人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2106件 |
No.1786 | 7点 | 女相続人 草野唯雄 |
(2023/05/14 16:16登録) (ネタバレなし) 昭和40~50年代。ステレオメーカー「リズム社」の創設者兼代表で、資産45億円もの富豪・大倉政吉は、余命の短さを悟り、遺言書を作成。その遺産相続人の一角には、かつての内縁の妻・高倉美代子との間に生まれながらも、戦後すぐ遺棄した大倉の実の娘の存在が記されていた。大倉家の周辺の者が現代のシンデレラ嬢を捜すが、そんな一方で、川崎の某所では、未曽有の事態が起きようとしていた。 久々に草野作品でも……で、どうせなら、今回は評価が高い一作を……と思って、手にした一冊。 角川文庫版で本文380ページを超えるちょっと厚めの作品だが、内容の方もそれにあった歯応えで、最後の最後まで、読者に真相を見せずに引きずり回そうという送り手の熱意を実感できる。その辺のなりふり構わないサービス精神の発露は、正に好調なときの草野作品にこちらが期待するもの。 中盤のイベントであっけにとられるが、なにはともあれ、フーダニットパズラーの骨子をそなえたサスペンススリラーとしては、かなり面白い。 とはいえ、犯人の偽装工作なんか、一歩引いてみれば、それで作戦の意味があるのかな……(だって……)とかいう気になったりもした。悪くいえば、作中人物が重大犯罪を起こす前提として、視野が狭すぎる? と感じたりもしたり。 というわけでキズが気にならないわけではないのだけど、全体のパワフルさでは確かに、草野作品のなかでも上位の方ではあろう。草野ファンが高く評価するのも、うなずけたりする。 |
No.1785 | 4点 | アイルランドで殺せ マイケル・ケニアン |
(2023/05/14 03:40登録) (ネタバレなし) シカゴ在住の大学の数学准教授で、30歳代末のウィリアム(ウィリー)・フォリーは叔母ローダから手紙をもらい、自分が遺産を継承し、祖父の故郷であるアイルランドの城主になったことを知る。驚きつつも、突然入手した不動産の処遇を決めるためアイルランドに向かうフォリーだが、彼は思いもよらぬ事件に巻き込まれていく。 1965年のアメリカ作品。 1931年に英国に生まれたジャーナリストで、1960年に渡米した作者による半ば巻き込まれ型のスパイスリラー。巻末の訳者の解説によると、作者の二冊目の長編だが、一作目は習作ということで未刊行で、本書が処女出版の著書らしい。 現状のAmazonに書誌データがないが、翻訳は1970年4月20日に角川文庫から刊行。訳者はこの少し後にフォーサイス作品の翻訳を担当して大ブレイクする篠原慎(まこと)。 大昔にミステリっぽい作品だと思って、古書店で購入(最終ページに120円の鉛筆書きがあった)。ウン十年目にして家の中から発掘したので、初めて読んだ。 なにしろこの時期の角川文庫の新訳ミステリ、新訳の海外小説は、知る人ぞ知る通りに、ジャケットカバーの表紙周りに、作品のあらすじも解説もまったく書いてないものも多く、本書もその中のひとつ。 今の眼で見ると、まったく何やってんだという感じだったが、いずれにしろ、とにもかくにも内容はまるっきりどんな作風のものなのか、わからない。いや「殺せ」というタイトリングの一部から、たぶん広義のミステリだとの類推は可能だが、では、さらにどういうジャンルのスリラーなのかすら、まるっきし未詳なのであった。 そんなわけで面白そうなのかツマラなそうなのかも不明で、何十年も家の中で眠ってた一冊だが、別の本を捜すついでに先日発掘。 思いついてネットで検索しても感想の類などほとんど無いが、あの数藤康雄さんらしいヒト? の私設ミステリ感想サイトで、ひとつだけ「知られざる秀作」という主旨の賞賛コメントがあった。それで、ほほう? と思って読んでみる。 ただまあ、個人的には……う~ん……。 たしかに、デブで近眼の中年手前の主人公フォリーが思わぬ幸運に巻き込まれ、30代後半の恋人ジョイとの軽い軋轢を経てアイルランドに向かう序盤は、それなりに快調。が、現地についてからはいまひとつ。 ある種のマクガフィンをからめての筋立てが展開されるが、主人公フォリーとその小道具との関係性というか距離感がイマイチ不明、当然ながら(読み手のこちら視点での)緊張感もなく、どうにも盛り上がらない。 いや、陰謀が進行し、悪人が暗躍し、主人公が危機になる流れは理解できるんだけどね、しかしそれが面白い、ハイテンションかというと全くの別物。 仕事がらみのこっちの事情で二日にわけて読んだのも悪かったのかもしれないが、少なくとも登場人物メモはいつものようにしっかり取りながら読んでいたので、読むのを中断したといっても、情報としての見落としなどはなかったハズ。 それが結局、後半はひたすら眠かったというのは、結局はその程度の作品か、あるいはよほどこちらとの相性が悪かったのだろう? もしかすると数藤さんと自分とでは、別のものを読んだのかもしれんな。 後半、登場する(中略)だけはちょっと魅力的。このキャラがいなければ、さらにテンションは下がっていたと思う。 |
No.1784 | 6点 | 虚構推理短編集 岩永琴子の密室 城平京 |
(2023/05/13 03:50登録) 今回は短編3本、中編2本を収録。 冒頭の短編『みだりに扉を開けるなかれ』は、特殊設定パズラーの類ではなく、この世界観なら生じうる犯罪+非日常のコントという小品。こういうのもアリか? と鼻白むべきか、作風の幅が広がったと歓迎すべきか。 2本目の短編『鉄板前の眠り姫』は、いかにも新本格っぽい内容だが、この趣向はまんまどこかで見たような……。まあ着地点が同じだったということであろう。 3本目が最初の中編『かくてあらかじめ失われ……』で、決着の付け方に、おひいさまの意地の悪さ(見方によっては善意……かも?)がよく出てる話。 4本目が短編『怪談・血まみれパイロン』。全体の妙なほのぼの感は随一で、現代のおとぎ話を読むような印象。 最後が二本目の中編『飛島家の殺人』。 不可能犯罪? の広義のフーダニット。このシリーズが時たま接近する「ブラウン神父シリーズ的な世界」の趣の一編。 実は因数分解していくと、そんなに凝ったトリックもギミックも用意されていないのだが、しかして直球の? どんでん返しが、かなり……(以下略)。 六花の立ち位置の推移がいささか気になる。かなり昔の某少年スポーツ漫画を連想したが、詳しいことはネタバレになるとまずいので言わない。しばらく黙って見守っていくべきか。そのうち、なんかあればあるだろう。 |
No.1783 | 8点 | ゴリラ裁判の日 須藤古都離 |
