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平均点:6.00点 | 書評数:1859件 |
No.1639 | 6点 | スリーピング・ドール ジェフリー・ディーヴァー |
(2021/04/15 22:26登録) リンカーン・ライムシリーズの「ウオッチメイカー」で初登場したキネティクスを操る名手キャサリン・ダンス。 そんな彼女を主役に据えたスピンオフシリーズの一作目。 2007年の発表。 ~他人をコントロールする天才ダニエル・ペル。カルト集団を率いて一家を惨殺、終身刑を宣告されたその男が、大胆かつ緻密な計画で脱獄に成功した。彼を追うのは、いかなる嘘も見抜く尋問の名手=キャサリン・ダンス。大好評<リンカーン・ライム>シリーズからスピンアウト。ふたりの天才が熱い火花を散らす頭脳戦の幕が開く~ 徹底的に「物証」に拘るのがリンカーン・ライムならば、徹底的に「人間の心情」に拘ったのが、このキャサリン・ダンス。でも、これ真逆というわけではなく、どちらも犯罪を構成する重要な要素ということなのだろう。 彼女のキネティックの力が最も示されたのが、終盤の天才的犯罪者ダニエル・ペルとの対決シーン。ペルの罠に嵌まり、捕らわれの身となってしまったダンスが、自らの能力で見事脱出を図る場面。 キネティクスどころか、僅かな心理の“アヤ”から事件の真の構図を暴くことに成功するのだ。この辺りの爽快感はリンカーン・ライムシリーズにも決して引けを取らない。 そしてもう一つのヤマが、作者お得意の終盤のどんでん返し。他の方も書いているとおり、作者の作品に通暁している読者ならもはや自明なのがツライところなのだが、それでも序盤から作者が密かに仕掛けていた伏線が見事に炸裂することになる。 ということで、安心して楽しむことのできる作品なのは間違いなし。けど、刺激性や爆発力といった点からはちょっと物足りなさも残った感じ。 まぁシリーズ一作目だし、まずはスロースタートということもあったのかも。 途中、ライムとアメリアがカメオ出演するシーンもあったから、これからも「両者」の共演が期待できるということなのだろう。次作も期待大。 (結局ペルのいう「山」って、何のことだったんだろう? いわゆる「山」?) |
No.1638 | 5点 | 血縁 長岡弘樹 |
(2021/04/15 22:26登録) ~親しい人を思う感情にこそ、犯罪の盲点はある。誰かに思われることで起きてしまう犯罪。誰かを思うことで救える罪~ ということで、作者得意の短編集。2017年の発表。 ①「文字盤」=コンビニ強盗を追う田舎警察署の刑事。彼には独特の捜査方法があるのだが、その捜査を行ううちに”ある人物”に目を付けることになる。 ②「青いカクテル」=父親の介護をする「姉」。弁護士と言う仕事をしながら厳しい日々を過ごす「妹」。介護をテーマにした作品は数多いけど、本作も事件の根は介護される人の「尊厳」ということ。 ③「オンブタイ」=これも介護、介助?がテーマとなる作品。タイトルは聞いただけでは?だが、最後にはその意味が分かる仕掛け。 ④「血縁」=うーん。本当の姉妹でここまでのことをするのかなぁ? どうもリアリティにかなり欠けるような気が・・・。でも女性同士だからなぁ・・・あり得るかも。 ⑤「ラストストロー」=これもかなり特殊な状況。死刑囚に刑を執行する役どころの3人に纏わる物語。その心は相当に複雑。だからこそ・・・いろいろ起こる、ということか? ⑥「32-2」=意味深なタイトル。何かと言うと、正解は「民法」。民法第32条の2項がテーマということ。なのだが、これもかなり特殊な状況。こういう状況としても、こんなことやるか?という感じ。 ⑦「黄色い風船」=舞台は死刑囚を収監する刑務所。悩みを書いた札を黄色い風船に巻き付け飛ばす⇒気持ちが軽くなる、ということ(らしい)。 以上7編。 短編集の名手らしく、いろいろなアイデアを惜しげもなく投入された作品集、なのだろう。 ただ、上にも書いたように、どうにも無理矢理感のあるプロットが目に付く作品だった。 プロットのためのプロットとでも表現すればよいのか、強引にパズルのピースに当てはめたところ、嵌まったと思った刹那、すぐに崩れたような感覚。 それだけ良質な短編集を量産するのは難しいということなんだろう。 でも、作者の拘りとしての短編集はこれからも続けてほしいなぁ・・・ |
No.1637 | 4点 | 赤い霧 ポール・アルテ |
(2021/03/21 10:15登録) ツイスト博士シリーズの第一長編「第四の扉」に続いて発表された長編二作目。 ノンシリーズしかも二部構成、舞台は19世紀のイギリスというちょっと変格気味のプロット。探偵役として登場するのは、スコットランドヤードの腕利き警部ジョン・リードなのだが・・・。1988年の発表。 ~1887年英国。ブラックフィールド村に新聞記者を名乗る男が10年ぶりに帰郷する。昔、この村で起こった密室殺人事件を正体を隠して調べなおそうというのだ。10年前、娘の誕生日に手品を披露する予定だった父親が、カーテンで仕切られた密室状態の部屋で背中を刺されて死んでいた。当時の関係者の協力を得て事件を再調査するうちに、新たな殺人事件が起こり・・・~ 『何じゃ、こりゃ?』っていうのが最初の感想。 第一部は紹介文のとおり、作者らしい不可能趣味に溢れた密室殺人がテーマとなる。なんだけど、この解法はないんじゃないか? あまりにもお粗末に感じた。 現場に居合わせた人々の誤認や誤解だけをあてにしたトリックなんて、誤認・誤解を誘導する仕掛けに納得感があるならまだしも、これではアマチュアレベルと言われてもやむなしではないか? これは本気のトリックじゃないのかな・・・と思ってるところで、第二部に突中。 