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平均点:6.00点 | 書評数:1859件 |
No.1119 | 8点 | ジェノサイド 高野和明 |
(2015/03/19 21:10登録) 2010年4月~2011年4月、『野生時代』誌にて連載された後に発表。大きな話題となった作品。 日本推理作家協会賞、山田風太郎賞受賞。その年の各種ランキングでもトップに推された超大作。 ~イラクで闘うアメリカ人傭兵と日本で薬学を専攻する大学院生。まったく無関係だったふたりの運命が交錯するとき、全世界を舞台にした大冒険の幕が開く。アメリカの情報機関が察知した人類絶滅の危機とは何か。そして合衆国大統領が発動させた機密作戦の行方は? 人類の未来を賭けた戦いを緻密なリアリティと圧倒的なスケールで描ききり、その衝撃的なストーリーで出版界を震撼させた超ド級エンタテイメント!~ やはり評判はダテではなかった。 その圧倒的なスケールと緻密なプロットには素直に敬意を表したい。 日本、アメリカ、コンゴという三つの舞台で別々に進行するストーリー。 やがてそれは「進化した超人類」というキーワードで結び付けられていく・・・ 特にコンゴでの現地兵士たちとの戦いは圧巻の一言。 「まさかここまで酷いのか・・・」と絶句せざるをえない世界が容赦なく描かれている。 個人的には古賀研人というキャラクターに惹かれた。 科学者である父親を軽蔑しながら、自身も薬学の世界に身を置く矛盾。死んだ後も父親の業績を軽んじてきたが、ふたりの子供の命を救うべく命を賭けた新薬開発に心血を注ぐことになる・・・ (父親への捻れた思いって何か分かるよなぁー) ラストはご都合主義的な展開なのだが、そんな感想は超越してとにかく「手に汗握る」という感覚を久し振りに味わった。 本作を評価しない方は、「まるでハリウッド映画のような娯楽志向的作品」と思われるのだろう。 確かにそれはある。 多分に映像的でビジュアルを意識したプロットなんだろうと思う。 まぁでもそれこそが作者の目指す方向性なのだろう。 とにかく時間を忘れて作品世界に没頭させた筆力や展開力は賞賛に値する。 未読の方は時間のあるときに一気読みしてはいかがでしょうか。 |
No.1118 | 6点 | 七色の毒 中山七里 |
(2015/03/19 21:09登録) 警視庁捜査一課所属・犬養刑事を探偵役に据えた連作短編集。 タイトルどおり「色」をモチーフとした七つの事件が犬養を待ち受ける・・・ ①「赤い水」=一時期世間で物議を醸した“高速バスの事故”がテーマ。といっても、本作に登場する運転手は過剰労働をしていたわけではなく、死者も僅かにひとり済んだのだが、犬養の推理は事件の様相を反転させる。 ②「黒いハト」=イジメが原因で発生したある生徒の飛び降り自殺。ひたすら責任逃れをする学校側に世間の非難は集中し、イジメた生徒にもついには司直の手が伸びる。一件落着と思った矢先に飛び出す、犬養の鋭い推理! ③「白い原稿」=こりゃ思いっきり「水嶋○ロ」のアノ件がモチーフだな。作家はともかく出版社までもかなり批判していて作者は大丈夫なのだろうか? (実際「か○ろ○」は読んでないけど、そんなにヒドイのか??) ④「青い魚」=四十代にして独身の男の家に転がり込んだ若く美しい女性とその兄(!)。三人で海釣りへ出掛けたとき、事件は起こった! この「毒」と「魚」は事実なのだろうか? ⑤「緑園の主」=ホームレス襲撃事件とある少年の殺人事件。近接して起こった二つの事件には当然つながりがあった。事件の鍵は「緑園の主」であるアルツハイマー病の老婆なのだが・・・ ⑥「黄色いリボン」=“性同一性障害”がテーマの本作。女装の似合う細面の少年は自分の中にあった人格が、実は別に存在しているのではないかと疑いだす・・・。そこには思いもよらぬ「悪意」が潜んでいた! ⑦「紫の供花」=①の後日談的な作品。①で黒幕的な役割を果たした男性が今度は殺されることになるのだが、人格者として慕われた男性がなぜ殺されたのか? 岐阜県の田舎町にまで登場する犬養刑事・・・って神出鬼没。 以上7編。 「毒」っていうタイトルどおりのプロット。 どの作品にも直接の犯罪者以外に、裏で糸をひく黒幕が最後に明らかにされるのだが、その過程で読者は何とも言えない「悪意」を感じる仕掛けになっている。 特別派手なトリックがあるわけではないのだが、作者の“旨さ”は十分に発揮されていると思う。 超ハイペースで作品を量産できる作者って・・・やっぱ懐が深いってことだろう。 本作も水準級には仕上がっている。 |
No.1117 | 7点 | 第四の扉 ポール・アルテ |
(2015/03/19 21:08登録) 1987年発表の長編作品。 作者のメインキャラクターとなるツイスト博士が登場し、フランスのミステリー賞も受賞したデビュー作。 ~オックスフォード近郊の村に建つダーンリー家の屋敷には奇妙な噂があった。数年前に密室状態の屋根裏部屋で、全身を切り刻まれて死んだダーンリー夫人の幽霊が出るというのだ。その屋敷に霊能力を持つと称するラティマー夫妻が引っ越してくると、さらに不思議な事件が続発する。隣人の作家アーサーが襲われると同時にその息子ヘンリーが失踪。しかもヘンリーは数日後、同時刻に別々の場所で目撃される。そして呪われた屋根裏部屋での交霊実験のさなか、またしても密室殺人が・・・~ 噂に違わぬ“意欲作”とでも言えばいいのだろうか。 何しろ本格ミステリー風のガジェットがてんこ盛り。 密室殺人はかなり堅牢なやつだし、交霊会や幽霊などの怪奇趣味が溢れ、“フランスのディクスン・カー”という形容詞はやはり的を得ていると思う。 ただし、黄金世代の本格ミステリーとは“似て非なるもの”には仕上がっている。 