(2023/05/11 03:34登録) (ネタバレなし) 「私」こと<ローズ・ナックルウォーカー>は、アメリカの動物園で暮らすニシローランドゴリラの雌だ。アフリカのカメルーン国で生まれたローズは、幼児の頃から手話を学び、同時に人語も理解。成獣となった時点では、人間の女子高校生ほどの頭脳を有していた。しかも電子技術に練達した研究者のおかげで、手話を人間語の発音に自動翻訳できる装置を装着。電子発声を通じて、一般人との会話も可能になっていた。アメリカで少しずつ友人や支持者を増やし、さらに世界中の人気者となるローズだが、ある日、彼女の周辺でひとつの惨劇が起こる。納得できない現実の成り行きを前に、ローズは彼女自身の意志で、原告として法廷に立つが。 このあらすじにして「第64回メフィスト賞満場一致の受賞作」の肩書で売られた、今年の新作。 発売前から、なんだなんだなんだ、と注目していたが、いやとにかく面白かった。 物語の主舞台がアフリカとアメリカのみで、登場人物(ゴリラ以外の人間)のほぼ全員が欧米人ということもあって、あたかも翻訳小説のような味わいがある。 いや設定とか趣向とかに留まらず、なんというか妙にさばけた、しかし所々で感情を刺激し、一方で絶えずクスリと微笑ませる小説の作り方、仕上げ方とか。 もちろんフツーの謎解きミステリではないが、裁判を通し、法律や文明の条理を再確認しながら、事件の真性が見つめられる作劇は、十分に広義の法廷ミステリにはなっている。 評者がこれまで読んだミステリ作品のなかで一番近いものというと、スティーヴン・ベッカーの『死との契約』だな。 (あ、こう書いても、本作にもそっちの作品にも、ネタバレにはなってないと思うので。ご安心のほどを。) 何よりも主人公ヒロインのゴリラ、ローズの心の推移、ものの考え方、それらすべてが魅力的な作品だが、シンプルにそう思って心地よく読んでいくと、終盤でもしかすると、読者は「じゃあ……」と、送り手からあるいは本書そのものから、冷徹な問いかけをされるかもしれない? 考えすぎ……ではなく、たぶんその辺は本作の裏テーマであろう。 そもそも知能の高い類人猿が手話で人間と会話を行なうという逸話は現実世界でもかなり有名で、評者などは、飯森広一のSF漫画『60億のシラミ』(ガイアとしての地球に繁殖する人間の意味)に登場するチンパンジー、コーケン博士の描写で最初に、そういう人間と類人猿間のコミュニケーション手段が実際にあるのを知った(時に1978~80年? この辺の動物学についての情報の早さは、さすが『ぼくの動物園日記』の作者だ)。 とはいえ本作の、ゴリラの上肢に装着型のセンサーをつけてもらい、手話の動きをコンピューターがモーションキャプチャー風に同時解析して発声される言語に変える、という発想はかなり鮮烈。 (いやもしかしたら現実のどこかで、唖者の方のために、すでに類似の技術の開発が進んでる可能性もあるが、評者は寡聞にして知らない。) そういう意味で、SFに半ば片足……いや、3分の1足くらい、突っ込んでる印象もあるが、同時にその辺りはあくまで物語進行上のツールでもある。 ちなみに本作をSFとして見ていくと、作りこまれたよく出来た作品ながら、細部のいくつかで、じゃあ、この点はどうなってるのだろう? ローズにこういう問題は起こらないのだろうか? という部分がなきにしもあらず、なのだが、一方で本作はその辺の微細な疑問や不満? を蹴散らすくらいに面白かった。 なおAmazonのレビューなどを読むと「説教臭い」という声もあって苦笑するが、そもそも本作は物語の主題が、異色の法廷ミステリの形質を利用しながら、人外の知性体と人間との距離感・関係性の照射で、人間の文明や条理を見つめ直すものなのだから、そういう摩擦感が生じるのはごく自然であろう。ある意味では、そういう声が出ることこそ、本作のホンモノぶりの証左だとも思える。秀作~優秀作。 ちなみに巻末には多数の参考文献の書名が列記され、作者がよく学習した上で本書を執筆したことが伺えるが、アービング・ストーンの『アメリカは有罪だ』(ミステリマガジンの連載時の題名「クラレンス・ダロウは弁護する」)は、未読なのだろうか。「法廷」「猿」というキーワードから連想がいく世代人って、評者だけじゃないよねえ? |
No.1782 | 6点 | アムステルダムの恋 ニコラス・フリーリング |
(2023/05/08 23:35登録) (ネタバレなし) アムステルダム。「彼」こと作家のマーティンは、自宅に現れたアムステルダム市警の警部ファン・デル・ファルクによって拘留される。理由は、マーティンの元彼女で、何者かに射殺された女性エルサ・デ・シャルモイの殺害事件にからむ、重要参考人としてだった。マーティンはファン・デル・ファルクを相手に、マーティンが現在の妻ソフィアと出会う前からのエルサとの関係、そして彼女の周辺の人間関係について語り出す。 1962年の英国作品。 英語Wikipediaによると、これがファン・デル・ファルクシリーズの第一弾らしい。 なおポケミスの解説には、作者フリーリングはオランダ人だと書いてあるが、たぶん間違い。アムステルダムを舞台にした本シリーズだが、作者当人はれっきとした英国人だったようである。 (ちなみに、この英語Wikipediaで、ファン・デル・ファルクが本当に、のちのシリーズ劇中で、一回は殉職しているというウワサが真実らしいと確認できた。最終的には何らかの形で「復活」したらしいが。) というわけで本シリーズ初弾の本作は、重要参考人として拘留されたゲスト主人公の青年マーティンによる、被害者にしてメインゲストヒロインのひとりエルサについての回想、そして彼の嫌疑に対して独自の見解を抱くファン・デル・ファルクの捜査、この二人の描写を主軸に大筋が進行。 そういう形質の物語のなかで、特にマーティン側の叙述によって、被害者エルサの肖像が掘り下げられていく。 ちょっとガーヴの『ヒルダ』を思わせる<被害者小説>の趣もある長編だが、とはいえ作者フリーリングにしてみれば同じ英国の大先輩(フリーリングのデビュー時に、まだ十分、ガーヴは現役だね)が著した名作が視界にない訳もなく、被害者は実は……と、まんまの同じ方向にはもっていかない。その辺はニュアンスとして掬い取りながらも、きちんとバランスを違えた後発の新作に仕上げる工夫はしている。 そんな本作独自の妙味というと、探偵役ファン・デル・ファルクのある思惑によって、とある役回りを託されるマーティンの立場と、それに応じる彼の内面や言動を語る小説の細部的な面白さだ。 石川喬司はこの辺の(謎解きミステリの直接の興味から離れた)小説的な読みどころを「風俗小説」的な面白さ、とポケミス刊行当時の月評「極楽の鬼」の中で言っているが、自分の眼で見ると、事件に巻き込まれた人間の右往左往、さらにキーパーソンとなる被害者との距離感などを語る、よくも悪くも下世話な人間ドラマ、といった方が良いようにも思える(もっと適切な修辞があるかもしれないが、現状でちょっと思いつかない)。 