人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2106件 |
No.1906 | 7点 | 天に還る舟 小島正樹 |
(2023/10/13 17:07登録) (ネタバレなし) 昭和58年12月。秩父鉄道の線路をわたす鉄橋の下で、怪異な状態の老人の首吊り死体が見つかった。だが同件は自殺と判断された。一方、新宿で昭和57年12月に起きた放火殺人事件に端を発した連続怪事件を一年近くかけて解決に導いた警視庁一課の中村吉造刑事は休暇をとり、妻の実家のある秩父に来ていた。中村はたまたま先日の老人=土地の名士といえる藤堂菊一郎の死の状況に不審を抱き、土地の警察の一応の協力を得ながら非公式な捜査を始めるが、そこで彼は一人の青年・海老原浩一に出会う。 海老原浩一シリーズの第一弾。 少し前にブックオフの100円棚でシリーズ二冊目『十三回忌』の文庫版の美本を入手。だったらどうせならシリーズ第一弾から読もうと、最寄りの図書館にあった本作を借りて読み出す。 作者の片割れ・小島正樹の作品は今でこそちょっとは嗜んでいるが、この人が師匠筋の島田荘司の後見のもと、共著という形の本書でデビューした2005年当時は、本当にミステリの読書なんかと縁遠い時期だった。 すでに海老原シリーズの近作は何冊か読んでいるが、改めてシリーズの開幕に向き合ってみる。 しかしシリーズ探偵のデビュー編が、別の作者の手持ち探偵との共演編という形をとるというのも、かなり強烈な趣向である。当時は相当に話題になったんだろうな。今からじゃまったく、その辺の空気はわからないが。 文庫版『十三回忌』の島田の解説を先に読むと、本作で中村刑事を相棒に迎える趣向も、あっと驚く(島田作品の一部? に通じる)大技メイントリック(特に第三の殺人)も、みな小島側の構想だったらしいが、なるほど、のちのちのトリックメイカー小島の源流がすでにここにあったことは十分に納得できる。 (なお真犯人の設定は、20世紀終盤に書かれた某国内の大家の作品から、着想を得ている気もするが?) 終盤でいきなり? 明かされる激しい動機には素で読んでその背景・大元の事情にいろいろ考えさせられる一方、いささかその勢いに鼻白んだ。 とはいえこれだけの事情があったからこそ、犯人はあれだけとんでもない殺人劇を展開し、大トリックを実行する労力を費やしたのだ、というイクスキューズにもなっているのだから、リクツには合っている。 それでも細部に「えー」とか「う~ん」とかツッコミめいた疑問符が浮かぶのは、正に島田=小島スクールの作品という気もする(とはいえ公平に繰り返すが、自分はまだそんなに島田作品を~初期と近作を除いて~読んでないが……)。 いずれにしろ、フツーに面白かった。 ただし、楽しめた、かというと、微妙なニュアンスでちょっと首肯しにくい一面もある作品だが(何よりいろいろと強引さを感じるので)。 で、なるべくネタバレにならないように配慮しながら、本作での海老原の描写についてひとつふたつ。 ・中村は、主要かつ公式な土地の捜査官ふたり(ひとりは表向き温和、もうひとりはやや冷淡)に向かい、相棒のアマチュア探偵となった海老原を(嘘をつかないように巧みに言葉を選んで)警視庁関連の人員のように錯覚させるのだが、これが最後まで通ったというのに無理を感じた。どっちかの捜査官が「ところで海老原さんの階級は?」くらい尋ねるだろ? ・のちのシリーズの軸となる<さる宿命を負った探偵>という海老原の大設定の文芸が、この作品ではまだ出てきていないのにも軽く、いや結構、驚いた。次作『十三回忌』以降が改めて楽しみである。 で、全体の評点は……甘いかな。でもこのトリックのビジュアルイメージはすこぶる豪快で、それだけで笑ってしまうほどインパクトあるので。 |
No.1905 | 7点 | 爪 水上勉 |
(2023/10/12 20:01登録) (ネタバレなし) 1959年6月16日。祭りの夜の東京下町、小石川町。そこで衣服店を営む兄夫婦と同居する、丸の内の会社に勤める22歳のOL・笹本暁子が突然、行方をくらました。兄の貞四郎は警察に相談し、冨坂署の30代半ばの刑事・曽根川喜市が対応するが、暁子の行く先は杳として知れない。やがて滋賀県の山中で、一人の若い女性の他殺死体が見つかり、事件はそこから少しずつ広がりを見せていく。 乱歩編集長時代の旧「宝石」1960年9月号から翌年1月号にかけて連載された長編(おお! 『ガス人間第一号』の公開と同時期だ!)。 評者は今回、中公文庫版で読了。もともと何十年か前、父親の本棚に、これか『耳』かどっちかの水上勉のカッパ・ノベルス版があったのを何となく覚えており、その意味で個人的に妙な郷愁を誘われる作品であった。 文庫本は書体が大き目で、総ページ数も250ページちょっと。そんなに時間をかけずに読めたが、けっこう中身は濃い。 解説によると当時、清張が自分の作品世界(作風)に近いことをやったのを認めた上で、けっこうな完成度、という主旨で賞賛したらしいが、実によくわかる。 足で情報を稼ぎまくる刑事たちの地味な捜査が次第に実を結び、やがて事件の深層が思わぬ方向に展開。終盤はトリッキィな要素で急転、謎解き(犯人捜し)ミステリっぽくなるあたりは、まんま和製ヒラリイ・ウォーの警察小説みたいで、とても面白かった。 物語は全体にドキュメントタッチで、あたかも昭和30年代の半ばに実際に起きた事件を小説化した作品です、と言われても信じてしまいそう(実際、作者に想を与えた現実の犯罪事件はいくつかあったようだが)。 そんなわけで、この作品、嘘臭さにまで妙な説得力が付加されるような感覚の強みがあり、具体的には空さんがご指摘されている違和感、いや、まさにおっしゃる通りなんだけど「事実は小説より奇なり」のフィーリングで、意外にそういうこともあるだろう、と評者なんかはごく素直に受け入れてしまった。いやフィクションなんだけど、リアルなら実はそんなトンデモも生じないこともない、といった種類の逆説が、本作の重要な小説&ミステリ・パートの一部を支えているとも思わされた。 昭和の風俗、時代色の描写もふくめてかなり面白かったな。薄幸の運命にさらされた登場人物たちは、気の毒ではあったが。 |
No.1904 | 6点 | キン肉マン 四次元殺法殺人事件 おぎぬまX |
