home

ミステリの祭典

login
青い車さんの登録情報
平均点:6.93点 書評数:483件

プロフィール| 書評

No.163 7点 絶叫城殺人事件
有栖川有栖
(2016/04/03 16:16登録)
以下、各話の感想です。
①『黒鳥亭殺人事件』 誰が犯人か神経を尖らせて読んだのですが、なるほど、騙されました。意表を突く真相もいいですが、アリスが子供と遊ぶときのやりとりも面白いです。
②『壺中庵殺人事件』 他殺であることはあっさり警察に見抜かれた殺人事件。ポイントは密室トリックの一点ですが、特殊な部屋の構造を利用したトリックには素直に感心。短めにまとまっているのも好ましいです。
③『月宮殿殺人事件』 ある豆知識ひとつを基に組み上げられた話。アイディアは乏しいはずなのにちゃんとミステリーとして成立しています。しかし、ミステリー作家は色んなことを創作に活かしてきますね。
④『雪華楼殺人事件』 そうそう起こらない偶然により成立した不可解な状況。受け付けない人もいそうですが、記憶を失った少女の謎も絡めたストーリーには引きつけられます。
⑤『紅雨荘殺人事件』 トリックはわりとシンプル。しかし、相変わらず「なぜそんなことをしたのか」の設定の上手さは冴えています。証拠の提示もフェア。難点は犯人の心情に入り込めなかったところでしょうか。
⑥『絶叫城殺人事件』 シリアル・キラーものですが、蓋を開けると作者らしいトリックの本格パズラーとなっています。そして、何と言っても連続殺人の動機の不条理さがインパクト大です。

個人的ベストは②か⑤ですが、他の作品も水準以上と思います。特に③のような作品も嫌いじゃないです。さまざまなパターンのトリックが楽しめるお得な一冊。不満があるとすれば、①などはタイトルの雰囲気と内容がマッチしてないところでしょうか。


No.162 5点 高原のフーダニット
有栖川有栖
(2016/04/03 15:40登録)
以下、各話の感想です。
①『オノコロ島ラプソディ』 冒頭で語られる「叙述トリックについて」が真相にリンクしていますが、純然たる叙述トリックではない奇妙なひねりが加わった作品。どこか亜愛一郎シリーズを思い出させるロジックです。
②『ミステリ夢十夜』 本格的な短篇にはできないもののユニークな奇想を大放出したようなショート・ショート集という印象。個人的には、第八夜のアンチ・ミステリーを思わせる館の設定が記憶に残りました。
③『高原のフーダニット』 田舎の牧歌的な雰囲気を活かしきれていないのがやや不満です。また、火村の推理は「こうすれば可能」の域を出ず、他の方法の存在を完全に消去していません。大きな粗はないもののパワー不足に感じました。

 ③が蠱惑的なタイトルの割には小粒なのが残念。残るふたつはなかなか楽しいものの、メインディッシュではなくあくまでおいしい前菜というべきヴォリューム感です。必読レベルの作品がないため採点は少し厳しめです。


