home

ミステリの祭典

login
斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1367件

プロフィール| 書評

No.1167 8点 黒猫の三角
森博嗣
(2022/07/07 11:33登録)
「その、人間の証しに、何の価値がありますか?」

出だしからちょいと退屈に傾く冗長。ぎこちない文系の物言い。他殺と自殺を巡るありきたりの矛盾。一方で、意外性あるメタ?違和感のきらめきが眠気を消してくれる。だがそのメタ?違和感さえ余裕のまやかしだったのか、ナイスなタイミングで急襲をキメてくれた、意外な真犯人暴露・・・(これ言うとネタバレぽくなるけど、)既に人気シリーズを持つ人気作家の新シリーズ一作目であればこその、大トリック。シリーズ名すら堂々のミスディレクション! 当然、某独◯◯に掛けてるもんだと思いこんでました。。(実際それもあるのか?) ともあれ、よくぞここまでフェアプレイに徹しというか、むしろフェアプレイの新領土を開拓してみせてくれたものです。

「つまらない理由を探して、蟻の養殖をして、それで観察日記を書いていたんでしょう。きっと・・・・・・」

殺人はともかく、殺人”未遂”の背景とトリックはなかなか深いですね。密室のアレは、露骨過ぎない逆トリック応用篇ですかね。見事に目眩しされました。幽霊云々はズッ転びました。もう少し、言いたくない言葉だけど、人間が描けていたらなあ。。。。とは思っちゃいますね。そしたら地面がとんでもなくグラグラするんでないの、この真相をズドンと突き刺したら。でもまあ、クリスティ流の人間関係トリックを内から突き破ってみせたような感覚はちょっと凄い。その気概や良しです。ひょっとして「全F」密室トリックの人間関係トリック版かも知れません。

まさかの◯◯◯◯暴露含め爽やか過ぎるエンディングには、諸手を挙げて花束贈ります。 で、□□ってのが実は強いミスディレクションになっていたわけよね・・・物語構造の関係もあってちょっと光ってはいたけど・・・そっか、□□□手の大ヒントもあったんだ!! ところでこのタイトル、「白昼の死角」に掛けてるものとばかり思ってたんですが、実はそんな安直なもんじゃありませんでした。本当に良かったです。


No.1166 6点 Qを出す男
島田一男
(2022/07/01 21:38登録)
土曜日が半ドンだった時代、関東テレビ『七つの疑問』は視聴率3割を常に超える金曜夜の鉄板番組。現実の迷宮入り事件をドラマ(生放送!)に仕立て、ドラマの後は実際の事件関係者に登場してもらい、司会の質問に一つずつ答えるという、危険極まりない趣向。 案の定、当番組が契機となったとしか考えられない新たな事件が勃発しまくり、当番組のディレクター小暮がAD矢沢と手を取り短時間でバッサバッサと解決しまくる連作8篇。 今年は夏が早い。昭和の夏の季語、島田一男は早くも全開だ。

はい、本番!/特別出演/作者登場/おくら番組/特別参加/当てレコ/アドリブ/吹き替え  (春陽文庫)

少ないページに真相のバリエーションをよくぞ頑張って揃えたもんだが、またアレのナニがそうなっちゃったんだろ?ってどうもパターンが見えてしまいがち。解決シーンも、読者はもう分かってるよって感じなのにやたらゆったりユタユタしてたり、かと思うと複雑怪奇な真相の暴露をラストスパート凝縮でやたらバタバタしてみたり、分かりやすかったり稀に分かりづらかったり、濃淡がマチマチなんですが、そんなんは大した瑕じゃありませんな。江守森江さん仰る通り、読んだら忘れる面白作品としては、そのへん変に凝ったり整えたりで文章の勢いを殺いでしまったら元も子もありません。

とは言え、玉石混交というのは違うけど、中にはなかなかガツンと来る本格魂ストレート内角高めの忘れ難きブツもやはり混じってるんですね。 ただ、そういうのだけ撰んでコンパイルしても島田一男の良さの全体像は伝わらなかろうねえ。

関係ないけど、むかし一部のマスコミで「男のいちも◯」を「Q」と呼ぼうというズッコケキャンペーンをプチ展開してた事があって、結局すぐポシャっちゃったんですけど(誰か憶えてる方いらっしゃいません?
1980年前後だったと思います)、この本のタイトル見るとそれ思い出しちゃって、ど~うも笑っちまうんです。


No.1165 5点 007/ロシアから愛をこめて
イアン・フレミング
(2022/06/29 17:45登録)
冒頭から3分の1を占めるソ連側の陰謀計画周りが分厚くスリリングで熱い。その後登場する、ボンドの良き友となるトルコ駐在スパイがとんでもなく魅力的。その協力者たるジプシーの首領も素晴らしい。肝腎のボンドは・・最後の最後の活躍でやっと魅せてくれたかな(ちょっとした伏線回収もあった)。肝腎のMさんだって、そんなに騙され易くて世界の平和は大丈夫なのか?ヒロインも何だか幼く頼りないばっかで存在感薄い。恋愛的シーンは眠かった。登場人物としてむしろソ連の悪役醜女の方が魅力は数段上。しかし、この思い切りのいいエンディング、手に汗握ったけど、これでいいのか。。。いや、このエンディングだからこそいいんだぜ。

