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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.1072 | 5点 | 人それを情死と呼ぶ 鮎川哲也 |
(2014/11/13 22:42登録) 1961年発表。鬼貫警部シリーズの長編作品。 当時隆盛を誇った社会派ミステリーのプロットを取り込み、特に松本清張の出世作「点と線」を強く意識した作品となっている。 ~人は皆、警察までもが河辺遼吉は浮気の果てに心中したと断定した。しかし、ある点に注目した妻と妹だけは偽装心中との疑念を抱いたのだった・・・。貝沼産業の販売部長だった遼吉はA省の汚職事件に関与していたという。彼は口を封じられたのではないか? そして彼が死んでほくそ笑んだ人物ならば二人いる。調べるほどに強固さを増すアリバイ。驚嘆のドンデン返し。美しい余韻を残す長編~ 他の方の書評は好意的な意見が多いようだけど、個人的には今ひとつパッとしない作品という印象が残った。 確かに心中事件という煙幕を張り、終盤に事件の構図そのものをひっくり返すというプロットは見事。 さすが鮎川哲也というべき手練手管。 紹介文どおり、余韻を残すラストもなかなかの味わい。 なのだが、如何せん本格ミステリーとしての出来栄えとしては素直に高評価できない。 特に途中で起こる管理人殺人事件のアリバイトリック。 あるひとりの人物の錯誤に頼ったトリックなのだが、これは相当弱い! (アリバイトリックのよくある手としては「場所の錯誤」なのだろうが、この「○○の錯誤」は著しく綱渡りだと思うのだが・・・) フーダニットについても最初から明々白々過ぎでは? 巻末解説では芦辺拓氏が擁護してますが、ここまで分かりやすいと「犯人探し」という、読者にとって本格ミステリー最大の興味を自ら放棄しているようにも見える。 あと加えるなら、鬼貫警部の出番少なすぎ! 他の刑事(or素人)の捜査→頓挫→丹那刑事の捜査→行き詰まり→鬼貫警部の再捜査→解決、というのが本シリーズの王道なのだが、今回は素人が頑張りすぎだな。シリーズファンにとっても満足いくものではなかった。 冒頭に触れたとおり、本作は「点と線」のヒットを相当意識して書いたフシがあるが、二つを読み比べると、鮎川好きの私でも「点と線」に軍配を上げざるを得ないと思う。 嫌いな方も多いかもしれないが、本シリーズは「時刻表」と「鬼貫警部の丹念な捜査行」が必須なのではないかと感じた次第。 |
No.1071 | 6点 | 目撃者を捜せ! パット・マガー |
(2014/11/06 21:07登録) 五作発表された作者の初期長編のうちの第四作目。 「被害者を捜せ」「探偵を捜せ」の次は「目撃者を捜せ」というわけか・・・ 1949年発表。 ~新聞記者のアンディは社命でリオへ赴く途上にあった。貨物船による長旅、戯曲でも書いて過ごすつもりだったが、乗り合わせた人々は皆それぞれ秘密を抱いているらしく、交わす言葉にも奇妙な緊張感が漂っている。やがて不安は現実のものとなった。乗客の一人が殺害後海へ突き落とされる事件が発生。動機の点で犯人の正体は明瞭だった。が、状況からして存在するはずの目撃者が一向に名乗りを上げない。新たな殺人を恐れたアンディは閉ざされた船上で密かに目撃者捜しを開始した~ なかなか捻りの効いた佳作という評価。 ただ、正直コウルズ夫妻による謎解きが始まるまでは、「ちょっと退屈」という感じになっていた。 とにかく、主人公であるアンディの捜査が的外れというか、なかなか核心に到達しないダラダラ振りなのだ。 (一種の船上ミステリーでもあるわけで、乗客ひとりひとりの“人となり”を丁寧に書いてくれてるのはいいんだけど・・・) その分逆に、ラストの捻りにやられた感を強く感じることになるのかも。 まぁサプライズというほど大げさなものではないのだけど、これこそ王道の「ミス・ディレクション」と呼びたい。 「なぜ目撃者が名乗り出ないのか?」という本作最大の謎が解き明かされる瞬間の刹那。 これこそが本作の白眉。 これで初期五部作のうち三作を読了。 多少のレベル差はあるけど、やっぱりアイデア&プロットの妙という評価がピッタリ当て嵌る。 残り二作も楽しみにするとしよう。 (これほど主役がコケにされる作品も珍しい・・・) |
No.1070 | 4点 | 化学探偵Mr.キュリー 喜多喜久 |
(2014/11/06 21:06登録) 第九回「このミステリーがすごい大賞」を「ラブ・ケミストリー」で受賞し、デビューした作者が贈る連作短篇集。 東京大学大学院修士課程(薬学)修了という華々しい学歴を有する作者のバリバリの理系ミステリー。 果たして素人(経済学部卒業)の私がついていけるのか? ①「化学探偵と埋蔵金の暗号」=まずは連作の初っ端ということで、探偵役の沖野准教授とワトスン役の七瀬舞衣が紹介される冒頭。でも埋蔵金の暗号って・・・これではショボすぎるのではないか? ②「化学探偵と奇跡の治療法」=ガン治療に絡む奇跡の治療法、それが今回の謎。明らかに怪しい民間療法なのだが、なぜか完治した患者がいる・・・? 結果は予想の範囲内。 ③「化学探偵と人体発火の秘密」=大学内で催されたパーティーの席上、突如燃え上がった主催者の髪の毛・・・というのが今回解き明かされる謎。人体発火などというと、いかにも化学ミステリーらしいけど、どうにもショボイ真相がイタイ。 ④「化学探偵と悩める恋人たち」=同棲を始めた二人なのだが、どうにも彼女の様子がおかしい。そしてなぜか彼の方にはストーカーの影がちらついて・・・。