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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1295 5点 15のわけあり小説
ジェフリー・アーチャー
(2021/03/17 22:39登録)
宝石商から18カラットのダイヤの指輪をまんまとせしめる「きみに首ったけ」。大胆な保険金詐欺を企む「ハイ・ヒール」。信号待ちをしている間に恋に落ちる「カーストを捨てて」など15の短編を収録。思わず「やられた!」と叫びたくなる、驚きのエンディング。くすっと笑い、鮮やかに騙され、ホロリと涙する―。そう、面白いのには“わけ”がある。巨匠がこだわりぬいた極上の短編集。
『BOOK』データベースより。

『ブラインド・デート』が8点、『きみに首ったけ』が7点、『女王陛下からの祝電』が6点。それ以外は4~5点って感じです。15の短編の内、実際に起きた出来事に基づいた物語が10篇あり、事実上創作は5篇のみでは淋しすぎます。そんなもの、『アンビリーバボー』でも観ていたほうが余程刺激的でしょう。

どうも期待値が高すぎたせいか、全体的に面白みに欠け、オチも弱かったりなかったり、説明不足のため驚くべきところで驚けなかった感じがします。文章自体も翻訳のせいなのかオリジナルに魅力が足りなかったせいか、十分に楽しむことが出来ませんでした。
ベストセラー作家らしいですが、どうなんだろうと思ってしまいました。でもなあ、何作か長短編を既に購入済みだから、読むしかないんでしょうねえ。


No.1294 7点 信長島の惨劇
田中啓文
(2021/03/15 23:19登録)
本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれてから十数日後。死んだはずの信長を名乗る何者かの招待により、羽柴秀吉、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康という四人の武将は、三河湾に浮かぶ小島を訪れる。それぞれ信長の死に対して密かに負い目を感じていた四人は、謎めいた童歌に沿って、一人また一人と殺されていく―。アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』にオマージュを捧げた本格時代ミステリの傑作。
『BOOK』データベースより。

駄洒落を封印した真面目な田中。
時代ミステリは現代小説と比較して制約が厳しく、本格に寄せれば寄せるほど自らの首を絞めることになりかねません。そこを見事にクリアしてサスペンス風の本格ミステリに仕上げた手腕は褒められるべきだと思います。死んだはずの信長の命を受けて孤島に集められた秀吉、家康、勝家、右近の生き様や思考回路が手に取るように分かり、単なるオマージュに留まらない佳作となっています。

ただ、秀吉の三河弁が緊迫感を欠く事に繋がっているのはやや残念でしたが、他にも千宗易(のちの利休)や光秀の娘お玉も登場し、場を盛り上げます。そして、結果的に何故光秀が信長に謀反を起こしたのかが逆説的に説明されているところは大変面白いと思いました。残りページも僅かになって大丈夫かと思いきや終盤の畳み掛ける展開にはやられました。


No.1293 6点 黒い画集
松本清張
(2021/03/13 22:42登録)
安全と出世を願って平凡に生きる男の生活に影がさしはじめる。“密通”ともいうべき、後ろ暗く絶対に知られてはならない女関係。どこにでもあり、誰もが容易に経験しうる日常生活の中にひそむ深淵の恐ろしさを描いて絶讃された連作短篇集。部下のOLとの情事をかくしおおすために、殺人容疑を受けた知人のアリバイを否定し続けた男の破局を描いた「証言」など7篇を収める。
Amazon内容紹介より。

私は松本清張だけは読むまいと心に誓っていました。何故なら氏は社会派を台頭させ、本格ミステリを衰退させたA級戦犯だから。しかし何年か前本サイトの国内ベスト5に顔を出し、しかも平均点が8点という高得点だったため、これは禁を冒してでも読まなければならないと決心しました。そしてその結果次第では、他の作品にも手を出してみようかと思うに至りました。
確かに、『天城越え』の何とも言えない郷愁を誘う情景描写と心理描写や『凶器』の意外なオチ、『遭難』の心理戦など注目すべき点はあります。しかし、その他はむしろ文章は凡庸でプロットやストーリー特筆すべきものは見当たらないと思いました。新味も感じません、古い作品なので当たり前ですけれど。しかし温故知新という言葉があるように、昔の名作から学べることもある気がしていた訳で、その意味ではいささか残念ではあります。みなさんの評価が高い『紐』は早い段階で仕掛けが読めてしまいましたしね。