密室トリックについてはひと言物申したい方もいるだろう。 一応合理的な解決はなされているが、視覚的にかなり無理があるのは自明。 (歌○晶○氏のあのトリックと被るけど、規模的にみてこちらの方が難しいと感じる) 何より、不可能趣味以外に密室を構築した理由に欠けるのが弱点。 その他の謎についても割とアッサリ片付けられるものが多くて、マニアはちょっと食い足りない気にさせられるかもしれない。 本作の肝はそんなことより、作品全体に仕掛けられたトリックということになる。 読者は第三部を読み始めた途端、唖然とさせられるに違いない。 「これって、どういうこと??」って感じだ・・・ 世界観がひっくり返される展開というのは、最近の作品では珍しくないが、ここまで見事に“嵌められる”感覚というのは久し振り。 ラストには追い打ちのような一撃まで炸裂するという念の入れよう・・・いや、参りましたと思う読者も多いだろう。 まぁ惜しむらくは、詰め込みすぎでガチャガチャしていて、頭の中にスッと落ちてこないことか。 それでも、デビュー作としては十分合格点。 こういう作品を書こうという心意気だけでも買いたい。 |
No.1116 | 5点 | 密室殺人ゲーム・マニアックス 歌野晶午 |
(2015/03/07 14:48登録) 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』『密室殺人ゲーム2.0』に続くシリーズ第三弾。 またもや“あの”レギュラーメンバー5名が推理ゲームで競い合う! (これが最終作品になるのだろうか?) ①「六人目の探偵士」=<aXe>が出題者となる本編は密室+アリバイがテーマ。ただし「アリバイ」については出題者が途中で放棄しすることに・・・。密室トリックについてはなぁー・・・リアリティはともかく、まぁ本作ならではの解法だろう。(アリバイトリックを放棄した理由は③で明らかになる!) ②「本当に見えない男」=「見えない男」といえば当然G.Kチェスタトンの名短編だが、本編は「本当に見えない」男なのだ。ということは透明人間か?? ってこれも本作らしいトリック。二段構えの出題になっていたのは別に関係ないような気がするけど・・・ ③「そして誰もいなかった」=これはいわゆる「ネタばらし」の章。まさにタイトルどおり、「誰も」いなかったのだ!(いやっ一人はいたってことだよな) これは正直脱力もの。 以上3編の構成。 一応①~③まで個別に書評したけど、本作に関しては個別の作品はあまり関係ない。 あくまで全体に仕掛けられた「企み」をどう捉えるか次第で評価は大きく変わる。 まぁシリーズも三作目となると、当然今までと同じプロットは通用しないわけで、作者なりの「捻り」は十分に効いているんじゃないかなぁとは感じる。 (こんなブッ飛んだプロットをシリーズもので実現させるのは至難の業ではないか?) ただし、③のネタバレトリックは安易だし、わざわざ五人の「外」の人間を登場させた割にはそこの仕掛けが浅すぎだし、今回はちょっと練り込み不足があったのも事実。 これ以上シリーズを続けていくなら、設定自体を一度見直す必要があるだろう。 でもまぁ個人的にはまずまず面白かったんだけど・・・ (「王手飛車取り」の頃はチャットそのものが斬新だったけど、さすがに今となってはねぇー) |
No.1115 | 5点 | 長野殺人事件 内田康夫 |
(2015/03/07 14:46登録) 2004年発表の旅情ミステリー。 光文社から発表されている作者の「地名+殺人事件」とタイトルものは、「旅情ミステリー」と銘打たれている(らしい)。 本作は、浅見光彦と「信濃のコロンボ」こと竹村警部の共演も魅力。 ~品川区役所で働く宇都宮直子は税金の督促で訪ねた男から、彼女が長野県出身者なのを理由にある書類を渡される。一ヶ月後、その男・岡根は長野県内で遺体で発見された。周囲に怪しい男も出現し、不安に駆られた直子は夫の友人である浅見光彦に相談する。一方、長野で岡根殺人事件を担当するのは「信濃のコロンボ」こと竹村警部だった。不正支出と知事選を巡る巨悪にふたりが挑む~ 久し振りの内田康夫である。 内田康夫ならば浅見光彦シリーズよりも「信濃のコロンボ」シリーズの方が好みなのだが、最近は殆ど発表されない。 その代わり、ふたりの共演作品というのが本作を含めて短い期間に二作出された。 (もう一作は『沃野の大地』。これも贋コメ事件をテーマとした社会派要素の強い作品) しかし、本作でもあくまで主役は浅見光彦である。 事件の大筋を解き明かすのも浅見だし、最後は竹村警部もほぼ浅見の指示で動くことになる。 相変わらず浅見は高級車「ソアラ」を運転してるし、母親に頭が上がらないし、旅先で美女と遭遇するけど結局深い仲には発展しないのである。 ここまで安定したシリーズキャラクターも珍しい。(これはやっぱり「水戸○○」をついつい見てしまうのと同じ心理なのだろうか?) 個人的には「長野」という地域限定探偵である竹村警部に本作だけでも主役を譲って欲しかったのだが・・・ (しかも「死者の木霊」以来の飯田署管内の事件だったのに!) で、本筋ですか? まぁいつものように連続殺人事件が起きて、まずまず意外な真犯人が判明するやつです。 今回は南信濃の名所旧跡紹介も満載ですので、旅のお供にもよろしいかと・・・ (「田中康夫」と「内田康夫」かぁ・・・まさか間違えて投票する奴がいたとは!) |
No.1114 | 6点 | 魔術師 ジェフリー・ディーヴァー |
