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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1215 7点 きみにしか聞こえない
乙一
(2020/11/16 22:09登録)
私にはケイタイがない。友達が、いないから。でも本当は憧れてる。いつも友達とつながっている、幸福なクラスメイトたちに。「私はひとりぼっちなんだ」と確信する冬の日、とりとめなく空想をめぐらせていた、その時。美しい音が私の心に流れだした。それは世界のどこかで、私と同じさみしさを抱える少年からのSOSだった…。(「Calling You」)誰にもある一瞬の切実な想いを鮮やかに切りとる“切なさの達人”乙一。表題作のほか、2編を収録した珠玉の短編集。
『BOOK』データベースより。

いやはや本当に切ないですねえ。これが乙一の本来の姿なんでしょう。まさか本作が10件もの評価数があるとは驚きました。さすがに皆さん目の付け所が違いますね。最早乙一の代表作の一つと言っても過言ではありますまい。

『Calling You』 8点 

これは素晴らしい、文句の付けようがありません。ミステリ要素をチラッと見せつつ、救いのないラストの切なさと永久機関を思わせるエピローグの凄み。表題作に選ばれるだけの事はありますよ。

『傷-KIZ-KIDS』 7点

まさに傷だらけの人生ならぬ、傷だらけの青春。純粋な心を持ち他人の傷を自分の痛みとして感応してしまう少年アサトと、荒んだ主人公の少年の友情。あまりに痛ましい物語でありながら、温もりを持つ結末は読む者の心にほのぼのとした余韻を残します。

『華歌』 7点

途中までは異様な話にやや唐突なイメージを持ち、その因果が語られた時には鼻白んだ気分にさせられました。が、最後にやってくれました。見事騙されましたね。


No.1214 7点 白妖鬼
高橋克彦
(2020/11/15 22:33登録)
物狂帝と呼ばれた天皇が十七歳で譲位し、内裏の陰陽寮から各地に派遣された術士たちは解任され、謎の烏天狗に襲撃された!陸奥で異変を知った陰陽師・弓削是雄は、数奇な運命に導かれた仲間とともに都をめざし、人心を操る鬼との死闘を繰り広げる。胸躍る歴史伝奇長篇。
『BOOK』データベースより。

これは面白い。鬼シリーズ第一弾『鬼』は五人の陰陽師が登場しましたが、本作はその中の一人陰陽寮を免官された弓削是雄が主人公です。まるで桃太郎さながらに、三人と一人の「鬼」をお供に引き連れて鬼退治に向かう至って単純明快なストーリーです。郎党の甲子丸、何かしらの能力を持っている知恵遅れの蝦夷の子供淡麻呂、土蜘蛛の生き残りで盗賊の女首領芙蓉丸、最後に加わる髑髏鬼それぞれが個性的に活き活きと描かれていて躍動しています。勿論主役の弓削是雄は言うまでもありません。

最後の最後まで飽きさせず読ませるリーダビリティは素晴らしく、見たこともない平安の時代の景観が目の前に現れたような臨場感に溢れています。果たして鬼の正体とは?そしてその鬼は誰に憑いているのかという謎が中心にあり、更に最後の対決まで様々な実在の人物が絡んできて、その意味でも十分に楽しめます。これはシリーズ第一弾よりもパワーアップしている印象で、高評価に繋がりました。期待以上の面白さでしたね。


No.1213 6点 木島日記
大塚英志
(2020/11/14 22:38登録)
昭和初期。オカルト、猟奇事件、右傾化が吹き荒れる東京。歌人にして民俗学者の折口信夫は偶然に、しかし魅入られるように古書店「八坂堂」に迷い込む。奇怪な仮面で素顔を隠した主人は木島平八郎と名乗り、信じられないような自らの素性を語りだした。以来、折口の周りには奇妙な人、出来事が憑き物のように集まり始める…。ロンギヌスの槍、未来予測計算機、偽天皇、記憶する水、ユダヤ人満州移住計画―昭和の闇を跋扈するあってはならない物語。民俗学者・折口信夫の名を騙る仮面の古書店主・木島平八郎が偽史の時代を“仕分け”する。超民俗学伝奇小説の傑作、登場。
『BOOK』データべースより。