No.161 9点 江神二郎の洞察
有栖川有栖
(2016/03/15 19:20登録)
 以下、各話の感想です。
①『瑠璃荘事件』 講義ノートの盗難とはかなり小規模な事件ですが、骨格は案外しっかりしたミステリーと言えます。トイレの電球が鍵になるアリバイ崩しで、江神部長の推理が冴えています。
②『ハードロック・ラバーズ・オンリー』 分量は短いですが、伏線と真相の驚きがちゃんと両立した佳作です。
③『やけた線路の上の死体』 本短篇集で唯一殺人事件を扱っています。トリックは似たようなものがいくつかあるそうですが、サークルの四人がああでもない、こうでもないと推理をひねり出す様子が楽しいです。
④『桜川のオフィーリア』 『女王国の城』でも少し出てきた石黒操の登場作品です。人間の機微が繊細に描かれており、本来は僕の嗜好ではないはずなのに面白く読めました。
⑤『四分間では短すぎる』 まさに『九マイル~』の発展形。論理の奔放な飛躍の連続が魅力的です。オチも別に不満ではありません。そもそも、少ないヒントから完全に精密な答を出すのは無理な話で、ディスカッションの過程を見るべきだと思います。
⑥『開かずの間の怪』 タネが割れてしまえば何でもない感じです。他の作品同様、主要メンバーの掛け合いは実に愉快なので、読んで損はなし。
⑦『二十世紀的誘拐』 人質は一枚の絵、身代金は千円という奇妙な誘拐事件。盗難のトリックはシンプルながら効果的です。実は動機の方がポイントになる作品と思います。
⑧『除夜を歩く』 モチの書いた小説はかなり拙くて、正直退屈なのは否めません。しかし、それを俎上に載せたミステリー論的なパートは一読の価値ありです。
⑨『蕩尽に関する一考察』 アリスが二年生になり、マリアが入部してから最初の事件。古書店主人の奇妙な行動が思わぬ意味を持っていたことが判明したときは驚くと同時に感心しました。事件を食い止めることができた、という救いのある結末もいい読後感を残します。

 ミステリー的に小粒な作品も見られますが、推理研メンバーの一年を読むことができる感慨も手伝ってかなり高評価。特に⑤と⑨がお気に入りです。


No.160 7点 菩提樹荘の殺人
有栖川有栖
(2016/03/15 18:37登録)
 以下、各話の感想です。
①『アポロンのナイフ』 変則的な犯人・ホワイの意外さに驚かされる異色作。少年犯罪がテーマとなっているのも、有栖川さんがやっていそうでやっていなかった切り口で新鮮です。
②『雛人形を笑え』 ミステリーとしては小粒でやや物足りない印象。お笑い界で這い上がろうともがく若者を追う方に話が逸れ気味なのも気になります(ただし、そこもけっこう面白く読めはします)。
③『探偵、青の時代』 火村の大学生時代のささやかな活躍を描く、ファンには嬉しい一篇。彼の微笑ましい一面が見られるオチもいいですね。
④『菩提樹荘の殺人』 被害者の状態は『スペイン岬の謎』を想起させます。シンプルで明快なロジックも往年のエラリー・クイーン的。古風な素材をアンチ・エイジングという現代的な話題に乗せているのも面白いです。

 総じてなかなかの中篇・短篇がそろっています。コンセプトの「若さ」がいろんな角度から描かれておりお得感があります。ただ、一番面白かった表題作にしても長篇にするにはボリューム不足な謎解きで、中篇がちょうどよい分量です。少し前に、何かのコメントで有栖川さん自身が「最近、短篇にちょうどよいネタをよく思いつく」というように書かれているのを読みました。やはりファンからしたら長篇をもっと読みたいのが正直なところ。2016年には長篇二作(うちひとつは国名シリーズとのこと)出すのが目標らしいので期待したいです。


No.159 8点 ガーデン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2016/03/09 12:39登録)
 9作目となる本作は原点に立ち帰ったようなストレートな本格ミステリーとなっています。犯人のキャラが薄いのがやや不満ではあるものの、小粒ながらもしっかりとした銃声のトリック、ブザーを利用した計画の軌道修正、犯人の致命的ミスなど、様々な要素が含まれており、まさに古き良きパズラーを思わせます。また、ファイロ・ヴァンスの饒舌が抑えめになり、すっきり読みやすくなった文章には好感が持てます。
 競馬の出馬表が入っているのも面白い趣向で、20世紀アメリカの娯楽がモチーフとなる本作の印象をより強めています。クライマックスでのヴァンスの芝居がかった大復活劇も見どころで、個人的には名探偵の冒険譚としても楽しめる名作としてお薦めしたいです。


