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平均点:6.00点 | 書評数:1848件 |
No.808 | 2点 | 新・野性の証明 森村誠一 |
(2013/01/06 16:32登録) 昨年(2012年)最初に手にとったのが、森村誠一「人間の証明」(書評NO.616)だったということで、今年(2013年)最初の書評も森村氏のもう一つの著名作である本作ということにした(特に理由はないのだが・・・)。 実は、本作は「新・野性の証明」であり、高倉健主演で映画も大ヒットした旧作をリメイクした作品なのだが・・・その辺の事情を寡聞にもあまり知らなかったため、意識することなく「新」を某書店で手に取ってしまったという次第(まっ、いいか!)。 ~元国際工作人の作家・武富の主催する小説教室が合宿中の無人島に、記憶喪失の美女・しぐれが漂着した。彼女を執拗に追う闇組織、そして国際的暗殺集団に武富率いる受講生たちは知恵を絞り懐の窮鳥を守る果敢な闘いを展開する。壮絶な攻防のなかに受講生は次第に秘めた己の野性に目覚めていく。一方、棟居刑事はしぐれの素性に国際的な秘密を嗅ぎとり捜査の網を絞る。文明の利器の奴隷となり自らを失いつつある時代に人間性は回復できるのか?~ こりゃいったい何だ? ひとことで言うなら「大冒険活劇」ということになるのだろうが、これは本当にまともな精神で書かれたのか? 中盤までは、しぐれの出自の謎や闇組織の裏側のフィクサーに関する謎など、読者に期待を持たせる展開だったのだが・・・ それ以降はもういけない。 「七囚」と呼ばれる国際的暗殺組織の人間離れした襲撃VS武富小説教室の面々という、まるで粗悪な漫画のようなストーリーになってしまった。 作者は一体なにが書きたかったのか? 本作の舞台が「小説教室」となっていて、小説とはこう書くのだなどという話が出てくるのだが、こんな小説を書いてたんでは本末転倒だろう。 作者のファンであるなら、本作を読んではいけない。 評点はこうするしかない。 (旧作「野性の証明」は面白かったようなのだが・・・。あまり読む気はしないなぁ) |
No.807 | 7点 | 八点鐘 モーリス・ルブラン |
(2012/12/30 22:05登録) アルセーヌ・ルパンがレニーヌ公爵の変名で活躍する連作短編集。 タイトルどおり、一人の女性に対するルパンの愛が、「八点」のストーリーに載せ紡がれる・・・ ①「塔のてっぺんで」=まさに本作の導入部。「古いコルサージの止め金」という全編に貫かれるキーワードもあらわになる。本編のトリックはいわゆる遠隔殺人というように紹介されるが、正直よく分からない。 ②「水瓶」=誰もいないはずの部屋から火の手があがる・・・どういうトリックが? と思わされるが、これが何とも言えないトリック。ひとことで言えば「小学校の理科の実験」だ。 ③「テレーズとジュルメール」=衆人環視のなか、鍵のかけられた部屋を開けてみると男の死体が! ってこれは「密室殺人」ではないか! これもトリックに期待してはいけない。物語の雰囲気を楽しもう。 ④「映画の啓示」=ある映画を見たレニーヌ(ルパン)とオルタンス。あるキャストのヒロインに対する視線に尋常ならざるものを感じたルパンは、映画のストーリーに沿い捜査を開始する。これもまた、一つのラブストーリーだろう。 ⑤「ジャン・ルイの場合」=これは特段トリックめいたものは出てこないが好編。出生時の事故のため、二人の女性のどちらが母親なのか分からず、二人の母親(候補?)と同居する男が登場。ラストはルパンの粋な計らいが・・・ ⑥「斧を持つ貴婦人」=本編の主題はズバリ「ミッシングリンク」。五人の女性が連続して殺される事件が起きるなか、六人目の被害者に何とオルタンスが選ばれてしまう?! 慌てたルパンの必死の捜査が始まる。 ⑦「雪の上の足跡」=このタイトルを見たら、当然「雪密室」が主題だと思うよなぁ。で、まぁその通りなのだが、このトリックも実にスゴイと言うか先駆的。ただし、これはトリックのレベルがどうこうではなく、こういうプロットを思い付いたことに価値がある。 ⑧「マーキュリー骨董店」=連作の最終章に当たる作品。①で提示された「古いコルサージの止め金」の謎が明らかにされる。そして、何よりラスト1行が心憎い・・・カッコいいわ! ルパン。 以上8編。 書評したとおり、本作はいつもの冒険譚中心のストーリーのなかに、ミステリーの先駆的なトリックが散りばめられている作品。 トリックは今読んでみると、悪く言えば「チンケ」なレベルなのだが、これは正直問題ではない。 もちろん時代的なものもあるが、トリック云々は二の次で、一人の女性に対する底知れぬ「愛情」と愛を勝ち取るため、いつもの「盗み」を一切封印して、市中の人々を助ける役目に回るルパンの姿こそ、本作の価値を高めているのだろう。 そういう意味では他の作品とは若干味わいの異なる作品なのかもしれない。 「いい作品」だと思う。 (新潮文庫、堀口大學訳。読みにくさもあるが、相変わらず格調高い訳文です) |
No.806 | 4点 | 殺人!ザ・東京ドーム 岡嶋二人 |