という展開の本編なのだが、結末は十分に予想の範囲内。でもストーカーのくだりって必要だったのか? ⑤「化学探偵と冤罪の顛末」=①~④までも緩い作品が並んでいたが、最後の本編もかなり緩~い展開。ミステリー部分よりは、沖野と七瀬の仄かなラブストーリーっていう方向でまとめたかったんだな。 以上5編。 前言撤回。化学素人でも全く大丈夫です。ノープロブレムっていうか、これでは「理系ミステリー」と呼ぶのはおこがましい。 東野圭吾の「ガリレオ」シリーズに触発されたのか、化学や物理学を応用したトリックをテーマにした作品が増えている昨今。 これもその流れのひとつなのは間違いないだろう。 ちょうど森博嗣「すべてがFになる」が地上波ドラマ化されたけど、本作もそのセン狙ってんじゃないのーと邪推したくなる。 (続編も出されたことだしね) どうもその辺りがハナについて仕方がない。 ミステリー的には殆ど見るべきものがなかったし、これでは学歴が泣いているじゃないかねぇ・・・ (別にやっかみではない) 続編は多分読まないな。 |
No.1069 | 8点 | サマー・アポカリプス 笠井潔 |
(2014/11/06 21:03登録) 「バイバイ・エンジェル」に続いて発表された矢吹駈シリーズの第二長編。 南仏地方を主な舞台に、圧倒的なスケールと壮大な宗教史に彩られた連続殺人事件。 本格ミステリー好きには決して避けては通れない作品だろう。 ~ラルース家事件の傷心を癒しきれないナディアは、炎暑のパリで見えざる敵の銃弾を受けた駈に同行し南仏地方を訪れる。心惹かれる青年と過ごすバカンスは、ヨハネ黙示録を主題とした連続殺人の真相究明へと一変する。二度殺された死体、見立て、古城の密室殺人、秘宝伝説、曰くある過去・・・絢爛に散りばめられたモチーフの数々が異端カタリ派の聖地というカンヴァスに描き出されるとき、本格ミステリーの饗応は時空を超えて読む者を陶酔の彼岸に誘う・・・~ これは・・・「大作」という冠に相応しい作品。 前作「バイバイ・エンジェル」は首切りの謎にフォーカスした作品だったが、本作は紹介文のとおり密室あり、見立てあり、二度殺された死体ありと、とにかく盛りだくさん。 本格好きには堪えられないガジェットに彩られている。 「密室」は南仏の都市カルカソンヌの城壁内という広い空間を舞台としているのがミソ。解法そのものはやや拍子抜けかもしれないけど、まずはその舞台設定そのものに賛辞を贈りたい。 「二度殺された死体」については、アリバイトリックと有機的に繋がっているのが面白い。特にアリバイについては「分単位」という細かさ! そして、それらの“背骨”ともいえるガジェットが「見立て」ということになる。 「見立て」を出してくるからには、その必然性というのが問われるわけで、そこに真っ向勝負を挑んだ野心作ともいえる。 他の皆さんが書かれているとおり、キリスト教の異端「カタリ派」を中心とした宗教史の蘊蓄で多くの頁を占めているところが、本作の評価を微妙にしているのだろう。 確かに蘊蓄に酔っている部分はあるのかもしれないけど・・・でもこれがなかったら「笠井潔」じゃないからなぁー (当然ながら「見立て」にも関わってくるのだし・・・) ということで、読了まで時間はかかったけど、個人的にはなかなか楽しい読書にはなった。 「やっぱり、ミステリーはこうでなければ」と再認識した次第。 まっ、この辺は好みの問題ですから・・・ |
No.1068 | 7点 | 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー |
(2014/10/26 20:46登録) 原題“The Big Sleep”。1939年に発表されたR.チャンドラーの長編第一作。 ということは、つまりフィリップ・マーロウが登場する長編としても初の作品ということになる。 最近早川書房で復刊された、村上春樹新訳版にて読了。 ~私立探偵フィリップ・マーロウ。三十三歳。独身。命令への不服従にはいささか実績のある男だ。ある日、彼は資産家の将軍に呼び出された。将軍は娘が賭場でつくった借金をネタに強請られているという。解決を約束したマーロウは、犯人らしき男が経営する古書店を調べ始めた。表看板とは別にいかがわしい商売が営まれているようだ。やがて男の住処を突き止めるが、周辺を探るうちに三発の銃声が・・・~ いやぁー、やはりF.マーロウは最初からマーロウだったわけですなぁ・・・ (当たり前の話ですが) 後の作品よりは若干若さが目立つ設定&書き方だし、訳文のせいかもしれないけど、いつもよりも“やさぐれ感”が強いようにも思える。 しかし、やはりマーロウはマーロウだなと思わずにはいられない。 チャンドラーの作品には毎回印象的な女性が登場するが、本作では依頼人の娘であるヴィヴィアン&カーメンの姉妹がそれに当たる。 二人とも美貌の持ち主であり、かつあまりにも奔放な女性として登場する。 当然ながら、マーロウは二人の奔放さに巻き込まれながら、頻発する犯罪と対峙することになる。 三つの殺人事件(ひとつは○○自身が起こしたものですが・・・)があらかた片付いたあと、マーロウと二人の間には更なる運命が待ち受けている。 そのシーンこそが本作一番の山場。 ラストはちょっと唐突に終わったなぁという感じだが、マーロウのカッコいい台詞&アクションは今回も強く印象に残った。 そして、終章で判明するタイトルの意味もなかなか味わい深い。 他の方も指摘されているが、本作はややプロットが錯綜気味で、ミステリー的にいうとロジックは殆ど無視されている。 そこを“粗さ”もしくは弱点と捉えることもできるが、訳者である村上春樹氏はあとがきで「それがチャンドラーの持ち味」ということで擁護されており、個人的にはその考え方に賛成したい。 これでマーロウものの長編作品は全て読了したことになるが、個人的ベストは世評通り「長いお別れ」かなぁー ただし二番手は難しくて、「高い窓」や「湖中の女」も捨てがたいが、本作も独特の味わいがあって、これを押される方もいるのではないかと思う。 いずれにしても、記念すべき「一作目」として、決して外すことのできない作品なのは間違いない。 |
