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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.31点 書評数:1078件

プロフィール| 書評

No.1058 4点 SOSの猿
伊坂幸太郎
(2024/03/10 20:19登録)
 古本市で、ワゴンにある本を物色していたら本作のサイン本を発見したので「ラッキー!」と思って購入。久しぶりに氏の作品を読む機会となった。
 だが、氏の作品としては珍しくリーダビリティが高まらなかった。文体が読みにくいわけではなくいつものトーンなのだが、いかんせん物語設定についていけない。昔なじみの近所のお姉さんに、ひきこもりの息子の相談をされた遠藤二郎が、そのひきこもり息子・辺見眞人が語る妄想(?)が、未来を予言していた(かもしれない)ことに気付くストーリーなのだが、結局何だったのかあいまいなまま終結する。どれがイマジネーションで、どれが現実なのか読み分けるのもややこしく、そのうえ結末が書いたとおりなので、なんだか…って感じだった。


No.1057 6点 高層の死角
森村誠一
(2024/03/03 19:23登録)
 社会派ミステリ、アリバイものが隆盛を誇っていた時代を強く感じさせる一作。「…であった。」といういささか仰々しい文体もまた。
 密室のトリックも、飛行機を使ったアリバイ工作も、今の時代の眼から見ると色褪せたしろものではあるが、読み手としては当時の社会状況に仮想的に身を置くので気にならない。あとは好みの問題で、時刻表によるトリックは面倒で煩わしく感じる人はいるかもしれない。
 秀逸に感じたのは最後の壁「レジスターカード」のトリック(これも現在のようなセキュリティではない話だが)。連番で打刻されるナンバーの途中に、アリバイにする自身のカードを挿入させる手口は、ホテル勤務を経験していた作者ならではの着眼点だろう。


No.1056 6点 殺人者志願
岡嶋二人
(2024/03/03 19:09登録)
 氏の作品はそれほど読んでおらず、ファン的な期待感がよい意味でなかったため、フラットな立ち位置で楽しめたと思う。
 その日暮らしの綱渡り生活ながら、ラブラブなノリでちょっとイッちゃってるカップルというのが、いかにも作品当時の社会文化を映し出していてなんか懐かしい。軽妙で小気味の良い2人のやり取りもしかり。
 冒頭の雰囲気では、ぶっ飛んだ2人がそのまま嘱託殺人を実行する話かと思っていたら、隆友と鳩子が意外に真人間で予想外の方向へ。殺人に失敗したあと、何がどうなっているのか分からない状況が立て続けに起こり、謎が深まっていく段は非常に面白かった。
 宇田川には気の毒だが、予想外にハッピーエンドに落ち着き、読後感もよかった。


No.1055 5点 町長選挙
奥田英朗
(2024/02/27 23:08登録)
 まぁ、ミステリではない。特に前半2編「オーナー」「アンポンマン」は特定の実在著名人をモデルにしており、社会風刺風の読み物。とはいえ、その実在モデルを批判・批評する趣旨ではなく、それを題材にしながらの一種のハートウォーミングな短編にまとめている。
 しかし、伊良部は本作で、「アホを装う実は深遠な何かがある人物」ではなく、本当に「ただただアホ」であることが確定した。表題作「町長選挙」では、それでも何か「もっている」人物として描かれてはいたが。
 上に書いたように、基本ハッピーエンドに着するので読後感はよい。特に、結末はどうなることかとにやにやしながら読んだ表題作「町長選挙」は、都会から派遣された公務員の心情の変化に映し出される物語の趣旨がよかった。
 ミステリの採点サイトなので、その意味で高評価にはしづらいが、短編集としてよい出来ではあると思う。


No.1054 7点 黄土館の殺人
阿津川辰海
(2024/02/25 19:50登録)
 高名な芸術家・土塔雷蔵の滞在する「荒土館」に招かれた名探偵・葛城輝義と助手・田所信哉。ところが到着した途端に地震による土砂崩れが起き、葛城だけが土砂のこちら側に取り残されてしまった。クローズド・サークルとなってしまった荒土館では何が起きているのか?心配する葛城のいる側でも、殺人を匂わせる不穏な動きが起きていき―