映画とは縁の薄い私ですが、これ(危機一発)は劇場で観てました。原作小説に較べ、ボンドとボンドガールが良い意味でぐっと派手に活躍してましたし、冒険シーンにもスリルがありましたね。


No.1164 6点 仲のいい死体
結城昌治
(2022/06/24 17:30登録)
「君は白い鼻毛を見たことがあるかね」
「いえ」

燻製風にドライで薫り高いユーモア、何を差し置いてもこれだ。そこだけくり抜いては引用しづらい、全体に埋もれてこそ生きるユーモアの数珠繋ぎが本当に素晴らしい。珍々軒の不味そうなラーメンすら気になった。ミステリ好きの生臭エロ和尚が錦鯉の長谷川さんに見えて仕方ない。 昭和三十年代、舞台は山梨の片田舎。あまりにも「無さそう」な組合せの男女心中屍体が貧乏寺の構内で発見される所から始まる、賑やかなドタバタと、抑制の効いた言葉の戯れとが併存する、結城昌治のオモロな面がシラッと前面に押し出された(それでも仄かな暗さが漂っているのが魅力の)著者初期の佳品。

「おれはもっといろんなことを知ってるんだぜ。ミミズにはキンタマが四つもあるんだ」
「うそをつけ」

最後に絞り出される謎解きの旨みに「ホホウ」と顎を撫でていたら、、それまでのユーモア進行さえ裏切って唐突にも程がある解決と結末!! 確信犯のスットコ軽○○派(?)動機!! その妙なバランスで変に羊頭狗肉な所さえユーモアの一構成要素だ。参ったな。。 旧い角川文庫、巻末解説(九鬼明)の一文 “間然するところのない田舎町の風物、人情が読者の心に定着したころを見計って、作者は一気にカタストロフに突っ込む。” ってのが、本作のオヨヨな結末感覚をきれいに言い当てていました。 だけどアレだ、心中事件に先立っての、近過去の自殺事件。こいつの、ミスディレクションにも繋がる不思議な立ち位置は、なかなかの珍味だな。


No.1163 8点 ハーレー街の死
ジョン・ロード
(2022/06/18 23:35登録)
甘みや愛嬌は薄いが、高潔な威厳とさり気ない温かみで力強く構築された堂々の長篇。締まりが抜群。前期レッド・ツェッペリンのたたずまいを彷彿とさせる。上級市民の世界が尊敬できる対象として真摯に描かれている。(中にはそうでない者も混じっていた..)ともあれ、この気高さが本格ミステリとがっちり手を組んでくれた事象はもう尊ぶしかない。

名医街と呼ばれるロンドンのハーレー街にて、一人の医師が謎の多い(色々と辻褄が..)毒死を遂げる。検死法廷では一旦事件性無しと処されたが、そこに強い違和感を覚えたスコットランド・ヤードの警視がいる。彼は或る私的な「定例会」の席にこの話を持ち込んだ。

「犯罪捜査に関するかぎり、この件は終わった」 プリーストリー博士は答えた。 「これ以上議論する必要なない」

他殺でも自殺でも事故死でも自然死でもないって。。これぞ、心理的超物理(⚫️学?◯学?)トリックの爆発だ!! そのトリック解明に至るまでのロジック披瀝も高潔にして鮮烈。専門知識を要する部分が全く不満や違和感無く呑み込めたのは、その肝となる⚫️学?◯学?的要素がミステリの土俵であまりにも興味津々に光り輝いたからに違いない。

地味なキャラクターの探偵役が或ることをやらかすのだが、そのお茶目感さえ妙に地味でシリアスなのが却って温かい。うむ、この不思議な温かさが底にあるからこそ、バランスが取れているんだろうなあ。


No.1162 6点 水族館の殺人
青崎有吾
(2022/06/13 11:42登録)
「オランダ靴」に萌えないが「フランス白粉」には萌えるおいらにとって、本作の犯人特定に向かうシーンそのものは実にスリリングで良かった。特に、犯人と仮に目される属性グループが切り返し鋭く入れ替わった瞬間、チリチリ来ちゃったねえ。だがその割に、犯人特定のロジックを構成するパーツが所々脆弱だったかな。「血」の件にはなるほど唸ったもんだ。「時計」のナニもなかなかだ。せっかく英題にも選ばれた「モップ」の云々は、その四分の三くらい(?)は大したもんだと思うけど、重要な残り四分の一の所で、見せ方があからさま過ぎないか?「トイペ」に至ってはあんだけバカ実験させときながら机上の空論感で芬々。「体格」の件も何だか。。物語の中核かと思われたアリバイ検証もアリバイ偽造も、とにかくアリバイと名の付く部分にゃあ何のスリルも感じられませんでした。結果として、自分にとっては、二段構えオチ的に語られる 『 動 機 』 こそが本作最大のミソ、という認識になってしまった。クレイジーな面がある動機背景だけど、これには意外性方向の深さがあって、本格ミステリとしても小説としても刺さりました。●●の対象が実は。。。。って目の前にありながら大きすぎる盲点でした。でもまあひっくり返る程ではない。 探偵役が推理披露の場面で唐突に豹変する浅い作り物感は若干醒めるかな。探偵役の、これから深堀りされそうな個人的背景への興味は、、微妙なところ。 まあ減点対象もいろいろありますが、犯人特定シーンと動機設定の二点突破でそこそこ高得点になっちゃいましたね。


