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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.819 4点 狙われた男―秋葉京介探偵事務所
西村京太郎
(2013/01/23 22:31登録)
私立探偵・秋葉京介を主人公とした作品集。
西村流ハードボイルドを追求(?)したのであろう作品が並んでいるのだが・・・

①「狙われた男」=汚い商売でのし上がった風俗店経営者が今回の依頼主。脅迫を受け、命を狙われているというのだが・・・事件のからくり自体は非常に単純。
②「危険な男」=街中で知り合い、恋仲になった美女。そして美女が自室で殺害される事件が起こり、秋葉へ救いを求めたのが事件の発端。美女の正体がなかなかつかめないというのがプロットの肝なのだが・・・
③「危険なヌード」=当初は単純な美人局的事件かと思わせたのだが・・・事件は二重構造になっていた、というのが今回の事件。秋葉も危機に陥るのだが、危険が迫れば迫るほど喜びを感じるのが、この男(であるらしい)。
④「危険なダイヤル」=ある女性を殺してくれとの依頼を受ける秋葉。この女性を調べるうちに、ある石油会社を舞台にした利権を巡る陰謀に巻き込まれていく・・・。真の仕掛け人の正体には若干のサプライズあり。
⑤「危険なスポットライト」=二人の女性アイドルとそのバックに控える芸能プロダクション同士の争いが絡む事件。背景自体は実に単純で紋切り型。

以上5編。
作者の作品に登場する私立探偵といえば、左門字進(「消えた巨人軍」などに登場)が有名だが、本作に登場するのは秋葉京介。
恐らく他の作品には出てこないし、そういう意味ではなかなかレアな作品ではある。
ただなぁ・・・、作品の質は相当低いよ。
命の危険をも顧みず、事件の渦中に飛び込む、冷静かつ勇敢な私立探偵・・・なんてオリジナリティがないんだ!

やっぱりシリーズ化されなかったのも頷ける、そんな作品。
(特にこれがよいというのはないなぁ・・・。正直、時間つぶしにしかならない)


No.818 5点 盤面の敵
エラリイ・クイーン
(2013/01/23 22:30登録)
1963年発表の長編作品。
名探偵エラリー・クイーンと真犯人との対決をチェスの対局になぞらえ、華麗な推理ゲームが展開される。

~四つの奇怪な城と庭園からなるヨーク館で発生した残虐な殺人事件・・・。富豪の莫大な遺産の相続権を持つ甥のロバートが、花崗岩のブロックで殺害されたのだ。エラリーは父親から事件の詳細を聞くや、俄然気負い立った。殺人の方法も奇抜ではあるが、以前からヨーク館には犯人からとおぼしき奇妙なカードが送られてきていたのだ。果たして犯人の真の目的は? 狡知に長けた犯人からの挑戦を敢然と受けて立つクイーン父子の活躍!~

この真相はかなり微妙だな。
他の方の書評にもあるが、自身の名作「Yの悲劇」を彷彿させる舞台設定(犯人の署名は「Y」、事件の舞台はヨーク家)、真犯人の筋書き通りに犯行を行う示唆殺人など、本作は実にゲーム性に満ちたプロットになっている。
途中で殺人の実行者が判明しながらも繰り返される殺人事件。そして、真犯人候補が徐々に狭められるなかで、最後の最後にやっと明かされる真犯人の正体。
そう、これが実に微妙なのだ・・・。

確かに、こういうプロットもありだとは思うし、時代性を考慮すれば先見性のあるものなのかもしれない。
ただなぁ・・・これだといろいろともったいぶって書かれた途中の展開が、「必要だったの?」っていう気になってしまう。
例の犯人からの手紙の署名についても、正直よく理解できなかった。
(キリスト教国では意味のある「こと」なのかもしれないが・・・)

まぁ、代作者の手による作品ということであるが、個人的な好みとはやや外れていたという感じは否めない。
作品の雰囲気や遊戯性自体は嫌いじゃないだけに、何か惜しいなぁ。


No.817 6点 トスカの接吻
深水黎一郎
(2013/01/23 22:28登録)
前作「エコールド・パリ殺人事件」に続く芸術探偵シリーズの第二弾。
今回の芸術はズバリ「オペラ」。個人的には全くの門外漢ですが・・・

~歌劇「トスカ」公演の真っ只中。プリマドンナが相手役のバリトン歌手を突き刺したそのナイフは、なぜか本物だった。舞台という「開かれた密室」で起こった前代未聞の殺人事件。罠を仕掛けた犯人の真意は何か? 芸術探偵・瞬一郎と伯父の海埜刑事が完全犯罪の真相を追う。「読者に勧める黄金の本格ミステリー」選出作品~

真犯人には確かに驚かされた。
なる程! 伏線も張ってあるし、動機もまぁ理解できなくはない。
「開かれた密室」については、その惹句ほど魅力的なトリックではないし、第2の殺人で出てくるダイニング・メッセージについても「こりゃ分からんわ!」というレベル(こんな専門知識ないよ!)。
ということで、本格ミステリーとしての骨格は長短入り混じってるという評価が適当だろう。
(文庫版は「読者への挑戦」が追加されるサービス振り!)

でも本作に関しては、オペラの知識がないと面白みが半減するような気がする。
もちろん、本格ミステリーにこういう薀蓄は付き物で、作品を通していろいろな薀蓄に触れることは、個人的は楽しいのだが・・・
ただ、オペラについては知識があまりにもないし、正直、薀蓄部分に本作のかなりのウェイトが置かれている体裁になっているのが、ちょっと読んでて違和感を抱いてしまった次第。

あとは登場人物の作り込みがちょっと甘いのかな・・・
探偵役の瞬一郎にしても、変人として書かれている警部にしても、イマイチ魅力に乏しくて、どうもその辺が読後にスッキリこない理由になっているのだろう。
本格ミステリーの仕掛け自体は面白いだけに、そこが残念でならない。
(オペラって、日本でもそんなに人気なんでしょうか?)


