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ミステリの祭典

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73光年の妖怪

作家 フレドリック・ブラウン
出版日1993年05月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2023/10/08 18:02登録)
(ネタバレなし)
 1960年前後のアメリカ。ウィスコンシン州の片田舎バートルスピルの町に、外宇宙からの宇宙生物「知性体」がひそかに漂着した。地球から73光年離れた母星を追放された、精神生命体の知性体は、追放先の天体から独力で母星に帰ることができれば罪を免除され、さらに英雄扱いされると知っていたので、何とか地球の科学文明を利用して帰還を果たそうとする。知性体の能力は、ほかの生物(地球生物)に憑依し、その心身を操ることだが、一方で、一度宿主となった生物から次の宿主に転移するには、まず現状の宿主を死に追い込む必要があった。多くの小動物、動物そして人間たちを犠牲にしながら、宇宙工学に通じた科学技術者への接近をはかる知性体だが。

 1961年のアメリカ作品。
 ブラウンの第5番目の、そして最後のSF長編。
 昭和作品の特撮ファンには『スペクトルマン』のズノウ星人、または東宝映画『決戦! 南海の大怪獣』の不定形宇宙人の元ネタといった方がわかりがいいかと思う。

 知性体には恣意的な地球生物への害意はないが、その生態システム上、何人かの人間を含む無数の地球の動物たちを犠牲にしてゆく。その辺のドライな感覚は正にSFで、さらに寄生の際には対象者が眠っているときの方がよいなどの約束事もあり、そういった経緯を知性体の視点から三人称で語るあたりは、倒叙ものSFミステリの雰囲気もあって面白い。
 本作を一種の(倒叙ものっぽい)SFミステリと捉えるなら、地球外生物の到来とその行動の目的や生態を察知する「探偵役」もちゃんと用意されており、後半は双方の対決の構図(みたいなの)に物語が流れ込む。

 メインキャラのひとりで、ハイスクールの初老の女性英語教師ミス・アメンダ・タリーが、あのスチュアート(本書の邦訳表記ではスチュワート)・パーマーのヒルデガード・ウィザースにそっくりだと書かれているのにウレしくなる。
 このタリー先生がSF小説のファンで、相棒となる科学者ラルフ・S・スタントンがミステリファン、という文芸設定も楽しい。そんなふたりの読書上の素養は、目前の非日常的な事態の見極めに少なからず寄与したようである。
 
 脇役にも魅力的なキャラクターが多く、そもそも「主人公」の「知性体」自体も悪意がない、彼なりに必死な行動ゆえ、読者に妙な親近感を抱かせる(犠牲になった人々や動物はもちろん気の毒だが……)。
 なかでも良かったのは、地方の町でほかに商売敵もいないから、テレビやラジオの修理屋の技術者として繁盛すると期待したものの、あにはからんや貧乏生活でピイピイしている、しかし猫好きの青年ウィリー・チャンドラーの描写。彼を語るシークエンスはペーソスいっぱいで、実に泣かせる。ほかの主要キャラとの僅差で、本作いちばんの好キャラクター。

 なお本作、ブラウンの長編SFの中ではマイナーな方だろうと勝手に思っていたが、読後にTwitter(X)などで感想を拾うと、意外にファンが多く、また既刊の印刷媒体などでもそれなりに高い評価を得ている名作扱いだと知って軽く驚いた。

 けっこう凄惨な物語をサバサバとスリリングに読ませ、そしてラストの後味も、小説の向こうに覗くSFビジョンの広がりも良い。秀作。

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