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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1923件

プロフィール| 書評

No.563 7点 明治断頭台
山田風太郎
(2015/02/12 21:26登録)
再読です。
明治時代ならではの大胆なトリックと仕掛けが炸裂する、連作短編集。と言うか、長編として捉えるべきなのかもしれない。
主役は復活した弾正台の大巡察の二人、香月経四郎と川路利良。弾正台とは現在でいう警察機関のようなもので、勿論その頃は組織立っているとはお世辞にも言えず、個人プレーに走る者が多かったようだ。彼らも独自のやり方で正義のために悪を駆逐してく。
この作品には探偵役は存在しない。大巡察の二人も奇妙奇天烈な事件に振り回されるだけで、捜査も推理もしない。事件が一段落すると、巫女姿をしたフランス人エスメラルダが死者の霊をおのれに憑依させ、事件の顛末を明らかにするという、一風変わった解決法を取っている。そのどれもが驚くべきもので、明治時代でしかあり得ないような真相となっている。
この奇想は素晴らしく、初出が三十数年前にもかかわらず、現在に至ってもその輝きを失わない。そして、最終話のとんでもない仕掛け、それこそ開いた口が塞がらないというところだろう。


No.562 6点 七色の毒
中山七里
(2015/02/07 22:14登録)
異なる社会問題をテーマやテイストにした、中山氏らしい本格ミステリの連作短編集。主役となる刑事は犬養隼人で、前作『切り裂きジャックの告白』でも活躍している。シリーズ第二弾ということになる。
それぞれの短編が標準を超えており、お得意のどんでん返しが味わえるが、世界が反転するような派手なものではなく、ちょっと気の利いた切り返しと言えるだろう。中でも驚かされるのは『白い原稿』で、これはなんとあの出来レースと噂されたポ○○社が有名俳優に新人賞を与えて話題となった、あの作品をモチーフにしている。しかも、鋭く出版業界の内幕を暴いて、相当な問題作と思われる。
他の作品も、色合いがすべて異なっており、読者に飽きさせない努力が認められ、好印象である。
それにしても、この人の刊行ペースは驚くべきものがあるが、その割には質が落ちないのが素晴らしいところだと思う。すでに独自のワールドと呼んでも差し支えないような、登場人物の系図を展開しているのも、ポイントが高い。


No.561 6点 からくり探偵・百栗柿三郎
伽古屋圭市
(2015/02/05 22:26登録)
大正ミステリ第二弾。発明家にして名探偵の、百栗柿三郎と、最初の依頼人でありその後助手となる千代、さらに招き猫型ロボットのお玉さんの二人と一匹の活躍を描く、連作短編集。
4篇からなる短編集だが、どれもなかなかよく練られており、面白い。特に第二話は二つのバラバラ死体を扱ったものだが、これまでのこのジャンルになかったからくりが用意されていて、かなりの高評価。
各作品の間に幕間として、大震災後の様子が差し挟まれているが、これが連作と有機的に繋がってきて、最後に見事に着地を決めている。まあ使い古された手だが、最終章でそれまでの違和感や謎が明らかになり、しかも後味の良い結末を迎えるようにうまくまとめられている。文章も手慣れたもので、軽妙な作風なりに印象深い作品となっていると思う。


No.560 5点 まどろみ消去
森博嗣
(2015/02/02 22:07登録)
想像していたよりも砕けた印象の短編集だった。もっとこう、堅苦しいのかと思っていたが、意外とふんわりと柔らかい感じの作品が多く、正直拍子抜け。と同時に、森博嗣もこんなのが書けるのだという認識を新たにした感じ。
まともなミステリと呼べるものは一作としてなく、中には意味不明なのも混じっており、一般受けはしないだろうなと思う。だが、それぞれが味のあるものであり、それなりに面白かった。
個人的に一番好みなのは『やさしい恋人へ僕から』。これと言って特徴のある作品ではないが、何と言うか読んでいてとにかく楽しかった。独特の語り口調も心地よく、特に大阪に関する描写はなるほどと感心した。じっくり読めばミエミエなんだけど、オチもちょっと意外だった。
他は楽屋落ち的なものが多く、まああまり感心はしないが、肩ひじ張らずに楽しんで書いている作者の姿が見え隠れしており、微笑ましく思う。