 シリーズを通して館、クローズド・サークルを貫く姿勢は大変うれしく、作者の本格ミステリ愛を強く感じる。
 今回は、葛城と田所が分かれてしまうという設定で(有栖川有巣の某名作ををちょっと思い出した)、タイトルにある事件のメインは田所が残された荒土館になる。一方冒頭では、外側に残された葛城の方で未遂事件が起きるのだが、あくまでその時は「前段エピソード」のような印象。だったが…最終的にはそちら側のストーリーも真相の伏線として巧みに機能しており、改めてこの作家の腕を感じさせる見事な組み立てだった。
 ただ、事件の「真犯人」は、物語の構成上でほぼほぼ想像ができてしまうのではないかなぁ。もちろん、「どうやって?」「なぜ?」という謎を見破らなければただの当て推量なのだが…。「どうやって?」の部分は複雑なトリックや本作でいえば「偶然」も多々絡んできているのでちょっと推理は無理っぽい。そして「なぜ?」の部分は、これこそわかってしまう感じだった(「双○」というワードをさらっと流されて、反応しないミステリファンはいないって)


No.1053 7点 網走発遙かなり
島田荘司
(2024/02/25 19:30登録)
 このたび刊行された完全改訂版。
 連作短編として共通した登場人物が出てくるとはいえ、それぞれが独立した一編であり、作品の毛色も違う。どの作品も、昭和の香りが色濃く出ており、興趣をそそった。
 経済的成功者と平凡な家庭を隔てる格差から武器な老人の話へと展開する「丘の上」、都会の喧騒にまぎれて怪しげに動き回るピエロの動きから謎解きが始まる「化石の街」、乱歩に耽溺した女性の行き過ぎた詮索が疑惑をもたらす「乱歩の幻影」、四十年前に殺された父の真相に迫るタイトル作。
 本当に、四者四様の面白さで、非常にお得な短編集だと感じる。 


No.1052 8点 悪なき殺人
コラン・ニエル
(2024/02/25 19:07登録)
 吹雪の夜、フランス山間の町で一人の女性が殺害された。事件に関係していたのは、人間嫌いの羊飼い、彼と不倫関係にあるソーシャルワーカーとその夫、デザイナー志望の若い娘という、4人の男女。それぞれの報われぬ愛への執着を描く物語は、遠くアフリカに住むロマンス詐欺師の青年の物語と結びつき、やがて不可解な事件の真相を明らかにしていく。思わぬ結末が待ち受ける心理サスペンス。ランデルノー賞(ミステリー部門)受賞。(「BOOK」データベースより)

 農夫と不倫しているアリス、その相手の農夫ジョゼフ、デザイナー志望の女マリベと、各人物の視点から描かれる章が続く中、読者は事件の像を想像する。分かりそうでいまいちピンとこないその想像が膨らんだ先に、「アルマン」というロマンス詐欺師の章になり、全く意外な物語の仕掛けが明らかになる。最後、アリスの夫・ミシェルの章で終わる構成には膝を打つ思いで、高いストーリーテーリングの技量を感じさせる一作。
 何となく、ルース・レンデルを思い起こさせるような作風で、私の好みに合う作品だった。


No.1051 8点 少女が最後に見た蛍
天祢涼
(2024/02/13 20:50登録)
 神奈川県警生活安全課の婦警・仲田蛍。弁護士になるために「軍師」キャラで高校生活をやり過ごそうとしている正義感の強い少年が目撃した、同級のいじめっ子のひったくり強盗(十七歳の目撃)。両親を思う気持ちゆえに、SNS上の言動から国会議員宅に暴挙を仕掛けた少年(言の葉)。青少年の心に寄り添い、理解しながらも正しい道へ導こうとする警察官・蛍のどこか心が温まる連作短編集。

 有名ランキング等で華々しく耳目を集めてはいるわけではないが、天祢涼は個人的に非常に信頼を置いている作家である。読みやすい文体、リーダビリティの高い構成、満足感の高い結末。本短編集も、その期待に沿う快作といえる。シリーズものの主人公が、青少年時代から異彩を放つ存在であった、という体はまぁよくあるパターンではあるが、どんな作品を読んでもそのたびに面白いのだからよい。
 表題作以外は人が死ぬこともない、いわゆる「日常の謎」(犯罪はあるが…)のような作品集だが、「殺人」という極端で分かりやすいミステリではない題材で、ミステリとして仕上げるのはかなりの腕前が必要なのではないか、と本作のような短編集を読むとつくづく感じる。
 いずれにせよ、好きなシリーズ(そして作家)になっている。そしてハズれないという信頼もある。本作以降も期待したい。


No.1050 6点 アンリアル
長浦京
(2024/02/13 20:25登録)
 両親の死の真相を探るため、警察官となった19歳の沖野修也。警察学校在校中、二件の未解決事件を解決に導いたが、推理遊び扱いされ組織からは嫌悪の目を向けられていた。その目は、暗がりの中で身構える猫のように赤く光って見えるー。それが、沖野の持つ「特質」だった。ある日、「内閣府国際平和協力本部事務局分室 国際交流課二係」という聞きなれない部署への出向を命じられた。そこは人知れず、諜報、防諜を行う、スパイ組織であったー。(「BOOK」データベースより)