長かったせいもあり疲れました。もう清張は良いかなと、お腹一杯です。まあ私の書評は参考にしないでください。他の方の評点の高さを鑑みるに、私の肌に合わなかったとか云うのは言い訳であり、己の審美眼のなさのなせる業だと考えます。


No.1292 5点 六億九、五八七万円を取り返せ同盟!!
古野まほろ
(2021/03/09 22:46登録)
カジノ解禁。禁煙法成立。池袋はヴェガス、シカゴだ。当然はびこるカジノ・マフィア。思わず6億円、勝っちゃったら?やっぱり全額、ぶんどられた…もちろん「取り返せ同盟」結成だ!1円もまからず、1円もたからず。ターゲットは日本のアル・カポネ、「池袋警察署長」。カジノ帝国のドンだって?カジノ史上、最も残酷で華麗なゲーム!!最後のカードで81億円!?一気読みしかできない21世紀仕様のコン・ゲーム。最後に騙されるマヌケは誰だ?
『BOOK』データベースより。

合法化された池袋カジノのスロットマシーンで偶然7億近い大金を手にした古野まほろ。しかし、それが丸ごとカジノ帝国のドンから奪われる。憤ったまほろは仲間たちと一芝居打ち、池袋警察署長とUNOで対決すると云うコン・ゲーム。署長の息子をミステリ小説の「綾辻賞」で釣るシーンが最も面白かったですね。講談社はそのまま、角潮社とか明らかに有栖川有栖や島田荘司と判る名前を出してきて、いかにもありそうな設定で、作家志望の心を鷲掴みし資金を調達するやり口にはニヤリとさせられました。

しかし、UNOとルーレットを組み合わせたゲームでの4対1の対決はあまりにも芝居じみていて、あまり緊迫感がなかったのは残念です。シナリオ通り上手くいきすぎて、手に汗握る博打の醍醐味は味わえませんでした。その辺りの描写力は阿佐田哲也の足下にも及びませんね。ストーリーとしては至って単純で、もう少し凝縮出来なかったものかと思います。


No.1291 6点 忍法忠臣蔵
山田風太郎
(2021/03/06 23:11登録)
殿中での吉良への刃傷沙汰により、浅野家は断絶され、赤穂浪士は仇討の機を窺う。一方、吉良方が頼りとする上杉家では、家老の千坂兵部が女忍者を用い、仇討防止に色仕掛けで浪士の骨抜きを企む。大石内蔵助が同志と密議の最中に、妖美と怪異の忍法が華と炸裂した!殺気と妖気が奔流のごとくに交錯する。
『BOOK』データベースより。

講談社ノベルスで221頁ですが、中身がぎっしり文字がびっしり詰まっており、短いとは思いませんでした。要するに上杉家の家老千坂兵部が、赤穂浪士を狙う味方の忍者を退け、女忍者で赤穂浪士を篭絡し仇討ちをやめさせようと画策していく物語。浅野家側の中心人物はやはり大石内蔵助で、彼自身も女忍者の餌食になります。一方江戸急進派の一人だった高田郡兵衛のエピソードが一番面白かったですかね。ただし、上杉家の雇った忍者と女忍者の直接対決がほとんど描かれておらず、その意味ではやや物足りなさを覚えました。

それにしても、女忍者の色仕掛けというか忍法のエロさと、上杉家の忍者達の怪しい忍法の数々には流石風太郎の奇想が炸裂していると感心しました。ラストの上杉綱憲と千坂兵部の対決は大きな読みどころとなっています。果たして歴史は覆るのか・・・。所謂忠臣蔵の本筋をなぞる様な無粋なことはされていませんので、飽くまで忠臣蔵のストーリーを知っていなければ面白さは半減すると思います。