No.1067 | 7点 | 天使たちの探偵 原尞 |
(2014/10/26 20:45登録) 私立探偵・沢崎シリーズの短篇集。 作者あとがきによると、処女長編「そして夜は甦る」と二作目「私が殺した少女」の間の時期に書かれた作品とのこと。 1990年発表。 ①「少年の見た男」=沢崎の元に訪れた依頼人は、何と10歳の少年だった。しかも依頼内容は「ある女性を守ってほしい」というもの。調査を引き受けた沢崎は偶然にも銀行強盗の現場に遭遇する・・・。とにかく非常によくまとまっている佳作。 ②「子供を失った男」=世界的な音楽家である在日朝鮮人の男からの依頼。昔一緒に暮らしていた女性の子供から脅迫を受けている・・・。その子供を突き止めた沢崎は事件の裏に潜んだ事実を明らかにしていく。結局男って甘いってことかな・・・ ③「240号室の男」=娘の素行調査を依頼してきた金持ちの男。だが、大勢の愛人を持つその男はあるラブホテルの一室で死体として発見されてしまう。血のつながりのない娘に疑いの目が向けられるのだが、沢崎は意外な事実を突き止める・・・。こういう男ってやっぱりいるんだろうなぁー ④「イニシャル“M”の男」=沢崎にかかってきた一本の間違い電話。その相手は何とアイドル歌手だった。しかし、彼女は無惨に殺害された姿で発見されてしまう・・・。っていうことで、犯人と目される男がイニシャルMというわけ。相手が芸能人であろうが、沢崎のスタイルは変わらない。 ⑤「歩道橋の男」=ある日事務所にやって来た妙齢の女性は同業者(私立探偵)だった。意外な申し出をしてきた彼女なのだが、歩道橋から突き落とされ大怪我をすることに・・・。沢崎の事務所が入居する雑居ビルの住人が次々に登場するのが興味深い。 ⑥「選ばれる男」=タイトルどおり、今回は選挙運動中の候補者が依頼人となる。ただし、沢崎に舞台&設定など関係ない。いつでもどこでもクールそしてドライなのだから・・・ 以上6編。 上記のとおり、タイトルの末尾はすべて「男」で統一されていて、文字どおり様々な男が登場する。 大抵の場合は犯罪者なのだが、彼らを含め作品中に登場する男と対極で描かれるのが沢崎ということになる。 とにかく余計なことには関心を示さず、自身の矜持に則って生きる男。 特に本作は、どれも未成年者が絡む事件を扱っているのだが、例え相手が子供であろうが、自身のスタンスを変えることのない沢崎の姿が凛々しく映る。 単なるハードボイルドに留まらず、謎解き要素もふんだんに詰め込んだ良質のミステリー。 短編も十分に達者だし、他には短編集は存在しないため、本作は貴重な作品と言えるだろう。 (ベストは迷うが①かな。②~⑤も良質。⑥はやや毛色の違う作品。) |
No.1066 | 7点 | 魔の牙 西村寿行 |
(2014/10/26 20:44登録) 1982年発表の長編作品。 作者得意の「動物もの」のハードバイオレンス、またはハードロマン(?) ~新宿駅前のM銀行から一億八千万円を奪った強盗犯人を追って、涸沼刑事は南アルプス赤石連峰へ分け入る。折からの暴風雨を避けて、湯治場・鹿沢荘には十数名の男女が避難していた。遭遇する刑事と犯人。極限状態に追い込まれた人間の本性が交錯する、長編ハードロマン!~ さすが「西村寿行」。 数多くの作品を残した作者が得意としたのがいわゆる「動物パニック」もの。 鼠やらバッタやら、とにかく恐ろしいまでの描写で人間に襲いかかるのだが、本作で登場する動物が『魔の牙』を持つニホンオオカミ。 作中でも詳しく触れられているが、ニホンオオカミは明治時代には絶滅したとされる動物で、その生体は依然として多くの謎を秘めた伝説の生き物なのだ。 そのオオカミの大群がある山荘に閉じ込められた男女をジリジリと追い詰めていく状況。 徐々に狂っていく男女。 事態を打開しようと山荘を飛び出した屈強の男たちも、オオカミの大群の前には為すすべもなく殺られてしまう・・・ そういう訳で中盤以降は人間対オオカミという図式のなか、徐々に追い詰められていく男女の姿が生々しく書かれていく。 (そこはハードロマンの巨匠・西村寿行の真骨頂) そして、終盤からラスト。いよいよ進退迫られた残りの男女は決死の覚悟で山を降りる覚悟をする。 それまで沈黙を守っていた屈強の刑事・涸沼のリーダーシップのもと、オオカミの群れとの決死の戦い。 でも、そこはそれ、最後には主人公は生き残るんだろうという甘い予測は大きく裏切られることになる・・・ 凄惨なラストシーン。全く救いのないまま終わりを迎えることになる。 もはや冒頭の銀行強盗のくだりなど一切関係なし! (何のためにそんなシーンを入れたんだろうと思うほど・・・) まぁこういう手の作品をくだらないと取るか、面白いと取るかは読み手次第だろう。 本サイトではほぼ無視されている作者ではあるが、個人的には声を大にして言いたい。 「面白いものは面白い」と! |
No.1065 | 5点 | 二人の夫をもつ女 夏樹静子 |