No.559 6点 静おばあちゃんにおまかせ
中山七里
(2015/01/30 22:13登録)
孫娘円(まどか)が持ち込んでくる日常の謎を、静おばあちゃんが安楽椅子探偵よろしく解明していく物語、ではない。
基本的には真っ当な本格ミステリで、れっきとした殺人事件を扱った短編集である。しかも、不可能趣味が加味されており、トリックなどに新味はないものの、どことなく引き込まれる筆力はさすがだと思う。
流れとしては全話を通して共通しており、刑事の葛城が奇妙な殺人事件を担当する→円に協力を求める→円が静おばあちゃんに事件の概要を伝える→静おばあちゃんがあっという間に真相を暴く→円が葛城にそれを教え、事件解決というもの。
最終話では意外すぎる真実が明らかになり、口あんぐりとなること間違いなし。続編を期待するも・・・な感じに。
個人的には第一話が特に印象深い。最終話では涙を誘うシーンもあり、粒揃いの短編集と言えるだろう。


No.558 5点 絶叫
葉真中顕
(2015/01/27 22:18登録)
なんだろう、やはりジャンルとしてはイヤミスだろうな。鈴木陽子という平凡な名前の平凡な女性が、少しずつ少しずつ人生の落とし穴にはまり込んでいく過程を描いた、嫌悪感溢れるミステリ。
大作だが、比較的肩の力の抜けた書きっぷりで、サラッと読める。しかし、年間ベストテンに名を連ねるような作品ではないと思う。それなりの面白さで、それなりの内容だが、特別これと言って特筆すべき点もないし、あっと驚くようなトリックもない。よって、帯にあるような驚愕は味わえないだろう。
それと、詳述は避けるがこの犯罪にはかなり無理があると思う。どう考えても、どこかで真相の一端が発覚するはずだ。そこまで警察も○○もボンクラではないだろう。
全体的にやや冗長で、緊張感に欠けるきらいがあるし、もう少しコンパクトにまとめられなかったものかと思う。どれを取っても、いま一歩な感じで、言ってしまえば残念な作品なのだ。


No.557 5点 消失グラデーション
長沢樹
(2015/01/22 22:28登録)
主人公の康は女に見境なく手を出して、全く鼻持ちならない存在である。さらには多数の女子高生たちが登場するのだが、どれもこれも可愛げがなく、感情移入する余地がない。青春小説の一面を持つ本作だが、その意味で面白味がないと感じるのは個人的な印象なのだろうか。
事件はなかなか発生しない。それまで延々といわゆる青春群像劇を読まされるわけだが、少々退屈である。主人公の「僕」はなんとなく覇気がなく、相方の真由はやや生意気で、ダラダラした感じが否めない。
メインとなる転落、消失事件は至って単純で、特段魅力的な謎ではない。さらには、この事件を追う前述の二人の素人探偵ぶりもなんだかもたついていて、パッとしない印象だ。しかも真相は虫暮部さんがおっしゃっているように、いかにもご都合主義が過ぎる気がする。
この作品の肝となる仕掛けは、二重三重に張り巡らされており、その意味では目新しくはあるのだが、驚かされたのは最初だけで、なんだかアンフェアな気分にさせられるため、損をしているのではないだろうか。素直に騙されたという感慨が感じられない。


No.556 5点 閃光
永瀬隼介
(2015/01/18 22:17登録)
硬質な文章で描かれた社会派推理、或いは警察小説か。
主人公の二人の凸凹刑事コンビ、三億円事件の犯人たちの現在、そして過去、謎のホームレス老人。これらが入り乱れてストーリーは展開し、やがて一点に収束していく。主要登場人物だけでも十人を超え、目まぐるしく場面が変わるので、物語を追いかけるのに集中力を要する。コンディション不良もあり、正直疲れた。よって、本来ならこれは力作だとか、素晴らしいプロットだとか思わなければいけないところだろうが、どうも今一つピンと来なかったのは否めない。
謎に包まれた犯人たちの行動は、実際の容疑者のそれをなぞったもののようだし、要するに本書はそれを軸に組み立てられた、半ノンフィクション小説と言っても良いと思う。作者は、目の前の三億円事件と言う材料を上手く料理したに過ぎず、さして称賛されるべき作品とは思えない。まあ、私の趣味ではなかっただけの話で、こういった社会性の強い、ドキュメンタリータッチの小説が好みの方には、これ以上ない逸材となっているのかもしれないが。


