蒼天の鳥 |
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作家 | 三上幸四郎 |
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出版日 | 2023年08月 |
平均点 | 4.33点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 4点 | おっさん | |
(2023/10/17 10:33登録) 若くして逝った友の一周忌に寄せて M君、ひさびさに江戸川乱歩賞受賞作を読んでみたよ。それも、今年のバリバリの新刊。驚いたかな? 毎年ね、各種文学賞の動向をチェックしていた君の顔が、書店でたまたまこの本を手にしたら浮かんでね、ああ、もう君は乱歩賞も読めなくなったんだなあ、と感傷的になってしまったんだ。 作者がシナリオ・ライターで、アニメの『名探偵コナン』に絡んでるっていうのも、君に連想がいった一因かもしれない。『コナン』について、いろいろレクチャーを受けたのも懐かしい想い出だから。元気だったら、きっと、三上幸四郎が脚本を担当した『コナン』のエピソードはですね――と、感想を交えて教えてくれたよね。 本書の感想を君に届けることにするよ。 『蒼天の鳥』というのが、今回、第69回(令和5年)の受賞作だ。 大正13年の鳥取市を舞台に、活動写真「探偵奇譚 ジゴマ」を上映中の劇場で火災がおこり、その騒乱のなか、さながらスクリーンから抜け出したかのような怪人による人殺しが発生、目撃者となってしまった母と娘にも、やがて魔の手は迫り……というわけで、この目撃者親子に実在した人物を配し、作家である母親(当時の「新しい女」たちの一人)とその利発な七歳の娘を「探偵役」とした、なんというか、懐かしの、昭和の江戸川乱歩賞受賞作、みたいな作品だよ。 もっと率直にいえば、最終候補に残ったんだけど、運悪く、佐野洋とか都筑道夫のようなキビシイ選考委員にあたったばっかりに、落選してしまった(けど、惜しまれて刊行に漕ぎつけた)江戸川乱歩賞「候補作」といった感じかな。 巻末の「選評」を読むと、選考委員の皆さん(いや~、綾辻行人とか京極夏彦とか、この顔ぶれがさあ、おっさんを浦島太郎気分にさせてしまう(ToT))、一名を除いてみな優しい。 まあ、シナリオ・ライターが小説を書くと、マウントを取って過剰に否定したがる向きが多かった時代よりは、このほうがいいよね。作者も、シナリオに毛の生えたような、とか叩かれないよう心がけたかどうか、「小説的」表現に心を砕いて時代色を出している。導入部や「終局」を除けば、基本的にヒロイン・田中古代子の視点で進行するストーリーだけど、視点のブレも、気になるほどではなかった(基本的に出来ているから、たまに外すと、あ、と思う程度)。個人的に、文章面で引っかかったのは、「目線」という単語の多様(「視線」でいいのにね。大正時代でしょ、しかも視点人物は言葉にはうるさいはずの作家でしょ)だけど、若い読者なら気にならないだろうなあ。M君はどうだろう? ドラマづくりに関しては、見せ場・見せ場を串団子にしていく手際の巧さ。さすがにシロートじゃない。 略歴を見ると、作者は鳥取生まれの人なんだよね。郷土の女流作家への興味・関心が以前からあって、自分が本当に書きたい素材として温めていたものに、取り組んだんだろうと思う。 その結果―― 小説のトーンはきわめてシリアス。江戸川乱歩の「通俗探偵小説」を想起させる、最初の見せ場(劇場に出現した怪人の犯行)のアンリアルが合理的に解消されないままエピソードが重ねられ、ツイストが加えられながら、知よりも情のエンディングへ、なだれ込むんだ。 