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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.855 7点 悪意
東野圭吾
(2018/05/06 22:11登録)
構成は凝っているが、構造は至って単純な作品ですね。全てがホワイに一点集中しており、興味の大半はそこに落ち着きます。しかしながら、読み進むにつれそれもある程度予想出来てしまい、衝撃度という点においていささか物足りなさを覚えるのは私だけでしょうか。意外性がいまひとつなので、こうした作品においてはかなりのマイナス点になろうかと思います。

ただ、結末に至るまでの道のりがきっちりと纏まっていて、フェアプレーの精神も忘れておらず、その意味では好感が持てます。逆に言えば、あまりに優等生的ないかにも東野らしい堅い作風なので、それが解釈によっては弱点ととらえることもできます。例えばこうした作品を得意とする折原一辺りがこれを書いたとすれば、もっと衝撃的な作品に仕上がったのではないかと思うのです。まあ死んだ子の歳を数えるようなものなんですけどね。

色々ケチをつけましたが、やはり東野作品の中では上位に位置する作品ではあるでしょう。ミステリファンが読んでも、一般読者が読んでもそれなりに満足できるブランド品といったところですかね。


No.854 7点 ファミ・コン!
鏑矢竜
(2018/05/03 22:23登録)
あの歴史ある、そして由緒正しいSRの会(実はSRが何の略かも知らない)の俎上に載せられるほどの作品であるならば、これは読むしかないと一念発起しました(大げさ)。ラノベ風ですが読み応えは十分あります。カテゴリーとしては青春ミステリに入るのでしょうが、個人的には青春小説+冒険活劇+健全な変態小説といった趣を感じます。
その場その場での言葉のチョイスの堅実さや、時にハッとさせられるような、読者の想像力を掻き立てられる描写が心に沁みます。また登場人物が多い割には秀逸なキャラ設定、印象に残る人物像など、新人離れした構想力、文才が感じられます。

しかし、本格ミステリの鬼が集うであろう組織SRの会(ど素人の私などは秘密結社的なイメージすら抱いていたけれど、実は公に活動をしているらしい)も、このような砕けた作品にすら触手を伸ばしているというか、意外に守備範囲が広いのには少々驚きました。そしてその慧眼の鋭さにも。さすがSRの会に取り上げられるだけのことはあります。面白いですね。

新刊は入手困難な本作ですが、これはお勧めできる一作です。軽いと言えば軽いですが、そして誰かの言を借りるなら西尾維新に似た作風かとも思いますが、取り敢えず読んでいる最中は夢中になれます。それは間違いないですよ。
さらに、終盤の畳みかけるような展開と待ち受けるサプライズの波状攻撃に、酔いしれることができます。


No.853 2点 泥棒だって謎を解く
影山匙
(2018/04/30 22:13登録)
四人の幼馴染みの男が再会する。二人は泥棒で二人は刑事だ。それぞれが相棒同士なのだが、勿論お互い現在の境遇は知らない。
程なく刑事の一人桜庭の恋人が殺され、そこから事件は十年前にまで遡り、ひょんなことから刑事が泥棒に情報を提供するようになり、泥棒のコンビが謎解きに挑戦するが。

出ましたよ、久しぶりの2点が。これほどつまらない小説を読んだのはいつ以来だろうというくらい出来は酷いです。どこがそんなに面白くないのかを整理するために、箇条書きで以下列挙してみます。

1.一章のアリバイトリックは手垢が付いているもので、単に焼き直したに過ぎない
2.展開がダラダラしていて起伏に欠け、どこで盛り上がってよいのか分からない
3.人物造形が全くできていない
4.泥棒コンビのセリフの語尾が「~でしょ」「~の」が多すぎて、オカマっぽく生理的に受け付けない
5.4の影響もあり、誰が喋っているのか分からない会話が多すぎる
6.謎を解くとは名ばかりで、ただ事件を追っているに過ぎない
7.伏線や手掛かりなどは皆無
8.連続殺人事件の動機が弱すぎるし、顔を潰す意味も不明

このくらいで勘弁してあげます。これだけあれば十分でしょう。
まあ、どこを取っても褒めるべき美点らしきものは皆無で、これを出版してもいいのか疑問に思うレベルですね。
しかし不思議なことに世評はそれほど悪くないんですよ、何よりこの作品が『このミス』大賞の最終候補に残ったことが私にとって驚愕です。私が間違っているのでしょうか。失礼ながら、お金と時間の無駄遣いでしたね。
この人は専業作家は無理だろうと思っていたら、会社員でした。二作目は書かないほうがいいんじゃないでしょうかねえ。