(2015/03/07 14:45登録) 2003年発表。 「石の猿」に続くリンカーン=ライムシリーズの五作目に当たる本作。 ジェットコースターサスペンスの代名詞ともいえる本シリーズもいよいよ佳境に突入! ~NYの音楽学校で殺人事件が発生。犯人は人質をとってホールに立てこもる。警官隊が出入り口を封鎖するなか、ホールから銃声が! しかし、ドアを破って踏み込むと、犯人も人質も消えていた・・・。ライムとサックスは犯人にマジックの修業経験があることを察知して、イリュージョニスト見習いの女性に協力を養成するのだが・・・~ “シリーズの原点に立ち返った”とでも評したらいいだろうか。 いくら人気シリーズとはいえ、回を重ねていくと当然「マンネリズム」という陥穽に嵌まりがちになる。 作者はその辺りは当然わきまえていて、三作目「エンプティ・チェア」では舞台をNYから南部の田舎町へシフト。四作目「石の猿」では相手を中国人の“蛇頭”というストレンジャーへシフトしてきた。 いずれもシリーズの保守本流からやや外すことで、読者の「飽き」を防ごうとする工夫が窺えるだろう。 しかし、本作はこれぞリンカーン=ライムシリーズと言うべき作品に仕上がっている。 舞台はNYはセントラルパーク周辺という大都会。ライムの相手は「魔術師(イリュージョニスト)」の異名を持つ殺人鬼! ふたりの頭脳戦をスピーディに描くプロットは、「ボーン・コレクター」や「コフィン・ダンサー」とシンクロする。 (やっぱり魅力的な犯人役が必要不可欠だな) そしてもうひとつの代名詞といえば「ドンデン返しの連続」なのだが、シリーズ最高峰のドンデン返しという作者の触れ込みに期待しすぎるとやや肩透かしを食うことになる。 そもそも今回の犯人役=「魔術師」の得意技自体が「誤導」、いわゆる「ミスリード」なのだ。 ってことは、そもそものところでミスリードがふんだんに仕掛けられているわけで、この上作品全体にドンデン返しが加わるとプロット的に混乱してしまうのかもしれない。 そういう意味では、「盛りすぎ」ということなのだろう。 原点に帰ったという点では好感触なのだが、やはり「コフィン・ダンサー」と比べると一枚も二枚も落ちるという印象。 次作に期待というところだ。 (法月綸太郎の文庫版解説は秀逸。実に的を得た解説だと思う。) |
No.1113 | 7点 | 犯罪カレンダー (7月~12月) エラリイ・クイーン |
(2015/02/26 22:20登録) 早川文庫版の上巻とも言える『犯罪カレンダー(1月~6月)』に続き、下巻である本書を読了。 その月に因んだ事件を扱うというのが大前提であるが、あまり関係のないような話も混じっているような気もする・・・ それはさておき、エラリーとニッキー・ポーターのコンビが何とも微笑ましい。 ①「墜落した天使」=7月。とある館で起こる殺人未遂事件を扱っているが、誰も撃てるはずのない空間で銃撃された不可能趣味が謎の本筋。いかにも犯人らしい疑似餌を取り除いていけば、真犯人に迫るのは容易だろう。 ②「針の目」=8月。冒頭に“海賊と略奪された財産の物語である”と書かれている本作。これもいかにも怪しい人物が登場しているので・・・こうなるよなぁー。 ③「三つのR」=9月。他の方も上巻に出てきた短編との類似性を指摘されているが、言われてみれば確かに・・・という感じ。でも個人的には好きな作品。ある人物の書いた筋書きどおりに殺人事件が起きるなんて、あの名作(「○の悲劇」)を想像させるではないですか?? ④「殺された猫」=10月。10月31日の復活祭の夜、ある建物の13階に集まる男女。照明の落とされた部屋に突然上がる悲鳴。明るくなった奥の部屋から発見される刺殺死体・・・っていう魅力的な謎を扱う本作。シンプル・イズ・ベストとでも言うべきエラリーの解法が見事に決まるラスト! ということで短編の良さが詰まった佳作。 ⑤「ものをいう壜」=11月。作中にチェスタトンの「見えない男」が引き合いに出されるなど、プロットに類似性が見られる本作。 ⑥「クリスマスと人形」=当然12月。貴重なダイヤモンドを散りばめた人形。その人形がクリスマスイブの当日NYのデパートで展示されることに。しかしあろうことか大怪盗“コーマス”がその人形を強奪することを宣言した・・・って、まさかクイーンがルパンばりの怪盗ものを書くなんて! コーマスにしてやられたはずのエラリーが余裕たっぷりなのが「なぜ?」って気がした。 以上6編。 突っ込みどころは結構あるのだが、短編集としてトータルで評価するなら十分水準以上だと思った。 上巻から通しで読むと同種のプロットに飽きがくるのかもしれないので、上下分けて読む方がベターかもしれない。 エラリーとポーター、そしてクイーン警視のやり取りはやっぱり魅力的だな。 時折登場するヴェリー部長刑事がすっかり道化役となっているのも面白い・・・(笑える) (個人的ベストは④だが、③や⑥も好み。あとはイマイチかな。) |
No.1112 | 6点 | ビブリア古書堂の事件手帖6 三上延 |
(2015/02/26 22:19登録) 大人気ビブリオ・ミステリーもついに第六作に突入。 五浦と栞子さんの仲も進展し、そろそろシリーズも佳境に入ってきた様子だが・・・ 果たしてどこまで続くのか? ~太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂のふたりの前に彼が再び現れる。今度は依頼者として・・・。違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書き込みがあるらしい。本を追ううちに、ふたりは驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それにはふたりの祖父が母が関わっていた。過去を再現するかのような奇妙な巡り合わせ。深い謎の先に待つのは偶然か必然か?~ 「太宰」「太宰」「太宰」づくしの六作目。 前々作の「乱歩づくし」に続く長編スタイルだが、太宰の『晩年』については一作目に登場するエピソードの続編。 ・・・というわけで、太宰に対しては特別の「想い」がありそう。 章立てでいうと、第一章『走れメロス』はともかく、第二章の『駆込み訴へ』は初めて聞いた。 作中では栞子さんから太宰についての蘊蓄がいろいろと語られているが、想像していた以上に繊細で神経質な性格だったことが推察される。 それよりも本作一番の収穫は、太宰がミステリーを書いていたということ! (あまり書くと未読の方の興味を削ぎそうなので敢えて触れないが、今でも読むことはできるのだろうか?) で、本筋についてだが、長編に変わった分、いつもより腰の座ったプロットになっている印象は持った。 特に終盤はドンデン返しの連続という、まるで本格ミステリーのような展開まで繰り出されており、作者の懐の深さを窺うことができる。 シリーズを通じての謎や伏線もまだまだ読者を引き込むことに成功している、って感じだ。 ただそろそろマンネリ感が出てきたのも事実。 作者あとがきによると、シリーズもあと一作か二作で完結ということで、その辺は作者も思惑どおりなんだろう。 しかし、古書マニアも大変だねぇー 古書ひとつで命まで狙われるわけだから・・・ (相変わらず栞子さん・・・萌えるわー) |
No.1111 | 3点 | ローウェル城の密室 小森健太朗 |
(2015/02/26 22:17登録) 1995年発表。 江戸川乱歩賞の最終候補にも残った作者の処女長編作品。 ~「三次元物体二次元変換器・・・」。森に迷い込んでしまった丹崎恵と笹岡保理の前に現れた不気味な老人は確かにそう言った。訳のわからない二人だったが、次に気付いたときには、二次元の世界へと入り込んでいたのだ・・・。少女漫画『ローウェル城の密室』の登場人物、メグとホーリーとして。漫画の世界の中で二人は恐るべき密室殺人に巻き込まれる・・・。驚天動地のトリックで乱歩賞最終候補作となった超本格ミステリー~ これ、よく出版したなぁー って思うはず。普通の感覚なら。 弱冠十八歳で本作を発表した作者に罪はない。何せ高校生だもの。 それをあろうことか乱歩賞の最終候補に祭り上げ、出版までしてしまった大人たちの罪だろう。 ということで中味の批評をしても仕方ないのだけど、少しだけ書くと・・・ この密室トリックはないよ! なぜ「密室講義」まで入れてしまったのか理解に苦しむ。 (こんな解法なら全く関係ない) 密室殺人が起こるまで読まされる世界観の説明も長すぎだろう。 長い割には全く頭に入ってこないし、この描写では男女の別さえはっきり書き分けていない。 (もしかして叙述トリックかと身構えてしまった) まぁ仕方ない。 あくまでも「習作」だということで理解しておこう。 (メタがやりたかったのは分かるけどねぇ・・・) |
No.1110 | 8点 | 八百万の死にざま ローレンス・ブロック |
(2015/02/19 23:20登録) ゾロ目1,111番目の書評は、マット・スカダーシリーズの最高傑作との呼び声高い本作で。 シリーズ五作目となる本作だが、“飲酒”との戦いに挑む(?)スカダーは果たして・・・? 1982年発表。 ~新聞の見出しを見ると、胸が苦しくなり、苦痛がこみ上げてきた。コールガール惨殺さる・・・その女性キムは足を洗うため、ヒモと話をつけてくれと私に頼んできたのだ。ヒモの男・チャンスは意外にもあっさりと彼女の願いを受け入れたのだが、キムの死はその直後だった。やがてチャンスが真犯人を探して欲しいと依頼してくる・・・。マット・スカダー登場。巨匠がアメリカ私立探偵作家クラブフェイマス賞を受賞した代表作!~ このタイトルは実に深く、素晴らしい。 八百万とはNYに住む人々の数(つまりは人口)だが、この街には「八百万もの死にざま」があるということ・・・ 「死にざま」なんだな。あくまでも「死にざま」! 「死に方」ではないのだ! 本作の被害者はナタで惨殺された死体で発見される。 もちろんその「死にざま」も酷いのだが、アルコールに毒され、アルコールにより「死」を迎えるかもしれないスカダーもまた自分の「死にざま」を頭に浮かべる。 ヒモのチャンスもしかり、達観した刑事ダーキンもしかり、スカダーが関係していく人物すべてがこの街NYに翻弄されていく。 連続惨殺事件の行方ももちろんなのだが、本作では街VS人という構図がどうしても頭の中に残った。 ラストにようやく判明する事件の真相や背景にしても、まさにNYならではというもので、真犯人は「誰それ」というよりは、NYという魔物に取り憑かれた何か、という存在のように思える。 とにかく最上級のハードボイルドを味わうことができ、さすがにブロック!のひとこと。 まぁでも読む順番はやっぱり間違えたな。 「倒錯三部作」から先に読み、本作に遡ったわけだが、他の方も書いているとおり、やはりシリーズものは最初から読むのがベスト。 緩やかだが、当然シリーズの世界観も進行しているわけで、その通りに読む方が絶対いいに違いないと感じた次第。 評価はこんなものかなぁー。個人的には倒錯三部作の方が好き。(分かりやすいからね) |
No.1109 | 7点 | 無理 奥田英朗 |
