パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.13点 | 書評数:622件 |
No.562 | 7点 | 暗闇の囁き 綾辻行人 |
(2024/03/15 18:26登録) 森の奥の洋館に住む不思議で謎めいた美しい兄弟。その兄弟のまわりで、美しくも悲しい残酷な物語が展開される。 思い出せそうで出せない遠い記憶が事件の重要な鍵となっている。子供の頃に誰もが経験したであろう空想の遊び。そんな遊びが純真な子供の将来を狂わせてしまう悲劇。忘れた頃に、過去に蒔いた不幸の種が花開いてしまう皮肉。 前作「緋色の囁き」よりは、謎解き要素がありサスペンス色も強まっている。手掛かりや伏線もしっかりしていて、フーダニットやホワイダニットを読者が推理することが可能となっており、個人的には前作よりも好み。 とはいえ、「囁き」シリーズは謎解きよりも心理的恐怖を煽る独特な描写と、丁寧に構築された世界観の中で儚くも美しく描き出される登場人物たちの心理の移り変わりを味わうのが醍醐味でしょう。記憶へのこだわりや、無自覚であるが故の狂気、脆さが恐怖を増大させる特徴的な心理描写に、謎解き小説の魅力が絶妙なバランスで混ざり合っており読み応えがあった。 |
No.561 | 5点 | 救済 SAVE 長岡弘樹 |
(2024/03/11 06:21登録) 身体的、精神的に何らかの疾病を抱えた人物が登場する「救済」をテーマにした6編からなる短編集。 「三色の貌」震災時の怪我の後遺症で相貌失認症になった宮津勇司が、奇妙な体験をさせられる。震災のどさくさまぎれの犯罪。上司の優しさが救い。 「最後の晩餐」不始末を犯した弟分を兄貴分のヒットマン達川が始末しなければならない。兄貴分や弟分への思いやりが身に沁みる。 「ガラスの向こう側」元警察官の伊関が見事な証拠隠滅を行う。伊関の恋心、経験が物を言う。 「空目虫」介護福祉士の高橋脩平は、ある日入所者の名前を聞いて、聞き覚えがあるように感じられた。驚愕の真相、主人公の笑顔が救いになったと信じたい。 「焦げた食パン」石黒は、ノビ師をしている。安斎宅に侵入し、三百万円を盗むことに成功。そして四年後に再び安斎宅に侵入すると。一人の人生を狂わせてしまった身勝手な犯罪。 「夏の終わりの時間割」小学六年の祥は、友達の信が放火事件の容疑にかけられていることを知る。お互いにお互いを思いやる真っ直ぐな友情に胸を打たれた。 いずれの物語も心地良い余韻が残るが、先が読めてしまう作品が多かったのが残念。 |
No.560 | 7点 | 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼 雫井脩介 |
(2024/03/06 19:36登録) 巧妙に仕組まれた誘拐事件に巻島史彦警視が捜査を担当する。振り込め詐欺の手口を応用した誘拐という意表を突いたアイデアで、警察小説でよくある誘拐事件とは肌合いが異なっている。いかに警察の思い込みの裏をかくかという、欺いて犯人側のリスクヘッジをするかというところに注力した犯罪である。前作は犯罪そのものよりも、警察の内紛やマスコミの卑劣さが目立っていたが、本作はその点は抑えられており、メインは間違いなく誘拐犯グループと捜査陣の対決である。 犯行グループのリーダーは、振り込め詐欺の天才的指南役というキャラクター設定で、人間の異常性やスケール感、カリスマ性、ずば抜けた知力などをエキセントリックな性格を味付けし、説得力を持たせている。 大きな特徴は、被害者心理を読んで騙す、さらには思考停止させるという心理捜査手法が徹底的に応用されること。犯行グループは巧みにミスディレクションを張り巡らし、盲点を突いてくる。特にクライマックスで犯人が打ってくる手はシンプルながら巧妙だ。 |
No.559 | 6点 | つきまとわれて 今邑彩 |
