∠渉さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.03点 | 書評数:120件 |
No.80 | 8点 | 夢・出逢い・魔性 森博嗣 |
(2015/02/11 15:31登録) 再読。やっぱVシリーズは面白い。 初読の時は、スピーディな展開と二重三重に仕掛けられたトリックに騙されっぱなしでしたが、トリックをわかったうえで改めて読んでみると、とにかく「見せ方」が巧い。トリックという「技」をたくさん持っていても、どうやって見せるか、その演出次第でミステリィにおける「技」の効力も変わってくる。キャラクタにもこだわっているVシリーズが目指しているのはこの「技」の「見せ方」だと私は思っている。ミステリィの世界じゃないと受け入れられない大胆不敵な犯罪と、現実世界にいたら完全に浮世離れなキャラクタが、フィクションの世界に於いてどれだけリアリティをもって描くことができるか、その追求と試行錯誤がVシリーズ。だと思う。それが見事に昇華されたのがGシリーズとXシリーズだと思うが、まぁそれついては置いておく。 というわけで本作だが、本作も著者が得意とする密室と、同じく得意とする叙述を用いたトリックが扱われている。とりわけVシリーズは前シリーズのS&Mに較べて大胆な事件が多い。『黒猫の三角』~『夢・出逢い・魔性』の中で見ても、全ての作品で物理的に密室状態と見られるシチュエーションで殺人が行われ、密室状態と定められる条件として、ほとんどの事件が衆人環視のもとで行われているように思う。しかしながら、仕掛けはいたってシンプルなものが多い。そもそもの条件が異なっていたり、ミステリィにしてはややアナーキーな機会仕掛けだったり、本気になって考えるとやや肩透かしにも思えるものが多い。しかし、このトリック群をどうやってソレっぽく見せるかという点に対して、著者のアプローチは常にベストなものになっていると思う。「リアリティ」という言葉を小説に対して使うとしたら、このシリーズ作品こそ、「リアリティ」のあるミステリィ小説だと私は思う。 というわけで本作だが(2回目笑)、動機がなんだかよくわからないのである。これはS&Mの4作目『詩的私的ジャック』に対応しているという意図もあると思うが、多くのミステリィで重要視される動機が、こと森作品に関してはぞんざいに扱われているように思う。まぁある意味克明でもあるのだが。 多くのミステリィでの「動機」はその事件の特異性を、なんとかリアリティのあるものにさせるための、いわばトリックの「必然性」を裏付ける最後の生命線として、扱われていると思うが、おそらく森博嗣は犯人の証言なんて戯言程度にしか思ってないんだと思う。犯人が正直に語ってるからそれが正しい、なんてものは所詮は小説の世界の論理であって、密室殺人とかダイイング・メッセージとかと同じようなものだという扱い。だから森博嗣は密室殺人に人間の強い意志を感じさせながらも、動機ですべてを納得させようとはしないんだと思う。それが小説の世界に与えられるせめてもの「リアリティ」だと言わんばかりに。 そんなことを考えて読んでました。 |
No.79 | 9点 | 月は幽咽のデバイス 森博嗣 |
(2015/02/08 00:05登録) 「森博嗣の作品はミステリィやトリックを楽しむものではなくて、その本質は登場人物の思考や思想にある」 森博嗣あるある、というより森作品の感想あるある。 とにかくこの手の感想を見ることが多いんだけど、個人的にはこれは真逆だと思っている笑。そして本作も。ていうかミステリィに比重置いていないとこのトリックは思いつかないと思うんだけどなぁ。自分がミステリィにそこまで強いこだわりがないのと知識不足だからかもしれないけど、この密室トリックがなんで受け入れられないのかがイマイチわからない。もちろん自分はこのトリック全然わからなかったけど。でもヒントはしっかり提示されているし(水槽とか)、狼男の話がエキセントリックなようで暗喩になってて面白いし、逆に、ヒントだけ残して闇の中になった疑問もあって、ミステリィの一ファンとして非常に考えさせられる作品だった。でもってこの大掛かりなミステリィをキャラ萌えで覆い隠しているのが一番巧妙なトリックかな。いやぁ、参りました。 まぁ森作品が過小評価されているとは思いませんが、自分が過大評価しているとは思います。でもやっぱ好きなんだよなぁ。Vシリーズを再読して思いは強くなるばかりである。 |