No.816 5点 カブト虫殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2013/01/19 18:14登録)
「グリーン家」「僧正」に続くヴァン・ダインの第5長編。
古代エジプト研究者の自宅兼博物館で起こった殺人事件を名探偵ファイロ・ヴァンスが解き明かす。
大昔にジュブナイル版で読んで以来の再読。

~エジプト博物館内で復讐の神を前にして殺されていた死体は、犯人を指摘するあらゆる証拠を備えていた。しかし、その証拠はあまりにも明確に犯人を指摘しすぎている。我がファイロ・ヴァンスの苦悩はそこから始まる。法律的には正義の鉄槌を下し得ない犯人に対して、エジプト復讐の神は如何なる神罰を用意したのか? 神を信じないヴァンスは如何にして神の手を利用したのか?~

作者がこういうプロットで書きたかった意図は分かる。
そんな読後感。
シリーズ五作目だし、今までと同じベクトルのフーダニットは書きたくなかったんだろうなぁ・・・。その辺に工夫・アイデアがあると言えなくはない。
要は「裏の裏は表だ」ということに尽きる、これがプロットの軸。

ただ、その狙いが十分成功しているとは言い難い。
最初の殺人事件はいいのだが、例えば、その後に起こる殺人未遂事件などは、まぁ一応真犯人の狙いを補完する材料なのだろうが、相当にお粗末ではないか。
ヴァンスは真犯人のことを「恐ろしく頭がよく知恵が回る」人物だと指摘しているが、この程度なら誰でも考えつくレベルだろうし、こういう目くらましに踊らされる警察も相当お粗末ということになる。

ただ、時代性を考えると致し方ないかな。
今までストレート勝負を挑んできた作者が、初めて投げた変化球が本作とでも言えばいいのかもしれない。で、最初から空振りは取れなかった、ということだろう。

作者が「一人の作家が優れた長編作品を生み出せるのは6作が限度」と主張したのは有名だが、次作「ケンネル殺人事件」以降は作品の質が相応にダウンすることになる。でも、初・中期の6作品のうち、本作が一番劣る・・・という感想。


No.815 8点 七つの会議
池井戸潤
(2013/01/19 18:12登録)
作者の新刊は、十八番の連作短編集。
日本を代表するメーカー・ソニックの関連会社・東京建電が本作の舞台。

①「居眠り八角」=東京建電恒例の営業会議。営業部のエース・坂戸課長が熱弁を振るう中、いつものように居眠りするのが部下の八角。八角に対し強硬な態度を続けていた坂戸がパワハラで訴えられたことで、社中に謎と激震が走る。もうひとりの課長・原島の視点を軸に物語はスタートを切った。謎を残して・・・。
②「ねじ六奮戦記」=ねじ製造業を営む中小企業・「ねじ六」。三代目として悩みながら会社経営に奮闘していた逸朗の元に、東京建電・坂戸から無理難題なコストカットが通知される。悲嘆にくれるなか、一筋の光明が訪れるのだが・・・。
③「コトブキ退社」=不倫に破れ、日常の仕事にも飽き飽きした東京建電のOL・優衣。予定もないのに結婚退職すると通知した彼女が、自分を変えるために最後に挑んだのが社内での軽食販売プロジェクト。腰掛けOLが自分の殻を破っていく姿には何だが考えさせられるが・・・。
④「経理屋稼業」=本編の主人公は経理部課長代理の新田。しかも彼は③に登場した優衣の不倫相手。コストアップの原因となっている営業部・原島課長の行動に疑問を抱いた新田は単独調査を始めるのだが・・・。この新田の人となりとか、人当たりはねぇー身につまされる。物語はこの辺から急展開していく。
⑤「社内政治家」=本編の主人公は出世競争に破れ、閑職へ押しやられた男・佐野室長。顧客からのクレームを調査していくうちに、佐野もまた社内の謎、不審に気付き調査を始める。そして起こした行動が内部告発。ただし、これは動機がちょっと不純。まぁ、部下を徹底的に馬鹿にする上司ってどこにもいるものです。
⑥「偽ライオン」=東京建電を牛耳る営業部長・北川。野心を抱き、ライバルを蹴落とし、出世競争を勝ち抜いた北川は、しかし失ったものも多かった。そして、ついに暴かれる社内ぐるみの旧悪。
⑦「御前会議」=親会社からの出向役・村西がついに知ることになった社内の旧悪。それは、親会社の屋台骨をも揺るがしかねない大事件だった。そして開かれる親会社での役員会議。その結果は・・・会社の論理といえばそれまでだが。
⑧「最終議案」=揉み消されるはずだった旧悪がついに露見。それぞれの人生を賭して働いてきた男たちの行く末は実に皮肉なもの。まぁこれが「勧善懲悪」ということかもしれないが・・・

以上8編。
うーん。重いねぇ・・・
最近やや軽め・明るめの作品が続いていただけに、初期の作風に戻ったかのように重厚で考えさせられるストーリーだった。
いつもなら時代劇ばりの勧善懲悪で、勝者と敗者の姿をくっきりと象徴的に浮かび上がらせるのだが、本作の登場人物には明解な勝者は存在しない。「会社の論理」という見えないルールに縛られ、翻弄されていく男たちの姿はよく理解できるだけに切なくなる。
みんな頑張ってるんだけどなぁ・・・。家族のため、生活のため、会社のため、そして自分のため。
でもそれだけではダメなんだろう。
一人の人間として「矜持」を持って、この厳しい時代・世の中を生きかなければならない・・・実に青臭いがそんなことを考えさせられる作品。
サラリーマンにとっては、自身の仕事や人生を振り返るためにも一読してみてはいかがだろうか。