(2014/10/19 20:37登録) 1980年に発表された短編集。 作者らしい女性心理を細やかに辿ったサスペンスフルな作品が並んでいる、という印象なのだが・・・ ①「あなたに似た子」=二組の夫婦が織り成す愛憎劇。子供が相手の夫に似てきたことを契機に広がる疑惑、そして悲劇に向かって進んでいく主人公・・・という展開なのだが、ラストには軽いドンデン返しが待ち受ける。まずまずの面白さ。 ②「波の告発」=福岡に単身赴任中の兄が溺死。死に疑惑を持った妹がたどり着いた真相は・・・これまた悲劇なのだが、図太い女性の心理はそうではなかった? プロットは単純。 ③「二人の夫を持つ女」=これは当然P.クエンティンの「二人の妻を持つ男」のオマージュなんだろうな。まぁ本家の出来には叶うべくもないということなのだが、これまた図太い女性心理という奴が明らかにされる。 ④「朝霧が死をつつむ」=これも①~③と同様、男女の機微や気持ちのすれ違いから生じる悲劇というプロット。登場人物がそもそも少ないのだから、大凡の真相は途中で掴めてしまう。 ⑤「ガラスのなかの痴態」=レイプ事件を題材にとった作品。自らもレイプ被害に遭った女性が、疑惑の人物にある罠を仕掛けたのだが・・・そうはうまくいかないのだ、ミステリー的には! ⑥「朝は女の亡骸」=電話を使ったトリック自体は児戯のレベルなのだが、本筋はそんなところにはない。これもまた「怖い女」の話。真相を見抜いた主人公に皮肉な結末が訪れる・・・ ⑦「幻の罠」=これもまた⑥同様、主人公の女性に実に皮肉な結末が用意されている。プロットは「疑心暗鬼」ということなのだろうけど、女性の“横並び意識”って奴は本能的なものなのかねぇ? ⑧「夜明けまでの恐怖」=最後の一編でようやく救いのあるストーリーが用意されていた。こんな無茶な計画を実行しようとする主人公(もちろん女性)の動機が全く理解できないのだが、持つべきものは友ということ。 以上8編。 夏樹静子というと「Wの悲劇」「そして誰かいなくなった」など、有名ミステリーのオマージュ作品というイメージがあるのだが、本作もその中のひとつに数えられる作品だろう。 パクリではないのだから、当然本歌取りというか、独自のエッセンスが要求されるのだが、そういう意味では本作は元ネタに叶うべくもないというレベルではある。 ただし、女性心理、特に女性の嫌な部分をさらけ出して書かれる心理描写はさすがだ。 保身や見栄、不安(取り越し苦労的なものだが)などが、思わぬ犯罪の動機に繋がっていく・・・そんな人間の弱さがよく表現されている。後はオチのツイスト感で読ませる作品。 そういう意味ではまとまった作品集という評価もできるかな。 (①⑥⑦辺りがいいかな・・・。後は程々という感じ) |
No.1064 | 7点 | 女郎ぐも パトリック・クェンティン |
(2014/10/19 20:36登録) 「パズルシリーズ」で始まるダルーズ夫妻ものの掉尾を飾る作品がコレ。 1952年発表の長編。最近創元推理文庫で出た新訳版にて読了。 ~演劇プロデューサーのダルースは、妻アイリスが母親の静養に付き添ってジャマイカに発った留守中、作家志望の娘ナニと知り合った。ナニのつましい生活に同情したダルースは、自分のアパートメントは日中誰もいないからそこで執筆すればいいと言って鍵を渡す。それから四、五週後空港へアイリスを迎えに行って帰宅すると、あろうことか寝室にナニの遺体が! 身に覚えのない浮気者のレッテルを押され肩身の狭いダルースは汚名をそそぐべくナニの身辺を調べ始めるが・・・~ さすがの安定感。 そういう表現がピッタリくる作品に仕上がっている。 他の方の指摘どおり、確かに「犯人当て」としては分かりやすいし、もうひと捻りあっていいという感想を持つ方もいるかもしれない。 (最後は勧善懲悪っていうか、そうなるべきだよなぁという真相に落ち着いたんだから・・・) でもまぁそんなことより、プロットが実にスッキリしているのだ。 余計なものが一切入ってないし、まさにシンプル・イズ・ベストという表現が当て嵌る。 男性としては、ピーターの心情というのは十分理解できるよなぁー。 (「マイ・フェア・レデイ」っていうか、「源氏物語」の若紫っていうか・・・女性には理解できないだろうけど) “女郎蜘蛛”の巣に絡み取られてしまったピーターの心にシンクロしながら読むのがいいかもしれない。 登場人物たちの裏の顔が徐々に剥がされいく展開も旨い。 大作という訳ではないので評点としてはこんなものだけど、一読の価値アリという作品。 (新訳版は実に読みやすくてGood! それにしてもトラント警部といえば「二人の妻を持つ男」「わが子は殺人者」に登場する、あの警部だったのね・・・) |
No.1063 | 6点 | 白馬山荘殺人事件 東野圭吾 |
(2014/10/19 20:35登録) "1986年発表のノンシリーズ長編。 江戸川乱歩賞受賞作「放課後」(1985年)でデビューした作者は、加賀恭一郎シリーズの一作目となる「卒業~雪月花ゲーム」を経て、長編三作目が本作に当たる。 ~一年前の冬、「マリア様はいつ帰るのか」という謎の言葉を残して自殺した兄・公一。その死に疑問を抱いた妹の女子大生・ナオコは、親友のマコトと兄が死んだ信州・白馬のペンション「まざあぐうす」を訪ねた。常連の宿泊客たちは、奇しくも一年前と同じ。各室に飾られたマザー・グースの歌に秘められた謎、ペンションの隠された過去とは? 暗号と密室の本格推理小説!~ 今ではすっかり大御所となった東野圭吾も、なかなか初々しい頃があったんだなぁーと思わされる一冊。 本作の特徴は、紹介文のとおり「暗号」と「密室」ということになる。 「暗号」についてはかなり難解。 ペンションの各部屋にある絵に書かれたマザー・グースの詩が解読の鍵となるのだが、最終的に導き出された解答はちょっと拍子抜け(?)