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ミステリの祭典

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パメルさんの登録情報
平均点:6.11点 書評数:746件

プロフィール| 書評

No.346 5点 法月綸太郎の消息
法月綸太郎
(2021/05/07 08:58登録)
「白面のたてがみ」と「カーテンコール」は、ドイルとクリスティーという偉大な先人の作品に法月綸太郎が切り込む、小説の小説というべき作品。表面には浮かび上がってこない作品の真意が、彼らの作品のあるものに隠されている可能性があると綸太郎は睨む。そして原作を精読し、行間から浮かび上がる真実を捕まえようとする。彼の到達した結論が正しいか否かはあまり問題ではなく、読むという行為がいかに創造的になりうるかを改めて認識させるのが、この2作品の価値でしょう。目の付け所は評価したいし、考察に興味のある方は楽しめると思いますが、このような事に興味のないような自分にとっては、退屈で仕方がなかった。
残りの「あべこべの遺書」と「殺さぬ先の自首」は、帰宅した法月警視から推理作家で息子の綸太郎が話を聞き、事件の真相を推理する形といういつものパターンで悪くは無いのだが切れ味は今ひとつ。


No.345 6点 贖罪
湊かなえ
(2021/05/02 09:08登録)
悲惨な事件を通して人間の黒い心理をえぐり出す連作形式のノワール小説に仕上がっている。
舞台は「日本一空気のきれいな場所」といわれる田舎町。小学校のグラウンドで四人の友達と遊んでいた小学四年の少女が作業員とおぼしき男に連れ去られて殺される事件が起きる。被害者の母親は犯人を目撃しながらも、あやふやな記憶しか残っていないという四人の少女を糾弾、それがトラウマになった彼女たちは大人になってもそれを引きずることになる。
かくて各章では、その後の少女たちの軌跡と現在が、作者の有名作「告白」と同様の告白体で描かれていく。語り口や語り手が章ごとに変わる構成も「告白」の延長上にあるが、事件の被害者と加害者の対立劇ではなく、一種の逆恨み的な復讐状況を作り出すうまさ、そして各章ごとにヒロインを新たな事件に直面させる入れ子づくりのうまさは、手練れものといっていい。
一見殺伐とした作者の作風がもてはやされるのも、そうした人間の闇、病理の摘出が心の浄化に結び付くからなのでしょう。


No.344 8点 天使のナイフ
薬丸岳
(2021/04/27 08:36登録)
少年による凶悪犯罪が目立っている。彼らの多くは少年法に守られ、大人と同等の刑事処分を受けることはない。数年の矯正期間を経て社会復帰した少年が、本当に更生したといえるのか。被害者や家族の人権は。加害者が成人であろうが未成年であろうが、失ってしまったものには変わりはない。なぜ未成年者に殺された瞬間から、被害者の命の価値は軽くなってしまうのか。
江戸川乱歩賞を受賞した本作は、少年犯罪問題に真っ向から取り組んだ社会派小説でありながら、謎解きも楽しめるミステリでもある。主人公はコーヒーショップのオーナーの桧山。愛する妻を惨殺されるが、捕まった犯人は三人の中学生だった。少年であるがゆえに刑事責任を問われない。桧山は無念の思いを抱えながら生きていくしかない。
ところが四年後、犯人である少年の一人が殺される。そして、思いも寄らなかった過去の事実が次々と明らかになる。ストーリーはに二重三重に謎が仕掛けられている。だが、終盤近くになってもその謎ははっきりしない。意表を突く展開となり、思いがけない真相が明かされる。と同時に真の更生とは何かという問いと、その答えが提示される。
緻密なプロット、巧みな伏線、そして何よりも重いテーマと真摯に向き合った作者の誠実な姿勢が心に残る。