(2012/12/30 22:01登録) 1988年発表のノンシリーズ、クライムノベル。 本作の舞台となる「東京ドーム」はこの年にオープン・・・という時代背景。 ~密かに日本国内に持ち込まれた南米産の猛毒クラーレ。巨人対阪神戦に沸く東京ドームで、この猛毒を塗った矢による殺人事件が発生した。大観衆5万6千人の目の前にもかかわらず、犯行現場の目撃者は皆無。さらに、翌日の同一カードでも凶行は繰り返され、スタジアムはパニックに陥った。作者後年の傑作サスペンス!~ 「東京ドーム」という舞台設定だけが目を引く作品。 ということではないか。 主人公(=犯人)の異常性に引き込まれるが、どうしてこういう人間になったのかという背景、つまりは人物造形がはっきりしないので、この子供騙しのような「動機」に全く納得性がいかないのだ。 ストーリー的には、本筋の殺人事件に便乗しようとする二組の男女が登場し、終盤に向かって複雑化していくわけなのだが、これもあまり誉められたものではないだろう。 特に、若手男女二人組はお茶を濁しただけだし、サスペンスとはいいながらも盛り上がりにかなり欠ける。 これではとてもではないが、十分に練られたプロットとは言えない。 あまり誉めるところがないので、トータルでも辛い評価しかできないが、これも作者の作品に高いハードルを課しているせい・・・と言っておこう。 (この時代の巨人・阪神戦。王監督と村山監督。四番・原、中畑・篠塚・・・etc いやぁーなつかしいねぇ・・・) |
No.805 | 8点 | 最悪 奥田英朗 |
(2012/12/30 21:59登録) 1999年発表。デビュー作「ウランバーナの森」に続く長編2作目。 作者の小説家としての才能が開花した作品なのだろうと思う1作。 ~不況にあえぐ零細鉄工所社長の川谷は、近隣住人との軋轢や取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られてしまった。全く無縁だった三人の人生が交差したとき、運命は加速度をつけて転がり始める。比類なき犯罪小説!~ 『人間、悩んだり困ったときは、とりあえず空を見上げて、それから深呼吸してみようよ』・・・ って、登場人物たちに思わず声をかけたくなった。 序盤から中盤までは、川谷・みどり・和也の三人が徐々に追い込まれていく顛末が順に語られていく。 とにかく小市民の川谷、意に沿わぬ仕事のせいで鬱気味のみどり、ヤクザにも普通の社会人にもなれない中途半端な和也・・・それぞれの生活がリアリティたっぷりに描写され、特に煮え切らない川谷の姿には何となくシンパシーを感じてしまった。 ただし、本作の真価は、まるでギアチェンジしたように加速がつく終盤以降。 三人に突然のように訪れる不幸の連続、連鎖。 そして、全く別々の生活を営んでいた見ず知らずの三人が、ある時間、ある場所でクロスすることに! 文庫版512頁目は、これぞ「劇的な瞬間」のひとこと。 それ以降は、タイトルどおり「最悪」の道へ転がり落ちた三人の末路が語られていく・・・ ラストは少し薄日がさしたような終わり方になってるのが救いだろうか。 まぁ、うまいよなぁー。 さすがのストーリーテリングと言うほかありません。 「サスペンス」とはこうあるべきとでもいうようなスピード感と盛り上げ方。 主役級以外の登場人物の一人一人についてまで、十分に造形がなされていて、読者はすぐに感情移入できてしまう。 これぞ小説家の「腕」に違いない。 (特に、太田の夫や松村などは強烈な印象を残す・・・) 結構な分量なのだが、できれば一気読みすることをお勧めしたい。 そして、自身の「幸せとは何か」について、何となく空を見上げて考えてみるのもよいのでは? |
No.804 | 5点 | 悪魔の降誕祭 横溝正史 |
(2012/12/26 21:28登録) お馴染み金田一耕助シリーズの作品集。 降誕祭=クリスマスということで、時節に合った作品をセレクト。(単なる偶然なのだが・・・) ①「悪魔の降誕祭」=金田一耕助の探偵事務所で殺人事件が起きた。被害者はその日電話してきた依頼人だった。彼女はこれから殺人事件が起きるかもしれないと相談に訪れたところ、金田一が戻ってくる前に毒殺されたのだ。しかも、12月20日であるべき日めくりのカレンダーが何者かに12月25日まで毟られていた・・・ 何とも横溝作品らしいケレン味のあるプロットではある。フーダニットにも意外性があり、よくまとまった作品というのがMAXの褒め言葉だろう。 ただ、こういうプロットは長編でこそ。 長編なら一族の血の背景やら過去の因縁話を効果的に使えそうなのだが、中編(短編という分量ではない)のせいか、その辺りがかなり薄く何とも味気ない。作者のファンであればあるほど物足りない読後感になるのではないか。 ②「女怪」=金田一が惚れた女性が登場!という作品。短編らしいまとまりがあり、うまさは感じるが、①と同様何となく薄味な印象が残る。(「八つ墓村」事件で金田一がかなり稼いだという記述あり。ホントか?) ③「霧の山荘」=何だがCC物のミステリーを匂わせるタイトルだが、そういう話ではない。軽井沢の別荘地が舞台。当初は家屋の消失を扱ったプロットかと思わせたが、そこには特段トリックはなし。ただ、徐々に謎が深まっていく展開はなかなか読ませる。 以上3編。 よくまとまってるし、ミステリー作家としてのうまさは感じるが、いくつもの代表作を読んできた身としてはやはり何か足りないと思わせる。 そんな作品集・・・というのが正直な評価。 中では表題作の①が一番いいかな。 (金田一の台詞の語尾に「ハッハッハ・・・」が妙に多いのが鼻に付く) |