と感じたのは私だけだろうか・・・ (この解では、結局アレとアレしか関係なかった、ってことか?) 「密室」についても他の方のご指摘どおり、あまり感心できるトリックではなかった。 初期作品にはよく「密室」が出てくるけど、前出の「放課後」でも「卒業」でも密室トリックは鮮やかというレベルからは程遠い。 (本作でも図解入りで種明かしされているけど、その割にはねぇ・・・) 序盤にいきなり明かされる「叙述トリック」めいたやり取りも結局??だし、フーダニットにも“切れ”が感じられない。 などなど・・・ ということで、やや辛口の評価になっているけど、では駄作かというと決してそういう訳ではないのだ。 何というか、本当はこんな作品を書きたいわけではないのだけれど、いわゆる「本格ミステリー」を書いてます・・・的な感覚なのだ。 事実、初期の作品群を経て、大作家・東野圭吾は鮮やかな変身を遂げるのだから。 それは決して突然の開花ではなくて、こういう試行錯誤を経て、徐々に成長していった結果なのだろうと思う。 本作にはそういう意味での「初々しさ」を感じてしまうのだ。 なんだか「上から目線」の書評になってしまったようで・・・ |
No.1062 | 7点 | 犯罪カレンダー (1月~6月) エラリイ・クイーン |
(2014/10/12 12:33登録) ミステリー歳時記とも言える「犯罪カレンダー」。 本作はそのうちの前半部分(1月~6月)を集録した前編。 優れたミステリー作家であると同時に、優れたアンソロジストでもあった作者が贈る珠玉の作品集。 ①「双面神クラブの秘密」=1月。「双面神クラブ」のメンバーがひとりひとりと死んでいく連続殺人事件。なかなか魅力的なお膳立てが揃っているのだが、最終的に決め手となったのは“ことば遊び”的なやつ。向こうの作家ってこういうの好きだよね。 ②「大統領の5セント貨」=2月。アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントン。彼が1791年2月、ある場所に記念の品を埋蔵した。その場所とは?というのが本編の謎。一世紀半の時空を超えて、ワシントンとエラリーが対決する。でもこれって、アメリカの歴史に精通してないとピンとこない。 ③「マイケル・マグーンの凶月」=3月。所得税の申告書類が盗まれるという変わった事件から始まる本編。事件は意外な広がりを見せるのだが、それよりもアメリカでも確定申告の期限って3月15日だったってことが「へぇー」・・・ ④「皇帝のダイス」=4月。銃で撃たれた被害者が握っていたイカサマ用のダイス。そのダイスが示している真犯人とは、ってことでダイニング・メッセージを扱った本編。ただし、最終的には更に意外な真相が待ち受けている。 ⑤「ゲテイスバークのラッパ」=5月。南北戦争の激戦地として有名なゲテイスバーク。南北戦争に従軍したレジェンドの老人たちが、毎年ひとりひとりと死んでいく・・・。 ⑥「くすり指の秘密」=ジューンブライドの6月。幸福な花嫁が毒殺される。しかも結婚指輪から放たれた毒によって・・・。エラリーが指摘した犯人特定のロジックはちょっとしたことなのだが、この辺りの“使い方”はさすがの熟練ぶり。まとまりのよい作品。(最後がエラリーが一本取られてしまうのだが・・・) 以上6編。 短編の良さが詰まった一冊。そんな感想がピッタリの作品。 短い作品なので、長編に比べれば複雑な事件背景も煩雑な人間関係も描かれず、ある意味実にシンプルなプロット。 シンプル過ぎると「無味乾燥」ということになるのだが、エラリーやクイーン警視、ニッキイなどお馴染みの登場人物たちが賑わすことで、小気味よい読後感にも繋がっている。 まぁ、幾分推理クイズ的な雰囲気なのは仕方ないだろう。 ミステリーの楽しさ、面白さを追求した作品ということで水準以上の評価としたい。 (④⑥を個人的には押したい。次が②③あたりか・・・) |
No.1061 | 6点 | 転迷 今野敏 |
(2014/10/12 12:32登録) 大人気警察小説シリーズ「隠蔽捜査」。シリーズも第四弾に突入(スピンオフ企画の「初陣」は別にして)。 大森署署長・竜崎伸也は今度こそ原理原則を貫けるのか・・・(「疑心」では散々だったからね) ~大森署署長・竜崎伸也の身辺はにわかに慌ただしくなった。外務省職員の他殺体が近隣署管内で見つかり、担当区域では悪質なひき逃げ事件が発生したのだ。さらには海外で娘の恋人の安否が気遣われる航空事故が起き、覚醒剤捜査をめぐって厚生労働省の麻薬取締官が怒鳴り込んでくる。つぎつぎと襲いかかる難題と試練・・・闘う警察官僚竜崎は持ち前の頭脳と決断力を武器に、敢然と立ち向かう!~ これはもう「警察小説」というより、ビジネス書で言う「組織論」や「マネジメント書」だな。 作中では、相変わらず警察内での縦割りや組織の歪み、果ては外務省や厚生労働省まで絡んでのパワーバランスや組織のしがらみが竜崎に襲いかかる。 これは何も“警察ならでは”という現象ではなく、一定規模以上の企業や組織内にはそこかしこに存在するものだ。 かくいう私自身も普段、組織内のしがらみや訳の分からない風習(?)という奴に翻弄されている口なのだが・・・ まったく竜崎の思考回路には恐れ入る。 ここまで効率的に、全てのしがらみを破壊したような考え方&行動ができればなぁーと誰もが羨むのではないか? (普通はできないよねぇ) まぁ上司というか、トップとしての考え方にも感心しきり。 こういうトップなら部下はついてくるんだろうねぇ・・・何しろ優柔不断さがカケラもないのだから。 何だかミステリーの書評ではなくなってきたけど仕方ない。 もはや中身は二の次で、竜崎がどのように考え、行動&発言するのかが本シリーズの楽しみ方だろう。 個人的には竜崎をうまい具合に操っている(?)伊丹が好きになってきた。 次作も楽しみ。 (「疑心」での優柔不断さは何だったんだ? きっと読者からクレームが出たんだろうなぁ・・・) |
