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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1836件

プロフィール| 書評

No.496 5点 僕が七不思議になったわけ
小川晴央
(2014/07/07 22:20登録)
ごく普通の高校生が出会った奇跡のような体験とほのかな恋を描いた、若年層向けのファンタジー小説。
卒業式の夜、高校三年になる俺中崎夕也は学校に携帯を忘れたことに気づく。心配性の彼は急いで学校に向かう。携帯は見つかったが、その帰りしな、校庭で母校の七不思議を司るという自称テンコと名乗る少女の姿をした精霊に出会う。彼は選ばれたのだ、新しい七不思議に。そこから、中崎の日常と非日常が交錯する日々が始まる。
終盤まではまるで中学生が書いたような、平板な文章が並び、おっさんの私としては、やや辟易としながら読み進むのであったが、終盤突如としてその恐るべきたくらみが明かされるにあたって、内心驚きの声を上げずにはいられなかった。
それはまるで本格ミステリのトリックそのものではないか。騙された、見事なまでに。だからと言って、その一点だけで高得点を与えるわけにはいかない。が、この緩急の使い分けはなかなかのものだと思う。
最終章は多くの読者に静かな感動を与えるものと想像する。単なるファンタジーではなく、ミステリの要素も含有しているし、恋愛小説、青春小説としても勿論ツボは抑えている。ただ、一般読者にはお薦めできても、本サイトの鬼たちには当然却下されるべき作品であろう。


No.495 6点 初恋ソムリエ
初野晴
(2014/07/06 22:05登録)
ハルチカシリーズ第二弾、連作短編集。
噂通り、前作よりもミステリ度が低くなったように感じられる。それでも、それぞれのキャラ、特にチカの元気な姿に、つい引っ張られてしまう。そう、これはラノベさながらのキャラ萌え青春小説としての側面のほうが色濃く押し出されており、最早ミステリとは呼べないのかもしれない。
その中でも、なぜ一学期中に3度も席替えが行われたのか、という日常の謎を扱った『アスモデウスの視線』が出色の出来だと思う。やや悲しい結末で、ハルタも事件を解決したことに対して疑問を抱いてしまうが、こういった切なさもまた青春ミステリの良さだろう。
解説でも触れられているが、表題作には疑問が残る。一体初恋ソムリエへの依頼者が語る寓話は何だったのか。まるで島荘のような幻想味を論理的に解明していくのか?と思いきや、中途半端な解決で終わってしまっているではないか。なんだかちょっとがっかりである。
まあしかし、前作同様、事件が解決するごとに吹奏楽部のメンバーが増えていく形式は変わっておらず、各短編もそこそこ粒ぞろいで楽しめたと思う。


No.494 6点 退出ゲーム
初野晴
(2014/07/04 22:32登録)
部活に賭ける高校生たちを生き生きと描いた連作短編集。ジャンルとしては日常の謎の範疇に収まるのだと思うが、一般的に言えば青春ミステリか。
どの作品も平均して良く出来ているが、好みから言うと『クロスキューブ』が一番のお気に入り。これが最もスッキリまとまっていて好感が持てる。表題作もいいんだが、トリックがやや安易な気がする。さすがに騙されたけれど。まあしかし、演劇部対吹奏楽部の自由すぎる対決はなかなか読ませてくれる。
全体的に若干文章が読みづらい部分があった。勿論、難解な文章とかではなく、表現の仕方がやや気になるところがあった程度だが。ただ、チカの内面を描写する文章はユーモアが適度に効いていて面白かった。<吹奏楽。素敵だと思う>などのフレーズは短くても、どこか私の琴線に触れるものがあり、印象深い。
なので、主人公のチカにはかなり感情移入できるが、一方のハルタの人物像がどこか不透明な感じで、インパクトが足りない気がする。単純に格好いいだけのような存在で探偵役としては、アクの強さがなさすぎる。草壁先生への想いはどうなっているんだと、そればかり気になってしまう。
取り敢えず、青春物として合格点をあげてもよいのではないだろうか。