No.343 6点 プリズム
貫井徳郎
(2021/04/22 08:44登録)
太陽の光を三角柱のプリズムに当てると虹のような光の帯が現れる。そんな実験を小学校の理科の授業で見た覚えがある。プリズムとは光を分散、屈折させるための光学素子である。この作品は幾重にも繰り返される仮説の構築と崩壊。一筋の推理の光が屈折、分散し到達する実験的本格ミステリ。
小学校教師が変死体となって発見された事件をめぐって、教え子の四人が章ごとの語り手として登場し、それぞれに真相を探ろうとする。一歩間違えば本格ミステリの基盤も揺るがしかねない要素を積極的に取り入れた多重解決形式を採用している。
この作品の特徴は、前の語り手が構築した推理が、その次の語り手によってリレー式に覆されていくという点にある。四人の語り手は、それぞれの動機から真相を知ろうとするが、それらの動機は語り手自身が自分を納得させるためという点では共通している。従って語り手たちは、せいぜい自分の探偵能力で知り得る範囲の手掛かりから組み立てた推理で満足し、それ以外の可能性が存在するなどとは考えもしない様子。
さまざまな方向へ展開される仮説は魅力的で、それなりの説得力を持っているが、いずれも決め手を欠いている。結局、真相は登場人物それぞれが真相を知ったつもりで納得しているだけ。知り得るのは、語り手たちの視点を重ね合わせることが出来る読者のみ。これが作者の狙いなのだろう。


No.342 6点 秋期限定栗きんとん事件
米澤穂信
(2021/04/17 08:29登録)
小市民シリーズ3作目。中学時代にいろいろあって、高校ではなるべく目立たずひっそりと過ごしたいと思っている主人公と、同じ考え方を共有する女の子がコンビを組む。
ひっそりと生きたいにもかかわらず、いろんな事件が降りかかってきて、心ならずも名探偵の役割を果たしてしまうっていう本格ミステリの連作。前作の最後で、二人がコンビを解消して別々の道を歩み始める。それを受けて、今回は冒頭からそれぞれ別の彼氏彼女が出来て、二人は一体どうなるの?というあまりテンションが上がらない恋愛ストーリーも淡々と進行する。それと並行して、今回初めて二人以外の視点人物が出てくる。
その人物が新聞部の男の子で、街で起きている連続放火事件の謎に挑むコラムを掲載する。この放火事件を軸にしたミステリパートと、学園青春小説パートが並行して進み、最後にどんでん返しがある。このシリーズの面白いところは、萌えキャラ小説になりそうなのに、意外とダークなところに落ちていく点。今回も大変皮肉な結末が待っていて、その突き放し方が面白い。


No.341 6点 日曜の夜は出たくない
倉知淳
(2021/04/12 08:56登録)
作者のデビュー作で7編からなる短篇集。
猫みたいなまん丸い目、小柄で童顔なので30代にはとても思えない。また定職に就かず、フラフラした生活。興味を持ったことには何でも首を突っ込み、達者な口先三寸で周囲を煙に巻く。時には失礼だったり、後輩に威張ったりするが、なぜか憎まれないキャラクターの猫丸先輩が中心となるストーリー。
「空中散歩者の最期」新都心のベッドタウンで発見された墜落死体。物理学的にどうなんだろう。推理に無理があると思うが。
「約束」小学二年生の麻由は、公園で出会ったおじちゃんと意気投合し、毎日会うことに。ミステリというよりもハートウォーミングな話。
「海に棲む河童」民話や昔話には、教訓めいた意味合いがあると思うが、この具体的な行動の解釈には驚いた。
「一六三人の目撃者」舞台で上演中、俳優の鍵山が死亡。舞台というのも一種の密室状態。その中での犯行は鮮やか。解決への糸口も秀逸。
「寄生虫館の殺人」固定観念を利用したトリックだが、少し無理があるのでは。
「生首幽霊」投げつけられた灰皿が原因で怪我をした八郎は、仕返しのため蛇のおもちゃを持ってアパートへ向かった。そこには生首が。真相はなるほどと納得させられる。
「日曜の夜は出たくない」日曜日にデートする恋人は、家へ送ってくれた45分後に電話を掛けてくる習慣。しかし、近所では切り裂き魔事件が頻発し、ふとしたことから彼に疑惑を抱くことに。真相は予想できてしまうが、可愛らしくて爽やか。
7編の中で、猫丸先輩が推理した通り犯人が逮捕されたという記述があるのは「生首幽霊」だけ。それ以外は妄想スレスレの推理が繰り広げられるだけというのもユニーク。キャラクターが魅力的なので楽しめたが、逆にいえば猫丸先輩でなかったら、ここまで楽しめたとは思えない作品。