エルサのよく言えば天然な自由さ、悪く言えばわがままに振り回され、一方で、そこから現在の愛妻ソフィアとの絆なども手繰り寄せたマーティンの内面の経緯の描写には、どこかシムノン的な趣もあり、そういう意味でも面白かった。 そういえば、物書きであるマーティンの口頭に上る作家の名前のなかにはシムノンやチャンドラーなども登場し、まさに作者自身が彼らのような筆達者な諸先輩たちの世界を、作法を意識していない訳はないのである。 そんなこんなな作品だから、最後まで読むと、自然、正統派ミステリ(警察小説ふくめて)の大枠からは少し足を踏み出してしまったような感もないではないが(特にクロージングは……)、それでもなかなか読みごたえはあった。 (素直にフツーに面白い、というのとは、ちょっと違うとも思うが。) 少なくとも数年前に読んだ『猫たちの夜』よりはずっと良い。 なんかシリーズもの、同じ警察小説シリーズとはいえ、このファン・デル・ファルクもの、毎回かなり違った味わいを楽しませてくれそうな予感がある(まあ、その辺のバラエティー感は「87分署」でも同じだけれど、向こうとも、また少しどっか違うんだよな)。 ……あ、まだたった二冊目で、聞いた風な事を言うのは早すぎるか(笑)。 |
No.1781 | 7点 | 死者だけが血を流す 生島治郎 |
(2023/05/07 08:39登録) (ネタバレなし) 昭和30年代の北陸。外地からの引き揚げ者で、左翼活動を経た学士・牧良一は、不況のなかで成り行きから暴力団「常盤組」に参加。25歳の現在は、若頭のインテリヤクザとして活躍していた。だが組が懐柔を図り、縁故を結ぼうとした相手は、牧の不仲な実の伯父で、地元の市議会議員でもある牧喜一郎だった。互いに憎み合う伯父、そして常盤組に背を向けた牧は組を抜け、喜一郎の政敵である市議会議員、進藤羚之助に接触。そのまま新藤に気に入られて、彼の秘書となった。それから6年、進藤の若妻・由美とともに、密な側近として新藤を支え続けてきた牧だが、国政への参加の道を歩む進藤の前に障害が続発。それはやがて参事と化し、牧までも容赦なく巻き込んでいく。 処女長編『傷痕の街』に続く、生島治郎の第二長編。元版は1965年刊行。 初の三人称での叙述(筋運びは主人公・牧の、ほぼ一視点で展開)、地方都市での選挙戦という特異なものが主題と、生島作品の系譜のなかではいささか格別なポジションだが、それなりにファンの評価が高い作品なのは評者も窺い知っていた(先日、他界した北上次郎などは、後年まで、最も好きな長編に、本作をあげている)。 評者の場合は、大昔の少年時代に古書店で入手した日本版EQMMのバックナンバー誌面で、元編集長の生島が本作についてのメイキングエッセイめいたものを寄せていたのを覚えている(そのエッセイの内容は、タイトリングに苦労して考えたという主旨のこと以外、ほとんど何も覚えていないが)。 いずれにしろ、前から関心のある作品ではあったが、こないだ出た創元文庫の新版ではどーも読む気になれず(なんだろね)、市内のブックオフの100円棚で数か月前にようやく見つけた徳間文庫版で、今回初めて読了。 選挙戦という主題に関しては、当時のポケミス400~500番台あたりで結構、海外ミステリなら幅広いテーマやドラマジャンルのものが出てきていたので、そういう風潮を参考にしながら、自らが手掛ける国産ハードボイルドミステリの中に、一風変わった趣向のものを求めた感じである。 さすがに作中の叙述や筋の組み立てに時代性は感じるものの、そういう意味での送り手の挑戦心には、21世紀の今の眼でも新鮮な思いを見やる。 一人称叙述をふくめて、和風生島流チャンドラーだった前作『傷痕の街』に比して、文体も筋立ても微妙に一皮むけた感があり、小説としての充足感はそれなりに高い(ただし、厳密な意味でのハードボイルドらしくない、内面描写に引きずられている嫌いはまだある。まあそこが結局は、初期生島らしい良い味になるのだが)。 ミステリとしての骨子について、ここではあまり言わないが、終盤で明かされる意外な真実というか、動機の謎については軽く感心。 ただまぁ、それでホメて株が上がるような作品では決してなく、初期生島ティストのコンデンスをしっかり味合わせてくれるために読むような一冊。 好きになる人と、そんなでもない人、評価がけっこう分かれそう……な気配もある。 評者は……いい作品だけど、だけど……のあとにイロイロ続き、でもやっぱり最終的にはスキ、となるではあろう。そんな一編。 評点は0.25くらいオマケじゃ。 |
No.1780 | 6点 | 日本国有鉄道最後の事件 種村直樹 |
(2023/05/06 20:27登録) (ネタバレなし) 国鉄の分割民営化を控えた1980年代の半ば。東京駅を出た「ひかり41号」には、改組後の新会社の検討会議に出席する三人の要人(議員、財界の大物、経済学者)が乗車していた。だが彼らが下車するはずの名古屋駅では、三人の姿はない!? 名古屋駅の田村駅長ほか幹部は、愛知県警に捜索願いを提出。切れ者と噂の四課の高杉警部ほか、捜査陣が事件に乗り出すが、事態はさらなる広がりを見せていく。 元「毎日新聞」記者で、退社後は「レイルウェイ・ライター」として鉄道関連の場で大活躍した文筆家・種村直樹(1936~2014)による、初の長編ミステリ小説。元版は、トクマノベルズから1987年に刊行。 実作は、作者の友人・大須賀敏明との共同制作(構想~執筆?)らしい。なお探偵役の捜査官・高杉は、その後、所属部署を推移させながら、シリーズキャラクターになるようである。 評者は外出後、帰途途中のブックオフの100円文庫棚で、このぶっとんだタイトルを見かけて気になって手に取る(1991年の徳間文庫版)。すると、移動中の新幹線内から人がいなくなる人間消失ものらしい? ちょっと面白そうだと思い、購入。4日に買って、5日の夜すぐ読んだ。 冒頭では、要人消失のメインプロットには直接絡まない? 別の場面、別の登場人物たちによるいわくありげなプロローグが用意され、それを経たのち、本筋に突入。登場人物はそれなりに多く、ネームドキャラも過剰だが、ひとりひとりの人物描写は本当にあっさりしているので実に読みやすい。この辺は同じくジャーナリスト出身のフォーサイスとか佐野洋とかとよく似てる。 内容の方は実のところ、移動する閉鎖空間を舞台にした不可能犯罪ものというより、国鉄民営化にからむ利権問題、長年にわたって文明・社会の公器としての国鉄を守ってきた職員たちの主張に耳を傾ける社会派ドラマ作品の要素が強くなるが、まあギリギリのところでミステリとしての形質は担保はしている。作者は、ミスディレクションっぽいテクニックも使っているし。 30年前の国鉄民営化(JR誕生の前夜)についてお勉強になる本。へーそういうものなの、なるほど初めて知った、的な興味での情報小説でもあり、前述のようにミステリとしてはボチボチだが、まあ悪くはない。最終的な事態のまとめ方も、ちょっと愉快……かな。 後半の中小のヒネリとかも勘案して、評点はこれくらいで。 |