(2024/03/02 19:33登録) 前の作品に登場した人物が、次の作品に登場し関わってくるという、リレー形式の8編からなる連作短編集。 「お前が犯人だ」ある漫画家の妹が、送られてきたチョコを食べ仕込まれた毒で死んだ。二転三転する謎解き、復讐劇やその真意も破綻なくまとまっており巧さを感じる。 「帰り花」継母の死後、形見分けの場で出てきた実母のコート。実母は、このコートを着て男と駆け落ちしたはずなのに、なぜこの場にあるのか。ホラーの雰囲気漂う余韻で終わるが、短編集最後まで読むと雰囲気が変わるところが面白い。 「つきまとわれて」独身を貫く美貌の姉。上手くいきそうだったお見合いを断ると知り、妹が真意を問いただす。この人間心理は、愚かだが納得できる部分もある。見事な反転劇に騙された。 「六月の花嫁」思いがけないことから調査対象者の息子とその婚約者に出会った探偵は、一見とても幸せそうだが違和感を持つ。究極の親のエゴ。恋愛感情までコントロールできそうで怖い。 「吾子の肖像」美術館で見かけた絵の題は、吾子の肖像。母子が描かれているのにこの題はおかしくないか。題の意味を考えた男には、一つの仮説が浮かぶ。背景にあったであろう愛憎を想像すると背筋がゾッとする。ラストで仄めかせるある人物の妄執も生々しい。 「お告げ」ある日、主人公の家に女性が訪れ、「赤い絵を燃やさないと災いが起こる」と告げる。近隣住民にお告げを行っており、その内容が的中しているのだという。女の胸中を思うと、少し切ない。実際にありそうという意味で、うすら怖い。 「逢ふを待つ間に」パソコンで結婚シミュレーションゲームを始めた男。ある時、ミスで妻を死なせてしまう。ゲームなのでリプレイできるのだが。単にゲームにのめり込んだ男の話では割り切れない切なさが印象的。 「生霊」男と駆け落ちした過去を持つバーのママは、夫や子供と暮らす家に戻る夢を見たことがある。夢の中で脱いだコートは、なぜか目覚めた後に無くなっていた。第二話「帰り花」へと話がリンクするのが見事。物悲しいながら救いのある話で読後感良し。 |
No.558 | 7点 | 背の眼 道尾秀介 |
(2024/02/27 19:12登録) 福島県の白峠村にある民宿に作家の道尾は泊まりに来た。道尾はその村で、幽霊のものとしか思えない不気味な声を耳にする。道尾は、大学の友人で霊現象探究所を経営している真備の元を訪れる。そこで道尾は、背中に眼が移り込んだ四枚の心霊写真を目にすることになる。奇妙なのは、その四人全員がその写真が撮影されて数日後以内に自殺しているということだ。しかもその写真は、道尾が聞いた幽霊の声と関わっているようなのだ。 本書は神隠しや心霊写真、田舎の陰惨な連続殺人といった要素があり、ホラーにも横溝正史風な探偵小説のようにもとれる。しかしそのバランスを巧くとり、絶妙に仕上げている。 ミステリとしての解明のロジックの中にホラーとしての要素が、ふんだんに盛り込まれており、幻想ミステリの結構としての理想というべき作品と言えるだろう。作者はあくまでもホラーミステリとして書いたと思われるが、ホラーとしての要素の使い方に特殊ルールを前提とした謎解きを行うSFミステリの影が見える。本筋の話以外にも、ところどころ小さなエピソードを盛り込み、そこに張った伏線を回収していくので厚みを感じる。更に、合理的な結末に収まらないラストも実に巧い。デビュー作とは思えない出来栄えに満足した。 |
No.557 | 5点 | 大相撲殺人事件 小森健太朗 |
