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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1052 6点 カーデュラ探偵社
ジャック・リッチー
(2014/09/13 22:19登録)
超人的な力と鋭い頭脳で難事件を解決する黒服の私立探偵。ただし、営業時間は夜間のみ。その正体は・・・?
短編の名手リッチーが生んだユニークな名探偵カーデュラ・シリーズを全作集録した完全版。

①「キッド・カーデュラ」=私立探偵カーデュラが生まれる前の逸話的一編。とても人間技とは思えないカーデュラの“力”が披露される。
②「カーデュラ探偵社」=ここからがシリーズの本筋。変人たちの集まった屋敷で起こった殺人事件の調査が本編のテーマ。カーデュラのとぼけたキャラがいい味。
③「カーデュラ救助に行く」=同じ場所、同じ被害者で二晩続けて起こったひったくり事件。二晩とも現場に居合わせたカーデュラはいずれも犯人をその怪力で投げ飛ばす・・・。奇妙な偶然の裏側に実は・・・というのが本編のプロット。
④「カーデュラと盗難者」=お屋敷町で頻発する盗難事件を調査するため、あるパーティーへ潜入したカーデュラ。じき盗難者の正体には気付くのだが、探偵らしからぬ行動を取る。この辺りからカーデュラの正体があからさまになってくる・・・
⑤「カーデュラの逆襲」=ド○○○○の宿敵が登場!というわけで、なぜかカーデュラの仲間(?)も出てくる。ただし、最後の一節の意味がよく分からなかったのだが・・・?
⑥「カーデュラ野球場へ行く」=これが最もミステリーらしい作品。何しろダイニング・メッセージがテーマなのだから・・・。それ自体はまぁたいしたことはないのだが、球場の警備員とカーデュラのやり取りが面白い。
⑦「カーデュラと鍵のかかった部屋」=タイトルからすると密室トリックもののようだけど、それは主題ではない。絵画の盗難について依頼を持ち込まれたカーデュラガ二人の容疑者の自宅で捜査を進めるうちに、事件の裏の構図に気付く・・・というプロット。
⑧「カーデュラと昨日消えた男」=相棒が消えたという泥棒からの依頼を受けたカーデュラ。依頼そのものはすぐに解決に導くのだが、最後はなかなか洒落た行動に出る。

以上8編。で、ここからは河出文庫版ではノンシリーズの短編6編がオマケとして付いてくる。
(書評は割愛。カーデュラシリーズに比べると、どれも落ちるなという印象)

“短編の名手”という異名のとおり、軽妙なユーモア(死語)や語り口でグイグイ読ませる作品。
それ以上に、カーデュラのキャラ(または正体)が読者の笑い(ニヤリというやつ)を誘うところがニクイ。
訳のせいか若干読みにくい箇所があったのがマイナスだが、まずは水準級の作品とは言えそう。
(ベストは⑥かな。③~⑦はどれもまずまず)


No.1051 7点 殉教カテリナ車輪
飛鳥部勝則
(2014/09/13 22:18登録)
1988年発表の第九回鮎川哲也賞受賞作。
本格ミステリーと絵画ミステリーを融合させた野心作。もちろん作者デビュー作品。

~東条寺桂。制作期間僅か五年の間に憑かれたように五百余点の絵を描きあげ、やがて自殺を遂げた画家。彼に興味を持ち、作品について調べ始めた学芸員・矢部直樹の前に浮かび上がってきたのは、意外にも数年前の聖夜に起こった二重殺人の謎だった。二つの部屋でほぼ同時に、しかも同一の凶器で行われた不可能極まりない密室殺人の真相とは。そして桂が残した二枚の絵、《殉教〉と《車輪》に込められた主題とは何だったのか?~

デビュー作としては規格外のスケールと完成度と言えるのではないか・・・と感じた。
何しろ道具立てが魅力的。
謎多き画家が残した二枚の絵、その画家が巻き込まれた二重密室殺人、そして作品全体に仕掛けられた作者の大いなる罠・・・
どれをとってもミステリー好きには堪えられないガジェットで溢れている。

まずは二重密室殺人。
しかも二つの殺人がほぼ同時に、同じ凶器で行われているという困難さを伴っている。
これを「犯人の移動」と「凶器の移動」の二つに分けて考察しているところが本作のトリックの白眉だろう。
“捨て筋”もまずまず面白いと思ったが、真のトリックの方には思わず唖然。っていうか、普通の読者なら怒り出すかもしれない・・・
(でもまぁ「これしかない」という解法にはなっているんだよなぁ・・・)
割と分かりやすいフーダニットを糊塗するために、大掛かりな○○トリックまで使うという用意周到さ、恐れ入りました。

絵画の謎解きの方もなかなか興味深い。
事件全体の構図が二枚の絵画にも込められているというところもよく練られているという印象。
(作者自身の挿絵のうまさにも脱帽だ)

鮎川哲也賞受賞作に相応しい重厚でトリッキーな秀作。
さすがにデビュー作らしい粗さやアイデア倒れの部分も目につくが、まずは十分合格点という内容だろう。
素直に高評価したい。
(新潟が舞台というのも珍しい・・・)


No.1050 7点 ドラゴン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2014/09/06 21:47登録)
1933年発表の長編。
「ケンネル殺人事件」に続く作者七番目の作品に当たる。もちろん名探偵ファイロ・ヴァンスが登場。

~NYの心臓部マンハッタンにほど近い邸宅の屋内プールに飛び込んだ青年は、そのまま忽然と姿を消し、死体すら発見されなかった。水底には巨竜の足跡が・・・。この文明開化の世の中に果たして原子古代の巨竜が存在するのであろうか? 奇怪な熱帯魚を集めた河畔の古い邸宅にかり集められた男女の一群のなかに、殺人犯人は潜むのだろうか? 幻想と現実二股にかけて真相を突き止めようとするヴァンスの七度目の試練は成功するのか・・・~