No.1779 | 7点 | 野獣の血 ジョー・ゴアズ |
(2023/05/05 16:48登録) (ネタバレなし) 1968年のサン・フランシスコ。19歳でハンサムな不良少年リック(リッキー)・ディーンとその同年代の仲間たち3人は、リックの気に障った男性を半殺しにし、重傷を負わせた。だがその現場を「ロス・フェリス大学」の人類学教授カーティス(カート)・ハルステッドの美人の妻ポーラに目撃される。リックはガールフレンドのデビー(デボラ)・マースティンが同大学に在籍する縁も利用してポーラの素性を探り出し、カートの不在中に仲間とともにハルステッド家に乗り込み、彼女を輪姦し、沈黙を言い含めて退去した。だが暴行を受けたポーラは自殺。帰宅して惨劇を認めた43歳のカートは、妻を死に追いやった犯人たちを暴き、復讐することを誓う。 1969年のアメリカ作品。ゴアズの処女長編で、MWA最優秀新人賞受賞作品。 ガーフィールドの『狼よさらば』とかロバート・コルビーの『復讐のミッドナイト』などの諸作(実はどっちも評者はまだ未読だが)に通じる(のあであろう)、ワルの少年(青年)どもに妻を凌辱された(そしてそれ以上の悲劇を被る)夫の復讐もの。 この手のものが厳密な意味でいつ頃からあり、広義のミステリの中で、どの作家のど作品が本当の先駆、オリジンとなるのかは寡聞にして知らないが、おそらくは第二次大戦後、ハンター、マッギヴァーンやハル・エルスンあたりの不良少年ものが隆盛した1950年代以降の産物だとは思う。 読者側の現実世界とさほど距離のない作中のリアルで起きるショッキングな悲劇と、読者に半ば強制的に強いられる、主人公の復讐の原動への共感(アア、オレダッテ、マンガイチ、コウイウタチバニナッタラ、ソレクライカンガエテシマウダロウナア……)。 この2つのファクターが最強すぎて、よほど外さなければ読み物としては一定水準以上にオモしろくなるであろう主題で設定だが、その辺はさすがゴアズ。そこ(大設定の面白さ)だけには、決して終わらない。 かつて大戦中に少年兵だった(が、今は象牙の城のなかで体がなまってる)主人公が体を再鍛錬していく図も、消極的な動きの警察などを脇目に少しずつ標的に迫っていく図もしっかり細部で読ませる。 終盤の決着はもちろんここでは書かないが、たぶんこの時点ではこの手のものの定石を良い意味で微妙に外しながら、きっちりエンターテインメントとして幕を下ろす。いやまあ、刊行年度のMWA新人賞は当然であろう。 (そーいえばゴアズって、短編『さらば故郷』でもMWA最優秀短編賞とってるんだよな。あれも名作だった。) ちなみに悲劇の序盤ヒロイン、ポーラの文芸設定というかキャラクター造形については思う所もあるのだが……まあ、これは、読んだ人同士でいつか話しましょう。 |
No.1778 | 7点 | さえづちの眼 澤村伊智 |
(2023/05/05 16:06登録) (ネタバレなし) 比嘉姉妹シリーズ中編集と銘打って、シリーズ世界内設定の3本の(広義の?)連作を収録。 ①問題児を預かって後見する市井の篤志家の住居、その周辺に怪異が……? の『母と』 ②地方の旅館を老母と経営する中年男性。その彼が過去に遭遇した、そして今も引きずる怪異とは? の『あの日の光は今も』 ③1960年代から語られる、都内の辺鄙な町での、あるお屋敷の……の表題作(眼には「まなこ」とルビ)。 どれも新本格ティストのモダンJホラーで面白かったが、①は、ああ、その手か、②は、うむ、ソウクルカ、③は古典の海外怪談風の前半から……と、大枠は違えないものの、それぞれの作品の顔を見せている。 なお②は、厳密には、比嘉姉妹は登場せず(これは書いてもいいだろう)、シリーズに慣れ親しんだ愛読者なら旧知の同じ世界観のキャラクターが登場、活躍する。なんか『汽車を見送る男』や『ドナデュの遺書』をメグレシリーズ、『大暗室』や『月と手袋』を明智小五郎シリーズとダイレクトに称して売るような感じだ。厳密には「シリーズ番外編」だよね? まあいいけど。 現在の作者には、比嘉姉妹(とその仲間? たち)のシリーズなら、怪異(謎)の提示と、その解決、決着までの推移を語る上で、中編という形式がいちばん合ってるかもしれない? |
No.1777 | 7点 | 猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 鳴神響一 |
(2023/05/02 16:32登録) (ネタバレなし) のちに書家、戯作者、そして学究の徒「沢田東江」として大成する、現在は26歳の学識に富んだ浪人、多田文治郎。彼は、学友で今は浦賀奉行所の青年与力となった宮本甚五左衛門と再会する。甚五左衛門は、江の島周辺の離島、「猿島」こと豊島で起きた六人もの男女が殺害される事件を担当しており、彼は文治郎の明晰な頭脳を見込み、捜査への協力を願った。惨状の殺人現場からは不可解な謎が浮かび上がり、文治郎たちは現地で見つけた、被害者の一人が書き綴っていた手記から事件の真相を探るが。 時代小説の形質で書かれた、フーダニットパズラー。 あらすじを読めば大方察しがつくと思うが『そして誰もいなくなった』オマージュの設定。最後のひとりまで殺されたと思しき被害者の面々以外、事件前後に出入りした形跡のない? 島での不可解な連続殺人の謎が語られる。 主人公の文治郎こと沢田東江は実在の人物で、wikiなどによると、江戸時代の書道家・漢学者・儒学者。洒落本の戯作者。享保17年(1732年)~寛政8年6月15日(1796年7月19日)の生没で、本事件は1758年の出来事のようだ。 文庫書き下ろしオリジナルの作品で、帯には「密室殺人の驚愕トリック」とあるが、実はことさら密室を強調する殺害現場の類はない(クローズドサークルの島は、広義の密室といえなくもないだろうが)。 むしろ、原典の『そして~』同様、関係者(被害者)の最後の一人まで「殺された」!? ありえない! 謎の方が面白い。 中盤で現場にあった手記が発見され、文治郎たちがそれを読み、先に検分した殺害現場の情報と照応しながら客観性を検証していくあたりも、『そして~』のもうひとつ向こうへ探偵役が挑む、謎解きパズラーの興味が濃い。 (フィリップ・マクドナルドの『迷路』とかに通じる、書記や手紙の文面を、作中の探偵役と読者が同時に推理する面白さもあるだろう。) 真犯人を特定するロジックはなるほど、と思える一方、凶器についてかなり楽しい(昭和的というか)アイデアのトリックが出てきて喝采をあげた。似たようなのはどっかで読んだ気もするが、これとまんまなのは見た覚えがない。実にウケた。 後半3~4分の1が、「金田一少年」シリーズ毎回の終盤のように、犯人側の事情の開陳になってしまうのは、良くも悪くも別のジャンル(謎解きミステリというより人間ドラマ)に雪崩れ込んだ感じだが、まあこれはこれで。 優秀作というには、ちょっとだけ足りない気もするが、十分に佳作~秀作。 なお多田文治郎の事件簿はシリーズ化もされているらしい。またその内、読んでみよう。 |
