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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1319 5点 首折り男のための協奏曲
伊坂幸太郎
(2017/02/19 21:32登録)
2014年発表。
もともと独立していた七編を「首折り男」や「黒沢」など、緩やかに繋がった世界観が垣間見える連作短篇集、とでも言えばいいだろうか。

①「首折り男の周辺」=本作のタイトルとは裏腹に、「首折り男」のことが唯一細かに書かれているのが本編。『疑う夫婦』と『間違われた男』、『いじめられている少年』の三つの視点から語られ、徐々にクロスしていく作者お得意の手法。
②「濡れ衣の話』=ここでも「首折り男」は登場する。ただし、時間軸が微妙にずらされているところがミソか?
③「僕の舟」=個人的にはこれがNO.1かもしれない。まぁベタといえばベタかもしれないが・・・。こういう「天然系」の女性って実は本質を鋭く付いているケースがあるから要注意だ! でもやるな! 若林夫!
④「人間らしく」=いじめとクワガタが主な話題(?!)となる一編なのだが・・・。クワガタの薀蓄はなかなか面白かった。
⑤「月曜日から逃げろ」=どんなに書いてもネタバレになりそうな話。ちょっと分かりにくいけどね。
⑥「相談役の話」=伊達政宗の部下でお目付け役として宇和島へ行かされた男と、現代の本当の「相談役」がシンクロしていく話だったのだが、途中から心霊写真の話がクローズアップ。
⑦「合コンの話」=これは旨いね。さすが! でも久し振りに合コンしたくなってきた(無理だろうけど・・・)。おしぼりの話ってあるあるなんだろうか?

以上7編。
伊坂らしいといえば伊坂らしいのだが、他の佳作に比べるとワンランク落ちるかなという読後感。
緩やかに、っていうか無理矢理つなげただけなので、連作らしい仕掛けもないし、これなら純粋に独立した短編集と銘打つ方が潔い。

「ラッシュライフ」以来たびたび登場する「黒沢」が今回再登板しているのは、ファンにとってはうれしい限りだろう。
ただまあ、あまり褒めるところが見当たらないのは事実。
「箸休め」的な作品という位置付けかな。
(ベストは上記のとおり③。⑦も世評どおり面白い)


No.1318 5点 覇王の死
二階堂黎人
(2017/02/19 21:30登録)
「悪魔のラビリンス」⇒「魔術王事件」⇒「双面獣事件」と続いてきた“ラビリンス”サーガもついに最終章に突入。
稀代の名探偵・二階堂蘭子シリーズも佳境を迎えてきた!
2012年発表の大作。

~能登半島の最北部にある真塊谷(まかいだに)村を支配する邑知家(おうちけ)。「日本書紀」にも登場するほど古い豪族の末裔とも言われる名家の当主・邑知大輔は、戦時中は軍部に影響力を持っていた大富豪。この家を乗っ取ろうという謎の弁護士の悪巧みによって、ひ孫の花婿候補に仕立てられた青年・青木俊治は途轍もない惨劇に巻き込まれることに・・・。ラビリンスとの最後の戦いに二階堂蘭子が挑む!~

これは・・・「人狼城の恐怖」の劣化版だな、というのが読んでいる最中の感想。
あるクローズド・サークルを舞台に、人智を超え、この世のものと思えない大量殺戮が起こる。そして、命からがら逃げてきた青年から語られるとても信じられない経験の数々・・・。そして、ありえないような謎のすべてを快刀乱麻のごとく解き明かす二階堂蘭子・・・
というわけで、もう完全に「人狼城」(特にドイツ編)の焼き直し、という印象。

ただ、「人狼城」の場合には荒唐無稽で大技にしろ、納得出来るだけのロジック&トリックだった。
翻って本作はというと・・・これはもうファンタジーというか、もう「こじつけ」のオンパレード。
特に酷いのが、ニューホーリー村の怪異のくだり。
これを全て○○で片付けられたのには、さすがに「いい加減にしろよ!」って思うよなぁ。
密室トリックも相当苦しい。もう完全にネタ切れなのかと考えずにはいられない。
そして作者十八番の事件の二重構造(裏はこういうことでした、っていうヤツ)も、スケールダウンが甚だしい。

いやはや、「人狼城」のあのスケール感、驚天動地&怒涛のように押し寄せるトリック、作者のミステリーへの熱量はどうしたんだろうか?
文庫版解説の安萬氏も困っているぞ!(誉め方に)
ここまで辛口で書くのも、期待の大きさの表れなんだけどなぁー
「吸血の家」も「悪霊の館」も大好きな作品だし、島田荘司の後継者は二階堂しかいないとさえ思っていたのだが・・・
お願いだから覚醒してくれ、と言いたいけど、早熟だったのかな。
作家ってツライ職業だね。


No.1317 6点 大いなる殺人
ミッキー・スピレイン
(2017/02/08 21:15登録)
私立探偵マイク・ハマーが大活躍するシリーズ長編四作目。
1951年の発表。個人的にはスピレインの初読となった本作。

~激しい雨が窓を叩く深夜。ある酒場にずぶ濡れの男が、赤ん坊を抱えて入ってきた。男は震える手で酒をあおると、赤ん坊を置いたまま、また雨のなかへ出て行った。酒場に居合わせたマイク・ハマーも男に続いて出た。街灯が男のシルエットを映したその瞬間、銃声が轟き男は倒れた。マイクの胸をよぎる熱い怒り! 残された赤ん坊を預かるかたわら、マイクは事件の糸を手繰り始めた・・・。果たしてマイクがたどり着いた真相とは?~

酒場に轟く銃声と残された赤ん坊の泣き声が印象的な冒頭の場面。
ハードボイルドと赤ん坊とは随分異色な組み合わせなのだが、これが本作に大きなインパクトや深い余韻を与えることとなる。
その辺りはプロットの妙。