今回再読なのだが、改めて「よくできた作品」という感想を持った。
プロットの骨子そのものは単純というか、いたってシンプルなのだが、それを巨竜(ドラゴン)伝説というオカルティズムをうまい具合に混ぜ合わすことで、読者を引き込んでいく手腕はさすがだ。
衆人環視のプールからの人間消失とプールの底に残された竜の爪痕という謎の提示は実に魅力的。
多くの関係者の“使い方”や割り振りもきれいに嵌っていると思う。
(特にオカルティズムを煽る役割を担うスタムの母親の使い方が秀逸だろう)

確かにトリックそのものは2014年の現在から見ると「それかよ!」ってなるかもしれないし、隠しているとはいえ事件後“それ”をそのままにしておく真犯人ってどうなの? というところはある。(結局ヴァンスに見つけられてしまう・・・)
しかも関係者のうちの三名は最初から真相に気付いていたというのもいただけない。
ただ、不満点というのはこれくらいで、あとは作者の熟練の技を堪能できるレベルに仕上がっている。

ヴァンダインというと、全12作品のうちピークが三作目(「グリーン家」)・四作目(「僧正」)で前半六作目以降は質が格段に落ちる、というのが大方の世評だが、どっこい七作目はまだまだ十分に佳作といってよいと思う。
熱帯魚や竜に関する薀蓄も満載というところも作者らしくて微笑ましい。
(竜伝説では日本のヤマタノオロチ伝説までも紹介されてる・・・)
ということで、「衒学的なのがどうもねぇ・・・」という方も、まずは手にとっても損のない作品という評価。
(三津田信三のあの作品も本作にインスパイアされたのかな?)


No.1049 8点 明治断頭台
山田風太郎
(2014/09/06 21:46登録)
山田風太郎の最傑作ミステリーというほど世評の高い作品。
「オール読物」1978年5月号から79年1月号まで連載された、<連鎖形式>のミステリー。
角川文庫の山田風太郎ベストコレクションで読了。

~明治の王政復古とともに復活した役所、弾正台。水干姿の優美な青年・香月経四郎と同僚の川路利良は、その大巡察として役人の不正を正す任に就いていた。とあるきっかけから、二人は弾正台に持ち込まれる謎めいた事件の解決を競うことに。いずれ劣らぬ難事件解決の鍵になるのは巫女姿のフランス人美女エスメラルダが口寄せで呼ぶ死者の証言・・・~

①「怪談築地ホテル館」=このトリックはなかなかスゴイ。島田荘司もビックリというほどの物理トリックなのだ。でも、あんなものがあんなところから目の前に迫ってきたら・・・相当怖いな。ビジュアル的にもインパクト大!
②「アメリカより愛をこめて」=神田川に落ちた二台の人力車。しかし現場に残されたのは人力車の轍だけで、車夫の足跡が見当たらない・・・というのがメインの謎。これもアクロバティック!
③「永代橋の首吊人」=このトリックもビックリ! 今回はアリバイトリックがメインテーマになるのだが、まさかの方向からの一撃とでも形容したくなるトリック。まぁ本当にうまくいくのか、という疑問は当然あるが・・・
④「遠眼鏡足切絵図」=フランスから贈られた最新式の遠眼鏡を覗くと・・・女の足を切断している光景が目に入る、という魅力的な謎。要は見る側の錯誤を狙ったトリックということなのだが、とにかくウマイ!
⑤「おのれの首を抱く屍体」=発見されたのは糞汁にまみれた首切り屍体、ていう凄惨な状況。果たして死者の正体は何者かということになるのだが、やや消化不良気味。
⑥「正義の政府はありえるか」=最終章はこれまでの解決をひっくり返す(むしろぶっ壊す?)ドンデン返しが待ち受ける。まさか、作者がここまで読者に罠をはっていたとは、と気付かされることになる。こりゃスゴイわ!

とにかくスケールの大きい作品。
①から⑤は主に川路やその部下が途中の捜査を担当するが、最終的にはエスメラルダが口寄せで死者の証言を導き、真相が判明するという流れ。
このままじゃオカルトだと思っていたところへ、⑥で本作の大いなる深謀遠慮が詳らかにされる。
もちろん一編ごとの内容やトリックも十分スゴイのだが、こういうスケールのミステリーを書けるということ自体、やはり只者ではない。

明治維新直後の不穏な空気が漂う東京という舞台設定も秀逸。
実在の人物がそこかしこに登場(もちろんフィクションなのだが)するのも楽しく、サービス精神に溢れている。
やはりさすがの出来栄えとクオリティという評価になるだろう。


No.1048 4点 最長不倒距離
都筑道夫
(2014/09/06 21:45登録)
”サイキック・ディテクティブ=物部太郎”が活躍するシリーズ作品。
「七十五羽の烏」に続くシリーズ三部作の二作目。1980年発表。

~スキー宿を兼ねた温泉宿からの「幽霊をまた出してくれ」との珍妙な依頼に、物部太郎と相棒・片岡直次郎と赴くと・・・。野天風呂で女性が裸のまま殺される騒ぎのなか、殺されたはずの女性からの電話!? 密室での新たな殺人事件、不可解なダイニング・メッセージなどなど。「七十五羽の烏」に続き、太郎=直次郎の名コンビが活躍する、謎と論理のエンタテイメント~