No.1776 | 6点 | ゴースト・レディ カーター・ブラウン |
(2023/05/01 19:47登録) (ネタバレなし) 雷鳴が響く嵐の夜のパイン・シティ。「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、お持ち帰りした黒髪の美人ジャッキーとお楽しみ寸前だったが、上司のレズニック保安官から突然の電話があり、殺人事件の捜査を命じられる。渋々、嵐のなか、愛車をとばしてウィーラーが出向いた先は、シティから離れた山周辺のオールド・キャニヨン・ロード。そこに住む大地主エリス・ハーヴェイ(60歳の男性)の屋敷で、事件は起こったようだ。被害者は、当主のうら若い次女マーサに求婚していた20代半ばのハンサムな詩人ヘンリー・スローカム。実は屋敷には、100年前に若死にした女性ディーリアの幽霊「灰色のレディ」が跋扈するとの噂があり、スローカムはその幽霊と対峙して度胸を示し、自分をマーサの婚約者としてアピールするつもりで、ひとりで施錠された部屋に入った。だが施錠を壊して室内に入ったウィーラーが認めたのは、頑丈に内側からロックされていた空間で、喉をかき切られたスローカムの死体だった。そして、さらに怪異な証拠として、死亡直前のスローカムと灰色のレディ、ディーリアとの会話を録音したテープなども発見される。 1962年のクレジット作品。aga-searchの書誌データで、ウィーラーものの第23長編。 「カーター・ブラウンの密室殺人もの」として一部マニアには有名な作品(笑)で、あらすじを読んでもらえばわかるように、怪奇オカルトミステリの要素もある。 (なお原題は「The Lady is Transparent」。淑女は透明、というか、お女性はスケスケ、というか。) ちなみに何十年前に一回読んでるが、内容は120%忘れてるので、再読じゃ。 ウィーラーが自宅で楽しいことをしようと思ったら、殺人事件を告げるレズニックの電話で邪魔される導入部は『エキゾティック』とおなじ。たぶんしっかり調査すれば、このパターンは他の作品にもまだまだあるだろう? 怪異な、というよりは訳ありな100年前の伝承にまで話が広がり、ちょっとクセのある事件関係者と応酬を繰り広げるウィーラーの描写はなかなかテンポは良いが、マジメに不可能犯罪もの密室パズラーの興味で読むと、真相は拍子抜け。いやまあ、大方の読者は、もともとそんなに期待値は高くないとは思うが(笑)。 謎の提示と雰囲気だけは悪くないので、話のタネに読みましょう。 評点は0.5点オマケ。 ちなみに、ウィーラーの無軌道ぶりを叱るレズニックのセリフで、いざとなったら、市警の殺人課に戻してやる、というのがあり、ちょっと興味津々。 つまりウィーラーはもともと、市警の殺人課に所属し、選抜されて? 保安官事務所付けの上級刑事に栄転したということになるんだね? 詳しいことは未訳の長編第1作『Blonde Verdict(金髪の評決)』とかで書かれてるのか? 日本語で読みたいな。ムリだろーな(涙)。 |
No.1775 | 5点 | 濃霧は危険 クリスチアナ・ブランド |
(2023/04/30 05:16登録) (ネタバレなし) 英国のデヴォンシャー地方。大地主の嫡男で15歳のビル・レデヴンは、親の指示で同年代の女子がいる知人宅に向かい、そこでビル当人はさほど興が乗らないのに、二週間の休暇を過ごすよう指示されていた。だがレデヴン家の運転手で、ビルがひそかに兄貴分のように慕っていた青年ブランドンは、なぜか知人宅に送る途中のビルを車から強引に下ろし、濃霧がたちこめる荒野のなかに置き去りにしてしまう。 1949年の英国作品。 作者ブランドのジュブナイルで、少年を主人公にした半ば巻き込まれものの冒険スリラー。 あれよあれよと事件が続き、話の起伏度は申し分ないが、一方で登場人物の行動の選択やなりゆきのあちこちで、なんでそうなるの? 的な疑問も目につき、読み手の方で辻褄が合うように何とか解釈し、フォローを求められる箇所も散見。 あと、巻頭の登場人物一覧には、二言三言、ものを言いたい。これから読む人は、先に登場人物一覧を見ない方がいいかも。 終盤のドンデン返し●連発は、ちょっとウケたが、先の方はともかく、あとの方は、良くも悪くもちょっとおとぎ話っぽいサプライズ。まあいいんだけど。 小説の組み立てとしては、第一章の後半なんか、全体からすると浮いてるな~という感じもあり、ここはいろんな意味を踏まえて、主人公ビルの伝聞描写で、そういうことが起きてたらしい、でよかった気もする。子供向け作品のコツをまだ掴んでおらず、無駄に読み手に親切にした……とかいうことかね。 評点はまさに「まあ、楽しめた」なのでこの点数で。6点でもいいかも。 |
No.1774 | 6点 | カーテンの陰の死 ポール・アルテ |
(2023/04/24 15:55登録) (ネタバレなし) 頭の皮剥ぎという猟奇事件に、主要人物それぞれの文芸を強引にリンクさせる手際は、ややあざとさを感じた。が、見方を変えれば、この作り物臭さが、フィクションとしてのフーダニットパズラーの外連味であり、醍醐味でもある。 75年前の不可能殺人と現在形の不可能犯罪の相関など、メインの趣向もウハウハで、トータルで読むと……なるほど、出来がよいとはいいにくい面もあるとは思うが、作者のサービス精神には十分楽しまされた。で、さらに書き手が仕込んでいたあの趣向もふくめて、完成度はともかく、個人的にはこれまで読んだアルテ作品のなかでは、けっこう上の方にくるお気に入りかも? 評点は7点に近いこの点数。 最後に、巻末の霞先生の解説は楽しかったが、先行の下宿ものミステリの話題なら、フェラーズの『私が見たと蠅は言う』とか、アン・オースチンの『おうむの復讐』なども該当例に挙げていただきたかった。たぶん読んでいて、うっかりされたものと思うが。 ※追記 途中で、ツイスト博士の以前の事件簿としてよく知らない「赤髯王」の話題が出てきて、あれ? このシリーズは改めて最初から順番に読んでるはずなのに?! と思ったが、同作『赤髯王』についての本サイトのレビューを覗いて納得。この『カーテン~』の原書リリースの時点で、本国でもまだ未刊行の「まだ読者には語られていない、名探偵の過去の事件(作品)」だったのだな。 |