No.1290 5点 奇術師の密室
リチャード・マシスン
(2021/03/04 22:50登録)
往年の名奇術師も、脱出マジックに失敗し、いまは身動きできずに、小道具満載の部屋の車椅子のうえ。屋敷に住むのは、2代目として活躍する息子と、その野心的な妻、そして妻の弟。ある日、腹にいち物秘めたマネージャーが訪ねてきたとき、ショッキングな密室劇の幕が開く!老奇術師の眼のまえで展開する、奇妙にして華麗、空前絶後のだまし合い。息も継がせぬどんでん返しの連続。さて、その結末やいかに―鬼才マシスンが贈る、ミステリーの楽しさあふれる殺人悲喜劇。
『BOOK』データベースより。

著者は『激突!』『ヘルハウス』の原作者だったんですね。読了するまで気付きませんでした。因みに両方ともDVD持っています。それにしても、それらの映画とはまた随分作風が違いますね。率直に驚きました。しかし、本作は両作とは迫力や怖さが比べものにならないほど劣っていると思います。それでも皆さんがおっしゃっているように、終盤でこれでもかとどんでん返しが繰り返されており、そこは間違いなく本作の読みどころでしょう。適度なユーモアもあり、何とも言えない雰囲気を醸し出しています。

タイトルにある密室とは密室殺人とは異なり、所謂密室劇で、目は見えて明白な意識はあるもののその他は植物状態にある元名奇術師の一人称で進むため、舞台が固定され物語の広がりは見られません。ただ、息が詰まるような濃密な愛憎劇は、登場人物が少ないだけ余計に浮き彫りにされます。


No.1289 5点 わざわざゾンビを殺す人間なんていない
小林泰三
(2021/03/02 22:37登録)
全人類がウイルスに侵され、死ねば誰もが活性化遺体になる世界。家畜ゾンビが施設で管理され、野良ゾンビが徘徊する日常のなか、とある細胞活性化研究者が、密室の中で突然ゾンビ化してしまう。彼はいつ死んだのか?どうやってゾンビになったのか?生者と死者の境目はどこだったのか?騒然とする現場にあらわれたのは、謎の探偵・八つ頭瑠璃。彼女とともに、物語は衝撃の真相が待ち受けるラストへと加速していく。世界もキャラクターもトリックも真相も予測不可!極上のゾンビ×ミステリー、開幕。
『BOOK』データベースより。

活性化遺体(ゾンビ)が普通に蔓延る世界、確かにその設定ありきの物語ではあります。これなくして密室殺人事件は起こり得なかったと言っても良いです。ですが、謎解きが終わっても何か釈然としないものが残りました。私の読解力のなさがなせる業であろうことは間違いないでしょうけれど。まあ作品の出来としては可もなく不可もなくといった所だと思います。もうこういった特異設定ミステリに慣れてしまって、特別目新しさを感じない体質になっているのもありますが、瑠璃の過去も含めてもう少し説得力のある、リアリティを感じさせるような物語に仕上げて欲しかったですね。

いきなり事件が起こるのは悪くないと思います。ただ、情景描写などほぼカットされていたり人物造形も形を成していないなど、アラが目立ちます。瑠璃の秘密にはおっと思いましたが、これもまた上手く誤魔化されたような感覚に陥り、本来なら驚愕する場面なのに素直に驚けなかったのは残念としか言いようがありませんでした。


No.1288 7点 不安な産声
土屋隆夫
(2021/03/01 22:36登録)
大手薬品メーカー社長宅の庭で、お手伝いが強姦・絞殺された。容疑者として医大教授・久保伸也の名が挙がり、犯行を自供する。名誉も地位もある男がなぜ?しかも、久保にはアリバイがあり殺害動機もなければ証拠もない。担当検事・千草がみた、理解を超える事件の裏に隠された衝撃の真相とは…?斬新な手法を駆使した日本推理小説史上に残る記念碑的作品。
『BOOK』データベースより。

非常に丁寧且つ堅実な文章で好印象。ホワイという大筋がありながら、そこを通過しているうちに万華鏡のように次々と見ている景色が変わっていく感じがします。つまりは、巧みに構築されたプロットが見事に最後まで展開されていくわけです。適度に人工授精に関する情報を取り込みながら、ミステリとしての愉しみを読者に提供する姿勢を忘れていない作者の強い心意気に感心させられました。