No.340 7点 0の殺人
我孫子武丸
(2021/04/06 09:51登録)
まず冒頭に記された作者の宣言が魅力的。本編が始まる前に、四人の人物名をあげ「犯人はこの四人の中にいる、ほかの人物は疑わなくてよい」と明言をし、容疑者を絞ってしまう。
しかも、この中の一人は物語が始まってすぐに殺され、もう一人も続けて殺されてしまう。残る容疑者はわずか二人。まさに、クリスチアナ・ブランドの短編「ジェミニー・クリケット事件」のようなストイックなフーダニット作品と思う人もいるのではないだろうか。
もちろん、このシンプルを極める構造の中には巧妙なトラップが仕掛けられている。真犯人が死んだと思わせておいて、実は生きているという騙しのテクニックを疑ってかかるかもしれない。とにかく、作者から提示されたルールはただ一つ。紛れもなく犯人はこの四人の中にいるということ。
全ての謎が解き明かされるより前に、犯人を見つけることが出来た人はどれぐらいいるのだろうか。「0の殺人」という意味不明のタイトルの秘密は、読み終わった後に分かることでしょう。
ただ、謎と謎解きの部分は見事なのだが、それを補強する技術の部分が淡白すぎるのは気になった。この謎をもっと魅力的な意匠で装飾すれば、傑作になったでしょう。


No.339 6点 煙の殺意
泡坂妻夫
(2021/04/01 09:15登録)
バラエティに富んだ8編からなる短編集。
「赤の追憶」夏の終わりに久しぶりに顔を合わせた桐男と加那子。桐男は加那子が最近大きく変身した理由を推理する。少々古臭く感じる点はあるが、オチは結構好き。
「椛山訪雪図」古美術の蒐集家であった別腸が持っていた墨画の話。掛け軸の絵が一瞬のうちに違う表情を見せ鮮やか。殺人事件との絡みも見事。
「紳士の園」刑務所仲間だった島津と近衛が夜の公園でスワン鍋をすることに。そこで死体を見つけてしまい...。「赤の記憶」とどこか似たような趣向だが、何とも皮肉な雰囲気。
「閏の花嫁」毬子が失踪して一ケ月。加奈江の元に地中海に浮かぶシルヴィ島のマリオと結婚し王妃になったという手紙が届く...。ジャンルとしてはホラー。童話の中にありそうな話で、オチはすぐ分かる。
「煙の殺意」ホステスが自宅マンションの浴室で刺殺される。犯人は真下の部屋に住む男。丁度その時、デパートで史上最悪の火災が発生したところで、望月警部はその火災の様子が映し出されたテレビに釘づけだった...。全く関連性が感じられない二つの出来事が一つになる。お見事。
「狐の面」酒が入った和尚が始めた先代の住職の話。修練者たちの法術の種を見事に明かす。味わい深い語り口で謎もユニーク。
「歯と胴」教授の妻・安子と通じてしまった「僕」。教授の昔の恋人が現れて、探偵社が安子を尾行。安子は「僕」に教授を殺せというのだが...。犯人が語り手になっているが、しっかり驚かせてくれる。
「開橋式次第」親子四世代、五組の家族が同居する吹田家は子沢山で毎日朝から大騒ぎ。そんな一家が開橋式に呼ばれて出掛けていくのだが...。ドタバタしているうちに解決。謎は大したことはない。
ベストは表題作の「煙の殺意」次点で「椛山訪雪図」「紳士の園」。