前作(「七十五羽の烏」)でも感じたことだけど、どうもワクワク感がない。
密室殺人やら死者からの電話やら、ダイニング・メッセージやら、本格ミステリー好きには堪えられないガジェットが満載。
本来なら、真相解明に向かって頁をめくる手が止まらない・・・っていう感じになるはずなのだが・・・
そうはならなかった。

ストーリーがあまりにも平板だからなんだろうなぁー
確かにロジックは効いていて、物部太郎の謎解きもそれなりに面白いんだけど、「へぇー」っていう思うだけで興が湧かないのだ。
密室も昔からあるやつの焼き直しでパッとしないし、ダイニングメッセージも信憑性に欠ける。
クローズドサークルのなかでそれなりに大勢の容疑者がいてという舞台設定なのだが、フーダニットもどうにも盛り上がらない。ラストも本来はサプライズなのだろうけどねぇ・・・
(冒頭のフラッシュバックもあまり効いているとは思えないんだけど)

玄人受けはする作品なんだろうなぁ・・・
光文社文庫版の巻末解説で倉知淳氏がベタ褒めしているが、素人の私にはどうしても面白さが理解できなかった。
もう少しミステリー好きとしての経験値を増やしてから再読してみることにしよう。


No.1047 7点 生霊の如き重るもの
三津田信三
(2014/08/27 21:15登録)
「密室の如き籠るもの」に続く刀城言耶シリーズの短篇集。
学生時代の若い言耶が遭遇する五つの怪事件を集録。

①「死霊の如き歩くもの」=ズバリテーマは「足跡のない雪密室」ということで、“四つ家”と呼ばれる特殊構造の「館」が登場してくる。これだけでも本格好きには堪らないが、殺害のトリックが更に強烈。ここまでの物理系トリックには久々に遭遇した・・・。もちろん、現実性云々という問題点はあるのだろうが、ミステリーはこうでなくては、と思わされる。
②「天魔の如き跳ぶもの」=こちらも「足跡のない密室」がテーマ。で、こちらのトリックも実にビジュアル的に映える! でもまぁ一歩間違えるとバカミスって言われるんだろうなぁ・・・。阿武隈川先輩がかなりウルサイ。
③「屍蝋の如き滴るもの」=本シリーズらしく、終盤は刀城言耶の畳み掛けるような推理が本編の読みどころ。捨て筋の推理が三つも披露された後に解明される“本筋”の真相は相当意外なもの。「屍蝋」の正体はかなり強引なものだが・・・
④「生霊の如き重ぶるもの」=本編のテーマはいわゆる「ドッペルゲンガー」という奴。となると、H・マクロイの「暗い鏡のなかへ」が想起させれるが(実際、作中にも言耶が言及している)、他の方も触れているとおり、実際には「犬神家の一族」へのオマージュというのが正解なのだろう。そう、ズバリ「犬神家」の助清=青沼静馬の関係が見事にトレースされているのだ。ドッペルゲンガーの正体自体は腰砕けなのだが・・・
⑤「顔無の如き覆うもの」=これまた特殊設定下の「密室」がテーマ。「旅芸人」というと「山魔の如き嗤うもの」でも登場してきたが、今回もかなりの活躍ぶり(?)。でもそこまで連帯感ってあるのだろうかという気はした。密室からの脱出についてのアイデアそのものはそれほどのサプライズはなし。

以上5編。
さすがに粒ぞろいの作品集だ。
刀城言耶シリーズは今どき珍しいくらい高水準の本格ミステリーだけど、短編になってもその面白さは損なわれてはいない。

大掛かりな物理トリックやら密室などというガジェットを詰め込むと、どうしても無理矢理感やリアリティの欠如が目に付くのだが、本シリーズでは適度なホラー感や時代設定がそれを覆い隠しているのだろう。
それが他の作家との違い。
重量級の作品集だけど、ミステリー好きなら十分楽しめる。間違いなし!
(ベストは①③④のいずれかで迷う。②⑤は一枚落ちるかな・・・)


No.1046 5点 葡萄園の骨
アーロン・エルキンズ
(2014/08/27 21:14登録)
前作「騙す骨」から四年、ようやく刊行された“スケルトン探偵”シリーズの最新作。
今回の舞台はイタリアはフィレンツェとその近郊のワイナリー、というわけで酒好きには堪らない?作品。

~どこへ行こうと、スケルトン探偵ことギデオン・オリヴァーを迎えるのは骨なのか。イタリア・トスカーナ地方の山中で発見された二体の白骨死体。一年ほど前に失踪していた葡萄園経営者夫婦のものだ。状況からみて、不倫を疑った夫が妻を射殺してから自殺したものと警察は考える。だがたまたま夫婦と知り合いでもあったギデオンが白骨の鑑定をしたことから、意外な事実が次々と明るみに!謎が謎を呼ぶ人気シリーズ最新作~

さすがに安定感たっぷりのシリーズ作品。
本作でも“たまたま”白骨死体の鑑定を行うことになったギデオン教授。そうなると、当然のように今までの捜査をひっくり返す事実が明るみに出る・・・(まさに「様式美」、まさに「予定調和」。)
二体の白骨からは、二人がおおよそ想像がつかないような奇妙な行動をとったことが判明。
これが、本作を貫く大きな謎になるのだ。

真相は新たな殺人が起こった後の終盤も押し迫ってからようやく解明される。
ギデオンは相当前から真実に気付いていたフシがあるのだが、なぜか推理を披露せぬままスルー状態。
その辺はやや消化不良気味で、引っ張ったにしてはサプライズ感にも乏しい。
まぁだいぶネタ切れになってきたということなのか、さすがに高齢となった作者に以前と同じような切れ味は期待できないということなのだろう。

毎回、トラベルミステリー的な味わいもある本シリーズなのだが、本作ではそれが相当顕著。
フィレンツェの名所やイタリア料理、ワインの数々が、ギデオンやその仲間たちに次々に紹介される。
(イタリア、フィレンツェ・・・行ってみたいよねぇ・・・)
ということで、シリーズファンならば必読かもしれないが、それ以外の方にはそれほどオススメはできないかな。
でも、次作をついつい期待してしまうんだけどね。


No.1045 6点 彼女が追ってくる
石持浅海
(2014/08/27 21:13登録)
「扉は閉ざされたまま」「君が望む死に方」に続く、碓氷優佳シリーズの三作目。
相変わらずの“クール&ビューティー”振りを発揮する優佳の推理が本作でも炸裂!するのか?