ここで突然、舞台は霧深いロンドンの暗部に移る。19世紀のロンドンでの大量猟奇殺人事件といえば、そう、「切り裂きジャック」ということで、よもやの切り裂きジャック事件の真相解明がテーマとなってしまう。 真犯人は大方の読者なら途中で十分察しがついただろう。 ということで、本格志向の読者にとっては全く食い足りない印象。スリラー、サスペンス寄りだとしても、あまり緊張感のある展開とは言い難い。 もってまわったような表現が多いという作者の悪い部分が目に付くところも評価を下げる。 これは思い付きのプロットを十分煮詰めないまま慌てて発表しましたということなのかな? 他作品でも荒唐無稽で現実性に乏しいトリックというのはあるけど、それはそれで本格ファンにはご馳走なのだが、本作は味のない見た目だけの料理を食べさせられた感じ。 (19世紀末のロンドンということで、世界で最も有名な私立探偵と助手のコンビもカメオ出演! しかも探偵はジャックではないかと一瞬疑われる役どころ!) |
No.1636 | 5点 | 四季 春 森博嗣 |
(2021/03/21 10:15登録) 真賀田四季-森博嗣作品を語るうえで、欠かすことのできない登場人物。 その彼女を主人公とした四部作。その第一章となるのが、本作。題して「春」・・・ 2003年の発表。 ~天才科学者・真賀田四季。彼女は五歳になるまでに語学を、六歳には数学と物理をマスタ、一流のエンジニアとなった。すべてを一瞬にして理解し、把握し、思考するその能力に人々は魅了される。あらゆる概念にとらわれぬ知性が遭遇した殺人事件は、彼女にどんな影響を与えたのか?~ 文庫版の121頁で、四季が言い放つ台詞。 『そうなの。冗談みたいな真似をしないといけないってこと。この世の手続って、大半が冗談だと思うわ。』 ・・・成程。フィクションの中の登場人物とはいえ、わずか6歳の子供にこうまで断定されるとは。 でも、言われてみればそうかもしれないなぁー。 昨今の政治家たちの答弁や、日々繰り返される過剰接待を巡る野党からの追及なんて見てると、「冗談」という表現が最も適格かもしれないと思ってしまう。 いやいや、そんなことはどうでもよかった。 本題なのだが、うん? 本題って何だ? そもそもこの作品に本題、本筋なんてものが存在するとは思えない。 個人的には、読んでて森博嗣の頭の中が恐ろしくなってきた。 矢継ぎ早に出された作品の数々、時系列すら超えた登場人物たちとその背景。こんなにまで膨らみを持つ作品世界が頭の中で構築され、それを実際に表現できるなんて・・・ 単純に作者の才能に、能力に敬服するばかりだ。 vシリーズの最終作「赤緑黒白」で、思いもよらなかった作品世界のつながりが見えてきた刹那。もはや、本作はトリックがどうとか、密室がどうとかいうレベルで断じてはいけないのかもしれない。 真賀田四季をめぐる物語は始まったばかり。そして、今後どのように「すべてがF」に繋がっていくのか・・・ (本作を一作ごとの登録にしていただいて誠にありがとうございます) |
No.1635 | 6点 | お引っ越し 真梨幸子 |
(2021/03/21 10:14登録) ~片付かない荷物、届かない段ボール箱、ヤバイ引っ越し業者、とんでもない隣人・・・きっとアナタも身に覚えのある引っ越しにまつわる6つの恐怖!~ ということで、「引っ越し」テーマの連作短編集。2015年発表。 ①「扉」=謎の「扉」の向こうには何がある・・・ということで実際「何か」があった! で、その「何か」が問題。でも途中夢オチっぽい仕掛けが何回か続いて、よく分からない感じに・・・ ②「棚」=不要なものを捨てようとして、仕分けしてたら、懐かしいものがどんどん出てきて、あーあ時間が過ぎていく・・・ということはよくある。で、最後は急に時間軸が怪しくなって・・・???という状況。 ③「机」=決して開けてはいけない机の引き出し。それを開けると、奥に挟まっていた書類にある文章が・・・。恐ろしい想像をした割に大したことではないと思ってたら、そうでもなかった! ④「箱」=こんなに大きな社内でこんなに大掛かりな引っ越し作業するのは結構キツイ。ついでに社内には有象無象な「局」やら「怪人物」たちが・・・で、最後は「無」。 ⑤「壁」=壁と言えば「隣人トラブル」。これは・・・あるよなぁー。でも、想像してたのと違った結果、エライ結末を招くことに・・・ ⑥「紐」=今度は謎の「紐」。確かめずにはいられない主人公は結局・・・「無」。 以上6編。 スルスル読めるのがまずは良いところ。「引っ越し」という身近なテーマと「引っ越しあるある」的ネタで万人ウケする作品には仕上がってる。 各編は一応独立しているけど、謎の管理人”アオシマ”が全編に登場し、緩く世界観が繋がっていることを示唆する。(実際①と⑥のマンションは同じだしね、って全部同じマンション?) まぁそれほど大きな仕掛けはないし、ホラーというほど怖くはないので、中途半端といえば中途半端。 隙間の読書にはちょうど良い。 (独身時代の引っ越しは楽だったけど、家族が増えての引っ越しはキツイ) |
No.1634 | 5点 | 間違いの悲劇 エラリイ・クイーン |
