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ミステリの祭典

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作家 赤川次郎
出版日1984年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2023/10/15 16:38登録)
(ネタバレなし)
 山を切り開いた、十五軒ほどの建売住宅が寄り集う「街」。そこは現在は倒産した不動産開発会社が、中途半端にインフラを設けた居住地だった。ある日、そこを含む一帯を大地震が襲い、「街」の住居のほぼ大半が倒壊、または半壊する。生活に必要な物資を購入するための市街地に続く橋も破壊され、重傷の者を含む数十人の住人が「街」に閉ざされるが、そんな現状の一同をさらなる脅威が襲う。それは。

「野性時代」の1983年2~6月号に連載された、クローズドサークル設定のパニック・サスペンス。
 広義の推理小説的な部分はちょっとあるがフーダニットパズラーの要素はほぼ皆無の内容。

 すでに完全に量産体制に入り、薄口の作品を輩出していた時期の赤川次郎だが、それでも時たま『プロメテウスの乙女』みたいな「ん!?」という感じの内容のものを出すこともあり、これもそんな雰囲気の一冊。
 元版(1983年のカドカワ・ノベルス版)の刊行当時、出席していたSRの会の例会で「(赤川作品ながら)あれはちょっといい」と話題になったのを覚えている。

 今回は、一、二年前にブックオフの100円棚で見つけた古い方の角川文庫版を昨夜(というか今朝)初めて読んだが、なるほど(赤川作品という括りの中でだが)それなりに面白い。

 不倫や別の犯罪、それらの秘匿~露見などのエピソードを織り交ぜながら、地震で痛めつけられた面々にさらなる(中略)が襲うのは王道の展開。
 特に目新しい部分はないが、薄味のキャラクターながら作者の筆が乗って、いい感じにくっきりと、非常事態に直面するメインキャラクターたちが描きわけられている。
 作品の細部の趣向をここで仔細にバラすのはもちろん控えるが、一同のリーダー格で初老の文筆家・中川と中盤から登場する主婦の距離感の叙述など、作者の一面であるロマンチストぶりが全開。
 物語をかき回すジョーカー役の不倫妻・辻原桂子の運用ぶりとキャラの細かい素描もなかなか良い。

 メインキャラが(中略)と読者に思わせながら、実は(中略)という手をあまりこなれていない書き方で、複数回、行なったのはちょっとアレだが、不満はそれくらいか。
 劇中の事態の全貌が細部まで見えない部分が随所にあるのは、良いような悪いような。どちらかといえば前者か。

 この手の閉ざされた空間内でのパニック・サスペンス・スリラー(そして……)としては、(それぞれの意味で)佳作以上にはなっているであろう。

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