No.493 7点 夜までに帰宅
二宮敦人
(2014/07/02 22:23登録)
特異な設定でのサバイバル・ホラーの傑作。
日本はエネルギー政策により、19年前から「夜」制度を導入。日没から日の出までの夜間は、すべての電力が停止し、警察も病院もその他公共機関すべて閉鎖され、外出も禁止された。
主人公である高校一年生のアキラとその仲間たちは、中間試験ののち、好奇心から夜の吉祥寺へと冒険に出かける。しかし、「夜」の街にはとんでもない危険が待ち構えていた。
やや無理のある設定だが、それなくしてはこの物語は成立しないため、この際リアリティは無視して、心を無にして楽しみたい作品である。屁理屈を捏ねずに無心で読めば必ず応えてくれる、そんなホラーの傑作だと思う。この先にどんな展開が待っているのか、気になってページを捲る手が止まらない、得難い経験をさせてくれる。
そしてオチもいい感じである。決して後味がいいとは言えないが、まさかの反転が読者を襲う。
全体としてコンパクトにまとまっていると思うし、緊迫感が若干不足している感はあるが、闇夜の中でのサバイバルゲームというイマジネーションを掻き立てる、的確な描写も秀逸であろう。


No.492 5点 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた
太田紫織
(2014/06/30 22:12登録)
シリーズ第4弾の3篇からなる連作短編集。
櫻子さんの変人ぶりと魅力は相変わらずだが、そこはかとなくネタ切れの雰囲気が漂い始めている。刊行スピードが速すぎて、じっくりプロットやストーリーを練ることができていないのでは、と邪推してしまう。
そんな中でも櫻子さんの過去が徐々に明らかにされていったり、エピローグでは彼女の家族の誰かの誕生祝い?を当人なしで行ったりと、本筋とは関係ないところで思わせぶりなシーンが展開されて、まだまだシリーズは続くよ、みたいなものを匂わせている。
さらには、各短編で実に美味しそうな食事のシーンがお約束のように配されて、食べ物が出てくると単純に嬉しくなる私としては、非常に喜ばしいものがある。ただ、先にも述べたように、内容としては前3作にはやや及ばないと思われる。確かにキャラ萌えとしては素晴らしい作品と言うかシリーズではあるが、本作に関しては中身が薄く、心に残るシーンや感動が少ないような気がする。その意味で、若干残念な出来となっているようだ。


No.491 5点 レイカ 警視庁刑事部捜査零課
樹のえる
(2014/06/29 22:12登録)
暗く重いトーンの、3篇からなる連作短編集。
警視庁刑事部捜査零課とは、行き場を失った4人の刑事達で編成された、いわば窓際族の集まりである。そこへ新人刑事の大和が配属されるが、そこの刑事達はよく言えば個性的だが、自分勝手だったりやる気がなかったりで、彼は身の置き場を失ってしまう。取り敢えず主人公のレイカに張り付いているように命じられるが、彼女の身勝手なやり方になかなかついていけない。だが、彼女には常識では考えられない特殊能力があったのだ。
レーベルがレーベルだけに、ライトノベルかと思われるかもしれないが、決してそうではない。いたって常識的な警察小説であり、悪く言えば、どこと言って突出したところのない平凡な作品と言える。決して面白くないわけではないが、取り立てて印象に残らない、第一話以外はすぐに忘れてしまいそうな短編が2作である。尚、それぞれのキャラは一応個性的だし定まってはいるが、今一つ描き込みが足りない感じを受ける。
第一話は途中までややだれ気味だが、終盤はレイカの能力もお目見えしたり、彼女の過去が語られるなど、かなり興味を持って読むことができた。被害者の顔が焼かれた理由などもふるっていて、後続作品に期待がもたれたが、やや期待外れに終わった。


