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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.22点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.1068 6点 罪と罰
フョードル・ドストエフスキー
(2021/10/20 11:10登録)
 事前の印象と随分違うな。
 貧しい大学生が信念に基づき人を殺したが、純真なソーニャに出会い悔い改めて自首する。
 と言った感じの、一般に流布しているこの作品の要約は適切なのだろうか。こういう風にまとめるといかにも高尚な世界文学っぽくなる。しかしそれは、読者にベストとは限らない読み方を方向付けてしまう、と言う意味で作品にとって不幸なことかも。

 ラスコーリニコフの心の軌跡を軸に読もうとするなら、本書は寄り道ばかりだ。金貸し殺しとは無関係に何人も死ぬし、関連の薄い複数の事柄が支離滅裂に並列される。
 要約文による先入観につい引っ張られて、彼の気持の断片をつなぎ合わせるような読み方で進んでしまったが、それで取りこぼしたものも多そうだ。結構興味深い脇役は多く、つまりは、とある階層の社会のスケッチ集みたいなものに思えた。

 ラスコーリニコフはもっと傲慢な選民意識の持ち主かと思っていたら、とんでもない、情緒不安定で殆どひきこもり予備軍。なんだその金の使い方は。自首だって自殺しない為の最後の方便のようなものだ。
 ソーニャは影が薄く、“娼婦”との設定にもこれと言った効果は見られない(貧しさの象徴?)。御仕事の場面も無いし。エピローグでいきなり存在感を増すのは作者の計算不足か。
 登場人物達の行動は面白いが、台詞は総じてくだくだしく冗長(博打のせいで素寒貧の作者が稿料稼ぎに引き伸ばしたのだろう)。焦点を定めず、もっと広い視座で読むほうが楽しめそうだけど、確認の為に再読するのはしんどいかな~。


No.1067 7点 恋のメッセンジャー
山田正紀
(2021/10/16 10:46登録)
 愛読者にしてみれば「眠れる美女」は定番ネタで、処理の仕方もパターン通りかも。「かまどの火」は『宝石泥棒』の一場面を移植したよう(良い意味で)。上司からのこんな通信方法は嫌だ。
 他に生物学SFミステリ(とは言い過ぎ)、飛行機乗り達の切ない話、切り裂きジャックの話。アイデアを引っ張り過ぎない短編らしい短編が集まっている。植物が視点人物を務める「西部戦線」の語り口が面白い。


No.1066 5点 おしどり探偵
アガサ・クリスティー
(2021/10/12 10:11登録)
 コメディとしてはまぁ面白い。
 ミステリとしての他愛のなさが、時々“ミステリそのものに対する茶目っ気のある批評”に思えなくもない。
 探偵の真似をするだけで探偵が出来てしまうなら“本物”とは何ぞや?
 作者のこんな声が聴こえる――“皆さん、先進的なら偉いってもんじゃありませんよ”
 “探偵事務所の内幕なんてこんな程度かもしれないでしょう?”
 このノリで殺人まで起こってびびる。しかしそれもまた或る種の批評なのである。

 クリスティー文庫版59ページ。“口をつむいでいた” → “つぐむ” と “つむぐ” を混同して活用までするアクロバティックなミス?


No.1065 7点 箱男
安部公房
(2021/10/09 13:14登録)
 “箱男”なる或る種冗談のような存在が、いつの間にか錯綜した叙述トリックへ。但しミステリ的な整合性は一時だけで瓦解し、無関係なエピソード(落書?)の“D”や“ショパン”が挿入されるあたりはイライラしたな~。
 ミステリ側の視点で言えば、安部公房みたいな作家が変格ものを目指した(ように見える)のは妥当な展開だと思うが、いたずらに判りづらくし過ぎ。やはり後半3分の1はもう少し読者に歩み寄って書いて欲しかったところ。


No.1064 6点 放浪探偵と七つの殺人
歌野晶午
(2021/10/09 13:06登録)
 「水難の夜」の鮮やかな反転は見事。「阿闍梨天空死譚」トリック自体は結構判り易かったが、飾り付けが面白い。
 「烏勧請」わざわざゴミ屋敷を作るほうが大変では? ブツを動かせない確固たる理由が欲しかった。「有罪としての不在」あんなメタネタはいらん。


No.1063 8点 ヴィンテージガール 
川瀬七緒
(2021/10/05 12:40登録)
 単なる衒学趣味ではなく知識をミステリの文脈に落とし込む手管は相変わらず冴えている。あれらのネタが現実にどの程度転用可能かはともかく、アクション漫画等の“有り得ない精度で技を決める場面”にも似た、笑いと爽快感を伴う感動があった。集合知探偵とでも言うべき多彩な登場人物も楽しい。