ただ中盤はややダレる。
なにぶん初読なのでよく分からんが、マイク・ハマーがNYの街を縦横無尽、更になかなかのモテっぷりを見せてくれるのはいいんだけど、事件そのものは横に広がったり、過去(=縦)に広がったりして、どうにもとっ散らかった印象。
真相そのものは意外とといえば意外なのだが、よくあるパターンといえばよくあるパターン・・・というもの。
まぁその辺に落ち着くよなと思っているうちに、突然訪れるのがラストの一場面なのだ。

とにかくこれが白眉っていうか、一番の衝撃。
これは・・・強烈に頭に残った。
そうか! これがやりたかったのか、と思わず納得。
だから、冒頭から何度もアレについて書いてたのね・・・

謎解きとしても一定のレベルにあるのかもしれないけど、私にとってはラストシーンが全てともいえる作品。
タイトルもやっぱりこのシーンを指しているんだよね?
(西海岸舞台のハードボイルドは乾いた印象だが、東海岸舞台のハードボイルドはやっぱりウェットな印象・・・あくまで個人的な感覚ですが)


No.1316 6点 招かれざる客
笹沢左保
(2017/02/08 21:14登録)
作者の実質デビュー長編。
1959年の第五回江戸川乱歩賞へ応募され、惜しくも受賞を逃した作品。
(受賞作は新章文子の「危険な関係」)
光文社の笹沢左保コレクションの新装版で読了。(他にエッセイ『青春飛行』を併録)

~事件は商産省組合の秘密闘争計画を筒抜けにしたスパイを発見したことが発端だった。スパイと目された組合員、そして彼の内縁の妻に誤認された女性が殺され、ふたつの事件の容疑者は事故で死亡する。ある週刊誌の記事から、事件に疑問を感じた警部補が挑むのは、鉄壁のアリバイと暗号、そして密室の謎! 笹沢左保のデビュー作にして代表作となる傑作本格推理小説~

実に重厚な本格ミステリーだ!
さすがに二十一世紀の現在からすると、いかにも古めかしく時代背景が忍ばれるのだが、行間からは作者のミステリーに対する情熱すら感じられて、次第に引き込まれている自分がいた。

紹介文のとおり、本作に詰め込まれた主要な謎は、アリバイ/暗号/密室の三点。
まず暗号については、他の方もご指摘のとおりで、当時の業界関係者でなければ解読不可能なのが玉に瑕。まぁ“○○”なんて、いかにもなルビがふってあるので、察する読者は多いと思われるが・・・
つぎに密室。
犯人というより凶器が密室から消えた謎がメイン。
よくよく考えれば推理クイズ程度のものなんだけど、小道具がうまい具合に使われていて、なかなか鮮やかなトリックとなっている。
化学者の証言が挿入されていて、リアリティを担保しているのも良いと思う。

で、アリバイなのだが・・・これが微妙。
他人の感覚に頼っている段階で、このトリックは相当危ういと思うのだが、どうか? 
どこかで気付かれるリスクが大きくて、さすがにリアリティが欠如していると感じる。
(目の付け所は面白いんだけどね)

最後に動機。タイトルにもつながってくる何とも重く、哀しい事実・・・(そうか、そういう意味だったのか・・・)
いかにも50~60年代の日本っていう感じだし、作品に深みを与えている。
ということで、デビュー作とは思えない完成度。さすがに三百作以上の作品を世に送り出しただけのことはある。
初期の笹沢左保恐るべし!っていうことだな。


No.1315 5点 獏鸚(ばくおう) 名探偵帆村荘六の事件簿
海野十三
(2017/02/08 21:13登録)
1928年『新青年』誌に「電気風呂の怪死事件」を発表しデビュー。以降、科学トリックを用いた作品を発表し、日本SFの先駆者と呼ばれる作家・・・海野十三。
本作は名探偵・帆村荘六が活躍するシリーズのうち、比較的初期のものを集めた作品集。

①「麻雀殺人事件」=帆村荘六初登場の作品は、雀荘のなか、名探偵の目の前で起こった殺人事件という、いきなり難しいテーマ。正直、真相は腰砕け気味なのだが・・・
②「省線電車の狙撃手」=省線(=山手線)内で連続して起こる銃殺事件。果たして真犯人は車内から狙撃したのか、車外から狙ったのか?という刺激的な設定。まぁ電車の窓が自由に開け閉めできた時代ならでは。図解入りで説明されているが、今ひとつピンとこない。時代の壁かな?
③「ネオン横丁殺人事件」=まさに科学トリック!って感じなのだが、あまりにもデフォルメされててよく理解できない・・・
④「振動魔」=スゲエ・・・。こんなトリックが存在したなんて! これって科学なのだろうか?
⑤「爬虫館事件」=何だか「館」シリーズのようなタイトルだが、まるで関係なし。これは・・・科学というよりオカルトに近いのではないか? 仮面ライダーV3のライダーマンをちょっと思い出した(古いな!!)
⑥「赤外線男」=これはさらにスゴイ! が、しかし凄すぎてもはや状況がよく呑み込めない!
⑦「点眼機殺人事件」=この死因はスゲエな! これで本当に人は死ぬのだろうか? だったら、サラリーマンは気を付けよう(特にメタボの人)!
⑧「俘囚」=これもスゴイ・・・というか正直理解不能だった。でもコワイ!
⑨「人間灰」=う~ん。何なんでしょうね?
⑩「獏鸚」=表題作だけあって、もしかしたら一番まともなミステリーかもしれない。結構練られた暗号ミステリー。

以上10編。
本作や作者の歴史的価値は認めるが、読み進めるのが結構苦痛だった。
なんて言うのかなぁ・・・
特段エログロっていうわけでもないし、骨格はちゃんとしたミステリーっぽい作品が多いんだけど、何か居心地が悪いというか、ムズムズするような感覚にさせられた。