No.814 6点 悪党
薬丸岳
(2013/01/19 18:11登録)
乱歩賞作家・薬丸岳の2009年発表長編作品。
ただ、長編とは言っても、各章に異なったサイドストーリーを配し、連作短編的な味わいもある作品になっている。

~探偵事務所で働いている佐伯修一は、老夫婦から「息子を殺し少年院を出て社会復帰した男を追跡調査してほしい」という依頼を受ける。依頼に後ろ向きだった修一だが、所長の木暮の命令で調査を開始する。実は修一も姉を殺された犯罪被害者遺族だった。その後「犯罪加害者の追跡調査」をいくつも手掛けることに。加害者と被害者遺族に対面する中で、修一は姉を殺した犯人を追うことを決意したのだが・・・衝撃と感動の社会派ミステリー~

こういうテーマは実に作者らしい。
乱歩賞受賞作「天使のナイフ」でも、次作(「闇の底」)・次々作(「虚無」)でも、作者は世間に潜む重いテーマに正面から向き合い、問題点を明らかにするなかで、プロットの中に有機的に取り込んできた。
そして、本作のテーマは「犯罪被害者遺族」。
殺した犯人は短い刑期で社会復帰するのに、決して心が癒されることのない遺族たち・・・。
本作ではそういう遺族が何人も登場する。
そして、その遺族たちの依頼に応え、追跡調査する佐伯修一もまた心に深い深い闇を抱える犯罪被害者遺族なのだ。

これは成長物語であり、若くして非業の死を遂げた姉を思い、他人に愛情を持てなくなった修一の呪縛を解くための再生の物語なのだろう。
今回、「謎解き」という要素は薄いので、そういう手の作品を期待すると肩透かしを食うが、「読み応え」という点ではそれなりの満足は得られるのではないか。

まっ、ただ、個人的には初期3作や「刑事のまなざし」などよりは一段落ちるかなという評価。
オチも今ひとつで予定調和なのがやや残念。


No.813 6点 白光
連城三紀彦
(2013/01/13 01:37登録)
2002年発表の長編作品。
この作品も相変わらずの「連城節」、或いはこれぞ「連城ミステリー」と言うべき作品。

~ごく普通のありきたりな家庭・・・。夫がいて娘がいて、いたって平凡な日常・・・のはずだった。しかし、ある暑い夏の日、まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され庭に埋められてしまう。殺人事件をきっかけに、次々と明らかになっていく家庭の崩壊、衝撃の真実。殺害動機は家族全員に存在していた。真犯人はいったい誰なのか? 連城ミステリーの最高峰がここに!~

これは・・・見事なまでの「連城ミステリー」。
連城にしか書けない、または連城しか書かないミステリーに違いない。
しかし、実に企みに満ちた作品だ。
ミステリーとしては平凡すぎるくらい平凡な殺人事件のはずだったのに・・・最後の一行までもつれにもつれていく展開。
ラストの衝撃はそれ程でもないかなという感想だが、本作が「初連城です」という読者の方なら相当面食らうのではないかと思う。

子供の頃からいがみ合う姉妹を妻とする2組の夫婦、そしてその娘たちと、認知症の父。
殺されるのは次女の娘なのだが、彼女を「殺した」という人物が出てきては消え、「こいつか!」と思ってはするりとかわされていく・・・
事件の謎が深まるほどに明らかになる登場人物たちの悪意とゆがんだ感情。
とにかく、この世界観にはいつの間にかどっぷりと浸からされてしまった。

まぁ、正当なミステリーからはかなり逸脱した作品だし、好みからいえばもう少しミステリー色が濃い作品の方がよい。
ということで、氏の作品としてはあまり評価はしないのだが、まぁこの雰囲気、世界に是非一度は触れてみていただきたい。
(嫌な女だねぇー「幸子」。こういう男女間の心の機微を書かせると天才だね)


No.812 6点 殺し屋
ローレンス・ブロック
(2013/01/13 01:36登録)
「殺し屋ケラー」シリーズの第一弾がコレ。
体裁としては連作短編と呼ぶべきだが、各編が長編の章立てのような味わいにもなっている。
帯の「伊坂幸太郎も夢中になって読んだ」という文句に惹かれて手に取った次第・・・(このミスで対談もしてたしね)。

①「名前はソルジャー」=ターゲットに近づくための方便が「犬」。そしてその名前がなぜか「ソルジャー」・・・。そして、ミッションは静かにそして確実に完了する。
②「ケラー、馬に乗る」=本編の舞台は西部の乾燥地帯の田舎町。「馬に乗る」とは西部劇を意識してのタイトルだろうが、ラストが作者らしく気が効いてる。
③「ケラーの治療法」=なぜか精神科に通院することになるケラー。そして、本編には重要な登場人物(じゃなかった、登場犬)ネルスンが初見参。これもなかなか気が効いてる一編。
④「犬の散歩と鉢植えの世話、引き受けます」=妙なタイトルだが、③の結果自室で飼うことになったネルスンを愛おしむばかりに、犬の散歩役で雇うことになった若い女性がアンドリア・・・。そして、この女性の存在感も徐々に増すことになる。
⑤「ケラーのカルマ」=ネルスンとアンドリアのせいで、冷静でドライな殺し屋だったはずのケラーの心境に徐々に変化が訪れる? しかも、ターゲットを間違うという致命的な間違いが起こってしまう。そして「カルマ」とは?
⑥「ケラー、光輝く鎧を着る」=ケラーのボスに異変!? 不安を抱く連絡役のトッドが自ら受注した仕事にケラーが乗り出すことに。しかしながら、そこには罠が・・・。最後は決めるのが殺し屋の矜持。
⑦「ケラーの選択」=⑥で明らかになったボスの異変。そのために引き起こされた厄介な事態。殺しの依頼を受けたターゲットが、次の依頼者になってしまう・・・。ケラーはどちらの依頼を受けるのか、というのが「選択」の意味。
⑧「ケラーの責任」=これも好編。本編の舞台・テキサス州のあるパーティー会場のプールで一人の少年を救い出すケラー。期せずして「命の恩人」となってしまったケラーを歓待する少年の祖父。この祖父との付き合いが深まるほどに・・・。ラストは余韻を引く。
⑨「ケラーの最後の逃げ場」=何と政府の機密機関より仕事の依頼を受けることになったケラー。ただ、そこにはやはり「裏」があった。裏の事実を知ったケラーの取った行動とは? やっぱりそうなるよな。
⑩「ケラーの引退」=殺し屋を引退したいケラーのたどり着いた趣味は、何と「切手蒐集」だった。しかも、切手蒐集に嵌ってしまうことに・・・。そして、ボスが逝ってしまった後、ケラーの下した決断は・・・