(2021/03/08 16:26登録) ~クイーンの既刊短編集に収録されていない中短編七編と未完成長編の梗概からなる、最後の「聖典」作品集である。単なる落ち穂拾いではなく、優れた作品や興味深い作品が揃っているので、ミステリファンには格別な贈り物になるに違いない~という作品。原書は1999年の発表。 ①「動機」=とある田舎の村で起こる連続殺人事件。若き副保安官が必死に動機&真犯人を突き止めようとするが・・・。いわゆるミッシング・リンクがテーマと思われるのだが、うーん。クイーンにしてはぼやけた作品かなぁーと感じた。雰囲気は確かにあるんだけどね。 ②『クイーン検察局』での3編。いずれも短いながら、どこかにキラリとした輝きがある(ほんの少しだけどね)のは、さすがというところか。中では「結婚記念日」が一番だと思うが、「トナカイの手がかり」もトリビア的で好き。 ③『パズル・クラブ』での3編。これはアシモフの「黒後家蜘蛛会」を思わせる設定。他の3人がエラリーに向けて推理クイズを出題し、エラリーがあっという間に真相を見抜くというパターン。3編ともワンアイデアで大したことはないのだが、それはクイズですから・・・ ④「間違いの悲劇」=これこそが本作の白眉。本作に纏わる詳細は他の方の書評を参照していただくとして、これはやはり「もったいない」というのがまず最初の感想。梗概というレベルでもここまで「読ませる」ストーリーを編む力量はクイーンということなのだろう。テーマとなっている「操り」についても、それ自体がうまい具合にミスリードを誘うようになっていて、それだけにラストのサプライズが嵌まっている。もちろん、国名シリーズでの鮮烈なロジックは期待すべくもないけど、ちゃんとした作品にならなかったのが返す返すも悔やまれる。 以上、〇編? 中味はもちろんだが、巻末の有栖川有栖氏の本作発表についての経緯がなかなか興味深い。かのE.クイーンの作品を”おこす”なんていうことになれば、自作品を発表する以上に大変なんだろうな。 それはともかく、期待以上に楽しむことはできた。クイーンの未読作品も残ってはいるんだけど、その手の入りにくさもあって、どうしても後回しになっている現状なのだが、やはり避けては通れないと再認識した次第。 やっぱり、ミステリー界の巨人、いや巨星だな。クイーンは。 |
No.1633 | 6点 | 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース 島田荘司 |
(2021/03/08 16:25登録) 「追憶のカシュガル」に引続き、京都大学在学中の若き御手洗潔と彼を慕う予備校生サトルが再登場。つまり、舞台は昭和40年代の京都。更に事件はその十数年前、つまりは昭和30年代・・・ノスタルジックだよね。 単行本は2018年の発表。 ~完全に施錠された少女の家に現れたサンタクロース。殺されていた母親。鳥居の亡霊。猿時計の怪。クリスマスの朝、少女は枕元に生まれて初めてのプレゼントを見つけた。家は内側から施錠され、本物のサンタクロースが来たとしか考えられなかったが、別の部屋で少女の母親が殺されていた。誰も入れないはずの、誰もいないはずの家で。周囲で頻発する怪現象との関連は?~ 「いい話である」。本作をひとことで言い表すなら、そういうことになる。 御手洗も若く、何とも言えない瑞々しさがある。最初に我々の前に登場した、あの馬車道の御手洗は、世間に背を向け、ねじ曲がった性格の奇人としてだった。 そんな御手洗もこの時はまだ医大生。当然、常人では計り知れない頭脳と洞察力を併せ持つスーパーマンなのだが、まだまだ人間そして日本という国に失望してない雰囲気を纏っている。 それだけでも本作を読了した価値があるというものだ。 で、本題なのだが、「密室」。うーん、「密室」ねぇ・・・ 確かに堅牢な密室が出てくる。一階はスクリュウ錠、二階はクレセント錠ですべてが施錠された家・・・堅牢だ! でも、これってワンアイデアだろう。作者が前々から持ってた「密室」ネタのひとつを大きく膨らませたもの。 まぁ、ワンアイデアでここまで感動的なストーリーを紡ぐことができるのだから、それはそれでさすがということなんだけど、いかにも「薄味」という感覚にはなるよね。 途中に挿入された物語。こういう手の話も、「あーあ。島荘らしいね」と思うんだけど、何となく既視感いや既読感ありありって感じになってしまう。(こういう不幸でやりきれない男や女の話は妙にうまい) 悪くはない。うん。悪くはないんだけど、満足もしてない。前の島荘作品の書評で「荒唐無稽でもいい、あの剛腕で私をこれでもかとねじ伏せて欲しい」って書いた気がするんだけど、同じく! でも、さすがに今は150キロの剛速球なんて無理だよな。じゃあせめて、100キロでもいいから鋭い変化球を見せて欲しい・・・って難しいかな? |
No.1632 | 5点 | 道徳の時間 呉勝浩 |
(2021/03/08 16:24登録) 第61回の江戸川乱歩賞受賞作にして、当然作者のデビュー長編。 謎めいたタイトルが以前から気になっていた作品なのだが・・・ 2015年の発表。 ~連続イタズラ事件が起きているビデオジャーナリストの伏見が住む町で陶芸家が殺される。現場には『道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?』という落書きがあり、イタズラ事件との類似から同一犯との疑いが深まる。同じ頃、かつて町で起きた殺人事件のドキュメンタリー映画のカメラの仕事が伏見に舞い込む。証言者の撮影を続けるうちに、過去と現在の事件との奇妙なリンクに絡め取られていく・・・~ 他の方も書かれてますが、乱歩賞審査での池井戸潤氏の選評に頷かれる方が多いように思う。 曰く、①『まず、過去の事件と現代の事件が結びつかないこと。せめて・・・略』②『選考会で最も問題になったのは主要登場人物の背景である』③『文章がよくない。大げさな描写は鼻につくし、誰が話しているかわからない会話にも苛々させられる。さらに最後に語られる動機に至っては、まったくばかばかしい限りで言葉もない』 ・・・酷評である。 出版に当たっては手直しされた箇所もあったろうと思うので、選考会時の原稿とは異なるのかもしれない。 