No.338 5点 セブン殺人事件
笹沢左保
(2021/03/27 09:15登録)
警視庁捜査一課のスマートな刑事・佐々木と所轄署の無骨な刑事・宮本が捜査方針を巡って対立、時には協力して事件を解決してゆくという趣向の連作集。
「日本刀殺人事件」一見当たり前に見えた人間関係の些細な矛盾を突く宮本の推理が見事、伏線が効いている。
「日曜日殺人事件」主夫業に専念する夫と芸能記者の妻。夫が自宅で刺殺される。アリバイトリックだが凡作。
「美容師殺人事件」プロ野球選手と恋人の美容師をめぐる殺人事件。トリックはある設定でバレバレだが、異様な動機に驚かされる。そんなに上手くいくとは思えないが。
「結婚式殺人事件」ホテルで結婚式に出席していた刑事が逃亡中の凶悪犯に殺される。ホテルの密室状況とその真相の解明がユニークだが意外性を狙いすぎでは。
「山百合殺人事件」殺人現場に残された山百合をめぐる謎。凡作。
「用心棒殺人事件」タレント夫婦の娘が強盗を撃退して時の人に。だが、強盗の相棒が復讐のため娘を狙っているらしい。奇抜な殺人トリックと捻りの効いた動機が上手い。
「放火魔殺人事件」連続放火事件が発生するが、途中から女性の予告電話が入るように。動機の意外性に驚かされる。
刑事の名字が佐々木と宮本ということで、歴史上の人物、佐々木小次郎と宮本武蔵に例えられているが、そのデコボコぶりの扱いが中途半端で十分に生かされていないのが残念。


No.337 7点 家守
歌野晶午
(2021/03/22 08:38登録)
家を守ると言えば「ヤモリ」が思い浮かぶが、人が家を守るとはどういう事か。家にまつわる捻りの効いた本格ミステリ5編を収録した短編集。
「人形の家で」過去の嫌な記憶や事件の真相が幻想的な趣向を含めて暴かれていく展開が楽しめる。
「家守」完全犯罪の崩壊と「家」の封印からの解放の重奏を奇抜な殺人トリックが彩る。
「埴生の宿」認知症の話し相手をするだけという好条件のアルバイトが奇矯な死を招く。
「鄙」官能小説家の兄弟が遭遇した田舎医者の事件カルテ。時代背景、人里離れた集落だからこそ起こりうる真相にゾッとする。
「転居先不明」都会に引っ越してきた夫婦が、晒される好奇な目の正体とは。安すぎる物件の罠が巡る真相。ブラックなオチが痛快。
「家」といいうテーマの縛りもあるが、何より各話が二重構造になっているという凝りように感心させられる。いずれもミステリとしての企みに満ちながら、執着と葛藤がせめぎ合う。抒情と郷愁、因習と因果、皮肉と諧謔といったツボを押さえ、予想外の方向へ導いてくれる。


No.336 6点 透明人間は密室に潜む
阿津川辰海
(2021/03/17 08:40登録)
表題作は、細胞の変異により全身が透明になる「透明人間病」が蔓延した社会が舞台。主人公はこの病気を研究している学者を、自分が透明人間であることを利用して殺害しようとするが、完全犯罪計画は予想外の事態の続発によって狂っていくという特殊設定ミステリを得意とする作者ならではの仕上がり。
「六人の熱狂する日本人」は、裁判官と裁判員たちによる評議が舞台のワンシチュエーション・コメディ。無作為に選ばれたはずの裁判員たちに共通点があったせいで、評議はとんでもない方向に暴走していく。「十二人の怒れる男」、「12人の優しい日本人」系の裁判員もの。
「盗聴された殺人」は超人的な聴覚を持つ探偵が登場するフーダニットの秀作。
「第13号船室からの脱出」はミステリをモチーフにしたリアル脱出ゲームの場で監禁されてしまった少年が主人公の船上ミステリで、監禁からの脱出とゲームの謎解きが複雑に絡み合い、最後の最後まで油断ならない展開に翻弄される。
どの作品も奇抜なシチュエーションと緻密なロジックを特色としている。
2021 「このミス」2位「本ミス」1位「文春ミス」2位


No.335 6点 アルファベット・パズラーズ
大山誠一郎
(2021/03/12 10:17登録)
3つの短編と1つの中編からなる連作短編集。
いずれもロジックで攻めるタイプの作品で、奇抜な謎や起伏の激しい展開はほとんどない。良くも悪くも俗悪なエンターテインメント性に媚びることをよしとしない、純粋なパズラー。
なかでも、目まぐるしく推理の方向性を変えながら、意外な犯人と意外な動機を判じ出す「Yの誘拐」の結末は圧巻。その悪魔的な価値の転倒に驚く人が多いのではないだろうか。ただ、前3編のトリックがロジック的瑕疵が多いのが本書の大きなウイークポイント。ツッコミどころが多すぎる。極小が極大を映し出すアイデアは確かに面白いし、洗練されている。しかし、あまりにも大胆すぎるし、現実的では無さすぎる。不自然なアイデアを、不自然に見えないようにするとか、不自然なまま説得させてしまうという工夫が足りないように思う。それでも「Yの誘拐」が傑作であることは間違いない。
「Pの妄想」5点「Fの告発」5点「Cの遺言」6点「Yの誘拐」8点でトータルで6点としました。