~旧知の経営者仲間が集う「箱根会」の夜、中条夏子はかつての親友・黒羽姫乃を殺害した。愛した男の命を奪った女の抹殺を自らの使命と信じて・・・。証拠隠滅は完璧。さらに死体が握る「カフスボタン」が予想外の人物へ疑いを向ける。夏子は完全犯罪を確信した。だが、ゲストの火山学者・碓氷優佳は姫乃が残したメッセージの意味を見逃さなかった。最後に笑う「彼女」は誰か?~

作者の作品でも、本シリーズは別格。
一作目の「扉は閉ざされたまま」は各種ランキングでも上位を占めた作品だし、「倒叙ミステリー」としての要素をすべて備えた佳作だった。二作目のプロットも前作の焼き直しではなく、新たな角度から倒叙ミステリーを捉えた良作。
そして三作目というわけなのだが・・・

正直なところ、前二作よりは落ちるなという感想にはなる。
何しろ、真犯人の計画も完璧なものというわけではなく、「曖昧さ」を最大限利用しようとしたものであり、「緻密」とは対局にあるもの。
しかも、優佳にはあっという間に真相に気付かれるはめに・・・
まぁ「倒叙ミステリー」であれば、単なる裏返しというレベルではなく、真犯人が自身の計画とは予想外の事件が起こり右往左往する・・・というプロットがよく登場するが、本作の“予想外さ”も相当強烈なものだ。
それが明らかになる終盤、そして何よりもラスト一行の衝撃!
こりゃ相当ブラックだなっていうか女は怖い!

とにかく“推理機械”の異名をとる優佳の推理を堪能してください。
こんな女性がいたら、男は絶対に嘘をつけないんだろうなぁ・・・
すぐにバレる。
(続編も楽しみなシリーズ。でも、作者の作品ってこれと座間味君シリーズ以外それほど面白くないのが残念)


No.1044 6点 石の猿
ジェフリー・ディーヴァー
(2014/08/15 23:30登録)
2001年発表のリンカーン・ライムシリーズの長編四作目。
タイトルの「石の猿」とはズバリ「孫悟空」というわけで、中国からの密入国者と彼らを執拗に追う殺し屋“蛇頭”と対決するライムとアメリアの姿を描く。

~中国からの密航船が沈没。十人の密航者がNYへと上陸した。同じ船に乗り込んでいた国際手配中の犯罪組織の大物“ゴースト”は、自分の顔を知った密航者たちの抹殺を開始した。科学捜査の天才リンカーン・ライムが後を追うが、ゴーストの正体は全く不明、逃げた密航者たちの居場所も不明だ・・・。果たして冷血の殺戮は止められるのか?~

シリーズも三作目、四作目となると、徐々に新機軸やこれまでとは違う要素を加えなくてはならなくなる・・・普通。
前作(「エンプティ・チェア」)では舞台をNYから移すことで、新たな要素を加えたのだが、本作では主戦地のNYに戻ってきた。
その代わりに加えたスパイスが「中国」。
(ただし十数年前の中国なので、2014年現在の発展した中国の姿からすると、若干の違和感はあるけれど。)

密入国者であるチャン一家やウー一家、ライムと共に捜査に当たることになる中国の公安刑事ソニーなど、多くの中国人が登場し、中国人の風習や考え方などが紹介される。
そして何より、「石の猿」のお守りを付けている男=蛇頭“ゴースト”の存在・・・
本シリーズには毎回インパクトのある悪役が登場するが、本作の悪役“ゴースト”はこれまでの悪役と比べるとやや見劣りするところが残念。
作者の作品では毎度お馴染み、終盤の「ドンデン返し」も、これまでの三作よりはインパクトに欠ける。

異文化を持つ男たちの捜査官コンビというと、個人的には映画「ブラック・レイン」(懐かしいね・・・)を思い出してしまったのだが、作家としては取り組みがいのあるテーマなのかもしれない。
ライムとソニー刑事のやり取りや友情は本作の白眉のように思えた。
ただ、こういう好人物は得てして死んでしまうものだけど、本作ではさてどうか・・・
二作目「コフィン・ダンサー」などとの比較では、評価は下げざるを得ないんだけど、五作目以降も是非読み続けていきたいことには変わりなし。
(アメリアのピンチシーンには相変わらずドキドキするなぁ・・・)


No.1043 7点 赤の組曲
土屋隆夫
(2014/08/15 23:29登録)
日本推理作家協会賞を受賞した「影の告発」に続いて、千草検事と野本刑事のコンビが活躍する長編の第二弾。
1966年発表作品。

~千草検事は懐かしい友人・坂口秋男の来訪を受けた。「警察署長を紹介して欲しい」・・・彼の妻が失踪したというのだ。千草は助力を約束する。坂口の妻らしい女性が長野県の温泉を訪れたという情報が入るが、その女性も失踪してしまう。犯人が残す「赤い」謎・・・。論理と直感が絡まり合い、引き立て合い、鮮やかな結末を紡ぎ出す本格推理小説~