No.803 | 6点 | 復讐法廷 ヘンリー・デンカー |
(2012/12/26 21:26登録) 1982年発表。後年隆盛を迎えるリーガル・サスペンスの先駆的作品として知られる。 作者は元弁護士という経歴を持ち、その経験が本作にも十二分に生かされている。 ~その時、法は悪に味方した。娘を強姦、殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されてしまったのだ。娘の父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実・・・。しかし、信念に燃える少壮の弁護士・ゴードンはこの父親を救うべく勝ち目のない裁判に挑む! 規範と同情の狭間で葛藤する陪審員たちは、如何なる決断を下すのか? 法と正義の相克を鋭く描き切ったリーガル・サスペンスの先駆的名作~ この種の作品の「先駆」という意味では、よくできていると思う。 「法廷」という舞台を通して、殺人者、弁護士、判事、裁判官、陪審員たちの心の動きが見事に捉えられているし、特に若き弁護士として主役級の扱いを受けるゴードンは、若さゆえの信念に動かされながらも緻密な法廷戦略を展開していく・・・ そういう「人間ドラマ」的プロットは十分に面白い。 やや難をいうなら、中盤付近の証人とのやり取りがちょっと冗長かなという部分か。 しかし、こういうテーマは難しいなぁ・・・ 本作のテーマは、正義と背反したような「法の不備」を訴えるべく自らが復讐者(殺人者)となった被告を「法」が果たして裁けるのかというところにある。 日本の少年犯罪を巡っても冤罪の是非を問われるケースはあり、これは「少年の未熟さと更生の可能性」が理由として挙げられるのだろうが、本作のケースでは、この被告にとって全くもって理不尽な理由に見える。 作中でゴードンが『裁かれているのは、被告だけでなく法そのものなのだ』と話す箇所があるが、まさにこれこそが作者の主張したかったポイントに違いない。 日本でも裁判員制度が始まり、こういうプロットを軸に据えた作品がいくつも発表されたが、先行例のアメリカでもやはり陪審員のとまどいは同様ということなのだろう。 ミステリーとしての観点ではややサスペンス性が弱いので、評点としてはこの程度かなと思うが、読み応えは十分あり。 この手の作品が好きな方なら、必読の書と言える(かも)。 |
No.802 | 6点 | インシテミル 米澤穂信 |
(2012/12/26 21:23登録) 2007年発表。映画化もされた作者の出世作。 ミステリー作家なら「クローズド・サークルもの」を書きたいという作者の思いが結実した(?)作品。 ~「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給11万2千円がもらえるという破格のアルバイトに応募した12名の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それは、より多くの報酬をめぐって参加者同士が殺し合う「犯人当てゲーム」というべき趣向だった・・・。クローズドサークルを新感覚で扱ったミステリー登場!~ (ミステリーファンにとって)この趣向は実に魅力的。 クローズドサークルをここまで人為的に設定した特殊空間というのも目新しいし、そういう意味では徹底的に非リアリティに拘ったということかもしれない。 殺人事件だけでなく、主催者の真意やゲストの背景の謎、そしてサークル内のルール設定なども遊び心満載で、こういう作品のプロットを考えるのは楽しいだろうなぁという気にさせられた。 「そして誰もいなくなった」に始まり、古今東西の名作に登場する著名な「凶器」が一堂に会するというのも、ファンの心をくすぐられた。 ある意味一番の謎だった「須和名祥子」についても、ラストにサプライズが仕掛けられていて「ニヤリ」とさせられる。 とここまで肯定的なコメントを連ねてきたが、不満点があるのも事実。 まずは、雰囲気かな。 CCというと、登場人物がひとり、またひとりと訳も分からず殺されていくという緊張感や恐怖感が雰囲気を盛り上げる筈なのだが、本作はその辺りがかなり淡白(わざとかもしれないが)。 あとは、「詰め込み過ぎ」ということに尽きる。 いろいろな「?」がばら撒かれたため、1つ1つが薄味で、終盤かなり駆け足気味で解決される結果となっている。 登場人物と凶器の関係なんて面白い「謎」なのに・・・もう少し何とかならなかったかなぁ・・・ でも、トータルで評価すれば、作者のプロットの勝利だと思う。 こういう特殊設定を利用すれば、本格ミステリーもまだまだ開拓する余地があるのかなという気にさせられた。 |
No.801 | 4点 | D坂の殺人事件 江戸川乱歩 |