(2023/10/12 05:25登録) (ネタバレなし) まったくの私事になるが、声優・神谷明が各テレビアニメシリーズ版での主役を演じた80年代の「週刊少年ジャンプ」三部作の中では、この『キン肉マン』のみ、まったく無縁だった。 当時は、ギャグッ気のあるヒーローものというのはまだ許容範囲だったが、とにかく下ネタオチが随所に出て来る印象で、そこがイヤだったのである。 で、最初の方でつまずいてしまったので、コミックもアニメもまったく接点がないが、当時の特撮アニメ同人界で私淑していた少し年長の方がこの作品を大好きで、その人が評価するなら、実際に本編をしっかり楽しめばそれだけの魅力があるんだろうなとも観測したが、一方でそんな経緯から作品を好きになるというのも、なんか不純だなという思いもあったので、とうとうその後は、ほとんどまったく「キン肉マン」ワールドとは縁がない。 とはいえ、とにもかくにも長年アニメファンやっていれば、これだけの世代を超えた人気コンテンツ、どうしたって耳情報も入ってくるので、本当にわずかばかりは作品の世界観やキャラクター設定にもいつの間にか知見めいたものも築き上げられて? いた。いや、本物のファンからすればもちろん、きっとお笑い種の門前の小僧だろうが。 というわけで原作もアニメも本編をまともに楽しんだこともないまま、本書を手に取ったが、本サイトでの先のメルカトルさんのレビュー通り、一見の読者や門外漢にも、最低限以上の世界観やSF設定、キャラクター設定は理解できるように配慮がしてあるので、読む上でまったく問題はない。スラスラ読める。 とはいえ作中の登場人物同士の話題が本編での懐旧譚に流れ込んだりするあたりは、やはりファンの人の方が楽しめるだろうな、という印象だが。 ミステリとしては愉快なバカミス・特殊設定パズラーの連作で、自分のような立場の者にもじゅうぶん楽しく読めた。 ついでに今まで知らなかった「キン肉マン」ワールドの情報も教えてもらえたので、ホウホウ……的に面白かった。なんか遠い昔の少年時代に友人の家に遊びに行って、タイトルだけは聞き及んでいたがまだ読んだことなかった人気マンガを貸してもらって楽しんだ、あの日のような気分である。 しかし当初は、いくら原作者監修の作品で企画とはいえ、原典で活躍するレギュラー超人たちを二次創作でホイホイと殺害してしまっていいのか? と案じたが、ああ……この作品世界には<そういう設定>があるのね、と安堵した。なるほど、これは意外に、謎解きミステリの二次創作に向いた世界かもしれん(笑)。 いろんな意味で、期待以上に面白かった。 ガチの『キン肉マン』ファンが読むと、どう感じるかはわからないけれど。 |
No.1903 | 5点 | 蒼天の鳥 三上幸四郎 |
(2023/10/11 07:24登録) (ネタバレなし) 大正13年7月。27歳の離婚女性で、東京で新進文筆家として評価され始めた田中古代子は、7歳の愛娘・千鳥を連れて故郷の鳥取市に戻った。古代子は現在の内縁の夫・涌島義博と親子3人で東京に引っ越すつもりで、帰参はそのための前準備だった。そんな母子は実家に戻る前に、活動写真「ジゴマ」シリーズの新作を楽しむが、そこでふたりは現実のジゴマの殺人の瞬間を目の当たりにした。 今年の乱歩賞受賞作。 近代史の時代もので、実在の女流作家が主人公で、時代のなかでの女性の自立がメインテーマで……って、なんかNHKの朝ドラのようである(といいつつ、実は評者はまともに朝ドラを最初から最後まで観たことは、この数十年一度もないが・汗~要は勝手なイメージで「朝ドラ」をレトリックのパーツに使っています。本気度の高い「朝ドラ」ファンの人がいたらお詫びします・大汗)。 2~3時間前後で読み終えられて、それなりに楽しんだし、印象的な場面もいくつかあったのだが、ミステリにしろ小説にしろ「評価」という尺度で語ろうとすると困る種類の作品であった。 だって完成度や結晶度の基準値がいろいろ設定できそうで、現状ではたしかにまとまってはいるものの、もっと面白くできたのびしろがあるような、やっぱりないような、そんな気分の一冊なんだもの。 悪い言い方をするなら、作者が言いたいテーマを、薄目の謎解きミステリの形でまとめて、それで読者不在で自己完結しているような作品、という感じだった。 講評では貫井先生がまったく楽しめなかったと接点の無さをはっきり言ってるが、その気分はわかるような気がする。 自分の場合は、いつも手に取る小説のなかではあんまり縁のない時代性(大正の終盤)の新鮮さ、良くも悪くも職人作家的なキャラクター配置(泣かせ役・もうけ役のあの人)とか、ちょっと以上は心にフックがかかったので、トータルとしてはそんなに悪い印象はない。 ただまあ、全体にパワフルさは欠いた一作なのは間違いないとは思う。 ……あ、この探偵役の設定(文芸設定)あたりは、わかりやすい外連味でそこそこ良かったかもしれん。 評点は……どうしよう。もう1点あげていいか迷いながら、この点数(汗)。 |
No.1902 | 8点 | 孤独の街角 パトリシア・ハイスミス |
(2023/10/10 07:55登録) (ネタバレなし) 1980年代のニューヨーク。若い頃に妻に駆け落ちされた50代半ばの警備員ラルフ・リンダーマンは、ある日、200ドル以上入った財布を拾い、落とし主である30歳の新鋭イラストレーター、ジョン(ジャック)・サザランドに届けた。ジャックは感謝して御礼を渡そうとするが、ラルフは報酬目当てではなく当然のことと固辞した。そんなラルフは近所のコーヒーショップの美人の20歳のウェイトレス、エルジイ・タイラーの存在を意識し、大都会で若い彼女が身を持ち崩さないようにと気にかけていた。やがてエルジイはジャックとその美貌の妻ナタリアとも接点が生じ、彼らの関係は、さらに周囲の者たちとも関り合いながら、少しずつ変遷してゆく。 1986年のアメリカ作品。 ハイスミスの第16番目のノンシリーズ長編。この後の作者の長編はリプリーものの最終作とノンシリーズ長編が各一冊ずつあるだけだから、長い作家生活の後期もしくは晩期の一作といっていいだろう。 邦訳の文庫本は、それなりに小さめの級数の活字で、本文約550ページという相当のボリューム。さすがに読むのには二日かかったが、一度読み出すと例によって止められない。翻訳の良さもあるとは思うが。 推理小説的な意味でのミステリ的な側面はほとんどない作品だが、普通小説に近いようでそうでもない。いつものハイスミスのように正常とイカレた精神、その狭間にある人間の内面がたっぷりと密に語られ、こちらはその勢いにグイグイ引き込まれていく。 中盤からの某メインキャラの内面描写はかなりのろくでなしぶりで、自分の妄執をふくらませていくサイコ度も読んでいて口をへの字にしたくなるほどだが、その一方でその叙述にはどこか憐れみとある種の理解をほんのわずか覚えないでもない。