でも、②はともかく、①と③は首肯してしまう・・・かな。 ①については、要はプロットのまとまりの問題だろう。複数の筋が時間軸を超えて並行して語られるのだが、どうにも整理されてない。ラスト、一応の解決が付くわけだが、結局?で終わった筋もあった。 ③はかなり手直ししたのかな? まぁデビュー作だしね。多少の粗はやむなしという気はするんだけど ただ、受賞することとなった理由として、辻村深月氏が言及している「続きはどうなるのか」と思わせる作内の謎が際立っていた、という点。確かに、ミステリーとしてこれは外せないポイントなのだろう。これについては、「まぁそうかな」という感想。いずれにしても、「作家」としての腕前はまだまだこれからという読後感。 他の作品を手に取るのかというと・・・やや微妙。 (他者の感想の引用ばっかで申し訳ございません。でも、一流作家は選評の文章も読ませるね) |
No.1631 | 4点 | こうして誰もいなくなった 有栖川有栖 |
(2021/02/17 20:36登録) ~本書はノンシリーズものの中短編をまとめたもので、ラジオでの朗読のために書いたため初めて活字になる作品も含まれている。・・・内容も長さも様々で、有栖川有栖の見本市みたいなものだ~前口上より ということで、作者のア・ラカルト的な作品集と言えば格好いいのかな? 2019年の発表。 ①「館の一夜」=ノスタルジィだなぁー。 ⑥「怪獣の夢」=男なら、少年なら、こんな夢みるよなぁー。 ⑦「劇的な幕切れ」=女なんてそんなもんだよーって、ヤバイ! 今これ言うの禁句だった。(私も会長を辞任します。何の会長?) ⑨「未来人F」=江戸川乱歩作品へのオマージュだが・・・。こうしてみると、明智小五郎も全知全能だな。 ⑪「本と謎の日々」=書店で起こるちょっとした日常の謎。かなりほっこりする一編。最後はやや捻る。 と、ここまでは雑文レベルの作品も混じるなど、まさに“ごった煮”。で、ラストの表題作のみが中編的分量。 ⑭「こうして誰もいなくなった」=これまで数多の作家たちが挑んできた「そして誰もいなくなった」へのオマージュ。ついに作者までも・・・ということで期待したのだが、正面から正攻法で挑んだものとは言い難い。恐らく、最後の殺人に絡むワンアイデアから膨らませたのだろうけど、手練れの読者を満足させる水準ではなかった。せっかくなら、もう少し腰の据わった長編でチャレンジしてもよかったと思うが・・・ 以上14編。 まぁあまり褒められた内容ではない。有栖川有栖だから活字になったのかもしれないが、他の泡沫作家なら歯牙にもかけられないだろう。 ミステリーのみならず、評論など各種精力的な活動には敬意を表するわけですが、本作については読むだけ時間の無駄(よりちょっと上)程度の評価が妥当かと・・・ |
No.1630 | 8点 | 犯人に告ぐ3 紅の影 雫井脩介 |
(2021/02/17 20:34登録) 前作「犯人に告ぐ2~闇の蜃気楼」読了の興奮も冷めやらぬなか、続編となる本作。(要は前作の粗筋を忘れぬうちに・・・ということだけなんだが) 巻島の手を逃れた『リップマン』こと淡島と巻島の勝敗の行方、ついに決着か?! 2019年の発表。 ~依然として行方の分からない「大日本誘拐団」の主犯格『リップマン』こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、『リップマン』に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた! 天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画。捜査本部内の不協和音と内通者の存在。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下した決断とは?~ これは、雫井史上最高傑作に間違いない!(全作読んでいるわけではないので、あくまで読了したうちだが) 作者の持てる技量をすべて注ぎ込んだかのように、あらゆるファクターが詰まった作品となった。 小説としての骨格は、やはり「警察小説」ということだろうか。 巻島という特異なキャラクターを主役には据えているが、彼を取り巻く上司、同僚、部下、そして県警という巨大組織が、『リップマン』というひとりの敵役を相手に、ダイナミックに動き、考える様子が克明に描かれる。 『リップマン』というひとりの敵というのは、正確ではない。今回は、前作ではヴェールに包まれていた金主-『ワイズマン』の存在も明かされる。そして、何と県警内の内通者『ポリスマン』までも・・・ ひとりひとりの登場人物のキャラ立ちも半端なく効いている。 事件の舞台は、第一作でも使われたメディアを使った“劇場型”公開捜査へ。そして、これまた斬新なことに、ネット配信を使って、巻島VS『リップマン』(のアバター)が対決なんていう趣向まで用意されている。ふたりの化かし合い、ちょっとした違和感も逃さない頭脳戦の行方は! そして、終章。うん!? これは・・・続編ありってことか? 『ポリスマン』も『ワイズマン』もねぇ○○○○だし・・・ これは楽しみになった。久しぶりに時間も忘れて読書に没頭してしまった。それほどの出来栄え。(ちょっと褒めすぎかな?) これだけの大容量を一気呵成に読ませるんだから高評価は当然 (組織の論理って、どこの世界でも厄介だよね・・・。それを逆手に取る巻島はさすがだ) |
No.1629 | 6点 | グラーグ57 トム・ロブ・スミス |