No.1161 7点 事故
松本清張
(2022/06/08 21:26登録)
中篇二本を収め、副題に「別冊黒い画集」とあるが、本家の「黒い画集」よりはぐっとお手軽に読める一冊。

事故
一瞬にして妄想を焚き付ける清張の表題眼力にやられっぱなしです。込められた重層的意味合い、物語の具体的ターニングポイント(..以下略..)、包み込まれた違和感、そこには時系列の妙が関与。 冒頭の数頁を読み、シンプルな事件構造をサスペンスと冷気たっぷりに追いかける、清張並みの筆力あってこそ成り立つタイプの最短距離疾走作かな、と思って読み進めると、予想外の方向から新しい登場人物やら事件が次々闖入して何やら複雑な本格パズラーの様相。。と思えば中盤では成りをガラリと変えて。。いえ、これ以上は言えません。 運送会社のトラックが某会社役員の邸宅に突っ込む事故の後に起こった二件の殺人事件には、果たしてそれぞれ繋がりがあるのか。。というお話。 まあ、或る登場人物がそこまで単純なバカってあり得るか・・って違和感は少しあるけどね。

熱い空気
パンチの効いたゴーゴーリズムで一気に駆け抜ける爽快ドタバタイヤミス。こっちの方が最短距離疾走型。人の醜い内面をここまで厭らしく、言葉配置のタイミングも最適に、極限までチューニングして描き出すのは流石の清張クオリティだが、こんなに深い所まで人間を描いておきながらエンタテインメントの側に寄せ切っているのは素晴らしい贅沢。 大学教授宅に派遣された家政婦が、一家に怨み(相手によって濃淡はある)を抱き、いずれこいつらを破滅させてやろうと策を弄するお話。終盤の二段構えツイスト、一段目の方にまさかの意外性があった。 醜女設定の筈の主人公から醜女感が出ておらず、むしろ十人並みの器量のように見えてしまうのは、どうかな。 方向的には見え透いてる割に唐突感のある、ちょっとオープンなエンディングは、物凄い偶然頼み、って事なのか?? 気になった。 そして本作もまた、表題の重層性が効いておりますな(「事故」ほどトリッキーではないが)。


No.1160 7点 見えないグリーン
ジョン・スラデック
(2022/06/06 22:52登録)
ユーモア、皮肉、パロディに満ち満ちた本格パズラー。密室殺人、人間消失、偽装アリバイとトリックの割子そば状態。それぞれ割と小味だが、全体まるっといい感じ。そんなトリック面もさることながら、犯人特定のロジックというか仮説煎じ詰めには痺れた。目眩しされて意外過ぎる犯人とは行かないが、犯人の事件内立ち位置の意外性、犯人特定のための手掛かりとロジックの意外性に押し切られ、文句なし。 

と言っても、トリック面や殺人動機、或る意外な事象を見破る手掛かり、犯人の最後の抵抗、他にも幾つかの要素で微妙なせせこましさを感じ、その辺ちょっとB級感が発生してる気もするけど、何しろ犯人特定ロジックの見事さ、そしてやはり強靭なユーモア、皮肉、パロディのスピリットが光り、トータルではA級作品かな。

犯人と言えば、或る人物が殊更に?登場人物表にエントリーされてるの、結構なミスディレクションになってましたよ。その本人がまさか犯人じゃ。。なんて少しばかり本気で疑いましたよ。何しろ、奇想天外な密室トリックって喧伝されてるわけだからねえ。

もろ手を挙げて「評判通りの傑作!」とまでは思えなかったけど、悪いもんでは全くないね。


No.1159 9点 瀬戸内海の惨劇
蒼井雄
(2022/05/30 12:00登録)
初夏の瀬戸内海を舞台とした連続殺人劇。 往来の風景描写に滲むほどの旅情は文句無し。 或る小島の血腥い伝説を背景に、絞りに絞った僅かな登場人物群が次々と屍体で見つかる、異様な焦燥感。 格調ある文体と言葉択びで綴られた、本格ミステリと心理サスペンスのハイブリッド展開。 樽ならぬ、トランクならぬ「柳行李」と屍体並びに生ける人物の異様に複雑な移動(なのか!?)、きっちり追いきれなくともせいぜい雰囲気だけで問題無し。。と油断していたら!! 雰囲気とかそういう次元の問題じゃない!! やばい!! 偶然要素も濃いとは言え、そういう問題じゃねえ、心理的にも物理的にもあまりにも熱い灼熱の、劫火の如き複雑系アリバイ顛末!!! いや、よく考えたらそれ、アリバイと一言で呼べるものではありません・・・ 真相の或る部分、ずるい手を。。としばし思ったが、そのずるい要素さえ一息に呑み込み、実に奥深く巧みに、本格推理のガチンコ勝負に出る蒼井雄!! あまりに熱い涙を圧し出させずにおられぬ、情け迸る或る殺人シーン、これは貴重極まりなかった。。 一連の犯罪動機にも面積巨大な落とし穴、これは、戦前の当時にして、探偵小説における古臭い犯罪背景の典型をさりげなく一刀両断したものと捉えてよいか。  