正直大塚英志、舐めてました。この人、色んな大学や研究センターの教授や講師だったんですね、偉い人だったんです。漫画の原作者兼作家としか思っていませんでしたので、ちょっと見直しました。通りでこの作風はこれまで読んだ作品とは一線を画すものとなっています。折口信夫の近代文学史の金字塔とまで言われた『死者の書』が偽書として本人が脱稿する前に古書店の棚に置かれていたという導入部から、怪しげな人々や民俗学に纏わるアイテムが登場し、まさに幻想小説の如き様相を呈してきます。これは最早奇書と呼んでも差し支えないでしょう。夢か現か幻か、物語が紡ぐ幻視を見せられることになります。二転三転するストーリーは既に私の理解を超えてしまいます。とは言え、伝奇小説のエンターテインメントとして屹立する、孤高の決して日の目を見ることのない幻の怪作だと思います。

個人的には前半に登場する月という女性のエピソードの話をもう少し膨らませて欲しかった気もします。しかし、折口と言い木島と言い土玉と言い、何故このような変人ばかりが出てくるのでしょうかね。美蘭や一ツ橋も真面とは言えないですし。当然一般受けはしないと思いますが、隠れた支持者がいることは確かなようです。


No.1212 6点 放浪探偵と七つの殺人
歌野晶午
(2020/11/12 22:33登録)
大学の男子寮で殺人事件が発生。犯行時刻に外部からの侵入者はいなく、すべての寮生にはアリバイがあった―「有罪としての不在」や、“水難”とは何を示すか見きわめると、犯人がわかる?「水難の夜」など、さすらいの名探偵・信濃譲二が奇想天外な難事件の謎を見事な推理で解決する七つの傑作短編を収録。
『BOOK』データベースより。

やや作品ごとに出来不出来の差があるように思います。増補版に収められた『マルムシ』は分かりませんが、例えば『ドア⇔ドア』なんかは穴が多く、たとえその場を凌げたとしてもすぐに犯行が発覚するかなり杜撰な殺人事件です。指紋の問題などが度外視されており、ちょっとどうなのかなという気がします。アイディアそのものは面白いですが、どこか既視感がありますね。このトリックはおそらく既出ではないかと思いますが。
初出がアンソロジー『奇想の復活』である『阿闍梨天空死譚』は再再読ですので、他とは比較し難い点がありますし、これはある意味別格扱いで良いのではないかと思うのですが、これを除いて最も面白かったのは『烏勧請』でしょうかね。近所のゴミ捨て場からゴミを拾ってきて庭をゴミだらけにする妻と、それをせっせと元に戻す夫。この関係性の裏に意外な事実が、という物語。他にもなかなか気の利いたトリックを駆使して読者を楽しませてくれる短編が幾つかありました。

探偵信濃譲二はあまりアクの強さは感じませんが、それでも風体を含めて異彩を放つ存在であることは間違いありません。まるで猫丸先輩の様に神出鬼没でもあります。定職に就かずアルバイトしながら事件に巻き込まれ、速攻で解決する点は共通する点ですね。


No.1211 6点 長野・上越新幹線四時間三十分の壁
蘇部健一
(2020/11/10 22:19登録)
容疑者は美人双子姉妹! 事件を追う刑事・半下石は鉄壁のアリバイを崩せるか? バカミス史上に残る怪作『六枚のとんかつ』の著者が、本格鉄道ミステリーに挑戦した表題作に加え、どんでん返しのおもしろさが味わえる倒叙型ミステリ『指紋』『2時30分の目撃者』、ボーナス・トラック『乗り遅れた男』の短編3本を収録。本格+ギャグ=? お笑い鉄道ミステリー!
『BOOK』データベースより。

あれぇ?かなり評価が低いですね、私は結構面白いと思ったんですけど。
時にユーモアを交えた本格的な鉄道ミステリです。当然アリバイ崩しの話ですので冒頭でいきなり時刻表が掲載されています。かなり込み入った話を要領よく纏めていて、それでいてトリックは煩雑にならずに最後は一撃で仕留めるという、なかなか読み応えのある内容となっていると思いますよ。作者はこんな本格ミステリも書けるのだという事を証明した一冊として、貴重な作品集だと断言できます。まあ双子の姉妹が容疑者という時点で、半ばネタバレしているようなものですが、それを上手く読者の目から隠蔽できています。なかなかの仕上がりだと思いますけどねえ。
そして終盤のあからさまな伏線が良いです、特に半下石と、離婚して母親に親権を譲った娘とのエピソードが泣かせます。その中でもちゃっかり伏線を張っているのも憎いところ。ラストは洒落が効いていてクスッとなってしまいました。