時代背景もあるだろうし(昭和一桁だもんな)、やむを得ないんだろうけど、好みでないのは間違いない。
東京創元社から続編が出てるけど、読まないかな・・・


No.1314 8点 たけまる文庫 謎の巻
我孫子武丸
(2017/01/28 22:24登録)
本書は、1997年、集英社より『小説たけまる増刊号』として刊行されたものから、文庫化に当たり作品を抜き出し、再編集したもの・・・だそうです。
バラエティに富んだ「選り取りみどり」の作品集という雰囲気。

①「裏庭の死体」=我孫子ファンには堪らない、「速水三兄弟」登場作品。いつものように長兄が持ち込んだ殺人事件の謎に、妹がひたすらまぜっ返し、次男が一刀両断に解決する・・・という流れ。トリック自体は突飛だけど、それほどどうと言うこともないものだが・・・。とにかくこのシリーズが久々に読めて良かった!
②「バベルの塔の犯罪」=近未来を舞台にしたSF風の作品なのだが・・・そんなことを吹き飛ばすラスト一行! そういうオチかぁー いやいや立派になったもんです。さすがフェニックス!
③「花嫁は涙を流さない」=いわゆる「裏の裏は表」っていうことか?(違うかもしれないが・・・) ひと捻りしてあるのがさすがという感じだ。
④「Everybody kills Somebody」=これは実にウマイね。こういうプロットをサラッと書ける辺りに作者の腕前が忍ばれるというものだ。ラストもなかなか気が利いてる!
⑤「夜のヒッチハイカー」=これは③と同ベクトルの作品。だけど、これも最後にもうひと捻りしてあるところがミソ。「やっぱりなぁ」と思ったところに、追加の一撃が来るという趣向。
⑥「青い鳥を探せ」=主人公の私立探偵が、ある男の不思議な依頼を引き受け、捜査を進めるうちに・・・などと書くとありきたりのプロットに思えるが、これもラストに追加の一撃!
⑦「小さな悪魔」=ホラー風味の一編。ちょっと分かりにくいけど、ゾワーといういやーな感覚になる。
⑧「車中の出来事」=夜中のローカル線の車中という静かな舞台が一変!! これは「裏の裏の裏・・・の裏」くらいまでひっくり返してくる! なかなかの佳作。

以上8編。
まさに「短編のお手本」のような作品が並ぶ。珠玉の作品集といっても差し支えないだろう。
最初に述べたとおり、バラエティに富んだ作品だし、ラストの切れ味もかなりなもの。
おまけにあの「速水三兄弟シリーズ」も読めるなんて・・・

短編ミステリーの面白さを味わうのにちょうどいい作品、という評価。まさにGood Job!
(ベストは迷うけど④か⑧だな。②はある意味別格!)


No.1313 7点 カナリヤ殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2017/01/28 22:23登録)
「ベンスン殺人事件」に続いて刊行されたファイロ・ヴァンスシリーズの二作目。
終盤に出てくるあのシーンが有名な長編作品。
1927年発表。

~ブリードウェイの名花《カナリア》が密室で殺された。容疑者は四人しかいない。その四人のアリバイはいずれも欠陥はあるが、犯人と確認し得る決め手はひとつもない。ファイロ・ヴァンスは容疑者を集めてポーカーを遊び、ポーカーの勝負を通じて犯人を指摘しついにヴェートーベンの『アンダンテ』によって決定的証拠を掴む。ヴァン・ダインの二作目にして、ワールド紙が推理小説の貴族階級に属するものと評した傑作~

実は未読だった作品・・・なのだが(今さら)、読んで良かったというのが率直な感想。
世評については昔から耳に入っていて、好意的というよりはやや辛辣な意見が多いことも既知であった。
確かに・・・
例のポーカーによる心理的推理にしても、二つの密室トリックにしても、前者はこれだけでは決め手にはなり得ないだろうし、後者については時代背景を勘案しても「子供騙し」という感覚になってしまう。
(特に裏口のトリックは果たしてうまくいくのか甚だ疑問)

しかしながら、個人的に感じたのは、本作の良さはそんなところではなく、謎の呈示と構成、舞台設定の妙にあるということ。
四人しかいない容疑者たちが、ヴァンスの卓越した推理力で徐々に化けの皮が剥がされていく過程や、それぞれが微妙に絡み合って構成されるアリバイ、人の目に触れることなしでは入れなかった被害者の部屋などなど、本格ファンの心をくすぐるギミックに事欠かない。
(その辺りは、訳者あとがきで故中島河太郎氏も指摘しておられる)
もちろん時代経過による経年劣化には晒されているが、当時の読者には相当ハイカラな読み物と映ったに違いないだろう。

ヴァンスのペダンティックな語り口が気に障る、なんでいつも皮肉めいた台詞を吐くのだという方もいるかもしれない。
でも好きなのだ。そんなファイロ・ヴァンスが!
そのことに改めて気付かされた今回。残りの未読作は僅かになり、駄作ぞろいで有名な九作目以降となったが、それでも手に取るだろうな。


No.1312 2点 スティームタイガーの死走
霞流一
(2017/01/28 22:22登録)
2001年発表のノンシリーズ長編。
その年の「このミス」で(なんと)第四位に輝いた作品(とのことだが・・・)

~C63・・・それは戦時に設計されるも、幻に終わった蒸気機関車。玩具メーカーの創業者、小羽田伝介は会社の宣伝のためにC63を完全再現させた。しかも本物の中央本線で東京まで走らせる計画を発表する。その記念すべきお披露目の日、出発駅で変死体が発見される。不穏な空気のなか走り出したC63だが、間もなく虎の覆面を被った二人組によって乗っ取られ、そしてC63は忽然と消失してしまった!! 怒涛の展開と驚愕のラストが度肝を抜くノンストップ本格推理~

こりゃーやっちまったな・・・(byクールポコ)
新年そうそうヘタこいたぁ・・・(by小島よしお)  古いな・・・

よくまぁ、「このミス」でランクインしたもんだよな・・・
(正直、選んだ奴の気が知れない)
どこが良かったんだろ?
ラストかな? 驚愕の?