世評もあり、『船富家』よりは数段落ちるのかな、それでもいいや、と漠然と心の準備をしていましたが、読んでみると個人的には全くそんな事は無い、充分に高い水準で肩を並べる逸品でありました。 確かに、ストーリーの大半は割とゆったり構えた所があり、そのくせ真相解明のラストスパートで一気呵成に密度を上げるようなアンバランスはありますが、だからこそこの強烈な感動(連城の短篇を彷彿とさせる)がもたらされたのではないかな、と思っています。


No.1158 6点 三本の緑の小壜
D・M・ディヴァイン
(2022/05/25 14:34登録)
読みやすい、読ませる、面白い、ディヴァインらしい安定と信頼感。そこへ来て真犯人は確かに意外だし、しっかりミスディレクションされて、疑惑対象は或る人物中心の数名に終局間際まで寄せられてた気がするが、、ディヴァインらしい深み有る薫るミスディレクションの域までは達してなかったかな。でも「犯行再現」時の真犯人の扱い方なんかは、ちょいと大胆で良かったね。 むしろ惜しいのは、あれほどスリリングに気をもたせた「動機」が、結構な肩透かしであったこと。濃厚心理ドラマから地続きの異様な動機ではあるけれど、何気にそのまんまというか、もう一ひねり半欲しかったよねえ。「◯◯◯が近い」っつったって、長い目で見りゃ□□□ならみんな似たようなもんなんだし、そこに拘るのは犯人の頭がおかしいから、という事になっちゃうのかな。 実は何かトリッキーな数学的要素が動機の一部に潜んでいるのではないか!? なんて期待したのですがね(何しろ◯◯が重要だってんだから)。。。   田舎町で十三歳の少女ばかり三人+青年医師の連続殺人事件を追うのは、殺された医師の弟、自らも医師。 幕間を挟んで三名の一人称叙述リレー(ABCBA形式)で構成される、サスペンスと本格ミステリのハイブリッドの様な、リーダビリティ高↑の長篇。不満も並べましたが、魅力は充分です。 ところで、恋愛要素が煩くなく溶け込んでいるのは良いけど、作者、メガネっ娘に厳し過ぎないか(笑)?! かなりしつこかったよ。。


No.1157 8点 つみびと
山田詠美
(2022/05/20 21:43登録)
“面会室の隣にある待合所で、面会申込書の被収容者氏名の欄に自分の娘の名を書く時、琴音はいつも深呼吸して、少しでも多くの新鮮な空気を取り込もうとする。もしも蓮音と話をすることが出来た場合に、自分の吐く息が汚れていたら可哀相、なんて思う。”

祝福に満ちた親子関係でさえ、ボタンの掛け違え踏み外しが過ぎると、まるで十代の恋愛のように不器用な破滅に向かってしまう。しかも恋愛と違って取り替えが効かない。。。 凄まじいリーダビリティを引き連れ、冷静に強烈に描写される、不幸のDNA(←比喩)に縛られた親子四代の物語。 うち三代「母」「娘」「小さき者たち」の回想リレーで綴られる中、探られるのは、「小さき者たち」が真夏の或る日マンションの一室で餓死するに至った理由の深層。

“私たちは、同じことをした親子。でも、いったい何故、母は私にならずにすんだのだろう。”

「エピローグ」から、息が詰まるほど濃密な思索と行動が飛び出しました。本作は「エピローグ」こそ主軸ではないのか。本篇で抑制した著者の想いがとうとう溢れ出したのか。気の利いたひと台詞さえ刺さること!『ある事』へのモチベーションが急に高まるくだりは泣けました。少しでも良い方向へ展開する様、読んでいて流石に祈りましたね。オープンな感じもする不意のラストシーンは、ううん、何なんだろうなあ。。 更に、続く巻末対談(著者×精神科医)も分厚く深い!

“まったく、違う! そんな区切り方は、まるで間違っている、と蓮音は自身を激しくなじるのだった。”

逸らすな、なんとか工夫して上から襲うんだ、俺たちの心だって重力から逃げられないんだからよ。。

実際には書かれていない、禁忌すべきキーワードがそこかしこに潜んでいます。あるいは凶暴な単純化への陥穽がそこかしこ。それらは山田さんが『敵』として敢えて言外で表現したのかと思います。「小さき者たち」の最期を敢えてきれいごと織り交ぜ描いた優しさ(?)も、もしかしたら同根の理由に因るのかも知れません。 山田さん、小説の形で世に問わずにいられなかったんだろうなあ。 本作は2010年の「大阪二児放置死事件」に材を採ったフイクションです。

「いいですか? 彼女たちの過去も未来も、彼女たちだけのものなんです。他の人間が関われるのは、その時に現在と呼ぶことの出来る、ほんの一瞬だけなんだ」

悪い冗談でなく、「カムカムエブリバディ」の母娘三代物語をどこかしら彷彿とさせる内容でしたが、いっやー、純文の人は容赦無いわー。

“子供たちの寝息を聞きながら死んで行くのは、さぞかし幸せなことだろう。でも、自分の死んだ後に残されたこの子らの心配で、死ぬに死ねないかもしれないな。”  ← これに続くブラックユーモアのバカロジック展開が秀逸と言うか、混乱をよく表していると言うか。