(2015/02/19 23:18登録) 2009年発表の長編作品。 「最悪」「邪魔」の続編的位置付けで、今回は五人の男女がまるでジェットコースターのように、世間という名の荒波に翻弄されるノンストップ・サスペンス(?) ~合併で生まれた地方都市「ゆめの市」で、鬱屈を抱えながら暮らす五人の男女。人間不信の地方公務員、東京に憧れる女子高生、暴走族あがりのセールスマン、新興宗教にすがる中年女性、もっと大きな仕事がしたい市会議員・・・。縁もゆかりもなかった五人の人生がひょんなことから交錯し、思いもよらない事態を引き起こす~ 相変わらずというか、どの作品を読んでも達者だよなぁ・・・と思わされる。 人間の本性というかエゴイズムを“これでもかっ!”というくらい描ききっている本作。 (ラストシーンですべてがいきなり集束される大技がスゴイ!) 地方公務員も女子高生も族あがりのセールスマンも中年女性も市会議員も・・・どこにでもいるような小市民なのだ。 それが、ほんの少しの悪意や嫉妬や保身、油断を抱いた刹那、抗うことのできない大きな濁流に呑み込まれていく。 その転落ぶりが悲しすぎて、読みながら「正視に耐えない」というか、作者への恐ろしさすら感じてしまった。 「ゆめの市」という舞台設定がまた秀逸。 三つの町が合併してできた人口12万人で、恐らく北関東にある架空の小都市。 誰もが田舎の閉塞感や近すぎる人間関係を嫌い、大都会(東京)に憧れを抱く。 でも考えてみれば、それがこの町の良さだったのだ・・・ 郊外の国道沿いにできた大型SCは中心部の活気をすべて奪い、町の工場で雇われた外国人労働者は秩序を壊していく。 独居老人や定職につけない若者はどんどん増えていく・・・ 人も町も少しずつ少しずつ壊れていく様が容赦なく描写されているのだ。 何だか読んでて怖くなってきた。 確かにそうなんだよなぁって思う。日本という国は毎日ほんのちょっとずつ、でも確実に転落しているに違いない。 「揺るぎない価値観」-それこそが唯一の防御策だろう。 でも難しいんだよなぁ・・・人間の本性なんて他人への妬みや自分の保身だらけだからなぁー まっ、自分の「本分」って奴を知るしかないかな。 (あまり参考にならない書評でスミマセン) |
No.1108 | 8点 | PK 伊坂幸太郎 |
(2015/02/19 23:17登録) 2012年発表。 連作形式を取っているが、世界観は緩やかにつながっており長編として捉えることも可能な作品に仕上がっている。 ①「PK」=タイトルはもちろんサッカーの“ペナルティ・キック”の意味で、主役のひとりとしてサッカー日本代表のストライカーが登場する。しかし、話中には複数の異なった時代のストーリーが並行して書かれており、読者は惑わされること必至。他にも視点人物として、若き大臣やその秘書官、謎の作家なども登場し、彼ら(彼女ら)が一体どのような関係なのかにも頭を捻ることに・・・ ②「超人」=スーパーマン(米映画のあのヒーローね)登場シーンから始まる作品。いったいどういう展開?って思ってると、ある超能力を持ったひとりの男が登場する。男の携帯メールに未来の犯罪者のプロフィールが送られてくるというのだが、それは本当なのか? ①で登場した人物や場面が挿入される場面もあり、①⇔②がどういう関係を持っているのかにも惹かれるのだが・・・ ③「密使」=『私』の章と『僕』の章が交互に語られる展開。『私』は謎の組織に捕らえられ、時空を超えた「密使」の存在を明かされる。そして『僕』はある特殊能力を手に入れ、ある任務のためにこの能力を使うことを強要される・・・。そして唐突に終わるラスト!! 以上3編。 文庫版の帯に書かれた解説者(大森望氏)のことば~『古今東西の小説を見渡しても、似た例がちょっと思い浮かばないくらい、極めて野心的にして大胆不敵。一筋縄ではいかない傑作』~ そのとおりかもしれない。 とにかく作者の才能には改めて脱帽・・・ということで書評終了でもいいのだが、もう少しだけ感想。 ちょうど東北大震災の時期に発表された本作。仙台在住の作者なら、当然それを意識していると思いきや、実は大震災の前には書き上がっていたことが作者あとがきで明らかにされている。 作中では、「ヒーロー」や「勇気」というフレーズも頻繁に登場し、閉塞した時代への作者なりのメッセージが込められていることが想像できる。 それにも増して、作品全体に張り巡らされたこの仕掛けはどうだ! 結局最後まで作者の口(?)から解答は明らかにされないのだが、パラレルワールドなどSF要素も取り入れた本作は、作者の力量・キャパシティを十分に示した作品だと思う。 高評価したい。 |
No.1107 | 6点 | 失踪当時の服装は ヒラリー・ウォー |
(2015/02/10 23:07登録) 1952年に発表された作者の代表作。 各種ミステリーランキングにも必ずといっていいほど入ってくる「警察小説の嚆矢」的作品。 今回は創元文庫より最近出された新訳版にて読了。 ~1950年3月。アメリカ・マサチューセッツ州にあるカレッジの一年生ローウェル・ミッチェルが失踪した。彼女は美しく成績優秀な学生で、男性との浮ついた噂もなかった。地元の警察署長フォードが、部下とともに搜索に当たるが、姿を消さねばならぬ理由も彼女の行方も全くつかめない。事故か、他殺か、自殺か? 雲をつかむような事件を地道な聞き込みと鋭い推理・尋問で見事に解き明かしていく。巨匠が捜査の実態をこの上なくリアルに描いた警察小説の里程標的傑作!~ ミステリー史上では価値のある作品・・・ということになる(のだろう)。 何となく歯切れが悪いのは、素直に「面白い!」とは思えないということ。 もちろん「警察小説」とは本来こういうもので、警察官の地道な捜査過程を綴っていくジャンル。 本作でもフォード警察署長を中心に、刑事たちの“あーでもない、こーでもない”という捜査がコミカルに描かれている。 とにかくフォードたちのやり方は徹底していて、たったひとつの物証をきっかけに、湖の水をすべて抜いてしまうほどなのだ。 (「そこまでやるか?」というこの行動が最後になって効いてくるのはさすがだが・・・) ただ、意外な犯人や巧妙なトリックといった派手な展開は最後まで登場せず、サプライズ感も皆無に等しい。 やっぱり丁寧な捜査過程をじっくり楽しむというのが正しい読み方なのだろう。 昨今の国内警察小説は、今野敏や横山秀夫、佐々木譲など多士彩彩で、作者の熟練したプロットや筆使いを堪能できる。 それもこれも、本作の登場により「警察小説」というジャンルが確立されたお陰なんだろうなぁと感じた次第。 そういう意味では、やはりミステリーランキングに必ず登場するというのも頷ける話ではある。 でも、「中盤はちょっとダルい・・・」ていうのが素直な感想にはなるし、評価は・・・こんなもんかなぁー (フォード署長の強引な捜査に毎回付き合わされるキャメロン巡査部長・・・大変だわ!) |
