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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.22点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.908 8点 妻は忘れない
矢樹純
(2021/02/22 11:13登録)
 ネタバレするけれど、気になった点。
 表題作の終盤、Yが鑑定に応じる。しかし鑑定したらアウトなのである。どうせ負けるのにどういう思いで譲歩したのか。
 実はYは、敗北必至だとは考えていなかったのでは? 三股をかけていたのでY自身にも父親が誰だか判らず、故に最初は突っぱねたが、相手側が譲らないので、幾ばくかの可能性に期待して鑑定に応じたのだ。つまり、不義の事実は、あったのでは?
 読み返してみると、妊娠の件はともかく、“故人との不義”がYの出任せだったとはどこにも明記されていないのである。
 
 短編集としての難点は、(「裂けた繭」のみ構成上の問題でソレを免れているが)語り手が同じ人物に思えてしまうこと。コレは、風景や空気感、心の揺らぎを繊細に描く筆力があるために却って嵌まってしまう罠?
 似たような主人公ばかり書く作家は別に珍しくないから、単に“そういう作風”で片付けていいのだろうか。しかし私には、本書の諸作は、ミステリ〈で〉人物〈を〉描いているタイプに見える。従って、ストーリーや謎が別物でも、キャラクターが同系統だと二番煎じ三番煎じとの印象が残ってしまうのだ。


No.907 8点 medium 霊媒探偵城塚翡翠
相沢沙呼
(2021/02/22 11:12登録)
 この手の作品の場合、あれこれ気付いちゃうのは読み方としては“失敗”なのである。その点で、講談社の売り方は無神経と言うか読者のひねくれ具合を侮っている。『小説の神様』のおかげで“ミステリ作家”のイメージが薄れたのは寧ろ好機だったかも。そこそこ良く出来たキャラ萌え小説、くらいに思っておけば楽しめるのでは。
 最後の種明かしの書き方が色々と上手い! M・Y氏の某作を想起した。エピローグの煮え切らなさに得も言われぬ心地。


No.906 7点 ネフィリム 超吸血幻想譚
小林泰三
(2021/02/16 11:51登録)
 なかなか死なない体なのをいいことにやりたい放題。残虐プレイと冷静かつ論理的な文体の組み合わせが笑いを誘う。つまりこの作者の基本的な芸風そのもの。SF的に展開した『ΑΩ』に対してこちらはホラー調だけど、そんなことは枝葉に過ぎないのだ。最初から最後まで血みどろな話で、読み終えて本を閉じたらページの間からドロリと溢れて来た。


No.905 6点 地球・精神分析記録 ――エルド・アナリュシス――
山田正紀
(2021/02/16 11:50登録)
 最初期のプリミティヴな勢い溢れる幾つかの長編を経て、ゲーム性と虚構性による或る種の冷徹な面白さへと階梯を昇り始めた作品、なんだけどまだ過渡的な印象。後年、過剰になって紙幅を肥大させる神学・民俗学や精神医学からの引用だが、この時期はまだ抑制されていて、今読むと物足りないくらいだ。4章の“犯罪が企業化した社会”の設定は、連作長編の1エピソードで終わらせるには勿体無い。


No.904 7点 白い兎が逃げる
有栖川有栖
(2021/02/16 11:49登録)
 謎解きに挑戦する楽しさではなく、上手く組み合わさったパズルの完成形を鑑賞するソレ(悪い意味ではない)。「地下室の処刑」の真相が凄いツボ。でもやはり、時刻表はちょっと苦手で……。


No.903 5点 最後の女
エラリイ・クイーン
(2021/02/16 11:47登録)
 ジョニーがやけにおとなしそうなキャラクターだったり、元妻らの容疑がアッサリ晴れたりと、内容の成分に比べ妙に平坦な書き方で損をしている。もっと色とりどりに飾ってもいいのに。
 某が夜中に錯乱する場面は短いながら印象的。前半の描写とのギャップが、作者の不手際ではなく、平穏な言動の裏に彼女もこんな気持を押し隠していたんだなぁと思えるところが立派。