さて帯にある惹句「本当に罪深いのは、誰ーー。」は、ひょっとして『読者が犯人』に挑戦したのか!?なんて匂わせなくもありませんが、実際のところ、果たして。。。。


No.1156 5点 孔雀の羽根
カーター・ディクスン
(2022/05/17 23:38登録)
緩いながらも不意を突く逆説があったり、犯人誘き寄せのスリリングなシーンがあったり、某人物「偽証理由」の機微とか、ラストセンテンスの斬れ(中身はイマイチ)とか、そこそこカラフルなユーモアとか、美点を数え上げても、とても三十二まで行かない、どうにもピリっとしない長篇。密室殺人のための●●トリックに確かに意外性はあるんだが、監視下の部屋で不可能犯罪と煽られても、この緊迫しない演出じゃ「はあ、何か頑張ってやったんじゃないスか」ってくらいでさっぱり惹き付けられないし、オカルトのオの字も空から降って来ませんでした。「三十二の手掛かり」と気張ってくれたのは嬉しいけれど、どれを取ってもなーんだかシケってんのばっかでページを見返す気にもならん。真犯人に纏わる人間関係の意外性?もトリックと言える程じゃないし、全く驚けない。悪女?の造形も中途半端。だいたい「二年前と同じ云々」って、もうその出オチで噴き出しちゃうじゃないですか。でもまあ、人間関係意外性の件でも、◯◯案件の絡むもう一つのアレはちょっとびっくりしたし、その爽快なまでの残酷性も印象強かった。最初に羅列した美点たちも実はそれぞれに結構心を掴むものではあり、物語全体の締まりの悪さを、なんとか底から持ち上げてぎりぎり体裁は保っている(かな)。要は私の好みに嵌らないってだけで、決して悪い作品ではない(はず)。

「正直にいって、わたしはあれが存在しないのが残念なんです。ちぇっ、あれは存在すべきですよ! しかし、あれが存在しないとなると、いろんな飾り物を結びつけている目的なり動機なりの糸はどこにあるのです」


No.1155 8点 運命の八分休符
連城三紀彦
(2022/05/10 16:52登録)
連城にコミカルな演出は水合わず。爽やかムードくらいで止めときゃいいのに。。 自らのモテ体質を受け入れられない探偵役”風采の上がらぬ男、軍平”がこんなに頭良いとはとても思えない人物造形なもんだから、連作短篇の各ヒロインがもたらすちょっとした時のはずみのヒントから解決に至る流れ(安楽椅子バーテンダーもどきのセレンディピティ急襲!)が唐突過ぎる! 思わせぶり且つ具体性有るプロローグ趣向はまあ、邪魔してないってくらい。 ヒロインの名前企画に凝ってるけど、このペラさ加減なら、極端に言やあ登場人物名も「ポカ山ペケ美」とか「ラリ岡ヘベ造」とかでいいんじゃないかと思ったりもする。連城基準はそれくらいシレッと熾烈なわけさ、おいらのインナーユニヴァースじゃ。。なんて毒づいてしまうが、んだども、そうは言ってもミステリ俯瞰図の中で見たら充分に重い作品が並んでるんだよなあ、なんとなく明るく軽やかなイメージだけど、決してその方向だけじゃあないんです。 恋愛要素では心の動くシーンが結構あります。 主人公の人物設定が効いているんだと思います。

運命の八分休符    7点
死にネタとなったミスディレクションのディープな再利用など出来なかったものか。連城にこの安さは求めていない。たった”二分”のアリバイの壁なんて、ちょっとパロディめいてクスクスさせといて、真相の方向性から目を逸させたのは見事。タイトルに込めたトリックの隠喩(直喩か?)も熱い。ファッション業界のスター達を巡る殺人事件。ヒロインは人気モデル。 大仕掛けなショーの演出と、ちょっとしたトリックで大きな効果を生み出す偽装アリバイ。念を入れてた場所が、そっちだったとはね。。 謎かけダブルミーニング風のタイトルはアレですね、他に有名なとこで「抱きしめたい」とか。同じくビートルズ「It Won’t Be Long」ならより近い。

邪悪な羊    8点
誘拐事件をよくぞここまで複雑に、運命的に、痺れるような熱さで! 金持ちの娘と取り違えられ、貧しき者の娘が拐かされた。 ヒロインは歯科医で昔の同級生。 ちょっとコミカル過多なとこはあるが、おかげで少しくバランス崩したが、終わってみればそのへんのアラも呑み込まれてる。流石の連城反転魂! そして本作は、ラストシーンがたまらんのだ。。。 (ただ、あの人が、立場的に、心理的に、◯◯◯になるって、あるんだろうか..)