(2012/12/20 22:23登録) 表題作を中心とした大乱歩の初期作品を集録した短編集。 今回は創元文庫版にて読了。なお、集録されてある「蟲(虫)」、「石榴」は他の短編集で書評済みのため割愛。 ①「二廢人」=夢遊病者の犯罪というのがいかにも乱歩らしいが、エログロとは無縁で、実にすっきりした短編らしい作品。ただ、ラストのサプライズはちょっと蛇足気味だと思うが・・・。 ②「D坂の殺人事件」=乱歩が創造した名探偵・明智小五郎の初登場作品として有名なのが本作。明智と視点人物の2人の目が光る古書店で殺人が起こる、ということでこれは準密室殺人を扱った作品ということだろう。ただし、この真相はかなり疑問符というか全くすっきりしない。動機もトリックもはっきり言ってお粗末。視点人物が指摘したダミー推理の方がよっぽど合点がいくのだが・・・。まぁ歴史的価値を重視すべき作品なのだろう。 ③「赤い部屋」=これは何とも幻想的。こういう手の作品を好む人もいそうだが、個人的にはあまり感心しなかった。 ④「白日夢」=これはショート&ショート。 ⑤「毒草」=これもショート&ショート。あまり切れ味を感じないが・・・ ⑥「お勢登場」=プロットはよくある手のやつ。ただし、ラストの切れ味がやや鈍い。 ⑦「防空壕」=これも幻想的と言っていいのか? 男なら普通気付くだろっ! 以上9編(2編は書評済)。 ①~⑥は大正年間。⑦は昭和30年代とやや発表年に開きがある。(書評済の2作は昭和一桁年代) 全体的には、他の有名作品に比べると一枚も二枚も落ちる作品という感じ。 乱歩という懐の深い作家を知るためには、こういう作品もあるよということなのだろうか。 まぁ、高い評価はできないよなぁ・・・ (①はまずまず。②は名前負け。後もイマイチかな) |
No.800 | 8点 | 女には向かない職業 P・D・ジェイムズ |
(2012/12/20 22:21登録) 通算800冊目の書評は、現代英国女流ミステリーの第一人者である作者の有名作品で。 女性私立探偵コーデリア・グレイが活躍するのはわずか2作品しかないが、そのうちの1つが本作。 1972年発表。早川文庫、小泉喜美子訳。 ~探偵稼業には女は向かない。ましてや22歳の世間知らずの娘には。誰もが言ったが、コーデリアの決意は固かった。自殺した共同経営者のために、探偵事務所を続けるのだ。一人になって最初の依頼は、大学を中退し、自ら命を絶った青年の自殺の理由を調べてくれという内容だった。さっそく調査にかかったコーデリアの前に、意外な事実が浮かび上がってきた・・・。英国本格派の第一人者が可憐な女性探偵のひたむきな活躍を描く!~ これはヒロイン小説だな。 もちろん悪い意味ではなく、良い意味で。 本作を手に取ったのは、最近読んだ真山仁の作品「マグマ」の中に登場する主人公の女性キャリアウーマンが本作を愛読書にしていたという設定のせいもある。 (「マグマ」で孤軍奮闘する女性主人公が、自身の姿をコーデリアと重ね合わせるという場面が何回かあるのだ) 本格ミステリーとしての「謎解き」そのものは、正直たいしたことはない。 青年の自殺の理由を追っているうち、コーデリアはある家族の秘められた関係に辿り着く。そして、一人の人物の理不尽な振る舞い(?) を知ったコーデリアは、探偵役としてあるまじきある重大な決意をする・・・ という流れで、どちらかというと、米ハードボイルド作品のような趣すら感じる。 ただ、本作の味わいはそういったミステリーのプロットの部分にあるのではないだろう。 読んでいるうちに、なぜだか作品世界に惹き込まれていくいくような感覚。 これは、やはりコーデリアという魅力的なヒロインの存在に負うところが大きい。 終盤、事件のあらかたの型が付いた後で登場する“真打ち”ダルグリッシュ警視を前に、秘密が跡形もなく崩れ去る刹那。 そして、自身の死んだパートナー・バーニイ(ダルグリッシュの元部下なのだ)を想って感情を爆発させる姿・・・ やっぱり、読ませる小説なのは間違いない。 作者の真の作品はコーデリアもの2作ではなく、ダルグリッシュ警視を主人公にしたシリーズなのだろうが、これはこれで十分に楽しめる作品だと思う。 ということで、それなりの評価をしたい。 (早川文庫版の瀬戸川猛資氏の解説も一読の価値あり。このタイトルも実にいいね) |
No.799 | 5点 | タイムカプセル 折原一 |
(2012/12/20 22:17登録) 理論社の「ミステリーYA!」シリーズの第1回配本の1つとして出されたのが本作。 このシリーズ自体、あまり馴染みがないのですが、どうやら(?)ジュブナイル向けの作品のようです。 ~栗橋北中学校三年A組の有志8人が埋めたタイムカプセル。誰も会ったことのない不登校の生徒・不破勇の小説もその中にあった。10年後、メンバーたちに「選ばれ死君たち」宛ての不気味な案内状が届く。卒業式に出られなかった石原綾香は、当時のメンバーと会うが、ある言葉を聞くとなぜか誰もが口を閉ざす。そしてタイムカプセルの開封の日が訪れる・・・~ いつもの折原作品。しかも「良くない方の」・・・。 これでは、「沈黙の教室」(日本推理協会賞受賞の作表作!)の焼き直しと言われても仕方がない。 しかも、ジュブナイル向けのせいか、若干デフォルメされてる(「怖さ」も中途半端)。 そして、極めつけが「不破勇」の謎! こりゃ、単なるおフザケだろう!(冒頭の卒業式のシーンが伏線になってるところは思わず笑ってしまった) プロットそのものは悪くないんじゃかないかと思うんだよなぁ。 「タイムカプセル」といういかにもノスタルジックな存在。それ自体がそもそも「秘密めいた存在」だし、過去の甘酸っぱいような記憶まで内包しているようなものだし・・・ ただ、本作はそれがあまり生かされてないということに尽きる。 加えて、オチが中途半端で既視感ありあり。 などと、さんざんケチをつけてまいりましたし、折原作品のなかでも評価は下位ということになるでしょう。 (袋とじの意味は殆どないと思うんだけど・・・) |