うん、こう感じた評者は、今回も完全に作者の術中にはまってしまっていた(笑・汗)。 名前が出た登場人物は70人ほどに及び、さらにモブキャラまで加えれば100人を超すキャラクターが物語をにぎわすが、お話が進むにつれ、そのなかの主要な人物たちがやがてはどこに着地するのか気になって仕方がなくなる。 そんな求心力のなかで、淀むことなく大冊の物語を読了。これがハイスミス晩年の一冊かとの感慨を改めて覚える。 ゆるやかに、しかし全くテンションを落とすことなくストーリーは進行し、後半で大きな山場が到来。そのまま物語はいっきにエンディングに雪崩れ込むが、これまで作者の諸作を読んでいるこちらは、メインキャラたちがどういう去就を迎えるかあれやこれやと想像。そんななかでまた独特な緊張感と昂りを覚えたが、これもまた作者が狙った読み手との駆け引きだったのだろうか。 クロージングがどのような後味で終わるかはネタバレになりかねないのでここでは言わないが、余韻のある幕引きには満足。ハイスミス、こういうギミックも使うんだね、とちょっとある種の感興も覚えた。 たっぷりと小説>ミステリの面白さが満喫できる、広義のミステリの優秀作。 前にも別のハイスミス作品のレビューとかで書いたような気もするけれど、シムノンのノンシリーズ編などが好きな人にも、この作者の諸作はもっと読んでもらいたい。 (すでに本サイトの何人かの参加者の方は、その辺の妙味をご理解のようで安心しておりますけれど。) なおAmazonのレビューでも警告している人がいるが、文庫版の解説で山口雅也センセイがかなり余計なこと(ネタバレ)を書きすぎてるので、巻末の解説は必ず本文を読み終えたあとに目を通してください。こういうのって編集が突っ返したり、指導したりしないのかな。だとしたらエディターも共犯じゃ。うん、あのバイオレンスジャックも、悪を見逃すことも悪だ、と言っている。 |
No.1901 | 7点 | 73光年の妖怪 フレドリック・ブラウン |
(2023/10/08 18:02登録) (ネタバレなし) 1960年前後のアメリカ。ウィスコンシン州の片田舎バートルスピルの町に、外宇宙からの宇宙生物「知性体」がひそかに漂着した。地球から73光年離れた母星を追放された、精神生命体の知性体は、追放先の天体から独力で母星に帰ることができれば罪を免除され、さらに英雄扱いされると知っていたので、何とか地球の科学文明を利用して帰還を果たそうとする。知性体の能力は、ほかの生物(地球生物)に憑依し、その心身を操ることだが、一方で、一度宿主となった生物から次の宿主に転移するには、まず現状の宿主を死に追い込む必要があった。多くの小動物、動物そして人間たちを犠牲にしながら、宇宙工学に通じた科学技術者への接近をはかる知性体だが。 1961年のアメリカ作品。 ブラウンの第5番目の、そして最後のSF長編。 昭和作品の特撮ファンには『スペクトルマン』のズノウ星人、または東宝映画『決戦! 南海の大怪獣』の不定形宇宙人の元ネタといった方がわかりがいいかと思う。 知性体には恣意的な地球生物への害意はないが、その生態システム上、何人かの人間を含む無数の地球の動物たちを犠牲にしてゆく。その辺のドライな感覚は正にSFで、さらに寄生の際には対象者が眠っているときの方がよいなどの約束事もあり、そういった経緯を知性体の視点から三人称で語るあたりは、倒叙ものSFミステリの雰囲気もあって面白い。 本作を一種の(倒叙ものっぽい)SFミステリと捉えるなら、地球外生物の到来とその行動の目的や生態を察知する「探偵役」もちゃんと用意されており、後半は双方の対決の構図(みたいなの)に物語が流れ込む。 メインキャラのひとりで、ハイスクールの初老の女性英語教師ミス・アメンダ・タリーが、あのスチュアート(本書の邦訳表記ではスチュワート)・パーマーのヒルデガード・ウィザースにそっくりだと書かれているのにウレしくなる。 このタリー先生がSF小説のファンで、相棒となる科学者ラルフ・S・スタントンがミステリファン、という文芸設定も楽しい。そんなふたりの読書上の素養は、目前の非日常的な事態の見極めに少なからず寄与したようである。 脇役にも魅力的なキャラクターが多く、そもそも「主人公」の「知性体」自体も悪意がない、彼なりに必死な行動ゆえ、読者に妙な親近感を抱かせる(犠牲になった人々や動物はもちろん気の毒だが……)。 なかでも良かったのは、地方の町でほかに商売敵もいないから、テレビやラジオの修理屋の技術者として繁盛すると期待したものの、あにはからんや貧乏生活でピイピイしている、しかし猫好きの青年ウィリー・チャンドラーの描写。彼を語るシークエンスはペーソスいっぱいで、実に泣かせる。ほかの主要キャラとの僅差で、本作いちばんの好キャラクター。 なお本作、ブラウンの長編SFの中ではマイナーな方だろうと勝手に思っていたが、読後にTwitter(X)などで感想を拾うと、意外にファンが多く、また既刊の印刷媒体などでもそれなりに高い評価を得ている名作扱いだと知って軽く驚いた。 けっこう凄惨な物語をサバサバとスリリングに読ませ、そしてラストの後味も、小説の向こうに覗くSFビジョンの広がりも良い。秀作。 |
No.1900 | 8点 | バイオレント・サタデー ロバート・ラドラム |
(2023/10/07 17:22登録) (ネタバレなし) 1970年前後のある年の7月。ニュージャージー州の高級住宅街サドル・バレーの町では、TV報道番組のディレクターでピューリッア賞の候補にもなったジョン・タナーとその妻アリスが近所の友人たち、弁護士トレメイン家の夫婦、元スポーツ選手でイタリア系のカルドーネ夫婦、そして久々にニューヨークから戻るテレビ作家のオスターマン夫婦を迎えて、次の週末にホームパーティを開こうと考えていた。そんな矢先、CIAの高官ローレンス(ラリー)・ファセットによってワシントンに呼び出されたタナーは、サドル・バレーの町にソ連の謎の大物工作員「オメガ」が潜み、そしてその正体が3組の友人夫婦たちの誰か、あるいは複数の人物だという容疑があると聞かされる。市井にまぎれて一般市民のひそかな醜聞を掴んで脅迫し、東側の秘密工作員を増産してゆくオメガの正体とは? タナーはファセットから、自宅の身辺に厳重な警備を敷くという約束のもとに半ば強引に囮役を求められ、やむなく謎の敵のあぶり出しにかかる。だがくだんの謎の敵は、タナー家の周辺で人身を殺傷する凶行に及んだ。 1972年のアメリカ作品。 1970年代半ばの時点で、冒険小説またはスパイスリラーの分野での新鋭「怪物作家」と、この日本でももてはやされながら、2020年代の現在では、ほぼ忘れられた80~90年代の巨匠ロバート・ラドラムの第二長編。 