 「悪意、敵意をもっている人間の目が赤く光って見える」という特異能力を有する主人公の、SF?特殊設定?仕立ての、スパイ小説。
 こうした仕立ての作品によくあるように、登場人物たちが超人的な技能をもちながら、ある意味「淡々と」それを行使し日常業務的に過ごしている。毒殺や爆殺の危険がそこかしこにありながら、その先の先を読んで防護したり、仕掛けたりとか。まぁ現実的にはありえないスペシャリスト感なのだが、「現実的にはあり得ないスペシャリスト感」だからこそ面白いのであって。ある意味アニメ的な。
 ということで、小気味よく面白かったことは間違いない。ただ、主人公の一番の核である「事故死とされた両親の真相」が、結局何ら解明されないまま終わっているのはいかがなものか。続編へと続くということなのだろうか。だとしてもこの問題は、本作の中で完結しておくべきだったのでは…と思う。


No.1049 5点 野火の夜
望月諒子
(2024/02/11 20:03登録)
 血まみれになった五千円札を大量に各所で両替し、刷新しようとしていた事件から、25年前の田舎町で起きた放火殺人の真相が紐解かれていく。なかなかのプロットのもと組み立てられた、よくできた物語なのだが…
 なぜか、非常に頭に入ってきにくい感じがあった。5千円札事件、豪雨の日の記者の死亡事件、池袋のビル下で起きた死亡事件、と複数の筋を行き来して話が展開し、さらには終戦後の満州の話に及ぶなどめまぐるしく場が広がっていくなど、頭がなかなかついていけなかったのが正直なところ。
 文章には力があり、人間描写も巧みだと感じるのだが、作中の情報の消化が追い付かず、作品本来のよさを感じきれずに読了してしまった感があった。


No.1048 7点 ちぎれた鎖と光の切れ端
荒木あかね
(2024/02/11 19:51登録)
 ある孤島に夏のバカンスを楽しむために集まった8人の男女。その中の一人、樋藤清嗣はうえ、自分以外の全員を殺害する計画でいた。ところが、滞在初日の夜、樋藤ではない何者かの手によって参加者の一人が殺害される。混乱し、焦る樋藤を尻目に、殺害は次々実行されていく―

 連続殺人を企図していた人間の目の前で、自分ではない誰かによって進められていく惨殺劇。斬新というほどではないが十分魅力的な展開で、第一部は本格ミステリを堪能できた。
 場面が変わっての第二部も、一転して現代的な小気味よいテンポで、その対照性が作品の面白さを増していたと思う。総じて面白い一作だった。
 ロジカルな謎解きに仕立て上げるために、物語を緻密に仕組んでいる手腕は十分わかるが、それゆえに強引にならざるを得ないところがあったのも確か。場の勢いで一人の男を殺めてしまった犯人が、一気にここまで犯罪を飛躍させるか?(それをここまで隙なくやり遂げるか?)クーラーボックスの中身を見ただけで、皆殺しの企みを「確信的に」知りえるか?…など。
 まぁ、ミステリとしての謎解きを楽しむため、と振り切って楽しむべき。


No.1047 6点 一夜
今野敏
(2024/02/04 20:27登録)
 人気小説家・北上輝記が誘拐された。著名人の誘拐事件に緊張が高まる警察だったが、犯人からの接触は一切ない。ようやく届いた犯人からの要求は、「この誘拐事件を世間に公表しろ」というもので、金銭その他の要求はなし。いったい犯人の目的は何なのか?おかしなところが散見される事件に、竜崎伸也が挑む。

 同じ日に都内で起きた殺人事件の話が出てきたところで、だいたい真相が見えてきて、実際その通りだった。ミステリ的な仕掛けとしては本サイトの方々であれば予想の範囲内だろう。周囲の、世俗的な余計な配意を一蹴する竜崎節も本作ではあまり目立たず。相変わらず小気味よく無駄のないテンポで非常に読み進めやすいが、シリーズとしては平均作の印象。


No.1046 6点 あなたが誰かを殺した
東野圭吾
(2024/02/04 20:14登録)
夏の閑静な別荘地で恒例となっていた、近隣同士の四家でのバーベキュー・パーティ。ところががその晩に、5人が殺害される連続殺人が起きた。突如起きた惨劇に、悲しみに暮れる親族たちだったが、犯人はすぐに自首。四家族とは縁のない外部犯だったのだが、あまりに不可解な事件の様相を解こうと、関係者たちで「検証会」を行うことに―