(2021/02/17 20:33登録) 前作「チャイルド44」の衝撃からあまり間を置かず、続編となる本作を手に取った次第。 世はスターリン政権下での粛清状態から移り変わり、フルシチョフ書記長が実権を握る時代へ・・・ レオの運命は如何に? 2009年の発表。 ~運命の対決から3年・・・。レオ・デミトフは念願のモスクワ警察殺人課を創設したものの、一向に心を開こうとしない養女ゾーヤに手を焼いている。折しもフルシチョフは、激烈なスターリン批判を展開。投獄されていた者たちは続々と釈放され、かつての捜査官や密告者を地獄へと送り込む。そして、その魔手が今、レオにも忍び寄る・・・。世界を震撼させた「チャイルド44」の続編~ 悲しい物語だ。 主人公レオ、妻ライーサ。レオに決して心を開こうとしない養女ゾーヤ。ゾーヤが唯一心を開く少年マリッサ。そして、今回大いなる敵として登場するフラエラ・・・ひとりとして幸福となる登場人物はいない。 タイトルになっている「クラーグ57」とは永久凍土の地シベリアにある囚人たちを収監する牢獄のこと。レオは捕らわれたゾーヤを取り戻すため、単身、敵だらけの土地に飛び込む。そこは、想像を絶するような地獄だった。 それでも希望を失わず、脱出を図ろうとするレオ。しかし、脱出した先には更なる障壁と不幸が待ち受ける・・・ いやいや辛い、つらい、ツライ話が延々と続いていく。 前作「チャイルド44」ではミステリー的な妙味もあったが、本作はそういった趣旨はほぼ見えない。全編がレオを取り巻く人々が、抗えない運命に流されていく姿が描かれている。 ソ連ってすごい国だったんだねぇ・・・。スターリン政権の粛清渦巻く社会からやっと抜け出したかと思いきや、そんなことでは長年積み重ねてきた価値観は変わらない刹那。 読むだけでも重く、辛い感情になってきた。 しかしながら、レオ一家をめぐる物語はまだ続いていく。終章でゾーヤとの関係にも一筋の光明が見えてきただけに、今後の展開は期待できるか。 作者のストーリテラーとしての能力はやはり確かだ。なんだかんだ言いながら、頁をめくる手が止まらなくなる。 次作もやはり手に取るしかないようだ。粗筋を忘れないうちに・・・ (ブタペストから奇跡の生還を果たしたレオの転職先は何と・・・パン屋だ! これってネタバレ?) |
No.1628 | 6点 | もの言えぬ証人 アガサ・クリスティー |
(2021/01/28 22:39登録) だいぶ少なくなってきたポワロもの未読作品のひとつがコレ。 著名作の間に埋もれた佳作なのか、はたまた埋もれるべくして埋もれた駄作なのか? 原題は“Dumb Witness”(そのままだね) 1937年の発表。 ~ポワロは巨額の財産を持つ老婦人エミリイから、命の危険を訴える手紙を受け取った。だが、それは一介の付添い婦に全財産を残すという問題のある遺言状を残して、彼女が死んだ二か月後のことだった。ポワロとヘイスティングズは、死者からの依頼に応えるとともに、事件に絡む愛すべきテリア犬「ボブ」の濡れ衣も晴らす~ これ、設定だけを取り上げると“いかにもクリスティ”のように見える。 「悪意のある遺言状」や「五指に余る疑わし気な親族=容疑者たち」。「容疑者ひとりひとりの証言の齟齬、心理を読み、真相に迫るポワロ」などなど、数多の彼女の佳作と比べても遜色ない“枠組み”だと思った。 最終的にはミスリードが見事に嵌まり、斜め上から抉るような真相が語られるに違いない・・・ その筈だった。 実際は・・・やや微妙か。 他の方も書かれてますが、特に中盤の展開がモヤモヤしていて、すっきりしない。確かに伏線は張られてるし、ポワロの推理にも一定のキレはある。ただ、どうもね・・・ 序盤での不穏な空気間から醸し出される私の期待感からすれば、この真相はちょっと龍頭蛇尾に思えた。そういう意味では、本作が「埋もれてる」のもむべなるかな、ということなんだろう。 でも、日本国内でこの設定(上に書いた「悪意のある遺言状」など)なら横溝正史辺りが思い浮かぶけど、それならおどろおどろしい、血みどろの惨劇なんていう作風になっちゃうんだろうな。 これがクリスティにかかれば、英国の伝統的な田園風景のなかで、牧歌的とさえ言えそうな作風になるんだもんね・・・やっぱり違うよなぁと思った次第。 ちょっと辛口に書いてしまったけど、別に駄作というわけではない。水準給の面白さは十分備えてるし、何より「ボブ」が愛らしい。犬の言葉が理解できたら、こんな感じなのかな? |
No.1627 | 7点 | 片桐大三郎とXYZの悲劇 倉知淳 |
(2021/01/28 22:38登録) ~聴覚を失ったことをきっかけに引退した時代劇の大スター・片桐大三郎。古希を過ぎても聴力以外は元気極まりない大三郎は、その知名度を利用して探偵趣味に邁進する。後に続くのは彼の「耳」を務める野々瀬乃枝~ ということで、かのE.クイーンの有名シリーズを翻案(?)した連作短編集。 2015年の発表。 ①「ぎゅうぎゅう詰めの殺意」=山手線の満員電車で起こる殺人事件。凶器はニコチン毒・・・。犯人は犯行現場を山手線内に見せかける価値があると考えたとあるけど、わざわざ顔を晒して、凶器も捨てて・・・などというリスクの方がどう考えても大きそうだが? ②「極めて陽気で呑気な凶器」=車椅子の老画家殺し。現場近くにあった数多くの“凶器候補”の中から選ばれたのは、なぜか「ウクレレ」・・・。なぜウクレレ?というのが大きな謎となるわけだが、本作はオマージュ作品とは異なり、大五郎の逆説的な解法が決まる。ただ、このロジックは一直線に首肯し難い気がする。 ③「途切れ途切れの誘拐」=まさか序盤のあの光景が伏線になっていたとは・・・。そこはいいんだけど、まさか凶器がアレとは・・・(もちろんウクレレではありません)。 ④「片桐大三郎最後の季節」=これが一番ヤラレタ。冒頭~終盤まで、亡き巨匠の遺作シナリオ盗難事件に纏わるヌルい展開が続くのだが、ラストはまさかの真相! そうか、これが最終的にやりたかったのね。 以上4編。 E.クイーンのドルリー・レーン四部作のオマージュは言うまでもない。 全体的にはロジック重視の好短編集という評価で良さそう。 もちろん、「ロジックのためのロジック」というようなものもあるけど、そんなことを今さら持ち出したってねぇ・・・ 従来の「猫丸先輩」シリーズに負けず劣らずの主人公キャラだし、さすがに短編は手馴れている。 是非シリーズ化or続編に期待したいところ。 (ベストは③か④で迷うところだが、「騙し」がラストに見事決まった④に軍配かな。①②もまずまずの水準。) |
