孤独の街角 |
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作家 | パトリシア・ハイスミス |
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出版日 | 1992年02月 |
平均点 | 8.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | |
(2023/10/10 07:55登録) (ネタバレなし) 1980年代のニューヨーク。若い頃に妻に駆け落ちされた50代半ばの警備員ラルフ・リンダーマンは、ある日、200ドル以上入った財布を拾い、落とし主である30歳の新鋭イラストレーター、ジョン(ジャック)・サザランドに届けた。ジャックは感謝して御礼を渡そうとするが、ラルフは報酬目当てではなく当然のことと固辞した。そんなラルフは近所のコーヒーショップの美人の20歳のウェイトレス、エルジイ・タイラーの存在を意識し、大都会で若い彼女が身を持ち崩さないようにと気にかけていた。やがてエルジイはジャックとその美貌の妻ナタリアとも接点が生じ、彼らの関係は、さらに周囲の者たちとも関り合いながら、少しずつ変遷してゆく。 1986年のアメリカ作品。 ハイスミスの第16番目のノンシリーズ長編。この後の作者の長編はリプリーものの最終作とノンシリーズ長編が各一冊ずつあるだけだから、長い作家生活の後期もしくは晩期の一作といっていいだろう。 邦訳の文庫本は、それなりに小さめの級数の活字で、本文約550ページという相当のボリューム。さすがに読むのには二日かかったが、一度読み出すと例によって止められない。翻訳の良さもあるとは思うが。 推理小説的な意味でのミステリ的な側面はほとんどない作品だが、普通小説に近いようでそうでもない。いつものハイスミスのように正常とイカレた精神、その狭間にある人間の内面がたっぷりと密に語られ、こちらはその勢いにグイグイ引き込まれていく。 中盤からの某メインキャラの内面描写はかなりのろくでなしぶりで、自分の妄執をふくらませていくサイコ度も読んでいて口をへの字にしたくなるほどだが、その一方でその叙述にはどこか憐れみとある種の理解をほんのわずか覚えないでもない。うん、こう感じた評者は、今回も完全に作者の術中にはまってしまっていた(笑・汗)。 名前が出た登場人物は70人ほどに及び、さらにモブキャラまで加えれば100人を超すキャラクターが物語をにぎわすが、お話が進むにつれ、そのなかの主要な人物たちがやがてはどこに着地するのか気になって仕方がなくなる。 そんな求心力のなかで、淀むことなく大冊の物語を読了。これがハイスミス晩年の一冊かとの感慨を改めて覚える。 ゆるやかに、しかし全くテンションを落とすことなくストーリーは進行し、後半で大きな山場が到来。そのまま物語はいっきにエンディングに雪崩れ込むが、これまで作者の諸作を読んでいるこちらは、メインキャラたちがどういう去就を迎えるかあれやこれやと想像。そんななかでまた独特な緊張感と昂りを覚えたが、これもまた作者が狙った読み手との駆け引きだったのだろうか。 クロージングがどのような後味で終わるかはネタバレになりかねないのでここでは言わないが、余韻のある幕引きには満足。ハイスミス、こういうギミックも使うんだね、とちょっとある種の感興も覚えた。 たっぷりと小説>ミステリの面白さが満喫できる、広義のミステリの優秀作。 前にも別のハイスミス作品のレビューとかで書いたような気もするけれど、シムノンのノンシリーズ編などが好きな人にも、この作者の諸作はもっと読んでもらいたい。 (すでに本サイトの何人かの参加者の方は、その辺の妙味をご理解のようで安心しておりますけれど。) なおAmazonのレビューでも警告している人がいるが、文庫版の解説で山口雅也センセイがかなり余計なこと(ネタバレ)を書きすぎてるので、巻末の解説は必ず本文を読み終えたあとに目を通してください。こういうのって編集が突っ返したり、指導したりしないのかな。だとしたらエディターも共犯じゃ。うん、あのバイオレンスジャックも、悪を見逃すことも悪だ、と言っている。 |