No.555 6点 いつか、虹の向こうへ
伊岡瞬
(2015/01/12 22:16登録)
第25回横溝正史賞受賞作。どことなくロマンチックなタイトルに惹かれて購入。ハードボイルドだが、乾いた描写ばかりでもなく、人情味溢れた繊細な人物描写も随所にみられる。
主人公の尾木はアルコール依存症の中年警備員。元刑事でもある。彼は擬似家族のごとく、居候を三人も抱えて共同生活をしている。そこに新たな同居人となる若い女性、早希を新たに加えるが、そこから事件が始まり、彼はとんでもない災厄に巻き込まれることに・・・。
尾木は何度も殴る蹴るの暴力を受け、満身創痍となるまで痛めつけられるし、同居人も二人までがいたぶられる辺りは、さすがにハードボイルドの香りがする。しかし陰湿な雰囲気はなく、あくまで乾いた描写が多いので、読んでいて疲れるようなことはない。
途中挿入される、虹の種という絵本の話がとても印象深い。タイトルもここからきているので、意外と重要な挿話なのではないかと個人的に感じている。また、各人物の過去を描いたパートが生き生きしており、逆に現在進行形の物語がややつまらないのは残念だ。
それにしても本作が横溝正史賞とは、やや首を傾げたくなる。ほかに候補がなかったのだろうが、作風としてはあまり相応しくないのではないかと思う。まあ出来としてはそれなりな気はするが、なんといってもデビュー作なので、作品の完成度という点ではあまり高くない、もっとプロットなどに工夫の余地があったと思う。


No.554 7点 満願
米澤穂信
(2015/01/10 22:11登録)
ミステリと文学の境界線を行ったり来たりしている風合い。捉え方によって、或いは読者によってもそのどちらをより強く感じるかは変わってくるだろう。その意味でも、私は本作を連城三紀彦を彷彿とさせる作風だと強く感じた。無論、個人的な感想で、みなさんが実際どのように受け止めるかは想像の域を出ないが。
本作、敢えて言えば70点台の短編がずらりと並んでいるように思う。だが、それぞれが佳作と呼べるような作品ばかりで、じっくりと味わいながら噛みしめるように読むべきではないだろうか。それでも、各ランキングの1位を独占しているのはいかがかと私は思う。確かにベスト10入りするのは間違いではないが、これを上回る作品が年間を通して出てこなかったというのは淋しい限りだ。
それぞれ横一線の印象を受けるが、好みとしては『関守』が一番かな。『夜警』も良かった。まあしかし、これだけ平均して及第点を超えている作品集も珍しいだろう。それだけは大したものだと思う。


No.553 6点 気分は名探偵 犯人当てアンソロジー
アンソロジー(出版社編)
(2015/01/06 22:39登録)
再読です。
表紙の猫がかわいいね。黒猫がカメラ目線でじっとこちらを見ているよね。
さて、この犯人当てアンソロジーだが、なかなか良質の短編が並んでいる。いずれ劣らぬパズラーが目白押しと言いたいところだが、出来不出来の差は見られるのはやむを得ないだろう。と言うか、ここまで来ると好みの問題なのかもしれない。個人的には、貫井徳郎の『蝶番の問題』が圧倒的に面白かった。投稿による正解率がわずか1%だというのだから、その難解さは群を抜いている。しかし、その割には実に明快で意外すぎる真相が光る逸品となっている。
他は安孫子武丸、法月綸太郎あたりが良かったかな。
巻末の筆者による座談会も興味深く読ませてもらった。やはり、こうした誌上掲載のキッチリした締め切りの犯人当てという企画ものには、様々な苦労が付きまとうものだということがよく分かる。
それにしても、当時も、そして今でもこのメンバーは豪華すぎる。これだけの執筆陣が揃っているのだから、期待しないほうがどうかしている。多くの読者にとっては、その期待を裏切らないだけのポテンシャルを持った作品集と言えるかもしれない。


No.552 6点 切り裂きジャックの告白
中山七里
(2015/01/04 22:52登録)
事前に予想していたが、本家切り裂きジャックとはあまり深い関わりはない。序盤で明らかになるが、それよりも臓器移植の問題に真正面から取り組んでいるところから、社会派ミステリとも取れるような作風である。私見ではどちらかと言うと本格寄りだと思うが、いろいろ考えさせられる辺りは、単なる本格ミステリではない。
主役は犬養警部補だが、登場人物が多く、誰に感情移入するかは人それぞれだろう。私の場合は涼子の気持ちが最も心に響いてきた。自分の息子の各臓器が、レシピエントの体の一部としてその機能を果たしているというのは、ある意味息子が生きているとも解釈できるわけで、それがストーリーの一部分を支えてもいるし、エピローグで生きてくるのである。
また、犬養とコンビを組むのは『カエル男』の古手川で、彼は以前に比べてずいぶん成長しているように感じられる。ややぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、刑事としての資質がうまい具合に開花しているのが、本作に花を添えていると思う。
まあとにかく、ミステリとしては勿論だが、臓器移植問題を考える上でも一読の価値があるだろう。