格式高く、実に気品のある佳作・・・そんな印象だ。
依頼人の妻の失踪、容疑者の男の死と事件は展開するのだが、事件の構図そのものは、割と早い段階で判明したように見える。
ただし、それが作者が仕掛けた欺瞞。
中盤以降は、登場人物たちの裏の姿が次々に判明し、事件は次第に混迷していく。

「どういう風に決着付けるんだろう?」って思っているところへ・・・
ちょっとしたきっかけで千草検事が真犯人の仕掛けたカラクリに気付く。
そのタイミングが実に絶妙。
たったひとつのピースが埋まることで、事件全体のパズルが瞬く間に明確になっていく。
この辺りの手練手管こそ作者の真骨頂だろう。
解決のきっかけとなるある“ことば”についても、なかなか気が利いている。

とにかくプロットの丁寧さが光る作品だ。
終章も実に味わい深く余韻を残す。
派手なトリックや仕掛けはないので、若干の食い足りなさを感じる方もいらっしゃるかもしれないけど、個人的には「いいもの読んだなぁー」のひとこと。
(ちょっと褒めすぎか?)


No.1042 5点 しのびよる月
逢坂剛
(2014/08/15 23:28登録)
御茶ノ水署生活安全課二係、斉木斉と梢田威の元同級生コンビが大暴れするシリーズ第一弾。
神田神保町や御茶ノ水界隈なんて警察小説の舞台に合わないような気がするのだが・・・

①「裂けた罠」=泥酔し警察署に連れ込まれた男と、同じ時刻に起こった殺人事件。そこにマニアックなお店を経営する男が絡んできて・・・。その後も登場する刑事課・辻村警部と三人が事件を解決する。
②「黒い矢」=夜の御茶ノ水で突然ボウガンで肩を撃たれた女性。街には夜頻繁に暴走族が徘徊していた・・・。捜査の途中で意外な人物の関わりが明らかになる。
③「公衆電話の女」=“公衆電話”という言葉自体に懐かしさを覚える・・・。公衆電話を掛けている男性に誘いをかける女性、斉木たちに連行された女性は、なんと「じゃんけんをしようとしただけ」というとんでもない言い訳をしてくる!
④「危ない消化器」=消化器の中身を詰め替える業者、っていう地味な存在にスポットを当てた一編。業者の美人社員が気になる梢田だが、意外なラストが用意されている。
⑤「しのびよる月」=いわゆるストーカーをテーマとした作品。この頃からストーカーなんて存在がクローズアップされてきたんだろうなぁという感想以外思い付かない。
⑥「黄色い拳銃」=小川町にある美味しい中華料理店。そこで食事をしていた二人なのだが、突然拳銃強盗が押し込んでくる! しかも武器は黄色く塗られた拳銃・・・。これもラストは意外といえば意外。

以上6編。
逢坂剛ってこんな軽~い小説も書くのね、っていうのが感想。
読者に挑戦するというようなスタイルでもなく、ただストーリーの進行に身を任せればよい。
そういう意味では、のんびり読むのに丁度いいのかもしれない。

ただ、ちょっと退屈だったかな。
お笑い系としても、警察小説としてもひとことで言えば中途半端。
(敢えていうならベストは④かな。あとは特になし)


No.1041 5点 電氣人閒の虞
詠坂雄二
(2014/08/07 21:50登録)
「リロ・グラ・シスタ」「遠海事件」に続く作者の長編三作目。
アクロバティックな作者の企みが炸裂する問題作(かも)・・・

~「電気人間って知ってる?」・・・一部の地域で根強く語られている奇怪な都市伝説。真相に近づくものは次々に死んでいく。語ると現れ、人の思考を読むという電気人間は存在するのか? ライターの柵馬朋康もまた謎の解明に乗り出すが、複数の仮説を拒絶する怪異は、彼を出口の見えない困惑の迷宮に誘う・・・。ミステリーかホラーか。ジャンルの枠を軽妙に超越する鮮烈の作品!~

これは、相当な変化球投げたなぁ・・・
という感想だな。
ラストの第24章を読んで、最初は正直なところどういう意味なのか把握できなかった。
で、巻末の佳太山大地氏の解説を読んで、初めて理解した次第。

繰り返すけど、これはスゴイ変化球だけど、個人的には完全な“ボール”だなぁー
ストライクとボールすれすれなら思わず振るかもしれないけど、ここまで完全なボール球だと振ることもなくただ呆然と見送った、という感じだ。
普通の読者なら、「電氣人間って何だよ?」という疑問が湧くと思うが、まさかここまで特殊な設定が施されているとはねぇ・・・
まぁこんなアイデアを思い付くこと自体は賞賛すべきなのかもしれない。
確かにアノ台詞は冒頭から繰り返し出てきていたしね。
でも、さすがにそれが大いなる伏線になっているとは気付かなかった。

プロットのアイデア性だけなら、近年稀に見る破壊力を秘めた作品。
ただ、これは決して初心者向けではないと思うので、どちらかというとひねくれた読者の方向け。
私は・・・だから「ボール」だって・・・
(ミステリーかホラーか、っていうと絶対にミステリーでしょう)


No.1040 7点 麗しき疑惑―西村京太郎自選集〈2〉
西村京太郎
(2014/08/07 21:49登録)
徳間書店で編まれた作品集。
400を超える短編の中から厳選された自薦集の第二弾。バラエティに富む作品が並んだ作品。