(2024/02/22 19:33登録) 大学の留学を希望して来日したマーク・ハイダウェーは、間違えて相撲部屋・千代楽部屋の門を叩いてしまう。通訳として彼の話を聞いていた親方の一人娘・聡子は、この勘違いに気付いて愕然とする。だが逸材を手放したくない親方は、力士として取り組みを続けながら大学受験に取り組んではどうかと提案、マークは力士・幕ノ虎として人気者になっていく。その千代楽部屋を中心に次々と殺人事件が発生し、マークが鋭い洞察力で真相を看破する。 「土俵爆殺事件」取り組んだ瞬間に力士が爆発する怪事件が起きる。トリックは、あっさり暴かれる。どちらかと言えば、マークの紹介がメイン。 「頭のない前頭」千代楽部屋の浴室で前頭の千代弁天が、首切り死体となって発見される。しかも現場は密室だった。トリックもユーモアも今ひとつ。 「対戦力士連続殺人事件」マークの取り組みの相手が次々と殺されていく。バカミス炸裂。御前山の存在感が発揮、動機が興味深い。 「女人禁制の密室」女性が上がれないはずの土俵上で行事が殺される。性差密室ともいうべき、心理的タブーが人間の行動に及ぼす影響を考慮した怪論理に唖然。 「最強力士アゾート」力士を狙った連続バラバラ殺人事件が発生。しかも身体の一部が持ち去られる。占星術殺人事件などでお馴染みのアゾートをこんなトリックに使うとは。 「黒相撲館の殺人」山中の洋館に閉じ込められた千代楽部屋の一行が、黒力士の亡霊に襲われる。まさかの歴史改変ミステリ。無茶苦茶な終わり方。 相撲とミステリの取り合わせは面白いのだが、探偵役のマークを含め登場人物のキャラクターが立っておらず、それぞれの関係性の描かれ方も物足りない点が残念。 |
No.556 | 6点 | 悪魔が来りて笛を吹く 横溝正史 |
(2024/02/17 19:31登録) 宝石商で十名が毒殺されて宝石が奪われた天銀堂事件。事件の容疑者は椿元子爵。彼は謎の失踪をし、娘・美彌子宛てに屈辱に耐えられないという遺書を残し、自殺死体が発見される。しかし、死んだはずの椿元子爵の目撃情報を受けた美彌子は、金田一耕助に調査を依頼する。 椿家では死んだ子爵を降霊術によって呼び出そうという催し物が企てられ、そこに金田一耕助も同席するように依頼される。そして降霊術の最中に事件は起きる。それは恐るべき連続殺人事件の幕開けであった。実際にあった帝銀堂事件を探偵小説的に事件を再構築したらどうなるかと言わんばかりのプロット。 天銀堂事件、椿家での事件、椿家内部の人間関係など構造がかなり入り組んでいる。全編において響き渡るフルートの音色、楽曲名「悪魔が来りて笛を吹く」。この曲が実に重要な意味合いを持ち、結末に衝撃的なものを用意するに至っている。 読み物として面白いことは間違いないのだが、使われているミステリ的要素は、密室トリックを含めて特筆すべきところはなく不満な点がいくつか。全編を覆う異様なムードに浸るのが、この作品を楽しむのに一番いいのではないだろうか。 |
No.555 | 6点 | 此の世の果ての殺人 荒木あかね |
(2024/02/12 06:23登録) 翌年の3月7日に小惑星テロスが阿蘇に衝突し、日本はもとより世界が破滅的被害を受けることが明かされる。運命のその日まであと二カ月余り。それが公表されて以来、不安と恐怖から日本は騒乱状態に陥り、自死する人や衝突地点から少しでも遠ざかろうと日本を脱出する人が後を絶たず、九州にはほとんど人が残っておらず街はゴーストタウン化している。 そんな中、自動車教習所のイサガワ先生とハルは、教習所の車のトランクに押し込まれた女性の惨殺死体を発見する。イサガワは元刑事で、成り行きでハルは捜査の助手を務めることになる。ハルとイサガワは警察に赴き、そこで博多や糸島でも同様の他殺死体が発見されていることを知らされる。なぜこんな時に、わざわざ殺すのか。どうせあと少しで人類が、皆死んでしまうのにという驚きがまず湧き起こる。 テンポのいいシーンを様々な人物が彩る。主役二人のバディぶりや、狂気の正義感イサガワ、拷問された弁護士、飛び込みの検視依頼を引き受けた胆力ある女性医師、警察庁の若きキャリア官僚、逃亡中の兄弟、ハルのひきこもりの弟、福岡残留村なる運命共同体を運営する女性政治家。 もちろん連続殺人の謎も興味深いが、彼女たちの出会いのドラマなど読みどころは多い。極限状況でむき出しになる苛烈な正義感、利他的な献身や犠牲などから生まれる連帯や友情。切なくも心に染み入る温かさがある。 |