No.1773 | 5点 | 孤島の十人 グレッチェン・マクニール |
(2023/04/23 15:05登録) (ネタバレなし) カミアック高校の女生徒メグ・プリチャードは、少しややこしい関係の同性の友人ミニー(ミンス)とともに、フェリーで外洋の孤島に向かう。島にはスクールカースト上位の女生徒ジェシカ・ローレンスの父親が所有する別荘があり、そこで複数の高校生を集めたひそかな合宿パーティが開催される予定だった。だが集まった面々のなかには、メグの訳ありの元カレも予想外に参加しており、彼女は落ち着かない気分になる。そして、嵐と何者かの妨害によって外界との交信を遮断された島では、流血の惨劇が始まる。 2012年のアメリカ作品。 邦訳文庫の売り文句どおりに『そして誰もいなくなった』オマージュなのは間違いないが、「十三日の金曜日」系のカントリー・スプラッターものの趣も強い。 タイトルロールの主要人物10人の高校生はそれなりに書き分けられ、特に大柄な粗暴タイプかと思いきや、実は校内では人気者で意外な一面を見せる男子ネイサンなど、ちょっと面白い。あと、殺人者の仕掛けた仕込みの罠のひとつは、軽くぞっとさせられた。 とはいえミステリとしては、本当にアレな作りで、解説の千街氏の語る「ヤングアダルト層に向けた古典名作のカジュアルな翻案」という修辞は、正に言い得て妙。 世の中の若い読者が、『そして誰もいなくなった』より先にこっちを読んでしまう事態だけは、極力起こらないようにしてほしいと切に願う。 まあ、こういう方向で、世の中にミステリが量産されるようになったら、もう創作文芸としてのお兄ちゃ……いや、ミステリはおしまい! かもね。 (逆に言えば、ごくごくごくタマになら、いい……のか? まあ読者がそう割り切って、心得て読む限りは?) |
No.1772 | 6点 | 秘密諜報員ジョン・ドレイク リチャード・テルフェア |
(2023/04/22 16:52登録) (ネタバレなし) 1962年のこと。「私」こと、NATO本部のワシントン特別区保安部員で「危険な人間(デンジャーマン)」の称号を持つ精鋭要員のひとり、ジョン・ドレイクは、休暇明けに上司のテニーから呼び出される。彼の語る内容は、ポルトガルのNATO駐在員で一時期ドレイクの僚友でもあった(表向きは)弁護士のキャル・ジェンキンズが何者かに殺された、そして被害者の周辺の情報から、現地に駐在するNATO加盟国の各国の外交官3人のなかに、裏切者の殺人者がいるらしいとのことだった。3人の容疑者に接近して調査するNATOの要員のひとりに選ばれたドレイクはポルトガルに向かうが。 1962年のアメリカ作品。 パトリック・マッグーハン(マクグハーン)(『プリズナーNo.6』の主演、『刑事コロンボ』のメインゲスト、各話監督ほか)が主役を務めた1960~61年のTVシリーズ『秘密指令』(Danger Man)の公式ノベライズで、本書は続編にあたる64~67年のTVシリーズ『秘密諜報員ジョン・ドレイク』(Danger Man Secret Agent)の日本放映に合わせるタイミングで、ポケミスに収録、翻訳紹介されたようである。 ちなみに『プリズナーNo.6』は『秘密諜報員ジョン・ドレイク』の放映直後に本国アメリカでスタートしており、そちらの本名不明の元スパイの主人公「No.6」の正体は、そのままジョン・ドレイク当人だという説を、評者はこの数十年、あちこちで聞いている。公式な文芸かは知らないし、たぶん、そう解釈できる余地もある裏設定くらいのニュアンスではないかと勝手に思うが。 でまあ『秘密指令』も『秘密諜報員ジョン・ドレイク』も海外版ならDVDは出てるみたいだし、研究書籍「『プリズナーNo.6』完全読本」にも関連作品として相応の解説もあるようなので、60年代の旧作海外テレビシリーズのなかでは恵まれている方ではないかと思うが、評者は2018年の「~完全読本」を買い逃し、さらに同書は版元・洋泉社の廃業によって、古書が稀覯本として高騰してるので敷居が高くなってしまった。 要は原作のTVシリーズについては21世紀の現在、その気になってお金を使えば鑑賞も探求もできるのだが、現状でそこまでの意欲もなく、まったく手付かずという状態(汗)。 というわけで、原作TVシリーズとの距離感も知らないまま、あくまで単品の60年代エスピオナージ(活劇スパイスリラー)として、まったくの思い付きで読み始めた本書だが、導入部は前述のように明快な幕開け。現地ポルトガルに向かったドレイクは、その該当の3人の容疑者のうちのひとりに直接接近する腹積もりでいたのだが、現場の指揮官の考えからその予定の容疑者当人ではなく、わけあってその容疑者の奥さんの方を調べてくれと指示され、その命令に従うことになる。その若い美人の奥さんが大変なカーマニア、さらに戦時中にはレジスタンスの闘志として戦い、仲間でもあった若い夫を失った過去などがあり、キャラクターを立てた作りこみをされていく。 メインゲストヒロインがカーマニア云々のくだりは、自作モンティ・ナッシュシリーズや別名義の諸作などでギャンブル描写に傾注する作者テルフェアの趣味人的な叙述や作劇に一脈通じるものがあり、たぶん色んな専門分野に通じたヲタク作家的な気質なのだろうとも思った。 終盤の展開は、けっこう大きなドンデン返しが最後の本文4分の1を残すあたりであり、その辺は先読みできる人は可能かもしれないが、油断していた評者はまんまと騙された。 それ以降のクライマックスもかなり高い緊張感のなかで物語が錯綜し、しっかり手綱を握ってないと振り落とされそうな勢い。多国籍、当時の西側15か国が参加していたNATOという組織に属する主人公、という大設定はちゃんと機能させられていた、くらいまでは、ネタバレ警戒しながら、ぎりぎり書いてもいいだろう。 繰り返して、原作TVシリーズはまったく未見の評者だが、勝手な印象だけいうなら、本ノベライズは、松田優作の『探偵物語』TVシリーズ本編と小鷹信光のメデイアミックス原作小説、あれくらいの共通項と相違のような感じ? 重ねて本作の場合、評者は厳密には現時点でTVシリーズとの比較はできないし、しちゃいけないんだけど、あえて予断も踏まえて、あのくらいに骨太な別ものになっているんじゃないかなあ、というムセキニンな感触はあった。 評点は7点に近いこの点数で。 任務を終えたドレイクの、事件後の苦さを噛み締めるクロージングも余韻がある。実はほんのちょっとだけ、ニヒリズムを気取った安っぽい感じもあるのだが、そこがまた良い。 今のところ、高いお金を使って映像ソフトを購入したりする気はないんだけど、CSとかで放映される情報とか目についたら、原作TVシリーズの方も追っかけてみようかとも思う。 (まあそういいながら、しばらく前の深夜の『ナポレオン・ソロ』の再放送なんかも、かなりの話数が録画したまま未見で溜まっているのだけれど・汗。) 最後に、本書の翻訳の川口正吉さんってよく名前見るけど、他にどういう訳書があるんだっけと思って、改めて調べたら、『ドーヴァー1』とかライバーの『闇よ、つどえ』とか楽しい作品もこの人であった。 ディックの『高い城の男』の初訳もこの方で、うん、実はその辺は、前述の本書のメインゲストヒロインの過去設定などと接点があったりする。もしかすると、その辺を踏まえたハヤカワからの当時の仕事の依頼だったのか? |