No.1626 | 7点 | 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼 雫井脩介 |
(2021/01/28 22:37登録) 前作となる「犯人に告ぐ」を読了したのが、今を去ること11年半前の2009年9月。満を持して今回続編を手に取ることに(単なる偶然、思い付きですが・・・) 巻島警部は警視に昇進。相変わらずの長髪をなびかせている模様。2015年の発表。 ~神奈川県警が劇場型捜査を展開した「バットマン事件」から半年。巻島史彦警視は、誘拐事件の捜査を任された。和菓子メーカーの社長と息子が拉致監禁され、後日社長のみが解放される。社長と協力して捜査態勢を敷く巻島だったが、裏では犯人側の真の計画が進行していた。知恵の回る犯人との緊迫の攻防!~ 作品中では前作から僅か半年後の設定になっているけど、実際の刊行は11年後。さすがに忘れてるよなー でも、前作の設定が割と密に絡んでくる本作。本来は、前作を読み直した方がいいのかもしれない。 で、物語は「オレオレ詐欺グループ」の組織的犯罪を描くところからスタートする。 今回、巻島の好敵手となる謎の男「淡野」と、彼に従う兄弟の3人が手を染めるのはズバリ「誘拐ビジネス」。 そう、「誘拐」という犯罪をビジネスにしてしまおうという実に「ふてぇー」奴らなのだ。 何より、巻島を中心とする神奈川県警と「淡野」を中心とした犯人グループの知恵比べが本作最大の注目点。 お互いが「裏」、「裏の裏」そして「そのまた裏」をかこうとするまさに化かし合い。 この辺りの盛り上げ方はさすがに作者。心得ている。 山下公園⇔横浜公園を舞台とする身代金を受け渡しは両者痛み分けに終わるのだが、そこまでも見越したうえでの淡野の次の一手! 実に劇場的。裏をかかれたはずの巻島を救ったのは、まさかの人物! いやいや、なかなかの面白さ。予定調和な箇所もあるにはあるけど、十分に満足できるエンタメ作品に仕上がっていると思う。 そして終章。巻島の前にひれ伏すことになった・・・と思いきや。物語は若干の残尿感を残してパート3へ続くことに。 当然読みますよ。記憶が薄れないうちに。 (途中に描かれている県警内の人事の話がリアルっぽくて「へぇー」って思った。どこもそういうことってあるよね) |
No.1625 | 5点 | 玉村警部補の巡礼 海堂尊 |
(2021/01/10 13:29登録) 「玉村警部補の災難」に続く、警察庁一の切れ者・加納警視正と“哀れな部下”玉村警部補のコンビが活躍するシリーズ第二弾。 今回は「巡礼」の言葉どおり、ふたりが四国八十八か所のお参りに出掛けた先で遭う事件を解き明かす・・・展開。 2018年発表。 ①「阿波 発心のアリバイ」=まずは一番札所のある阿波からスタート。この「巡礼」は何かしらのウラがあることが序盤からほのめかされるなか、八十八か所セレブツアー(そんなの本当にある?)のメンバーが挙げた100万円の賽銭(!)が盗まれる事件が発生。で、そんなこんなで加納警視正が解決。めでたし、めでたし。 ②「土佐 修行のハーフムーン」=政治家が絡むきな臭い自殺事件。政治家と秘書といやぁー、安倍前首相だってねぇ・・・というわけで、お仕えの身はツライということ。メインはアリバイトリックなのだが、まさかこのご時世で写真を使ったトリックにお目にかかれるとは思ってもみなかった。 ③「伊予 菩提のヘレシー」=全身の血を抜かれた死体。Why?というわけで、「蚊」=弘法大師の生まれ変わりとして崇めるという風習が伊予の一部地域にあるらしい(ホンマかいな?)。まさか! 蚊に血を全部吸われた? それはないだろう・・・ ④「讃岐 涅槃のアクアリウム」=冒頭からほのめかされていた「ウラ」の事情が明らかとなる最終編。舞台は屋島水族館ということで、久々にあの「ボンクラボヤ」も登場する(知ってる人は知っている)。 ⑤「高野 結願は遠くはてしなく」=ボーナストラック的なまとめ。 以上4編+1。 まさか四国八十八か所を題材に持ってくるとは・・・。作者の懐の深さというべきか、多趣味というべきか・・・ 巻末には八十八か所の地図や全ての寺院名も掲載されていて、全くの素人という方にも配慮がされてます。 まぁ、あんまり真面目に書いた作品ではないのだろうから、肩の力を抜いて読めばいいということかな。一連の「桜宮サーガ」の番外編という位置付けなんだろうけど、今まで読んだことない人でも特段関係なし。 お遍路に興味がある+ミステリー好き、というニッチな方なら是非どうぞ! でも本当に歩くと大変らしいよ。 |
No.1624 | 5点 | カエルの小指 道尾秀介 |