No.554 | 6点 | 放課後はミステリーとともに 東川篤哉 |
(2024/02/07 19:22登録) 鯉ヶ窪学園高等部に通う高校生の霧ケ峰涼は、探偵部の副部長。学園内で起こる事件を追いかける8編からなる短編集。 「霧ケ峰涼の屈辱」Eの形をした建物内で、泥棒を目撃した霧ケ峰涼は追いかけるも見失う。衆人環境の中、消えた泥棒はどこへ。本格的密室事件を扱いながら、そのオチには唖然。 「霧ケ峰涼の逆襲」有名芸能人が、密会しているというマンションを張っている芸能カメラマン。その芸能人が消え失せてしまう。トリック自体も鮮やかだし、そのネタを最終的にどう提示するかという仕方も巧い。 「霧ケ峰涼と見えない毒」霧ケ峰涼は、友人の高林奈緒子に頼まれて彼女の居候先へ。そこの主の頭に瓦が落ちてきたのを、誰かが殺そうとしたに違いないと考え推理を頼んだのだ。しかし、その日に主は毒殺されてしまう。トリックがチープすぎて残念。 「霧ケ峰涼とエックスの悲劇」星空の観測会中、UFOらしきものを発見し、地学教師とともに追う。忽然と姿を消したエックス山で、首を絞められた跡のある女性が倒れていた。馬鹿馬鹿しいトリックでユーモアたっぷり。 「霧ケ峰涼の放課後」体育倉庫でタバコを吸っていた不良。霧ケ峰涼たちは見ないふりをしようと思ったが、そこへ生活指導の先生が。しかし、不良が所持していたタバコとライターは探すも見つからなかった。トリックを暴くとさらなる真相が見えてくる構図は見事で完成度が高い。 「霧ケ峰涼の屋上密室」教育実習に来ていた先生が、上から降ってきた女子生徒の下敷きに。しかし、女子生徒の落下時、その建物は密室だと判明する。偶然が過ぎると言われればそれまでだが、偶然を必然に変えるトリックで驚かされる。 「霧ケ峰涼の絶叫」大言壮語の走り幅跳び選手である足立が、グラウンドの砂場で倒れていた。砂場には犯人のものらしき足跡はない。不可能犯罪の謎がコント的なオチで笑える。 「霧ケ峰涼の二度目の屈辱」またもEの形をした建物内で、障害未遂事件が起こる。学ランを着た犯人を追うも、またしても衆人環境の中、消え失せてしまう。思い込みを上手くトリックに使っている。 驚愕するようなトリックや真相はないものの、作者らしいコミカルな雰囲気、魅力的なキャラクターが上手く生かされていて小気味よい。 |
No.553 | 7点 | #真相をお話しします 結城真一郎 |
(2024/02/03 19:28登録) 不気味な雰囲気と違和感で何かがおかしい、というところから事態が進んでいき驚愕の真実が明らかになる、現代ならではの事象を織り込んだ5編からなる短編集。 「惨者面談」家庭教師・片桐が、新たな顧客宅を訪問した時、最初は普通の主婦とその息子に見えたのだが。その後、会話が嚙み合わなくなり違和感を覚える。いくつもの不自然さを読み解いた果てに現れる真相に驚かされた。 「ヤリモク」マッチングアプリがもたらす危険な出会いを描く。何だか上手くいきすぎている気が。ミステリとして今ひとつ。 「パンドラ」娘の真夏から、連続幼女誘拐事件の犯人の顔に似ていると言われる。ある日、自分が精子提供した女性が生んだ我が子から衝撃のメールが。不妊治療の結果から、ある真実が明かされる。知らない方が幸せなこともあるという、タイトル通り開けてはいけないパンドラの箱そのもの。 「三角奸計」東京に住む「僕」桐山と関西在住の茂木と宇治原は、久しぶりにリモート飲み会を開くが。二時間後には、友人の殺意を聞かされ意外な結末に至る。ある人物が行った作戦が見事で、背筋がゾッとする。まんまと騙された。 