 ただ結末/犯人についてはモヤモヤする。
 疑われた理由は窃盗行為だけで、しかも“これを盗ったところで無意味なことはわかってた”とのこと、要は余計なことをしたせいで露見したわけで、納得しがたい展開だな~。
 そして私の意見としては、既に回復不能な状態なら、隠滅を優先して逃げたのは非難出来ない。死者の為に生者の未来を変えるのは、あまり良いことではないと思うのだ。


No.1062 7点 ポストコロナのSF
アンソロジー(国内編集者)
(2021/10/05 12:30登録)
 成程こういうアンソロジーは評しづらいかも。私が特に面白いと思ったのは柴田勝家「オンライン福男」、立原透耶「書物は歌う」。一番期待した作家は飛浩隆なんだけどちょっと物足りないと言うか二重構造があまり生きていないような。各短編がうまい塩梅にばらけているのは編集者の手綱さばきの良さか。


No.1061 9点 夢幻巡礼
西澤保彦
(2021/10/05 12:20登録)
 殺しているその瞬間の描写が意外に少ないし地味なのは残念だが、次々に殺人が起こるさまは楽しい。伏線も(本書内でかたを付けるべき範囲では)きちんと収斂して気持良く納得出来た。でもこんな番外編を書いておいてシリーズ未完、では困るね。

 揚げ足取り。某が、着ていたワンピースを親しくもない他者に着替えさせる、と言う部分があるが、気持悪くない? どういう口実を設けたのかは不明のままで、これはちょっと作者のズルではないか。
 あと、事件の首謀者の家族がこの病的な計画に対してやけに協力的。そのへんの力関係の背景が曖昧なのは勿体無い。


No.1060 6点 念力密室!
西澤保彦
(2021/10/03 11:19登録)
 このシリーズ・キャラクターは水玉螢之丞のイラストが“主”で文章が“従”って感じ。しかも今一つ十全に書き切れていないって感じ。砕けた表現に紋切り型が少なくなく残念。
 揚げ足取り。第1話の犯行シーンを具体的にイメージしてみると、犯人が無傷で済んだのは不自然過ぎる幸運だな~。


No.1059 7点 京都蜂供養
山田正紀
(2021/10/03 11:11登録)
 1994年。作者の単行本未収録短編の多さに憤った編集者が“山田正紀コレクション”と銘打って全3巻の短編集を企画。本書はその奇妙な味編。

 と言うことらしいが、“奇妙な味”って、ジャンル分けしづらい作品に対する逃げ口上になってないか? 私としては、認定に際してもう少し高いハードルを求めたい。
 本書の収録作は全体的に“奇妙な味”と呼ぶには鋭い。少なくとも一部分には刃が付いている気がする。
 はっきりとSFである「モアイ」。実はSFの「鮫祭礼」。表題作は伝奇ミステリ? 真に“奇妙な味”なのは「転げ落ちる」「近くて遠い旅」くらい。一番滑稽で怖いのは「獣の群れ」。


No.1058 6点 ヘロデの夜
山田正紀
(2021/10/03 11:01登録)
 1994年。作者の単行本未収録短編の多さを嘆いた編集者が“山田正紀コレクション”と銘打って全3巻の短編集を企画。本書はそのSF編。

 出来が悪いわけではないが、他作品との類似は見られる。“自分は記憶力にとぼしく、内容を全く思い出せない短編もある”との作者の言、意外と本音?
 表題作と「ユダの海」にちょっとしたリンクがあり、これは更に膨らませて連作長編にする構想だったのかも(山田正紀にはその手の中断したシリーズが沢山ある)。「プランクトン・カンサー」のオチは疑問。そんなことしたら浮力低下で浮上出来なくなっちゃうのでは。


No.1057 7点 見えない風景
山田正紀
(2021/10/02 10:54登録)
 1994年。作者の単行本未収録短編の多さに驚いた編集者が“山田正紀コレクション”と銘打って全3巻の短編集を企画。本書はそのミステリ編。

 “えてして現実とはそんなものなのでしょう”と作中でも語られるように、この人のミステリ短編は“ダミーの真相 → 本当の真相”と明らかになるにつれてスケール・ダウンする一抹の脱力感(バカミスとはまたニュアンスが違う)が持ち味かなぁと私などは思う。
 それが常に良い方向に働くとは限らないけれど、表題作の巧みながっかり感には拍手。「スーパーは嫌い」の真相は、不自然だが面白いアイデアではある。もう少ししっかり詰めていれば!