私事ながらここしばらく今年の新刊ばっか読んでて飽きてきたので、そろそろ旧作も読もうと、これを手に取った。数十年ぶりの再読である。 考えてみれば評者が本サイトの末席を汚すようになってからもう6年目だが、この間にラドラムは一作も読んだことはなかった(汗)。まあ『スカーラッチ家』も『マトロック・ペーパー』も『悪魔の取引』も『ホルクロフト』も『マタレーズ』もそして『暗殺者』も初期からの主要作はみんな既読ではあるが。 個人的に、シリーズものとなった人気作『暗殺者』(の第一作)はそんなに評価していない。いま名前をあげたなかで最高傑作と評価する&偏愛してるは断然『マタレーズ』、骨太な面白さなら『スカーラッチ家』、妙に思い入れがあるのは『悪魔の取引』などなど……。 で、本作だが、実は最初に読んだラドラムの長編がこれ。もちろん、元版の邦訳ハードカバー『オスターマンの週末』の方で、少年時代に読んだ。当時のSRの会では一時期ラドラムが高評価で(いまではとても信じられないが)、これもその年度の海外ミステリ全作のなかで、たしかベスト2位であった(1位がなんだったかは忘れた。調べればわかると思うが)。 とにかく確かにエラく面白く、一気読みしたことと、終盤の意外性だけはその後もずっと数十年おぼえていた。そういう意味では、先に名前をあげたラドラムの初期の諸作群にまぜても上位にくるし、それなり以上に思い入れのある一冊である。 で、今回はたまたま、一週間~半月ほど前に本作の文庫版『バイオレント・サタデー』を最寄りのブックオフの100円棚で発見。 元版のハードカバー『オスターマン』はいまだ持ってるし、映画化(まだ観てない)にあわせて改題されたこっち(文庫版)のタイトル『バイオレント~』もなんか安っぽい印象であまりなじめないんだけど、最後のサプライズはともかくお話の細部はほとんど忘れてるので、内容を再確認したい興味もある。ここで文庫版に出会ったのも何かの縁だと購入し、昨夜、読み始めた。 主人公はタナーだが、物語を語る視点は自在にとび、サドル・バレーの住人たち(メインキャラの夫婦たち)のもとに続々と、絨毯爆撃風に怪文書が届いたり謎の人物の接触がある。潔白な住人(いるのか?)もふくめて一同を巻き込みながら「オメガ」をあぶりだそうとするCIAの謀略作戦にタナーほかの面々が直面し、この辺りの展開が実にサスペンスフル。まあ半世紀前の作品なので、通信環境や生活文化そのほかでの時代感はどうしてもあるが、個人的にはその辺はさほど気にしないで、読み進められた。 目次でいきなりわかるように、物語のほぼ全域は一週間内の物語なので、筋運びも十分にスピーディでもある。 強烈なラストは記憶のままの通りだったが、サブ部分のサプライズは完全に忘れていたので、その意味では再読でも楽しめた。やはり面白い。 とはいえ半世紀前の高評価そのままという気分にもなれず、これはたぶん、本作というかラドラムの作風や作劇術を吸収・消化した後続作家たちの諸作(特に誰とはぱっと言えないのだが)に、この手のスパイスリラー(一部は本作のような巻き込まれ型スパイスリラー)の印象を上書きされてしまっているためでもあろう。 そういう意味での時代と寝た? 作品ともいえるが、この手のものが好きなら、いま読んでも相応に面白いとは思う(……で、これから本書を楽しむ人の場合、たぶん、作品の周辺の雑念の取り込み如何で、感想や評価が影響されることはある……かもしれない)。 ただ、あまりにも余韻の深いラストの一行はやはりいい。主人公タナーたちの人生をほんの一週間だけ巻き込み、そして多くの爪痕を残した物語の締めとして、この一行は数十年間、ずっと評者のミステリライフの心の一角にあった。 再読した評価で7.5点。このラストの一行の良さをしみじみ再確認して1点おまけの8.5点の意味で、この評点。 |
No.1899 | 6点 | 世界でいちばん透きとおった物語 杉井光 |
(2023/10/06 07:38登録) (ネタバレなし) 作者に関しては10年前にあの不祥事を起こして以来、いまだハラが立っている。 (もし詳しいことを知らなくて関心がある人は「杉井光」「榊一郎」「2ちゃんねる」のキーワードを3つ並べて検索してください。) 当人の謝罪はのちに公表されたものの、さすがにあれは商業作家として、というか、人として(またはいい大人として)どうか、と思う行為であった。 個人的にはそれまで『神様のメモ帳』のアニメ版は観ていたし、『生徒会探偵キリカ』も小説の第1巻を読み、あの出来事がなければそのままシリーズの次巻へと読み進もうとも思っていたのだが、さすがに今後もう二度とこのヒトの本は読まないだろうと見切ってしまった。少なくとも当時は。 実際、今回までこの人の著作はあれから一冊も読んでない、買ってもいない。作品にアニメ化の声がまったくかからなくなったのも、そりゃ自業自得だろうねと思ってもいた。 そうしたらあれから10年経って、今年のこの大騒ぎである。 あくまで一読者の立場として、いまだ複雑な気分も抱えこんではいるが、一方でこの10年の間に当人に創作者としてどのような変化があったのか、覗いてみたい気持ちもなんとなく生じてきた。で、なるべく冷静なつもりで、とにかく話題の本作を読んでみる。 物語の構造そのものというか主題(当該の小説がどのような立ち位置のものだったのか)は、さすがに途中で察してしまったので、さほどのインパクトはない。 要はそれ自体は(中略)なネタを、努力賞ものの奮闘で強化した(完成形へと築き上げた)一冊ということになるのだろうが、一方でそういう(中略)な作品であろうこともやはり早々に読めていたので、サプライズ感も希薄。 となると本作の価値は送り手がどれだけ(中略)したかの深度にもよってくると思うのだが、キビシイことを言えばこの作品はその着想を得て、出版に至る環境が固められた時点でもうゴールラインは見えたのだろうし、そのあとの(中略)は、正に<ただの作業>であったろう。いや、その上でその作業が完遂に至るまでには、大変な(中略)だったことはもちろん察するが。 あと、もしかしたら評者の自分は(作者の過去は過去として、とりあえず置いても)この(中略)に食傷している部分も実は大きいのかもしれない。 だって新旧作品あわせて、この数年でいくつ、自分はこの手のものを読んできたのか(汗&涙)。 まあとにかく、この一冊に関しましては、確かに(中略)は認めるが。 |
No.1898 | 6点 | 世界の終わりのためのミステリ 逸木裕 |