No.78 | 9点 | 人形式モナリザ 森博嗣 |
(2015/02/08 00:04登録) Vシリーズはとにかくスタイリッシュ。人物描写は弾けているけどミステリィはキレ味抜群でしかも奥ゆかしい。もちろん本作『人形式モナリザ』も例にもれず良作のミステリィであり、大満足である。 本作の特徴は、『冷たい密室と博士たち』を思わせる、本格へのアプローチ。ミステリィのセオリィに沿った作品という印象。動機、犯人、手法そして思想が序盤からかなりきっちり書かれているので展開はかなりわかりやすい。そしてモナリザの謎、保呂草潤平の謎、紅子、林、祖父江の三角関係等々、本筋のミステリィを取り巻くギミックも多く、しかもテンポが良いのでもうルンルンである(この表現で合ってるかは不明)。 そしてやはり注目はラスト1行なのか?? これは別にラスト1行でどんでん返しみたいなものじゃなくて、ひっくり返ってるのをちゃんと元に戻したような感じの、普通に綺麗な終わり方だと思う。編集部が「ラスト1行 衝撃の展開」みたいな宣伝をしたのかなぁ。すごいみんなラスト1行に触れててびっくりした。 |
No.77 | 10点 | 黒猫の三角 森博嗣 |
(2015/02/08 00:04登録) S&Mの再読が終わったので、まぁ流れにのってVへ。この「V」は瀬在丸紅子の「V」ということは瀬在丸ヴェニ子ということか。はい、どうでもいい。 改めてこの「V」シリーズは瀬在丸紅子を主人公に据えて、保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子を中心に登場人物が入り乱れて繰り広げられる群像ミステリィである。それを踏まえて本シリーズ1作目、『黒猫の三角』である。再読して思ったのは、「森博嗣ミステリィやってるなぁ」。Vシリーズは全体的に前シリーズのS&Mよりもミステリィの要素が強くてトリックの次元も高い‥‥と、思ったらこのサイトを見ると同意見ほぼゼロ、他サイトとか見ても少数意見。どないなっとん!? とまぁ、ほどほどに驚いた。 それよりも驚いたのはやはり本作のトリック。『すべてがFになる』に対応してるのも面白い。形式美・様式美にこだわる作者らしい。しかもアソビもある。パーフェクトこのうえない、と僕は思ってます笑。 あと、「幽霊を見た」の件への批判をサイト内外で散見しますが、あれはたぶん何も問題ないかと。というかちゃんとアプローチ書いてあったような。直接的ではなかったですが。 |
No.76 | 3点 | 生存者ゼロ 安生正 |
(2015/02/08 00:04登録) 安生正デビュー作。このミス大賞受賞作。らしい。 パンデミック!? で北海道に突如壊滅のカウントダウンが点ってしまいます。我が故郷も壊滅してました(笑)。親父の故郷も壊滅してました(笑)。それに怒って点数を下げてやろうとは思いませんが。でもってこの作品の肝になるアイデアはぶっ飛んでてそれこそパンデミック並の破壊力で感心しましたが、無能な政府関係者たちの描写はちょっと引っかかるなぁ。だって、どう考えてもリアリティがないし、小説的なリアリティにしても大きく欠けていると思う。あの震災の時の管さんに過剰なデフォルメをしただけの浅い描写だなぁと思う。これはシロアリのトリックの見せ方にも感じる。なんて知ったようなことを書いてみる。そんでもって、次作に期待。 |