以上10編。
さすがに名手といったところで、各編とも小気味良くまとまった作品ばかりが並んでる。
その分、ちょっとインパクトには欠けるかな、という気がしないでもないが、まずは十分楽しめる作品ではないか。
何といっても、ケラーの造形が秀逸。この辺りは名人芸。
(ベストは③、⑤というところか。後もまずまず。)


No.811 6点 ブレイズメス1990
海堂尊
(2013/01/13 01:35登録)
前作「ブラックペアン1988」の続編的位置付け。
東城大学病院を巡る「桜宮サーガ」に組み込まれる作品。

~この世でただ一人しかできない心臓手術のために、モナコには世界中から患者が集まってくる。天才外科医の名前は天城雪彦。カジノの賭け金を治療費として取り立てる放埒な天城を日本に連れ帰るよう、佐伯教授は新人医師・世良に極秘のミッションを言い渡す。「ブラックペアん1988」の興奮とスケールを凌ぐ超大作~

このキャラスゴイわ。
その名も天城雪彦。まるでブラックジャック・・・
前作からの主役&視点人物である世良を中心に、東城医大佐伯教室のキラ星のような登場人物たちが絡み合い蠢き合う。
前作では世良に強い影響を与え、現在(「チームバチスタ」以降)の病院長である高階すら影を薄くさせるほどの巨星・天城。

何はともあれ、本作の山は「公開手術」の場面だろう。
天城がその神業を公衆の面前で見せつけるシーン。医療ミステリーは数あれど、これ程劇的でかっこいい場面にはそうそうお目にかかれない。
そして、判明する天城の深謀遠慮。
これはもちろん、1990年時点から見た将来の医学会へのチャレンジなのだろうが、一人の男の矜持、想い、人生そのものなのだろうと思った。

海堂作品では、別作品の登場人物があちこちに登場したりという仕掛けが楽しいのだが、本作では何といっても「桐生」。
(もちろん、「チームバチスタ」のあの人です)
まぁいずれにしても作者の才能はスゴイ。この世界観にはただただ感心。
ミステリー色はほぼないが、医療エンタメ作品としては十分。ただ、個人的には前作の方が好きかな。


No.810 8点 とむらい機関車
大阪圭吉
(2013/01/06 16:39登録)
生誕百年を記念して東京創元社より復刊された作品集。
戦争による若くしての死去が何とも惜しい! そんな佳作が並ぶ。

①「とむらい機関車」=轢死事故を繰り返すある機関車。しかし、調査すると轢いたのは人間ではなく、なぜか「豚」だった・・・というのが本作の謎。このフワイダニットは切なさすら感じさせる。
②「デパートの絞刑吏」=作者の実質の処女作品がこれ。で、これが実に小気味いい。同じく本作でデビューした名探偵役の青山喬介の推理はまさにシャーロック・ホームズばり。現場に残された物証や関係者の証言から的確に真犯人を演繹していく。
③「カンカン虫殺人事件」=本作の現場である造船所の殺人現場から、青山喬介が導き出したのは別の奸計なのだが、本編での青山の推理は神懸かり的。因みに「カンカン虫」とは造船所の作業員のことを指す。
④「白鮫号の殺人事件」=被害者はヨット「白鮫号」の船長。本編も③と同ベクトルの作品で、つまりは一つの殺人事件からその裏側にある「見えざる犯罪」を暴き出す・・・そんなプロット。本編では、真犯人たる人物の体重を割り出すという、青山の科学的捜査も披露されるのだが・・・。船長が残したダイニングメッセージも気が効いてる。
⑤「気狂い機関車」=本編、青山があまりにもスピーデイーに推理を進めるため、事件の内容すらよく腹入れできないまま読み進めてしまったのだが、本編もホワイダニットが印象深い作品。こういう「動機」で殺人を起こすか?という疑問は残るが・・・
⑥「石塀幽霊」=推理クイズレベルと言えなくもないが、プロットは実に短編っぽくって好き。ただ、このトリックはそもそも真犯人が意図したものなのだろうか、という点と科学的に正しいのか、という点は気になる。
⑦「あやつり裁判」=これは実に面白い。同種のプロットはどこかで接したことがあるように思うが、ミステリーの楽しさというものを体現したような作品だと思う。リアリテイの問題はあるが、事件の「謎」そのものを「ずらす」技法に作者がいかに長けていたのかが分かる。
⑧「雪解」=倒叙形式で書かれた作品。プロットそのものはよくある手だが、自身の欲望のため徐々に狂っていく主人公の描写が作者の筆力を窺わせる。
⑨「坑鬼」=名作との誉れ高い作品だが、その冠に偽りなし。このプロットはスゴイ。戦前の海底炭鉱という特殊な舞台設定が色を添えているほか、フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットの三つを包含した謎の設定、ラストにそれら全てが一気に解き明かされていくカタルシス・・・。まさに短編のお手本とでもいうべき水準だろう。