No.490 7点 誘拐
五十嵐貴久
(2014/06/27 22:30登録)
これだけの長尺なのに長さを感じさせない、緊迫感を持続する圧巻のサスペンス巨編。勿論、警察小説や社会派としての側面も持ち合わせている。
日韓友好条約締結のために来日する韓国の大統領警護のために、厳戒態勢を敷く最中、現総理大臣の孫娘が誘拐される。警察側は北の工作員の仕業と断定するが、実は犯人は最初から読者に明らかにされている。では何のためにとてつもないリスクを冒してまで、総理の肉親を誘拐したのか、という命題がこの物語を引っ張っていくことになる。やがて犯人からの要求が、一般市民から警察に電話で連絡されるが。
登場人物が多く、頭を整理するのが大変だが、無駄な描写は一切なく、微塵も冗長さを感じさせないのは素晴らしい。犯人の孝介は勿論だが、主要人物の中で唯一ノンキャリアの星野警部の存在感が光っている。低い物腰ながら、自らの主張ははっきりとするという、叩き上げならではの老練ぶりを発揮していて、彼の言動には惹かれるものがあると感じる。結局、孝介対星野という構図がうっすらと見えてくる。
途中から小骨のように引っ掛かっていた疑問が、まさかの形で・・・っとここからはネタバレしてしまいそうなので、割愛する。
とにかく、私が今まで読んだ誘拐ものの中でも、そのスケールの大きさや捻り具合などは抜きん出ていると思う。数ある誘拐ものではあるが、本作はどの作品にも負けていないくらいのポテンシャルを持った傑作ではないだろうか。


No.489 8点 セイギのチカラ
上村佑
(2014/06/23 22:38登録)
5人の異能者の男たちと一人の美女が正義のために活躍するサイキック・アクション。
ネットカフェで少女がバラバラ死体となって発見された。その事件を追う刑事は「赤い月連続殺人」との関連を疑い始める。一方、「異能者の館」というサイトのオフ会に集まった異能者たちは、それぞれの能力を語り、その場は解散するが、のちに参加者で唯一の女性がある事件に巻き込まれる。さらには、その女性の心療内科の担当医とその異母兄弟と名乗る男が細菌によるテロを実行しようとしていた。
5人の異能者の男たちと1人の女性、「赤い月連続殺人」を捜査する刑事、たった二人で大規模なテロをおこなおうとしている兄弟が三つ巴となり、ストーリーは足早に展開していく。圧倒的なスピード感と映像的なシーンの連続に酔いしれること間違いない。
異能者の超能力はいずれもしょぼいものばかりで、それらを披露するオフ会は大爆笑もの、これだけ笑える小説は初めてであった。だが最後にはその能力を増幅し、何千人というやくざや無数のカラスたちの力も借りて、テロを阻止しようとする彼らの姿には知らず涙をこらえきれぬほど感動してしまった。
ラストシーンも心温まるもので、後味も素晴らしく良い。滅多に読み返さない私が、ついクライマックスから最後まで2回ほど読み直してしまったほどである。
無名の小説なのでどうかとも思うが、これは是非とも映画化していただきたいものである。幾分映像化を意識しているような場面もあるが、それはご愛嬌ということで、あまり責めないでほしいと思う。まあ、細かい部分でツッコミどころもあるだろうが、それ程の瑕にはなっていない。というわけで、一読の価値は十分あると私は断言したい。


No.488 6点 ハルさん
藤野恵美
(2014/06/21 23:35登録)
ささやかな日常の謎を扱った、5篇からなる連作短編集。
ハルさんの愛称で呼ばれている春日部晴彦は娘のふうちゃんの結婚式の日の朝、若くして亡くなった妻の瑠璃子さんの墓前に娘の結婚の報告をしてから、タクシーで式場に向かっていた。そのタクシーで思い出すのは、幼稚園児の頃のふうちゃんや、彼女が次第に成長していく過程で起こった数々の小さな事件であった。
いずれの短編も本当に誰の身にも起こり得るような、日常の謎を解き明かしていくものであり、探偵役はなんと亡き妻の瑠璃子さんなのである。ハルさんがピンチの時に夢の中や回想で瑠璃子さんが現れ、彼にヒントを与え、夫婦で謎を解いていく。
正直、ミステリに慣れ親しんでいる読者には物足りないはずだが、悪人が一切出てこないほのぼのとした連作短編集であり、児童文学出身の藤野女史らしい、実に丁寧な文章で綴られた佳作であるのは間違いないと思う。各短編の間に、タクシーの中での花嫁の父としての心境を、ラストシーンではひそやかな涙を誘う別れと新郎新婦の新たな出発を描いており、心温まる読後感を残す締めくくりとなっている。
やや不満なのは、ふうちゃんが長じるにつれて、次第に生意気になっていくところだろう。だが、彼女は頼りないハルさんと違ってしっかり者で、その辺りの人物造形もしっかり描き込まれているし、ミステリとしても文芸作品としても、もっと高い評価をされて然るべきなのかもしれない。