No.75 | 7点 | 森博嗣の道具箱 評論・エッセイ |
(2015/01/31 23:55登録) インフルエンザのおかげでちょっと活字が辛くなってたんで、リハビリがてら大好きな森博嗣の軽めのエッセイで。 小説作法的なエッセイでもなくミステリィ評論でもないのでこのサイト的にはグレィなチョイスのような気もしますが個人的には全然そうは思ってないので断行しましょうか。何より森博嗣なんで。 とまぁ身も蓋もない前置きはさておき、じゃあどんなエッセイかというと、タイトルの通り。道具をテーマにしたエッセイ集。小説よりも工作を愛してやまない著者の「物創り」の発想法とそれを支える道具の存在。 「「そんな、すべてを機械任せにするなんて、なんか寂しい。人間性を失いそうだ」と言う人がいるけれど、あれはちょっと違うように感じる。たとえば、計算をすること。これって人間的な行為だろうか?」「僕が学んだことは、「道具は効率をアップするが、不可能を可能にするものではない」という法則だ。逆にいえば、道具がないからできない、といえる事例はこの世にない。なくてもできる。道具は、もともとそれができる人を助けるだけなのだ。」「天秤を見て感じるのは、バランスがとれている平衡状態が、いかに不安定なもの、奇跡的な条件か、ということである。(中略)バランスが保たれている状態なんて、本質的に不安定なものだ、という認識が必要ではないだろうか。常に気をつけていないと維持ができない。」うーん、深い。小説よりも純度が高いのは趣味人、エンジニアとしての森博嗣から出ている言葉だからか。別に工具に興味が無くても楽しく読めるので、そこは作家・森博嗣のテクニック、巧妙である。 |
No.74 | 5点 | ナイト・ソウルズ アンソロジー(海外編集者) |
(2015/01/31 23:55登録) マキャモン『夜襲部隊』、F・ポール・ウィルソン『ソフト病』、ハーバート『モーリスとネコ』、ブロック『ささやかな愛を』、モンテレオーネ『夜は早く凍てつく』、アラン・ロジャース『死からよみがえった少年』、キング『ポプシー』あたりがハイライトかな。ホラー、SF、ポエム、ギャグ、ファンタジー、よくわからんやつ(『スプラッタ』ってやつ)等々、22本バラエティに富んだラインナップなので、当たり外れはあるかもですが、私的にはまぁまぁ満足のアンソロだった。 |
No.73 | 8点 | 地球儀のスライス 森博嗣 |
(2015/01/31 23:54登録) 森博嗣の短編集の中では一番人気というか、好評を得ている印象。試行錯誤と荒削りさで実験的風味の強い『まどろみ消去』を経て、作家としての武器を増やして挑んだ第二短編集、面白くないわけがない。個人的な好みはどこか脆さのある『まどろみ消去』だけど完成度的には圧倒的にこちらだとは思う。単純に面白い作品がたくさんあるし。 『小鳥の恩返し』『片方のピアス』『素敵な日記』はミステリィの中にしっかり著者の個性がベースになっていて、キレ味もあるおいしい作品。『僕に似た人』『石塔の屋根飾り』『マン島の蒸気鉄道』はファンにとってはなかなか嬉しい作品だし単発としても楽しめるクイズ要素の強いミステリィ。 『有限要素魔法』『河童』は森博嗣らしい「ゆがみ」のある、かつ美しい作品になっている。「有限要素法」と芥川の「河童」というモチーフも興味深い。 『気さくなお人形、19歳』はけっこう記憶に残る短編だったけど、まぁシリーズひととおり読んでから戻ってくるとこれがまた心地良い。ほろっとくるし。既に小鳥遊くんと紫子さんキャラが出来上がっているのにビックリ。 そしてなんといってもトリの『僕は秋子に借りがある』。個人的には『キシマ先生の静かな生活』と双璧をなす森短編の大傑作と認識している笑。少女マンガチックなんだけどオシャレで洗練されててダラダラしてなくて。そして何より仄かにあったかく、仄かに冷たい。この形容しづらい感性が森作品であり自分と森博嗣の果てしない距離である笑。あぁ果てしない。 あ、あと冨樫が油売ってます。笑。 |