観客はただ一人    8点
こりゃあ、読んでて自然と仮説を立てまくらされるな。 数多の浮名を流した中年女優が、最後の舞台に立つ。 ヒロインは女優の卵。 大きな違和感持たざるを得ない或る描写がちょっとあからさまで、そこから真相は透けて見えもしたが・・・それでもこの重い文学的反転は刺さる! 心理の方に押されそうな物理トリックもよく溶け込んでいる。 或る事をするのか、しないのか、◯◯◯で決めるって、凄まじいなあ。。 さて、本短篇集で一番の泣かせどころは、本作の或るシーンではないか。呼応してのラストも、胸に迫る。。映画化したくなるよね。

紙の鳥は青ざめて    7点
ヒロインは、失踪した夫と妹を探す年増。 真相そのものはシンプルで深いのに、解決の見せ方がなーんだか無駄に複雑で、美しさを損なってるかも。 一方で、ブラウン神父そのものを色っぽくやられても、、更に捻って殴ってこその連城三紀彦じゃないか、って思いもありますね。 連城も俺に数回抱かれてから最後の推敲すりゃあ良かったのに、なんて考えもしたけど、読み切ったら満足。 最後は「犬」が妙にしみじみさせてくれました。

濡れた衣装    8点
良い意味で通常構造のミステリを純粋に楽しめそうな予感が溢れた。高級クラブを舞台に傷害事件発生。ヒロインはホステス。 いっやー、この、偽装のベクトルっつんすかね、これはもう、アウトオヴ想定もいいとこ! パラダイムシフトとか大袈裟な事口走っちゃいそう! 小道具の(文字通り)光るエンドは、沁みるねえ。。。。   “ 表情には店の名の通りの、青い微笑が混ざっていた。軍平、その微笑に東京の夜の世界で長年を生きてきた女の誇りのようなものを感じて、黙って頭を下げ、店を出た。”

そして連城のあとがきは、ほんとうに、なぜだかいつも、泣かせます。


No.1154 5点 大いなる幻影
カトリーヌ・アルレー
(2022/05/06 15:15登録)
莫大な遺産の相続人に指名された、老い先短い義母が、車で居眠り中、まさかの頓死! このままでは、義理の叔父が残してくれた全財産は慈善団体かなんかに行ってしまう! 咄嗟の機転で、義母の亡骸を隠しておいた車が、ドライヴ=インの駐車場で盗まれた!!。。という椿事から一気に加速する、昔の映画みたいな犯罪スラップスティック。時折ダークサイドオヴコメディ的翳りを付けようとした痕跡もあるが、実際それなりのアルレー的陰影も魅力なのだが、全体で見たらアッパーでとっ散らかったスットコドンドコ物語。(これ言うとネタバレになりましょうが、最後は悲劇っちゃ悲劇) 空さんご指摘の通り、最後にカッチリした意外な展開とか、せめて大オチとか、あれば良かったなあ。。まあ面白かったけど、読み捨てですね。 まるで男性作家が書いたかのような、酒場への愛情溢れる言説がそこかしこ混じるのは良かったです。 “一軒の居酒屋があるかぎり、仲間が集まってきて、酒になる。それだけでも、人生は生きるに値する。” 等々。 翻訳に、日本語というか日本文化に寄せ過ぎの傾向があり、ところどころ笑っちゃいました。 何気な楽屋落ち案件もあったな。  最後に、これはネタバレになりますが、邦題があまりにもネタバレそのものなんですが。。。。(なお原題は和訳すると「火かき棒」。こりゃ翻訳側の確信犯ですな。)


No.1153 6点 ハルさん
藤野恵美
(2022/05/02 21:46登録)
シングルファーザーのビスクドール作家「ハルさん」が、一人娘の結婚式に向かう。タクシーの中〜結婚式場〜披露宴会場にて、過去に遭遇したちょっと不思議な事件たちと、既に若くして故人となっていたハルさんの妻が空の上から(?)事件を解く大事な鍵を与えてくれて無事解決に至った顛末を回想しつつ、最後は・・・
娘が幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生それぞれの時代に起きた事件に纏わる連作短篇。本篇よりも、幕間とプロローグ/エピローグに泣き所がさり気なく寄せられているかな。

第一話 消えた卵焼き事件/第二話 夏休みの失踪/第三話 涙の理由/第四話 サンタが指輪を持ってくる/第五話 人形の家

事件の内容は、これぞ「日常の謎」。日常を謳いながらほとんど犯罪に近い事象や犯罪でなくとも極めて非日常的案件を扱うタイプのグレーゾーン物件とは一線を画したピュアホワイトミステリ。
だもので、良い意味でほんわりした手触りの作品が並ぶが、中で一篇、娘の高校生時代の話だけは際立ってミステリ性高く、引き摺られてサスペンスも強め。それでいてやはりピュアホワイトなストーリーてんだからバランスィングは大したもの。意表を突いて『見取り図』が登場するのは絶対何かある..と睨んだが、まさかそう来るとはね!!・・ この場合の見取り図は実は飽くまで「○○」であって、○○○○の事も検討が必要なわけだが、そういうわけでこの一枚の見取り図が手掛かりでありつつ見事なミスディレクションも兼ねているわけね。。それが大感動オチに直結と来た。

どこまでもホワイトで意表を突く伏線回収も、スパンの長短取り混ぜ、ほんと綺麗に決めまくる。まあ、普通にエエ話でもありますねんな。

文庫の作者あとがきによれば、作者は家庭環境的になかなかハードな少女期を過ごされた様で、中でもちょっと体験しない凄い案件の渦中で思った事が本作のインスピレーションになったのだとか。いやはや。


No.1152 7点 裁くのは俺だ
ミッキー・スピレイン
(2022/04/30 11:34登録)
“幸福だ。幸福だ。どうしてこんなに幸福なのか?俺はこの事件の”理由“を握ったが、どうして俺はこんなにも幸福でいられるのか?”