確かに「驚愕」かもしれない。
すべてをぶち壊すかのような、あのオチ・・・
ホントに作者はそれがやりたかったのか?
「バカミスですから」ということで大目に見る気にはなれない。
(この列車消失のトリックは一体なんなんだ?)
これを世に出した出版社もねぇ・・・眼鏡が曇ってるとしか思えない。

褒めるところあるかって?
「短くてすぐに読めるところ」かな。
とにかく、久しぶりに最低ランクのミステリーと出会ってしまった。新年そうそう・・・(クドイ!)


No.1311 6点 処刑宣告
ローレンス・ブロック
(2017/01/21 21:11登録)
マット・スカダーシリーズ十三作目の長編。
1996年の発表。

~新聞の有名コラムニストに届けられた匿名の投書。それは、法律では裁けぬ“悪人”たちを“ウィル=人々の意志”の名のもとに処刑する、という殺人予告状だった。果たして、ロビイストやマフィアの首領がつぎつぎと殺害されていく。スカダーは、つぎのターゲットとしてウィルの処刑宣告を受けた弁護士から身辺警護を依頼された。だが、対策を練ったにもかかわらず殺人は実行されてしまう・・・。NYを震撼させる連続予告殺人の謎にスカダーが挑む!~

他の方も触れられているが、本作は前作「死者の長い列」とともに、本格ミステリー寄りのいわゆる“謎解き”に比重を置いた作品となっている。
新聞社にわざわざ予告をしたうえで連続殺人を遂行するという劇場型犯罪がメインの事件。ただ、それ以外にもエイズ患者がNYの公園で銃殺されるという事件も並行して起こり、読者としては、どうしても二つの事件の関連が気にかかってしまう。
メインの予告殺人の方は、大方の予想を裏切り、頁数でいえば中盤過ぎという辺りで大凡の解決がついてしまう!
(密室殺人には期待せぬこと!)
「こりゃもしかして、いわゆるドンデン返しというやつなのか??」って身構えたのだが、そこまで本格寄りのプロットではない。

シリーズもここまで続いてくると、作者としても当然いつもと同じっていう訳にはいかなくなる。
“中興の祖”とも言える「倒錯三部作」を過ぎ、作者がつぎに取り組んだのは、本格とのハイブリットだったのだろう。
これが成功しているかと問われると、正直、やや疑問符かな・・・
意外性というか、サプライズ感と本シリーズはそれほど親和性が高いとは思えない。
シリーズファである私は、NYの殺伐感、スカダーと登場人物たちの“影”のある会話、行間を味わいたいのだ。

訳者あとがきでも、シリーズ当初からのスカダーの変化に触れており、「今やアル中のネクラ探偵というキャッチフレーズは当たらない」と書かれている。
そりゃまぁ、エレインと結婚して家庭を築き、TJやグルリオウなど友人も増えてきた彼なのだから、変わらない方がおかしいのだが・・・
シリーズも折り返しを過ぎ、齢五十六となったスカダー。
当然、次作以降も読み継ぎ、彼の行く末を追っていきたい。


No.1310 8点 セント・メリーのリボン
稲見一良
(2017/01/21 21:09登録)
1996年発表。
山本周五郎賞を受賞した名作「ダック・コール」以降の作品を集めた作品集となっている。

⑤「セント・メリーのリボン」
表題作であるとともに、「ダック・コール」集録の作品に負けず劣らずの名作。主人公は作者没後にひとつの作品集として纏められる“猟犬探偵”竜門卓。彼は猟犬を中心とした「犬探し」を本業とする探偵。
もう、何よりも作品全体から漂うただならぬ“香気”が半端ない。作中の登場人物に「フィリップ・マーロウ」に例えられるほど、ニヒルで孤独が似合う男・竜門がこれまたカッコイイ!
そして、ひとりの少女に最高のプレゼントを渡す場面が印象深いラスト・・・。もう、完璧な作品である。
①「焚火」=実に短い作品だが、これも凄まじいほどの静謐感が心に染みる一編。老人と犬の存在感は作者ならではだろう。
②「花見川の要塞」=こちらはどこかファンタジックな作品。花見川沿いの草地で出会う少年とその少年を育てた老婆。彼らにしか見えない日本軍の列車をカメラに収めようとする男・・・。これだけ書いてると荒唐無稽な話にしか思えないが、読んでいるうちに一編の良質な短編映画を見ている気分にさせられた・・・。結局彼らの正体は? なんて聞くのは野暮なんだろうな。
③「麦畑のミッション」=これは・・・どうもよく分からなかったのだが・・・
④「終着駅」=①~③とはやや趣が異なる一編。東京駅の赤帽にスポットライトを当てた作品なのだが、ファンタジックとかノスタルジックというのとは違ってるし、ラストの唐突な終わり方が思わせぶりだ!

以上5編。
作者あとがきで触れているが、『誇り高き男の、含羞をこめた有形、無形の贈りもの』がテーマとなっている作品集。
「ダック・コール」を読んだときにも感じたけど、特に動物に対する描写、表現方法は図抜けている感がある。
そこには無骨だけれど、何とも言えない愛情や優しい目線を感じる。
そして、孤高で誇り高く、実にまっすぐな男たち・・・

分類すればハードボイルドということになるのだろうけど、ジャンルなど無意味に思えてくる。
ひとり、静かな夜に、フォア・ローゼスを飲みながら、時間を惜しむように楽しむのが稲見一良という作家ではないか?
そんな似合わないことを考えてしまった・・・
(とにかく⑤は秀作のひとこと!)