「#拡散希望」現代文明から遠ざかった離島で、4人の小学生がYou Tubeに目覚めるが。現代らしい事物を題材にしつつ、土台にあるのはあくまでも人と人との関係。やがて浮上する隠されていた関係。動画共有サービスが普及する前には存在しなかった動機で、現実的に十分ありそうな残酷なクライマックスに衝撃。社会批判を織り込んだ意欲作。 いずれも限定的な人間関係がモチーフとなっており、語り手が自分の置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする。その真相を開示していく過程が読ませる。 |
No.552 | 7点 | 戻り川心中 連城三紀彦 |
(2024/01/30 07:01登録) 再読です。流麗な文章、詩的叙情性の中に潜む悪魔的な企みがある5編からなる短編集。 「藤の香」色街に集う男と女。ある者は家庭の事情で売り飛ばされ、ある者は夫の薬代の稼ぎのために。そんな色街で殺人事件が起きる。時代設定が上手く生かされた文学的な香りが濃厚な作品。 「桔梗の宿」梢風館へ行った客が他殺死体で発見された。その死体からは、200円という当時としてはかなりの額の金額が失われていた。何ともやるせない動機が胸に迫ってくる。 「桐の柩」次雄は親分を殺した。兄貴分の貫田が次雄に殺させたのだ。病で半年も、もたなかったはずなのに何故か。逆転の発想の動機が見事だが少し強引か。 「白蓮の寺」鍵野史朗は、幼い時の炎の記憶の中で、母が人を殺すところを見ている。母は誰を殺したのか。鮮やかな反転と意外な動機。 「戻り川心中」大正を代表する天才歌人・苑田岳葉。彼が残した「桂川情死」と「菖蒲心中」は彼の心中事件を題材に自分自身が詠んだ歌で、この二冊で岳葉は名を残したといっても良い。そして彼が起こした心中事件は「戻り川心中」と呼ばれる心中の追随者さえ出た。驚愕の真相、美しくも哀しいラスト。日本推理作家協会賞に輝くのも当然。 |
No.551 | 6点 | 弥勒の掌 我孫子武丸 |
(2024/01/26 07:17登録) 高校で数学を教えている辻恭一は、教え子を妊娠させてしまうという不祥事を起こして以来、妻とは家庭内別居状態だった。ある日、妻がいなくなり嫌気がして出て行ったのだと思い、居場所を探すわけでもなく、捜索願を出すこともなかった。やがて警察から妻の失踪に辻が関与しているのではと疑われるように。一方刑事の蛯原は、汚職の疑いで人事に目をつけられていた。そんな中、妻がラブホテルで殺されたと一報が入る。蛯原は、妻を殺した人間を見つけ出そうとするが。 辻と蛯原の視点が交互の描かれ、それぞれ自分の妻の行方、自分の妻を殺した犯人の行方を捜していく。するとどちらの線からも、怪しい噂が山ほどあるといわれる宗教団体・救いの御手に行き着く。 宗教団体の内部や手口が丁寧に描かれており、辻が宗教団体の体験入信する箇所は読み応えがある。またリアリズムを感じさせる警察の描き方の丁寧さがあいまって物語を支えている。 奇跡を起こさせるという教祖・弥勒様の正体とは何なのか。二人の妻に関わる事件の真相は。小説的な技巧、ミステリ的な技巧を凝らし計算されたカタルシスへ向かう。最終章で明かされる全体の構図は、驚いたが少し無理があるように感じた。作者はこの大仕掛けを成立させるために、古典的な叙述トリックと現代的な機械トリックを大胆に組み合わせている。 |
No.550 | 6点 | 時空旅行者の砂時計 方丈貴恵 |