No.72 | 5点 | どきどきフェノメノン 森博嗣 |
(2015/01/18 21:20登録) これも森博嗣が書かなかったらおそらく読まなかったであろう類の作品。なんてったってラブコメである。殺人事件も起きなければ万引きさえない、ミステリィらしいミステリィも無い、ただひたすらドキドキあるのみのあのラブコメである。はじめてのラブコメ体験におじさんもうタジタジである。まぁでもそんなに悪くはなかった(笑)。気持ち悪いおじさんでごめんなさい。 ストーリィはといえば、S&MとVシリーズからミステリィを引いた感じのものになっている。こんな説明でこのサイトの人の興味をそそるとは思えないが・・・!! |
No.71 | 5点 | 河童 芥川龍之介 |
(2015/01/18 21:20登録) 高校時代の惨状から遠く離れて、まさか今自分が芥川の作品を読んでいるだなんて、精神を病んでいるとしか思えない(笑)。現国のときに『羅生門』を読んだときに、「あぁもうオイラが芥川を読むことはないな」と思ってたその「オイラ」が数年後に芥川を読んでいるのである。しかも晩年の、ディープな世界観のやつをよりによって選んでしまうのである。多分、ナルシストなんだと思う(笑)。よくもまぁ気取った読書家になったもんだ(日本語オカシイ笑)。 とまぁ自虐的に掴みの文章を書いてみましたが、まぁこの程度の文才(!?)じゃあこの程度の自虐である。芥川龍之介程の文才が自虐を書くと『河童』という作品集のようになるのである。もう読んでられない、というよりかは読む気になれない、感じである。人間社会を皮肉った『河童』なんかはSFめいた掴みがあって、フィクショナルな風味が強いからある程度面白く読めたけれど、『歯車』、『或阿呆の一生』、『或旧友へ送る手記』はもうほぼドキュメンタリーである。しかも鬱で自殺間近の才能あふれる文豪が自分で自分を描いたドキュメンタリーなのである。アメリカかぶれ風に言うとリアリティ・ショーか。しかもこの鬱野郎の質の悪いのはそんなドキュメントを作品にして残すあさましさ(笑)。もう自分に酔っているとしか思えない。自意識過剰の極致。でもそんな作品を皆こぞって評価してるのである。もうそろいもそろって病んでるとしか思えない(笑)。まぁ楽しくない小説だけど面白いのは間違いない。少なくとも心には残った。おススメはしないけどね(笑)。 |
No.70 | 6点 | 森博嗣のミステリィ工作室 評論・エッセイ |
(2015/01/16 17:34登録) 自分は作品を通して森博嗣が好きになりましたが、無粋な読者なので、作品だけじゃないところで森博嗣のことが知りたくなり、夜も眠れなくなる前に、この本を手に取りました。だいぶ前の話ですが。それから数年たってだいぶミステリィも読むようになって、改めて本書の企画のひとつである『森博嗣のルーツ・ミステリィ100』を見てみると、なんと、まだ一冊も読んでない!!かなりの定番作家も入っているので、「これも読まないでオマエ生意気にコメントしてんのか」なんてサイトの皆さんに怒られそうですが、まぁ、どうか怒ってやってください(笑)。そんなわけで、夜だからって眠っている場合じゃないなと、思い直す冬。 |
No.69 | 2点 | 生首岬の殺人 阿井渉介 |
