメリカ作品をスキという前提はもちろんあるのだが。)
 ゴードンのキャラクターは、事なかれ主義や放任主義の外圧をうける中、彼なりの葛藤を感じながら、それでも不遇な生徒やその家庭を見捨てず、さらには不正に憤りを覚える正に古いタイプの熱血青年。この辺はいかにも60年代に照れずに語ることのできた理想主義という感じがしないでもない。
 ただし安月給に不満をもらしながら、スポーツカー(白いポルシェ)を取り回し、レアなレコード収集とハイファイステレオには散財する独身貴族でもある。キャラクターの個性を見せる記号的な設定という感じもあるが、50~60年代ハードボイルドミステリの趣味人志向に通じる趣もあって、個人的には微笑ましくて好ましい。校内で職場恋愛している彼女の美人カウンセラー、ルーシー・フェリスが朝鮮戦争での戦争未亡人(夫とは結婚後すぐ死別)というのも、いかにもこの時代っぽい。
 
 ミステリとしては秀才のルイス少年による強盗? 行為のホワイダニットが当初の興味になるが、さすがにこれだけで長編作品にはならないので、この事件に連鎖して殺人事件がまもなく発生。それと同時に、やはりこの時代のアメリカらしいある社会的な案件が次第に浮上してくる。この辺も当時のアメリカの国内事情を覗かせて、独特な手応えがある。
 ちなみにジャンル分類がしにくいタイプの長編だが(フーダニットのパスラーでもあるし、社会派ものともいえるし、広義の青春ミステリ……といっていいいかな)、本サイトで最初に登録された方(現在はこちらのサイトに不参加)は「ハードボイルド」に分類。評者は読んでいて途中まではこのカテゴライズに違和感を覚えたが、最後まで読み終えると相応に得心がいく。
 うん、終盤のベン・ゴードンの、そして本作の某メインキャラクターが選択した決着の道筋は正に(以下略)。
「それでも結局はアメリカベル・エポックの理想主義」と揶揄もされそうだけれど、いや、こーゆのが完全に忘れられた世の中も寂しかろう、とも思う(まだギリギリそこまでいってないとは思うけれど)。
 その意味では、最後にちょっと骨っぽい? ものを見せてもらっていい気分の一冊だった。

 評者にとっては再読になるが、ほとんど忘れている第二作『女子高校生への~』をそのうち読むのが楽しみ。ベン・ゴードンシリーズの第三作「Old Students Never Die(1962)」と第四作「Teacher’s Blood(1964)」がとうとう翻訳されなかったのが惜しまれる。

 あと原題の話題が出たところでさらに余談だけど、本作の原題は「Murder out of School」でホントーは「高校校外の殺人」なんだろうね? まあ作品のジャンルイメージ(学園ドラマミステリ)として、ストレートにこの邦題でよかったとは思うけれど。


No.871 6点 ドリームダスト・モンスターズ 白い河、夜の船
櫛木理宇
(2020/06/13 20:11登録)
(ネタバレなし)
 シリーズ第二弾。幻冬舎文庫から2014年12月に文庫オリジナルで刊行。
 全四話収録。

 表紙(ジャケットイラスト)の描き手が交代したけれど、個人的にはこっちの方が一冊めよりも好みかも。
 中身の方は良くも悪くもシリーズ各編の定型を早々に固めちゃった感じで、無難さが過ぎる一方、安定感はある。

 とはいえ事件の方はエピソードによってはかなり陰惨で、高校生の主人公コンビ(おばあちゃんを加えてトリオ)が作中の現実でこういう事態に向かいあってるのかと思いを馳せると、かなりフクザツ。
 そうはいってもリアルは小説のなかでもそして現実でも時に過酷なのは事実なんだから、おじさん読者としては見守るしかない。いまのところ主人公たちは真っ当な道を歩み続けているし。

 シリーズが2015年刊行の第三巻で中断しているみたいだから、未読の分があと一冊しかない。これを読んでしまっていいのか、その辺もまたフクザツ。

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