貫井徳郎の選評にあった「読み進むのがあまりに辛い」という表現が何を指すのかは分からないけど、おっさん的には、ストーリーの第一歩である、劇場殺人の不合理さを、作中人物の誰一人として問題にせず進行するのが辛かった。特定の人物を殺害する計画としては、成功確率があまりに低いし、犯行後、無事に現場から脱出できる保証もない。構成の(犯人の)論理が初手で破綻しているわけ。マニア受けは、ちょっとしそうもないなあ。 ひとまず努力賞認定で、次作に期待ということにしておこうか。三上氏には、今後もミステリを書き続けていくのであれば、犯行動機と同じくらい、犯行手段選択の動機にも納得性を与えて欲しいと注文をつけて。「探偵小説」らしい外連は楽しいけど、せっかく造形した犯人のキャラクターを、結局、作者の都合(決められたシナリオ)で動く駒にしてしまっては、勿体ないよね。 いやあ、リアリティあるロマンは、難しい。 なんだかんだ、考えさせられる読書ではあったかな。来年も、乱歩賞受賞作がでたら、読んでみるよ。そのときは、また報告するね、M君。 |
No.2 | 5点 | 人並由真 | |
(2023/10/11 07:24登録) (ネタバレなし) 大正13年7月。27歳の離婚女性で、東京で新進文筆家として評価され始めた田中古代子は、7歳の愛娘・千鳥を連れて故郷の鳥取市に戻った。古代子は現在の内縁の夫・涌島義博と親子3人で東京に引っ越すつもりで、帰参はそのための前準備だった。そんな母子は実家に戻る前に、活動写真「ジゴマ」シリーズの新作を楽しむが、そこでふたりは現実のジゴマの殺人の瞬間を目の当たりにした。 今年の乱歩賞受賞作。 近代史の時代もので、実在の女流作家が主人公で、時代のなかでの女性の自立がメインテーマで……って、なんかNHKの朝ドラのようである(といいつつ、実は評者はまともに朝ドラを最初から最後まで観たことは、この数十年一度もないが・汗~要は勝手なイメージで「朝ドラ」をレトリックのパーツに使っています。本気度の高い「朝ドラ」ファンの人がいたらお詫びします・大汗)。 2~3時間前後で読み終えられて、それなりに楽しんだし、印象的な場面もいくつかあったのだが、ミステリにしろ小説にしろ「評価」という尺度で語ろうとすると困る種類の作品であった。 だって完成度や結晶度の基準値がいろいろ設定できそうで、現状ではたしかにまとまってはいるものの、もっと面白くできたのびしろがあるような、やっぱりないような、そんな気分の一冊なんだもの。 悪い言い方をするなら、作者が言いたいテーマを、薄目の謎解きミステリの形でまとめて、それで読者不在で自己完結しているような作品、という感じだった。 講評では貫井先生がまったく楽しめなかったと接点の無さをはっきり言ってるが、その気分はわかるような気がする。 自分の場合は、いつも手に取る小説のなかではあんまり縁のない時代性(大正の終盤)の新鮮さ、良くも悪くも職人作家的なキャラクター配置(泣かせ役・もうけ役のあの人)とか、ちょっと以上は心にフックがかかったので、トータルとしてはそんなに悪い印象はない。 ただまあ、全体にパワフルさは欠いた一作なのは間違いないとは思う。 ……あ、この探偵役の設定(文芸設定)あたりは、わかりやすい外連味でそこそこ良かったかもしれん。 評点は……どうしよう。もう1点あげていいか迷いながら、この点数(汗)。 |
No.1 | 4点 | 文生 | |
(2023/10/03 11:21登録) 第69回江戸川乱歩賞受賞作。 作者が『特命係長 只野仁』や『名探偵コナン』などを手掛けたベテラン脚本家ということもあって語り口は非常にスムーズ。田中古代子という全く知らない作家を題材にした物語を興味深く読むことができました。ただ、ミステリーとしてはあまりにも弱く、驚きに欠けます。大正デモクラシーを背景にした母娘のストーリーは悪くないだけにむしろミステリー要素はいらなかったのではないかとすら思ってしまいます。 |