大穴 競馬シリーズ/シッド・ハレー |
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作家 | ディック・フランシス |
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出版日 | 1967年01月 |
平均点 | 5.45点 |
書評数 | 11人 |
No.11 | 6点 | クリスティ再読 | |
(2024/05/24 11:37登録) どうも評者はフランシスに思い入れがないのが、大きな問題のようにも感じるなあ....うん、大人気シリーズだったし、ウケるのはよく分かる。今回再読したわけだが、小粒ながらよくまとまった作品だとは感じる。敵方の悪事が手口のあくどい地上げ屋程度なのが、キャラのサディストっぷりでヴィラン化している印象。いやこのシリーズって、立ち位置はリアルで市民的な007だと思うんだ。 007なら普通は近づけない上流階級の生活デテールを散りばめて、読者の下世話な興味も惹きつけるわけだが、フランシスならそれが競馬の世界になる。実際、この作品でもシッド・ハレ―の経歴に自分の過去を重ねているように、イギリスの競馬ワールドは上流階級も下層階級も交流があるようなイギリス階級社会の例外に相当する特殊な世界のようである。だからジョッキーとして成功をおさめ「なり上がった」立場のハレ―が、身分違いの結婚をしてその義父に(偽装で)虐待される演出が、リアルな描写としてササることになるのだろう。世界設定自体が、このシリーズの成功を約束しているようなものなのではなかろうか。 なので、ハレ―の自己回復の障害となるコンプレックスは三層になっていると読むべきだ。1.左手の障害、2.小男で暴力に弱い、3.下層の出自。これらが絡み合って、事件を通じた自己回復がなされる、という構図が嫌味なく描かれていることになる。たぶんシッド・ハレ―人気はフランシスの自己投影が強いあたりにあるんだろうとも感じるよ。 (そういえば昔のドラマ「ディック・フランシス・ミステリー」が懐かしいなあ。あのシリーズだと最初だけが本作の原作で、シリーズ後続5作はオリジナル脚本だった) |
No.10 | 6点 | 斎藤警部 | |
(2021/02/28 11:14登録) 「オザケン」こと「ODDS AGAINST」こと「大穴」。原題は「見込み薄」って意味合いに賭博用語を絡めてるんでしょうが、邦題はちょっと厳しいですね。それでも競馬用語に落ち着かせたあたり苦心が伺えましょう。 序盤~中盤にこんだけやっといて最後の最後にこそ圧縮されたミステリ妙味が噴射するニクい構成。お蔭で期待を持たせた格闘スペクタクルは犠牲になりましたが、冒険小説として失ったものは少ないでしょう。ラストカンバセーションも最高に締まります。(だったらもうちょっと全般的にミステリミステリしてよい気もするが、、面白いから良し。) 写真に写った何がそんなにヤバいのかというホワッツホワットが謎解(ほぐ)しのベクトルへ牽引。 冒頭近くの「石を並べる」シーンも謎めいたまま有無を言わせぬ謀略推進で読者興味をはじけさす。 善悪の区別はスッキリしたもんだが、悪役側のメンバー構成にちょっとした味な所もある。 主人公はいい友人達(異性含む)に恵まれている。忘れ難き会話やお別れのシーン等いっぱい。チコが、病床のシドに或るパンフレットを置いていくシーン、泣けました。 非ハードボイルド文体の影響もあると思いますが、主人公がマーロウの様な無名タフガイとは真逆の、弱さの目立つ人間臭い有名人って造形が、少しばかり面白い。 |
No.9 | 7点 | 雪 | |
