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ミステリの祭典

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作家 水上勉
出版日1960年01月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 7点 人並由真
(2023/10/12 20:01登録)
(ネタバレなし)
 1959年6月16日。祭りの夜の東京下町、小石川町。そこで衣服店を営む兄夫婦と同居する、丸の内の会社に勤める22歳のOL・笹本暁子が突然、行方をくらました。兄の貞四郎は警察に相談し、冨坂署の30代半ばの刑事・曽根川喜市が対応するが、暁子の行く先は杳として知れない。やがて滋賀県の山中で、一人の若い女性の他殺死体が見つかり、事件はそこから少しずつ広がりを見せていく。

 乱歩編集長時代の旧「宝石」1960年9月号から翌年1月号にかけて連載された長編(おお! 『ガス人間第一号』の公開と同時期だ!)。
 評者は今回、中公文庫版で読了。もともと何十年か前、父親の本棚に、これか『耳』かどっちかの水上勉のカッパ・ノベルス版があったのを何となく覚えており、その意味で個人的に妙な郷愁を誘われる作品であった。

 文庫本は書体が大き目で、総ページ数も250ページちょっと。そんなに時間をかけずに読めたが、けっこう中身は濃い。
 解説によると当時、清張が自分の作品世界(作風)に近いことをやったのを認めた上で、けっこうな完成度、という主旨で賞賛したらしいが、実によくわかる。

 足で情報を稼ぎまくる刑事たちの地味な捜査が次第に実を結び、やがて事件の深層が思わぬ方向に展開。終盤はトリッキィな要素で急転、謎解き(犯人捜し)ミステリっぽくなるあたりは、まんま和製ヒラリイ・ウォーの警察小説みたいで、とても面白かった。

 物語は全体にドキュメントタッチで、あたかも昭和30年代の半ばに実際に起きた事件を小説化した作品です、と言われても信じてしまいそう(実際、作者に想を与えた現実の犯罪事件はいくつかあったようだが)。

 そんなわけで、この作品、嘘臭さにまで妙な説得力が付加されるような感覚の強みがあり、具体的には空さんがご指摘されている違和感、いや、まさにおっしゃる通りなんだけど「事実は小説より奇なり」のフィーリングで、意外にそういうこともあるだろう、と評者なんかはごく素直に受け入れてしまった。いやフィクションなんだけど、リアルなら実はそんなトンデモも生じないこともない、といった種類の逆説が、本作の重要な小説&ミステリ・パートの一部を支えているとも思わされた。

 昭和の風俗、時代色の描写もふくめてかなり面白かったな。薄幸の運命にさらされた登場人物たちは、気の毒ではあったが。

No.1 5点
(2008/12/28 17:56登録)
作者は社会派の代表という思い込みもあって、刑事たちが、被害者が働いていた工場に聞き込みに行ったところでは、このあたりに動機が潜んでいそうだなとにらんだのですが、全くの見当はずれでした。
話が終わってみれば、結局作者の描きたかったのは、犯人とその動機ではなく、地方から都会に出てきた被害者たちの境遇と行く末だったんですね。適度に謎を入れた普通のリアリズム推理小説という感じでした。それにしても、滋賀の湖での事件の方については、いくら説明されてもやはり、ついて行くのはちょっとあり得ないのではないかな、という気がします。なんとかうまく騙されて、という方向に話をもっていけなかったのでしょうか。

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