No.852 6点 やはり雨は嘘をつかない こうもり先輩と雨女
皆藤黒助
(2018/04/26 22:27登録)
元気で子供の頃は男子に混じって遊んでいた女子高生、空木五雨は自分でも嫌になるほどの雨女である。そんな彼女はある日視聴覚室で、謎が多く雨に関することにやたら詳しい雨月先輩に出会う。雨月先輩は五雨自身の名前の謎や、二人の周辺で起こる日常の謎を雨に纏わる蘊蓄を絡めながら解いていく。

全般的に文章が稚拙な印象を受けます。まだまだ作家としての力量に欠ける部分が多いような気がします。ただ、お話としてはとても素敵な短編が並んでおり、一般読者にはそれなりに受け入れられると思います。
また雨に関しての様々な蘊蓄はまあ、なるほどなとはなりますね。しかしミステリとしてはいささか弱く、二話などはある程度先の展開が読めてしまうのがどうにかならんのかって感じがします。しかも一話、二話ともに強引な感は否めません。かなりのご都合主義だと思いますね。

本領を発揮するのは三話ですよ。これは良いです。五雨の幼少時に起きた事件と雨月先輩がリンクしての意外な展開、そして二人の持つ謎が鮮やかに解きほぐされます。
それぞれのキャラはまずまず立っており、その意味でも楽しめる作品だとは思います。小難しい本格ミステリに疲れた時の箸休め的な癒しとしては持って来いではないでしょうか。読後雨が好きになるかどうかは?だと思いますが、より身近に感じるようになるのは間違いないです。


No.851 8点 アルファベット・パズラーズ
大山誠一郎
(2018/04/23 22:29登録)
かなり以前から、おそらく10年位前から気になっていた作品。いやあ、読んでよかったですよ。Amazonでは賛否両論のようですが、あらあらこちらでも似たような現象が起こっているとは。

確かに文章はお世辞にも上手とは言えません。無味乾燥な感じで、翻訳物にも近いようなやや取っ付きにくい面はあります。さらに言えば個性や魅力がほぼ感じられないキャラ達も感心しませんね。しかしながら、いずれ劣らぬトリッキーなパズラー作品は、短編3作を読み終えた時点で7点は堅いなと思いました。
この連作短編集にはリアリティを求めてはいけないということは、タイトルからも分かりますよね。作者もこんなふうに思っているのでは?そんなものはクソ喰らえなんだと、こっちはパズルを解いて欲しいからミステリを書いているんじゃ、と。そうした意気込みや情熱を感じ取れるかどうかで、評価は分かれるのではないでしょうかね。ミステリはこんなものではないんだという意見も分からないではないですが、そこを大目に見てこの点数です。

というか、一にも二にも本作をこの点数に押し上げたのは最後の中編『Yの誘拐』ですね。本作のみで長編だったら9点を献上しても吝かではないくらいの傑作だと私は思います。
誘拐物の本質はサスペンスにあると個人的には考えますが、この作品はそこを飛び越えて本格ミステリとして堂々と屹立しております。面白いです。他の方の指摘するような瑕疵も少なからずありますが、それを加味しても十分鑑賞に堪えうる逸品ですよ。今までなぜ読まなかったのかと自分を責めたくなる程の衝撃でした。


No.850 5点 閻魔堂沙羅の推理奇譚
木元哉多
(2018/04/19 22:35登録)
確かにメフィスト賞受賞作にしては大人し過ぎる感じがします。ありきたりというか、意表を突いたところがどこにもなくて、正直新味という点においてもそれ程とは思えません。死亡した人間自身が己を死に追いやった犯人を推理するという趣向に新たなパターンを盛り込んだに過ぎず、特に沙羅が出てくるまでがかなり退屈な感は否めません。肝心の推理もまあごく普通の人間がおこなうわけであって、それほど複雑なトリックなども存在しません。しかし、10分で謎を解かなければならないという縛りの割には、スムースに解決してしまうのは、やや不自然というか無理があるようにも思います。