以上9編に加えて、作者のエッセイが全部で10編収録というおまけ付き。
やはりと言うか、作者の作品は初読なのだが、そのクオリテイにはビックリさせられた。
巻末の巽氏の解説がなかなか面白いので、詳しくはそちらを読まれるとよいと思うが、同世代の乱歩がロジックやトリックという、ミステリーの骨格だけでなく、猟奇や耽美といったストーリーの「風合い」とでもいうべきものに拘ったのとは違い、作者の作品は「謎」の面白さに真正面から取り組んだという感が強い。
②から⑥までは青山喬介登場作品。まさにホームズ譚を意識した構成で目立つが、個人的にはそれ以外の作品の方が印象に残った。
特に⑨は別格で⑦も素晴らしい。
当然評価すべき作品だろうと思う。
(エッセイのなかでは、「お玉杓子の話」が作者のミステリー感が出てて興味深い。)


No.809 5点 ハイヒールの死
クリスチアナ・ブランド
(2013/01/06 16:35登録)
A.クリステイ、D.セイヤーズと並び称される英国女流本格作家、クリスチアナ・ブランド。
1941年に発表された処女長編が本作。

~新しい支店を誰が任されるか、ロンドンの老舗衣裳店・クリストフではその噂で持ちきりだ。筆頭候補は仕入部主任で才色兼備のドウーンだが、実際に選ばれたのはオーナーの美人秘書・グレゴリイ。店員間では冗談交じりに秘書毒殺計画が囁かれたが、その直後、ミス・ドウーンが毒殺されてしまう。この事件の担当となったのは美女に滅法弱いハンサムなチャールズワース警部。冷酷な毒殺犯は美女ぞろいのブテイック内にいるのか? 女流本格の第一人者の記念すべきデビュー作~

どうもちぐはくな作品のように思えた。
C.ブランドといえば、ガチガチの本格という印象があったのだが、本作は何だがユーモア・ミステリー(表現が古い?)のように実に軽い味わい。
紹介文のとおり、本作の特徴は、舞台が美女&変わった男が揃ったロンドンの老舗ブテイックということで、トリックやロジックにフォーカスを当てるというよりは、登場人物の造形の方に注力されているという点。
まぁそれ自体はいいのだが、風変わりな人物として描かれているセシルのくだりなど、あまり本筋と関係のないところに多くのページが割かれていて、正直冗長だし全体的にダラッとした読後感を与えている。
ラストに明らかになる動機も、最初からあからさまに出過ぎていて「今さら?!」としか思えなかった。

さすがに処女作品だし、多くを望むのは酷ということかもしれない。
舞台設定などはプロット次第で十分面白いものになったように思えるので、その分消化不良感が強くなっているのだろう。
女性同士の会話や腹の探り合いなどは、さすがに女流作家らしい細やかさや丁寧さを感じられた。
探偵役がコックリル警部ではなく、チャールズワースというのも、本作の舞台設定上からはフィットしている。
ただ、あまり高評価はできないかな。
(半世紀以上前の作品とは思えない現代的な雰囲気。さすが、ロンドンは違うねぇー)


No.808 2点 新・野性の証明
森村誠一
(2013/01/06 16:32登録)
昨年(2012年)最初に手にとったのが、森村誠一「人間の証明」(書評NO.616)だったということで、今年(2013年)最初の書評も森村氏のもう一つの著名作である本作ということにした(特に理由はないのだが・・・)。
実は、本作は「新・野性の証明」であり、高倉健主演で映画も大ヒットした旧作をリメイクした作品なのだが・・・その辺の事情を寡聞にもあまり知らなかったため、意識することなく「新」を某書店で手に取ってしまったという次第(まっ、いいか!)。

~元国際工作人の作家・武富の主催する小説教室が合宿中の無人島に、記憶喪失の美女・しぐれが漂着した。彼女を執拗に追う闇組織、そして国際的暗殺集団に武富率いる受講生たちは知恵を絞り懐の窮鳥を守る果敢な闘いを展開する。壮絶な攻防のなかに受講生は次第に秘めた己の野性に目覚めていく。一方、棟居刑事はしぐれの素性に国際的な秘密を嗅ぎとり捜査の網を絞る。文明の利器の奴隷となり自らを失いつつある時代に人間性は回復できるのか?~

こりゃいったい何だ?
ひとことで言うなら「大冒険活劇」ということになるのだろうが、これは本当にまともな精神で書かれたのか?
中盤までは、しぐれの出自の謎や闇組織の裏側のフィクサーに関する謎など、読者に期待を持たせる展開だったのだが・・・
それ以降はもういけない。
「七囚」と呼ばれる国際的暗殺組織の人間離れした襲撃VS武富小説教室の面々という、まるで粗悪な漫画のようなストーリーになってしまった。
作者は一体なにが書きたかったのか? 本作の舞台が「小説教室」となっていて、小説とはこう書くのだなどという話が出てくるのだが、こんな小説を書いてたんでは本末転倒だろう。

作者のファンであるなら、本作を読んではいけない。
評点はこうするしかない。
(旧作「野性の証明」は面白かったようなのだが・・・。あまり読む気はしないなぁ)


No.807 7点 八点鐘
モーリス・ルブラン
(2012/12/30 22:05登録)
アルセーヌ・ルパンがレニーヌ公爵の変名で活躍する連作短編集。
タイトルどおり、一人の女性に対するルパンの愛が、「八点」のストーリーに載せ紡がれる・・・