No.798 | 6点 | サム・ホーソーンの事件簿Ⅳ エドワード・D・ホック |
(2012/12/14 21:38登録) 不可能犯罪てんこ盛りがウリのシリーズ第4弾。 今回も、ニューイングランドの片田舎・ノースモントで犯罪が次々と起こります。(こんな町嫌だ!) ①「黒いロードスターの謎」=静かな田舎町・ノースモントで何と銀行強盗が発生! しかも逃げた犯人の乗った黒いロードスターが忽然と消えてしまう。フーダニットにサプライズはないが、自動車の隠し方に一工夫あり。 ②「二つの母斑の謎」=ある入院患者と、町のレストランに客として入った2人。この両者の関係がラストに判明し、謎が解明される。これはうまい。 ③「重体患者の謎」=サム医師が大ピンチに陥るのが本編。往診に行った重体患者に処方した薬を飲んだ後、その患者が急死してしまったのだ! ただし、トリックそのものは脱力感のあるもの。 ④「要塞と化した農家の謎」=これは本シリーズらしい堅牢な密室が舞台。唯一の門の前には、FBIの捜査官が常時見張っていた家の中で殺人事件が発生するのだ。ただ、このトリックはちょっと子供騙しではないか。 ⑤「呪われたティピーの謎」=これは秀作。作者の想像した探偵の1人・西部探偵ベン・スノウが話す謎をサム医師が解き明かす・・・というプロットが嬉しい。これはトリックも効いた短編の見本のような作品。 ⑥「青い自転車の謎」=テーマは人間消失なのだが、事件の構図自体はいかにも昔の田舎町らしいのんびりしたもの。こんな状況で殺人事件を挟む必要ある? ⑦「田舎教会の謎」=元パートナー・エイプリル看護婦が結婚して暮らすリゾートホテルを訪れるサム医師。エイプリルが産んだ赤ちゃんが洗礼を受けるための教会で何と消失してしまう! けどこのトリックは・・・ちょっとヒドイんじゃない? ⑧「グレンジ・ホールの謎」=ピルグリム病院開設記念パーティーの舞台で発生する密室殺人事件。この時代(1920年代)のアメリカにおける黒人の境遇が窺われる作品。 ⑨「消えたセールスマンの謎」=今回は人間消失を扱った作品が多いが、本編もその一つ。ただ、この消失トリックもかなり強引でリアリティは薄いよなぁ・・・ ⑩「革服の男の謎」=これは面白い。「いる筈」「見えてる筈」の男を「いない」「見えない」と主張する男女が3組も・・・。サム医師が解明した真相は多重的で面白い。 ⑪「幻の談話室の謎」=これは何と「部屋」自体が消えるという大掛かりな謎がテーマ。ただし真相はなぁーんだというレベルではある。 ⑫「毒入りプールの謎」=プールから突然出現した男が、その後プール内で毒殺される、というのが本作の謎なのだが、トリックはちょっと分かりにくい。 以上12編とシリーズ外で、ベン・スノウものの「フロンティア・ストリート」を併録。 相変わらず作者らしい切れ味の効いた作品が並ぶ、レベルの高い作品集。 ただ、Ⅰ~Ⅲと比較すると、やや強引なトリックやプロットが目立つような気はした。 ということで、評点としてはこれまでよりは若干のマイナスとしたい。 (個人的ベストは世間的評価も高い⑩かな。⑤も面白い。後は横一線という感じ) |
No.797 | 3点 | 鍵 乃南アサ |
(2012/12/14 21:34登録) 1992年発表。作者の長編7作目が本作。 作者の代表作とも言える「凍える牙」は警察小説的カラーだが、本作はかなり趣の異なる作品。 ~高校2年生の麻里子のカバンに、知らぬ間にひとつの鍵が押しこめられた・・・。近所で連続して起きる通り魔事件はついに殺人までエスカレート。父親も母親もいなくなった障害を持つ女子高生と、その面倒を見なければいけなくなった兄と姉との心の通い合いを見事に描いた、直木賞作家が贈る名作ミステリー~ これは・・・ひとことで言えば「面白くない」。 自宅の周辺で続発する通り魔事件は犯人の死亡という形であっけなく終了したかに見えたが、再び通り魔が現れ、しかも殺人事件まで発生してしまう。 そして、事件のカギを握るのが主人公の女子高生がひょんなことから持たされた一本の「鍵」・・・ ただし、通り魔事件も殺人事件も決して本作の主題ではない。 本作のテーマは両親を亡くした三兄妹の心の通い合いなのだ。 確かにハートウオーミングな雰囲気は悪くないのだが、如何せんミステリーとしては中途半端感が著しい。 ラストに意外な犯人が判明するのだが、これはあまりに唐突すぎだろうし、読者としては目で追っていくしかない。 まぁ、別に本格ミステリーを志向している訳じゃないから、これでいいんじゃない、と言われればそれまでだが、面白いと思えなければどうしようもない。 ということで、評価は当然この程度に落ち着く。 (ただ、「凍える牙」は未読なので、今度読んでみよう・・・) |
No.796 | 6点 | 世界の終わり、あるいは始まり 歌野晶午 |