(2023/10/05 17:42登録) (ネタバレなし) 時は少し先かあるいは――の未来。人間の精神(記憶、思考パターン、意識、感情)を半永久的に持続可能なボディ「カティス」に複写可能な技術が確立した世界。なぜか地上から人間の姿はいっさい消え、死体すら残っていなかった。カティスとして長い眠りから目覚めた「私」ことミチは、本来あるはずのオリジナルの人間の記憶もないまま、さる目的のために各地を放浪する。そんなミチはある日、ひとりの人影を認める。 地上全域? から人類がいなくなった(なぜ?)の世界を舞台にしたロードムービー調のストーリーで、全4話の中編から構成される連作SFミステリ。 作者あとがきによると、こういう人類&文明が滅んだ&衰退した世界でのロードムービー風のジャンル(漫画&アニメの『少女週末旅行』みたいな)は、ブライアン・オールディスの命名により「コージー・カタストロフィ(心地よい破滅)もの」というそうで、なるほどひとつ勉強になった。 なぜ人類は滅んだか? の壮大な謎を連作通しての遠景に置きながら、ミチとその相棒(表紙にいる美少年風の見た目)が出会う事態の謎をひとつひとつ解き明かしていく形質の、SFミステリ中編シリーズ。 枯れた世界観、『エイトマン』の「スーパーロボット」辺りを想起させる「カティス」の文芸(技術的な面では細部に少し差異があるが)ほか、SF的な大設定はどれもきわめて王道だが、こういう作品らしい退廃感とそれにともなう詩情はフツーに実感でき、居心地は悪くない。 なんか大好きな田中光二の『異星の人』に通じる雰囲気もある。 エピソード数は少ないが、謎の方はハウダニット、ホワイダニット、さらには……とそれなりにバラエティ感のあるものが順々に語られ、トータルで見ればSFミステリとして佳作の上というところ。良くも悪くもけっこう手堅い。 続刊はありそう……というより、作者自身が本編からもあとがきからも書きたがっている気配が満々で、受け手的には、ならばどうぞ、また新刊が出たらつき合わせていただきます、という感じ。 作者のけっこうな作風の幅の広さをまた改めて、認める一冊でもあった。 評点は7点に近いこの点数で。 |
No.1897 | 5点 | 恋する殺人者 倉知淳 |
(2023/10/05 04:17登録) (ネタバレなし) ひさびさに倉知先生らしいものを読んだけど、最後のサプライズを早々と見破らない人は、そういないでしょう(汗)。 基本的にろくに推理しない、犯人やトリックを当てようともさほど積極的に思わない評者でも、この真相には(いくつかの手掛かりや伏線、ミスディレクションにも)気が付いた。 大家が気楽に書き流した、中学生かビギナーのミステリファン向けの一冊という感じ。 しかしさすがに作者もそんな大ネタだけではダメだろうと思ったのか、サブのサプライズをもうひとつ用意してあったのには仲々、感心。その辺などにはベテランのプロ作家らしい、良い意味での職人性を見やった。 本サイトのレビュ―では、虫暮部さんのツッコミと見識が面白い&興味深い(作品本編を未読の方は、まず中身を読んでから、当該のレビューをご覧になってもらいたいが)。なるほど、と思いました。 |
No.1896 | 8点 | ヴァンプドッグは叫ばない 市川憂人 |
(2023/10/04 06:33登録) (ネタバレなし) この世界の1984年2月上旬。一年前のジェリーフィッシュ事件以来、複数の怪事件を解決してきたA州フラッグスタッフ署の刑事コンビ、マリア・ソールズベリー&九条漣は、なじみのフェニックス署刑事ドミニク・バロウズの応援に向かう。ドミニクがひそかに協力を願う案件とは、さる国立医療機関から逃げ出した、かつて吸血鬼のごとき連続殺人を行なったという秘密の病理患者についてだった。それと同じころ、同じA州では現金輸送車を襲撃した強盗殺人事件が発生。逃亡した犯人たちはさる隠れ家に潜伏するが、やがてその外部からの侵入がないはずの屋内では、怪異な連続殺人がスタートした。 おなじみマリア&漣シリーズの最新作で、長編第4弾(シリーズ全体としては、中短編集をふくめて5冊目)。 先にちらりと見かけたAmazonのレビューですんごく評判がいいようなので期待して手に取ったが、割と小さめの級数でぎっしり二段組の文字組に、一瞬、う……となる。 しかしいったん読み始めると、これまでに勝るとも劣らないリーダビリティの高さであっという間に一気読み。 ちなみにシリーズ5冊目ということで、これまでのマリア&漣ものに登場したキャラクターたちも続々と登場。 極端な話、本書で初めてシリーズを読み始めてもこれまでの作品のネタバレにはならないように配慮はされているけれど、シリーズの流れにもとづいた趣向を満喫するなら、やはり既刊分は読んでおいた方がよろしいでしょう。 特に中短編集の『ボーンヤードは語らない』はぜひとも先に目を通しておいた方がいい。 で、本作そのものの感想だけど、いやはや……シリーズの中でもどでかい種類の反転の構図が用意されており、同時に(中略)のサプライズも強烈。犯人像も相当にインパクト大で、マリア&漣ものの中でもたしかに上位にくる出来ではあろう。 (個人的に、実は……の事件の構造が、すごく好みじゃ。) まあ解決に関してはよく練られていると思うものの、一方でかなり(中略)ではあるので、<その時点>でダメな人はもしかしたら、すでにもうダメかもね。 それでもロジカルで、伏線拾いまくり、かつトリッキィなパズラーにはなっているはずだ。 良くも悪くもシリーズのうねりも劇的で、次回はますます一見さんには敷居が高くなりそうだけど、その辺はこの作者のことなので、単品でも楽しめるようにうまく捌いてくれるでしょう。たぶん。 でもなんか、後発の別の作家の(中略)シリーズと、作劇の構造が似てしまうんだよな(汗)。いやまったく、ソノ辺は、こっちのシリーズのせいじゃないんだけれどね。 |
No.1895 | 7点 | ちぎれた鎖と光の切れ端 荒木あかね |