(2024/01/22 19:18登録) 主人公のライター・加茂は、間質性肺炎に冒され命が危うくなった愛妻を救うため、マイスター・ホラと名乗る正体不明の存在の声と砂時計に導かれ、2018年から1960年にタイムトラベルする。そこでは、妻の先祖である竜泉家で忌まわしい連続殺人が起こり、その後に土砂崩れで一族のほとんどが死亡することになっている。 橋の崩壊によって陸の孤島となった古い屋敷、いわくありげな一族の人々、次々に起きる不可能犯罪、見立て殺人、土砂崩れまでのタイムリミット。本格好きにはたまらない要素が満載。 マイスター・ホラによって説明されるタイムトラベルに付随したルール設定が、あまりにご都合主義と感じられたが、中盤に入ると謎の声の正体や、なぜタイムトラベルする必要があったのかも論理的に説明され、真相と緊密に結びついていることが分かり感嘆させられた。終盤には読者への挑戦状が挿入される。いろいろな要素を詰め込みすぎた感はあるが、異様な犯罪動機もSFミステリならではで満足させられた。 |
No.549 | 6点 | 光と影の誘惑 貫井徳郎 |
(2024/01/18 06:58登録) 重厚な語り口でトリッキーな仕掛けを炸裂させる、誘拐、密室、倒叙、出生の秘密とバラエティに富んだ4編からなる中編集。 「長く孤独な誘拐」森脇耕一の息子が誘拐された。しかし、誘拐犯は身代金を要求せず、森脇に他の子供を誘拐するように要求する。子供を誘拐しておいて、第三者に誘拐させるといった操り構造は、山田風太郎作品を想起させる。森脇の奮闘に胸を打つ。 「二十四羽の目撃者」サンフランシスコ動物園で起きたペンギンの前での殺人事件。第一発見者の証言によると、密室だとしか言いようがない。話自体は面白いが、軽めのタッチで作者らしい作品とは言いかねる。真相も残念。 「光と影の誘惑」競馬場で小林と知り合った銀行員の西村は、小林から現金強奪の話を持ち掛けられ、些細なきっかけからその手引きをする。このトリックは巧妙で、すっかり騙されてしまった。切れ味鋭い傑作。 「我が母の教えたまいし歌」父親の葬儀のために実家に帰省した皓一は、父親が勤めていた会社の同僚から、自分に初音という姉がいた事実を知らされる。連城三紀彦のある短編を想起させる。真相は途中で気付いてしまったが、結末へのプロセスはよく出来ている。 |
No.548 | 5点 | 栞と噓の季節 米澤穂信 |
(2024/01/14 06:54登録) 高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門を主人公にした図書委員シリーズ第二作。 返却本に挟まっていた押し花をラミネート加工した栞。その花は猛毒のトリカブトだった。堀川と松倉は、持ち主を探し始める。校舎裏でトリカブトが植えられていた痕跡を発見し、その場に瀬野という女生徒がいた。翌日、栞は自分のものだと告げた瀬野は、二人から栞を奪い燃やしてしまう。 人は常に他者の視線にさらされている。他者と一体化することで、自分の「個」としての特性を覆い隠し、その場の色に染まった自分に安心する。人の目が気になりだす思春期以降に顕著な行動様式だ。本作は、その成長過程にいる若者たちを鮮やかに描き出している。 堀川と松倉と瀬野の三人は、それぞれの理由で事件の真相と謎を追っていくが、瀬野は大小の嘘をとり混ぜたりするため、事の究明は一筋縄ではいかない。堀川と松倉の二人もまた、自分が拠って立つ規範や信条から、嘘を交え事実の隠蔽を図らなければならない。 嘘をつくというのは本質的には悪とみなされる行為だ。しかし、なぜ嘘をつかなければならなかったのかということを探ると、そこには嘘をついた当人しか理解し得ぬ心の動きがある。嘘を通して生まれる新たな人間関係が素敵な青春ミステリ。 |
No.547 | 6点 | 狐火の家 貴志祐介 |