(2015/01/16 17:16登録) 本シリーズ初読。路上に生首が転がっていた事件となんだか頓珍漢な誘拐事件が同時に起こって、捜査を進めるうちに二つの事件が関連していることがわかっていく警察ミステリー。 これ一応シリーズもので、シリーズ名が「警視庁捜査一課事件簿」というなんとも冴えない題なんですが、読んでみてまぁまぁ納得笑。はみ出し者の名刑事と真面目すぎで不器用な刑事のなんとも昔風な2時間刑事もののバディみたいなコンビで、捜査もなかなか地道。これには参ったなぁ(実はそうでもないが)。でもってそのはみ出しデカの菱谷さんの推理はほとんど直感だし、論理的じゃない笑。まぁトリックが破綻してれば推理もそうなりますが、相棒の堀にしても捜査をすすめるうえでのインスピレーションは、事件関係者の立場やパーソナリティで、ほぼ感情論である。とまぁなんともお粗末なような感じがするが、このお粗末感はわりに気に入っている。この事件にこの刑事は過不足なしで割り切れるスケールだったと思う。 また、不可能趣味も溢れている本作なのだが、まぁなんとか動機で全てが片付いているような感じだった。逆にいえば動機が強すぎるので不可能趣味としての味は薄くなったような。この動機でこの犯罪ありか、とはならなかった。まぁいいんだけど。 これがシリーズ何作目の作品なのかは知りませんが、本作では、切れ者刑事・菱谷の相棒・堀が菱谷の娘と付き合っていて、その二人の関係が少し倦怠気味になってしまうというストーリーが作品の味付けになっているんですが、よりによっての倦怠気味でだるくなってしまう読者であった。 |
No.68 | 9点 | 有限と微小のパン 森博嗣 |
(2015/01/12 23:18登録) 10点でもいいんだけど、単体の評価にしました。それでも10点でいいんだけど(笑)。 人それぞれ評価が割れに割れる森作品らしく、とくに本作は顕著にかんじますが今回も割れてますねぇ。それぞれがそれぞれに評価の傾向に驚いてるのが面白い(笑)。 ちなみに自分がサイトみて驚いたのはストーリィの評価の高さとトリックの評価の低さ(笑)。まぁ低いというかミステリィとしての手ごたえが無かったという評価なのかな。その分ストーリィがキレキレな印象が強かったようで。 個人的に、森博嗣さんのミステリィ系の作品は、トリックをかなり高く評価しているし、本作も素晴らしかった。このトリックとストーリィが密接な関係をしっかりと持っているところが森作品の魅力かなぁと自分は思う。 もちろんトリック単体をとっても素晴らしい。S&Mシリーズ内でも常に新しい試みがされていて、完結編でも新しいネタで勝負しているのはプロの意気を感じるし、意図も明確。また、塙理生哉らのパーソナリティも深く掘り下げられいるのでその点でもかなりフェアな作品に仕上がっていると思う。 まぁそれにしてもこのトリックは少し邪道かなと思うし、つまんない、合わない、アンフェア、肩透かし、がっかりという意見も、まぁまぁわかる。でもそう思わせた時点で著者の意図は確実にハマったんだとも思う。このサイトの評価を見たとき、自分の意見も含めて、ある意味で小説以上の予定調和を感じた。良い悪いの評価をしたところで、作品の存在価値を高めるだけ、そんな作品を作ったんだと思う。幻想か。 もう充分語りましたが、シリーズとしての評価もしたい。インサイダーで始まりアウトサイダーで終わる10の物語。シリーズ10作品からの引用になっている章ごとのエピグラフ。明かされる真賀田四季の所在、残念ながら出てこない喜多先生(涙)、真賀田四季、真賀田四季・・・。 とにかく形式美、様式美。均整をとって纏まっていると思う。ひとつの流れとしてこんなに綺麗に始まって美しく終わったシリーズは、自分はあんまり知らない。なのでこのシリーズが完結してしまうのは寂しいけど、この小さくて大きなシリーズを一片のパンで締めくくる森博嗣の「強さ」は、自分も見習いたいものである。 そんな有限のもとに終わったシリーズから、無限の可能性を持って巣立っていった真賀田四季。彼女は魅力的な女性だと思う反面、宇宙の謎のような未知に包まれているその存在は恐怖にも思える(こんなこと言っちゃう位入れ込んじゃってます笑)。むしろ恐怖の方が強い。恥ずかしながら、真賀田四季のことを考えて怖くて寝れなくなったことが何回かある(笑)。自分にとって真賀田四季はそんな存在である。 