【ネタバレ】


ただ、肝心のホワイ、何故事件に関係なさそうなお手伝いの糸子が殺されたのかの回答にはかなり肩透かしを喰らいました。しかし、それを補って余りある裏事情、一体誰が一番悪だったのかには驚かされました。まさに久保の気持ちを思うと絶望しか残らないし、救いのないラストにも十分納得がいきます。
最終章の第四部の畳み掛ける様などんでん返しの連続は圧巻で、この物語の最後を飾るに相応しい幕引きと言えるでしょう。


No.1287 6点 さみしさの周波数
乙一
(2021/02/27 22:51登録)
「お前ら、いつか結婚するぜ」そんな未来を予言されたのは小学生のころ。それきり僕は彼女と眼を合わせることができなくなった。しかし、やりたいことが見つからず、高校を出ても迷走するばかりの僕にとって、彼女を思う時間だけが灯火になった…“未来予報”。ちょっとした金を盗むため、旅館の壁に穴を開けて手を入れた男は、とんでもないものを掴んでしまう“手を握る泥棒の物語”。他2篇を収録した、短編の名手・乙一の傑作集。
『BOOK』データベースより。

乙一節が炸裂します。切ない話、奇妙な話、怖い話、救いのない話、それぞれ乙一らしいんです。最もお気に入りは誰も触れていませんが最初の『未来予報』ですね。これこそ本領発揮の一篇ではないかと思いますよ。他はその奇想は買うものの、やや霞んでしまっている感じがします。まあこの作者ならこれくらいは当たり前との認識が強いため、他の作品集と比較して特に優れているとは言えません。それでも面白いのには違いなく、入門編としてもお薦めでしょうかね。

全体的にもう少し切なかったらなあと思います。何しろ乙一と言えば切ないイメージですからね。
嘘か誠か、あとがきでえらく恐ろしいことを書いていますが、作家って色々大変なんですね。しかしこの人ももうちょっと頑張って短編書いて欲しいです。他名義も良いですが乙一としての新刊を期待しています。出来れば『GOTH』を超えるやつを。


No.1286 5点 闇の伴走者 醍醐真司の博覧推理ファイル
長崎尚志
(2021/02/25 22:55登録)
元警察官の“探偵”水野優希がコンビを組んだのは、容貌魁偉、博覧強記、かつとても感じの悪いフリー編集者・醍醐真司。巨匠漫画家のスタジオに残されていた、未発表作品の謎の解明を依頼されたのだ。やがて、この画稿と過去の連続女性失踪事件が重なりはじめ―。『MASTERキートン』など数々のヒット作を手がけてきた著者が全ての力を注ぎ込んだ、驚天動地の漫画ミステリ。
『BOOK』データベースより。

文章とプロットに難あり。折角の一流の素材を下手な料理で台無しにしてしまった印象です。それでも漫画に関する薀蓄は面白く、その道のプロだからこそ書けたものだと思います。しかし、サスペンス、ミステリとしては謎が最後に収束されるのではなく、その都度明かされていくのでサプライズ感はほとんどありませんでした。その辺りは推理作家としての資質を備えているとは言い難く、この人の限界を感じざるを得ませんね。ドラマ化された本作ですが、上手く脚色されていればそれなりに見応えのあるものに仕上がったのではないかと想像します。

主役の二人醍醐真司と水野優希のキャラは立っていますが、その他は誰が誰だか分からない位インパクトがありません。肝心の「漫画家」と「漫画編集者」に関してもその異常性があまり発揮されていません。惜しいですね、追う者と追われる者が同等の個性や力量を見せてくれないと、両者の対決の構図が骨のあるものになり得ませんので。本当に残念な作品という恨みの残る痛恨の失敗作ではないかと、個人的に思います。


No.1285 7点 透明人間
浦賀和宏
(2021/02/23 22:39登録)
孤独に絶望し、自殺未遂を繰り返していた理美に、10年前に不審死を遂げた父の秘密が明かされる!?自宅地下に隠されていた広大な研究所。遺された実験データの探索中に起こる連続密室殺人。閉じ込められた飯島と理美。亡き父の研究とは?透明人間以外にこの犯行は可能なのか!?名探偵安藤直樹の推理が真相に迫る。
『BOOK』データベースより。