尚、私はノベルスを読んだので、文庫版に収められた『遅れてきた男』は未読です。作者あとがきも読んでみたかったですね。


No.1210 5点 罪びとの手
天祢涼
(2020/11/08 22:20登録)
廃ビルで中年男性の死体が発見された。身元が判明しない中、葬儀屋が遺体を引き取りにくるが、葬儀屋・御木本悠司は、その遺体を目にした瞬間、刮目した。「これは俺の親父だ」。その偶然に疑問を持った刑事・滝沢圭は、単なる事故死と判断する本部に反発するようにその遺体に固執する。世の中を賑わす幼女連続殺人事件、葬儀屋の葛藤と苦悩、不遇な警察官を親に持つ刑事のトラウマ・・・・・・様々な要素が絡み合う中、意外な犯人と動機が明らかに! 平和な生活を犠牲にしてでも守らなければならない、刑事と葬儀屋の誇りとは・・・・・・慟哭の社会派ミステリー。
Amazon内容紹介より。

舞台が葬儀屋だけに全般的に重苦しく、ラストに至るまではじりじりしたような焦らされた感が強かったです。数えられるのは不可解な謎ではありますが、それだけで最後まで引っ張るのはちょっと無理があるかもしれません。文章は堅実だし人間もそれなりに描かれています、しかしトリックが・・・。意表は突かれたものの、それはないんじゃないの?と思ってしまいました。まあ予想出来る決着の仕方ではあった筈なのに、何だか騙されたような感覚に陥りました。

結局そういう事だったのねって感じで、確かに腑には落ちますがカタルシスとは程遠い結末になんだかなと思いましたね、ええ。
しかし、随分前になりますが、何故この本を入手しようと思ったのか、その時の自分に問いただしたい気分です。まあ葬儀屋という職業がどういったものなのか、勉強になりましたし、決して悪くはないと思いますが、読後感がイマイチスッキリしないというか、もう少し面白い話に仕上げられなかったものかと云う気分に駆られたことは確かです。


No.1209 7点 蟲と眼球とテディベア
日日日
(2020/11/07 22:54登録)
貧しいながらもケナゲに生きる高校生・宇佐川鈴音には愛する人がいた。知力、体力、財力、ルックスすべてに完璧な教師―その名は賢木愚龍。ある日あるとき鈴音が見た「林檎の夢」をきっかけに、二人は有象無象の輩にその純愛を邪魔されることとなる。それは「虫」という「個」を持たぬ謎の存在だったり、スプーンで武装(?)した「眼球抉子」なる名の猛き少女だったり―。魑魅魍魎を相手に二人は生き残れるのか?未曽有の学園ファンタジー開幕!第1回MF文庫Jライトノベル新人賞編集長特別賞受賞。
『BOOK』データベースより。

私が読んだラノベ史上一二を争う面白さ、楽しさ、心地よさでした。
世間ではグリコグリコ(眼球抉子・がんきゅうえぐりこ)と騒いでいますが、最初はそれほどでもないなと思っていました。しかし、次第にグリコに心惹かれていく自分に気付きました。シューズの蝶々結びが出来ず延々と格闘し、結局団子になったまま履く姿やファミコンの腕が一向に向上せず苦戦する姿など、細かなディテールが堪りません。誰にも関心を持たず心を開こうとしない、口の悪いグリコが結局美味しいところを浚ってしまい、主役の二人が霞みます。本作は彼女の為に書かれた物語と言っても良いでしょう。

物語としては新味がないものの、その筆捌きは見事の一言で、ここでそういう表現を持ってくるかと云う、その安心感はどの作家にも負けていないと個人的には思います。編集長特別賞受賞との事ですが、大賞でも良かったのではとないかと。
読み終わってもしばらく余韻が続き、頭の中でリフレインしている滅多にない体験をしてしまいました。自分にとってこの人が特別な作家になってくれることを今は祈るばかりです。


No.1208 6点 捩れ屋敷の利鈍
森博嗣
(2020/11/05 23:04登録)
エンジェル・マヌーヴァと呼ばれる宝剣が眠る“メビウスの帯”構造の巨大なオブジェの捩れ屋敷。密室状態の建物内部で死体が発見され、宝剣も消えた。そして発見される第二の死体。屋敷に招待されていた保呂草潤平と西之園萌絵が、事件の真相に至る。S&MシリーズとVシリーズがリンクする密室ミステリィ。
『BOOK』データベースより。

『密室本』の一つですかね。
あれこれ考えると森ミステリの全てを読んでいないとダメみたいになるので、何も考えずに頭を空っぽにして楽しめば良いと思います。解説にあるようにマジンガーZ対デビルマンみたいな感じで。もっと言えばルパン対ホームズのように。
色々詰め込まれている割に短いので、すんなり終わってしまいその意味では物足りなさを感じないでもありません。ただ、意味深なエピローグは気になりますねえ。イマイチメビウスの輪を準えた巨大な捩じれ屋敷の意味が解りませんでした、密室にそれほど寄与しているとも思えないですし。