No.158 6点 カシノ殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2016/03/09 12:25登録)
 後期のヴァン・ダインの試行錯誤が見て取れます。最初期にはなかった特殊な謎の設定で、今回は未知の毒物をめぐるストーリーがポイントとなります。序盤から事件が続発する刺激的な展開が読む者を引きつけ、そこもこの時期ならではの作者の工夫だと思えます。
 大きなミスディレクションを除けば、実はかなり単純な事件です。毒殺のトリックは、多少薬学の知識がある人ならば見抜くことは可能だと思います。作者がどれほどその道に精通していたのかは知りませんが、8作目にしてはじめて毒殺をメインにフィーチャーした意欲は高く買えます。
 もうひとつ特徴的なのはサスペンスフルなクライマックスです。個人的にはアリだと思いますが、ヴァン・ダイン作品にはミスマッチという声もあるようで難しいところですね。あと、ギャンブルに興じる人々を描こうとしたのかもしれませんが、内容的にカジノは特別重要ではありません。そこは次作『ガーデン』でより上手く扱われます。


No.157 5点 ドラゴン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2016/03/09 12:06登録)
 ヴァン・ダインの六作限界説はまったく当てにならないとは思うものの、他と比べると劣るのは否めません。
 カーばりの怪奇的な事件にファイロ・ヴァンスが挑戦する、という試みは悪くないです。プールに飛び込んだ青年が跡形もなく消え去る、この謎の求心力は『ケンネル』にも負けません。しかし、その魅力的な謎の提示に対し、トリックがあまりに頼りないという問題があります。特に竜の足跡については完全に肩透かしです。そもそもダイナミックなトリックを得意とする作家ではないため、発端の怪奇性と謎解きのせせこましさからアンバランスな印象を受けてしまいます。そして何より、犯行機会がもっともあるのは誰かを考えれば犯人が割れてしまうという弱さがあります。
 推理の面白さ次第では異色の傑作になってもおかしくなかったと思うので、かなり惜しい作品です。


No.156 9点 白昼の悪魔
アガサ・クリスティー
(2016/03/06 21:29登録)
派手な趣向に頼らずとも面白い作品は書けることを証明した作品です。
トリック自体は発表当時ですでに手垢の付いたものだったのではないかと思います。しかし、さり気ない手がかりの分散配置はまさに女流作家ならではのセンスを感じます。そしてそれらが最後すべて意味を持っていたことがわかる解決篇は快感。クリスティーの伏線を「ただのほのめかし」と批判する人もいますが、彼女はクイーンやクエンティンのようなガチガチの本格作家ではありません。手がかりになりそうにない事象を手がかりとする繊細な職人芸を素直に楽しむべきです。その最たるものは冒頭のポアロのセリフ、犯人が我々に与える先入観です。
『ナイルに死す』とシチュエーションがかなり近いのが興味深いです。しかし『ナイル』がミスディレクションで大きなトリックを覆い隠しているのに対し、『白昼の悪魔』では細かい技巧に注力しており、異なる魅力があります。


No.155 6点 予告殺人
アガサ・クリスティー
(2016/03/06 21:15登録)
ミステリーの評価は時代によって移ろうもののようで、本作は後年評価が下がってしまった典型に思われます。
トリックは独創的で、他の代表作と肩を並べられるものといっていいでしょう。実験まで行って執筆したという裏話も面白いです。しかし、いかんせんストーリーが平板で、クリスティーにしては珍しくあまりグイグイ読ませる勢いがありません。逆に推理の対象となるのが第一の殺人のみで、第二の殺人はあくまで成り行きで付随したものに過ぎない、という悪い意味でクリスティーにありがちな弱点も気になります。犯人も特に意外ではなく(動機まで推理するのは難しいけど、勘でピンと来てしまう感じ)、フーダニットとしての魅力も薄いです。
現在、マープル・シリーズのベストに挙げる人とイマイチとする人に大きく分かれています。僕は擁護したい派ですが、アガサならこれよりも面白いものは沢山あるよ、というのが本音ですかね。