でもって、これで犀川・萌絵の物語としては実質的に終わりである。Gシリーズ、Xシリーズ等での再登場はあるが、犀川、萌絵の物語ではない。とくに萌絵は、本作『有限と~』の第9章で早くもその役目を終えている。犀川は、犀川らしくファジィな感じで、ほんの少し役目が残っているのかなぁという感じだが、西之園萌絵という物語は、ここでひとまず終わりなんだなぁと、改めて読んで感じた。まぁまだどうなるかはわからないけれど、少なくとも自分がV、G、X等のシリーズを読んだ中では、もうこの2人の役目は終わっているんだという印象を受けた。だからこそ新たなシリーズを次々と始められているんだとは思いますが。まぁそれだけに今後の展開も楽しみである。そんな中で、真賀田四季は神の見えざる手のように、すべての物語を司る役目として常に存在している。世界観が連動しているシリーズに限らず、『スカイ・クロラ』や『ヴォイド・シェイパ』などの単独シリーズや単発作品にもその兆候を見出している自分はもうそうとうにイカれていると思う。 「貴女は、貴方から生まれ、貴女は、貴女です。そして、どこへも行かない」 これが、真賀田四季がこの世界で課せられた使命であり、幻想。たまには、どっかに行って欲しいものです。 兎にも角にも、このシリーズの存在は、自分にとっては絶対的なもので、たぶんこれからもさらにその評価は大きくなるんだろうな。 でもって、本作の世界で提示されたVRのテクノロジィが現実になったら、日常になったら、現実が森博嗣の世界に追いついた証拠として、この作品を10点満点の評価にしたい。 長い書評なんで読まないでください。作品は長いけど読んでください笑。 |
No.67 | 4点 | ナイト・フライヤー アンソロジー(海外編集者) |
(2015/01/08 20:54登録) アメリカでは著名なモダン・ホラーの作家さんたちが集結したホラーアンソロジー。 とはいえそのうち半分くらいの作家さんは日本で紹介された形跡がほとんどなく(∠渉調べ)、自分も疎い方面なので、知っている作家はキングとストラウブとバーカーくらいでした。 キングの短編はお得意の現代版・吸血鬼でキングファンにとっては馴染みやすい作品だった(『ナイト・フライヤー』)。一方、ストラウブの短編はものっそい気持ち悪いストーリィなんですが(ゲイでロリコンのおっちゃんが×××をしてます)出来が良いからアリとしかいえないこのもっさり感(『レダマの木』)。 そんな中、私的に一番良かったと感じた作品はデイヴィッド・マレルの『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』。ある画家に魅了された批評家や画家が次々にイカれてしまう物語。神経症、強迫症はスリラーではよく扱われるテーマですが、この中編はうまくそれが調理されていて、怖かったです。 とまぁ良い作品もいろいろあったんですが、如何せん読解力が無いものですから、全体の流れにいまいち乗り切れなかったのが悔やまれるところでした。独特な言い回しのオンパレードで疲れてしまった部分もあったし。なのでこの評価は自分に対しての「イマイチ」です。 |
No.66 | 9点 | 数奇にして模型 森博嗣 |
(2015/01/06 22:59登録) プロローグで提示された主題は、突然降りかかった最大級の危機から孤独な模型マニアの寺林高司がどう逃れたか、である。 ところがどっこい、登場人物が多い割にすべての事件を結び付ける人間は寺林以外出てこないし、結局、寺林は逃げられていないのである。 でもって密室も首切りも謎の手紙も、すべてが曖昧で、ぼやけたまま事件は終わってしまうのである。どうしたものか。 たくさんの登場人物がどっかこっかで事件の関係者のひとりになって、探偵小説ではおなじみの、第三者に向けての説明みたいな口調がほとんど排されてしまっているのも、読者の混迷をさそっているのか。 