メインの密室のほうは力技というか、バカミス的トリックで笑わせてくれます。まあ森ファンにそんな事を言う人はいないでしょうけどね。Vシリーズも一作目から読んでいないし、S&Mシリーズも半端にしか読んでいない私でもそれなりに楽しめたので、森博嗣を読み込んでいる人には願ってもない一粒で二度美味しい作品なのではないかと想像します。


No.1207 4点 首交換殺人
和田はつ子
(2020/11/04 22:39登録)
「遺体の首がすげ換えられている」―六本木ヒルズと麻布のマンションで若い女性の遺体がそれぞれ発見されたが、なんと首が交換されていたのだ。被害者の一人は、資産家の娘で高校の非常勤講師、もう一人はホステスで、どうやら売春をして、ヒモに貢いでいたらしい。犯人の動機は一体何なのか?!警視庁捜査一課直属の心理分析官である加山知子は、早速プロファイリングをはじめるが…。現代に生きる男女の欲望と心の闇を描く、心理分析官・加山知子シリーズ、待望の書き下ろし長篇。
『BOOK』データベースより。

完全に名前負けしてますね。ミステリ的に言えばホワイダニット、フーダニットに当たると思いますが、犯人は登場時速攻で判りました(直感ですが)。ホワイに関しては本格ミステリではないので論理的に解明される訳ではありません。その動機もまあ何となくそうなのかくらいにしか感じられません。
ご都合主義もかなりのもので、容疑者も偶々加山知子が知己だった人物の関係者だし、捜査班本体の状況がほとんど描かれておらず、専ら加山知子と二人の助手である警察官による聞き込みなどに終始して全方向的な視点に欠けます。視野が狭く奥行きもなし、結果歪なストーリーになってしまっている印象です。

この作者はサイコサスペンスやサイコホラーを専門的に描いているようですが、それにしては不手際が目立つ気がします。真犯人の心理状態や人間像に迫れていませんし、ホラーとしてもサスペンスとしても警察小説としても中途半端ですね。えぐみや臨場感、外連味に欠け、描写力も弱く、主人公や助手に感情移入出来ないなどの欠点が目立つばかりです。


No.1206 6点 僕たちの好きな京極夏彦
評論・エッセイ
(2020/11/03 22:39登録)
この世には不思議なことなど何もないのだよ―言葉と精神の怪を解く稀代の座敷探偵・中禅寺秋彦、掴みどころのない気ままな幻視探偵・榎木津礼二郎。前代未聞のキャラクターが大活躍する“京極堂シリーズ”から妖怪小説、江戸古典怪談のリメイク、京極版百物語“巷説百物語シリーズ”まで、妖艶なる京極作品の仕掛け、登場人物、キーワードを徹底解剖した、ファン待望のパーフェクトガイド。
『BOOK』データベースより。

『鵺の碑』が近日刊行との噂を前に一度読んでおこうと思った一冊。
京極堂シリーズ『姑獲鳥の夏』から『陰摩羅鬼の瑕』までと、百鬼夜行シリーズ、巷説百物語シリーズ、『ルー=ガルー』『どすこい(仮)』『嗤う伊右衛門』に至るまで当時としてはほぼすべての京極作品を網羅したガイドブックとして最適です。何より作品ごとに解説、評論がなされているので、混乱することなく読み進められます。しかも京極堂シリーズに関しては本作の中禅寺秋彦、榎木津礼二郎と銘打って、それぞれの活躍や見どころ等が書かれていてファンとしては嬉しいところでしょう。総勢9名の論客たちによる論戦が繰り広げられていますが、流石に京極作品とは切っても切れない宗教に関しての蘊蓄、特に真言立川流には閉口しました。前に書評した『京極夏彦の世界』でも登場した斎藤環が『狂骨の夢』における精神分析の齟齬を指摘して、文庫化に際して京極夏彦がそこを改変している点を自慢しているには少し驚きました。本当なのだろうか。

冒頭で水木しげるのインタビューが掲載されていますが、ここが一番感心しました。水木氏が飄々と京極に対する人間性を語るのは微笑ましくもあり、二人の絆が如何に強い物だったかを伺わせます。
中にはあからさまなネタバレを含んでいるものもありますので、一応注意が必要です。出来れば上記の作品全て読破してから挑むのが吉かと思いますね。しかし、タイトルの割には内容はしっかりとしたものであり、優れた評論本ではないでしょうか。