No.1106 | 7点 | よもつひらさか 今邑彩 |
(2015/02/10 23:06登録) 昨年急逝した作者。 その作者が得意としたホラー風味のミステリー作品集のひとつ。 ①「見知らぬあなた」=大人しい少女の文通相手は性格異常者なのか? その文通相手の周りで次々と起こる不可思議な事件。だが、最後には思わぬ事実が明らかにされる! よくある手なのだが、ウマイ! ②「ささやく鏡」=未来を映す鏡に纏わる一編。鏡の“予言”で結婚相手を選んだ主人公なのだが、それが後々恐ろしい事態を引き起こす・・・「未来なんて見なければよかった・・・」ってことだな。 ③「茉莉花(まりか)」=いわゆる「ジャスミン」の和名。父親がお気に入りの「茉莉花」という名前を付けられた娘。ある一葉の手紙が長年の父親の秘密を明らかにすることに・・・ ④「時を重ねて」=妻に男の影を感じ取り、私立探偵に尾行調査を依頼した男。探偵は軽井沢へ妻を尾行するのだが、妻がとった行動には明らかに異常性が! ラストにはその行動に一応の解決がつけられる。 ⑤「ハーフ・アンド・ハーフ」=偽装結婚に応じた美貌の妻。自分以上に収入のある妻は、何でも折半にしないと気の済まない性格なのだが、まさかアレまでも折半すしてくるとは・・・あり得ない! けどコワっ! ⑥「双頭の影」=ある骨董屋においてある「双頭の影」という箱。購入者には骨董屋の主人から、その箱に纏わる話が聞けるという・・・。道ならぬ恋ということだろう。 ⑦「家に着くまで」=たまたま乗ったタクシーで交わされる運転手との会話。しゃべりすぎる運転手が実は・・・という展開。これも既視感のあるプロットなのだが、作者なりの味付けがうまい。 ⑧「夢の中へ・・・」=井上陽水の名曲をモチーフとした作品。プールへ飛び込み頭を強打した少年。意識を失った少年のその後が描かれるのだが、そこには大きな○○が! ⑨「穴二つ」=パソコン通信(古っ!)で女性を装ってメールしていた男。相手の女性も実は男だったと明らかにされ、それを妻殺しに利用しようと画策したのだが・・・ ⑩「遠い窓」=子供の無邪気さが恐ろしい結末を招く・・・という一編。その無邪気さは本当の無邪気なのか“邪気”なのか? ⑪「生まれ変わり」=あまり印象に残らず。 ⑫「よもつひらさか」=古事記にも登場する「黄泉比良坂(よもつひらさか)」。ひとりでこの坂を歩いていると死者に出会うことがあるという不気味な言い伝えが・・・かなり幻想的な一編。 以上12編。 玉石混交といえばそうなのだが、全体的に非常によくできた作品集に仕上がっていると思う。 長編、短編問わずどれも実に丁寧に作りこまれていると改めて認識した次第。 “早すぎる死”が惜しまれる作家のひとりだ。 (個人的ベストは⑤かな。①や⑧もブラックさ加減が好き) |
No.1105 | 5点 | トラップ・ハウス 石持浅海 |
(2015/02/10 23:04登録) (サイトがリニューアルされててビックリ!!) 2011年発表の長編。 作者の「デビュー十周年記念作品」として発表された作品とのことで、作者らしい「企み」が詰まっている(のか?) ~大学の卒業旅行としてトレーラーハウスでの一泊キャンプを計画した同級生の男女九人。だがドアを閉めた瞬間、トレーラーハウスは脱出不能の密室と化した。混乱のなかひとりが命を落とし、悪意に満ちたメッセージが見つかる。次々と襲いかかる罠を仕掛けたのはいったい誰か? 果たして生きてここから出られるのか? 本格ミステリーの原点に立ち返った著者の新たなる傑作~ ありそうなプロットといえばプロットだと思う。 密室の中で次々と襲いかかる罠に立ち向かうというサスペンス性と、フーダニット・ホワイダニットを効かせた本格ミステリーとがうまい具合に融合され、魅力的なプロットとなっている。 紹介文を読んだときは、岡島二人の「そして扉は閉ざされた」的な奴を想像していたのだが、どちらかというと、それと作者の出世作「扉は閉ざされたまま」とを混ぜ合わせたような感じというのが近い。 ただ、「扉は・・・」と比べると、作品としてプロットの切れ味は落ちる。 「扉は・・・」は倒叙だったから、当然フーダニットの面白さが加えられているはずなのだが、どうもそこがスッキリしない。 探偵役のひとりが真犯人を指名するロジックも甚だ根拠が薄弱で、読者からすると「そこっ!?」っていう突っ込みを入れたくなる。 動機もなぁ・・・序章でいかにも「それらしい」場面が挿入されているので、ある程度読者は想像しながら読み進めているけど、ラストの真犯人の「大暴れ(!)」を引き起こすほどのインパクトはないような気が・・・ というわけで、舞台設定はたいへん魅力的なのだが、ちょっと活かしきれなかったという印象。 枚数制限のなかで書いた作品なのかもしれないが、こういう“いろんなものを”詰め込んだ作品というのは長すぎてもいけないし、短すぎてもいけない気がして難しい。 軽い気持ちで通勤時間に読むのならばちょうどいい・・・のかも。 (ラストの場面を書きたかったから「トレーラーハウス」なんてことにしたのか?) |
No.1104 | 6点 | 殺人者と恐喝者 カーター・ディクスン |