No.1060 | 6点 | 怪盗グリフィン、絶体絶命 法月綸太郎 |
(2014/10/12 12:30登録) 講談社ミステリーランドの一冊として出された作品。 法月らしからぬ(?)世界を股にかけた国際謀略小説。2006年発表。 ~「あるべきものをあるべき場所に」が信条の怪盗グリフィンに、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある贋作のゴッホを本物とすり替えて欲しいという奇妙な依頼が・・・。しかし、それは巧妙な罠だった。グリフィンはつぎに国家の威信をかけた“盗み”を引き受けるハメになる・・・。どんでん返しが連続する痛快冒険活劇!~ 子供向けらしからぬスケールの大きい作品だった。 ミステリーランドという看板を掲げているものの、およそ子供向けとは思われない作品も見受けられた本シリーズ(島田荘司の「透明人間の納屋」とか)。 本作は小学校高学年から中学生程度をターゲットにしているなら、まずは狙いピッタリということになるだろう。 (政治的な絡みは理解しがたいかもしれないが・・・) 前座的な第一部を経て、第二部からが本番。 終章である第三部に入ると、ドンデン返しが何回も訪れ、正直訳がわからなくなってくる。 「裏の裏をかく」と見せかけて、「さらに裏をかく」のだから、もはや最初がどうだったのかという話だろう。 まぁ子供向けの主人公(ヒーロー)としては、訪れるピンチを乗り越え、最終的に勝利を得るという展開は必須ということだし、そういう意味ではしっかりしたプロットと言える。 でもまぁなぁ・・・決して面白くないわけではないのだが、満足できたかと言われると「満足」とは答えられない自分がいる。 作者に対しては、やはり硬派な本格ものを求めてしまうんだよなぁ・・・ 例えそれが時代錯誤だとしても、ロジックバカを貫いて欲しい。それがファン心理という奴だろう。 |
No.1059 | 5点 | 郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェームス・ケイン |
(2014/10/01 21:36登録) 原題“The Postman Aiways Rings Twice”。 1934年発表。映画化されること七回、邦訳も何と六回という不朽の名作。 最近新潮文庫で発刊された新訳版で今回は読了。 ~何度も警察のお世話になっている風来坊フランク。そんな彼がふらりと飛び込んだ道路脇の安食堂は、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻が経営していた。ひょんなことからそこで働くことになった彼は、人妻といい仲になる。やがて二人は結託して亭主を殺害する完全犯罪を計画。一度は失敗するものの、二度目には見事成功するのだが・・・~ 今さら私ごときが「どうのこうの」と書評するような作品ではないはず。 というわけでThe End・・・でもいいのだが、何となく思った雑感が以下のとおり。 他の方も書かれていたけど、何となく散漫というか、テーマが見えてこないなぁーという気はした。 犯罪小説ほどの緊張感はないし、ハードボイルドほどの雰囲気はない。ラブストーリーと呼ぶには殺伐としているし・・・ (強いて言うなら、まぁジャンルミックスということか?) 文庫版で200頁強の短い作品だけに、行間というか余韻を楽しむべき作品ということなのだろう。 巻末解説では訳者の田口氏が登場人物たちのキャラクター造形を褒めているが、そこは「確かに」と首肯するし、これこそが繰り返し映像化されてきた所以ということに違いない。 前夫殺害に見事成功した二人が決して幸福にはならず、悲劇的な終末を迎える刹那。 こういう因果応報的な考え方は世界の東西を問わず共通ということなのだろうなぁ・・・ 解説にはタイトルの由来についても触れられていて興味深い。 (やっぱりストーリーとは全然関係なかったんだね) 最終的には・・・やっぱり映像で楽しむべき作品なのだと感じた次第。 (猛獣を飼育している女って・・・何かを象徴しているのか?) |
No.1058 | 6点 | こめぐら 倉知淳 |
(2014/10/01 21:35登録) 同時発売された短篇集「なぎなた」の姉妹篇がコレ。 本格ミステリーというよりは、おフザケのような軽ミステリー作品が並んでいる。 ①「Aカップの男たち」=これは・・・何とも言えない作品。なにしろブラ愛好家の男たちのオフ会が事件の舞台となるのだから・・・。しかも謎というのがブラの鍵がなくなるというトホホぶり・・・。まぁ笑えるのは間違いない。 ②「真犯人を捜せ(仮題)」=1995年発表ということで結構昔の作品なのだが、フーダニットというよりワンアイデア勝負の小品という感じ。あまり感心しないプロット。 ③「さむらい探偵血風録」=ミステリーマニアの主人公がビデオをレンタル。その内容は時代物のミステリーでメインテーマが人間消失というプロットなのだが、作者の狙いはそんなところにはない。オチはよく分からなかったのだが・・・ ④「遍在」=これもオチがイマイチ分かりにくいのだが・・・。本編だけちょっと毛色の違う作品。タイトルはどういう意味なのか? ⑤「どうぶつの森殺人(獣?)