No.902 6点 人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル
竹田人造
(2021/02/16 11:47登録)
 阿呆みたいな題名だけどハヤカワ文庫なので手に取ってみた。ゲーム性を重視した近未来クライム・アクション。良く出来ているが、同系統の他の作品より物凄く面白いとまでは言えない。先日読んだばかりの山田正紀の某作と似た味わい。AI 関連の知識が豊富ならもっと楽しめただろうか。八雲さんをチョイ役で捨てるのは勿体無い。


No.901 5点 馬鹿と嘘の弓
森博嗣
(2021/02/10 13:43登録)
 そういう人生観もアリかな~、と思わせておいて卓袱台返し、みたいな狙いは決まっている。文章力の勝利ではある。しかし現実の事件をそのまま髣髴させる書き方のせいで、非道な展開を無心に楽しめないのは大減点。戦略ミスだと思う。


No.900 5点 櫻子さんの足下には死体が埋まっている はじまりの音
太田紫織
(2021/02/10 13:42登録)
 ネタが地味だけど、それでもこの程度には仕上がるのだから立派なキャラクター造形だ。今更ながら、語り手の性格の固さと文体が良くも悪くもリンクしているな~と思った。ショート・ストーリー「北方の三賢人」が一番良かった。


No.899 5点 ロボット (R.U.R.)
カレル・チャペック
(2021/02/10 13:42登録)
 “最初のロボット”がこんなホムンクルスみたいなイメージだったのは意外。最初から“人類に反旗を翻す存在”として構想されたのは――考えてみれば当然か。便利にこき使われてきた存在が心を持てば……。
 つまらないとは言わないが、今となってはありきたりに感じる部分も多い。序幕、ヘレナが無知なまま“ロボットの解放”を求めるあたりは批評的で面白い。ロボットは皆同じ顔なんだよね。これどう上演したの?


No.898 8点 ふしぎの国の犯罪者たち
山田正紀
(2021/02/03 12:02登録)
 冷水を浴びせるようなラストは、決して嫌いなタイプではないのに、本作に限ってはあまりにショッキングで悲痛。それだけ登場人物達に愛着を感じていたのはニックネームの効用か? どの作戦も綱渡りの連続なのに、夢の中でステップを踏むような遊戯性をうっすらと滲ませた筆致でなんとなく納得させられてしまう。特に、あさっての方から急襲するような3話目のアイデアに感服。


No.897 8点 人獣細工
小林泰三
(2021/02/03 12:01登録)
 表題作は、厳しく見れば「玩具修理者」の焼き直し。読み比べると「玩具修理者」はほぼ骨格だけなんだな~。私は肉を纏った「人獣細工」の方が好き。
 「吸血狩り」。この作者にしてはとてもストレート。
 「本」。言語によるソフトウェアが脳にインストールされちゃうことはよくあるよね。これは決して奇天烈なフィクションではないと思う。


No.896 7点
安部公房
(2021/02/03 12:00登録)
「第一部 S・カルマ氏の犯罪」は裁判ネタ。フランツ・カフカ『審判』よりはかなり読み易くストレートに楽しめる。
 第一部と言っても本書は長編ではなく中短編のアンソロジーに近く、中でも「洪水」が面白い。全体を纏めるものとして『壁』と掲げたのは、読者にとっては親切な道標でも、作者にしてみれば割り切りを強いられたようなものだったのでは。ピンク・フロイドの壁は“分断”だけれど、こちらは“固定”。輪郭が消えてしまうと何処までが自分だか判らなくなっちゃうんだよね。


No.895 7点 文学少女対数学少女
陸秋槎
(2021/02/03 11:55登録)
 作中作の粗探しによるミステリ論。いいねいいね親近感を覚えちゃうね。うだうだ悩む語り手も正しい青春て感じ。人名から性別が全くイメージ出来ないのが難点(作品に責任は一切無い)。
 2話目、ドアの錠が“人を監禁出来る”設定だけどいいのか……?