No.1309 5点 語りつづけろ、届くまで
大沢在昌
(2017/01/21 21:08登録)
“日本一不幸なサラリーマン”、坂田勇吉を主人公とするシリーズ。
「走らなあかん、夜明けまで」、「涙はふくな、凍るまで」に続く三作目であり、且つシリーズ最終作(とのこと)。
2012年の発表。

~大手食品会社のサラリーマン・坂田勇吉は新商品を宣伝するため、東京下町の老人会に通っていた。老人たちやボランティアの女性・咲子の心をつかんでいた彼に、健康枕のセールス指導のアルバイトが持ちかけられる。打ち合わせ場所に着いた坂田の目の前には、刺殺体が! ヤクザがらみの厄介な事態に巻き込まれた坂田に危険が迫る・・・~

またも「ヤクザがらみ」の事件に巻き込まれる坂田勇吉・・・というシリーズ定番の展開&プロット。
第一作の「走らなあかん、夜明けまで」が非常に気に入って、続編も手に取ってきたシリーズ。
(巻末解説によると、一作目はハリソン・フォード主演の映画「フランティック」に触発されて書かれた作品とのこと。)
大阪、北海道と坂田が出張先で事件に巻き込まれるという舞台設定から一変。本作は、地元の東京でもわざわざ事件に遭遇することになる。

ただ・・・本シリーズは、二作目からのパワーダウンというか、二番煎じ感(ある種当たり前だが)がどうにも目に付く。
作者というと、どうしても「新宿鮫シリーズ」の孤高で静謐で、かつ熱量のあるハードボイルド、っていうイメージを持ってしまうのだが、それに比べると、プロットの安直さや膨らみのなさがねぇ・・・
シリーズを打ち切るという作者の思いもよく分かる(気がする)。

シリーズキャラクターの造形にも、どうにも「想い」が込められていないよなぁ・・・
「今どき、こんな冴えないっていうか、不器用なヤツ」っていうのが、どうにも共感できないっていう気持ちになる。
まっ書き方次第なんだろうけどね。

結構分量はあるのだが、中身はそれほど・・・
「鮫」の続編に期待!っていうところだ。


No.1308 7点 エンジェルズ・フライト
マイクル・コナリー
(2017/01/09 22:57登録)
1999年発表。
ロス市警ハリウッド署刑事ハリー・ボッシュが活躍するシリーズ第六作。
単行本化に当たり、「堕天使は地獄へ飛ぶ」から改題。

~LAのダウンタウンにあるケーブルカー<エンジェルズ・フライト>の頂上駅で惨殺死体が発見された。被害者のひとりは辣腕で知られる黒人の人権派弁護士ハワード・エライアス。市警察の長年の宿敵とも言える弁護士の死に、マスコミは警官の犯行を疑う。殺人課のハリー・ボッシュは部下を率いて事件の捜査に当たるが・・・。緻密なプロットと圧倒的な筆力で現代アメリカの闇を描き出す、警察小説の最高峰《ハリー・ボッシュシリーズ》第六弾~

さすがに安定感たっぷりのシリーズ!
そういう読後感。
今回も大都会・LAの街を縦横無尽。前作から加わった女性刑事を含めた二名の部下、そして宿敵の内務監察課刑事、更にはFBIをも巻き込んで捜査に当たることになるボッシュ。
相変わらずストイックな男だ!
ただし、本作では、前作でようやく結婚できた愛妻・エレノアとの間に大ピンチが訪れることに。
プライベートに恵まれぬなか、捜査に専心せざるを得ないボッシュの苦悩が作中のそこかしこに登場し、読者はやきもきさせられる・・・
この辺りは、やはりシリーズものの良さというか、読者を作品世界に引き寄せる作者の手腕なのかもしれない。

で、肝心の本筋なのだが・・・
プロットとしては特段目新しいものはないように思う。
典型的な「起承転結」型とでも言おうか、本作でも、捜査が山場に差し掛かった時点で、事件の様相をひっくり返すひとつの事実に出くわすことになる。
ここから後は、急激にスピードアップ。一気にラストまで流れ込む。
これは・・・もう“お家芸”とでも言うべきかな。まさに安定感!

今回はアメリカ社会の「黒」対「白」や裏社会の問題まで扱っており、そこらへんも読み応え有り。
まぁいろいろと不満点もあるにはあるんだけど、まずは良質なエンタメ小説ということでよいのでは。


No.1307 3点 カラット探偵事務所の事件簿2
乾くるみ
(2017/01/09 22:55登録)
恐らく静岡県にある(と思われる)架空の街・倉津市を舞台に、探偵・古谷と助手・井上の同級生コンビが活躍するシリーズ第二弾。
2012年の発表。
今回もなかなか緩~い“謎解き”作品となっています。

①「小麦色の誘惑」=寝ている間にハートマークの日焼けあとを付けた犯人を探すという、初っ端から実に緩い作品。しかも真相がコレとは・・・。気の短い人なら、ここで「やーめた」ってなるかもね。
②「昇降機の密室」=今回は過去の有名作のパロディ?っていう作品も多いのだけど、これはやっぱりアレを意識してるんだろうねぇ。密室つながりといい・・・。ここれ「やーめた」という方も多いかもしれないけど・・・
③「車は急に・・・」=これも新聞の三面記事で出てきそうな、実に下世話な話だな。これで商品の値段そのものをサービスするっていうのは聞いたことないけどね。
④「幻の深海生物」=これ読むまで、倉津市っててっきり「沼津市」のことだと思ってたけど、倉津VS沼津なんて意味で書かれてるんで、「違うんだぁ」って思った次第。本筋とは全く関係ありませんが・・・
⑤「山師の風景画」=一種の暗号ものと言えなくもないけど、これも不満だらけの一編。ここまで来ると、やめないで読んでる方がスゴイかも。
⑥「一子相伝の味」=ラストの表現からすると、古谷の推理は当たってたわけだよな?
⑦「つきまとう男」=唯一、作者らしい「企み」が発揮されたラスト一編。これは前作(事件簿①)を読んでないと「??」にしかならないけどね。

以上7編。
前作は一応連作らしい仕掛けがあったんだけど、本作は各編独立した作りで、連作らしいアイデアはほとんどなし。
これじゃ読み飛ばされても仕方ないっていう作品が並んだ感じだ。
もう少しできるだろう・・・作者ならば!!

