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ミステリの祭典

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朱房の鷹
宝引の辰捕者帳

作家 泡坂妻夫
出版日1999年04月
平均点6.00点
書評数3人

No.3 6点 虫暮部
(2022/07/26 16:57登録)
 表題作、将軍様関連のものに粗相してしまった下手人を探偵役が御目こぼしする話。身分制度に起因する不条理の中でも最たるもの。久生十蘭にも都筑道夫にもあるプロットで、それを意識して引き継いだようにも思える。
 「角平市松」には味わうべきポイントがまるで見当たらず困った。こだわりが強く世渡り下手な職人像は寧ろありきたりに感じたし、殺人事件も余計なエピソードって気がする。
 「天狗飛び」の高所に札を貼る話は作者の持ちネタか、読むのは三度目。

No.2 7点 Tetchy
(2017/08/06 23:10登録)
宝引きの辰も実に久しぶり。しかしそんなブランクもひとたび捲れば粋な江戸の世界へ迷い込み、ご用聞きの辰親分の人情味溢れる采配に思わずひゅうと口笛を吹きたくなる。

1話ごとに語り手が変わる手法も相変わらずで、1話目は辰親分の子分算治、2話目は事件の舞台となる内田屋の使い伊吉、3話目は仕立屋の沼田屋の若旦那、4話目は噺家の可也屋文蛙、5話目が経師屋の名川長二郎、6話目が木挽町の建具屋の久兵衛の弟子の新吾、7話目は神田鈴町の畳屋現七の弟子勇次、最終話は小日向水道町で駿河屋という乾物屋をやっている弥平と算治を除いて全て商人の目線で語られる。そのいずれもが宝引きの辰の評判を褒め称えていることで辰が腕利きの岡っ引きであることが解るのである。特に本書では娘のお景のお転婆ぶりと妻の柳の器量が垣間見え、この親分にしてこの母娘ありとどんどん人物像が厚くなっていくところがいいのだ。

さてこれら8編の中には過去の因果が関係している話が少なくない。今もそうであるが日本人というのは過去の因果というのをいつまでも大事にし、またそれを信じることで目の前に起きている不吉事を擬えて安心を得ようとする民族であることが解る。特に様々な事柄や屋号についても掛詞に興じていた江戸町人などはその最たるものだったのではないだろうか。

しかしほとんどが男と女の恋沙汰に絡む因縁に絡んだ事件である。現代とは異なり、言葉や柄、そして因習や慣習を重んじ、更に家業が宿命とばかりに人生を束縛するこの時代、色んなことを諦めざるを得ないのが通例だった中で、どうしてもそれが諦めきれなかった人々がこのような事件を起こす。しかしそれは人間が生きる上でごく普通に主張されるべき権利だったのだ。泡坂氏の各短編には江戸の町人文化と当時の地名や風習が実に色鮮やかにしかも丹念に描かれ、江戸の風流を感じさせるが、一方でその風流さが生きにくい時代の中で見出した娯楽であったこと、そんな中でもがき苦しむ人々がいた事。しかしまた生きにくい時代を愚直に生きる人々にまた素晴らしさを感じるのだ。そんな光と影を映し出している。

さて本書における個人的ベストは「墓磨きの怪」を挙げたい。闇夜に乗じて方々の寺が墓が磨かれているという奇妙な導入部の謎よりもこの話で出てきた正直者の「だからの昇平」が実に魅力ある。騙されているのを知らずに最後まで愚直に墓磨きを続ける、間の抜けた、しかしお人よし。こういう男は放っておけないのだ。
次点は「角平市松」。これもまた商売などは二の次でとことん新しい柄を創作することに意欲を燃やし、最初から最後の工程まで自分でしないと気が済まないという根っからの職人である角平のキャラクターが強い印象を残す。泡坂氏は角平の為人を事細かに描写するわけでなく、その仕事ぶりを語ることで彼の愚直さを語るところが上手い。この角平の創作した柄がその他の作品でも垣間見えるところも粋な趣向だし、そして何よりも私が驚いたのはこの作品で話題になる「角平市松」という架空の柄を紋章上絵師である作者が実際に創作しているところだ。この柄は本書には収録されていないものの、WEBで調べれば出てくるのでぜひともご覧になって頂きたい。こういう手間が物語に風味を与え、創作上の人物角平への存在感を色濃くするのだ。

幽霊騒ぎに縁起担ぎ、そして迷信。そんな現代人から忘れ去られようとしている昔ながらの云い伝えを物語に見事に溶かし込み、なおかつそんな文化の中で生きてきた人たちが明るく、しかし時に心の闇に取り込まれてしまった町人たちを時には厳しく、時には優しく守る宝引きの辰。彼がいるから今日のお江戸も安泰だ。

No.1 5点 kanamori
(2010/08/17 18:26登録)
宝引の辰捕者帳シリーズの第4短編集。
ミステリ趣向の作品では、「天狗飛び」がまずまずの出来。解決はあっけないですが、一応辰の安楽椅子探偵ものです。
編中の個人的ベストは、「面影蛍」。現代を舞台にした職人ものの恋愛ミステリ作品群に通じる味わいがあります。

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