No.154 7点 ポケットにライ麦を
アガサ・クリスティー
(2016/03/04 23:38登録)
犯人に意外性はない、というよりそこは狙っていない作品。動機もクリスティーとしては特に珍しくないパターンです。しかし、マープル・シリーズの中では本格ミステリーとしてもっともソリッドな作品と言っていいと思います。ミス・マープルが可愛がっていた少女が殺されたことで、怒りを見せる珍しい作品としても有名です。
今回、事件のモチーフは作者も何度か使っているマザー・グース。もっとも有名な童謡殺人といえば『そして誰もいなくなった』ですが、『そして誰も~』ではあくまで演出上のギミックであったのに対し、本作においてはトリックの要です。そのメイン・トリックは小粒なもののよく練られています。錯誤を与える効果に加え、無関係なようで犯人には必要だった殺人を紛れ込ませることで動機を見えにくくする効果を挙げています。
リーダビリティの高さは相変わらずで、軽い口当たりですがしっかりパズラーの醍醐味も備えた佳作です。


No.153 6点 ゴルフ場殺人事件
アガサ・クリスティー
(2016/03/04 23:18登録)
ポアロ・シリーズ第二長篇。邦題も原題の『MURDER ON THE LINKS』ともに味気ないのが残念。特にゴルフ場を現場にする必然性もないですしね。
内容の方は、トリックの骨格が非常によくできています。何人もの人間の思惑が交錯することで複雑化する事件は実にクリスティー的です。ポアロも重要人物の過去を探り、そこから理路整然と謎を解き明かしてくれます。
ただし、その描き方は後の作品よりも劣ります。他の傑作で見られるような、巧みな人物描写や繊細な伏線はまだ完成されていません。他のサイトでもっと円熟した時期に書かれれば傑作になり得た、という意見を見かけましたが、そこは同感です。
その他には、ヘイスティングズ大尉の恋を読むことができる、というファンには嬉しい見どころがある作品です。


No.152 7点 ひらいたトランプ
アガサ・クリスティー
(2016/03/03 16:14登録)
評論家の霜月蒼氏は「ここには殻しかない」と書いてあまり評価していませんが、僕は隠れた佳作だと思っています。
カードが推理の鍵を握っている点ではヴァン・ダインの某作を思い出させます(あっちはポーカーで本作はブリッジ)が、こちらの方がより事件とゲームが密接な関係にあります。プレイ中にすぐ近くの椅子に座った被害者を刺殺するという劇的な演出が抜群で、ダインなら華美なペダントリーで文章を飾り付けるところですが、アガサはハッタリを用いず盛り上げています。この辺からも特色の違いがわかり面白いところです。
容疑者はわずか四人だが全員が以前人を殺した疑惑がある。この設定も実にいいです。犯人が誰かが見どころではないところは『五匹の子豚』と通じるところがありますが、本作の面白みは次々と容疑者たちに疑いを向けては再考を繰り返すプロットで、人物の感情を紐解く『五匹の子豚』より乾いたところにあります。
最後のポアロの推理も、作者の女性ならではの細やかさが感じられ見事です。別にブリッジのルールを知らなくても読めるので、少なくともアガサのファンなら読むべきです。


No.151 5点 イニシエーションラブ
乾くるみ
(2016/03/03 15:08登録)
(ややネタバレです)



叙述トリックそのものは優秀です。一行で物語がすべてひっくり返る様は確かに圧巻。ただし、その最後に至るまでの過程があまりに物足りません。いや、けしてつまらないとは思わないのですが、推理小説として見るにはあまりに内容が乏しいのです。
たとえば『オリエント急行』も中だるみするところがありましたが、ちゃんと事件があり、捜査をし、聴き取りするシーンがあったのでミステリーの熱心な読者ならまず途中で投げ出すことはないと思います。ところが、『イニシエーションラブ』は事件すら起こりません。例の一行の前はただ延々とありがちな青春小説を描くのに費やされており、本作はミステリーというより単なるどんでん返し小説というべきに思えます。
読後感の気持ちの悪さもあまり好みでなく、評価は厳しくなります。割とすっきりした文章で、さらりと読めるところはいいですが。