明後日2月25日浦賀和宏の命日を控え、一周忌の供養の代わりに勝手に本作を読ませていただきました。
安藤直樹シリーズ最後の作品。800枚の大作。但しそれに見合った内容とは言えません。それは前半のヒロイン理美の一人語りの部分が大半を占めている為です。死にたいけれど死にきれない、そんな理美の内面を執拗にねちっこく描いています。しかしだからこそそこに浦賀らしさの一端を垣間見ることが出来る訳で、一ファンとしてはああまたやってるよってなります。そしてある種懐かしさすら覚えます。又、冒頭に配された日記と手書きの「わたしの町マップ」が涙を誘います・・・。

一転後半は目まぐるしく物語が動き、どんどん人が死んでいきます。
理美が目の当たりにした、透明人間の仕業としか考えられない父の死と、地下室での惨劇。この双方を安藤直樹が解き明かしますが、一方で理美が考えた推理も全くの絵空事とは思えないので、どちらを選択するかは読者に委ねられます。いずれにしてもシリーズ髄一のダイナミックなトリックを堪能できるのは間違いありません。
唐突に打ち切られた安藤直樹シリーズ、その後に書かれたシーズン2の萩原重化学工業シリーズ。その間に何があったのかは不明のままで、出来る事なら天国の浦賀に訊いてみたいものではあります。


No.1284 7点 アリス・ザ・ワンダーキラー
早坂吝
(2021/02/21 22:40登録)
十歳の誕生日を迎えたアリスは、父親から「極上の謎」をプレゼントされた。それは、ウサ耳形ヘッドギア“ホワイトラビット”を着けて、『不思議の国のアリス』の仮想空間で謎を解くこと。待ち受けるのは五つの問い、制限時間は二十四時間。父親のような名探偵になりたいアリスは、コーモラント・イーグレットという青年に導かれ、このゲームに挑むのだが―。
『BOOK』データベースより。

かなりの変化球ながら、私のストライクゾーンの真ん中付近に突き刺さりました。『不思議の国のアリス』に関しては無知ですし興味もない私でも、問題なく楽しめました。仮想空間での問題はそれぞれ趣向が変わっていて、単体でも十分面白いと思います。第一問では図解入りで、なるほどそちらから攻めてきたかと感心させられます。まるで手品のような感触もあり、トリックと言うよりパズルに近い解答ですね。第二問の伏線を回収しての犯人指摘、第三問の意表を突くダイイングメッセージの謎解き、いずれも捻りが効いていて好感度が高いです。第四問第五問と更に本格度が増していきます。

これこそ早坂吝の底力を見せつけた、本領発揮渾身の一冊であると断言しても良いでしょう。
勿論バーチャル体験をした後がいよいよ本番となり、最後の最後まで凝りに凝ったパズルミステリで、文句なく楽しめる作品だと思います。こういうオチは個人的に好きです。まあ、こういうのは余計だという意見もあるかも知れませんがね。


No.1283 6点 狩眼
福田栄一
(2021/02/19 22:42登録)
多摩川河川敷で、野田という医師の両眼が刳り抜かれた死体が発見された。事件から二週間経っても、所轄の南多摩署の刑事課は有力な情報も得られず、捜査は行き詰まる。そんな中、若手刑事の伊瀬は上司の水野から、突如別の任務を与えられた。それは、警視庁本部からきた戸垣巡査部長と組んだ、独自の“調査”だった。異常犯vs.若手&ベテラン刑事との攻防戦。
『BOOK』データベースより。

世間的に知名度の低い作家による本格警察小説。しかし、端正な文章で書かれたずしっと重く内容の濃い作品でした。両眼を刳り抜いたり傷つけたりする動機は早々に明かされて、その意味での興味は薄れてしまいますが、地道な捜査の中に様々な人物からの視点も入れ込み、最後まで緊張感を維持して読むことが出来ました。ベテラン刑事で単独行動を黙認されている、言わばはぐれ刑事の戸垣と若手でこれと言った特徴のない、程々の正義感を持つ伊瀬のコンビは決して心を通わせる事はなく、付かず離れずの関係性を保ちながら捜査に臨みます。

そして次第に明らかになる犯人像、被害者のミッシングリンク、裏に隠された真実、戸垣の苦い過去などがじわじわと迫るように表出してきます。決して読んでいて気持ちの良い話ではありませんし、際立って面白い訳でもないですが、かなりのめり込めます。警察小説の王道を往くと言ってもよい作品に仕上がっているのではないかと思いますね。