(2012/12/14 21:32登録) 2002年発表のノンシリーズ長編作品。 意味深なタイトルが表すとおり、ある意味たいへん実験的な作品ではないか。 ~東京近郊で連続する誘拐殺人事件。誘拐された子供は、みな身代金の受け渡しの前に銃で殺害されており、その残虐な手口で世間を騒がせていた。そんななか、富樫修は小学六年生の息子・雄介の部屋から被害者の父親の名刺を発見してしまう。息子が誘拐事件に関わりを持っているのではないか? 恐るべき疑惑はやがて確信へと変わり・・・。既存のミステリーの枠を超越した、崩壊と再生を描く問題作~ これは人によって評価が分かれるだろうなぁ。 で、個人的にどうかというと、これが微妙なのだ。 実験的&チャレンジブルな作品として評価したいという気持ちもあるし、中盤の「行ったり来たり」が許容範囲を超えて冗長な気もする。 ということで、この評点に落ち着いた・・・という次第。 恐るべき連続児童誘拐&殺人事件の犯人が我が子かもしれないという、実に緊張感ある展開が途中まで続いていたので、ハラハラ・ドキドキというサスペンスに最も必要な要素が詰まっているかに思えたのだが・・・ これは「妄想」だよな。 まぁ、妄想に何回も付き合わされるというのは、やっぱりプロットとしては如何なものかとは思う。 そして、問題のラスト。 結末を付けないまま、割と爽やかに、割り切ったようなシーンで終わるが、これはこれで良いという大方の意見には賛成。 ただ、拳銃の謎だけはせめてはっきりさせて欲しかったという不満は残った。 読む前から、普通のミステリーではないという予備知識があったので、サプライズ感には乏しかったが、逆に作者の狙いやプロットの妙は感じることができた・・・ような気がする。 (息子を持つ父親としては、こんな事態にならないよう祈るのみ・・・って、これが自分本位っていうことなのだろうか?) |
No.795 | 5点 | ホッグ連続殺人 ウィリアム・L・デアンドリア |
(2012/12/08 15:24登録) 1979年発表。作者2作目の長編であり、代表作というべき存在。 今話題の「東西ミステリー・ベスト100(文藝春秋)」でも見事ランクインを果たした名作(といっていいだろう)。 ~雪に閉ざされたニューヨーク州・スパータの街は、殺人鬼HOG(ホッグ)の凶行に震え上がっていた。彼は被害者を選ばない。手口も選ばない。不可能としか思えない状況でも、確実に獲物を捕らえる。そして巧妙に事故や自殺に見せかけたうえで、声明文を送り付けるのだ。署名はHOG・・・。この恐るべき連続殺人事件解決のため、天才犯罪研究家ニッコロウ・ベネデッティ教授が乗り出した。米探偵作家クラブ賞に輝く本格推理の傑作!~ これはきっと、読者がハードルを上げすぎるんだろうな。 ハードルを上げた状態から読み始めると、「期待外れ」という評価になるのも確かに肯けるような・・・そんな出来。 本作のメインテーマは、言わずと知れた「ミッシング・リンク」。 中盤に、被害者たちをつなぐ「輪(リンク)」についての推理が語られるが、結局これは無理筋というのが判明。ラストでベネデッティ教授が到達した真相は、どう考えてもA・クリスティの某有名作の二番煎じにしか思えない。 もちろん、本作のプロットにもオリジナリティはある。どう書いてもネタバレになりそうで、書き方が難しいのだが、クリスティ作品とは異なり、「偶然性」を最大限に取り込んだという点でリアリティの強化を図ったように思える。 (ラストで真犯人自身が語っていたが、連続殺人の件数がここまで多いと、クリスティ作品的プロットではさすがに無理があるということなのだろう・・・) その他、フーダニットの粗さやロジックの不備(例えば、最初の事件の際にアレを持ってなければならないのだが、普通コレを偶然持っていることはないだろう・・・)など、本作の瑕疵については枚挙にいとまがない。 にも関わらず、ここまで世間的評価が高いというのは、本格ミステリーとしての遊戯性を徹底的に追求しているところにあるのだろう。 さすがにここまで否定的な読後感が残った作品に高い評価は難しいので、この程度の評点が妥当かな。 (他の方と同様ですが、ラストの1行はなかなか気が利いている・・・) |
No.794 | 6点 | ビブリア古書堂の事件手帖3 三上延 |
(2012/12/08 15:22登録) 大人気となったビブリオミステリーシリーズもついに3作目へ突入。 シリーズ通しての謎となっている「栞子さんの母親」についても徐々に判明してくるが・・・ ①「ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』」=古書店が集まる古書市場内で起きた盗難事件に巻き込まれる栞子さんと五浦。真犯人は栞子さんの慧眼で程なく判明するが、本作では母親を敵視する男・ヒトリ書房の井上某の存在がクローズアップされる。それにしても、この『たんぽぽ娘』は本当に読みたくなってきた。 ②「タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの」=馬鹿にしたようなタイトルだが、これは登場人物が子供の頃に読んだ覚えのある本を探して欲しいという依頼によるものだから。この本は何かのTV番組で紹介されていたのを見たことがある。ラストはある家族の再生の物語に・・・。 ③「宮澤賢治『春と修羅』」=これも稀覯本の盗難事件がメインテーマ。事件の謎を解いているうちに、母親に纏わる背景やエピソードも明らかになってくるという具合。これは本筋よりも宮澤賢治の薀蓄の方が興味深かった。 ・「王さまのみみはロバのみみ」=これは本編ではなく、プロローグとエピローグとして登場。栞子さんの妹・文香が今後の展開の鍵を握る存在となるのだろうか? 以上3編+1。 ビブリオ・ミステリーとしての1編1編はもはや安定感十分で、特に①などは「読んでみたいなぁー」という気持ちにさせられた。 1冊の本が1人の人間だけでなく、家族や親類、友人たちにまで影響を与える存在なんだという、作者の本に対する強い想いが感じられてうれしい気持ちにさせられる・・・そんな作品。 で、シリーズ全体の謎については、徐々に明らかになってはきたものの、まだまだ不明の部分も多く、次作へ持越しとなった。 シリーズが続いていくのはうれしいのだが、あまり引っ張り過ぎるのもどうかと思うので、次作はちょっと違った展開を期待したい。 (しかし、栞子さんのような女性・・・近くにいないものか・・・? いないわなぁ・・・) |