(2019/05/04 15:58登録) 「あの男と、シーベリィ競馬場を争いたまえ」 舅チャールズの言葉の巨大さにラドナー探偵社調査員シッド・ハレーは思わず息をのんだ。事務所に不法侵入したチンピラに・三八口径の弾丸を射ち込まれ、死線を彷徨ったのも一ヵ月前のこと。このエインズフォドの招待客の一人ハワード・クレイが、競馬場売却を狙う乗っ取り屋だというのだ。事前の準備も不可解な対応も、全てはクレイを油断させる為に仕組まれたものだった。 落馬事故により左手が使いものにならなくなった元チャンピオンジョッキー。二年あまりの間死んだような人生を送ってきたシッドは一発の銃弾によって目覚め、クレイの魔の手からシーベリィを守るため戦うことを決意する。競馬シリーズ最大のヒーロー、シッド・ハレー初登場作品。 1965年発表のシリーズ第4作。同年発表の第3作「興奮」に比べプロットを犠牲にした分、より明確なキャラクター像の確立に力を注いだもの。若干粗いもののシリーズヒーロー一作目と見ればかなりの出来映え。 冒頭からエインズフォドの屋敷でのいわゆる"シッドいじめ"には、実に全体の四分の一が割かれています。クレイはいわゆる地上げ屋で、普通なら下っ端が捕まるだけで勝負にならないのですが、ここで動かぬ証拠を掴ませることにより作品として成り立たせる事に成功。 同時に主人公シッドに感情移入させ、さらにクレイの異常性を露にし後半にかけての布石を撒く、二鳥も三鳥も得る美味しいプロット。義父チャールズ・ロランドが腑抜け状態のシッドに歯痒さを感じているという裏付けはあるもののやや強引な展開ですが、あえて目を瞑ってこれを選んだものと思われます。 洒落た〆でも分かるように実質この段階で決着は付いているのですが、シッドにそれは分からない。いくつかの妨害行為を防いだ後、証拠の存在を知った悪役組の死に物狂いの反撃により、逆に絶体絶命の窮地に立たされます。 悪役の一人株屋ボルトの秘書、片目が義眼のオールドミス、ザナ・マーティンの存在も良い感じ。出来としては「本命」「罰金」あたりと同格で、後者よりは確実に上。とすると7点。「本命」とは好みの差で査定すると第二集団、シリーズベスト5に入るか入らないかというところ。 マンネリを嫌い「興奮」と差別化した作者の目論見は成功していると思います。ただ一時はオールタイムベストの70位~90位台に着けていましたが、キャラ立て優先にした分色々とアラも目立つので、本来そういった位置に来る作品ではありません。あくまでヒーロー物としての評価です。 |
No.8 | 4点 | いいちこ | |
(2016/09/15 19:47登録) 原作と翻訳のいずれに起因するのか不明だが、全体に叙述が舌足らずで、話の筋が極めて見えづらいのが非常に難点。 また、サスペンスとしても、ミステリとしても、盛り上がりに欠ける印象が強い。 競馬場の買収を阻止するというプロットも、作品全体における位置付けが弱く、必ずしも必然性は感じられない。 全体として世評ほどの作品とは思えなかった |
No.7 | 5点 | E-BANKER | |
(2015/05/31 09:52登録) 1965年発表。「本命」「度胸」「興奮」に続く長編四作目がコレ。 原題“Odds Against”と邦題(「大穴」)との違和感は他の方と同様。 シッド・ハレー初登場としても有名な作品。 ~ラドナー探偵社の調査員シッド・ハレーは、脇腹に食い込んだ鉛の弾丸のおかげで生き返った。かつて一流の騎手であったハレーは、レース中に腕を負傷して騎手生命を絶たれ死人も同然だったのだ。だが、今の彼の胸に怒りが燃え上がってきた! 彼を撃った男は誰に頼まれたのか、その黒幕は何を企んでいるのか? 傷の癒えたハレーは過去への未練を断ち切り、競馬界に蠢く陰謀に敢然と挑戦していった・・・~ これは・・・ひとりの男の再生の物語・・・かな。 紹介文のとおり、シッド・ハレーはかつては英国を代表する一流騎手として名を馳せた男。 そんな男が一介の調査員として、競馬場買収に纏わる闇に巻き込まれていく。 世間に対して斜に構えていたハレーが、徐々に男として、人間としての矜持を取り戻していくのだ。 そんなハレーの姿には、一読者として胸を熱くさせられた。 (同じく斜に構えた女性として登場するザナ・マーティンとの絡みも読みどころ・・・) プロットそのものは単純だし、いかにもデイック・フランシスらしい展開。 終盤のハレーのピンチシーンも他作品でよくお目にかかる奴と一緒だ。 それと、本作では特に中盤~終盤での単調さが目立つのがやや難。 サスペンス性という意味でも、もう少し読者を惹き付けるポイントがあれば、という印象が残った。 ということで、世評からすると本作はそれほどでもないという評価になってしまう。 作者については発表順に手に取っているけど、今のところは「本命」>「度胸」>「興奮」>「大穴」という感じ。 でもまだまだ未読作が控えているので、楽しみにはしたい。 (結局、ハレーの妻は登場しなかったのか・・・) |