No.487 5点 僕が殺しました×7
二宮敦人
(2014/06/19 22:32登録)
誰も考え付かなかった異色の本格ミステリ。ただし途中までは。
ある朝ホテルの一室で目覚めた「ぼく」藤宮亮は警察官にミーティングルームへ連行される。そこには男女5人が集まっており、彼の到着を待って着席していた。そしていきなり警察官の川西がリエを殺したと自白を始める。亮は彼の自白が信じられなかった、というのも、リエを殺したのは自分だからだ。リエは亮の恋人だったが、あることから諍いを起こし、カッとなってナイフで刺し殺してしまったのだ。しかし、ことはそれだけでは終わらなかった。その場の全員が順番にリエを殺したと自白をするのであった。
各自の自白が、いちいち面白い物語性を含んでいて、飽きることなく読むことができる。中には変人じみたの者もいるが、ごく普通の人間でも、一つ歯車が狂うと殺人まで犯してしまうのだという現実を読者に突き付けてくる。
私のお気に入りは鉄塔を目指す少年のエピソードで、鉄塔の下には何があるのだろうかという素朴な疑問と、リエとの運命的な出会いは幻想小説のような印象さえ受ける。
そこまでは良かったのだが、結局は着地に失敗しており、せっかくの奇想をそこで台無しにしている。よって、本来ならば4点以下の評価になるべきだろうが、それぞれの自白が複雑に交錯し合って、読み物としてとても見るべきものがあると考え、この点数にした。


No.486 6点 長い腕
川崎草志
(2014/06/17 22:32登録)
第一部は主人公の汐路を通して、ゲーム・メーカーの実態を詳らかにしている。これは作者のキャリアを生かした、氏ならではの描写ということだろう。興味のある人には楽しく読めるのではないかと思うが、そうでない人にとってはやや退屈かも知れない。事件は一応起こるのだが、大した扱いは受けていないので、ほとんどミステリから乖離した形になっている。
第二部は汐路が閉鎖的な村に帰省するところから始まる。ここでは彼女が事件を追い始めるが、手を広げ過ぎて読む側からしてみれば、一体どの事件に焦点を当てているのかがイマイチ分からない。そしてやや冗長な印象を受ける。が、盗聴器を排除するシーンなど興味深い場面もあったりする。
終盤は一気にヒートアップし、それまでの平板さを挽回するがごとくスピード感も出て、盛り上がりを見せる。ホラーっぽく、ねっとりとした描写から、一転論理的なミステリ的解決に向かって収束していく過程は非常に読み応えがある。
最初から終盤のような読ませる作品に仕上がっていれば、文句なく横溝正史賞受賞作に相応しい本格ミステリとして、後世に残る名作となったであろう。残念ながら、現段階ではそこまでの領域には達していない。