(2023/10/03 16:32登録) (ネタバレなし) 2020年。熊本県の沖にある孤島・徒島(あだしま)。そこに「俺」こと大学生の樋藤清嗣(ひとう きよつぐ)は、同年のそして年長の6人の友人たちと離島でバカンスを楽しむ。だが樋藤のひそかな真の目的は、樋藤と縁があった者に数年前にさる加害行為を働いた現在の友人6人全員に復讐し、命を奪うことであった。だが樋藤は復讐開始の前になって、現在の友人たちへの複雑な思いが生じ、殺意を鈍らせる。そんな流れと前後して、閉ざされた島では樋藤の仕業でない謎の密室殺人が発生。それはやがて連続殺人に及ぶが、そこにはある法則性があった。 大設定を聞いて青春ミステリ版『恩讐の彼方に』みたいなのを予期していたが、相応に違った。 前半の展開は良い意味で昭和期、1960~70年代あたりの当時の新世代作家たちがフーダニットパズラー分野のなかで、何か突き抜けた新しいものを書こうとしていた時代の意気込み(作家でいうなら笹沢や佐野の初期作、さらに少し時代が下って森村や大谷あたりの)めいたものを感じさせた。 その思いは、後半のさらに思わぬ方に舵を切る物語全体の構造を実感し、またあらためて加速させられる。 とはいえ後半、フーダニットパズラーとしての興味のひとつを作者みずから放棄しちゃうのはかなりもったいなかったが、一方で、後半のクライマックスで明かされる<殺しの法則性の意味>には、かなり愕然とさせられた。個人的には、このアイデアひとつでもそれなり以上に評価したい。 たしかに長すぎる気はするし、極端な話、前半部だけで再構成しても60~65点クラスのパズラーには十分仕上がったような感触もあるが、あえて高みを目指した作者の気概は本気で称えたい。 次作もまた楽しみにしています。 |
No.1894 | 5点 | 敵前の森で 古処誠二 |
(2023/10/02 20:11登録) (ネタバレなし) 第二次世界大戦が終結した直後のビルマ。終戦直前、現地の戦線で友軍の敗残兵を収容する任務に就いていた小隊「土屋隊」の一員だった元少尉・北原信助は、英国軍の捕虜収容所に収監されていた。そんな北原の前に、ひとりの語学将校の英国人が現れて尋問を開始する。内容は戦時中の、捕虜の処刑と現地民間人虐待の嫌疑だった。北原は当時の状況に思いを馳せるが、一方でその尋問役の語学将校にもさる思惑があった。 もともとは現代日本を舞台にしたミステリ作家で、現在は戦争小説の第一人者として活躍中の作者の新作。 評者が作者の著作を読むのは2017年の新刊『いくさの底』に続いて二冊目。 ネットで目にした書評・紹介などを読むとミステリの手法を使った戦争小説、ということなので、前述の『いくさの底』のようなものを期待して読み始めてみる。 実際のところ今回は、『いくさの底』以上に戦争小説の成分が多く、小説のジャンルを問われたら、まず最初に「戦争小説」と答えるしかないまんまの内容。 さすがに筆致には、戦争小説のプロパーでないこちらなど黙ってうなずくしかない説得力の圧があり、ことさら苛烈さや悲惨さを声高に叫ばなくても、戦場のなかで死と隣り合わせの日々を生きる登場人物たちを描く物語の重厚感はひしひしと伝わってくる(一方で、指揮官や副官などが、敵や味方を操縦、誘導するための腹の探り合いや人心の掌握術など、非常に面白い)。 ミステリとしての興味はあえていえば、「さる登場人物のある行動の裏には何があったのか」「その場でひそかに何が起きていたのか」などだが、読者に向けて明確な「謎」の形で提示されたというよりは、物語の興味を牽引する重要なポイントとして用意されている。 最終的に明らかになる真相には、たしかに意外な、そして(中略)な展望と当該の人物の思惑が込められており、まあその辺のサプライズはミステリっぽいとはいえる。 要はミステリとしての手法を活用し、広義のミステリとして読んでもいい内容だが、一方でそれ以上に戦争小説で、戦場での群像劇だろ、という感じの一冊。 短めの紙幅ながらそれなり以上の読み応えのある小説だったが、そもそもこのジャンルは門外漢なので、十分に楽しめたかというと心もとない。 (正直、ラストのまとめ方も、え、ここで終わっていいの? という気分もそこそこあったりする。) こっちのジャンル(戦争小説)も普通になじんでいて、もちろんミステリも好きだというタイプの方がもしもいるなら、お試しされてもよいかとは思う。 |
No.1893 | 6点 | 処刑台広場の女 マーティン・エドワーズ |
(2023/10/01 11:33登録) (ネタバレなし) 2018年のイギリス作品。 作中の時代設定は1930年だそうだが、とても同時期のサンフランシスコの空の下でサム・スペードがマルタの鷹を追っかけてるとは思えない。 19世紀末か20世紀初頭のお話じゃろ? という感じ。 上海から帰って怪人ハントを始めた時期の明智小五郎の役回りを、彼でなく黒蜥蜴が務めているような形質の、ミステリスリラー。 文生さんのレビューの通り、どことなくルパンものっぽい<極悪VS正義の悪>ものの趣もある。 それなりに作りこんだ話は最後まで飽きはしなかったが、通読して文庫で580ページと長めなので、その長丁場に見合う面白さを提供してもらえたかというと、かなり微妙な感じ。あと、この大技は、さすがに見え見えだとは思う。 主人公たちが追う裏世界の悪事も、悪い意味でありきたりだし。 こういう路線なら路線でいいんだけど、もうちょっとコンデンスな作りにしてもらいたい。まあこの第一作で作者はそれなりにやりたいことを吐き出しちゃったんじゃないかと思うから、シリーズ二作目以降はもうちょっと引き締まるものを期待するけれど。 しかしよく人が死ぬ作品だな。SRの会の「乱歩賞かるた企画」の際に 某・乱歩賞受賞作品をイメージして作られた「め」の読み札 「めんどうだ、こいつもついでに殺しちゃえ」 を思い出した(笑)。 |
No.1892 | 7点 | 婦警日誌(青樹社版) 島田一男 |
(2023/09/30 20:46登録) (ネタバレなし) 昭和二十年代の東京。「私」こと塚原は二十代前半の独身で、所轄の警察署で少年係を務める婦人警官だ。管内では種々の犯罪が生じ、こもごもの人間模様が浮かび上がる。塚原は、無骨な離婚男だが警察医であり、そして優れたアマチュア名探偵である町医者の花井先生とともに、事件の陰に秘められた意外な真実を暴いていく。 島田一男が昭和26年から32年まで「探偵倶楽部」「婦人朝日」などに書き継いだ、全24話の連作短編シリーズ。 青樹社から1992年に刊行された本書は「婦人朝日」掲載分の全18話の中の12話分が、加筆訂正の上で収録された(文庫版も同じ内容で、評者は今回、そっちで通読)。 聞くところによると、国内で初めて、女性捜査官を主人公にしたミステリシリーズだそうで、そういう興味からどんなかな、昭和20~30年代の時代風俗も楽しめればよい、という感じで手にとってみたが、意外に(といっては失礼だが)短編ミステリの連作としてレベルが高い。 基本的に殺人はほとんど起こらず、街の中で起きたトラブル、または傷害や盗難、謎の脅迫などの事件を扱うが、大半の話に切れ味のよいヒネリがあって唸らされる。