(2024/01/10 06:53登録) セキュリティの専門家・榎本径と、弁護士・青砥純子の掛け合いが楽しい、密室の謎に挑む4編からなる短編集。 「狐火の家」地方の一軒家で起きた事件は、現場の状況から殺人事件と断じられたものの、密室状態であったことがネックとなり、第一発見者である父親が容疑者に。いわゆる多重解決ものだが、解決のつけ方以外にも、犯人の思考や密室にも見るべきものがあり完成度が高い。二転三転するプロットの密度が濃く、長編として読みたかった作品。 「黒い牙」蜘蛛愛好家が蜘蛛に噛まれて亡くなってしまう。扱いには慣れていたはずなのになぜか。とあるものに仕掛けられたものには唖然とするしかない。 「盤端の迷宮」殺された棋士・竹脇の部屋は密室状態だった。なぜ密室にしたのか。そこから導き出される犯行動機こそが眼目というべきだろう。謎を解くヒントは将棋であり、将棋に対する作者の思いが込められている。 「犬のみぞ知る」以前扱った事件で知り合った、松本さやかが所属する劇団の代表が殺された。被害者はよく吠える犬を飼っており、その犬が意図せずして密室を構成する要素になるのだが。脱力もので馬鹿馬鹿しさが光る。 |
No.546 | 10点 | 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件 白井智之 |
(2024/01/06 19:33登録) 一九七八年十一月十八日、中南米のガイアナ共和国にある密林を切り拓いた小集落ジョーデンタウン。そこはジム・ジョーデンを教父とする教団「人民教会」の信者たちが、世俗に背を向け奇跡を信じて暮らす楽園だった。しかし、ジョーデンの号令のもと、二百六十七人の子供たちを皮切りに、計九百人以上の人間が服毒自殺に走り、ジョーデン自身も拳銃で自らの命を絶ってしまう。いったい彼らは、なぜこのような終局を迎えることになってしまったのか。この集団自殺事件は、ジム・ジョーンズを教祖とする実在した教団「人民寺院」がたどった惨劇をほぼそのまま下敷きにしている。 ここで物語はいったん時間を遡り、日本を舞台に改めて進み始める。主人公である探偵の大塒崇は、調査先に行ったきり帰ってこない助手・有森りり子を探しにジョーデンタウンを訪れる。ジョーデンタウンは、奇跡の楽園と言われ、病気や怪我も存在しない、しかも失われた四肢さえも蘇るというカルト教団。ジョーデンタウンには助手以外にも外部の人間が訪れていた。その調査団のメンバーが不可解な死を遂げ、その後も次々と起こる。しかし、ここでは病気や怪我もなく、つまり死んだりしないので彼らに事情聴取をしても、事件のことを伝えても誰も信じない。そのような奇跡が存在する土壌で起きた密室殺人という特殊ミステリ。 なんといっても白眉は解決編。全体の1/3以上が解決編という構成。いわゆる多重解決もので、作者の得意としているところ。ひとつの事件に対して仮説を立てて、謎を解決したかと思いきや、その推理を上回る新たな解決が現れることが延々に続く。この圧巻の解決編が読ませる。この多重解決は、今までにない着地のさせ方、新しい趣向がなされている。複数の推理が語られてこそ、この犯人を真に断罪できるという構図が見事。緻密な推理を組み立てるためには、多くの手掛かりが必要であり、多くの手掛かりを生むためには、それと気づかせない工夫が必要だということに労力をかけていることがよくわかる。 最後の最後までサプライズが詰め込まれ、どんでん返しに次ぐどんでん返しで振り回される快感が味わえる。終盤に明かされるタイトルの真意も実に衝撃的で、真犯人の動機には戦慄させられた。作者にしてはグロテスクな描写が抑えられているので、万人にお薦めできる本格ミステリの傑作。 |
No.545 | 6点 | ブレイクニュース 薬丸岳 |