No.894 6点 孤独の島
エラリイ・クイーン
(2021/02/03 11:54登録)
 おまわりに預けよう、と言い出した時、ハハァ、コレは弱味を握っているか、金で転ぶ悪徳警官か、ともかくなにがしかの事情があるんだな、と思った。人質に取り易い家族がいると言うだけなら選択肢は他にもありそうなのに、何故わざわざ警官を巻き込んだ?
 三者三様キャラの立った強盗団に比べて、マローンの性格はあまり読み取れなかった。と言うか、彼本来の性格なのか、状況によって強いられた無理な行動なのか、区別が付かなかった。
 邦題は考え過ぎで合っていない。後半で舞台がどこかの島に移ると信じていたのに。そのまま『コップ・アウト』でいいんじゃないの。


No.893 8点 皆殺しパーティ
天藤真
(2021/01/29 13:24登録)
 この一人称の書き方は“成功者の自伝”のパロディのよう。早苗の描写が若干ギクシャクして感じられるのは流石に時代か。巻き込まれて死んだ市民は気の毒で、そのエピソードは要らなかったのでは。
 ネタバレするが確認。第一の殺人で被害者が期待通りに動くかは結構な賭け。場合によっては“殺人カップル”の存在は共犯者の証言のみに依拠することになる。どうせそれでいいなら、ちょっと芝居がかった罠を仕込み過ぎ、と言う気もする。でもまぁ証言してくれれば、その後に殺し直してもいいわけで、ホテルではその“芝居”の方を重視すべきか。うーむ。


No.892 5点 バベル‐17
サミュエル・R・ディレイニー
(2021/01/29 13:22登録)
 言語学SFと言って他に思い付くのは『言語都市』(チャイナ・ミエヴィル)、『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)、『文字渦』(円城塔)等々。いずれも、架空の言語(及びそれに伴う架空の概念)を既成の言語で説明する面白さがそのまま読者にとっての困難さにつながっている。
 ただ本作の場合、“バベル‐17”なる要素は物語の軸ではなく、ちりばめられたキッチュなガジェットのワン・オヴ・ゼムに過ぎないと思う。それがタイトルに掲げられているせいで、思い返せば私は物語全体のバランスを見誤った。言語学ネタにこだわらず活劇をもっと楽しめば良かったのかもしれない。


No.891 6点 強欲な羊
美輪和音
(2021/01/29 13:21登録)
 それぞれの出来は良いが、この手の作風は短編集だと飽きる。もっとありきたりな“事件→捜査→解決”形式にはそんなことないので不公平だが仕方がない。
 粗筋紹介文に“女性ならではの鋭い狂気”、文庫版解説には“女って怖い”。作者もそういう考え方を踏襲して書いていそう。私は“キャラクターにはあくまでその個人の諸要素が反映されているのであって、性別は(ほぼ)無関係”だと思うので、そのへんは深みに欠けるパターン化した造形で大きなマイナス点だと感じた。


No.890 5点 天国は遠すぎる
土屋隆夫
(2021/01/29 13:20登録)
 “死を誘う歌”なんて思わせ振りなガジェット、しかもそれをタイトルに掲げておいて、しかしすぐに全然違う方向へ進んで、結局アレは何だったのか、物語に膨らみを持たせる役にも立っていない余計な遊びにしか思えない。アリバイのトリックよりも結末のソレに驚いたね。


No.889 8点 時をかける少女
筒井康隆
(2021/01/26 13:45登録)
 あっれ~、こんなにシンプルな話だったっけ? 素朴な焼き菓子って感じ。
 この余白の多さが、メディアを越えて繰り返し増幅される要因か。クリームやフルーツを盛って見栄えの良いスウィーツに仕立てることが無意味だとは言わないが、土台だけでも充分美味しいんですよ。 
 昨今のラノベのスピード感とは一線を画した、若干の野暮ったさを孕みつつも丁寧に綴られた文体が意外な程に好感度高し。“でっぷり太ったメガネの小松先生”他数人、作家仲間がカメオ出演していますね。

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