実際、一部の作品には、後年の連城作品にも通じるような、事件の構図が反転する醍醐味なども感じた。 (キャラクターものミステリとしても、名字にちなみ、花井から「ボク伝女史(塚原卜伝の)」と呼ばれる美人で正義漢の人情家婦警・塚原も、女房に逃げられた酒好きの無頼医者ながら、実は頭脳明晰で直観力があり、人の心の機微に通じた花井、二人の主人公も良い意味でフツーに一定水準の魅力を確保している。ちなみに読んだ限り、この二人の間に恋愛感情めいたものは特に介在していない。) 島田作品といえば初期の正統派(あるいはそれに近い)パズラー路線から、謎解きの興味を最低限おさえた活劇スリラーもの、あるいは司法関係周辺の特殊プロフェッショナルものに移行していった、という大づかみな観測があったが、こういうトリッキィさに重心をかけた連作キャラクターミステリも書いていたのだと改めて見直した。 そういや評者は、作者の連作短編シリーズものは、まだ他に1~2冊くらいしか読んでないが。 青樹社の文庫版の解説で山前譲氏は、本シリーズの早めの終了を惜しんでいるが、作者的にはもしかしたら、割と高い本路線のボルテージを下げたくない、と思い、できのいいうちに止めたのでは? と、評者なりの思い付きの観測で考えたりもした。まあ実際のところはどうかしらないが。 (ネットを探ると、世評高い山本周五郎の『寝ぼけ署長』シリーズに似通うなどの声もあるようだが、評者はそっちはまだ未読なのでなんとも言えない。) いずれにしろ、島田一男の奥行きというか、器量の深さを改めて実感した一冊。いつかそのうち、本シリーズの残りのものもどこかで読んでみたい。 |
No.1891 | 7点 | 炎の女 高木彬光 |
(2023/09/29 20:02登録) (ネタバレなし) 昭和40年代の初め。28歳のバーのホステス・小林律子は、商社「光和産業」の厚生課長・毛利直樹と男女の関係にあった。直樹の妻で、レディ向けの装飾品・衣装専門店「カンナ」の店長でもある初恵(旧姓・金子)は、律子の中学時代の学友であり、律子がいまだに消えない憎悪の念を抱いている女王様然とした女性だった。そんななか、直樹は妻の初恵の殺害に乗り出し、律子を巻き込むが、犯行の直後、律子は何者かに襲われて昏睡。律子が居合わせたカンナにも火が放たれ、律子は全身に大やけどの重傷を負う。律子は初恵と誤認されて大病院に収容され、直樹も口裏を合わせたまま、包帯姿の「毛利初恵」として治療を受ける。だがそんな律子の周囲に、殺されたはずの初恵の影がちらつきはじめた。そんな一方、光和産業の青年社員・潮田昭二の周辺では、思わぬ殺人事件が生じていた。 霧島三郎シリーズの第五長編。 元版のカッパ・ノベルス(第49版)で読了。 物語の中盤、一部の叙述から、作者がこんな書き方をするのなら、では……と先読みできた気になるが、そんな甘い考えでいると、事態は二転三転、えー、えー、と驚かされる。 読後にX(旧Twitter)で本書の感想を拾うと、高木彬光のあまり語られざる、知られざるベスト級作品扱いしているミステリファンも何人かいるようで、納得! の出来。 ネタバレになるのでもちろん詳述は控えるが、物語、事件全体の構造についての着想が素晴らしい。 真犯人も相当に意外だが、作者の頭にはかの欧米の某作品が頭にあったのでは? とも思った。とんがった犯人像は、いかにもこの作者らしいかも。 得点的には稼ぎまくる秀作だが、蟷螂の斧さんのおっしゃるいつの間にか忘れられた部分もたしかにあり、完成度という意味で傑作にはなりきれなかった優秀作、というところ。それでも霧島シリーズの長編のなかでは、確実に上位に来る出来であろう。 (評者はまだ未読の長編が二冊残っているが。) いや、最後の最後までおもしろかった。 |
No.1890 | 7点 | ハンガリアン・ゲーム ロイ・ヘイズ |
(2023/09/28 18:46登録) (ネタバレなし) 1970年代前半。「私」ことアメリカの諜報局員チャールズ・レムリーは、1956年にハンガリー国内の内乱で死んだはずの軍人で、当時の同国内で殺人鬼として恐れられたジューロ・ヤーカツ大佐が、現在もまだ生きていると認めた。ヤーカツの軌跡を追うレムリーは少しずつ、予期せぬ秘密の謀略に接近してゆく。一方「請負人ジョニー」ことベテランの暗殺者リチャード・T・ハゴビーアンは、デトロイトの殺しの仲介人バーニーの斡旋で一人の老人の殺しを請け負うが。 1973年のアメリカ作品。 作者ロイ・ヘイズは1936年にロスアンゼルスに出生。生活に困って処女長編の本作を書いたが、日本ではこのあと邦訳も出ず、21世紀の本邦では完全に忘れられた作品、作家になっている。 (本国でのその後の活躍とかは知らない。) 半年ほど前にブックオフの200円棚で見つけ、大昔にちょっとかっこいい装丁、邦題だと思って気にとめた記憶を思い出し、なんとなく懐かしくなって購入。そして昨夜、読んだ。 物語は一人称の主人公レムリーの動向を追う流れと、暗殺者ハゴービアンの軌跡を綴る三人称のパート、その二つが後半のある時点まで交互に進行。 ちょっとバリンジャーなども思わせる構成だが、翻訳・小菅正夫の達者さもふくめてスラスラ読めた。 ただしお話そのものは相応に入り組んでおり、ちょっと気を抜くとストーリーの脈筋を見失いかけないが、評者は人物メモをとりながらいつものように読んだおかげで、なんとか最後まで持ちこたえた(と、言いつつ、読後にその人物メモ一覧を見て、再発見することもあったりしたが・汗)。 よくいえば作風は、話が錯綜する分、見せ場は間断ない感じで面白い。 主人公レムリーが不要な殺人を厭いながらも、必要とあればサディスティックな尋問・拷問なども是とする辺りの残酷描写とか、ハドリー・チェイスの雰囲気を思わせる。クライマックスの山場シーンも、なかなか鮮烈。 終盤に明かされる大ネタは、ちょっとSF? チックともいえるテクノロジーへの接近で、情報の記録・伝達技術が進化した21世紀からすれば正に大昔の科学観だが、作中で踏みつけられた登場人物の境遇もあいまって、妙な情感をそそる。 欧米ではボンドとル・カレを足して二で割った、さらにフォーサイスなども意識したとかの評を得たようだが、個人的にはアダム・ホールのクィーラーあたりの影響なんかも見やったりする。あ、もしかしたら、ジャンルは違うが、悪党パーカーあたりの影も感じるかも。 実際、レムリーの物語はそのままシリーズ化されてもいいような感じだが、前述のように邦訳はこれ一冊だし、その後の本国での作者の活躍なども特に意識しない。 たまたま出会って、それなりに面白かった、行動派のエスピオナージ、そんな一冊である。 |