No.1282 5点 名探偵ぶたぶた
矢崎存美
(2021/02/17 22:48登録)
日常の中の、小さな謎。心に引っかかった、昔の記憶。
失くしてしまったものの行方。胸に秘めた、誰にも言えない秘密。
そんな謎や秘密を抱えた五人が出会うのは、なんとも「謎すぎる」ぶたのぬいぐるみ、山崎ぶたぶた。
小さくてピンク色で、かわいいけど、実は名探偵って、本当⁉――本当なのだ。
悩みを解決するヒントをくれるんだって。
心温まる謎解き、5編を収録。

お母さんの電話の謎
ホテル、記憶の謎
いなくなった友人の謎
ぬいぐるみが消えた謎
心にかけた鍵の謎
――ぶたぶただから解ける、5つの謎のお話です。
Amazon内容紹介より。

第一話を読み終えた時おっと思いました。それなりに期待できそうです。しかし、後続の短編の謎があまりにささやかで読み応えがありません。ある時はカフェのマスター、ある時はホテルマン、ある時は海の家の店主といった具合に様々なシチュエーションで登場する、バレーボール大の喋って動けるぶたのぬいぐるみ山崎ぶたぶた。おじさんの声で優しく迷える人々を解決の方向に導いて行きます。
第三話で新型コロナウイルス感染予防という文言が出てきた時、ハッとしました。そうか、もうそういう時代に入っているんだと実感しましたね。

まあミステリとしては大いに物足りませんが、作者はどうしてもミステリを書きたかったとの事で、作家仲間に訊いたらそのまま日常の謎として今まで通り書けばよいのではとのアドバイスを受け、一念発起したようです。尚、ぶたぶたシリーズは最新作の本作『名探偵ぶたぶた』を含めて32作と、長年ハートウォーミングな作風で愛されている模様。


No.1281 5点 蟲と眼球とダメージヘア
日日日
(2021/02/16 22:28登録)
不思議な林檎の力を持つ孤独な少女・眼球抉子、通称グリコが生きる世界は、全知全能の「神」の力で、平穏を取り戻したはずだった―。グリコは林檎の力を失い、ごく普通の少女として過ごしていたが、ある日、この世界にいないはずの宇佐川鈴音と再会する。なぜまたこの世界に戻ってきたのか、彼女にもわからないという。しかし、鈴音との再会と前後して、町では「人食い鬼」と呼ばれる不審な人物が事件を起こし始めた。「ダメージヘア」と名乗る彼女は新しい敵なのか!?せつなくも深い絆で結ばれた鈴音とグリコ、そして賢木は、再び一緒に事件解決に乗り出す。殺原姉妹やブレイクサンたちも活躍(?)の特別番外編、期待に応えて登場。
『BOOK』データベースより。

私の中では前作『白雪姫』で物語は完結していましたので、本作は言わば蛇足、付け足しみたいなものとしか感じられません。一つ意味があるとすれば、それは今まで名前だけで登場していなかった欠片の一人神蟲天皇が出てくることでしょうね。それがダメージヘアです。今回の敵は主に彼女一人で、これまでの様にバトル中心でありません。

終わった後の話ですから、何だか抜け殻のようにも思えて、個人的にはあまり感心しませんでした。読んでいる途中でおそらく編集者にお願いされて番外編的に描いたのだろうと想像しましたが、あとがきではっきりとその事が書かれていていました。Amazonの評価などを見る限り歓迎されており、余程のファンなのだろうなと思いながら苦笑せざるを得ませんでしたね。私としては殺原姉妹やブレイクサンの活躍よりも、刑事嘆木狂清とその恋人のエピソードの方が印象に残りました。この憂鬱刑事は私のお気に入りですので。


No.1280 7点 クドリャフカの順番
米澤穂信
(2021/02/15 22:42登録)
待望の文化祭が始まった。だが折木奉太郎が所属する古典部で大問題が発生。手違いで文集「氷菓」を作りすぎたのだ。部員が頭を抱えるそのとき、学内では奇妙な連続盗難事件が起きていた。盗まれたものは碁石、タロットカード、水鉄砲―。この事件を解決して古典部の知名度を上げよう!目指すは文集の完売だ!!盛り上がる仲間たちに後押しされて、奉太郎は事件の謎に挑むはめに…。大人気“古典部”シリーズ第3弾。
『BOOK』データベースより。