(2021/01/10 13:26登録) 映画化もされた「カラスの親指」の続編となる本作。 前作の読了からはや八年半たつけど、かなり面白かったという印象があるが・・・ 2019年の発表。 ~詐欺師から足を洗い、口の上手さを武器に実演販売士として真っ当に生きる道を選んだ武沢竹夫。しかし謎めいた中学生・キョウが「とんでもない依頼」とともに現れたことで彼の生活は一変する。シビアな現実に生きるキョウを目の当たりにして、再びペテンの世界に戻ることを決意。そしてかつての仲間らと再集結しキョウを救うために「超人気テレビ番組」を巻き込んだド派手な大仕掛けを計画するが・・・~ 最初に断っておくと、本作は前作の内容を知らないまま読むと理解できない(しにくい)箇所が割と多いので、「カラスの親指」を先に読むことをお勧めします。 かく言う私は・・・何しろ読了したのが八年半も前だからなぁー。漠然としか覚えていません。当然! ただ、“道尾マジック”とでも表現すべき見事な「騙し」が見事に決まった前作に比べると、本作の「騙し」(ペテン?)は少々スケールが小さいように思えた。 序盤から中盤の冗長さも気になるところ。武沢のその後やキョウの周辺情報の話が続いて、なかなか本題に入っていかない展開。 ジャンルでいうなら「コンゲーム」に当たるんだろうから、もう少しテンポよくスピード感のある展開の方が良かった。 なかなか話が進まないねぇ・・・と思った矢先、単行本の312頁に出てくる貫太郎のセリフ。 ここからついに「騙し」のスクランブルに突入。ひとりだけでなく、あらゆる登場人物がそれぞれ「騙し」を行っていたことが明らかになっていく。じゃあ一体なにが真実なのか? ウーン。最終的にはもう少し大きな爆弾が爆発するもんだと思ってたなぁー 爆発したはいいけど、「エッ! 意外と小ぶりなのね」という印象。もちろんサプライズだけがすべてではないんだけど、前作の鮮やかさを経験した身にとっては、どうしても比較してしまう。 ということで、やっぱり間が空きすぎたんじゃないかな? もう少し読者の記憶が残っているうちに続編を出すべきだったと思う。(伊坂ならこういうテーマでもう少し気の利いたプロットを用意しそう) |
No.1623 | 7点 | カササギ殺人事件 アンソニー・ホロヴィッツ |
(2021/01/10 13:22登録) 2021年、かなり遅くなりましたが、皆さま明けましておめでとうございます。未曽有の事態に日々あたふたしてますが、ミステリーを楽しめる環境にまずは感謝して・・・ 毎年、新年一発目に何を読もうかと迷うわけですが、今年は前々年度のランキングを席巻した本作をチョイス。 2019年の発表。 ~1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執り行われた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、或いは・・・。その死は、小さな村の人間関係に少しずつヒビを入れていく。余命僅かな名探偵アティカス・ビュントの推理は・・・~ すでに読了した方ならお分かりでしょうが、これは“あくまで上巻”の紹介文。上巻は、A.クリスティを彷彿させるように、ある田舎の街で起こる連続殺人事件が語られる。 これがなかなかの出来。田舎特有の濃い人間関係、さまざまな悪意や妬み、過去からの因縁etcが複雑に絡み合い、沸点に達した際に殺人事件が発生してしまう。名探偵(?)アティカス・ビュントの捜査が進み、あと一歩で真犯人を指摘!というところで、下巻に突入。 下巻は・・・うーん。ひとことで言うなら、プロットの勝利ということかな。確かに作者の狙いは精緻。「そういうことか・・・」と唸らされることになる。フーダニットについては分かりやすいのが難だが、作中作と現実の事件が有機的にリンクしており、作者のミステリー作家としての腕前を十分に感じることができる。 そして、上巻で語られなかった解決がついに終章で詳らかに。この構成も見事。非常に満足感の高い作品に仕上がっている。 あらゆる本格ミステリーのトリックが出尽くした昨今。とかく特殊設定下のミステリーが増えていくなか、こういう手もあるのか、と読者に示した力作。 ちょっと褒めすぎかもしれない・・・。特に下巻。スーザンの探偵譚が語られるのだが、関係の薄い脇筋を追いかける展開が続き、やや冗長。ちょっと間延びした感は否めない。 でもまぁ、新春から良い作品に巡り合えたことは事実。それは良かった。 (下巻313頁のアナグラムの件。これって、欧米の方ならアッ!って気付く? なかなかやるな・・・ホロヴィッツ) |
No.1622 | 6点 | 天使と罪の街 マイクル・コナリー |
(2020/12/21 21:11登録) ハリー・ボッシュシリーズの記念すべき10作目となった本作。 今回は作者初のノンシリーズ「ザ・ポエット」の続編と言うべき作品でもある。 2004年の発表。原題は“The Narrows” ~元ロス市警刑事の私立探偵ハリー・ボッシュは、仕事仲間だった友の不審死の真相究明のため単独調査を開始する。その頃、ネヴァダ州の砂漠では多数の埋められた他殺体が見つかり、左遷中のFBI捜査官レイチェル・ウオリングが現地に召致された。これは連続猟奇殺人犯、「詩人(ポエット)」の仕業なのか? そしてボッシュが行き着いた先には・・・~ 今回の事件も主な舞台はLAでありラスヴェガスであった。 ボッシュ自身が長年ハリウッド署の刑事として勤務していたのだから、当然LAはいつもの舞台。邦題になっている「天使と罪の街」というのもLAに相応しい形容詞だろう。 そしてラスヴェガス。言わずと知れたギャンブルとショーの街。不夜城そして男たちの欲望で造られた街。 ボッシュの妻エレノアは、この街で名うてのギャンブラーとして生計を立てている。何より前作でその存在が明らかになったボッシュとエレノアの娘マデリンが暮らす街。ボッシュにとっては特別な街なのだ。 「詩人」による連続猟奇殺人事件を追う間も、ボッシュは娘の寝顔を見るため、この街にやって来る。ただひたすらに愛おしい娘の存在・・・それが“渇いた”二都市で起こる事件で奮闘する彼に潤いと勇気を与える。 