BLOWさんのご書評通り、完璧なるワンパターンで、しかも完全な予定調和でもあります。その為安心して読めるのは良いですが、意外性は全くありません。そこが残念ですね。ただ沙羅のキャラはなかなか魅力的だとは思います。シリーズ化されるのも分からないではないですが、安易に過ぎるのではないかという気もします。はっきり言って、本格ミステリをこよなく愛する読者にはかなり物足りないのではないかと思います。

第二弾に期待したいところですが、次はもう少し捻りを加えた本格的な謎解き、それもシリアスなのを一つくらい加えていただけると良いのではないでしょうか。例えば刑事や探偵が死者となって推理するとか。でないと、すぐに飽きられますよ。そして『奇譚』の名が泣きます。


No.849 7点 少女ノイズ
三雲岳斗
(2018/04/15 22:33登録)
このタイトルとあの表紙、当然爽やかな青春ミステリを想像していましたが、相当認識が甘かったです。ゴリゴリの本格ミステリとは言いませんが、かなりの本格派だと思います。しかも、様々なタイプの短編を用意して読者を楽しませてくれます。僭越ながら解説で有川浩氏が書かれているような、「ミステリにかこつけて二人の恋を書きたかった」という意見には賛同できません。どちらかと言えば、恋愛控えめの本格ミステリだと私は思いますね。

確かに、淡い恋心が垣間見えるシーンも時折ありますが、ミステリファンにとってそれは二の次でしょう。全ての作品に魅力的な謎があり、それを論理的或いは合理的に解決に結びつけている手腕は確かなものがあります。伏線も全くないわけではなく、唐突に探偵役の少女斎宮瞑が謎解きを始めて読者を置き去りにすることはありません。もうそれだけで私は満足です、他には何も望みません。最後の『静かな密室』だけは何それ?となりましたが、それもまあ私の見識が足りなかったとも言えるので、作者には何の咎もありません。

ラストシーンはとても良いです。美しく、情景が浮かんできます。瞑の初めてのはっきりした意思表示に心奪われます。装画がこれしかないという本当の意味を、ここでようやく知ることができます。


No.848 3点 警視庁陰陽寮オニマル 魔都の貴公子
田中啓文
(2018/04/10 22:24登録)
本書は講談社ノベルズから出版された『鬼の探偵小説』を、版元を角川に変えシリーズ化したものの、シーズン2の第一弾です。ややこしいですが、要するにオニマルの第2シリーズってわけですね。

『土俵の鬼』では相撲界の不祥事など旬の話題を取り込んで、読者に迎合しようとしているのかもしれませんが、成功しているとはお世辞にも言えません。トリックとかプロットとかの以前の問題ではないかと思います。凄く退屈です。
土俵の中から出た溺死体に河童騒動を絡めていますが、どちらも拍子抜けするほどくだらない真相ですね。これはいけません。

『人形は見ていた』は文楽の世界に次々と起こる怪事件の数々を陰陽道の力で解決しようとする物語ですが、こちらもかなり酷い出来です。謎だけを並べれば面白そうですが、全然面白くありません。御池薔薇子という、あの方を彷彿とさせるような府知事も登場します。ただそれだけですが。

個人的には『鬼の探偵小説』が結構楽しめたので、それなりに期待していましたが、見事に裏切られました。アメリカ帰りでハーフの陰陽師、ベニー警部と本物の鬼であることを隠して警視庁陰陽寮に勤務する刑事鬼丸のコンビに全く魅力が感じられず、キャラクター小説としてもつまらないですし、ミステリとしてもひとつも特筆できる点はありません。よって久しぶりの3点という不名誉な点数を進呈します。
読後、即古本屋行き決定です。さようなら~。


No.847 7点 ナミヤ雑貨店の奇蹟
東野圭吾
(2018/04/06 22:13登録)
これが日本を代表するミステリ作家の底力か、という気もします。
時空を超えるナミヤ雑貨店に悩みを打ち明ける側と、それに対する解決法を何とか捻り出そうとする相談される側、双方にドラマがあり読みどころとなっています。さすがに描写力が半端なく優れており、そのストーリーテラーぶりは素晴らしいと思います。
しかし、ややもすると技巧に走り過ぎるきらいがあり、どこにポイントを置いて読めばいいのか悩んでしまう一面もありますね。私だけなのかもしれませんが。