事件」=個人的には綾辻行人の「どんどん橋おちた」を思い出してしまった。作者あとがきによると、当初は講談社のミステリーランド用のネタとして用意されていたとのこと。まぁ脱力系なのは間違いない。 ⑥「毒と饗宴の殺人」=ボーナストラック的な作品。その訳は猫丸先輩が登場するためなのだが、相変わらず神出鬼没で事件に首を突っ込む猫丸先輩。これはいわゆるプロバビリティーの殺人という奴なのだろうか? 以上6編。 何とも脱力系というか、「なぁーんだ」という感想しかならない作品が多い構成。 長編だとロジックの効いた王道の本格ミステリーを書く作者だが、短編ではガラッと雰囲気が変わるのが面白い。 ⑥以外ノンシリーズのため、あまり統一感はないが、作者のファンならば満足できるのではないか。 じゃぁファン以外にはどうかというと・・・まぁほどほどには楽しめるというところ。 できれば次はガチガチの本格を書いて欲しいなぁというのは欲張りか? (①③は笑える。⑥は猫丸先輩シリーズらしい安定感) |
No.1057 | 6点 | オー!ファーザー 伊坂幸太郎 |
(2014/10/01 21:34登録) 2006年に河北新報をはじめとするいくつかの地方紙に新聞連載された作品。 出版年では「ゴールデンスランバー」よりも後になってしまったが、作者自らが自身の第一期の最終作品と呼ぶのが本作。 ~父親が四人いる!? 高校生の由紀夫を守る四銃士は、ギャンブル好きに女好き、博学卓識、スポーツ万能。個性あふれる父親×4に囲まれ、息子が遭遇するのは事件、事件、事件・・・。知事選挙、不登校の野球部員、盗まれた鞄と心中の遺体。多声的な会話、思想、行動がひとつの像を結ぶとき、思いもよらぬ物語があまたの眼前に姿を現す。伊坂ワールド第一期を締めくくる長編小説~ これは・・・ズルイなぁー もう伊坂の得意技がこれでもかというほど散りばめられている作品。 まずは父親が四人という設定からして面白い。 しかもひとりひとりのキャラ付けが秀逸。そして、まとめ役となる息子・由紀夫もこれまた伊坂作品にはお馴染みのキャラだ。 いつもどおり、それぞれが軽そうでいて、どこか教示的で胸に響くことばを持っている。 「こんな奴いるわけない!」という存在なのに、最後には何だか隣にでもいるみたいに親近感が湧いてくる・・・ これこそが伊坂ワールドのマジックというやつだろう。 (読者はいつも「伊坂ワールド」というテーマパークに招待されているのだ) 序盤から一見関連性のない事件が複数発生する展開もいつもどおり。 そして、最後にはそれらの伏線が見事に収束されていく豪腕ぶりもいつもどおり。 特に今回の見せ場は実に映像向き! こりゃすぐ映画化されるわけだ。 ということで、初期作品が好きな読者ならばまず安心してお勧めできる作品となっている。 ただなぁ・・・さすがに二番煎じというかマンネリ感は正直ある。 そんな訳で、作者も「ゴールデンスランバー」以降、ちょっと方向性を変えることになったんだろう。 評点としても手放しで高得点は付けにくい。 |
No.1056 | 5点 | 逃走 薬丸岳 |
(2014/09/22 22:38登録) 2012年発表の長編。 今回、文庫化に当たって大幅改稿されたとのことからして、作者の意気込みが分かろうというものだが・・・ ~死んだはずのあの男がいた。小さかった妹とふたりで懸命に生きてきた二十一年間は何だったんだ? 傷害致死で指名手配されたのは妹思いで正義感の強い青年。だが罪が重くなると分かっていても彼は逃げ続ける。何のために? 誰のために? 渾身の全面大改稿。秀逸のノンストップ・エンターテイメント~ 当初予想していた内容とはかなり違っていた。 紹介文を読んでると、犯人(=主人公)VS警察という構図でとにかく追いつ追われつの逃走劇で、主人公が捕まりそうなシーンに読者がハラハラさせられる、的なプロットを予想していたのだ。 (まぁこれもよくあるプロットではあるが・・・) そこは薬丸岳だけあって、今回も重厚なテーマが隠されていた。 幼いときに両親を喪い、養護施設で育てられた主人公とその妹。厳しい世間に対し懸命に生きてきた健気な二人に容赦なく襲いかかる不幸の連続。 殺人を犯してしまった主人公はある理由で逃げ続けるのだが、その理由は終盤まで伏せられている。 ついに終盤、過去の事件に隠された事実が明らかにされ、感動のラストを迎える・・・ と書いてると、いつもの作者の作品っぽく感じるのだが、本作については正直期待外れかな。 プロットに捻りがないのが如何せん不満のポイント。 「逃走」の裏に隠された構図も中盤にはほぼ察しがついてしまっていて、「でもそんな単純じゃないだろう」って考えていたら、そのまま予想どおりに終結してしまった。 これでは全面改稿が看板倒れになってしまうのではないか? これまでの作品がどれもクオリティが高かっただけにハードルを上げすぎたのかもしれないが、他作品よりは低い評価になるのは仕方ないだろう。 まっ、次作に期待というところ・・・ |
No.1055 | 6点 | 雪のマズルカ 芦原すなお |