①「白い殉教者」=1975年発表。昨今の作者の作風とは全く異なるプロットと風合い。いわゆる雪密室をテーマにした作品なのだが、トリック自体は出来がいいとは言えない。でも、名探偵役として登場する徳大寺京介がいい味を出してる王道の探偵小説。
②「アンドロメダから来た男」=1976年発表。本作中最も毛色の異なる作品。何しろ完全なSFなのだから・・・。別にオチもなにもないのだが、ラスト一行が何とも気が利いている。
③「首相暗殺計画」=1981年発表。首相××というと、作者には首相誘拐計画を扱った「ゼロ計画を阻止せよ」という名作があるが、本作は日中戦争突入間近というきな臭い雰囲気の中、近衛首相の暗殺計画が描かれる。暗殺計画の舞台が超特急「つばめ」の車内というのが作者らしい。
④「新婚旅行殺人事件」=同じく1981年発表の中編。本作中唯一、十津川警部と亀井刑事の超名コンビが登場するトラベルミステリー。新婚旅行中の花嫁が列車の中で爆死するという壮絶な事件が発生するが、犯人と目星をつけた人物には鉄壁のアリバイがあった・・・という定番のやつ。でもまあ、この頃は各列車の特徴に目をつけたトリックが用意されていて、トラベルミステリーもたまにはいいものだという気にさせられる。何しろ、まだ東北新幹線も走ってない頃の東北本線が舞台なのだから・・・(「やまびこ」「はつかり」「ひばり」・・・ってよかったなぁ)

以上4編。
さすがに400編超の短編というのは伊達ではない。
特に70~80年代の作品なら、作者のアイデアが十分に込められていて、ミステリー作家としての力量を感じることができる。

本作では特別トリッキーな趣向は出てこないが、ミステリー好きの要求に応えるだけの水準作品が並んでいる。
そんな読後感。
(②が印象に残った。①③もなかなか)


No.1039 6点 興奮
ディック・フランシス
(2014/08/07 21:48登録)
1965年発表の競馬シリーズ第三長編。
シリーズ中でも屈指の出来栄えを誇る作品との評価はあるが、果たして・・・
原題“for kicks”(=刺激を求めて、という意味かな?)

~障害レースで思いがけない大穴が続いていた。番狂わせを演じた馬は、その時の状況から推して明らかに興奮剤を与えられていた。ところが、いくら検査をしても興奮剤を投与した証拠が出てこない。どんなからくりで不正が行われているのか? 事件の解明を急ぐ障害レースの理事は、オーストラリアに飛び、種馬牧場を経営するロークに黒い霧の真相究明を依頼したのだが・・・~

まさに「興奮」という邦題がピタリ当て嵌る作品。
明らかに興奮剤を与えたとしか思えないサラブレッドなのだが、検査をしても全く薬剤は発見されない。
その謎を解くために、悪徳厩舎に潜入を図る主人公ローク。
そして、本シリーズではお馴染みの終盤のピンチシーンを経て、事件は無事解決されるのだ。
こう書くと、「二番煎じ」とか「マンネリ」と思われそうなのだが、決してそういうことではない!

他の方も書かれているが、本シリーズのテーマは「男たちの不屈の心や矜持」ということなのだろうし、本作でもその醍醐味は十二分に味わえる。
ロークがトリックに気付くのが単なる偶然というのが気になりはするが、サスペンス性は過去二作を上回る出来栄えだろう。
ただし、個人的には一作目の「本命」の方が上に思えた。

昨今はサラブレッドだけでなく、人間でもドーピング問題がスポーツ会では問題になっているけど、人間がもしこのトリックを使えるのなら楽だろうねぇ・・・
(特定の人物だけ、というのは無理だろうが・・・)


No.1038 6点 数奇にして模型
森博嗣
(2014/07/30 22:05登録)
「すべてがFになる」から始まったS&Mシリーズも回を重ね、本作が9作目の長編となる。
1998年発表の大作。

~模型交換会会場の公会堂でモデルの女性の死体が発見された。死体の首は切断されており、発見された部屋は密室状態。同じ密室内で昏倒していた大学院生・寺林高司に嫌疑がかけられたが、彼は同じ頃にM工業大学で起こった女子大学院生密室殺人の容疑者でもあったのだ! 複雑に絡まった謎に犀川・西之園師弟コンビが挑む~

本作のメインテーマは・・・やっぱりホワイダニットなのだろうか?
紹介文を読むと、これまでのS&Mシリーズと同様、密室トリックあたりがメインテーマなのだろうと思ってしまうのであるが、最終的に判明する密室トリックは正直、本シリーズファンには軽い裏切りに近いものに見える。
(もっとも、シリーズも回を重ねるうちに、当初の純粋なトリックというよりは、変化球的なトリックが目立ってはきていたが・・・)
さらに今回は「首切り」まで登場するのだから、当然「首切り」についてもミステリーファン寄りのトリックを期待してしまうよなぁ・・・『なぜ真犯人は首を切ったのか』を!!

「見立て」などもそうだが、こういう“いかにも”というガジェットを加味する以上、必然性が問題となる。
ただし、本作で作者が用意した解答は相当な変化球!
(あまりにも鋭く内に曲がりすぎて、思わずのけぞるほどだった・・・)
こういうタイプの解答は全く予想していなかったし、ある意味初めての体験かも知れない。
それもこれも作者の舞台設定の勝利と言えるだろう。

でもなぁ・・・それが個人的な好みに合致しているかというと、そうではないというのが本音。
もちろん作者には豊富な球種があって、鋭く横に曲がるスライダーや縦に落ちるスプリットも投げられるだろうけれど、読者としては胸元ズバリのストレートを期待してしまうわけです。
(分かりにくい例えかもしれないけど・・・)