No.334 4点 空中ブランコ
奥田英朗
(2021/03/07 09:51登録)
伊良部一郎シリーズ第二弾。第131回直木賞受賞作品。
患者は全員三十代。それまでの人生に立ち止まって振り返った時、現在の自分にしこりとして残っているのを感じている。誰にも悩みを相談できず、病院を訪れた患者に対し、伊良部の言動と行動は相変わらずで、治療といえば注射のみ。そして興味のあることにはやたらと首を突っ込んでくる。患者は保護者気分で付き合わざるを得なくなってくる。
その稚気に驚き、呆れ、「この医者で大丈夫だろうか?」と不安を覚え、ついには病気で悩むこと自体が馬鹿馬鹿しくなってしまう。このような人が組織にいたら、どんなに楽しいだろうと想像しながらも、鬱陶しいだろうなとも思う。
現代社会の中、身体の不調を訴える人は多い。病院に行ってもどこも悪くないと言われ、病院を次々と変える人もいるらしい。本作は、それぞれの世界の大変さとか、人間誰もが持つ煩悩や嫉妬心がユーモラスに描かれている。
このシリーズのファンの方は、この滅茶苦茶な診療がうけているのだと思うが、個人的にはついていけなかった。ユーモアセンスが無いのでしょう。


No.333 6点 収穫祭
西澤保彦
(2021/03/02 09:20登録)
ある地方の山間部の村で発生した大量殺人事件をめぐるミステリ。まずはその残虐性と死体の数の多さに驚かされる。
首尾木村の北西区には、9世帯の住民が住んでいた。一九八二年の夏の夜、その大半が殺されるという事件が起きた。しかも十四人中、十一人が鎌で喉をかき切られるという異常な殺人だった。それから九年後、再び同じ手口の殺人が起こっていた...。
本作は、まず中学生の男子生徒の視点で語られていく。冒頭では、田舎の少年の日常や親しい同級生たちとの交流が描かれている。その夜、まさかの猟奇的な殺人が待ち構えているとは予想もつかない。さらに事件から九年後、十三年後、そして二十五年後に起こる復讐劇のサスペンスと暴かれる真相の意外性に戦慄させられるばかり。
煽情的な大量殺人にとどまらず、事件の背後で複雑に絡み合う村人たちの人間関係、夫婦内や家庭内の倒錯した性愛、大量殺人の悪夢と抑圧された心理などが丹念に書き込まれており、ストーリーに厚みを与えている。関係者のねじれた暗い感情が強く迫ってくるのだ。
そして印象に残る奇怪な出来事、巧みな伏線、意外な事実の暴露といった展開が効果的に反復しているため、先を読まずにおれない大作に仕上がっている。しかし文庫版で、上下巻合わせて1000ページ超はあまりにも長すぎる。


No.332 5点 謎解きはディナーのあとで
東川篤哉
(2021/02/25 09:15登録)
新米女性警部の宝生麗子は、いくつもの企業を擁する世界的に有名な「宝生グループ」宝生家のお嬢様。そのお抱え運転手で執事の影山と一緒に、事件の謎を解決していくという6編からなる短編集。
執事という立場でありながら、警部としては駄目なお嬢様に向かって、容赦なく暴言を吐いたり、おだてたりして事件の核心に迫っていく。この過程の二人の掛け合いがユーモラスで楽しい。雰囲気は麻耶雄嵩氏の「貴族探偵」をラノベ風にした感じで好き嫌いは分かれるでしょう。
ベストは「殺人現場では靴をお脱ぎください」。「殺しのワインはいかがでしょう」と「綺麗な薔薇には殺意がございます」は早い段階で真相が透けて見えてしまったのが残念。全体としては、キャラクター小説としては楽しめるが、ロジックが弱くロジック自体にも面白味を感じた作品が少なかった。