広~い心を持った方のみ手に取ることをお勧めします。
普通の人にとっては、“時間のムダ”ということになる可能性大。
(ちょっと言い過ぎかな?)


No.1306 7点 祈りの幕が下りる時
東野圭吾
(2017/01/09 22:54登録)
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
恒例(?)となりましたが、どの作品を新年一発目にセレクトするかということで・・・2017年の“読み始め”はコレでした。
シリーズもついに十作目。加賀恭一郎シリーズの到達点ともいうべき本作。
2013年発表。吉川英治文学賞受賞作。

~明治座に幼馴染みの演出家を訪ねた女性が、遺体で発見された。捜査を担当する松宮刑事は近くで発見された焼死体との関連を疑い、その遺品に日本橋を囲む十二の橋の名前が書き込まれていることに加賀恭一郎は激しく動揺する。それは孤独死した彼の母親につながっていた。シリーズ最大の謎が決着する!~

七作目「赤い指」から明らかに変わってきた本シリーズ。
八作目の「新参者」で日本橋に異動した加賀ですが、本書の帯どおり、『加賀恭一郎はなぜ“新参者”になったのか?』が判明するのが本作というわけ。
加賀恭一郎というキャラクターに惹かれているシリーズ・ファンは多いと思うけど、今回、事件を追い、謎を解き明かすことで、彼の両親に纏る因縁や呪縛を解き放つことになるのがミソ。

「運命」というひとことだよなぁ。博美も綿部も苗村も、そして加賀も加賀の母親も・・・
みんな、「運命」という残酷な存在に縛られ、振り回され、支配されて生きている。一生懸命に生きよう、より良い明日を迎えようとしている人たちに残酷なまでに訪れる「運命」・・・
何か、切なくなるような、ただひたすら悲しくなるようなストーリー。
日本橋を囲む十二の橋という存在が、まさに親と子を“つなぐ”存在になっているのが、何というか「旨い」。

こんなことを書いてると、『本作って一昔前のミステリーだよな』って再認識させられる。
そういう意味では、他の方も触れているとおり、「砂の器」っぽいというのも頷ける。
ただ、個人的には「容疑者X」との類似性の方が目に付いたかな。(ネタバレっぽいけど、アノ人物の行動なんて、まさに「容疑者X」のアノ男みたいだもんね)
この「一昔前」が“敢えて”なのか、“予定どおり”なのか気になるところだが、こういう作品も書けるというのが作者の懐の深さだろう。

ただ、全体的には「もうひとつ」という評価も頷けるかな・・・。期待値が大きいだけに、作者としても辛いところかもしれない。
いずれにしても、“警視庁捜査一課・加賀刑事”の今後に期待したい!
(一応2017年も、当面は三作セットで書評をアップしていきたいと思っております。)


No.1305 7点 水族館の殺人
青崎有吾
(2016/12/31 14:07登録)
衝撃のデビュー作「体育館の殺人」に続く、裏染天馬シリーズの二作目。
今回もロジック全開(!)の作品なのか?
2013年発表。
(なお、「読者への挑戦」の挿入は文庫版のみとのことなので、文庫版を手に取る方がベターでしょう)

~夏休み最中の八月四日、向坂香織たち風ケ丘高校新聞部の面々は、取材で横浜市内の穴場スポット、丸美水族館に繰り出した。館長の案内で取材していると、B棟の巨大水槽の前で驚愕のシーンを目撃。なんとサメが飼育員と思われる男性に食らいついている! 駆け付けた警察が関係者に事情聴取していくと、容疑者は十一人にも及ぶことが判明。しかもそれぞれに強力なアリバイが・・・。袴田刑事は仕方なく、あのアニメオタクの駄目人間、裏染天馬を呼び出すことに・・・~

まさに『平成のエラリー・クイーン」という称号に相応しい作品だろう。
本格ミステリーの書き手にとって受難な時代にも拘らず、ここまで「正統派」で「ド・ストレート」な本格ものにチャレンジする作者には、やはり敬意を表せざるを得ない。

巻末解説を読むまでもなく、本作が国名シリーズの二作目である「フランス白粉の謎」のオマージュであるのは明らか。
多すぎる容疑者を数々の物的証拠をもとに、ひとりひとり消去法で潰していくという、もう本格ファンには堪らないシチュエーション! あの「フランス白粉」が現代に蘇ったわけだ。
前作は「一本の傘」が象徴的な物証として取り上げられていたが、本作は英語タイトルの“The Yellow Mop Mystery”どおり、「一本のモップ」が鍵となる物証として登場する。
モップはなぜ犯行現場に持ち込まれたのか? そして、真犯人は犯行時、犯行後どのように行動したのか?
天馬の推理を読むだけでもかなりのゾクゾク感が味わえる。

そしてプロットのもうひとつの軸が容疑者たちの“分刻みのアリバイ”。
これこそがまさに「水族館のバックヤード」という限定空間に事件現場を設定したひとつの根拠だろう。
消去法によるフーダニットなんてやろうというなら、こういうCC設定は必須条件となる。
単なるアリバイトリックに終わらせない辺りも、作者のただならぬ才能を示しているのかも。

もちろん細かな齟齬はある。
動機もそうだろうし、なぜ監視カメラで囲まれた空間で殺人を犯さねばないないのか?という根本的な疑問には応えてないようにも思う。
登場人物の書き分けも然り・・・etc
でも、そんなマイナスを引いても余りある魅力と可能性。
そこもエラリー・クイーンをオーバーラップさせてしまう一因かもしれない。
言い過ぎかな? 多分言い過ぎだな・・・
(2016年ラストの書評。来年は「量」より「質」優先で読書していきたいと考えてますが・・・できるか?)