(2023/12/28 06:50登録) SNSが武器にも凶器にもなる現代社会の危うさを7つの事件取材から描いた連作短編集。 「ブレイクニュース」週刊誌記者の真柄新次郎は、人気ユーチューバー・野依美鈴の取材をすることになった。彼女のユーチューブ「ブレイクニュース」は視聴回数1000万回を超える。ギリギリともいえる手法で児童虐待の問題に切り込んでいく美鈴に反発を覚える。 「巣立ち」51歳の息子が19年も引きこもり状態になっていることに悩む老夫婦。自分たちを取材してもらって、ブレイクニュースを視聴している息子に見てもらいたいという依頼だった。ラストに差し込むかすかな光が、希望を感じさせる。 「嫌疑不十分」杉浦周平は、女性を暴行したという容疑で逮捕される。嫌疑不十分で不起訴になったものの、仕事はクビになり両親からは絶縁を言い渡され、苦境に陥っていた。冤罪を晴らしたいとブレイクニュースに依頼する。ラストの捻りの鮮やかさに唸らされた。 「最後の一滴」生活苦からやむなくパパ活という選択肢を取った北川詩織。「あなたは闘ったことがある?」と美鈴に問いかかられた詩織が下した決断は。女性であることが不利にならない社会であってほしいという作者の願いが伝わってくる。 「憎悪の種」は、在日外国人への差別意識を「正義の指」では、SNSの誹謗中傷にスポットを当てている。そして最終話「ハッシュタグ」で美鈴をめぐる謎とブレイクニュースを続けてきた目的が明らかになる。 児童虐待、8050問題、冤罪事件、ヘイトスピーチ、パワハラ、医療過誤など、まさに現代日本が抱える問題が浮き彫りになり、それがネットと絡み、ネットの闇もリアルに描かれている。 |
No.544 | 5点 | 石ノ目 乙一 |
(2023/12/24 06:51登録) 表題作はホラー、それ以外は奇譚の4編からなる短編集。 「石ノ目」顔を見たら石になってしまうという石ノ目の伝承が息づいている村の中学教師が主人公の物語。夏休みに同僚の教師と山登りに行くも遭難。そこで見知らぬ人に助けられるが、石ノ目ではないかと疑う。落としどころは、そこしかないというところだがプロセスは面白い。意外な伏線もあった。 「はじめ」苦し紛れに創造した架空の女の子が実際に存在してしまうという物語。幽霊という存在ではない微妙な存在ではあるが、その存在感が面白い。 「BLUE」動く人形の視点で語られる。あるグリム童話から発想を得たのかと思われる物語。結末は泣かせる。 「平面いぬ」ふとしたきっかけで、腕に犬のタトゥーを彫ったら、それが動き出すといいう変な物語。しかも、主人公の家族が全員、癌で余命幾ばくもないという。笑ってはいけないんだろうが、笑ってしまう巧さがある。 |
No.543 | 6点 | 顔のない敵 石持浅海 |
(2023/12/20 06:50登録) 対人地雷を小道具にし、本格ミステリの要素として組み入れた地雷シリーズ6編と処女編1編からなる短編集。 「地雷突破」イベントで爆発しない、安全な使用に作り替えられた地雷原を歩いたスタッフが、なぜか爆死した。読者の裏をかき続ける展開に前向きな結末。 「利口な地雷」対人地雷にも様々な種類があり、本編で出てくるのは、地面に埋めれば時間とともに消える地雷。犯人を絞り込んでいくプロセスに作者らしさが感じられる。 「顔のない敵」地雷その物が生み出す悲劇をここまで切なく描いたミステリも珍しいのではないか。犯人を絞り込むロジックそのものは単純ながら、ロジックがさらに悲劇性を高めている。 「トラバサミ」地雷除去NGOのメンバーの一人が交通事故で死亡した。彼はトラバサミを持っていた。地雷代わりにどこかに仕込んだらしいが、本人が死んだ今、どこにあるか見当がつかない。ちょっとした会話から手掛かりを拾い出し、場所を特定する様は本編の真骨頂。 「銃声でなく、音楽を」NGOのスポンサーの元に赴いた二人。そこで偶然、銃殺事件に遭遇する。説得の論理に一見身勝手だが、それ故に説得力を持つ。 「未来へ踏み出す足」地雷除去装置を以て日本へ来た面々のメンバーが奇妙な格好で死んでいた。シリーズのフィナーレにふさわしい、実に前向きな作品。 「暗い箱の中で」本書のボーナストラック。エレベーターの中で起きる殺人。なぜ犯人はこの場所で人を殺さなければならなかったのか。真っ暗になったエレベーター内での殺人という設定が新鮮。動機は少々無理があるが、瑕疵というほどのものでもない。 |