だから自分なりに考える。寺林の「最大級の危機」とは、物語の「主題」とは何だったのか。いつかこの命題から結論を導くことができるだろうか。 アンフェアだと言ってしまえば簡単だけれど、こなれてくるとすぐ思い上がる読者(僕のことです)への戒めをさせてくれた、大切な作品である。気持ちの悪い作品だけれども、この評価は揺るがない。 そして、つくづく感じたこと、それは 基本的に、作家は読者の何枚も上手であるということ。 自分にはこの作品のもつ感性がただただ衝撃的だった。 まぁGシリーズ、Xシリーズが出ている今となっては本作はかなり森作品らしいテイストのような気がする。それに加えて当時にしてはかなり深めのオタク文化の考察。これは後の趣味本や新書など、森作品の機軸のひとつになっている。この点からみてもファンとしては興味深い記述が多かった。まぁそんなこんなで、今はあのエピローグに思いを馳せてます。 なんだか抽象的な書評である。以上。 |
No.65 | 8点 | 今はもうない 森博嗣 |
(2014/12/28 00:36登録) もしかしたら、僕のコメントを見てくれている人がいるのかなぁという体で、コメントさせていただきやす。 個人的な意見として言いたいんですが、別に、シリーズを知らないと面白くないってことは無いです。この作品に限らずそうなんですが、とくにこの作品はシリーズ知ってることが条件みたいなコメントがこのサイトに限らず多いので、さすがに気になってしまいました。もちろん、シリーズ読まないとわからないと言ってる人は基本的にもうシリーズを順番に読んじゃってる人なわけで、いきなり『今はもうない』から読んじゃう人は客観的に読める確率は高いし、無垢な感覚で読めると思うし、これはこれで電撃的な出会いになるかもわかりません。別に、どっちが良いか悪いかの話ではないです。なんというか、シリーズちゃんと読まなくてもそれは読者の感性しだいなので、もしかしたら一瞬で叙述トリック見破っちゃうかもしれないし、密室の新しい仮説を見つけちゃうかもしれないし、読者の発想の幅の広さで言えばおそらく圧倒的にシリーズ未読の方が強い。もちろんだからといって、そのなかで合う・合わない、面白い・面白くないはありますが。まぁ、せっかく読むなら自由に読んで欲しいってことです。作品の順番が読者の感性に影響を及ぼすことは多分ないですから。かくいう自分は、順番がよくわかってなくて、森作品1周目の序盤はかなりバラバラに読んでました。さすがに怖くなって途中から軌道修正しましたが、おかげでほんの少し面白い感じにはなりました。まぁ僕は感性もへったくれも無いような、脳味噌の田楽みたいな頭の悪い本読みなんですが。 でもって密室ですが、個人的にはS&Mシリーズの中では『詩的私的ジャック』に次いで気に入ってるネタです。そもそも密室なんて存在が納得できない。それに応えるような『詩的私的~』のロジックがあって、『今はもうない』でもひたすら密室や殺人現場の構造への疑問がさまざまな仮説で展開されて、出てきた結論は「説明はできるけどホントのことはわからない」ということ。もちろんミステリィなんでできればスッキリとした答えが欲しいけど、思考のプロセスの中にこういう考えを持つことも大事だなぁと感じた。 いかにも天邪鬼な森博嗣信者のコメントになりましたが、ホントにその通りです。客観的に見て全く参考にならないことこの上ないです。 |
No.64 | 7点 | ブラッド・スクーパ 森博嗣 |
(2014/12/25 00:27登録) シリーズ2作目。森博嗣の剣豪小説。 前作の『ヴォイド・シェイパ』は社会を知らないゼンのロールプレイング小説。んでもって本作はチャンバラもより激しさを増して、ちょっぴり(森)ミステリィっぽい要素がある。前作よりは、このサイト向きの作品になっていると思う。まぁだからどうしたの3乗根ですが、ちょっと遠回しにおススメと言いたいんだと思います。 作品に戻りますが、クズハラ、ハヤ、コバ、クローチ、ナナシなどなど、前作以上に魅力的なキャラクタが出ている中、前作にも登場しているノギがいいね。ノギのツンデレぶりといい、ゼンのモテっぷりといい、ラノベ的なところも相変わらずの森作品ぷりである。 |
