石の林 |
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作家 | 樹下太郎 |
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出版日 | 1961年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2024/11/26 14:28登録) (ネタバレなし) 昭和30年代の半ば。中堅企業「的場アルミ」の販売課長で46歳の速水竜伍は、亡くなった先妻との間の18歳の長女で今はBG(ビジネスガール)の麻子、後妻の34歳の紀代そして彼女との間に生まれた9歳の次女・やす子、長男で6歳の一郎とともに平凡で平穏な生活を続けていた。だがその年の5月、速水の部下で中途採用だった30歳の青年・三谷崇が睡眠薬で自殺らしい変死を遂げた。三谷は好青年だが酒に弱い一面があり、それで当人も深く苦悩していたことから、それが自殺の動機と思われる。しかし三谷の同僚で婚約者でもあった27歳の高遠万千子はさることから、その見解に疑念を抱いた。 1961年に昭和旧作ミステリファンにはおなじみ、東都ミステリーの一冊として刊行された作品。文庫にはなってないようなので、元版の古書をネットで見つけ、そこそこの値段で買った。 物語は全9章に分かれ、そのうちの最初からの7章にまで「速水竜伍」「高遠万千子」「速水麻子」などメインキャラの名前が章の見出しに使われる。描写は全編、三人称だが、当然、各章ごとに主要人物はその章の見出しの人物が軸になる多視点描写の作り。 事件性の核は三谷の死だが、もうひとつ、一時期、継母との折り合いの悪さから非行に走っていた麻子が、その時の同世代の愚連隊につきまとわれる事案があり、こちらも麻子の父で主人公格の速水を悩ませる事由となる。 登場人物たちの立場の推移を追いながら、同時に隠されていた真実が暴かれていくタイプの真っ当なサスペンスミステリ。 現代の作品でいえば伊岡瞬か天祢涼の一部の諸作に通じるような、家庭と職場の周辺(というか生活の場)に物語の軸足を置いたヒューマンサスペンスという趣だ。 決着には正直、大きな意外性はないが、劇中の登場人物たちの弱さやしたたかさ、切なさを冷徹に見つめる一方、人の心の強さや温かさにも目を向ける作者の人間観は感じられ(特に速水家周辺のクロージング部など)、全体的に悪くはない佳作といった出来。ものの考え方が部分的にいかにも昭和風なのは、まあ当然、本作がその時代の作品だからということで了解。 本文一段組。大き目の級数の活字で200ページ前後。スラスラ読めるが、それなりの読後感は残る一作。 |