 「〇〇が〇〇を殺した」のタイトルによる加賀恭一郎シリーズは、これまでは作中で犯人が明らかにされず、読者が真相を推理するという仕組みの作品だったのだが、本作はそうではない。言ってしまえばいたって「普通の」フーダニットのミステリだった。
 作品前段で早々に犯人が自首するのだが、当然それがそのまま真相であるはずはなく、「真犯人」が別にいるという暗黙の了解で物語を読み進めることになる。些細な違和感をもとに推理の突破口を見出す加賀刑事の慧眼は健在で、そこから真相を紐解いてく過程は本格ミステリの純度が高い作品ではある。ただそれ以上でもそれ以下でもなく、いたってオーソドックスな(良い意味でも)仕上がりの一作だった。


No.1045 8点 ジェンダー・クライム
天童荒太
(2024/01/22 23:50登録)
 土手下に転がされていた男性の遺体。遺体には、性的暴行の痕が残るうえに、あるメッセージが残されていた―「目には目を」。なんと被害男性の息子は、3年前に起きた集団レイプ事件の加害者だった。これは、3年前の事件の復讐なのか?八王子署刑事課・鞍岡警部補は、いけ好かない捜査一課の志波刑事と共に事件捜査に乗り出す。

 女性蔑視をテーマとした作品名ではあるが、良い意味で、その色が作品全体を覆っているというほどではなく、ミステリとしての魅力が十分充溢していた。
 レイプ被害に遭った娘と、その家族の苦悩だけではなく、狭いヒエラルキーの中で罪に加担してしまった加害少年の後悔も同時に描かれ、そのことが最終的に両者の奇妙な関係を生んでいくというストーリーが強引でなく上手く組み立てられており、心を動かされるものがあった。
 同時に進行する鞍岡警部補と志波刑事の物語も面白く、作品に厚みを持たせている。そのうえで、最後には冒頭の事件の真犯人が意外な側面から明らかにされるなど、丁寧な構成がきちんとミステリとして組み立てられており、満足できる一冊だった。


No.1044 6点 狙撃手の祈り
城山真一
(2024/01/22 23:18登録)
 東京で楽器店を営む青井圭一。雑誌記者である妻の沙月とはあることで仲違いをしていたが、そんな中、取材旅行に出かけた沙月が電話で「このまま家に帰ったら、許してくれる?」という言葉を残したまま消息を断つ。残された沙月の品から、28年前の未解決事件・警察庁長官狙撃事件を追っていたことが分かる。沙月が追っていたものは何だったのか、どこへ行ったのか。同じ事件を掘り起こそうとしていた刑事と共に、真相を追い始める圭一だったが―

 平成7年に実際に起きた警察庁長官狙撃事件が下敷きとなっているらしいが…あまりその事件を知らない。ただ純粋に、厚みのある警察小説として楽しめた。
 28年前の狙撃事件の犯人は誰なのか?が当然主となる謎であるが、そのことに主人公・圭一の親族がどうかかわっているのか、沙月は何をつかんだのか、など、そこにたどり着くまでの付随した謎が一つ一つ解かれていく展開は地道ながら読み応えがあった。
 真犯人は正直、うすうす推理できてしまう人物ではあった。また、中盤以降から明かされる主人公の境遇が唐突な展開に感じるところもあり、設定に一抹の強引さを感じるところもあったが、全体としては面白い物語だった。


No.1043 7点 レッドクローバー
まさきとしか
(2024/01/13 21:17登録)
 東京のバーベキュー場で起こったヒ素による大量殺人。記者の勝木は、12年前に北海道で起きたヒ素による一家殺害事件を思い起こす。高1の長女ただ一人生き残ったその事件で、勝木はその長女を一度だけ目にしていた。東京の事件は別の容疑者が現行犯で逮捕されたが、二つの事件は無関係なのだろうか―?個人的な思い入れも含みながら、勝木は12年前の事件を再度調べ出す―

 読者を引き込む魅力的な展開は相変わらず。12年前の事件があった北海道・灰戸町の住人たちの前時代的なムラ社会文化の描写がまた面白い。真相は結構入り組んでいて、偶然ができすぎているきらいもあるが、それらがダイナミックな仕掛けに結び付いているのだからまぁ…致し方ない。
 ヒールである赤井三葉に、ヒール足りうる魅力を感じざるを得ないが、それ自体がひっくり返されていく後段は、なかなか怒涛の展開だった。