とにかく物語があちこちに飛び、長編としてはやや纏まりに欠けるような感じがなくもないですが、それぞれのエピソードが一々面白いので、最後まで楽しく読めます。
個人的には第二章の『夜更けにハーモニカを』が最も良かったと思います。これだけで一つの短編として大変優れた独立した作品とも言えます。

ラストも仄かな余韻を残す締めくくりとなっていて、いい話だったとじんわり胸に響く感じの、本作を象徴するようなエンディングです。取り敢えずあまり東野圭吾を読まない私が読んでみようという気になったのだから、やはりこの作品にはそういった吸引力のようなものが備わっているのではないかと思います。


No.846 5点 いなくなった私へ
辻堂ゆめ
(2018/04/01 22:29登録)
巷で人気のシンガーソングライター(ママ)、上条梨乃が意識を取り戻した時、彼女は渋谷らしき繁華街のゴミ捨て場にいた。しかし、道行く人間の誰も自分に気づかない。有名人であるはずの自分になぜ?さらに、彼女は昨夜自宅のマンションから飛び降り自殺をしたことを知る。では私はいったい誰なのか、自分が上条梨乃であることは自分が知っている。それは間違いないはず・・・。
街を彷徨っている時、初めて自分に気づいてくれる青年が現れる。そして、彼女の自殺が原因で命を落とした少年(彼も彼女の正体に気付く)に出会い、彼ら三人は梨乃が自殺したにもかかわらず、どうして生きているのかを探り始める。

このようなストーリーで最も興味を惹かれるのは、やはり生き返りよりも、なぜ誰も梨乃の正体に気づかないのか、そしてなぜ二人だけが彼女だと知ったのか、という点だと思います。しかし、残念ながらこの小説はミステリではなくファンタジーなので、そこに重きは置かれないのです。その謎が解明されたとき、ミステリ読みとしてはがっかりさせられます。多くの方がそんなはずじゃなかったのに、と思うでしょう。
しかし、その他の謎や自然に湧き起る疑問には一応破綻のない解法が与えられるような仕組みにはなっています。ですが、いかんせん冗長気味で、前述の最も肝心の謎が一向に解かれる様子がないのにはいら立ちを隠せません。

長尺のわりにさしたる盛り上がりもなく、どこか漠然とした印象を受けます。これといったサプライズもなければ、ファンタジーらしい壮大さも感じられず、全体的に小ぢんまりと纏まってしまっているような凡庸さが目立ちました。結局最後はいい話で終わっているのもどうかと思いました。


No.845 6点 どうか、天国に届きませんように
長谷川夕
(2018/03/28 22:20登録)
誤解を恐れずに言うならば、乙一を詩的にしてマイルド感を与えたような作風の短編集です。ホラー要素を加味したサスペンスでしょうか。

正直、半分はジャケ買いでした。装画はおそらく『黒い糸』の、冬の細かい雨がそぼ降る都会の片隅に、一人彷徨う青年の姿を描いた情景だと思います。良い味を出しています。その第一話『黒い糸』を読み終えたときは、7点を献上するかもと思いましたが、残念ながら次第にトーンダウンしてしまい、この点数に落ち着きました。
それにしても集英社オレンジ文庫から刊行された本作品は、ラノベレーベルにしては怖いです。表層的なものではなく、壊れていく人間の本質的な怖さがじわじわと迫ってくるようで、背筋が寒くなります。
読みやすいので引っかかりませんが、よくよく考えればある人物が狂気に取り込まれていたり、現実的にはあり得ない現象をさも当たり前のように描いている辺りは、普通のホラー作家ではまず想起しないであろう奇想が見られます。

最終話でそれまでの二作を裏側から捉えられていますが、これは若干蛇足だったように思えます。描かれる視点が異なるだけで、世界が反転するわけでも意外な事実が明らかになるわけでもありません。
惜しかったですね、すべてが第一話レベルだったら称賛を送るのに吝かではなかったでしょう。


No.844 5点 探偵女王とウロボロスの記憶
三門鉄狼
(2018/03/26 22:03登録)
女学院の旧部室棟からの少女転落、からの人間消失、からの死者の蘇りという、豪華絢爛な大風呂敷を広げ。そしてあまりにもあっけない解決編。嫌が上にも読者の心情を盛り上げておいて、突き放す、そのツンデレぶりにはいささか辟易とさせられました。
冒頭は良い感じで進行して、内心これは期待できると思いましたが、事件が明らかになり女生徒たちへの聞き込み等を読み進むにつれ、次第にアラが目立つようになります。アラというか、全体的に雑で荒削りな感じが否めません。
権威効果とソースモニタリングエラーとか言われても、納得できませんね。人間の記憶というのはそんなに曖昧なものではないと、個人的には思います。集団心理と言ってしまえばそれまでですが、発想が飛躍しすぎではないでしょうか。