No.1304 6点 刑事の約束
薬丸岳
(2016/12/31 14:04登録)
警視庁・東池袋署刑事・夏目信人を主人公とするシリーズ。2014年発表。
短篇集「刑事のまなざし」、長編「その鏡は嘘をつく」に続く三作目が本作。
今回も作者らしい重いテーマを扱っているのだが・・・

①「無縁」=小学生が犯した犯罪。しかし、その子供は世間と隔絶された生活を送り、自身がどこの誰なのか分からなかった(!) 作者が繰り返し挑むテーマが「少年犯罪」なのだが、今回も大人の事情の犠牲となった子供が登場する。黒幕として登場するある人物は前作で「影」を見せていた人物で・・・
②「不惑」=夏目の高校の同級生の男。彼は同窓会&結婚式の舞台で過去の「恨み」を晴らそうと画策していた(!) しかし、夏目が看過した真実は違ったものに・・・。「恩」って時には残酷だな。
③「被疑者死亡」=刑事が追い詰めた男が、目の前で車に轢かれてしまう(!) その男の行動を追ううちに、意外な事実が浮かび上がってくる・・・。少しでも家族のために贖罪しようとしていた男の姿に涙!
④「終の住処」=認知症を患っている老婆が、日頃世話になっている介護職員を突き飛ばし、大怪我を負わせてしまう。なぜ、老婆はそんな行動を取ったのか?というテーマなのだが、この超高齢化社会ではよくある光景なのかもしれない。犯罪者を息子に持つ老婆の、母親としての愛情に涙!
⑤「刑事の約束」=①~④にも増して重いテーマである。本編は「刑事のまなざし」を先に読んでいることが前提となるので注意。「…まなざし」で夏目が救ったはずの少年に再びスポットライトが当たるのだが、少年の心には思いもつかないような闇が広がっている・・・。何とも言い様がない悲しみに涙!

以上5編。
最初書いたように、何とも「重い」「重い」テーマである。
今回も少年や老婆、元犯罪者など、社会的に弱い立場にある人々が犯罪に落ちていく様が描かれている。
そして、その犯罪を見つめるのが、夏目刑事ということになる。

人はなぜ犯罪を犯すのか、環境のせいなのか、人間性の問題なのか?
どれも読者の心に強く訴えてくる作品になっている。
特にラストの⑤。ここまでヒドイ話にする必要があるのかとさえ感じてしまった。
果たして、裕馬少年に未来はあるのだろうか?
フィクションながら、心配せざるを得ない、そんな気にさせられてしまった。
(続編も読むんだろうな・・・)


No.1303 5点 四人の女
パット・マガー
(2016/12/31 14:03登録)
1950年発表。
「被害者を搜せ」や「七人のおば」など、一風変わったミステリーで知られる作者の長編作品。
原題は“Follows,as the night”

~前妻、現夫人、愛人、そしてフィアンセ・・・。人気絶頂のコラムニスト・ラリーを取り巻く四人の女性。彼は密かに自宅バルコニーの手摺に細工をしたうえで、四人を揃って招待し、ディナーパーティーを開いた。彼にはその中のひとりを殺さねばならない切実な理由があった。その夜遅く、NYはイーストリバー近くの路上に落下したのは誰か? 才人マガーがものにした傑作恋愛小説にして、「被害者探し」の新手に挑んだ傑作ミステリー~

これは・・・ミステリーじゃないな。
紹介文のとおりで、「被害者は一体誰なのか?」という魅力的な謎は存在する。
これまでも「被害者」や「目撃者」など、単純な「犯人探し」ではない趣向を凝らしてきた作者だから、本作も一筋縄ではいかないプロットなのかと身構えたのだが・・・
そういう方向性とは違ったわけだ。

ストーリーテリングはさすが。
シャノン、クレア、マギー、ディー・・・四人の女性もそれぞれが強い個性を持ち、ラリーと絡む中で、人間臭さを魅せ続ける。
中でも最初の妻であるシャノンとのパートが一番ボリュームがあり、そこにプロットの鍵があることに・・・(ネタバレっぽいが)
本作の白眉はもちろんラストの展開なんだろうけど、因果応報っていうか何というか、「人間ってやっぱりそうなんだよねぇ」っていう感想になった。
ついつい華やかなものに目を奪われがちだけど、幸せってそういうところにはないんだと言いたいんだろうか?
きっとそうなんだろうな。

何だか全然ミステリー書評じゃなくなっているから、本作はやっぱり普通のミステリーとは違うんだろう。
でも「恋愛小説」っていうのも違うしなア・・・
とにかく独特の雰囲気を持つ作品ということ。
(あまり好みの方向性ではないのだが・・・)


No.1302 5点 黒い列車の悲劇
阿井渉介
(2016/12/21 23:00登録)
1993年発表。
警視庁・牛深警部を探偵役とし、全十作からなる「列車シリーズ」の最終作となるのが本作。

~トンネル内で列車が消え、犯人からの身代金要求は六億円。三陸海岸に沿って走る北リアス線の車輌が、百メートルもないトンネルに入ったままで出てこない。数分後、反対方向からやって来た車輌は、何事もなかったかのようにトンネルを抜けていった! 単線の鉄道でなぜこんなことが起こる? 牛深警部シリーズ最後の事件~

本シリーズは個人的にも思い出深い作品が多い。
本作も発表当時読了しており、今回が再読となるが、これほど強烈な不可能趣味を前面に押し出したシリーズは他に類を見ないし、社会派的とも取れる、何とも重々しい雰囲気とのコラボレーションというのもあまり他に例がないように思う。

本作で登場する「不可能趣味」もかなり強烈。
①(紹介文のとおり)単線のトンネル内で列車が消えたとしか思えない状況で、反対方向から来た列車が無傷で通り過ぎる謎
②消えた列車が海の上を通るのを目撃された謎
この二つが冒頭から牛深警部の前に立ち塞がることになる。
これまでも、駅が消えたり、乗客全員が消えたり、八両連結の中の一両だけが消えたりと、とにかく「消す」ことにかけては手を変え品を変えチャレンジしてきた本シリーズ。
でも今回は過去最大級。何しろ列車そのものを消すのだから・・・