No.1205 7点 作家刑事毒島
中山七里
(2020/11/01 22:39登録)
新人賞の選考に関わる編集者の刺殺死体が発見された。三人の作家志望者が容疑者に浮上するも捜査は難航。警視庁捜査一課の新人刑事・高千穂明日香の前に現れた助っ人は、人気ミステリ作家刑事技能指導員の毒島真理。冴え渡る推理と鋭い舌鋒で犯人を追い詰めていくが…。人間の業と出版業界の闇が暴かれる、痛快・ノンストップミステリ!
『BOOK』データベースより。

一読後中山七里やるなと思いました。なかなかここまで突っ込んだ内容の作品は書けませんよ。出版業界の闇と影の部分を鋭く抉っている訳ですが、誰にも忖度せず誰にも迎合せず、アンチが増えることを想定しながらも、読者や作家志望者を揶揄するような皮肉を多分に有し挑発する姿勢には感心しました。ここまでやればむしろブラックと言うより清々しさすら覚えます。それでいてミステリとしても中身がしっかりとしていて、凄く充実しています。最終話ではおそらく氏自身もジレンマに陥ったであろうと想像される、原作と映像化との乖離にも言及していますし、本作でかなり重要人物と目される人間でさえ、容赦なく天誅を下している辺り、並みの作家でないことを自ら証明しているとも言えます。

辛口オトメとか図書館ヤクザとか、どんな人権侵害をしているのだろうかと思いましたが、ちゃんとフォローしているではありませんか。図書館で借りられる境遇にいる人は図書館を利用すればいいし、借りた本に対してどれほどの書評をしようと構わないと言明しています。これは作者の最低限の配慮と良心だと思いますが。


No.1204 7点 出版禁止 死刑囚の歌
長江俊和
(2020/10/30 22:43登録)
『出版禁止』は第2弾も、やっぱり、すごかった! 幼児ふたりを殺した罪で、確定死刑囚となった男。鬼畜とよばれたその男、望月は、法廷でも反省の弁をひとことも口にしなかった。幼い姉弟は死ぬべき存在だった、とも――。本書の「編纂者」はこう書いている。「人の悪行を全て悪魔のせいにできるなら、これほど便利な言葉はない」。あなたには真実が、見えましたか?
Amazon内容紹介より。

重苦しく、読んでいて心地よい感情を喚起する内容ではありません。まるでノンフィクションのようで、噛んで含めるように、言い換えれば執拗に描写されるさまは、異様な迫力をもって読者に迫ってきます。様々な媒体、ルポルタージュなどで構成されており、極端に会話文が少なく、複雑な人間関係を解き解して謎を追うライターたちの執念は最後に結実します。なぜ死刑囚望月は幼い二つの命を絶ったのか、そこには一筋縄ではいかない裏の裏が隠されており、人間の持つ醜さや残酷さを浮き彫りにします。また、刑務所で書された望月の短歌を暗号として捉えたところも重要なポイントとなっています。

それにしても、最後の一行には正直愕然としました。一体何なのだろう・・・。これはどう考えてもおかしいではないかと思いました。そして物語を遡って確認せずにはいられませんでした。なるほどそういうことなのか、と納得したのは暫くしてからでしたね。正直「出版禁止シリーズ」ということで、もっと違ったトリッキーな内容を期待していましたが、良い意味で裏切られました。勿論サスペンスの要素はふんだんに織り込まれていますが、社会派としても十分機能していると思います。


No.1203 6点 明治バベルの塔
山田風太郎
(2020/10/28 22:49登録)
万朝報の売上げを伸ばすため仕掛けた暗号とは(表題作)。漱石の文体模写をした『牢屋の坊っちゃん』、牛鍋屋チェーンの木村荘平が始めた火葬場のこけら落としは誰に(『いろは大王の火葬場』)。幸徳秋水を四分割して描いた『四分割秋水伝』の4篇を収めた短篇集。
『BOOK』データベースより。

所謂明治もの短編を集めた作品集。
表題作が頭一つ抜けている印象はあります。万朝報はライバル誌に打ち勝つため、朝刊の紙面にある暗号を月水金の三回掲載し、宝探し感覚で当時大金であった500円の賞金の目録をある地点に埋めるという、奇抜な物語。ところがある事件が起き、それが暗号と意外な結びつきを持ってくる結末。他3篇は並みの作家が描けば大して面白くないだろうと想像される作品ですが、風太郎の名文というかリーダビリティでもって思わずのめり込んでしまえる珍品に仕上げているのは流石です。