No.6 | 8点 | tider-tiger | |
(2015/03/04 00:08登録) チャンピオンジョッキーのシッド・ハレーは落馬事故により片手が不自由になってしまい、やむなく騎手を引退して探偵事務所に就職する。ところが、まるでやる気が沸かずに無為な日々を送っていた。そんな彼が銃撃されたことにより、闘争心をちょびっとだけ取り戻し、義父に唆されて秘密裏に乗っ取られようとしている競馬場を救うために立ち上がる話です。 物語はシッドが銃弾を受けて病院で目を覚ますところから始まります。 見舞いに来た同僚のチコ・バーンズがなにか欲しいものはないかと尋ねると、シッドは別にないと答えます。チコはそんなシッドに一言。 「べつにないよ、おまえはそういう人間なんだ」 これがさりげなく意味深いセリフだったりします。 問題点を二つばかり。 他の方も指摘されているシッドの経歴などを隠して必要以上に貶めるチャールズの作戦について。クレイを油断させるためだとチャールズは言います。チェスのエピソードをうまく使って話を繋ぎました。でも、本質的な問題が……この時点でクレイを油断させる必要があったのか? シッドのことを変な意味で印象付けてしまうよりも、シッドをクレイと引き合せたりせず未知の刺客としておいた方が良かったのでは。この物語には必要不可欠な部分ではありますが、不自然さは否めません。 もう一つ自分が感じたのは、ホテルの自分の部屋に義父の名を騙って入り込んでいる者がいると知った時のシッドの反応が不自然極まりないこと。シッドはホテルの支配人にそいつを放り出してくれと頼みますが、放り出してはいかんでしょう。なぜそいつの身柄を確保することを考えなかったのかが謎です。 ディック・フランシスの作品はハードボイルドっぽい文章で綴られた広義の冒険小説、推理小説とでもいうものですが、ジャンルの枠を超えた魅力ある作家です。グッと読者を惹きつける一文、クスッとさせる一文など、文章で勝負できる作家でもあります。馬やレースシーンの描写はもちろん卓越していますが、それ以外にもプロットと直接関係のないシーンを面白く読ませる力もあります。 それから女性の描き方が気になります。うまいというか、作者が女性の視点で女性を見ているような気にさえさせられます。(ちなみに自分はジェニィ肯定派です。ザナ・マーティンも好きです。ただ、シッドのザナ・マーティンへの対応はいかんと思いました。) それにしてもイギリスってやっぱり階級社会なんだなと実感します。階級の違いがあって当たり前という日本人とはまるで違った感覚が窺えて面白いですね。 フランシスは二十冊ほど読みましたが、やはり『利腕』が最高作なのかなあ。 でも、実は一番好きなのは『大穴』です。理由はよくわかりません。『長いお別れ』や『高い窓』よりも『さらば愛しき女よ』を好きになってしまうようなものかもしれません。 気になるのは利腕の前の何作かはフランシスの低迷期とかいう説。とある書評家がこんなことを言っておりましたが、自分には理解不能なお話でした。 ところで、フランシス入門ですが、自分は『興奮』が無難ではないかと思います。『度胸』は同じくらい、もしくはそれ以上に良い作品ですが、入門向きではないような気がします。 『利腕』はやはり『大穴』を読んでから、ですが、その『大穴』はあまり入門向きではないというのは他の方と同意見。わかりづらい部分が多過ぎます。 いっそ主人公の職業で入門作品を選ぶのも一つの手かもしれません。少なくとも自分は低迷期?の作品も夢中になって読みましたので。 |
No.5 | 4点 | あびびび | |
(2014/08/24 18:08登録) シッド・ハレー登場。義父から、競馬場乗っ取りグループがいると聞かされ、その真意を探ってほしいと頼まれる。その義父は、ハレーの正体を隠すために、「娘の婿だが能無しだ」と、家に招待した主犯夫婦を欺くが、ハレーはそのふたりに虐待される。義父の真意を計りながら、ハレーは必死に耐え、その後調査を開始するが…。 さぞかし、結末は胸のすく反撃シーンがあるのだろう…と期待して読んだが、相手グループに捕まり、また虐待される。そして気を失っている時に警察が駆けつけ、目を覚ましたら病院のベッドだった。読み手のもやもや感は晴れず、ストレスが残っただけだった。 |