No.150 8点 ふたりの距離の概算
米澤穂信
(2016/03/02 22:46登録)
『クドリャフカの順番』では高校文化祭での騒動を描いていましたが、今回は現在と過去のパートを交互に並べ、マラソン大会の道中で謎解きが行われます。感心するのは、青春ミステリーという推理が緩くなりがちなジャンルでありながら、ひとつひとつの推理が意外にも緻密であるところです。部員勧誘の謎や、カフェの店名当てなど、しっかり地に足の着いたロジカルさが楽しめます。特に伏線の張り方が巧みで、派手な事件こそ扱ってはいませんが、作者が本格ミステリーを描く実力も備えていることを示しています。新入生、大日向友子の心情を描いた瑞々しい青春小説としても上質な良作。


No.149 7点 遠まわりする雛
米澤穂信
(2016/03/02 22:22登録)
古典部シリーズ第四弾。主人公ホータローたちが高校入学してから二年生になるまでの一年間を描いた短篇集。温泉合宿、初詣、バレンタインなど定番のイベントを追っており、ファンなら間違いなく楽しめる内容です。ミステリー的には弱いようでいて、誰もが経験したことがあるような錯覚を利用した『大罪を犯す』や、メッセージのアイディアが面白い『あきましておめでとう』などは素直に感心させられました。


No.148 6点 火村英生に捧げる犯罪
有栖川有栖
(2016/03/02 15:05登録)
短篇四作プラス掌篇四作という珍しい収録の本。掌篇はどれも短いならではのキレがあるものばかりで、かなり楽しめます。特に『殺風景な部屋』はシンプルながらも印象に残るダイイング・メッセージの解明でお気に入り。次いで『偽りのペア』がユーモラスなオチで好きです。
しかし、残る四つの短篇は個人的にあまりヒットしませんでした。別に水準を大きく下回るものはないのですが、ワクワクさせる表題に期待値が上がりすぎてしまったのかもしれません。強いてベストを挙げるとしたらやはり表題作『火村英生に捧げる犯罪』でしょうか。変な期待値を持たず、軽い気持ちで読めば十分面白い本ではあります。

以下、ショート・ショートを除いた各話の感想です。
①『長い影』 トリック、ロジック、犯行経緯といった要素はしっかり押さえているのですが、期待を上回る新鮮さやエネルギッシュさがないのが残念。
②『あるいは四風荘事件』 亡くなった警察小説の大家が残した本格推理小説のアイディアを読み解く話。これにも「もっと面白くできるだろう」という欲が残ります。推理作家らしいメタ的な視点で謎を解こうとするアリスの姿は面白いです。
③『火村英生に捧げる犯罪』 タイトルからすごい名犯人が出てくるのかと思ったら、他に例を見ないほどの小物っぷり。このことを指摘する人は多かったようで、文庫版あとがきでは作者の通じなかった意図が知れます。犯人の隠された思惑がユニーク。
④『雷雨の庭で』 犯人からはトリックを仕掛けず、アクシデントのような殺人により成立した現場の状況。今ひとつ面白みを欠いた真相です。