今回、大きな謎はない。 真犯人は最初から明確。「詩人」その人なのだから。そこにサプライズは仕掛けられていない。 読者としては、ボッシュ&レイチェルコンビVS「詩人」の対決を、手に汗握りながら見守るだけだ。 原題となっている“The Narrows”とは、ロスアンゼルス川のことを意味している。終盤、「詩人」を追うふたりの前に立ち塞がるのが災害級の大雨。雨中の川を舞台とした対決は、思わぬ結末を迎えることになる。 さすがに「詩人」は強敵なんだけど、最後やや淡白な終わり方となったのは気になった。折角の大物なんだから、もうちょっと盛り上げ方があったような気が・・・ いつものような複雑なプロットではなく、「詩人」シリーズの決着を付けることを第一に。さらにはテリー・マッケイレブに纏わる物語も本作で結論が得られることとなった。 そういう意味ではシリーズのひとつの転換点となる作品(なのだろう)。ただ、コナリーとしては今一つという見方もできる。 |
No.1621 | 5点 | リバーサイド・チルドレン 梓崎優 |
(2020/12/21 21:09登録) 処女作らしからぬ出来栄えと、独特な世界観に衝撃を受けた「叫びと祈り」の読了からはや数年。 今回、やっと次作を手に取ることができた! 期待感はかなり高まったのだが、さて・・・ 単行本は2013年の発表。 ~カンボジアの地を彷徨う日本人少年は、現地のストリートチルドレンに拾われた。過酷な環境下でもそこには仲間がいて笑いがあり信頼があった。しかし、あまりにもささやかな安息は、ある朝突然破られる。彼らを襲う動機不明の連続殺人。少年が苦難の末に辿り着いた胸を抉る真相とは?~ これは・・・やはり作者独特の世界観と呼ぶべきなのか。 何と舞台はカンボジア。なのに主役は日本人少年。作者としては、当然日本人の目を通してのカンボジアの姿というものを意識したのだろう。 その現実はかなり酷く、臭く、そしてやるせない。 そんな劣悪な環境下で発生した少年たちの連続殺人事件が本作の解かれるべき謎となる。 こう書くと、なかなかに魅力的な道具立て、筋立てのように見えるかもしれないが、ただ、どうしても「本格ミステリー」という枠をかぶせると、何ともガクガクして居心地の悪さが目に付いてしまう。 主人公の少年「ミサキ」や、前作の読者なら覚えている(かもしれない)あの「旅人」。彼らが真相に迫るために、繰り返す推理。 私の目には、そのロジックも動機も、現実感に乏しい絵空事のようにしか映らなかった。 でも、これが作者の世界なのかもしれない。 この世界を否定して、よりリアリティを追及してしまうと、作者の良さが消えてしまうのかも・・・ そんな危ういバランスに支えられている。それが本作なのかもしれない。 ある意味、本作はひとりの少年の成長を描くストーリー。なぜ少年はカンボジアという厳しい環境で生き抜く決意をしたのか? 厳しい中にも得難い友や明日への希望、そして前を向く勇気・・・そんなことが頭に浮かんできた。 単行本の表紙には川を渡る彼らの「舟」が写されている。もう「舟」っていうか、「木くず」だ・・・。 でも、こんなところから人間のエネルギーやダイナミズムは生まれてくるんだろうな。こんなご時世だからこそ、そんあことを考えさせられた。 でも、評価は辛め。 |
No.1620 | 6点 | 119 長岡弘樹 |
(2020/12/21 21:08登録) 「教場」シリーズが木村拓哉主演で想像以上のブレークを果たす! ということで、あちらは「警察学校」が舞台で、こちらは「消防署」を舞台とする連作短編集。 2019年の発表。 ①「石を拾う女」=いきなり?なタイトルだが、消防司令の今垣は、女の行動に疑念を抱くが、その結果は・・・。こんなとき人は恋に落ちるのだろうか? ②「白雲の敗北」=本作の主要登場人物となる新人消防士の大杉と土屋。見た目は正反対の二人だがコンビとなり火災の現場に向かう。先輩消防士・栂村のある行動に土屋は疑念を抱くが・・・ ③「反省室」=男性社会の消防署に“紅一点”の女性消防士。こういう場合、たいがい男に負けまいと頑張りすぎるのだが、なぜか上司はつらく当たってくる・・・。そこには当然意味がある。 ④「灰色の手土産」=新聞記事と大杉が行った講演原稿だけで進んでいくストーリー。でも、何があったか知らんが、こんな場面で意趣返しされるのはなぁー ⑤「山羊の童話」=こんなことでも火事って起こるんだねぇ・・・。気を付けねば。 ⑥「命の数字」=ひょんなことから脱出不可能な部屋に閉じ込められた高齢者のふたり。消防士を息子に持つ男が考えた脱出方法は・・・へぇーそれは知らなかった! ⑦「救済の枷」=姉妹都市があるコロンビアの街へ講師として招かれた男・猪俣に訪れる最大のピンチ! しかし、いくら脱出するためとはいえ、こんなことするなんて! ゼッタイ痛いよ! ⑧「フェイス・コントロール」=新人消防士だった大杉と土屋も入署からはや10年・・・という設定。何と、土屋が火災現場に入ると、大杉の姿が!そして土屋の天敵までも。 ⑨「逆縁の午後」=「逆縁」とは親より先に子供が死ぬこと。消防士の後輩でもある子供に先立たれた男が自ら「お別れの会」を開催。その「会」は実はこういう意味が・・・あった。 以上9編。 いかにも作者の短編集という読後感。 出来は良いと思う。「教場」シリーズで一皮むけた感のある作者だけに、実に読み応えのある作品に仕上がっている。 火災の現場で起こるちょっとした事件、微かに感じる違和感。それが終盤、用意周到な伏線だったと気付かされる。 このレベルの短編集なら「短編職人」と呼んでも差し支えないかもしれない。 横山秀夫に近づいてきたかな。 (でもこんな事件だらけの消防署。本当にあったら嫌だ!) |