No.793 | 7点 | 幻惑の死と使途 森博嗣 |
(2012/12/08 15:19登録) S&Mシリーズの第6作目が本作。 今回はズバリ「マジックとマジシャン」がテーマ。で、文庫版あとがきは何と引田天功氏・・・ ~「諸君が、一度でも私の名を呼べば、どんな密室からも抜け出してみせよう・・・」。いかなる状況からも奇跡の脱出を果たす天才奇術師・有里匠幻が衆人環視のマジックショーの最中に刺殺された。しかも遺体は、葬儀の後霊柩車から消失。これは匠幻最後の脱出マジックか? 幾重にも重なる謎に秘められた真実を犀川・西之園の理系師弟コンビが解明する!~ うーん。この真犯人には正直たまげた。 まさか、あの人物とは・・・。こういうのはフーダニットの、もっと言えば本格ミステリーの醍醐味に違いない。 本作の良さは、このフーダニットのカタルシスが脱出トリックと有機的に結び付いているところ。 特に秀逸なのが、霊柩車の中に入れられた棺桶という「究極の密室」からの死体消失。 うまいよねぇ・・・。 事件関係者のほとんどがマジシャンという特殊設定を使い切ったところがミソ。 トリックは「裏のウラ」を付いて、いたってシンプルというのが作者の腕というか、凄みだろう。 ということで、ここまで褒めちぎってきましたが・・・ こういう見事なトリックの割に、ストーリーとしてはどことなくまとまってないような気にさせられた。 犀川と萌絵の関係も徐々に発展させながら、しかも萌絵の成長も見せながら・・・というサイドストーリー的要素が目に付きすぎるのが原因なのかな・・・? 動機も曖昧だし、そもそもマジックの最大のタネが「アレ」というのが大昔のミステリーみたいで「どうかなぁ・・・」というところもあって、ちょっと乱暴ではないかという感覚は残った。 まぁでも、トータルで評価すればよく出来てる本格ミステリーということでよいだろう。 (今さらだけど、本格もののギミックにここまで挑戦してきた作家というのはなかなかいないだろうから・・・) |
No.792 | 6点 | 製材所の秘密 F・W・クロフツ |
(2012/12/06 20:35登録) 1922年に発表された、クロフツの第三長編作品。 処女長編「樽」、第2作「ポンスン事件」に続く作品だが、探偵役は著名なフレンチ警部(警視)ではなくウイリス警部。 最近、創元文庫で復刊されたものを読了。 ~商用でフランスに出掛けた旅行中のメリマンは奇妙なトラックに出会った。はじめに道ですれ違った時と、数分後に製材所で見た時とではナンバープレートの番号が違っているのだ。そればかりか、この発見に運転手は敵意に満ちた目で彼を見つめ、製材所の主任は顔を曇らせ、主任の娘はみるまに青ざめたのだ。ここではいったい何が行われているのか?~ これもやはりクロフツらしさ満載の作品と言っていいだろう。 殺人事件こそ発生するものの、作品のメインテーマはずばり「脱税事件」。 紹介文のとおり、ある英国の若者が、旅先のフランス・ボルドーで不思議な製材所とその関係者に出くわすところが出発点。興味を抱いた若者が友人を巻き込み、捜査を進めていくが頓挫するところまでが作品の前段として描かれる。 ・・・って、この展開はクロフツの十八番ともいえるもの。 有名な「樽」もそうだし、フレンチ警部登場作品でもたびたびお目にかかる。 要は、素人探偵がある複雑な事件のからくりを解明しようとするのだが中途に終わり、真の探偵役が登場すると瞬く間に真相解明までのスピードが上がっていく・・・という奴だ。 訳者あとがきを読んでると、本作と「樽」のプロットの共通性について言及されている。イギリス・フランスの両国に跨って大きな陰謀が跋扈するという構図は確かに共通しているが、やっぱりスケールでは「樽」に軍配が上がるだろう。 本作は、「謎解き」というよりは探偵たちの冒険譚、サスペンス性が重視されているので、その辺りが好みに合うかどうかというところがあるのだ。 まぁ、でもクロフツらしく一つ一つ丁寧な捜査シーンや盛り上げ方には一定の評価を差し上げたい。 (訳がやや硬い。せっかく復刊したのだから新訳にして欲しかったなぁ・・・) |
No.791 | 5点 | 盗まれて 今邑彩 |