No.1771 | 7点 | 化石少女と七つの冒険 麻耶雄嵩 |
(2023/04/20 18:12登録) (ネタバレなし) 8~9年ぶりの続刊。 前作は必ず読んでおいてほしい。 一本一本の緊張感が並々ならず、そしてそれ以上に世界観そのもの(彰の眼に映り、彼が語る世界像)のテンションが半端ない。 このちょっとよろけたら、真っ逆さまに奈落に落ちてしまいそうな感覚はなんだ。 半ばの第4章(第4話)で少し小休止。しかし後半が……。 単品ミステリとしてのベストはあえて言えば第6章だが、その……(中略)。で、そこは具体的にもうちょっと叙述してほしかった(とはいえ、もしかすると、それも……?)。 で、ラストの第7章。 このクロージングを見届けて思うことは多いが……、まあとにかく、めったに出逢えない一冊なのは間違いない。 |
No.1770 | 5点 | 悪魔の部屋 笹沢左保 |
(2023/04/20 17:01登録) (ネタバレなし) 23歳で処女の美女・松原世志子は、巨大財閥「シルバー興業」の代表取締役会長・伏島京太郎の一人息子で同社の課長職、29歳の裕之と恋愛結婚の末に結ばれた。新妻としての幸福に包まれていた世志子だが、彼女は夫の部下と称する青年、中戸川不時(なかとがわ ふじ)によって誘拐され、高級ホテルの密室に拘禁される。世志子を待つのは……。 作者の官能サスペンスもの?「悪魔シリーズ」の第一弾。 大昔に新刊書店で元版のカッパ・ノベルス版を手に取って、ドキドキしていたような記憶もうっすらあるが、結局、買った覚えも読んだ覚えもない。 今回は、先日の出先のブックオフの100円コーナーで見かけた光文社文庫を、懐かしい(笑)タイトルだと思って購入。 文庫版で350頁ほどの物語が、全編ほぼホテルの室内のみで進行。登場人物も主人公の男女コンビをふくめてぎりぎりまで絞られ、なるほどその辺は解説で権田萬次が語るとおり、ちょっとフランスミステリっぽいかもしれない。 そっちの方向に本気になった笹沢作品なのでエロ描写は濃厚だが、おっさんが読んでドキドキワクワクするようないやらしさは希薄で、むしろあの手この手で官能描写を重ねる作者の手際に感心するばかりであった。エロとか官能とかいうより性愛小説に近いかも。 (あ、たぶん一番近いのは『サルまん』レディスコミック編の、作中サンプル・コミックだ。) ちなみに最もイヤラシイ、羞ずかしい、と思ったのは、ヒロインの世志子が自分に凌辱行為を重ねる中戸川に向けて、殺してやる! と刃物を突き立てたところ、中戸川の方がそれを黙って受け、流血の傷を見てなぜか罪悪感を抱いた世志子が、彼の手当てをする場面。ここが文句なしに一番いやらしい。顔が真っ赤になる。 ミステリとしてはさしたるサプライズもなく、最後の決着も共感できる反面、今風にいうなら「めんどくさい」ものの考え方。 そういう不器用さを最終的に作品の背骨にする笹沢の官能純愛ロマンが炸裂、という印象であった。 ちなみにAmazonのレビューで初期の笹沢作品(『霧に溶ける』とか)みたいなのを期待して読んだら、こんなのだったのでガッカリした、星ひとつという評があって笑った。いや、そりゃ、あーた……。 |
No.1769 | 7点 | デス・トリップ マイケル・ブレット |
(2023/04/19 07:10登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことニューヨークの私立探偵ピーター(ピート)・マクグラスは、元カノの美人モデル、エレイン・ファーノールから相談を受ける。それは4カ月前に事故死したとされる、エレインの友人ベヴァリー・ハルショーに関するものだった。ベヴァリーは死んだ当日、LSDパーティに参加し、精神の均衡を失ったなかでビルの高い階から転落したと思われていた。だがそのベヴァリーの死後、ルームメイトのエレインの周辺が家探しされ、故人の遺品が散策されるなどの不審な気配がある。それで友人の死に事件性を感じたエレインは、再調査をマクグラスに求めたのだ。依頼に応じ、当日のLSDパーティの主催者や参加者に接触するマクグラスだが、そんな彼の周囲には続々と死体の山が築かれていく。 1967年のアメリカ作品。 1966年歳末~68年のわずか2年強のあいだに、いっきに10本もの長編作品が執筆刊行され、そしてその後、まるで嵐が過ぎ去るようにアメリカのミステリ文壇から完全に消えてしまった作者マイケル・ブレットによる、私立探偵ピーター・マクグラスものの第6長編。 ちなみに本シリーズの邦訳は現在まで、河出書房新社の叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」に収録された、この本作しかない。 その叢書「アメリカン・ハードボイルド・シリーズ」の企画主幹で監修者の小鷹信光が、1970年代の前半からミステリマガジンの連載エッセイ「パパイラスの船」などで、まったく未訳のうちから話題にしていたシリーズである。 だからその程度には、評者のような世代人ミステリファンには馴染みがあるシリーズだが、まあ2020年代の現在では、ほとんど無名な、忘れられた作家で私立探偵ヒーローで、そして邦訳作品であろう(苦笑)。 (ただし、くだんの「パパイラス」や、本作・本書の巻末の解説で紹介された、マクグラスシリーズ全10作のそれぞれの梗概をざっと覗くと、けっこう面白そうなものがいくつかある。) その紹介を務めた小鷹本人も語るとおり、主人公の私立探偵マクグラスのキャラクターそのものにはさしたる深い書き込みの類などはなく、事件のなかで真相の解明に努めてときに命がけの防衛戦にあたる、あくまで役割ヒーローだが、それはそれとして動的な物語の筋立てと、そのなかで運用される探偵ヒーローとの的確なマッチングは、なかなか心地よい。 