No.551 6点 その女アレックス
ピエール・ルメートル
(2015/01/01 22:21登録)
正直、それほど傑作とは思えなかった。世間的には、というか世界標準的にはサスペンス+警察小説+イヤミスの合わせ技一本といったところだろう。確かにそれぞれのジャンルで秀でているものがあると思うが、衝撃度或は、サプライズ感という点ではやや物足りなかった。
しかしながら、アレックスや捜査班の面々は十分に個性的でよく描かれているし、意外な展開という意味ではなかなかの出来だと思う。また個人的には本筋とは全然関係ないが、班長カミーユの飼い猫ドゥドゥーシュが癒し系でいい感じである。
ストーリーには触れない。これから読む人に恨まれたくないからね。また、Amazonのレビューも読まないほうが身のためであろう。本書を十分に楽しむためには、予備知識はいらない。まっさらな状態で挑んでいただきたいと思う。


No.550 4点 ゴーストハント1 旧校舎怪談
小野不由美
(2014/12/29 22:30登録)
ある高校の旧校舎、これを取り壊そうとするたびに事故が起こる。それを良しとしない学校側はゴーストハンターと呼ばれる、超常現象などを科学的に解析する調査事務所の若き所長を招聘する。さらにそれだけでは飽き足らず、巫女、僧侶、霊媒、エクソシストら霊能力者を呼び寄せ、除霊を行い工事を進めようとする。そこに、自称霊感少女がからんで、ドタバタ劇を繰り広げるというストーリー。
語るのは主人公で、ひょんなことから所長の渋谷の助手を務める麻衣だが、口語体が頻出する一人称の文章が安っぽさを助長している。本来怪談なので、雰囲気を出すためにそれなりの堅い文体を用いるのが常套手段のはずだが、若年層をターゲットにしているためか、語り口調を崩しすぎではないか。
ほぼすべての超常現象は理論的に証明されるわけで、その意味ではミステリとも言える。ホラーとしてもミステリとしてもなかなか光るものはあるが、せっかっくの逸材がコメディタッチの書きっぷりで台無しである。Amazonでは支持されているようだが、もともとのファンのレビューがほとんどで、そのため平均点が高くなっているように思う。正直期待外れだった。


No.549 6点 郵便配達人 花木瞳子が盗み見る
二宮敦人
(2014/12/27 22:20登録)
二宮敦人の新たな代表作と言ってもいいだろう。かなりの力作なのだが、細かいところで疑問点が若干気になるのでこの点数にした。しかし、内容的には7点でもよかった。
引きこもりの男性が毎日自分宛に手紙を出す謎、三人の佐藤さんに同じ文面の意味不明の手紙が届く謎と、序盤から中盤にかけては日常の謎的な作品なのかと思わせるが、やがてこれらの二つの不可解な出来事が繋がってきて、とんでもない惨劇を引き起こす。最初はこれらの二つの謎が独立したものなのだと勘違いしていたが、有機的につながりを持ってくるストーリー展開はなかなかのお手並みである。
男っぽい郵便配達の花木瞳子と先輩の持丸の掛け合いは軽妙で、陰惨な事件を扱った本作を、陰気なものになりそうなのをうまく中和している。
さらに、過去のモノローグのエピソードが所々に挿入されているのが、ささやかな感動を呼び、後味の良さに一役買っている。


No.548 7点 出版禁止
長江俊和
(2014/12/24 22:25登録)
以前から気になっていた一冊。行きつけの二軒の書店双方に平積みされているのを横目で見ながら、なかなか踏ん切りがつかなかったが、ついに購読に至った。なんと言っても、そのいかがわしそうなタイトルに惹かれての読了だったが、面白かった。
読者を選ぶのかもしれないが、読んでいてとても引きつけられるものを感じた、その吸引力は本物と言ってもよいだろう。
ストーリーの本筋はいたってシンプルで、ルポライターの私こと若橋呉成(仮名)がある有名人男性とその不倫相手の心中事件に疑問を抱き、死にきれなかった不倫相手に取材を行っていく。それを原稿化しまとめ上げたものがルポルタージュとして丸ごと作品に取り込まれている。そのルポが本作の大部分を占めているのである。言わば作中作の形式を取っているわけだ。
前半はすんなり読める代わりに、それほどの盛り上がりはない。終盤に至って本編の真骨頂とも呼べるような、いかがわしく不気味な本性を現す。これ以上はこれから読もうとする方のために控えるが、読者によっては怖いとか気持ち悪いとかの感想を抱くことだろう。その辺りが許容できる人にとっては、至福のひと時を過ごせるのではないかと思う。
後味はよくないが、問題作なのは間違いないだろう。年間ベスト10入りしてもおかしくないような充実した内容の傑作だと、個人的には感じる。