①「塔のてっぺんで」=まさに本作の導入部。「古いコルサージの止め金」という全編に貫かれるキーワードもあらわになる。本編のトリックはいわゆる遠隔殺人というように紹介されるが、正直よく分からない。
②「水瓶」=誰もいないはずの部屋から火の手があがる・・・どういうトリックが? と思わされるが、これが何とも言えないトリック。ひとことで言えば「小学校の理科の実験」だ。
③「テレーズとジュルメール」=衆人環視のなか、鍵のかけられた部屋を開けてみると男の死体が! ってこれは「密室殺人」ではないか! これもトリックに期待してはいけない。物語の雰囲気を楽しもう。
④「映画の啓示」=ある映画を見たレニーヌ(ルパン)とオルタンス。あるキャストのヒロインに対する視線に尋常ならざるものを感じたルパンは、映画のストーリーに沿い捜査を開始する。これもまた、一つのラブストーリーだろう。
⑤「ジャン・ルイの場合」=これは特段トリックめいたものは出てこないが好編。出生時の事故のため、二人の女性のどちらが母親なのか分からず、二人の母親(候補?)と同居する男が登場。ラストはルパンの粋な計らいが・・・
⑥「斧を持つ貴婦人」=本編の主題はズバリ「ミッシングリンク」。五人の女性が連続して殺される事件が起きるなか、六人目の被害者に何とオルタンスが選ばれてしまう?! 慌てたルパンの必死の捜査が始まる。
⑦「雪の上の足跡」=このタイトルを見たら、当然「雪密室」が主題だと思うよなぁ。で、まぁその通りなのだが、このトリックも実にスゴイと言うか先駆的。ただし、これはトリックのレベルがどうこうではなく、こういうプロットを思い付いたことに価値がある。
⑧「マーキュリー骨董店」=連作の最終章に当たる作品。①で提示された「古いコルサージの止め金」の謎が明らかにされる。そして、何よりラスト1行が心憎い・・・カッコいいわ! ルパン。

以上8編。
書評したとおり、本作はいつもの冒険譚中心のストーリーのなかに、ミステリーの先駆的なトリックが散りばめられている作品。
トリックは今読んでみると、悪く言えば「チンケ」なレベルなのだが、これは正直問題ではない。
もちろん時代的なものもあるが、トリック云々は二の次で、一人の女性に対する底知れぬ「愛情」と愛を勝ち取るため、いつもの「盗み」を一切封印して、市中の人々を助ける役目に回るルパンの姿こそ、本作の価値を高めているのだろう。

そういう意味では他の作品とは若干味わいの異なる作品なのかもしれない。
「いい作品」だと思う。
(新潮文庫、堀口大學訳。読みにくさもあるが、相変わらず格調高い訳文です)


No.806 4点 殺人!ザ・東京ドーム
岡嶋二人
(2012/12/30 22:01登録)
1988年発表のノンシリーズ、クライムノベル。
本作の舞台となる「東京ドーム」はこの年にオープン・・・という時代背景。

~密かに日本国内に持ち込まれた南米産の猛毒クラーレ。巨人対阪神戦に沸く東京ドームで、この猛毒を塗った矢による殺人事件が発生した。大観衆5万6千人の目の前にもかかわらず、犯行現場の目撃者は皆無。さらに、翌日の同一カードでも凶行は繰り返され、スタジアムはパニックに陥った。作者後年の傑作サスペンス!~

「東京ドーム」という舞台設定だけが目を引く作品。
ということではないか。
主人公(=犯人)の異常性に引き込まれるが、どうしてこういう人間になったのかという背景、つまりは人物造形がはっきりしないので、この子供騙しのような「動機」に全く納得性がいかないのだ。

ストーリー的には、本筋の殺人事件に便乗しようとする二組の男女が登場し、終盤に向かって複雑化していくわけなのだが、これもあまり誉められたものではないだろう。
特に、若手男女二人組はお茶を濁しただけだし、サスペンスとはいいながらも盛り上がりにかなり欠ける。
これではとてもではないが、十分に練られたプロットとは言えない。

あまり誉めるところがないので、トータルでも辛い評価しかできないが、これも作者の作品に高いハードルを課しているせい・・・と言っておこう。
(この時代の巨人・阪神戦。王監督と村山監督。四番・原、中畑・篠塚・・・etc いやぁーなつかしいねぇ・・・)


No.805 8点 最悪
奥田英朗
(2012/12/30 21:59登録)
1999年発表。デビュー作「ウランバーナの森」に続く長編2作目。
作者の小説家としての才能が開花した作品なのだろうと思う1作。

~不況にあえぐ零細鉄工所社長の川谷は、近隣住人との軋轢や取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られてしまった。全く無縁だった三人の人生が交差したとき、運命は加速度をつけて転がり始める。比類なき犯罪小説!~

『人間、悩んだり困ったときは、とりあえず空を見上げて、それから深呼吸してみようよ』・・・
って、登場人物たちに思わず声をかけたくなった。
序盤から中盤までは、川谷・みどり・和也の三人が徐々に追い込まれていく顛末が順に語られていく。
とにかく小市民の川谷、意に沿わぬ仕事のせいで鬱気味のみどり、ヤクザにも普通の社会人にもなれない中途半端な和也・・・それぞれの生活がリアリティたっぷりに描写され、特に煮え切らない川谷の姿には何となくシンパシーを感じてしまった。

ただし、本作の真価は、まるでギアチェンジしたように加速がつく終盤以降。
三人に突然のように訪れる不幸の連続、連鎖。
そして、全く別々の生活を営んでいた見ず知らずの三人が、ある時間、ある場所でクロスすることに!
文庫版512頁目は、これぞ「劇的な瞬間」のひとこと。
それ以降は、タイトルどおり「最悪」の道へ転がり落ちた三人の末路が語られていく・・・
ラストは少し薄日がさしたような終わり方になってるのが救いだろうか。

まぁ、うまいよなぁー。
さすがのストーリーテリングと言うほかありません。
「サスペンス」とはこうあるべきとでもいうようなスピード感と盛り上げ方。
主役級以外の登場人物の一人一人についてまで、十分に造形がなされていて、読者はすぐに感情移入できてしまう。
これぞ小説家の「腕」に違いない。
(特に、太田の夫や松村などは強烈な印象を残す・・・)

結構な分量なのだが、できれば一気読みすることをお勧めしたい。
そして、自身の「幸せとは何か」について、何となく空を見上げて考えてみるのもよいのでは?