No.1042 8点 案山子の村の殺人
楠谷佑
(2024/01/13 21:04登録)
 合作推理作家の大学生コンビ・宇月理久と篠倉真舟は、取材旅行も兼ねて同級生の地元「宵待村」への帰省に同行することにした。宵待村は、別名「案山子の村」とも呼ばれるほど、町興しも兼ねて案山子が林立している村。だが2人が着く早々、村にある看板に毒の矢が射込まれ、ついに殺人事件が勃発する。現場はいわゆる雪の密室の様相を呈していた――。

 定期的に読みたくなる、純粋な本格推理モノ。〈読者への挑戦状〉も挿入され、往年の本格ファンには堪らない一作では。
 始めの謎として立ち現れた「雪の足跡」に関する真相はちょっとチープではあったが、犯人の動機、真相を絞り込むまでの過程、クローズド・サークルにふさわしい舞台演出など、本格推理欲に十分応えてくれた満足感。
 堪能しました。


No.1041 7点 鏡の国
岡崎琢磨
(2024/01/13 20:42登録)
 大御所ミステリー作家・室見響子の遺稿「鏡の国」が見つかった。担当編集者の勅使河原は、著作権を相続した姪のもとにやってきて、本作の出版に関していろいろと相談をしていた。その折に彼は言う「この話には、削除されたエピソードがあると思います」―。勅使河原いわく、作中にそのことを匂わせる記述があるという。叔母が残したメッセージとは何なのか。主人公(姪)は改めてその原稿に向き合う―

 作中作に仕組まれた謎を、主人公と一緒に読み解いていくという構成だが、作中作それ自体も単体でかなり面白いので、心地よく読み進められる。
 最後に開示される作中の「違和感」=室見響子の隠されたメッセージ自体は、正直 些細過ぎて、「そんな仕込まれ方がされていたのか!」と瞠目するほどではなかった。ただ、作中作の「仕掛け」は読者の先入観を巧みに生かした上手さがあり、純粋にそれがよかった。
 ラストに二重三重の解体がされるのは昨今の流行りか。にしてもそれを組み立てられる作家の技量には、毎回頭が下がる思いだ。


No.1040 8点 恐るべき太陽
ミシェル・ビュッシ
(2023/12/31 21:53登録)
 人気作家・ピエールが選考で選ばれた女性5人を招いての創作アトリエを孤島で開催した。5人の顔ぶれは、強い小説家志望の女性から、ブロガー、警部、真珠養殖業者夫人などさまざま。参加者たちは滞在中に、ピエールから随時与えられる小説課題に答えて過ごすのだが、「行方不明から始めて、続きを考えよ」という課題を出した直後、ピエール自身が行方不明に。ピエールの何らかの企みか…と思っていた面々だったが、その後、参加女性が次々に死体となって発見される―

 帯に「クリスティへの挑戦作」とあるように、様相はまさにクリスティの最有名作品。今までいくつも踏襲されてきたこのパターンで、さて今回はどんな…と思っていたら―驚愕の仕掛け!

 「小説家志望たちを集めた創作アトリエ」という設定がこんな風に作品の仕掛けの下敷きになっているなんて。うーん。これは見事にやられたなぁ。
 (当たり前だが)そんなことはつゆ知らず読み進めていたので、真相が開示されてからの衝撃はすごかった。とはいえ、とても読み返す気力はなかったが…。
 何にせよ、作者(&翻訳者)の発想と考え抜かれ、気を配られた描写による優れた「作品」に脱帽した。


No.1039 5点 哀惜
アン・クリーヴス
(2023/12/31 16:24登録)
 マシュー・ヴェン警部は、ジョナサンという男性と同性結婚している辣腕刑事。パートナーのジョナサンは、障害をもつ人たちの社会支援を趣旨とした施設を運営している。ある日、マシューの住む近所の海岸で男性の死体が発見された。事件として捜査を進めるうち、男性の人間関係はパートナー・ジョナサンが運営する施設へとつながっていく。自分は捜査を外れたほうがいいのか?―迷いながらも地道に捜査を進めるマシュー。果たして、事件の背後にあったものは?

 まさに地に足の着いた、地道な警察捜査の丁寧な描写による物語。奇を衒う変化球もない、正道の展開である。間違いのなさで安心して読み進められるが、展開的に派手さもなく、最終的な重要度に関わらず関係者の捜査が押しなべて丁寧に描かれるので、中盤やや退屈でもある。
 真相解決も非常にまっすぐな内容であり、いわゆる「読者を裏切る大どんでん返し」もないが、重厚な本格ミステリとして充実した一作ではあった。

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