No.485 6点 ホーンテッド・キャンパス 幽霊たちとチョコレート
櫛木理宇
(2014/06/14 23:36登録)
最初に言っておきたいことがある。本の帯にAKB兼任、HKTの誰それの推薦文が載っていたから買ってみた、というほど私はミーハーではない。勿論、選抜総選挙も大島優子の卒業公演も最後までTVで観ていたのは言うまでもないが。
そんな事はどうでも良くて、本作であるが、そこそこ面白い。雪国の雪越大学オカルト研究会には様々な超自然現象や心霊体験が持ち込まれ、それを男女5人のメンバーが解決しようとするのが本筋である。そこに、主人公の森司の片思いが絡んできて、ほんわかとした雰囲気のいかにもなキャンパス・ライフが描かれていて好感が持てる。
第一作では、オカルト・ミステリと銘打たれているが、決してミステリではないので、必ずしも合理的な解決がなされるわけではない。本作はシリーズ第二弾で5篇の短編から構成された連作だが、どれも特にオカルト研のメンバーが大活躍して事件を解決するというものではなく、なんとなく相手の話を聞き、なんとなく流れで落ち着くところに落ち着く感じのゆるいホラーだ。だが、しっかりツボは抑えているので、結構怖いだろうと思われるシーンもある。私は一向に怖くなかったけれど。
季節は年末からバレンタイン辺りで、北国の冬の季節感がよく描かれていて、個人的には非常に好ましく思っている。
ただ、森司の片思いの相手でオカ研のメンバーでもある、こよみの出番が少なめなのがやや不満ではある。無論、これは彼女をより神秘的な存在にしておこうという、作者の企みなのかもしれないので、まあ仕方ないかなとは思う。噂によると、この二人の恋がなかなか発展しないのが歯がゆいという意見が多いようである。それもまたいいんじゃないかという気もするけどね。


No.484 4点 公開処刑板 鬼女まつり
堀内公太郎
(2014/06/12 22:31登録)
ネットでブログを公開することや、掲示板の悪い意味での結束などによる恐怖を描いた異色のサスペンス。
私もあるサイトの掲示板が荒れるのを幾度も目撃しているが、これは実際個人攻撃されている側にとっては、とても辛いものだと思う。ある意味公共の場でのイジメのようなものであり、放っておけばいくらでもエスカレートしていくので、人間の醜い面がむき出しになってしまう。しかも、それぞれが匿名であり、顔が見えないので頭に血が上り、本性が表れるのが恐ろしい部分であろう。
そんなネット社会の様々な問題を抉り出しているのだが、どうもいまひとつ絵空事のように思えてしまうのである。どこかリアルさが感じられず、掘り下げ方もいかにも浅い気がする。
謎らしい謎も見当たらないし、追いつめられる主人公の元女教師もなんだか平然とし過ぎており、肝心のサスペンスが効いていない。
一つの焦点であろう、鬼子母神の正体も最初こそ分からなかったものの、途中で気づいてしまってからは、先が見えて興味を失ってしまった。序盤はそれなりに面白かったが、中盤から終盤はイマイチの感が否めない。


No.483 7点 帝都探偵 謎解け乙女
伽古屋圭市
(2014/06/10 22:31登録)
序章、終章と5篇の短編からなる連作短編集。
時は大正、良家の令嬢である菜富は何の前触れもなく、唐突に「あたくし、名探偵になることに決めましたの」と宣言し、それを聞いた車夫の俺こと寛太は内心やれやれと思いながらも、何とかその望みが叶うように尽力する。それを待っていたように依頼が舞い込むのだが、結局探偵はお嬢様でも、陰で推理するのは寛太の仕事となるのであった。
あの有名な大ヒットミステリ以来定番となった、ユーモアを全編に纏った、易しい系ミステリの系譜を踏襲する作品と見せかけて、とんでもない仕掛けを施した、凝りに凝った構成となっており、「それ以降」の作品群とは一線を画する、意外なほど玄人受けしそうな逸品となっている。
じっくり読めば、そこここに伏線が張られており、少なくともラストの衝撃は予測できる作りになっている。ある程度予想はしていたものの、やはり実際に現実を目の当たりにするとショックを受ける。しかし、決して暗い結末ではなく、辛くとも希望がわずかでも覗けるラストシーンであり、心温まる余韻を残す。
このような良作が埋もれているのだから、まだまだミステリ・シーンも捨てたものではない。「本格は死んだ」と人は言うが、新しい才能も生まれて、まだまだ本格は死なず、今後も本格に限らずあらゆる分野のミステリに期待したいものである。