No.1056 9点 なめくじに聞いてみろ
都筑道夫
(2021/09/30 12:43登録)
 都筑道夫は(この人の再読はあまり進んでいないのでフェアな評価ではないが)評論家的な眼力を具え本格ミステリについての一家言を大いに表明したけれど、実作については口ほどではなく自家中毒を起こしたようなものも少なくない。
 ところが、“殺し屋対決”と言うアクション小説の王道を料理した本作は素晴らしい。
 基本設定が単純で、作者一流の凝り性な捻りは概ね各エピソード内で完結させたのが大正解。流石に相手が1ダースとなるとマンネリなところもあるが、無理に一気読みしなければ無問題。第十三章は蛇足かな~?
 しかし、このジャンルで傑作が書けてしまったことに対し、作者としては内心忸怩たる思い(自分が本当に書きたいのはこんなんじゃないんだー!)だったのでは、とつい邪推してしまう。

 尚、講談社文庫新装版の解説では岡本喜八が映画化の思い出を語っている。


No.1055 7点 失われた世界
アーサー・コナン・ドイル
(2021/09/28 11:11登録)
 調査隊一行が、恐竜に驚いているうちは良かったが、後半はまるで侵略者である。
 しかし振り返れば前半だって大樹を切り倒したりして傍若無人。後半も見方を変えれば、身に振る火の粉を払うのに手段は選べない、と言う話か。
 基本的に作者は無邪気に書いたようで、却ってそれ故に文明批評的に考えさせられることは多く、とは言えそれはそれとして秘境冒険小説として特に生き物達の描写が素晴らしい。


No.1054 5点 少女と武者人形
山田正紀
(2021/09/26 14:10登録)
 “奇妙な味”と呼ぶのも躊躇する、曖昧な輪郭の短編集。と感じるのは“山田正紀作品”だとの先入観も大きいのだろうか。
 しかし、鮮やかな色彩を放つSF作品群とは対照的で物足りなさもあるが、これはこれで作者の持ち味(悪癖?)の一つと認めざるを得ない。ミステリ系作品でしばしば見られる、きちんとまとまり切らない、雰囲気に流されるような結末はこれと同根だと思うのだ。

 『夢の中へ』は、『少女と武者人形』全編に単行本初収録作品を追加してほぼ倍に増量したもの。嬉しいボーナス・トラックである反面、追加分だけで独自に刊行するには弱いと言う冷静なビジネス的判断でもあるんだろうなぁと切ない。


No.1053 5点 楽園のアダム
周木律
(2021/09/25 12:23登録)
 舞台となる世界のパーフェクトさがあまりに気持悪い。冒頭で判り易く伏線が示され、その意味はちょっとスレた読者になら明白。
 しかも作者は裏を読まれることも意識している節があり、“ネタは割れてるんだからさっさと話を進めてよ”と言いたくなる直前でちゃんと話を進めている。
 “セジ”の姿形や行為が非常に醜く描かれるのが一種のミスディレクションか。概ね予想通りの真相でも、そこまで言うかって感じの感動が一応ある。
 ってことは、もしやこれはあの難しい命題“初心者もマニアも満足”をそれなりにクリア出来ているんじゃないだろうか。甘いかな?


No.1052 6点 悪魔が来りて笛を吹く
横溝正史
(2021/09/23 10:31登録)
 フルート曲の秘密は素晴らしい。美禰子と菊江のキャラクターもいい感じ。
 しかし事件の展開は今一つ吸引力に欠ける。全然強調されていないので、トリック解明のシーンに至るまで、密室があったこと自体忘れていたよ。
 何度か登場する“いかの墨のようにどす黒い”と言う表現はどーなの?


No.1051 7点 フェイス・ゼロ
山田正紀
(2021/09/21 11:51登録)
 初読時は地味に感じられたが、読み返すと味わい深くなって来た。一読して過剰な期待感が落ち着いたので、作品本来の良さを素直に享受出来るようになったのか。これって褒めていることになるのか?
 表題作はSFミステリ。「火星のコッペリア」もそれに含めていいだろう(融合度はこちらが上)。一番素直にグッと来たのは「冒険狂時代」で、これだけ矢鱈古く1978年の作品。このことを以てして“山田正紀は初期のほうが面白い”などと決め付けたくはないが……。


No.1050 5点 石の結社
荒巻義雄
(2021/09/20 10:34登録)
 殺人事件が起こるものの、扱いとしてはまるでサイド・ストーリー。それどころか秘密結社も名画贋作事件も主人公の二股も他人事のように淡々と語られる。では中心の軸は、と言うと何も無い。それが狙いと言うわけでもなく、ただ単に構成が下手なだけに思える。
 ロープウエイのトリックは、まぁ面白いけど回りくどい。それを作者も自覚してフォローしているので、ここは納得しておこう。


No.1049 8点 実況中死
西澤保彦
(2021/09/20 10:28登録)
 ネタバレ気味です。
 殺人者を確定する最後の部分、“簡単な引き算の問題です”で、一人を除外するきちんとした根拠が何も示されていない。その人物は、酒を過ごすと記憶が怪しくなると言った記述があり、あまつさえ作中で実際に記憶喪失を起こしている。しかし本人が否認したらあっさり信用されていて、これは依怙贔屓だね。
 もう一点。推理によれば、犯人は最初の殺人のことを忘れている。忘れている犯罪行為に対する刑罰ってどうなるんだろう? しかも記憶喪失が事実かどうか、外側から確認することは困難なので、裁判対策として忘れたフリをしている可能性も否定出来ないのである。

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