ただ、この解法が問題!
このトリックはあまりにもリアリティを無視しているのではないか?
現実の鉄道車両をなにかプラレールのようなものと取り違えているのではないか。これを「机上の空論」と言わずして何と言う!
としか思えないのだ。②も同様にちょっとヒドイ。
まぁ今回はトリック云々というよりは、牛深警部の暗く重い過去とシンクロさせ、発表当時話題となっていた外国人労働者の問題やら戦後の日本の闇などに焦点を当てたかったのだろう。
さすがに十作目ともなれば、トリックにも切れ味はもはや感じられないということか。これ以上シリーズが続けられなかったのも自明。

かなり辛口に書いてきたけど、本シリーズが好きで読んでいたことは事実で、こんな荒唐無稽なトリックにチャレンジするだけでも価値のあることだと思う。
小島正樹といい、作者といい、島田荘司の影響ってやっぱりスゴイと感じた次第。
(偶然、今晩「報道ステーション」で北リアス鉄道が紹介されてた。とにかく三陸鉄道の全面復旧、お祝い申し上げます。)


No.1301 6点 武家屋敷の殺人
小島正樹
(2016/12/21 22:59登録)
2009年発表の<那珂邦彦>シリーズの第一作。
作者の作品はこれまで<海老原浩一>探偵もの(?)しか読んでこなかったため、本シリーズは初読となる。
他の方も触れられているとおり、『やりすぎ』ミステリー、略して『やりミス』全開!

~孤児院育ちの美女から生家を探して欲しいとの依頼を受けた弁護士・川路弘太郎。唯一の手掛かりは、二十年前の殺人事件と蘇るミイラについて書かれた異様な日記のみ。友人・那珂邦彦の助けを借りてついに生家を突き止めるが、そこは江戸時代から存続する曰くつきの屋敷だった。そして新たな殺人が・・・。謎とトリック二倍増しミステリー~

思ったよりも「まともな」ミステリーだったというのが最初の感想。
なんでだろうと考えながら、千街氏の巻末解説を読んでいると、今回の文庫化に伴い、ノベルズ版から大幅に改稿されたことが判明。
なるほど。そのせいか・・・
確かに以前読んだ書評で、鹿児島弁がいらない、表現が回りくどすぎ・・・etcというのを読んでいたので、その辺りは作者も意識したんだろうな。かなり読みやすくなっている。

ただし、プロットそのものは変わっていないわけで、当然「やりすぎ」は「やりすぎ」だ。
本作は死体移動や氷室が消えるなどの不可思議現象は出てくるものの、大掛かりな物理トリックというよりは、日記・手記等を目眩しとし、読者の思考のズレを誘うタイプの作品。
特に、○人○○(ネタバレ?)を効果的に使っているところはセンスを感じる。
(人間のカンを無視したこの手のトリックはどうしてもリアリティを感じないけどね・・・)

ただなぁー、あまりにも詰め込みすぎているため、トリックを成立させるための舞台設定というか、材料があちこちに置かれすぎて、どうしても「とっちらかっている」印象になってしまう。
ラストに畳み掛けられているドンデン返しも、一応理由付けは成されているものの、そこまでダミー推理がいるか?という感覚にはなってしまった。
でも、それをなくしてしまうと「小島正樹でなくなる」んだろうし、難しいところだ。

いろいろな批判はあるだろうけど、とにかくこれからも「やりすぎ」に拘って、小島正樹のミステリーを追求してほしい。
一本格ファンとしてはそう思う。


No.1300 6点 猫とアリス
芦原すなお
(2016/12/11 21:07登録)
「雪のマズルカ」に続き、女探偵・笹野里子を主人公としたシリーズの連作短篇集。
「青春デンデケデケデ」で直木賞を受賞した作者のハードボイルド・ミステリー。
2015年発表。

①「青蛇」=この連作短編の“影の主役”的存在の通称「青蛇」。決して目立たない風貌ながら、恐ろしい程の柔術を扱い、簡単に人を誌に至らしめる男・・・。本編は「青蛇」と里子との出会いが語られる。
②「クリスクロス・六本木」=六本木交差点で突如巻き起こる殺人事件。謎多き「クラブ」へ潜入捜査する里子だが、そこにはまた「青蛇」の影が・・・
③「猫とアリス」=①②とは若干時間軸が変わり、里子の同業者であり、長編「月夜の晩に火事がいて」にも登場するふーちゃんこと、山浦歩との出会いが語られる一編。一匹の猫を介した出会いなのだが、ふたりが行き着いた先にはあの男の影が・・・っていう展開。
④「ディオニソスの館」=今度はいかにも怪しげな新興宗教の館に潜入捜査を行う里子。大方の予想どおり捕らえられてしまうのだが、そこにまた「青蛇」が現れて・・・。ここで黒幕がついに登場!
⑤「無間奈落」=連作の最終譚らしい一編。意味深なタイトルどおり、謎の男「青蛇」の正体がついに明らかにされる。そして、彼がここまで罪を重ねる理由も詳らかにされて・・・。何とも哀しく切ないラスト。

以上5編。
芦原すなおというと、どうしても「青春・・・」や「ミミズクとオリーブ」シリーズのような、ほのぼのした話を連想してしまうのだが、このシリーズだけは別。
何ともダークでドライ、そして虚無的な雰囲気をまとった作品。
(さすがに達者だね)

女ハードボイルドの主人公として描かれる里子の造形も、魅力的なのだが、何とも孤独で幸薄い感じ。
レギュラー的位置づけの登場人物も実に人間臭く、いい塩梅にアウトローだ。
前作「雪のマズルカ」はあまりパッとしない印象だったのだが、それと比較して本作は格段に面白かった。
それもこれも「青蛇」のおかげかも。
なかなか筋の通った連作に仕上がっていると思う。
続編にも期待。

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