No.1037 6点 殺意の楔
エド・マクベイン
(2014/07/30 22:04登録)
1959年発表の87分署シリーズ作品。
シリーズとしては第九作目の長編。十月初旬のグローヴァー公園の鮮やかな彩りが眩しい季節・・・という設定。

~秋の静かな昼下がり。87分署の前に蒼白な顔で黒い服の女が立っていた。女はキャレラ刑事に恨みを抱いている。彼に逮捕された夫が獄中で病死したのだ。彼女は署にキャレラがいないと知るや刑事部屋に押し入り、刑事たちに隠し持っていた拳銃とニトログリセリンの小瓶を突きつけた! 復讐の鬼と化した女と刑事たちとの熾烈な心理闘争。刻一刻と迫るカタストロフィ。息詰まるスリルとサスペンスで描くシリーズ屈指のサスペンス~

やはり本シリーズらしい味わいのある作品だった。
事件は急に起こる。
紹介文のとおり、突然87分署の刑事部屋に拳銃とニトロの液体を持った女が押し入る場面から始まるのだ。
たった二つの武器で屈強な刑事たちを釘付けにする女と刑事たちの緊張感たっぷりの対決。
電話や来客など、途中に発生する予想外の出来事を挟みながらも、ラストまでこの展開は続いていくのだ。
ラストを知ると、「じゃあ最初からそうしとけよ!」っていう突っ込みがありそうなのだが、そこは言わぬが華だろうな。

ただし、本作は上記以外に、女のターゲットとなるキャレラ刑事が挑む密室殺人事件の場面も並行して描かれる。
マクベインが密室トリック? というと意外感たっぷりなのだが、トリックそのものは・・・まぁこれも言わぬが華。
(J.Dカーを意識したようなセリフを登場人物がじゃべっているのが笑わせる)
二つの事件に直接のつながりはないのだが、事件を解決して刑事部屋に戻ってきたキャレラ刑事が最後に電話を取るシーンがなかなか気が利いている。

それほど派手な展開があるわけではなく、サスペンス感もほどほどだけど、それはそれで作者らしい味わいが良い。
悪く言えば、一昔前の刑事ドラマのようなのだが・・・


No.1036 7点 我が家の問題
奥田英朗
(2014/07/30 22:04登録)
小説「すばる」誌に断続的に掲載されてきた作品をまとめた短篇集。
先に発表された「家日和」の続編的な意味合いもある好編。

①「甘い生活?」=新婚の妻は常に甲斐甲斐しく、家事も完璧にこなす。でも、なぜか居心地が悪く、まっすぐ家に帰れない夫・・・。これは「独身病」というらしいです。夫婦が初めて本音をぶつけ合うラストが何ともいえない。
②「ハズバンド」=夫が会社で上司や部下から軽んじられているらしい・・・。妻が抱えた不安と夫のポーカーフェイス。専業主婦の妻が取った行動は、とにかく毎日おいしい弁当を作ること! でもこれが意外な効果を生むことに・・・
③「絵里のエイプリル」=何気なく聞いてしまった父母の不仲と離婚の話・・・普段は仲の悪い弟も巻き込み、普段は“いて当たり前”だった親の存在を考えることに・・・(で、結局どうなったんだろうか?)
④「夫とUFO」=これはかなり面白い。突然、帰り道で毎日UFOを見ると言い出した夫に戦慄を覚える妻。会社では真面目で部下に頼られる存在の夫なのに、なぜこんなおかしなことを!? そして判明する夫の本当の姿。巻末解説の吉田氏も述べているが、『これからお父さんを救出してきます』という作中の台詞が本作NO.1だろう。
⑤「里帰り」=せっかくの休暇なのに、お互いの実家に帰らざるを得なくなった新婚夫婦。でも、嫌々だったはずの里帰りで、思わぬ「ホッコリ」した気持ちを味わうことに・・・これも好編。
⑥「妻とマラソン」=前作「家日和」の中にもあったが、作者自身の家庭をモデルにした作品。マラソンに嵌っていく妻を最初は訝しく思っていた夫なのだが、その理由に気付いたとき、夫婦そして親子の絆が強くなっていく・・・ラストなんて目頭が熱くなってもいい。

以上6編。
さすが奥田英朗! 実にウマイ!
ホント、どこにもありそうな夫婦や親子の姿を描いているのに、それがこんなに読む側の心をしんみり、そしていい気分にさせてくれるなんて・・・
もう名人芸です。

①~⑥までどれも好編揃い。特に、①に出てきた夫なんて新婚時代の自分にあまりにそっくりで笑っちゃいました。
⑤も分かるね。でもベストは④かな。
とにかく読んでみてください。でもミステリーじゃないので・・・悪しからず。


No.1035 6点 極北ラプソディ
海堂尊
(2014/07/20 22:13登録)
「極北クレイマー」の続編という位置付けの作品。
前作で単身乗り込んだ“再生請負人=世良”は、破綻した極北市民病院の窮地をいかにして救い出すのか?
姫宮が登場していたということはやっぱりアイツも出てくるのか? などなど興味は尽きないが・・・

~財政破綻した極北市の市民病院。再生を図る新院長・世良は人員削減や救急医療の委託を断行。非常勤医師の今中に、“将軍(ジェネラル)”速水が仕切る雪見市の救命救急センターへの出向を指示する。崩壊寸前の地域医療はドクターヘリで救えるのか? 医療格差を描く問題作!~

前作(「極北クレイマー」)のテーマは、医療事故と地域医療の二点だったが、本作のテーマはズバリ「救急医療」だ。
一時期新聞誌上で救急車のたらい回しなどがよく槍玉に上がっていたが、本作では海堂ワールドの住人で東城医科大学病院を追われた速水(将軍)が登場し、世良や今中とともに日本の救急医療の問題点を抉っていく。
そして、救急医療の象徴として登場するのが「ドクターヘリ」というわけだ。
(こんなこと書いてると、とてもミステリーの書評とは思えないけど・・・)