No.804 5点 悪魔の降誕祭
横溝正史
(2012/12/26 21:28登録)
お馴染み金田一耕助シリーズの作品集。
降誕祭=クリスマスということで、時節に合った作品をセレクト。(単なる偶然なのだが・・・)

①「悪魔の降誕祭」=金田一耕助の探偵事務所で殺人事件が起きた。被害者はその日電話してきた依頼人だった。彼女はこれから殺人事件が起きるかもしれないと相談に訪れたところ、金田一が戻ってくる前に毒殺されたのだ。しかも、12月20日であるべき日めくりのカレンダーが何者かに12月25日まで毟られていた・・・

何とも横溝作品らしいケレン味のあるプロットではある。フーダニットにも意外性があり、よくまとまった作品というのがMAXの褒め言葉だろう。
ただ、こういうプロットは長編でこそ。
長編なら一族の血の背景やら過去の因縁話を効果的に使えそうなのだが、中編(短編という分量ではない)のせいか、その辺りがかなり薄く何とも味気ない。作者のファンであればあるほど物足りない読後感になるのではないか。

②「女怪」=金田一が惚れた女性が登場!という作品。短編らしいまとまりがあり、うまさは感じるが、①と同様何となく薄味な印象が残る。(「八つ墓村」事件で金田一がかなり稼いだという記述あり。ホントか?)
③「霧の山荘」=何だがCC物のミステリーを匂わせるタイトルだが、そういう話ではない。軽井沢の別荘地が舞台。当初は家屋の消失を扱ったプロットかと思わせたが、そこには特段トリックはなし。ただ、徐々に謎が深まっていく展開はなかなか読ませる。

以上3編。
よくまとまってるし、ミステリー作家としてのうまさは感じるが、いくつもの代表作を読んできた身としてはやはり何か足りないと思わせる。
そんな作品集・・・というのが正直な評価。
中では表題作の①が一番いいかな。
(金田一の台詞の語尾に「ハッハッハ・・・」が妙に多いのが鼻に付く)


No.803 6点 復讐法廷
ヘンリー・デンカー
(2012/12/26 21:26登録)
1982年発表。後年隆盛を迎えるリーガル・サスペンスの先駆的作品として知られる。
作者は元弁護士という経歴を持ち、その経験が本作にも十二分に生かされている。

~その時、法は悪に味方した。娘を強姦、殺害した男が法の抜け穴を突き、放免されてしまったのだ。娘の父親は憎むべきその男を白昼の路上で射殺し復讐を遂げるが、自首した彼に有罪判決が下ることは確実・・・。しかし、信念に燃える少壮の弁護士・ゴードンはこの父親を救うべく勝ち目のない裁判に挑む! 規範と同情の狭間で葛藤する陪審員たちは、如何なる決断を下すのか? 法と正義の相克を鋭く描き切ったリーガル・サスペンスの先駆的名作~

この種の作品の「先駆」という意味では、よくできていると思う。
「法廷」という舞台を通して、殺人者、弁護士、判事、裁判官、陪審員たちの心の動きが見事に捉えられているし、特に若き弁護士として主役級の扱いを受けるゴードンは、若さゆえの信念に動かされながらも緻密な法廷戦略を展開していく・・・
そういう「人間ドラマ」的プロットは十分に面白い。
やや難をいうなら、中盤付近の証人とのやり取りがちょっと冗長かなという部分か。

しかし、こういうテーマは難しいなぁ・・・
本作のテーマは、正義と背反したような「法の不備」を訴えるべく自らが復讐者(殺人者)となった被告を「法」が果たして裁けるのかというところにある。
日本の少年犯罪を巡っても冤罪の是非を問われるケースはあり、これは「少年の未熟さと更生の可能性」が理由として挙げられるのだろうが、本作のケースでは、この被告にとって全くもって理不尽な理由に見える。
作中でゴードンが『裁かれているのは、被告だけでなく法そのものなのだ』と話す箇所があるが、まさにこれこそが作者の主張したかったポイントに違いない。
日本でも裁判員制度が始まり、こういうプロットを軸に据えた作品がいくつも発表されたが、先行例のアメリカでもやはり陪審員のとまどいは同様ということなのだろう。

ミステリーとしての観点ではややサスペンス性が弱いので、評点としてはこの程度かなと思うが、読み応えは十分あり。
この手の作品が好きな方なら、必読の書と言える(かも)。


No.802 6点 インシテミル
米澤穂信
(2012/12/26 21:23登録)
2007年発表。映画化もされた作者の出世作。
ミステリー作家なら「クローズド・サークルもの」を書きたいという作者の思いが結実した(?)作品。

~「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給11万2千円がもらえるという破格のアルバイトに応募した12名の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それは、より多くの報酬をめぐって参加者同士が殺し合う「犯人当てゲーム」というべき趣向だった・・・。クローズドサークルを新感覚で扱ったミステリー登場!~

(ミステリーファンにとって)この趣向は実に魅力的。
クローズドサークルをここまで人為的に設定した特殊空間というのも目新しいし、そういう意味では徹底的に非リアリティに拘ったということかもしれない。
殺人事件だけでなく、主催者の真意やゲストの背景の謎、そしてサークル内のルール設定なども遊び心満載で、こういう作品のプロットを考えるのは楽しいだろうなぁという気にさせられた。
「そして誰もいなくなった」に始まり、古今東西の名作に登場する著名な「凶器」が一堂に会するというのも、ファンの心をくすぐられた。
ある意味一番の謎だった「須和名祥子」についても、ラストにサプライズが仕掛けられていて「ニヤリ」とさせられる。