No.482 5点 霧塚タワー
福谷修
(2014/06/08 22:22登録)
こういう言葉が当てはまるかどうかわからないが、正統派のホラー小説。正統派だけに、ごくごく普通の、特筆すべき点もないが出来もそれほど悪くないという、言ってみれば平凡な作品である。
女子中学生の瑞菜は父親の単身赴任をきっかけに、家族と共に格安物件の霧塚マンションへ引っ越すことになった。だが、このマンションには怪しい噂があったのだ。そこはかつての廃病院の跡地に建てられており、その病院は廃業へと追い込まれるだけの理由があった。そして引っ越してしばらくすると、瑞菜の周りでクラスメートが自殺したり事故にあったりという、怪しげな事件が立て続けに起こり始める。
ホラーとしてはよくありがちな展開で、これといって秀でたものは見当たらないが、それなりにまとめられているとは思う。主人公の瑞菜がとんでもない状況に追い込まれるにもかかわらず、随分落ち着いていて、その分怖さも抑え気味な感じを受ける。まあ迫力不足とも言えるだろう、尺が短いのでやや急ぎ足の感は否めない。だからどうしても、盛り上がりに欠けインパクトも薄いのである。
文章も?が多すぎるし、あまりこなれた感じがしないので、その意味でも損をしているように思われる。それと、誤字脱字が多すぎる。


No.481 5点 ハンマーヘッド
飯野文彦
(2014/06/06 22:28登録)
単行本刊行時には「超Z級スプラッターホラー」というキャッチ・コピーでごく一部のマニアの間で話題になったらしい、迷作『ザ・ハンマー』の文庫化。
とある閉鎖的な田舎町で、ハンマー様の凶器で撲殺され、全身ミンチ状となった悲惨な死体が発見されるという猟奇事件が起こる。その後も連続して同じような殺人事件が続く。一体誰が何のために?停職中の刑事である幹也は単独で事件を追うが・・・
誰が名付けたか知らないが、超Z級でもなんでもない、ただのB級ホラーである。さらにスプラッターというほどでもない。取り立てて残酷描写があるわけでもないし、殺戮の方法が異様で、その結果とんでもない惨状を呈しているに過ぎない。なので、その意味ではかなり期待外れではあるが、登場人物が全員どこかイカレている人間ばかりで、特異な雰囲気を出すのには成功している。
当然、本サイトの由緒正しい読者諸氏が読むような作品ではない、お下劣な表現も多々含まれており、超下世話で、下品なある意味最低の作品に仕上がっている。
犯人はかなり分かりやすく、中盤で既にミエミエなのだが、なぜその人物がこのような残虐な行為を繰り返すのか、その辺りが読みどころとなっている。散々貶したが、出来としてはそれほど悪くはないと思う、ただ明らかに読者を選ぶというだけで。だから、賢明なる良い子のみんなは読んじゃダメ。


No.480 6点 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 雨と九月と君の嘘
太田紫織
(2014/06/04 22:27登録)
やはり本シリーズはしっかりとした安定感を保っている。この第三弾も三篇からなる連作短編集である。第一作でサブキャラに触れたが、これまでのところ、どうやら巡査の内海とばあや、それにもう一匹加わった模様。とは言え、あくまで脇役であって、主役は櫻子さんと正太郎の二人であるのは間違いない。
本作は短いが何と言っても第二話がいい。これは泣ける。確かに泣ける。珍しくばあやが正太郎の過去にまつわる、ささやかな秘密を暴くのだが、彼の想いが実によく伝わってきて、心揺さぶる逸品となっている。
第三話はちょっとばかりややこしいが、後半はいつもワトソン役の正太郎が櫻子さんの嘘を告発するという、これまでにない構図が描かれていて、意外な展開になっている。
エピローグもなかなかいい味わいだ。櫻子さんの苦渋の決断と、それを敢えて全否定する少年の強い決意が物語全体を引き締まったものにしているのである。
尚、ジャンルは本格にしてあるが、これは若干無理があるかもしれない。どちらかというと日常の謎に近い気もするが、一応死体が絡む話が多いので本格に設定したまでである。異論のある方は無論他に投票されても一向に構わない。