ある犯罪者が牢獄で様々な経験をする悲惨な物語を、一種のエンターテインメントに変貌させる『牢屋の坊ちゃん』。牛鍋屋のかたわら火葬場を始めるに当たって、著名人を最初に火葬しようと躍起になる『いろは大王の火葬場』。これは結末が読めてしまいますが、もう一捻りしているところが面目躍如。表題作でも登場した幸徳秋水が社会主義思想にかぶれ、ついには天皇爆殺を狙う突飛な発想の『四分割秋水伝』。どれも風太郎ならではの意外性のある奇想を発揮して、読み応えのある短編集にまとめていると思います。
尚、本格で登録されていますが、分類不能に入れるべきですね。


No.1202 5点 わたしたちが少女と呼ばれていた頃
石持浅海
(2020/10/26 22:45登録)
横浜にある女子高に通うわたし、上杉小春には碓氷優佳という自慢の親友がいる。美しく聡明な彼女はいつも、日常の謎に隠された真実を見出し、そっと教えてくれた。赤信号のジンクス、危険な初恋、委員長の飲酒癖、跡継ぎ娘の禁じられた夢、受験直前の怪我、密かな失恋…。教室では少女たちの秘密が生まれては消えてゆく。名探偵誕生の瞬間を描く青春ミステリーの傑作。
『BOOK』データベースより。

良くも悪くも安定している石持浅海。これもまあまあでした。イラストも良い意味でデフォルメされることなく、等身大の女子高生の姿を写し取っている感じがします。
しかしこれだけ女子高生を登場させながら、誰一人として可愛げがあるのがいないのが何とも言えません。実際JKと言えば我々が美化する傾向にある為なのかも知れませんが、現実はこんなものという事でしょうかね。日常の謎を扱った連作短編集です。しかしこれって名探偵じゃなくてもほとんどの謎が解けるのではないかと思いますよ。まあ確かに碓氷優佳の観察力は並の人間とは違うかも知れません。が、明かされる謎は他愛のないものばかりで、かなり肩透かしを喰らいますし穴も多いです。
碓氷優佳はあくまでクールで、最終話では・・・。


【ネタバレ】


『優佳と、私の未来』

最終話。碓氷優佳のブラックさが明らかになります。結局彼女の謎解きは誰の為でもなく、誰も救わないという結論。結果オーライではあるけれど。

『彼女の朝』 

アルコール中毒のクラス一の優等生。しかし、二日酔いなら匂いで誰でも分かるはずだけど。優佳が指摘するまで誰も気づかなかったのは、どう考えてもおかしい。

『握られた手』

百合疑惑のあるいつも仲良く手を繋いでいる二人のクラスメイト。しかし、日常生活に支障が出るほど視力が衰えているのなら、誰でもそれと分かるのではないか。優佳が指摘するまでもない。


No.1201 6点 ヘンたて2 サンタクロースは煙突を使わない
青柳碧人
(2020/10/25 22:51登録)
幹館大学ヘンな建物研究会、通称「ヘンたて」に所属する亜可美は今日も個性豊かな仲間と活動中。なぜか同行した先輩のシューカツ先は床が芝生のパター製作会社、サークル幹事長が代替わりしての初遠征はまさかの卵とじ密室と、今回もヘンな建物てんこ盛り。そして伝説の4年生も合流したクリスマス合宿の舞台は、雪の結晶型コテージ。星の輝く夜に仕掛けられたサンタクロースの完全犯罪とは?好評建物ミステリ第2弾。
『BOOK』データベースより。

へんたてに纏わる日常の謎に挑戦する4編から成る連作短編集。
全体的に前作よりも出来が良いように思います。どの作品も一定の水準を上回っており、特に最終話は不可能性が最も高く、暖かみのある雰囲気と共に青春を感じさせる佳作に仕上がっていると感じます。ただ序盤に作者の意図に気付かれやすいのが悔やまれます。どれも変な建物の構想がよく練られており、それが仕掛けと絶妙にマッチしている点など評価できると思います。

メンバーは全部で十人ですが、さりげなく作中でそれぞれの個性が描写されていて、混乱することはありません。その手腕だけでも素晴らしいのではないでしょうか。
そして各話に見取り図が随時挿入されて、読者の中でイメージしやすく、その丁寧な仕事ぶりには感心します。
青春ミステリとして登録されていて、それは間違いないと思いますが、個人的には日常の謎の方に重心が置かれている気がします。しかし、メンバー全員が個性を発揮し、青春群像としての一面も持ち合わせていたりします。まあとにかく全てに於いて後味がよく心地よく読み終えられました。ちなみに、私も本作で名前の隠された秘密について漸く気づきました。