No.331 8点 よもつひらさか
今邑彩
(2021/02/20 09:38登録)
12編からなる短編集で、ジャンルとしてはホラーになるのだろうが、おどろおどろしい感じではない。背筋が凍るというより、奇妙で不思議な読了感に襲われるという感じ。
狂気にとりつかれた人や、狂気にとりつかれた人に関わることになってしまった人、また少しだけ現実とは違った考えを持った人が巻き起こすヘンテコな話で、結局一番怖いのは人間だと思い知らされる話ばかり。そして、それぞれ違った不気味な雰囲気が楽しめる。
「見知らぬあなた」おぞましい事件に浮かぶ恐ろしい疑惑。戦慄の結末。
「ささやく鏡」祖母が言い残した鏡のもつ本当の恐ろしさとは。
「茉莉花」なぜ平凡なペンネームを彼女は選んだのか。
「時を重ねて」妻の浮気調査、その真相は。
「ハーフ・アンド・ハーフ」何もかも折半したがる真由子の性癖がおぞましい方向へ。
「双頭の影」骨董屋で目にした奇妙な話。なかには1本のローソクが入っていて。
「家につくまで」家への帰路で乗ったタクシーの運転手の話が半年前の事件の真相へ。
「夢の中へ......」現実を逃避して甘美な夢の世界にとどまりたいと思いを決断したこととは。
「穴二つ」懐かしいパソコン通信の時代、ネカマになって女性をゲットしようと試みるが。
「遠い窓」毎夜、姿を変える生きた絵の真相は。
「生まれ変わり」20年前に死んだ叔母とそっくりの女性にコンビニで出会い驚く。彼女の正体は。
「よもつひらさか」現世と冥界をつなぐ坂、黄泉比良坂。死者の差し出す黄泉戸喫を食べてしまえば、生者は二度と現世に戻ることは出来ないというのだが。
余談ですが「穴二つ」と「家につくまで」はフジテレビ系列のテレビドラマ「世にも奇妙な物語」で映像化されていらしい。


No.330 6点 死と砂時計
鳥飼否宇
(2021/02/15 17:10登録)
第16回本格ミステリ大賞受賞作。終末監獄を舞台にした奇想と逆説が横溢する連作長編。
この作者はどちらかといえば、独特な路線を歩んでおり万人受けする作品は少ない気がする(勝手に思っている)が、この作品は誰にでもお薦め出来る。
「魔王シャヴォ・ドルヤマンの密室」死刑が決まっている囚人が牢獄の中で殺されるという魅力的な状況。真犯人とどのように殺したかは分かりやすいが、ホワイダニットの部分が巧く出来ている。真相よりも前座で出されたダミー推理が印象に残った。
「英雄チュン・ウェイツの失踪」作者らしい逆説的な真相が最も効果的に発揮された一編。トリックには無理があるが。
「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」男子禁制の居住区で妊娠、出産したという謎だけでも奇怪だが、最終的に起こる展開は完全にバカミス。
「確定囚アラン・イシダの真実」遂に明かされるアラン・イシダの両親殺害に関する真実。今まで大人しくしていた作者がバカミス作家の本性をむき出しにして好き放題に暴れまくる展開。死刑執行で明かされるアレには笑うしかない。


No.329 7点 猫には推理がよく似合う
深木章子
(2021/02/10 18:25登録)
弁護士事務所に勤める椿花織は、先生に寄せられる依頼を盗み聞きしては、おしゃべりする猫のスコティと噂話に花を咲かせていた。序盤に展開する彼らのミステリ談義は興味深いものがあった。
タイトルから受ける印象と第一部を読む限り、本書はおしゃべりする猫とその世話をする弁護士事務所の花織が推理合戦をするのんびりした話だと思っていたので、作者らしくないと少し不安だった。だが第二部になると、視点が弁護士の睦月怜に変わり、ガラリと様相が変わっていき、不安は杞憂に終わる。
猫と会話ができる世界というファンタジーな世界。奇想と解決が良い形で結びついていて、あり得ない世界を説得力のある謎解きで解決するのは素晴らしい。謎解きが逆に謎を呼んでしまうトリッキーな構成と密度の濃いロジックで翻弄させてくれる。猫に対する家族のような愛が、犯人特定の決め手になるだけでなく、犯行動機にも関わっており趣向も練られている。最後に苦く切ない現実を持ってくるところなども作者らしさを感じた。