No.63 | 9点 | 夏のレプリカ 森博嗣 |
(2014/12/24 23:47登録) 『幻惑の~』と甲乙つけ難い出来だと思います。このシリーズの中では"泣き"の一作かな。少なくとも僕はそんな感じでした。ラストのチェスのシーンはなかなかの名シーンで好きな人も多いと思いますが、ホントに良いシーンが多い本作。最初読んだときは暗い印象しかなかったけど、改めて読むとすごい爽やかな読後だっなぁ。不思議な感覚だった。個人的に好きなのは、世津子の家を犀川先生が訪ねるシーン。この二人の家族構成を知ってから読むと、この何気なさがあざといくらい良い。ホントによくできたシリーズ構成だなとひとりで感心。別に普通の仲のいい兄姉の会話なんだけど、それを犀川先生がやっちゃうとね。なんか無性にホッとする。 あとは、駅で奇跡的な出会いを果たす萌絵と失踪したモトキ君のシーンでしょうか。賛否両論な感じですが、そもそもモトキ君の失踪って何だったのみたいな声も聞こえてきますが、僕はこの蛇足、嫌いじゃない。むしろこの無駄な意味深さにひとりで喜んでいたクチでした。こちらは偶数章の作品だから、「偶然」が入り込んだのかなぁ。なんて。 ハイライト多し。ミステリィ良し。視界は良好です。 |
No.62 | 9点 | 幻惑の死と使途 森博嗣 |
(2014/12/20 23:21登録) あの動く紙人形を1000円で買った少年時代を思い出したなぁ。ハイテクロボットだと思って1000円安いなぁなんて思ってた馬鹿な子供だったな笑。でもって袋明けて紙人形を出したらただの紙人形で、種はさすがにわかったけど、全然うまくできなくてそっこーゴミ箱行き笑(妹も買ってたから2000円分!)。マジックに幻想を抱いていたアホ助だった。なんて過去形で言ってるけど、有里匠幻のミラクル・エスケープにまんまと騙される馬鹿な大人なのである。 有里匠幻殺害から有里ミカル殺害までミラクル・エスケープ怒涛の3連発というシリーズ中もっとも派手なミステリィショーが展開される本作。でもやっぱフィナーレの4つ目のエスケープは質感のある描写だったなぁ。素晴らしかった。あと、引田天功の解説がとってもいいのよ。ものにはすべて名前がある、ってサイカーさんもいってたけど、「引田天功」もまた然りなわけだ。うんうん。 整合性もかなりしっかりしてると思ったけど気になることを一つ。 金魚すくいを知らない萌絵ちゃんの440ページ。 「ラムネを飲むのにビー玉が邪魔になるように、最初のキーは、いつも関係がない。」 ビー玉ラムネは知ってんだ・・・お嬢様はわからん。まぁ、見事にどうでもいいんですが。 |
No.61 | 6点 | 薔薇忌 皆川博子 |
(2014/12/19 16:51登録) 実家の本棚にあった掘り出し物。 ミステリ的な要素も含んでいるけれど、基本的には幻想小説。シチュエーションが全て(伝統)芸能の世界(歌舞伎、能、舞台、演劇)というくくりなので、かなりよく纏まっている。舞台に潜んでいる生と死の倒錯感を幻想的に表現した7本の短編。全編ラストに魅惑的などんでん返しがあるのもミステリ的。個人的には性的倒錯に満ちた「化粧坂」とドラマティックな「化鳥」がお気に入りだが表題の「薔薇忌」やセクシャルスリラの「紅地獄」や溢れる狂気「桔梗合戦」も捨てがたい。ホラー作品って、下品なゾクゾク感が結構あると思うんだけど、まぁ、それもすごく好きなんだけど、これはちょっと違ったなぁ。死の匂いたちこめるゾクゾク感が、なかなかどうして美しいんだよなぁ。これが演劇縛りの意図なのか。 とにかく、粒ぞろいの和製スリラ集である。掘り当てて良かった。 |