マクグラスは周囲の人間との距離感や互いの絆も、また内なる良心も、そして社会常識もかなり真っ当でクセがない(NY市警の友人であるダニエル・ファウラー警部との連携も潤滑で、極力、小細工なども避けて、事件の情報も適宜に官憲側に提供する)ので、ほとんど個性は強くない。 先輩の私立探偵ヒーローたちでいうなら、記号要素をあまり実感できない、マイケル・アヴァロンのエド・ヌーンあたりに似ているかもしれない(まあ本書一冊読んだだけなので、そう多くの情報が得られたわけでもないのだろうが)。 ただしそれだけに、本作のようなちょっとヒネった決着(もちろんここでは詳しくは書かないが)の場合、地味で無色感の強い私立探偵の迎えた事件の終焉が、妙にしみじみダイレクトに読み手の胸に染みて来る趣もある。主人公のクセのない等身大さゆえに、読者の共感を妙に手繰り寄せる感覚というか。この辺をもし書き手の計算で演出しているなら、結構な手際、ではある。 (もしかすると、その辺りの長所ゆえ、シリーズ全10作の中から本作が代表篇としてセレクトされたのか?) マクグラスが調査に歩き回る際、彼の視界にたまたま入るモブキャラの点描、たとえば夫婦喧嘩とか、恋人同士の愛のささやきとか、そういったニューヨーク市街の情景の断片を随時潜り込ませる小説作法などもちょっと印象的で、その辺の呼吸も慣れてくるとクセになるような引きがある。 トータルでいうなら、ジョン・エヴァンズとかの一流半ランクにも届かない軽ハードボイルド私立探偵小説ミステリということになるかもしれないが、前述のようにフラットでシンプルな形質の私立探偵ミステリだからこそ、どこかに香ってくるような「苦くて切ないハードボイルド」の趣も認められ、好感のもてる佳作~秀作ではある。 (付け加えるなら、(中略)に思わせて、結局はちょっと(中略)っぽいポジションに落ち着く、某サブキャラとかもイイね。) シリーズの残りの未訳9長編のうち、あと2作3作、さらに今からでも紹介してくれれば嬉しいが、まあ……望みは薄いだろうな(苦笑)。 これだから原書では何冊も書かれているのに、日本には一冊しか紹介されてないシリーズものの翻訳ミステリを読むのは、いつもいささか微妙な気分だ。 もうちょっと付き合ってみたいな、この主人公やメインキャラにまた再会したいな、と思ったときの気持ちの行き場が、それこそないのだから(涙)。 |
No.1768 | 7点 | 不自然な死体 P・D・ジェイムズ |
(2023/04/18 09:09登録) (ネタバレなし) その年の10月。恋人デボラ・リスコーとの今後の関係に気を揉むアダム・ダルグリッシュ警視は、休暇を利用して、ロンドンから離れたモンタスミア岬に暮らす叔母ジェインのもとに向かう。すでに土地の人々の多くとはそれなりに面識のあるダルグリッシュだが、地元では作家モーリス・シートンが行方をくらましていた。やがて岬の周辺の海岸には、両手首を切断されたモーリスの死体を乗せたボートが漂着する。 1967年の英国作品。ダルグリッシュものの長編第3弾。 今回、ポケミスで読んだけど、当時の早川、これ、翻訳権独占してないんだな。ちょっと驚き。 初期三冊の中では、良くも悪くも、一番フツーのミステリっぽい……ようなそうでないような。 まあ、第二部のロンドンでの捜査パートなんか、いかにもプロ警察官が探偵役の英国ミステリ風なんだけど、妙にとんがった仕上がりぶりを感じる。ジェイムズのコアな筆致が、叙述対象のモチーフと化学反応を起こして、相応にヘビーな質感を生じさせたか。 とはいえ終盤の、それまでの「タメ」を解放した盛り上げはかなりの迫力で、犯人像も相応に強烈。とはいえ、その辺が逆に、ジェイムズらしくない気もしないでもない。少なくともこの作品に関しては。 しかし、うっかりすると読み落としそうになるくらい、さりげなく重い切ない叙述を忍ばせるあたりは、やっぱりこの作者らしい。 ジェイムズの初期作品3冊のなかではさすがに一番落ちるんだけど、それでも6点はちょっと厳しすぎるということで、7点。 まあ『ある殺意』は7点の上、こっちは7点の下、というところだ。 最後に、地の文で、同じ登場人物の名前表記が、ときにファーストネーム、ときにハウス(セカンド)ネームになったりで、微妙にイライラさせられる。これって原文からそうで、邦訳がその辺のニュアンスを拾ってるのなら仕方ないけど。 |
No.1767 | 6点 | 都会の狼 高木彬光 |
(2023/04/17 04:57登録) (ネタバレなし) 昭和37年8月の宮城刑務所。暴力団・末広組の若手幹部で、対抗勢力の大物を射殺したのち自首して服役していた模範囚・安藤健司は、かねてより旧知の間柄だった死刑囚・小山栄太郎の刑の執行を見届ける。所内で健司と運命的に再開した小山は、終戦直後に健司と彼の母が大陸から引き上げる時に、命がけで面倒を見てくれた大恩人であった。その小山は強盗殺人の嫌疑で逮捕され、死刑の判決を受けていたが、最後まで己の無実を叫びながら、死刑台の露と消えた。そして昭和40年。仮釈放になった健司は、小山が「真犯人かもしれない」と告げた本名不明の男「ザキ町のジャック」を捜すが、かたや職務で小山の死刑に立ち会った青年検事・霧島三郎もまた、かの小山は冤罪ではなかったかと疑問を抱いていた。そんななか、健司の周辺で予期せぬ殺人事件が。 霧島三郎シリーズ第四弾。これまでの三冊はカッパ・ノベルスで読んできた評者だが、これは本シリーズで初めて角川文庫版で通読。 500頁の長丁場で読むのに二日かかったが、もともとが小刻みに山場を設けた新聞小説という形質のせいか、リーダビリティは良好でサクサク読める。 作劇の上では霧島三郎と並んで、健司がもうひとりの主役だが、これはシリーズ4弾めに際して、少し幅を広げた方向でやってみようとした感じ。 出所した主人公がヤクザ世界との距離感を絶えず気にしながら、ニセ私立探偵の風体で過去の事件を散策して回る図は、昭和の通俗ハードボイルドっぽいが、これはこれでなかなか面白い。 読み進めるこっちも、どうせそのうちどっかのタイミングでパズラーっぽく転調するんだろうという期待感もあって、その辺のワクワクぶりも心地よい。 でまあ、真犯人というか、事件の真相はかなり意外であった(といいつつ、先読みできた部分もあるんだけれど)。 この長さに見合う密度? 結晶度? かというと、やや微妙だが、読んでるうちは楽しめて、最後の背負い投げはかなり鮮やかに決められた思いはある。 評点は、7点に近い、この点数で、というところで。 なお角川文庫版の解説は山村美紗が書いてるが、いささか無神経に自分の主張ばっか述べていて(その内容自体は、まあまあよいのだが)、かなりネタバレ気味なので、本文より先に読まない方がいいよ。 |