【ネタバレ】


とか思っていたら、ラストであまりに突飛な事実を突きつけられます。ここで驚愕するべきなのかもしれませんが、私は拍子抜けしてしまいます。そういうオチか!とんでもない食わせ者ですよ。あり得ないことが起こります。なんとか読者を丸め込もうという意気込みが、逆に物語全体から浮いてしまう結果に終わっている気もします。
せめてここで多少なりともカタルシスを得られれば、終わりよければってことになったんでしょうけどねえ。まあここは読者によって温度差が顕著に現れるのではないかと思いますが。


No.843 6点 晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語
緑川聖司
(2018/03/23 22:12登録)
小学五年生の茅野しおりの日課は、年の離れたいとこの美弥子が司書をしている雲峰図書館へ通うことである。本が大好きな彼女の周りには不思議な出来事であふれている。しおりと美弥子はそれらの日常の謎に、優しい仲間たちと共に挑む。

本書は2010年12月に小峰書店より刊行された『ちょっとした奇跡 晴れた日は図書館へいこう(2)』を改題し、加筆・修正のうえ、書下ろし短編「九冊は多すぎる」を加え、文庫化したものです。と奥付の前のページに但し書きしてあります。

児童書であろうと「日常の謎」であろうと、内容がしっかりしていればミステリとして十分魅力のある読み物になり得るという、見本のような作品です。ここまで完成度が高ければ、むしろ大人が読むべき小説なのかもしれないとも思います。
作者は「日常の謎」が実は苦手らしいのですが、とてもそうは思えないような短編ばかりです。視点が小学生のせいか、どこか懐かしいような感慨に浸れます。各所にみられる美しい情景描写も臨場感があり、全体的に優しさを湛えた、心揺さぶられる作品集なのではないかと感じます。
おまけの『九冊は多すぎる』は名作『九マイルは遠すぎる』へのオマージュであり、各短編の主要登場人物が一堂に会し、それぞれの推理を戦わせる、ちょっと気の利いた作品です。
取り敢えず、前作も読んでみようかと思わせるのには十分な、楽しい連作短編集でした。


No.842 6点 たぶん、出会わなければよかった 噓つきな君に
佐藤青南
(2018/03/20 22:19登録)
よくありがちな三角関係にまつわる恋慕や嫉妬などが渦巻く恋愛模様を描いたミステリなのかと想像していましたが、思った以上にブラックな味わいが強い作品だったので、少なからず驚きました。一筋縄ではいかない、女子受けしない物語でしょうかねえ。その意味で、純粋に恋愛小説を求めている向きには敬遠されるかもしれないです。

第二章の幕開けとともに、これはやられたなと素直に思いました。いえ、よくあるとは言いませんが、ミステリ小説にはたまに見られる手法ではあります。が、この手の小説でこれをやられると、やはり意表を突かれますね。
男子一人、女子二人の三者三様の心情が、各章ごとに詳らかに描かれます。その心の揺れ具合は読んでいてかなりのリアリティを感じます。中でもある人物に感情移入するように仕向けられていますが、突如豹変するのにはさすがに付いていけないと感じたのは確かです。しかし、ストーリー的には「そうするしかなかった」ということなのだと思います。でなければ、この純愛小説は成立しないからやむを得なかったと。

そう、本作は途中までは二人の女性の間で揺れる主人公?の優柔不断な心持ちを描き、第二章で景色が一変し、最終的にはミステリの皮を被った純愛小説の真の姿を現します。
私は第三章の終盤とエピローグで切なくなってしまったことを、ここに告白します。総合的には恋愛ミステリとしても、恋愛小説としてもなかなかの佳作ではないかと思います。


No.841 5点 何が困るかって
坂木司
(2018/03/17 22:24登録)
「先生、今度弊社の『ミステリーズ!』に短めの短編を連載してみませんか?」
「短めの短編?つまりショートショートってことですか」
「まあ、そこはそれ、枚数の融通は利かせますよ」
「うーん、じゃあ丁度固有名詞を抑えたのを思案中ですので、やってみましょう」
という作者と編集者のやり取りがあったかどうかは定かでありませんが、そんな感じの短編集です。奇妙な味わいを持った作品がほとんどで、登場人物名はおろか、団体名や施設名、地名にいたるまで伏せられていますので、嫌でも怪しげな雰囲気に仕上がっているわけです。