(2014/09/22 22:37登録) 2000年発表の連作短編集。 ~夫が残したものは滞納した事務所の家賃とリボルバー、そして苦い思い出だけ。夫の跡を継ぎ私立探偵となった笹野里子の活躍を描く、直木賞作家初のハードボイルド連作集~ ①「雪のマズルカ」=病床にあってもなお権力を振るう老人からの依頼は孫娘を不良の道から救い出すこと、というわけで悪徳芸能プロダクションに騙された孫娘に関わる羽目になる里子だが・・・。それよりも老人の秘書に対する里子の仕打ち! ここを読んで里子が只者ではないと感じる読者は多いはず! ②「氷の炎」=渋い中年芸能人の男と、その愛人の若く美しい女優。その男の依頼は愛人の身辺調査だった・・・。里子が裏に隠された意外な事実を突き止めたとき、事件は起こるべくして起こった! ③「アウト・オブ・ノーウェア」=表題の意味は“どこからともなく”というわけで、事件の終盤、恐ろしい男がどこからともなく現れ、里子を大ピンチに陥れる。しかし、こんなとんでもない奴をのしてしまう里子って・・・。ハードボイルドすぎる! ④「ショウダウン」=夫が起こした過去の事故の真相が深く関わってくる一編。やっぱり最後の一編は連作らしく、本作全体に掛かる謎が主題となっている。そして今回も大ピンチに陥る里子なのだが、あっさり反撃してしまう! 静謐&ハードボイルドだ。 以上4編。 芦原すなおっていうと、どうしても「青春デンデケデケデ」や「ミミズクとオリーブ」シリーズ、っていう印象が強すぎてどうも本作のようなハードボイルド(しかも結構ハードなやつ)がしっくりこなかったというのはある。 はっきりいえば、まぁ二番煎じということかもしれないけど、それでも作者なりの心意気というものは感じさせられた。 とにかくかっこいいのだ。そして恐らく美しく、かつ脆い・・・ こんな女性、絵になるよねぇ・・・ 正直、プロットはたいしたことないので、とにかく里子のキャラ頼りになってしまった作品。 でも決して嫌いではない。 (①~④とも似通ったプロット。もう少し変化が欲しかった) |
No.1054 | 6点 | ひとりで歩く女 ヘレン・マクロイ |
(2014/09/22 22:35登録) 1948年発表。マクロイの第十長編が本作。 最近創元推理文庫で復刊がなされた「小鬼の市」と同じく、西インド諸島が舞台のひとつとなる作品。 ~西インド諸島を発つ日、私は滞在していた屋敷で存在しない庭師から手紙の代筆を頼まれた。さらに、白昼夢が現実を侵食したようにNYへ帰る船上で生起する蜃気楼めいた出来事の数々。曰く有りげな乗客たち、思いがけず出現した十万ドルの札束・・・。誰かが私を殺そうとしています・・・タイプライターで打たれた一編の長い手記から始まる物語は、奇妙な謎と戦慄とを孕んで一寸先も見えない闇路をひた走る・・・~ マクロイらしく本格ミステリーとサスペンスの良さを融合させたような作品に仕上がっている。 まずは冒頭が「手記」から始まるというところからして、企みに満ちていて読者をワクワクさせる。 その後は船上ミステリーの味わいそのものに、一癖も二癖もありそうな乗客や乗組員たちがつぎつぎと怪しい行動を示していく・・・ (しかも殺人の凶器が「毒蛇」!っていうのが心憎い) そしてNYに到着し、船から降りたところから物語は急展開を見せる。 それまで読者に示されていた姿が仮の姿でしかなく、正体は別の姿をしているのだ・・・ この辺の展開はサスペンス性十分で、作者の後期作品群を彷彿させるところ。 まぁ真相はやや分かりやすいという弱点はあるかもしれないが、それでも作者のストーリーテリングの確かさは十分に認められる。 本作の探偵役ウリサール警部は常に冷静沈着。 ウィリング博士もそうだが、癖のある登場人物たちを冷静な観察眼でとらえ、ラストには見事に事件を収束させるキャラとしてはもってこいの造形だろう。 ということで、作者の良さが出た作品ということは言えるのだが、個人的な好みとしてはウィリング博士登場作品の方に軍配を上げたい。 途中ちょっとダレるんだよねぇ。でも高水準の作品。 (船上ミステリーというのはやっぱり翻訳ものに限る。国産ミステリーだとどうしても無理がある・・・) |
No.1053 | 6点 | 花の鎖 湊かなえ |
(2014/09/13 22:20登録) 「別冊文藝春秋」誌に連載され、2011年に発刊された長編。 作者らしく、「母と娘」をテーマにした企みに満ちた作品に仕上がっている。 ~両親を亡くし仕事も失った矢先に、祖母がガンで入院した梨花。職場結婚したが子供に恵まれず悩む美雪。水彩画の講師をしながら和菓子屋でバイトする紗月。花の記憶が三人の女性をつないだとき、見えてくる衝撃の事実とは。そして、彼女たちの人生に影を落とす謎の男「K」の正体とは? 驚きのラストが胸を打つ、感動の傑作ミステリー~ さすが売れっ子作家らしいというか、いかにも映像作品向けというプロット。 (絶対映画化かドラマ化されるだろうなぁ・・・って、もしかしてもうされてるのか?) 他の方も書かれているが、私も本作はミステリー的なサプライズを狙った作品ではないと思う。 三人の女性が視点人物となり、自身の半生を順に語っていく構成なのだが、中盤辺りではもう基本的なプロットについては大凡の察しがついてしまう。 そして終章に当たる第六章では、隠されていた作品全体を貫く構図が読者の前に明らかにされる。 もちろんミステリーらしく、読者があれこれと推理するための伏線はふんだんに用意されている。 (「百恵ちゃん」なんて秀逸な伏線!) あの人物とあの人物が徐々につながっていって、最終的には家系図や人物相関図までも読者が明確に書ける・・・これが本作のすごさであり、タイトルどおり「鎖」ということなのだろう。 冒頭にも書いたが、「母と娘」という作者らしいテーマが背骨となり、それがラストに感動を生む要素にもなっているのだ。 プロットそのものは既視感があるものだが、その使い方がうまいということに尽きる。 女性の細やかな心理描写や人の心の機微を書き分ける筆力は相変わらず。 作品が続々と映像化されていくのも頷ける。 「告白」や「贖罪」などに比べるとインパクトは劣るが、本作も十分楽しめる水準には仕上がっていると感じた。 |