No.1200 6点 姉飼
遠藤徹
(2020/10/23 22:23登録)
さぞ、いい声で鳴くんだろうねぇ、君の姉は―。蚊吸豚による、村の繁栄を祝う脂祭りの夜。小学生の僕は縁日で、からだを串刺しにされ、伸び放題の髪と爪を振り回しながら凶暴にうめき叫ぶ「姉」を見る。どうにかして、「姉」を手に入れたい…。僕は烈しい執着にとりつかれてゆく。「選考委員への挑戦か!?」と、選考会で物議を醸した日本ホラー小説大賞受賞作「姉飼」はじめ四篇を収録した、カルトホラーの怪作短篇集。
『BOOK』データベースより。

『姉飼』  怖いというより気持ち悪い。これまで読んだことのないような異様な作品。グロを通り越して究極の愛の形を示しているのだろうか。解説の大槻ケンジが書いているように、そこここに地雷が埋め込まれている。まさに読者への挑発。7点。

『キューブ・ガールズ』  カップヌードルのようにお湯を入れるだけで、好みの彼女が出来上がるという、SFっぽい作品。5点。

『ジャングル・ジム』  ジャングル・ジムを擬人化し、彼を慕う子供たちやサラリーマンとの交流を描く。悲哀が漂うラストが沁みる。 6点。

『妹の島』  オニモンスズメバチに刺され体中を侵された吾郎とその息子たちの怪しい人間関係。タイトルに妹を持ってきているが、あまり表立ってはいない。 5点。


いずれの作品も、あまり類を見ない独自の路線を築いているように思います。オリジナリティの高い点は評価しても良いのではないかと。まあキワモノには違いないですが、ちょっと毛色の変わったホラーを求める向きにはお薦めでしょうか。


No.1199 4点 兄の殺人者
D・M・ディヴァイン
(2020/10/22 22:40登録)
霧の夜、弁護士事務所の共同経営者である兄オリバーから急にオフィスに呼び戻されたサイモンは、そこで兄の射殺死体を発見する。仕事でも私生活でもトラブルを抱えていたオリバーを殺したのは、一体何者か?警察の捜査に納得できず独自の調査を始めたサイモンは、兄の思わぬ秘密に直面する。英国探偵小説と人間ドラマを融合し、クリスティを感嘆させた伝説的デビュー作、復活。
『BOOK』データベースより。

クリスティが絶賛したと言われる本格推理小説。
ですが、何度か挫折しかけました。面白くないから。ショボいアリバイトリック、意外性のない犯人、探偵の不在、上っ面だけの人間模様、起伏のないストーリー、どれを取っても詰まらなさの塊のようなものです、少なくとも私にとっては。私は古の良質本格推理小説を読み解ける審美眼も持たないダメ人間なのでしょうか。しかしよく考えてみて下さい。例えば現在の日本でこの作品が新人のデビュー作として発表されたとして、果たして読者に受け入れられると思いますか。私には大した話題にもならずに読み捨てられるような気がしてなりません。

正直、心に残っているのは記述者で主人公のサイモンとある人物の対決のシーンくらいです。事件の陰に隠された醜い人間のさがのようなものには嫌気が差しました。その分逆に印象深いと言えばそうなのですが。海外ミステリのファンを敵に回すわけではありませんが、本作のどこがそんなに魅力的なのかさっぱり解りません。多分私が馬鹿垂れなのだと思います。それにしても本サイトもAmazonも評価が高すぎるのではないですかね。


No.1198 6点 暁天の星
椹野道流
(2020/10/20 22:35登録)
どこかアットホームな雰囲気の大阪O医科大学法医学教室。新人伊月は先輩医師ミチルにしごかれていた。ある日、電車に身を投げた女性の遺体が運ばれてくる。さらに車に轢かれた女性も。遺体の彼女たちには世にも不思議で奇怪な共通点があった。法医学を極めた女性医師が放つ傑作シリーズの原点を新装版で。
『BOOK』データベースより。

過去に法医学教室に勤めていた作者による、鬼籍通覧シリーズ第一弾。
結論から言うと残念ながら本作はミステリではありません。電車に身を投げ轢断された女性と、走ってくる自動車の前に突如飛び出して轢き殺された女性、この二つの事件が論理的に解決されていたら、最低でも7点は付けていたと思います。最終章まで、この二人の奇妙な共通点を中心に謎を追う二人の主人公という構図は、サスペンスそのものですが、最後にホラーとして片付けられてしまうのは、誠に惜しいとしか言いようがありません。まあそりゃそうだろうなとは思いますけどね。こんなものに真っ当なトリックが存在したら、それこそ新発明ですから。