寝たきりの男の喜怒哀楽と心の叫び、擬人化された洗面台の嘆きと喜び、乗り合いバスで目的地のバス停に着くための押しボタンをギリギリまで押さず、押した人間が負けという、大人げない大人たちの真剣勝負など、捻りの効いたものからオチが最初からミエミエなものまで様々。
しかし、では傑作と呼べる作品があるのかと問われると、残念ながら否と言うしかありません。平均してそこそこ面白いのですが、強烈に印象に残るものが見当たらないので、それなりの評価に落ち着くしかないですね。

『勝負』『入眠』『鍵のかからない部屋』『何が困るかって』辺りがまずまずの出来だと思います。ここが漆黒になりきれない黒坂木の現時点での限界なのではないでしょうか。


No.840 6点 東京二十三区女
長江俊和
(2018/03/14 22:08登録)
雑誌のフリーライターである原田璃々子は、東京二十三区のルポルタージュ企画を作り雑誌社に売り込むため、二十三区の曰く付きの場所を取材する。先輩で某私立大学の民俗学の講師である島野仁とともに。

二人は板橋区、渋谷区、港区、江東区、品川区を巡り、それぞれの区の負の歴史、裏歴史、黒歴史に所縁のある場所を渡り歩いてきますが、それとリンクするように実に奇怪な事件が起こります。暗渠であったり、夢の島であったり、縁切榎など、東京二十三区の知られざる、或いは知る人ぞ知るアンタッチャブルな領域に踏み込み、ホラーやサスペンスとして成立させています。それはそれで怖いですし、過去にそんな出来事があったのかと勉強にもなります。
璃々子の目的は仕事以外にもあり、それは最後まで明かされませんが、その秘密が明らかになった時読者は驚嘆の声を上げるでしょう。その事実がこの作品のシリーズ化の弊害となり得るかもしれませんが、果たして作者はそこを押し切って東京二十三区を制覇することになるのでしょうか、それは誰にも分かりません。

万人にお薦めしようとは思いませんが、長江氏の他の作品に対して少なからず好感を持っている方ならば、一読の価値はあると思います。特に都内にお住まいの方は興味深く読めるのではないでしょうか。


No.839 6点 ゴーストフォビア
美輪和音
(2018/03/10 22:27登録)
突然、サイキック探偵になると宣う姉の芙二子に振り回される三紅。行方不明の女性を調査する二人は事故物件を扱う不動産屋の神凪怜と出会う。クールだが残念なイケメンの神凪と触れた三紅は聴力を失ったはずの右耳から不思議な声を聴く。一方神凪も見えざる存在が見えてしまっているらしいのだが。

フォビアとは恐怖症のことだそうです。世の中には様々な恐怖症が存在しているらしく、ピーナッツバター恐怖症、幸せ恐怖症、ポエム恐怖症、衣類恐怖症、美人恐怖症、へそ恐怖症などなど多岐にわたるようです。
この連作短編集は様々なフォビア(恐怖症)にスポットを当て、それらを題材にそこそこ怖めのホラーにプラスしていい塩梅のミステリ要素を絡めた異色のホラーミステリに仕上げられています。しかし、残念ながらそれぞれ若干風変わりな個性を持っているはずの登場人物があまり魅力的に描かれておらず、その意味では良い出来とは言い難いです。
まあ物語そのものはそれなりに練られているとは思います。しかし、全体的に印象が薄く、いずれ近いうちに忘却の彼方へと追いやられそうな作品です。

最も気に入っているのは装丁です。あまり垢抜けた表紙のイメージがない創元推理文庫ですが、これはとてもよく出来た表紙だと思います。なぜこの絵なのか、最終話で真の意味が分かります。ホラー好きには是非お薦めというほどではありませんが、読んでみても面白いかなと思います。