小さな子供と楽しい仲間が好きなマイク。女を大事に扱うマイク。フェアな勝負を愛するマイク。思索に手間を掛け饒舌なマイク。憎めないけど物騒なマイク。親友を虐殺されたマイク。じれったいほどギリギリまで騙され続ける私立探偵マイク・ハマー。。。。 言っちゃなんだが、泣けました。 真犯人は、かなり早い段階で光ってた人物ではありましたが、そこに照準定めてじりじりと読み進む過程には、まるで歌舞伎を観るような溢れる感興がありました。

黒幕のマトリョーシカ構造(に一捻り)、残酷な殺害方法のホヮイダニットにはそれぞれ興味深いものがあります。 あまりに見え見えな○○○○の手掛かりは、どうかと思いましたが。。

最終章のカットバック、俗受けに流さず、文学的○○○を道連れに締めたのは立派です。それにしても悲劇的エンディング。ある意味、映画版「オールド・ボーイ」に通ずるものさえ感じました。


No.1151 5点 死者の書
ジョナサン・キャロル
(2022/04/26 11:44登録)
ファンタジーの手助けがあるとは言え、大反転を踏まえての最終コーナーはなかなかにショッキング・・・と手放しで称賛し難いのは、そこに至るまでの物語のお膳立て?盛り立て?が惜しむらくも湿気ってて。。まあそんなもんが眼目たる作品でなさそうなのは承知ですが、ストーリーが進むにつれ快いヴァイブを感じなくなって来てですね。。出だしからの微妙な空気で押せ押せは好きで、期待もしたんだけど、いつの間にやら別の意味の微妙な空気に、徐々に、文章に潜む妖精さんたちが我が心の琴線を逸れてしまったのでしょうか。折角の謎やら違和感らしきものが今ひとつ、興味津々の事象として迫って来なくて。。登場人物群の人間関係の縺れも、なんだか滲みないし意外性も薄い。(そういう所を中心に愉しむお話じゃあないんでしょうけど) 退屈であくびと涙が出てしまうところも結構あったな。 まあ、言うても反転&結末はハードで重いですよね。そこだけ摘出して見ればね。。(エピローグのラスト、本来なら衝撃の締めになろう所が・・!) 有名俳優の息子が、敬愛する童話作家の伝記本執筆のため、同好の女子と連れ立って作家の故郷を訪ねる所から始まる物語設定は、適度に突飛で面白いんだけどっねー。。 それでもガッツリ堂々の5点。 作品に、沸々と迫る底力を感じるからです。


No.1150 6点 湖畔亭事件
江戸川乱歩
(2022/04/21 11:50登録)
レンズに鏡、芸者に旦那、異臭に傷跡、事は意外と複雑。 わりと奥があり且つ◯◯◯◯な真相が魅力、ファンタスティック犯罪小咄。 小咄で中篇を持たせる力量は流石。 容疑者適度に多く心地良し、あからさまに「こいつだろ」と絞らせないのが何気に上手い。 目撃者が、その目撃方法ゆえに警察に全てを言えないもどかしさ、だが探偵役には告白し、協力して事件解明にあたる。 旅情というほどもないが、旅先の景色のほんのり浮かぶのがいい。


No.1149 5点 ドラゴンの歯
エラリイ・クイーン
(2022/04/20 09:17登録)
終盤寄り、一気に盛り上がるあのシーンで、こりゃ「◯◯◯◯し」トリックにヒネリをカマした応用篇かと大いに期待したら、真犯人暴露までがなかなかに悪く地味。。大見得切るよな目の醒めるロジックじゃあない。だがそこからの軽い頭脳戦一波乱に物語はちょっと救われた。
「◯◯◯◯し」(というか「◯◯◯◯り」)トリックの旨味持ってそな部分が、折角もう二つも大きなのが(小っちゃいオマケも一つ)あるのに、そっちらとの有機的絡みって言うんスかね、そういうので今ひとつ活かしきれてないやね。
全体で見て、謎解きやら犯罪を巡る冒険より、旧いコメディ映画を思わすドタバタ感覚こそが主軸かも、特に前半と締めントコにその感が強い。実際、そのお蔭でかなり楽しく読めたわけですよ。ドタバタがおとなしくなっちゃった後半では、眠たい箇所もあったね。 「よし次いこ次!」って前向きに思える作品ではある(笑)。


No.1148 7点 オールド・ボーイ
大石圭
(2022/04/19 00:40登録)
先に書評したオリジナル劇画、のパク・チャヌク監督映画版、の更にノベライズ版です。
劇画と映画では微妙に違う設定、大きく異なる展開と来て結末(真相&反転)は全くの別物になっていますが、このノベライズ版も、映画版をなぞってはいるものの、それなりの違いがあり、特にエンド~エピローグを大胆に差し替えているのは特筆事項です。映画はいったん落ち着いてしみじみとするものがありますが、ノベライズ版はそれなりにしみじみしつつも、映画では敢えて消したあの案件もあり、やっぱりキッツいですね。。
なお、後年のスパイク・リー監督映画版も、パク・チャヌク版とは微妙に異なる設定に展開と、また決定的に異なるエピローグを取っています。ややこしいですね。