ただし、本作の読みどころはそこではない。
極北市民病院の問題があらかた片付いた終盤。突然、表舞台に登場してくるオホーツク海に浮かぶ島「神威島」。
そこで世良が運命の再会を果たすことになる・・・
でもこれを持ってこられると、そこまでの救急医療のくだりはなんだったのか・・・という気にはさせられる。
まぁ、これまで海堂ワールドの作品を読み継いできた読者にとっては、「そうきたかぁー」というある種感動のシーンにはなるわけだが・・・

ということで、この作品単独で読まれると、驚きや感動は恐らく半減すると思われる。
あくまでも、作者のファン向けの作品ということになるだろう。
(いつまでたっても狂言回しの役割から抜け出せない今中の立場は?!)


No.1034 5点 リッジウェイ家の女
リチャード・ニーリィ
(2014/07/20 22:11登録)
1975年に発表された長編作品で、作者の代表作「心引き裂かれて」のひとつ前に当たる。
長らく日本未訳だったのが、最近扶桑社文庫にて発刊された。

~ギャラリーでダイアンの絵を見て声をかけてきたのは、退役空軍大佐のクリスだった。裕福な未亡人だが夫の死に関わる暗い記憶をもつダイアンは、新たに始まった恋に戸惑う。やがて二人は再婚して新たな生活を始めるが、そこに疎遠になっていた娘のジェニファーとその恋人ポールから突然連絡が入って・・・。不幸な過去に囚われた母と娘の確執とアンビバレントな感情。同居を始めた四人の生活にさす怪しい影~

帯には『鬼才ニーリィの離れ業』とあるが、そこまでではないなという感想。
ニーリィというと、どうしても「心引き裂かれて」や「殺人症候群」を始めとするサイコ・サスペンスのイメージが強すぎるきらいがある。
本作はそういった要素は皆無といってよく、正直なところニーリィとしてはおとなしいプロット。
ラストには一応ドンデン返しが待ち受けてはいるのだが、十分に予想の範囲内のものではあった。

ストーリーは母娘であるダイアンとジェニファーというリッジウェイ家の二人の女性の視点で描かれる。
ただし、視点に何か仕掛けがあるのではないので、逆にそれが読みにくさに繋がっているかもしれない・・・
序盤から中盤までは特段事件らしい事件も起こらず、淡々とした展開が続く。
その分、終盤からのスピードアップが効いてくるという面はあるのだけど、冗長さは免れないかなぁ。

こうやって書いていると、どうにも不満点しか浮かんでこないんだけど、それもこれもニーリィという作家に対する固定観念のせいなのかもしれない。
誰しも全ての作品が似たようなプロットというわけではないのだから、ニーリィにもこういう作品があるということなのだろう。
巻末解説者の折原一もその辺りは心得ており、本作に対する評価はほんのおまけ程度に触れているだけ。
「読みやすく」「とっつきやすい」というのが本作のストロングポイントだろうけど、そこはあまりなぁ・・・期待していないところだけに高評価は難しい。


No.1033 4点 うさぎ幻化行
北森鴻
(2014/07/20 22:10登録)
2010年1月、48歳の若さで急逝した作者。
作者がちょうどその時期に「ミステリーズ」誌上で連載していた作品が本作。
「音」に着目した珍しい連作形式のミステリー。

~飛行機事故で突然この世を去ってしまった義兄・最上圭一。優秀な音響技術者だった彼は、遺書とは別に「うさぎ」宛に不思議な音のメッセージを遺していた。圭一から「うさぎ」と呼ばれていたリツ子は、早速メッセージを聞くことに。環境庁が選定した日本の音風景百選を録音したと思われるが、どこか不自然なひっかかりを覚える。謎を抱えながら録音されたと思しき音源を訪ね歩くうちに、リツ子は奇妙な矛盾に気付く・・・~

①「ヨコハマ12.31」=謎の提示が行われる一編。桜木町と東横線かぁ・・・
②「対の琴声」=音源を探す旅で訪れた岐阜県美濃市。そこである殺人事件と遭遇することに・・・
③「祭りの準備」=今回の音は祭囃子。
④「貴婦人便り」=JR山口線を走るSL「貴婦人号」。そう、本編の舞台は山口市だ。
⑤「同行二人」=タイトルからも分かるとおり、本編の舞台は「四国八十八箇所参り」。ということで、空海上人がキーワードとなる。本編から徐々に「うさぎ」の謎が深まっていく・・・
⑥「夜行にて」=本編よりキーマンのひとり岩崎が登場。舞台は寝台特急「北斗星」。そこで岩崎は「うさぎ」と出会うが・・・
⑦「風の来た道-夜行にてⅡ」=⑥と対になる一編。舞台は寝台特急「トワイライトエクスプレス」。岩崎は何と別の「うさぎ」と出会ってしまう・・・謎が謎呼ぶ?
⑧「雪迷宮」=舞台はいよいよ北海道へ。札幌の象徴「時計台」の音が問題となるのだが・・・
⑨「うさぎ二人羽織」=本作全体の仕掛けがやっと分かる・・・が、どこか腑に落ちない。

以上9編の連作。
はっきりいってこれはミステリーというよりもファンタジーだ。
もちろんミステリーっぽいエッセンスはあるのだけど、謎が論理的に解明されるというミステリーの大前提からはズレている。

まぁ好みの問題ではあるのだけど、正直なところ個人的には退屈な作品にしか思えなかった。
「音」というテーマはやり方次第では面白いとは思うのだけど・・・

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