(2015/02/01 20:49登録) 1941年発表。原題“Seeing is Believing”(=百聞は一見に如かず) 昨年、東京創元社より出された新訳版にて読了。 もちろん探偵役はHM。 ~美貌の若妻ヴィッキー・フェインは夫アーサーがポリー・アレンなる娘を殺したのだと覚った。居候の叔父ヒューバートもこの件を知っている。外地から帰って逗留を始めた叔父は、少額の借金を重ねた挙句、部屋や食事に注文をつけるようになった。アーサーが唯々諾々と従っていた理由がこれで腑に落ちた。体面上警察に通報するわけにはいかない。催眠術を実演することになった夜、衝撃的な殺害事件が発生。遠からぬ屋敷に滞在し回想録の口述を始めていたHM卿の許に急報が入り、捜査にあたることになったのだが・・・~ カーらしいといえば、実にカーらしさの窺える作品。 何より舞台設定がいかにも「らしい」のだ。 衆人環視のなか、催眠術の実演により、夫にナイフと銃を向けることになった若妻。 間違いなくゴム製のナイフだったはずなのに、夫は刺殺されてしまう! いったいいつナイフはすり替わったのか? いやぁー実に刺激的で魅力的な謎! HMも当初は若妻の自作自演を疑っていたのだが、若妻の毒殺未遂事件を契機として、事件の裏の構図が浮かび上がってくる。 プロットそのものは実にシンプルというか、「それ!」っていう奴。(だからこの邦題だったのねぇー) HMがやたら動機に拘っていた理由も腑に落ちた。 麻耶雄嵩氏の巻末解説もなかなか秀逸。 (ただしネタバレだらけなので注意が必要) 麻耶氏も言及しているとおり、本作の冒頭部分がフェアかアンフェアかというとかなりグレーな気はする。 私みたいな素直な読者だと、この文章を読んでしまうと本作の仕掛けは決して見抜けなくなるのは確かだからなぁ。 あと、メイントリックのアレ(あの道具)はどうか・・・ 麻耶氏もフォローしているとおり、この時代では真面目に取り上げられるものだったのかもしれない。 (今だったら下手するとバカミスになりそう) ということで、他の佳作に比べれば評価が低くなるのは致し方ないかな。 でも決してつまらないわけではなく、カーらしい稚気やミステリーの楽しさを十分味わえるのではないかと思う。 (本作でのHMはかなりドタバタ・・・っていつもと同じか!) |
No.1103 | 7点 | 楽園のカンヴァス 原田マハ |
(2015/02/01 20:48登録) 2012年発表。同年の山本周五郎賞受賞作。 作者は作中にも登場するMOMA(ニューヨーク近代美術館)勤務経験もある美術の専門家ということだが・・・ ~ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム=ブラウンは、ある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵画。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵画を譲ると告げ、手掛かりとなる謎の古書を読ませる。リミットは七日間。ライバルは日本人研修者・早川織絵。ルソーとピカソ、ふたりの天才がカンヴァスに籠めた想いとは・・・?~ さすがに評判どおりの面白さだった。 文庫版の『これまでに書かれたどんな美術ミステリーとも違う』という帯の惹句は決して誇張ではない。 絵画や美術は全くの門外漢の私。読む前には「ルソーって絵なんて描いてたの?」って、正直、哲学者のジャン=ジャック=ルソー(=著書「社会契約論」で有名な人物)と勘違いしていた。 (そもそも活躍してた時代が全然違う!) そんな美術オンチの私でも十分に本作は楽しめた。 ミステリーとしてのメインテーマはもちろん絵の真贋なのだが、それよりも作中に登場する「古書」と登場人物たちに纏わる謎の方に個人的には惹かれた。 「古書」については、特に作中の人物に施された「仕掛け」がなかなか旨い。ルソーとピカソのグレイな関係を目くらましに使い、「作中作」というミステリーっぽいプロットを巧みに取り入れている。 ルソーの幻の絵画を軸に、それを手に入れたい謎の人物が次々に登場する展開もスリリング。 七日間というタイムリミットを設け、終盤に向かい徐々に盛り上げていく手法もなかなか良く出来ていると思う。 惜しむらくは織絵の扱いか。 冒頭から、過去に秘密を抱えた謎の人物として登場する織絵なのだが、掘り下げ不足で結局今ひとつ盛り上がらないまま終了した感じだ。 (岡山弁を操る超美少女=「織絵の娘」もかなり気になったが・・・) 「絵画」っていうのは実に謎に包まれた存在なんだろう。 絵に魅せられた人は、絵画そのものだけではなく、描かれた動機や背景、手法などあらゆることを知りたいと願う・・・ これってミステリー或いは謎解きの楽しさと同じ、ってことか?? |
No.1102 | 4点 | 私が捜した少年 二階堂黎人 |
(2015/02/01 20:47登録) ~渋柿信介、独身。ライセンスを持たない私立探偵。日常のしがらみに追われながらも、鋭敏な頭脳と大胆な行動力とで、次々と舞い込む事件を解決へと導く~ と書くと真っ当なハードボイルドのように思えるが、実は主人公は幼稚園児・・・という変格ハードボイルド作品。 ①「私が捜した少年」=「私が殺した少女」へのオマージュ(?)的作品。幼稚園児が主役な割に、事件の真相はかなり血みどろなもの・・・。それを示唆するシンちゃんって(!) ②「アリバイのア」=これは当然スー・グラフトンへのオマージュだ。タイトルどおりアリバイ崩しを取り扱っているのだが、トリックは発表年(1996年)ならでは。 ③「キリタンポ村から消えた男」=C.デクスターの「ギドリントンから消えた娘」をもじっているらしい(作中にもそれらしい表現あり)。ハードボイルドらしいカーチェイス(?)があるのだが、演じているのはシンちゃんの母親って・・・ ④「センチメンタル・ハートブレイク」=サラ・パレツキーへのオマージュ(らしい)一編。