しかしながら、読み物としてはそれなりに面白く、特に無残な死体の解剖シーンには見るべきものがあります。そこには実際その場に立ち会っていた者にしか書けない生々しさがあり、決してグロではなく真面目に描かれているところに好感が持てます。二作目の書評でも書きましたが、いまいちキャラが立っていないのがどうにも悔やまれます。ミチルはともかく、伊月はチャラすぎますね。こんな医者がいたらちょっと嫌だなと思いますよ。都築の存在感はやや印象的ではありますが。


No.1197 6点 借金取りの王子
垣根涼介
(2020/10/18 22:40登録)
「誰かが辞めなければならないなら、私、辞めます」企業のリストラを代行する会社で働く真介の今回の面接相手は―真面目で仕事もできるのになぜか辞めたがるデパガ、女性恐怖症の生保社員に、秘められた純愛に生きるサラ金勤めのイケメンなどなど、一筋縄ではいかない相手ばかり。八歳年上の陽子との恋も波瀾の予感!?勤労者にパワーをくれる、笑って泣ける人気シリーズ、第二弾。
『BOOK』データベースより。

前作に比べると面接シーンが少なくなっている気がします。必然的に圧倒されるような緊迫感は薄まっていると思います。となると肝心なのは作者の引き出しが如何に多いかですが、その辺りは流石に手慣れたものです。それぞれの面接の相手の生活や人生を掘り下げて、その人なりの人生観や処世術に関するドラマを展開していき、ストーリーを広げていっています。
どの話も内容テンコ盛りで、もうお腹一杯です。それでも読んでいて嫌気が差して来たりしないのは、読み心地の良さと後味の爽やかさにあると思いますね。面接を受けた後に様々な将来を見つめ直して、希望を託していく姿には心がホッとする自分がいたりします。

個人的にベストは第一話の『二億円の女』でしょうか。年間二億円の売り上げを上げる百貨店外商部のトップの女社員は何故リストラを受け入れようとするのか?そこに彼女なりの決断が生々しく描かれており、読み応えは十分です。
また最終話の『人にやさしく』はちょっと趣向を変えて、主人公の真介と同棲相手の陽子との対決が見ものとなっています。これもまた本作の掉尾を飾るに相応しいスリルのある良い作品だと思いますね。


No.1196 5点 平井骸惚此中ニ有リ 其弐
田代裕彦
(2020/10/16 22:53登録)
「大丈夫、すぐに小生が解決してみせるからね」那須の一等地にある、山深い洋館のホテル。窓の外を眺める河上くんの目に飛び込んできた異様な光景―轟く雷鳴に照らし出されたのは、露台から吊された華族・日下家跡取りの変わり果てた姿。怯える涼嬢と撥子嬢に、勢い込んで告げる河上くんでありましたが…。担当編集者、緋音嬢の誘いにより、真夏の帝都を逃れ避暑と洒落込む、探偵作家・平井骸惚一家と弟子の河上くんたち。しかし、ただ安穏と避暑などと、世の中そうは甘くはなく…。―私は命を狙はれてゐる 緋音嬢が、骸惚先生と河上くんに手渡したのは、日下家長男である、直明氏からの封書でした。折からの嵐により、外部との連絡手段を絶たれた洋館。雷鳴と豪雨に紛れるように、一人、また一人と消されていく日下家の跡取りたち―。絡む華族四兄弟の思惑に、探偵作家・平井骸惚と河上くんが挑む、本格推理譚第二弾。
『BOOK』データベースより。

何ですか、この文体は。大正の時代の話なのに会話文はむしろ現代的なのはいささかの問題もありません。問題は地の文、~して。~で。が文章の末尾に来ていて、物凄く違和感を覚えます。
『BOOK』データベースではなんだか凄そうな印象を受けますが、大したことはありません。爵位の継承を巡る連続殺人事件で、ミステリとしては至極平均的で特筆すべき点はありません。アリバイトリックや密室に関して言えばあっさりし過ぎな感が強く、かなりのご都合主義や偶然性に頼った事件の連続なのは間違いないでしょう。キャラ小説としてはまあこれも普通で、さして個性的でクセの強い人物は登場しません。河上君と涼嬢の遣り取りなどは微笑ましく、その辺りが若年層に受けているのかも知れませんが。尚、男尊女卑の風潮が未だ強く残る大正時代の雰囲気は全くありません。

それにしても、本シリーズが何作も世に出ているのには驚きを隠せません。こんな平凡な作品が第二弾で、その後も続いていることは私などにしてみれば何だかなあと思えてなりません。
しかし後味は悪くありませんでした。ちょっと爽やかな余韻を残しているところで+1点。評点はやや甘め、いや結構甘めです。

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