No.547 5点 大正二十九年の乙女たち
牧野修
(2014/12/22 22:44登録)
時は大正二十九年、舞台は逢坂女子美術専門学校。逢坂は勿論大阪のことである。心斎橋、松虫など実際の地名がはっきりと描かれているにもかかわらず、なぜか大阪だけが逢坂となっている。いずれにしても、時も大正二十九年という架空の時代となっているので、逢坂でも違和感はないが。
主人公は専門学校に通う四人の女学生たちで、それぞれ個性と特徴を持った彼女たちのリアルな青春模様と、彼女たちを襲う猟奇事件を描いた時代青春ミステリである。
青春小説としてはまずまずの出来だとは思うし、牧野氏がこんな小説も書けるのだという意外な一面を見せた貴重な作品とも言える。一方ミステリとしては決して褒められた出来とは言えない。フーダニットとかトリックとかとは無縁のいかにも表層的な形ばかりのミステリだ。だから、猟奇事件もひっくるめての青春小説ととらえるのが正しいのかもしれない。そう考えれば、それなりに楽しめるのではないかと思う。
陽子が見つけて飼っている炭鉱馬のクルミが可愛らしく、時に重要な役割を果たしているのが、好ましい。偉丈夫の逸子は強すぎて、真式道の試合がいまいち盛り上がらないのが残念。


No.546 4点 楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史
牧野修
(2014/12/19 22:26登録)
若干の面白さと大部分のわけの分からなさに溢れた短編集。
様々なジャンルが入り混じったような作品が目立つが、暗めのファンタジーとSFが主体になっているだろうか。多少エログロも見られるが、さして気にはならない程度にとどめている。
個人的に牧野氏は嫌いではないが、これはコアなファン以外は受け付けないかもしれない。なんと言うか、独特の美学のようなものは肌で感じるが、それよりも意味不明さのほうが上回ってしまって、残念な感じに終わっている。おそらく私だけではなく、多くの一般的な読者にとっても同様な印象を受けるのではなかろうか。しかしながら、これが牧野氏本来の姿なのだろう。真っ当なホラーやSFも書ける人だが、ファンに言わせればそれでは〝らしさ”が出ないということなのだと思う。


No.545 5点 仮面病棟
知念実希人
(2014/12/16 22:30登録)
元精神病院である田所病院に、コンビニ強盗が傷ついた人質とともに押し入った。主人公である当直バイト医師の速水と田所医院長、そして看護師二人、人質の若い女性とピエロの仮面をかぶった強盗の、閉鎖状況での恐怖の一夜が始まる・・・。
帯に「怒涛のどんでん返し!一気読み注意!!」との謳い文句が堂々と載せられているが、これは過大広告というものだろう。どんでん返しを期待すると拍子抜けするので注意が必要。ただ、一気読みできるだけのリーダビリティは確かに備えていると思う。
細かい点に誤謬があるのが気になるところだが、まあそれほど傷にはなっていない。内容的にはそこそこ面白いが、あまり新味はなくあっと驚くような意外性もない。どう贔屓目に見てもまずまずとしか言えない。
勘のいい読者はどことなく違和感のある、芝居じみたやり取りの中にヒントを見出し、真相を看破することも十分可能と思われる。ただし、たとえ真相を見破ったとしても、大したカタルシスは得られない気がする。見破れなかった人もあまり騙された感は覚えないだろう。


No.544 6点 失はれる物語
乙一
(2014/12/14 22:34登録)
なかなか乙一らしい作品が揃えられているなという印象だ。出来にばらつきはあるものの、平均すればそれなりに評価できると思う。
表題作は起伏とオチがないので、いまいち。ダークさは好きなタイプなんだが、もっと生々しさが欲しかった気がする。『しあわせは子猫のかたち』が最もミステリ色が濃く、個人的には頭一つ抜きん出ていた。繰り返し短編集に掲載されているのも納得の出来だ。次点は『マリアの指』で、これもミステリ的要素が強い作品だが、犯人を断定する決め手に欠けている。よくよく考えてみれば非常にドライな主人公だと思うが、これもまた乙一の持ち味なのだろうか。他についてはまずまずではあるが、ファンにとってはこれぞ粒揃いと言ってもよい作品が並んでいるのではないかという気がする。
乙一は本格ミステリを書こうと思えば書けるし、しかもかなり優れた作品をものにすることも十分可能なはずなので、出来ることならば短編集でも連作でもいいのでもっとミステリに挑戦してほしいと私は強く願っている。

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