(2012/12/06 20:33登録) 1995年発表。ノンシリーズの作品集。 小道具として「電話」や「手紙」が登場する・・・というプロットが共通した作品が並ぶ。 ①「ひとひらの殺意」=小説家志望の兄が殺された事件。兄の友人宅へ再訪した妹は思いがけない事柄を話し始める・・・。桜の花びらが印象に残る作品。 ②「盗まれて」=これはいかにも女流作家といった風味の作品。まさに、男と女の化かしあいなのだが・・・まぁどっちもどっちだよな。作品のタイトルはちょっと小粋。 ③「情けは人の・・・」=銀座の飲み屋のバーテンダーが巻き込まれた、ある実業家の息子の誘拐事件。誘拐したつもりが実は・・・という展開。短編らしい切れ味。 ④「ゴースト・ライター」=死んだ夫は美貌の小説家で妻のゴーストライターだった。夫の死で窮地に立たされた妻に、死んだはずの夫から電話がかかる・・・それも意外な形で。からくりは程なく判明するが、ラストはちょっとオカルト。 ⑤「ポチが鳴く」=これは作者らしいブラックな味わいの作品。真相については予想がつくが、このタイトルが実に意味深。狂った人も、そのそばに居た人も、ちょっとネジがいかれてくるんだなぁ・・・ ⑥「白いカーネーション」=これはしみじみとして良い作品。実の母に裏切られたと思い込んでいた夫だが、実は・・・。やっぱり母は偉大だなぁーと思ってしまう。 ⑦「茉莉花」=“茉莉花(まりか)”という自分の名前が嫌いでペンネームをつけたある女流作家。それは、父との苦い思い出に起因していた。自分を訪ねた女性の正体に気付いたとき・・・。 ⑧「時効」=昔住んでいた函館から届いた一通の手紙。それは忘れたはずの昔の事件を思い起こさせる「カギ」となるものだった・・・。そして、函館の街で思わぬ人物と出会い、今さらながらに知る真実。 以上8編。 どの作品もなかなかのストーリーテリングだし、作者の「うまさ」は十分に発揮できていると思う。 ただ、悪く言えばやや淡白であまり印象に残らない作品という気はする。 ということで、あまり高い評価はできないし、作者のファンでなければあまり勧める気はしないかな・・・ (⑤⑧辺りが個人的には好き。あとは横一線という感じ。) |
No.790 | 8点 | 震度0 横山秀夫 |
(2012/12/06 20:30登録) 2005年発表。ある県警察本部を舞台とした作者得意の警察小説。 長く続いた沈黙を破った最新作「64」が好調な作者だが・・・ ~阪神大震災の前日、N県警警務課長・不破義仁が突然姿を消した。県警の内部事情に通じ、人望も厚い不破が、なぜいなくなったのか? 本部長をはじめ、キャリア組、準キャリア組、たたき上げ組、それぞれの県警幹部たちの思惑が複雑に交錯する・・・。組織と個人の本質を鋭くえぐる本格警察サスペンス!~ まさに「横山秀夫の世界」だな、これは。 県警内部の各セクションのトップ(=部長)たちが繰り広げる権力闘争。それぞれが自身の欲望や見栄、保身、妙なプライド・・・そんなもののために事件そっちのけで組織を動かし、暗躍する。 これは、日本国家という名の「組織」の縮図ということなのだろう。 終盤、登場人物の1人がようやく「団結」や「協力」の重要性に気付き、発言するという場面があるが、たいていの読者は「今さら・・・」という感覚になるだろう。 ストーリーの白眉は、ラストの約20ページ程度に集約される。 県警トップの1人1人がようやく思い出す、警察官或いは1人の人間としての己の矜持。 そして、事件と並行して語られる「影の主役」が阪神大震災・・・ 『震度0・・・。N県警の本部長室はそうだった。』というほんの1行が本作のすべてを物語るのかもしれない。 衆院選挙を見据えた昨今の政治ショー(または茶番劇とも言えるが)を見ても思うが、本当に大事なものは何なのか、「選挙に勝つことなのか」、「国を良くすることなのか」・・・こんな青臭いをことを書くのもどうかと思うが、そんなことを考えさせられた。 組織に与する人には是非手に取っていただきたい作品、という評価。 「己の矜持」というものを一度考えてみるのも良いのではないか? (登場人物を好感度順に並べると・・・堀川→藤巻→だいぶ離れて椎野→冬木→間宮→倉本、という感じかな。あくまで個人的にですが・・・) |
No.789 | 7点 | 検死審問ふたたび パーシヴァル・ワイルド |
(2012/11/25 20:44登録) 1942年発表。前作「検死審問」の好評により出されたのが本作。 スローカム検死官をはじめ、「魅力的な」メンバーたちがまたも集結! ~女流作家の怪死事件を見事全員一致の評決へと導いたリー・スローカム検死官が、再び検死審問を行うことになった。今回の案件は火事に巻き込まれ焼死したとおぼしき作家・ディンズリー氏の一件。念願の陪審長に抜擢され、大いに張り切るうるさがたのイングリス氏は、活発に意見を述べ審問記録に注釈を加え、更には火災現場まで実地検分に出掛ける気合の入れよう。果たしていかなる評決が下るのか・・・~ これは隠れた(?)名シリーズだろう。(2作しかありませんが) 前作の面白さも秀逸だったが、今回も負けず劣らずの出来。 紹介文のとおり、本作では陪審員の1人・イングリス氏を狂言回しに当て、スローカムの飄々とした受け答えとの対比を鮮明にしている。 これが当たり! ついつい単独行動で先走ってしまうインテリ・イングリス氏が、ラストには強烈なしっぺ返しに遭ってしまう!(これがなかなか憐れ・・・) 前作でも唸らされたが、とにかく本作のスゴさはプロットの妙に尽きる。 もともとは劇作家である作者の腕と言ってしまえばそれまでだが、検死官たちの会話や証人たちの証言だけが続く展開なのに、いつの間にか、作者の術中に嵌ってしまう。 例えていうなら、『スローカムののらりくらりとした検死審問に付き合ってるうちに、何だかトラックを一周して元の場所に戻っていた』とでもいう感じ。 プロットの「鍵」自体は最初から凡そ察しのつくものだが、それはそれで十二分に楽しめる作品。 評点としては前作と同等としたい。 (とにかく登場人物たちの会話や風刺のきいた注釈が滅法面白い・・・) |