というわけで、前の書評の通り、何気に ‘爽やか’ と言っても過言でないエンドを迎える劇画オリジナル、とは打って変わって、ジ・エンペラー・オヴ・ダークネスと呼びたいような最悪のバッドエンドを迎える本作です。そしてエピローグ、映画とさえ全く異なる未来の方角へ、ずらしたね。。。。 しつこいようですが、パク・チャヌク映画はギリギリの所でワーストエンドを避け、その後には救いのエピローグがあります。ノベライズの本作はそこんとこ容赦ありません。

私刑禁固のニーズに応える裏ビジネス「私設刑務所」にTV付き軟禁された男が、15年後に突如、大金と上等な服装付きで釈放される。毎日出前で運ばれる揚げ餃子定食を食べ続け(劇画では料理にバリエーションがあった)、欠かさず続けたTV教養講座視聴と筋力鍛錬の賜物で、膨大な知識と逞しい肉体を備えて刑期を終えた、どう見てもダーティーな物腰の彼は、腕試しに乗ってみた若いチンピラ共との喧嘩(なんと一人殺しちまう!劇画でも映画でもそこまでやってないのに!)で自信を付け、自分に15年間もの不自由を押し付けた「敵」を捜し出し、きっちり落とし前を付けるべく、行動を開始する。 最初に入った寿司屋「日本海」(!)の若い女子職人(珍しい存在)の家で暮らすようになった彼を、遠くから見つめる一人の男がいた。。 いっやーー、あらすじ書けるのはここまで。  「そのあとに起こったことは、すべてあなたたちの責任です。わたしは一切、関与していません」  

ところで軟禁期間ですが、何故、劇画版の「10年」から「15年」に伸びたのか。 更に言えば、スパイク・リー版では「20年」にまで伸びたのか。 実はここにこそ、オリジナル劇画には無かった熾烈な地獄落としの鍵が潜んでいました。
昔、パク・チャヌクの映画をまだ観る前、既に観たと言う友人が呑みの場で、冗談っぽくうっかり「◯◯◯◯!」とネタバレに通じる大キーワードを口にしてしまったんですね。幸いその一言で済んだのですが、それを聞いた私は「15年」と「◯◯◯◯」なるキーワード、更に日本原作であるというポイント(..苦笑..)から計算して、或る仮説を立てたんです。つまり「××××」である「◯◯◯◯」のホニャララを防ぐための15年間軟禁、要は逆の方かと思ったんですよね。 そしたら、蓋を開けてみたら逆じゃない方だったというワケで、、しかもそのポイントは日本の原作には無かったと、原作では(もし私の仮説通りだったら、どこからカウントするかにも依りますが)微妙過ぎる10年しかなかったと(笑)。 ちなみにスパイク・リー版が20年と長いのは、おそらく、米国の国民感情というかモラル(?)的に、そこ15年ではいかにも短い、、という事でしょうか。

しかし大石さん、重い役をよく引き受けてくれました。文章は、視点バトンタッチ(これが良い)に神の眼が混入しちょっとグラグラしますが、それより、結末を知っていても引き込まれる、サスペンスとスリルの強烈さです。泣けるハードボイルドなシーンもあったな。。下品なユーモアに込めた強烈な伏線.... 爽やかなくせに強烈な伏線もある、こっちの方がキツかったな.... そして、ユーモアが抑圧されたシークエンスで貴重なコミック・リリーフの台詞にさえ同趣の・・・・  まあ、大石さんオリジナルのストーリー等々ではありませんので、そこはハンデを付けるべく少し点数落として、7点とします。つまり、作品そのものは相~ッ当に面白い(というか凄い!)という事です。

問題の、映画版から改変されたエンド~エピローグ、燃え盛る激烈さならノベライズの方ですが、映画の行く末の方が、そこに静かに宿る強烈な切なさが沁みますよ。。。。
映画の冒頭でいきなりフラッシュフォワードのシーン、ノベライズではカットされていますが、特別出演風チョイ役さんのあの台詞、残していれば大反転の大きな伏線として機能したろうに、と大いに惜しまれます。
小道具「◯◯の◯◯」が登場するシーンの置き場所は、ラストの衝撃のためには、そこじゃないんじゃ、、ネタバレっしょ、、いや、わざとそこにしたのかな。。何の優しさかな。。 
複数の人物から見た「或る事」を描写するのにやたら繰り返す同じ表現(しかも長い)、これは、ちょっといただけなかったですね。
「●●●を使うなんて・・・・・・汚いやつだ」  ←これ、もしやメタなジョークか(笑)?

原作の日本劇画からどうインスパイアされてここまで大改変したかと思いを巡らせば、まあ、あの重要要素はシンプルに登場人物配置から閃いたのかな。。それと、( 中 略 )文化の浸透した韓国なのにというか、韓国だからこそ敢えてぶつけて来たのかな、最高の復讐方法として。 
その重要要素、主人公側もさる事ながら、復讐者側のそれに纏わる経緯や、何よりその終局のシーン、これがたまらなく切なく、響き残るわけでねえ。。。。

ところで、重要な登場人物で一人、名前の由来が気になった人がいたのですがね、、ネタバレに繋がるので、何も言わずこのへんで。

1367中の書評を表示しています 201 - 220