①~③までの渋柿家周辺で起こった事件ではなく、民放TV局の出世争いを背景に世界を股にかけたアリバイを崩す・・・などと一機にスケールアップ! でもこのアリバイトリックは本当に通用するのか、甚だ疑問。 ⑤「渋柿とマックスの山」=これは当然高村薫の「マークスの山」と「照柿」のもじり。ただし、内容はスキー場で起こった殺人事件でのアリバイ崩しがテーマ。プロットは陳腐。 以上5編。 実に肩の力の抜けた作品。 巻末解説によると、この頃次々と上梓していた「二階堂蘭子シリーズ」があまりにも重量級で、作者の精神の均衡を保つために本作を手がけたとのこと。 ただし、非常に中途半端な印象を受けるのがイタイ。 東川氏ほど“笑い”のセンスがあるわけでもなく、一応入れた本格っぽいトリックも上滑り・・・ というわけで、これは明らかに駄作。 主人公の意外性だけで読ませる作品になってしまった。 (これってやっぱり「クレヨンしんちゃん」へのオマージュなのか?) |
No.1101 | 7点 | 古い骨 アーロン・エルキンズ |
(2015/01/25 15:45登録) 1987年発表の長編作品。 本作が長らく続いているスケルトン探偵(=ギデオン・オリヴァー)シリーズの邦訳第一作目ということになる。 ~レジスタンスの英雄だった老富豪が、北フランスの館に親族を呼び寄せた矢先に事故死した。数日後、館では第二次大戦中のものと思われる切断された人骨が見つかり、さらに親族のひとりが毒で・・・。現在と過去の殺人を解き明かすスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー教授の本格的推理! アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作~ なぜか最新刊から順に読んでしまった「スケルトン探偵」シリーズ。 もちろん新しい作品も相応の面白さがあったけれど、初っ端に本作を読んでいれば、今以上本シリーズにのめり込んでいたかもしれない・・・ それほど本作でのギデオンの推理は見事だった。 肝心の「骨鑑定」からの結論は、本シリーズに頻出する代表的なプロット。 ギデオンの鑑定が事件の“骨格”そのものを根底から覆す・・・という奴だ。 本作ではある富豪一族が登場し、遺産争いを背景に過去と現在双方で一族内に殺人事件が起こるなど、まるで黄金時代の本格ミステリーのような舞台設定。 メイントリックはまぁ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、それを差し引いてもミステリーの面白さを十二分に体現した作品に仕上がっている。 愛妻ジュリーや友人でFBI捜査官のジョンなど、シリーズキャラクターはすでに登場。 また、本シリーズは作品ごとに世界の有名観光地が紹介され、「ワールドワイド・トラベルミステリー」的趣があるのだが、本作でもフランスの景勝地モン・サン・ミシェルが事件の主な舞台として描かれているなど、作者はすでに長期シリーズ化を見据えていたかのよう。 とにかく、シリーズファンならば決して読み飛ばしてはならない作品ということ。 もちろん、それ以外の方にもお勧めできる佳作。 (「モン・サン・ミシェル」かぁ・・・行ってみたい!) |
No.1100 | 8点 | 江戸川乱歩傑作選(新潮文庫) 江戸川乱歩 |
(2015/01/25 15:44登録) 新潮文庫で編まれた作品集。 作者が通俗スリラーを量産し始める前の初期(概ね大正期)の作品が中心で、まさに乱歩の代表的短編が並んでいるという印象。 既読&既評の作品もあるが、あまり気にせず再読&再評する。 ①「二銭銅貨」=作者のデビュー作&暗号を扱った作品として有名な作品だが、実は初読(だったりする)。暗号のからくりは非常に難解だが、プロットとしてはポーの「黄金虫」やドイルの「踊る人形」と同系統。ラストにひと仕掛けあるのが乱歩オリジナル。 ②「二癈人」=既評だが、これもラストのひと仕掛けが作品のキレを生んでいる。 ③「D坂の殺人事件」=既評。明智小五郎初登場として有名な作品。日本家屋では無理とされてきた「密室殺人」に挑んだ作品ということになるが、密室そのものはあまり褒められるものではない。 ④「心理試験」=既読だが、これは大変な名作だと思う。③ではあまり推理に切れ味が感じられなかった明智だが、本作の明智はまさに「名探偵」という冠に相応しい。倒叙の主役たる真犯人の内面描写も実に見事。短編のお手本だろう。 ⑤「赤い部屋」=①~④と毛色は違うが、これもまた乱歩らしい雰囲気の作品。序盤から中盤の非現実的事象がラストで現実に引き戻される“感覚”が作者の腕前。 ⑥「屋根裏の散歩者」=既読&既評。「屋根裏」という暗く淫靡な設定がやはり乱歩らしい。真犯人がたったひとつ犯した過ちが、明智によって真相を解明されるきっかけとなってしまう刹那! これも倒叙の面白さを体現した作品。 ⑦「人間椅子」=既読&既評。人間が椅子の中に潜む・・・何て淫靡でファンタジック! これも終盤までの非現実をラストで現実へ引き戻す「手」が旨い。 ⑧「鏡地獄」=「鏡」や「レンズ」は乱歩作品に頻繁に登場する小道具なのだが、それを「地獄」まで突き詰めた作品。凹版レンズをここまで歪んだ存在として描く作者もスゴイ。 ⑨「芋虫」=うーん。こういう系統の作品も確かにいくつか書いてるよなぁー。でも好みではない。 以上9編。 さすがにこれは「珠玉の作品集」という感じだ。 個人的な好き嫌いはあるが、どれも日本のミステリー史に残されるべき作品というレベル。 こういう作品に触れていると、「やっぱ乱歩は(ミステリーの)巨人だわ!」という思いが強くなる。 偉大な作家「江戸川乱歩」を知るためには不可欠な作品群(集)という評価になる。 (個人的な評価では④→⑥→①→⑦という順かな。あとは一枚落ちるという印象) |