No.838 6点 こどもの城殺人事件
ヒキタクニオ
(2018/03/06 22:21登録)
読んでいて楽しいとか高揚感を得られるといった作品ではありません。面白いと言えば面白いのですが、他のいわゆる青春ミステリと呼ばれる小説とは一線を画しており、いささか挑発的で煽情的だと私には思えます。一方で主役の高校生周平の言動は、大人びてしかも捻くれていて、なかなか本性を現さない演出が心憎いところです。周平を中心とする高校生のグループと、もう一人の主役である刑事の盛秋子と相棒の小宮山や検察官の大倉らとの攻防は読み応えがあり、この物語の根幹を成しています。

少年犯罪問題や違法薬物など諸々の要素を混然と内包しながら進行するストーリーは、正直これまで経験したことのないようなシニカルな雰囲気を醸し出しており、何度も言うようですが普通の青春ミステリとは毛色が全く違います。逆に言えばミステリの衣を纏った青春小説、それもかなり歪で荒廃した小説のように感じます。
ただ、私も真相が明らかになった後の、ある人物の行動がどうも理解できませんでした。違和感は拭えませんねえ。

盛秋子という刑事は特別個性的というわけではありませんが、一貫してブレない姿勢を貫いていてなかなか面白いキャラクターだと思います。余計な生活感がなく個性を殺している分、逆にリアリティを持っており、人並由真さんがおっしゃるように今後シリーズ化されても全然おかしくない魅力があるように感じます。


No.837 5点 名探偵の証明
市川哲也
(2018/03/03 22:19登録)
ちょっと内容がタイトル負けしている感じですね。ミステリ小説における名探偵の存在理由のようなものを読者に問いかけているのだと思いますが、なんとなく深そうで実は浅い気がします。探偵がいるから事件が起こるのか、事件が起こるところ探偵ありなのか、まあそんなテーマをさも重大事のごとく掘り下げようとしている姿勢自体は買えますが、結局何なのかよく判りません。

密室殺人事件に関して言えば、なんだかありきたりで感心しません。よくあるトリックです。蜜柑は普段は片言なのに、謎解きを始めると途端にシャキッとするという、誠に不思議な女性です。いくら個性付けしたかったと言え、あまりに安易ではないでしょうか。そんな若い女性はいませんよ。
どちらかというと屋敷のほうに感情移入するように仕向けられていますが、名探偵の肩書はやや荷が重かったとしか思えませんでした。

とは言え、いきなり冒頭からある事件の解決編を持ってくる試みはなるほどと思いました。前置きが長いのは時としてイラッとさせられますからね。
しかし、本編の事件解決からラストまでが長く、これが余計だったのではないかと、個人的には思いました。後味も悪く、もう少し気の利いた結末を期待したかったのですが、その意味でも残念な香りがします。二人の探偵の対決としてはそれなりに面白かったですが。


No.836 5点 霧ノ宮先輩は謎が解けない
御守いちる
(2018/02/28 22:33登録)
日本で指折りの財閥の娘である超お嬢様の霧ノ宮才華は、今日も後輩の僕日下部秀一をお供に引き連れ、些細な事件にも首を突っ込んで名探偵ぶったセリフを吐く。「深き闇の中を彷徨いし謎、この私が白日の下に暴いてみせよう」。
しかし、彼女に推理力はない。ところがついに彼女らの前に猟奇的な殺人事件が立ち現れるのである。

ライトノベルにしては読みやすいと思います。その点では安心して読めます。例えば地の文では「けれど」セリフは「けど」と使い分けられており、細かいですがしっかりとした作家の素養を備えているのではないかと。

それにしても正直主役であるべき霧ノ宮先輩の存在意義があまりに希薄で、ストーリー上の重要性から言うと居ても居なくてもさほど変わらない感じなのが痛すぎます。結局謎を解くのは先輩から少年と助手呼ばわりされる日下部で、霧ノ宮先輩はある特殊能力を持っているに過ぎませんから。まあ、そこにいるだけで絵になるのは確かでしょうが、露出頻度の低さや大して活躍しない点から言っても、単なる傀儡扱いと思われても仕方ありませんね。
シリーズ化されていますので、今後重要な役どころを任されるのかもしれませんが、本作では本領が発揮されているとは言い難いです。余談ですが、あとがきにもあるように霧ノ宮ではなく霧ヶ峰のほうがしっくりくる気がしました。

ミステリとしての本作は新味はないものの、ある仕掛けにより読者をミスリードし、真犯人を容易に悟らせない工夫がなされています。伏線はわずかばかり張られていて、推理によって犯人を指摘することも可能な作りになっています。

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