No.479 6点 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 骨と石榴と夏休み
太田紫織
(2014/06/02 22:19登録)
九条櫻子シリーズ第二弾、3篇からなる連作短編集。
全体的に小ぢんまりとまとまり過ぎている気がしないでもないが、相変わらず櫻子さんの変人ぶりには楽しませてもらえる。彼女に寄り添うように子守役をしている正太郎はいたって常識的で、その対比が実に面白い。しかし、さすがに探偵役の櫻子さんはいざと言う時には頼りになる。それが如実に表れているのが第二話であろう。
私は変態ではないが、男女を問わず幼児が出てくる小説が好きである。本作第二話には、真夜中の町中を裸足で彷徨う幼女が登場するので、楽しく読むことができた。それだけではなく、櫻子さんの普段は見ることのできない意外な一面を垣間見ることができて、とても印象深い作品になっている。はっきり言おう、これはシリーズ中最も面白い一篇ではないかと私は思っている。
他の作品もそこそこ面白く、やはり本シリーズにはハズレはないのだなと確信した。既に第三弾も読み始めているが、こちらも期待大である。興味のある方は是非読まれることをお勧めする。


No.478 5点 うなぎ鬼
高田侑
(2014/05/31 23:33登録)
全然そそらないタイトルとイケてない表紙、これは誰しもが敬遠したくなる小説と言える。しかも冒頭からなんとなくシャキッとしない感じの筆運びで、面白いのかどうなのかも判然としない。ホラーなのにちっとも怖くない、その代わり終始不気味な雰囲気は漂っているという、なんとも言えない作品である。
主人公の勝は少なくない借金を抱えてところを、やくざまがいの商売をしている千脇に拾われる。仕事の内容は主に借金の取り立てで、その巨体を生かしてそれなりの成績を上げていた。そんな時、別の仕事も任されるようになる。同僚の富田と共に社長の弟が経営するウナギの養殖場に厳重に梱包された、重さ50から60㎏ほどの品物を運び込むというものであった。東京の下町の入り組んだ場所にある黒牟という土地には、怪しい噂が色々立っており、勝たちはその渦に巻き込まれることになる。
都市伝説を用いて終始読者に不信感、或いは疑惑を持たせ、どうにもすわりの悪い気分を抱かせる文章は、ある意味で作者の思惑通りであるのかもしれない。果たして多くの読者が想像するような忌まわしい現実が目の前に現出するのか、そしてあることからとんでもない災厄に見舞われる主人公の運命やいかに、といったところか。
終盤はなかなかの緊迫感で、本領を発揮している感じだし、エピローグも気が利いていて余韻を残す、らしい締めくくりでいいんじゃないだろうか。


No.477 7点 ボランティアバスで行こう!
友井羊
(2014/05/29 22:35登録)
東日本大震災をモチーフに、被災地へ向かうボランティアバスツアーに参加した幾人かが各章ごとに語る、日常の謎を扱った佳作。
被災した人たちの現実と支援活動をおこなう側の現実が赤裸々に描かれており、思わず深く頷いてしまうシーンが目白押し。無論ミステリとして、第一章から最終章、エピローグに至るまで、ささやかではあるがちょっとした日常の謎を解き明かしながら、微妙な人情の機微までをも繊細な文章で描写することに成功している。それだけではない、何気ない構成の中にとんでもない大仕掛けが仕込まれており、そのトリックが明かされた瞬間は「なるほど」程度にしか思えないものが、しばらく経ってから二度目の衝撃が襲ってくるようになっている。優れた読者は、一度の衝撃ですべてを悟るがゆえに、その大きさは計り知れないものに違いない。いずれにしても、ほぼ騙されるのは確実だろう。しかもあからさまな伏線も張られているし、実にフェアな作りになっているのが良心的とも言える。
私の場合、そういった騙しのテクニックを抜きにしても、第一章でハートを鷲掴みにされたわけで、その後も同レベルを保っていたなら間違いなく8点以上付けていただろう。地味と言えば地味だが、これ程真正面から未曾有の大災害のその後を描いた作品は他にないと思う。

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