No.328 6点 消失グラデーション
長沢樹
(2021/02/05 18:14登録)
第31回横溝正史ミステリ大賞の大賞受賞作。
私立藤野学院高校の2年生で、バスケット部員の椎名康は、奇妙な事件に遭遇する。誰もが認める才能がありながら、女子バスケット部で浮いていた綱川緑が、校舎の屋上から転落。地面に横たわる緑を助けようとした康だが、何者かに襲われ気絶。緑は消えてしまった。
しかし学校は、昨年に起きた連続窃盗事件の対策により、防犯カメラで監視されている。なぜ緑は転落したのか、どうやって消失したのか。康は、独特の言動と雰囲気を持つクラスメイトの樋口真由と共に、事件の調査を始める。
康が女子学生とイチャついている場所に真由が現れ、思いもかけない事実を告げる冒頭から、ストーリーは意表を突きながら進む。謎が少しずつ解き明かされるにつれて、康の心が大きく揺れ動いていく心情が丁寧に描かれ、青春ミステリとしても大きな魅力となっている。
主人公を筆頭にした少年少女のキャラクターの立て方も巧みで、人間消失の謎も魅力的。ある人物の設定が、ややご都合主義に感じられたが、その人物視点の描写でフォローが入れられているので許容範囲でしょう。


No.327 6点 クライマーズ・ハイ
横山秀夫
(2021/01/30 10:35登録)
日航の御巣鷹山事故を題材に、群馬の新聞社で繰り広げられるドラマを描いている。つまり、取材し、報道する側のドラマである。作者は実際に事故当時新聞社で働いていたらしく、その時からずっと温めていた題材であることが想像できる。
あらゆる人間ドラマがぶち込まれた全体小説の趣を呈しており、単純に事故の経緯と決着を追うストーリーではない。日航機の事故はむしろ触媒であり、その触媒に触れてあらわになる新聞社の体質、人間の卑小さあるいは尊厳、報道とは何か、新聞社の使命とは何か、人の絆とは何か、そして人間の生命の軽重とは何かなど大き過ぎる問題に真正面から向き合い、そして格闘し続ける。
事故を報道していく中で、全権デスクに任命された悠木はさまざまな試練に、決断に、そして分岐点に直面する。「世界最大の事故」で後輩が活躍することを妬み、妨害する上司、想像を絶する現場に触れておかしくなる記者たち、事故原因に関する抜きネタ、人命の軽重に疑問を投げかける一通の投書。事故原因の抜きネタを打てるか打たないか、つまり群馬の一地方紙が世界を駆け巡る特ダネをものにできるかできないかという未曾有のチャレンジを描いた章、そして悠木が一人の女子大生の投書を紙面に載せるべく記者生命を賭ける章が最高の盛り上がりを見せる。
とにかく、経験者にしか描けないと思わせるディテールが圧倒的で、新聞社の中の組織の壁や自衛隊嫌い、中曽根派福田派といった社内の綱引きなどすさまじい迫真性で読ませる。その中で動き回る悠木の内面描写がまた素晴らしく、彼の思いは状況の変化とともに揺れに揺れるのだが、このリアルな揺らぎを作者は的確に、ダイナミックに描いていく。
ここにさらに、悠木の友人で元・山男、事故直前に倒れて植物人間になった安西、というキャラクターが加わる。彼が残した「下りるために登るんさ」という言葉が彼の頭から離れない。そしてこの安西をキーパーソンにして、悠木の家庭内の問題まで取り込んでいく。少し欲張りすぎとも思えるが、本書はこれにも成功している。日航機事故ストーリーの額縁として現在の悠木の登山エピソードが使われているが、このエピソード中、安西の息子のセリフ「そのハーケン、淳君が打ち込んだんですから」には泣ける。おまけに、大きいだけに収束に時間がかかる日航機事故を扱った物語の締めくくりとして、この登山エピソードが見事に機能している。

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