古典部シリーズ初読み。これがあの古典部シリーズですか、なるほど面白いですね。青春ミステリそして日常の謎として細部まで良く作り込まれていると思います。四人の古典部部員が一人称で己の心情や、それぞれが目撃した事象を入れ代わり立ち代わり描いており、全ての登場人物から犯人を推理することが出来る仕組みになっています。
中盤の山場であるお料理対決のシーンは盛り上がりますね。奉太郎以外の三人が料理の腕を振るいますが、最後の大将である摩耶花が時間に間に合うのか、そして残りの材料で上手く一品を作ることが出来るのか、ドキドキします。

そしてラストの謎解き、動機が弱いですねえ。そこまでしなくても他に方法があった気がしますが。まあでもそれを言ってしまったら事件は起こらない訳ですから、やむを得ないでしょうかね。誰が探偵役なのかは伏せますが、なかなか良い根性してます。謎を解くばかりでなく・・・まで。やられました。
本作は群像劇であり、青春小説の側面もあります。心憎い演出で締めくくり、読後も清々しいだけじゃない何かを読者の心に残す佳作だと思います。


No.1279 7点 ファントムレイヤー 心霊科学捜査官
柴田勝家
(2021/02/13 22:54登録)
陰陽師・御陵清太郎と刑事・音名井高潔は対心霊の最強バディ!霊障事件を調べるため御陵が女子校に潜入捜査。流行するおまじない「クビナシ様」は、ゲームアプリを利用するものだった。異色の呪術に御陵は興味を持つが「クビナシ様」は暴走を続け―。密室での呪殺に隠された、悲しい恋物語の結末とは。FBI仕込みの管理官・青山が現れて、二人の関係にも不穏な影が差し…!?
『BOOK』データベースより。

密室殺人事件が起こるまでは、女子校の雰囲気がよく描かれていて、お約束の七不思議なども紹介されて面白く読ませてもらいました。ただ事件の捜査法は陰陽師だけあって、霊子や怨素、要するに怨霊を祓うもので、本格物とは違うので違和感を覚えます。そこでのクラス委員長で陰陽師の末裔倉橋の豹変ぶりには、それまでがあまりに毅然としていたので、狼狽え方に何故にと思いましたね。

そして密室の扉が開けられる時、漸く本来のミステリが姿を現します。その真相の裏には思いも寄らぬ人間関係や秘密が隠されており、更に意外な伏線の数々が収束されたりもしています。全く上手く纏めたものだと感心します。まさに本格ミステリとオカルトの融合と言って良いでしょう。そのどちらにも傾かない微妙なバランスが取られて、本シリーズの本領を発揮していると思います。


No.1278 6点 さあ、気ちがいになりなさい
フレドリック・ブラウン
(2021/02/11 22:18登録)
記憶喪失のふりをしていた男の意外な正体と驚異の顛末が衝撃的な表題作、遠い惑星に不時着した宇宙飛行士の真の望みを描く「みどりの星へ」、手品ショーで出会った少年と悪魔の身に起こる奇跡が世界を救う「おそるべき坊や」、ある事件を境に激変した世界の風景が静かな余韻を残す「電獣ヴァヴェリ」など、意外性と洒脱なオチを追求した奇想短篇の名手による傑作12篇を、ショートショートの神様・星新一の軽妙な訳で贈る。
『BOOK』データベースより。

もっと奇想天外で荒唐無稽な話を期待していましたが、それ程でもなく大人し目な感じでした。『みどりの星へ』の興味深い仕掛けや『おそるべき坊や』の偶然が奇跡を呼ぶ二つの出来事、『不死鳥への手紙』のスケールの大きさなどは印象に残りました。一方で最初の一行でオチが読めてしまう『ノック』や結局どうなったのか理解できなかった、読者を煙に巻く表題作などはあまり共感できなかったですね。