とここまで肯定的なコメントを連ねてきたが、不満点があるのも事実。
まずは、雰囲気かな。
CCというと、登場人物がひとり、またひとりと訳も分からず殺されていくという緊張感や恐怖感が雰囲気を盛り上げる筈なのだが、本作はその辺りがかなり淡白(わざとかもしれないが)。
あとは、「詰め込み過ぎ」ということに尽きる。
いろいろな「?」がばら撒かれたため、1つ1つが薄味で、終盤かなり駆け足気味で解決される結果となっている。
登場人物と凶器の関係なんて面白い「謎」なのに・・・もう少し何とかならなかったかなぁ・・・

でも、トータルで評価すれば、作者のプロットの勝利だと思う。
こういう特殊設定を利用すれば、本格ミステリーもまだまだ開拓する余地があるのかなという気にさせられた。


No.801 4点 D坂の殺人事件
江戸川乱歩
(2012/12/20 22:23登録)
表題作を中心とした大乱歩の初期作品を集録した短編集。
今回は創元文庫版にて読了。なお、集録されてある「蟲(虫)」、「石榴」は他の短編集で書評済みのため割愛。

①「二廢人」=夢遊病者の犯罪というのがいかにも乱歩らしいが、エログロとは無縁で、実にすっきりした短編らしい作品。ただ、ラストのサプライズはちょっと蛇足気味だと思うが・・・。
②「D坂の殺人事件」=乱歩が創造した名探偵・明智小五郎の初登場作品として有名なのが本作。明智と視点人物の2人の目が光る古書店で殺人が起こる、ということでこれは準密室殺人を扱った作品ということだろう。ただし、この真相はかなり疑問符というか全くすっきりしない。動機もトリックもはっきり言ってお粗末。視点人物が指摘したダミー推理の方がよっぽど合点がいくのだが・・・。まぁ歴史的価値を重視すべき作品なのだろう。
③「赤い部屋」=これは何とも幻想的。こういう手の作品を好む人もいそうだが、個人的にはあまり感心しなかった。
④「白日夢」=これはショート&ショート。
⑤「毒草」=これもショート&ショート。あまり切れ味を感じないが・・・
⑥「お勢登場」=プロットはよくある手のやつ。ただし、ラストの切れ味がやや鈍い。
⑦「防空壕」=これも幻想的と言っていいのか? 男なら普通気付くだろっ!

以上9編(2編は書評済)。
①~⑥は大正年間。⑦は昭和30年代とやや発表年に開きがある。(書評済の2作は昭和一桁年代)
全体的には、他の有名作品に比べると一枚も二枚も落ちる作品という感じ。
乱歩という懐の深い作家を知るためには、こういう作品もあるよということなのだろうか。
まぁ、高い評価はできないよなぁ・・・
(①はまずまず。②は名前負け。後もイマイチかな)


No.800 8点 女には向かない職業
P・D・ジェイムズ
(2012/12/20 22:21登録)
通算800冊目の書評は、現代英国女流ミステリーの第一人者である作者の有名作品で。
女性私立探偵コーデリア・グレイが活躍するのはわずか2作品しかないが、そのうちの1つが本作。
1972年発表。早川文庫、小泉喜美子訳。

~探偵稼業には女は向かない。ましてや22歳の世間知らずの娘には。誰もが言ったが、コーデリアの決意は固かった。自殺した共同経営者のために、探偵事務所を続けるのだ。一人になって最初の依頼は、大学を中退し、自ら命を絶った青年の自殺の理由を調べてくれという内容だった。さっそく調査にかかったコーデリアの前に、意外な事実が浮かび上がってきた・・・。英国本格派の第一人者が可憐な女性探偵のひたむきな活躍を描く!~

これはヒロイン小説だな。
もちろん悪い意味ではなく、良い意味で。
本作を手に取ったのは、最近読んだ真山仁の作品「マグマ」の中に登場する主人公の女性キャリアウーマンが本作を愛読書にしていたという設定のせいもある。
(「マグマ」で孤軍奮闘する女性主人公が、自身の姿をコーデリアと重ね合わせるという場面が何回かあるのだ)
本格ミステリーとしての「謎解き」そのものは、正直たいしたことはない。
青年の自殺の理由を追っているうち、コーデリアはある家族の秘められた関係に辿り着く。そして、一人の人物の理不尽な振る舞い(?)
を知ったコーデリアは、探偵役としてあるまじきある重大な決意をする・・・
という流れで、どちらかというと、米ハードボイルド作品のような趣すら感じる。

ただ、本作の味わいはそういったミステリーのプロットの部分にあるのではないだろう。
読んでいるうちに、なぜだか作品世界に惹き込まれていくいくような感覚。
これは、やはりコーデリアという魅力的なヒロインの存在に負うところが大きい。
終盤、事件のあらかたの型が付いた後で登場する“真打ち”ダルグリッシュ警視を前に、秘密が跡形もなく崩れ去る刹那。
そして、自身の死んだパートナー・バーニイ(ダルグリッシュの元部下なのだ)を想って感情を爆発させる姿・・・
やっぱり、読ませる小説なのは間違いない。

作者の真の作品はコーデリアもの2作ではなく、ダルグリッシュ警視を主人公にしたシリーズなのだろうが、これはこれで十分に楽しめる作品だと思う。
ということで、それなりの評価をしたい。
(早川文庫版の瀬戸川猛資氏の解説も一読の価値あり。このタイトルも実にいいね)

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