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ミステリの祭典

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密偵
別題『スパイ』『シークレット・エージェント』

作家 ジョゼフ・コンラッド
出版日1966年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2024/10/28 20:54登録)
(ネタバレなし)
 20世紀初頭。ロンドンの一角のブレット街。そこで文具屋を開く40歳代の紳士アドルフ・ヴァーロックは、美貌の若い妻ウィニーと、彼女の母の未亡人、そしてウィニーの弟で少し知恵遅れだが純真な若者スティーヴン(スティーヴィー)とともに日々の生活を過ごしていた。だがヴァーロックには、某大国の大使館から仕事を請け負う諜報工作員という裏の顔があった。そんなある日、大使館の若手書記官ウラジミルはヴァーロックを呼び寄せ、グリニッジ天文台の爆破を指示した。

 1907年の英国作品。
 近代の欧米エスピオナージュ小説の系譜を少し探求すれば、たぶん確実にどこかで名前が出て来るはずの名作だが、まだ本サイトにもレビューはない。
 自分自身もそのうち読みたいと思って今世紀の初め辺りに岩波文庫版を古書で購入していたが、このたび思いついて読んでみる。

 くだんの岩波文庫版は1990年当時(80年代末)の新訳で日本語としては平易だが、原文のくどくて緻密な言い回しをしごく丁寧に翻訳しているため、読むのにそれなりのカロリーを消費した。
 とはいえこの手の古典名作にはよくあることだが、一度波に乗ってくるとスラスラ話が進む。

 前半のあるタイミングで省略法で話がいっきに進み、そこからしばらく劇中人物の視点が分散する辺りでちょっとストーリーの流れがもたつくが、後半の山場でふたたび特定のメインキャラたちに焦点が絞られると以降の加速感は並々ならぬものがある。
 最後は、どういう形で物語が決着するか、作者が描こうとする人間模様に黙って付き合うしかない(終盤、ちょっと忘れられてしまった気配のメインキャラも、いないではないのだが……)。

 大枠では確かにエスピオナージュなんだけど、どっちかというとその文芸設定を背景においた群像劇という感じ。
 作者はのちに本作を自ら戯曲化したようだが、なるほど確かにヒトケタの頭数のメインキャラで実質進行するような舞台劇っぽい趣もある。

 19世紀末~20世紀初頭の時代の、後半になって物語性を浮かび上がらせてくる英国の小説。
 作者的にはベストセラーを狙いたかったようだが、暗くて重いので売れなかったらしい。でも、そんな作風が
本作の魅力で味なのは間違いない。
 もうちょっと後のバカンよりは、のちのちのグレアム・グリーンの方に繋がっていく流れだな。

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