No.4 | 6点 | 空 | |
(2013/01/04 13:20登録) 今まで読んだディック・フランシスの中で、原題の意味が最もとりにくいのがこの作品です。against all odds だったら大きな困難にもかかわらずという意味になりますし、odds にはハンディキャップの意味もあるので、シッドの片手が使えないのを表しているようにも思えます。大穴(一般的にはもちろんdark horse)的な意味も含めて、様々なニュアンスを込めているのでしょうか。 フーダニット的な要素というと、クライマックスでちょっと意外な共犯者が現れるぐらいのことですが、トラック事故の起こし方や最後に悪役たちがどんな「事故」を画策しているのかといったあたり、ミステリ的な要素も冒険スリラー系としてはかなりあると思います。ただ、シッドを過少評価させる策略が活かされていないという点はminiさんに全く同感です。正体がばれそうになるはらはら感をもっと味わせてくれるのかと期待していたのですが。 |
No.3 | 6点 | kanamori | |
(2010/07/21 21:21登録) 「東西ミステリーベスト100」海外編の73位は、競馬スリラー・シッド・ハレー初登場作品。 完成度では「利腕」に一歩譲るとしても、持ち前の英国冒険小説のテイストは同じで、”不屈の精神”を描いています。今作でのハレーが受けた肉体的苦痛はちょっと退きますね。 |
No.2 | 4点 | mini | |
(2010/04/22 10:01登録) 明後日発売の早川ミステリマガジン6月号の特集は”ディック・フランシスの弔祭” パーカーに続いての追悼特集ってわけね 原題は”Odds Against"、多分『前評判に逆らって』みたいな意味だろう、だから大穴なのか 第4作目でシッド・ハレーが初登場する しかし「大穴」はフランシス入門にはあまり適していない シッド・ハレー初登場という理由でかこの作から入門する読者も多いみたいだが、そもそもシッドが登場する作品ですら数作に過ぎず大部分は主役を代えた非シリーズなので、シッド登場というのをことさら重要視するのもどうだろうか 「大穴」はフランシスにしては話が難しく、株の買い占めによる競馬場乗っ取りという話の根幹もちょっとピンと来ない また義父の作戦で、シッドの前評判をわざと下げておき、敵を油断させるという題名の由来でもある設定も、物語全体の中でもう一つ活かされていない気がする この前評判が低いという設定はヒロイン役にも使っているが、こちらは上手く使われていて印象に残るヒロイン役だが あとはそうだな競馬シーンが殆んど無いのもさびしい 建築物という意味での”競馬場”シーンならたっぷりあるけどね プロットも上手くまとまっていない感じがして、読まれることの多い初期4作の中では最も劣ると思った やはり入門には「度胸」とか「興奮」などの方が向いているように感じる 特に「度胸」がお薦め アメリカの私立探偵小説の影響を云々する説も有るようだが、たしかに「大穴」でのシッドは探偵社勤めの探偵という設定だからね でもシッドが登場する作品以外では案外とハードボイルド調の作は少なく、やはり作者の基本は英国冒険小説の伝統だろう ところでドラマ化もされているが、フランシスのような文章勝負な作家をドラマを観てストーリーだけ追っても全く意味はない 『パズラーなら本で読む価値はあるが非パズラーはドラマで観ればいい』ってものじゃないからね、むしろ物理トリックなどこそ映像で見れば分かるじゃんってもんだ |
No.1 | 4点 | 江守森江 | |
(2009/06/09 12:25登録) 賭博小説好き競馬マニアでミステリも・・・な自分。 いくら翻訳物とはいえ条件が揃い過ぎ手を出した。 日本で馬券を楽しむ普通な競馬ファンには馴染みがない古い英国の競馬事情に加え「翻訳の壁」は厚かった。 更には、ハードボイルド&アクションなのでNHKで吹き替え放送した本場英国制作ドラマの方が格段に馴染めた記憶がある。 ファジーに楽しむなら、ドラマだけ観て原作をスルーしても何ら問題ない(今ではドラマの方が原作より格段に入手困難なので、古本屋の店頭特売文庫棚にゴロゴロある原作の方がファジーになってしまった) ドラマでは他作も主人公をシッド・ハレーに改変している。 |