No.1889 | 9点 | 十戒 夕木春央 |
(2023/09/28 04:19登録) (ネタバレなし) 面白いとかつまらないとかいう以前に、画期的なヒット作がひとつ出ると、送り手は柳の下の泥鰌を周囲から要求されるんだろうなあ、というのが第一印象。 それくらい今回の大設定には<クライシスもの+フーダニットパズラー路線>という、そうそう続投できるわけでもなかろうものを、むりやりまた仕立て上げた強引さを感じ、いささかシラけた気分もあった。 とはいえ一方で、そんなヤワな見定めに留まる作品でもないだろうという期待もあったので(この辺、かなり勝手な受け手である)、中盤の展開から少しずつ居住まいを正しながら読み進めたら、クライマックスはさすが! の歯応えだった。 しかし何といっても、最高なのはラストに浮かび上がる、あの趣向であろう。 小説そのほかのフィクションは、作者の思い付きの着想をとにもかくにも形にすることから、まずそこにロマンの萌芽が生じると思うが、これはそんな趣向・アイデアがものの見事に華開いた仕上がり。 しかしほんのわずかも、モノを言いにくい趣向で仕掛けだな。 この最後の大技で、この評点。 |
No.1888 | 6点 | むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。 青柳碧人 |
(2023/09/27 06:20登録) (ネタバレなし) いつの間にか「日本のむかしばなしをミステリーで読み解いた『むか死』シリーズ」という公称がついていたシリーズの最新巻にして、いったん? 終了の最終巻。 今回は短中編が五本収録。以下、メモ&寸評・短評。 「こぶとり奇譚」……こぶとり爺さんネタ。 割とオーソドックスな特殊設定パズラーで(なんか形容矛盾な気もするが)アイデアは、よく? 見るものという気もするが、アレンジは面白いかも。 「陰陽師、耳なし芳一に出会う。」……耳なし芳一&陰陽師ネタ。 これも特殊設定ゆえのロジックで、結末のサプライズはそれなりだが、一方でやっぱり既視感があったりする。うーん。 「女か、雀か、虎か」……舌切り雀&「女か虎か」ネタ やりたいことはわかるけれど、ひねりすぎて面白味を失った印象。悪い意味で思い付きを形にしてしまった感じがある。 「三年安楽椅子太郎」……傘地蔵ほか まとまりの良い一本。探偵役の設定が急に(中略)だが、これは次のエピソードと姉妹編のため。 「金太郎城殺人事件」……金太郎ほか 前の短編とリンクする中編で、本書中、いちばん長い。「そして誰もいなくなった」リスペクトのクローズドサークルものだが、真犯人の正体と動機がやや唐突。とはいえこれはこの分量の作品では、うまく伏線を張るのも難しいだろうな、とも思う。 個人的には「むか死」シリーズの前冊よりは面白かったが、さすがにマンネリを感じたりもしてきた。作者や編集者もそうおもったから、打ち止めにするんだろうな。 とはいえ、こーゆーの、またしばらくしたら読みたくなるような気もするけど。 |
No.1887 | 7点 | 聖者に救いあれ ドナルド・E・ウェストレイク |
(2023/09/26 17:29登録) (ネタバレなし) マンハッタンのビジネス街のど真ん中にある、聖クリスピヌス修道院。そこは現在、老若あわせて全16人の修道士(ブラザー)が集う、創設およそ200年の建築物だ。ある朝、「私」こと34歳のブラザー・ベネディクトはニューヨークタイムズの文化面コラムで、自分たちの修道院を含む一帯が、土地開発事業の対象になっていると知る。慌てて現在の不動産状況を再確認した一同だが、一世紀前の99年におよぶ賃貸契約はもうじき切れようとしていた。しかも建物の法的所有者で、毎年の家賃は信者の寄付という意味合いで修道院から徴収してこなかったフラタリー家は、これを機に開発会社に修道院の建物を売却(取り壊しを許可)する意向のようだ。修道院長で64歳のブラザー・オリヴァー以下の面々は、住み慣れた自分たちの生活の場を守るため、右往左往するが。 1975年のアメリカ作品。 ウェストレイクのノンシリーズ作品で、狭義では(いやたぶん広義でも)ミステリとはいえない普通小説。とはいえ作者自身はもともとは、窮地の修道士たちがピンチ打開のために盗みを働くクライムコメディとして構想していたとしたらしく、実際の劇中でも、強盗や、書類の器物破損、無断盗聴などいくつかの犯罪も登場する(まあそれでもミステリ味は希薄だが)。 作者自身は完成したものを、犯罪の出てこない(実際には前述のとおり、ちょっとあるが)犯罪小説、と呼んでいるようである。 大都会のなかの狭い生活空間で長年暮らし、まともに電車すら乗ったこともない、タクシーも使わないような修道士たちが突然の窮状に陥って難儀し、調子っぱずれな行動を重ねて逆転をはかるシリアスコメディだが、普通人なら常識? の事項に戸惑う図、大家のフラタリー家、開発会社、そのほかの関係者との折衝や駆け引きなど、積み重ねられるデティルがいかにも作者らしい職人芸で楽しめる。 もちろん主人公側16人の修道士たちの、適度に濃淡をつけた描き分けも達者。 それらに加えて、フラタリー家の長女アイリーンと主人公ブラザー・ベネディクトの恋の行方が、物語の前半からストーリーの大きな軸となる。 現行のAmazonのレビューでは、読み手の方に宗教(主人公たちはローマン・カトリック系)の知識がないとちょっと……の旨の意見もあったが、個人的にはそんなことはまったくなく、自分のような特にキリスト教の専門的な素養のない者でも、普通に楽しめた。 ブラザー・オリヴァーと、開発会社の代表ロジャー・ドウォーフマンの、自分たちの立場を肯定しようとする聖書からの引用合戦など十分に笑えたし、同シークエンスにオチをつける主人公ブラザー・ベネディクトの一言なども愉快。 ラストの決着は、良くも悪くも作者が王道を選択した、という印象だが、送り手も20世紀の前半からあるようなトラディショナルなストーリーを狙ったのだろうし、このクロージングで妥当だろう。 中期以降のウェストレイク諸作のファンなら普通に楽しめるはずの一冊。 末筆ながら、主人公ブラザー・ベネディクトがお金の倹約のため、一般人ならまずしないような行為(特に犯罪行為でも非常識な行為でもないので、ある意味で、無駄に? 些事に金を使う一般文明人への風刺の側面もある)をして警官に渋面で補導、保護されるシーンがあるが、そこでブラッドベリの短編の話題が出てきてちょっと楽しくなった。作中で登場人物が作品の題名を言わないので、何という作品かは未詳だが、たしかに話題にする内容は読んだ覚えがある。 |