No.147 8点 朱色の研究
有栖川有栖
(2016/03/02 14:14登録)
幽霊マンションでの殺人に遭遇する火村とアリス。この導入部がまずいいです。そのトリックを見破ったと思ったら、今度は過去の岬で起きた殺人が課題となる。ふたつの事件が優れたプロットで流れるように繋がる様が読み応え満点です。
マンションでのトリックは若干危なっかしいように思えますが、その扱いはあくまでジャブのようなものなので、さして不満にはなりません。着想のユニークさを見るべきでしょう。ふたつ目の岬でのトリック解明がメインとなりますが、詳しくは書けないものの法学部出身の作者らしい知識を取り入れていてよくできています。伏線の張り方は弱いですが、意外なものが重要な鍵となる驚きが味わえます。
犯人の動機は評価が分かれるようです。しかし、けっこう丹念に描かれているので僕は許せます。総じてドラマとしてもパズラーとしてもなかなか充実した読後感。ただ、捕捉になりますがTVドラマ版の方は二週に亘ってやった割にはストーリーが割愛され、人物の掘り下げ方が不十分、説明不足なところが目立つといった、不満の多い出来でした。


No.146 4点 アルファベット・パズラーズ
大山誠一郎
(2016/03/01 23:33登録)
読んだ当時はなかなか面白いと思ったのですが、後から思い返してみると奇抜な発想のみに頼った作品が多い印象で、話の肉付けのぎこちなさが目立ちます。レギュラーのキャラクター達も魅力に乏しいというか没個性的で、読み物としての面白さも高ランクとは言えません。抜群の発想力を整合性と両立させ得た『密室蒐集家』あたりと比べると、この時点ではまだまだ作者の筆力は発展途上だと思います。

以下、各話の感想です。
①『Pの妄想』 缶紅茶のロジックがユニークなのは確か。ただし相当強引でもあり、カーペットを使ったトリックも大疑問です。
②『Fの告発』 土台となるトリックは古すぎますし、それ以前に現実味がなさすぎます。これで周りの人間を騙し通せるとは思えません。
③『Cの遺言』 メッセージのトリックは4作中一番です。警察を必要以上に無能に描いているという難はあるもののベストだと思います。
④『Yの誘拐』 最初読んだときは衝撃の結末でしたが、後になって実はありがちの手法だとわかると魅力が半減してしまいました。身代金のアイディアは面白いものの、犯人がこの行動をとった説得力が弱いような。


No.145 5点 びっくり館の殺人
綾辻行人
(2016/03/01 22:36登録)
ミステリーランドのテーマ、「大人も子供も楽しめる」は書く側からしたらかなりの難物なようで、綾辻さんもこれは苦労したのではないでしょうか。正直、傑作とは言い難い出来です。
問題なのは、子供を意識した読みやすい文体とストーリーなようでいて、事件の真相や恐怖を残す幕引は刺激が強すぎるところです。結果として、子供向けとしても大人向けとしても中途半端になってしまったように思えます。トリック自体はなかなか悪くないので、もうひとつかふたつアイディアを足して、大人向けの正統的な館シリーズの一作として書いた方が収まりが良かったのでは?


No.144 8点 ケンネル殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2016/02/28 21:37登録)
 密室の中で死んでいた悪名高い男。その現場をマーカムとともに見に来たヴァンスは、次々と不可解な謎に出くわす。被害者は銃弾で頭を撃ち抜いていたが、背中にも匕首のような刃物で刺された傷があった。また、彼は着替えをし、髪に櫛を入れていながら、靴は外出用のものだった。そして、現場近くにはとばっちりで怪我をしたスコッチ・テリアが……。この奇怪な殺人事件にヴァンスが挑む。
 謎をこれでもかと大放出した作品で、作者の読者を楽しませようという気概を感じます。密室は既存のアイディアを複合させた機械的なトリックで、手堅く理にかなった解決です。しかし、これはあくまで添え物で、メイン・トリックは「なぜ、この状況が成立してしまったのか」です。当時としては誰も考えつかなかったであろう奇想で、後に多くの作家がマネをしたそうです。これはオリジナルのトリック創造が不得意というイメージがあったヴァン・ダインとしては、一番の傑作アイディアと思います。
 他に、劇的な演出による第二の殺人で加速する物語の謎や、犬をロジカルな推理の材料にするところなど見どころが多く、個人的には『僧正』『グリーン家』に次ぐ名作です。

483中の書評を表示しています 321 - 340