こうした奇想が発揮される短編集は幾つも読んで来ましたが、そこまで常識を打ち破る作品が並んだ佳作揃いとは言い難いと思います。表題作のタイトルに上手く騙された感じもしましたね。多分私の想像の上を行く無茶な試みに挑戦したものであろうとのワクワク感はあえなく裏切られました。それでも発刊当時にしてみれば十分常識外れな作品集だったのではないかとは思いますが。


No.1277 3点 Xサバイヴ2 都市伝説ゲーム
上甲宣之
(2021/02/09 22:29登録)
謎の携帯番号「089」にコールしたことにより、もうひとつの裏側世界が見えるようになってしまった編集者の白雪亜夢子は、自らの持つ携帯電話を狙われ続け、異形のモノとの追いかけっこはまだ終わらない。一方、亜夢子の担当作家である天生勇希斗は、ある秘密を抱えたまま、マスクの女に襲われている少女を助けに向かうのだった!“封じられた記憶”と悲しいすれ違いによる、絶望のゲームが始まりの鐘を鳴らす―!ハ・イ・リ・コ・ン・ダ・ラ・ヌ・ケ・ラ・レ・ナ・イ。「このミス」大賞受賞作家が放つ、予測不可能なデンジャラス・ゲーム。
『BOOK』データベースより。

前作読後一年も経っていないのに、ぼんやりとした記憶しかなく、何が何だかよく分からないまま読み始めてしまい、結局最後までその繋がり具合が不明でした。しかも、まだ続きがあることを匂わせていますが、作者は2009年以降新刊を出しておらず、続編はおそらくもう読めないものと考えています。別にもういいやとは思いますけどね。この人はもうアイディアも尽きたようですし、筆を折った方が賢明と言えそうです。

最初から最後までバトルの連続、と言うより戦闘シーンしか描かれていないです。その割に手に汗握るスリリングさの欠片もなく、臨場感に欠けます。文章が下手なせいか、情景が浮かんで来ないのです。異界の魔物とタッグを組んで特殊能力を身に付けた者達が延々戦っていますが、どうにも冗長ですんなり頭に入って来ませんでした。主要登場人物の背景に何があるのかも描き切れていませんし、そもそも面白くありません。
『Xサバイヴ』と『2』が同時刊行されたようですが、売れなかったんでしょうね。『3』は出されず未完のまま終わってしまったのは当然の帰結だと思います。余程の猛者でない限り読もうとは思わないでしょうからね。


No.1276 6点 嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 幸せの背景は不幸
入間人間
(2021/02/08 22:28登録)
御園マユ。僕のクラスメイトで、聡明で、とても美人さんで、すごく大切なひと。彼女は今、僕の隣にちょこんと座り、無邪気に笑っている。リビングで、マユと一緒に見ているテレビでは、平穏な我が街で起こった誘拐事件の概要が流れていた。誘拐は、ある意味殺人より性悪な犯罪だ。殺人は本人が死んで終了だけど、誘拐は、解放されてから続いてしまう。ズレた人生を、続けなければいけない。修正不可能なのに。理解出来なくなった、人の普通ってやつに隷属しながら。―あ、そういえば。今度時間があれば、質問してみよう。まーちゃん、キミは何で、あの子達を誘拐したんですか。って。第13回電撃小説大賞の最終選考会で物議を醸した問題作登場。
『BOOK』データベースより。

故意に読みづらく書いているとしか思えないごつごつした文体。無機質で人間味のないみーくん。情緒どうなってんねんと思うくらい壊れているまーちゃん。どれを取っても好感が持てません。小さな町で同時に起こった連続殺人事件と誘拐事件を扱っていますが、一方は最初からネタバレしていますし、他方は最後の最後まで犯人を指摘するための伏線はなし、ミステリとして評価できませんね。

三章まではまーちゃんが誘拐した子供達とみーくんとの心許ないふれあいを中心に物語は進みます。全然紆余曲折などはありません、しつこい位比喩を多用したねちっこい文章で、正直一体何がしたいんだと思いました。しかし四章で突如として目覚めたように動き出します。結局そこに惹かれて加点した訳ですが、全体として粗削りな感は否めません。
これが2年で19版も重版されたとは俄かには信じがたいものがあります。それ程受けたのでしょうか、おそらく若年層中心でしょうが、一般受けするとはとても思えませんねえ。

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