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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1495 5点 溺れる犬は棒で叩け
汀こるもの
(2022/09/14 22:38登録)
平安時代からの旧家・在澤家が跡継ぎとして選んだのはこともあろうに「死神」と呼ばれる少年・立花美樹!信州山中の屋敷で行われた継承の儀式の日に、案の定、殺人事件が!鯉池の濾過槽から溺死体が発見された。水槽に残された「化」という文字、錦鯉の消失、渦巻く陰謀…屋敷に集った「探偵」と呼ばれる弟・立花真樹、謎の刑事、奇矯な監察医が連鎖する死の真相に迫る!
『BOOK』データベースより。

こるものが横溝をやってみたらこうなりましたと云う感じ、でしょうか。確かに家系図、山村の伝説、相続争い等如何にもな雰囲気を出そうとしていますが、明らかに失敗作ですね。トーンが違いすぎます。
語り口が雑でごちゃごちゃしており、連続殺人の詳細もおざなりで、いつの間にか犯人が明らかになってしまい、何だか煙に巻かれた様な感覚だけが残りました。

今回は主役の筈の双子が狂言回しの役をやらされている感じで、良い所がありません。相変わらず魚(鯉)の蘊蓄のシーンだけは熱心に語られますが。一番真面な事を言っているのは湊警視正であり、最も美味しいところを持って行くのが監察医の出屋敷だったりします。これでは本格ミステリではなく、半本格に成り下がってしまっている気がします。作者もここらが引き際と感じたのか、これ以降シリーズは書かれていません。
終章でまずまずの驚きを提示してくれたので1点加算しました。


No.1494 5点 母なる夜
カート・ヴォネガット
(2022/09/11 22:37登録)
第二次大戦中、ヒトラーの宣伝部員として対米ラジオ放送のキャンペーンを行なった新進劇作家、ハワード・W・キャンベル・ジュニア―はたして彼は、本当に母国アメリカの裏切り者だったのか?戦後15年を経て、ニューヨークはグリニッチヴィレジで隠遁生活を送るキャンベルの脳裡に去来するものは、真面目一方の会社人間の父、アルコール依存症の母、そして何よりも、美しい女優だった妻ヘルガへの想いであった…鬼才ヴォネガットが、たくまざるユーモアとシニカルなアイロニーに満ちたまなざしで、自伝の名を借りて描く、時代の趨勢に弄ばれた一人の知識人の内なる肖像。
『BOOK』データベースより。

10ページ読んだ辺りで挫折。このまま暫く放置しておくか、即ブックオフ行きかと迷いました。余りにもぎこちない文体で内容が少しも頭に入ってこないですからねえ。そもそもナチとかユダヤ人とか興味ありませんし、1ミリも心に刺さりません。
しかし本を置いたところで私は思い直しました。これだけの高評価を受けている作品だから、何かあるはずだと。そして改めて読み始めて丁度半分位の辺りでヘルガが登場し俄かに面白くなりました。やはりこのままで終わる筈がなかったんだと安心した途端にまた元に戻り、私の心は千々に乱れました。

しかしここまで来たら最後まで読まねばなりません。仕方なくページを捲って読み終わり安堵。結局皆さんはどの辺りをそんなに評価しているのか、正直私にはさっぱり理解できませんでした。
畢竟私なんぞ、新本格の末裔やメフィスト系の昔の作品、又はラノベのファンタジーもどきを読んでいるのがお似合いって事ですかね。しかしこれに懲りて海外のミステリを断念する訳にはいきません。必ずリベンジしますから。


No.1493 6点 ガラスのターゲット
安萬純一
(2022/09/09 23:00登録)
“行方不明探偵”が三つの事件の真相に鋭く迫る。三月のある日、世田谷のレストランで爆破事件が起きた。被砥功児が代表を務める榎木探偵事務所に出入りする二十歳の大学生・殿井泰史は、自分と同い年の若者が大勢犠牲となったこの事件に興味を持ち、外国に行ったきりの被砥功児を尻目に、独自に推理を巡らせる。さらに八王子と町田で立て続けに、二十歳の男女が集団で死亡する事件が発生。事務所には世田谷と八王子の事件の犯人を名乗る人物からの挑戦状が届くが…。二十歳の若者たちを巡る三つの事件の関連性と、犯人の目的は果たして?手に汗握る展開と、驚愕のラスト刮目せよ。
『BOOK』データベースより。

前作(鮎川哲也賞受賞作『ボディ・メッセージ』)がなかなか良かった、と云うかトリックが好みのど真ん中だったのでこちらはどんな物かとAmazonで古書を購入しました。どうでも良いですが、これが煙草臭くてページを捲る度に鼻に付くのに閉口しました。状態は「非常に良い」だったのに、臭いだけはそこに含まれないのに不条理さを感じました・・・。

さて、本作大量爆殺事件と二つの集団自殺事件の繋がりとは?というのがメインテーマで、ある意味フーダニットです。とは言え、そんなんで犯人が判るかあ、というのが本音。判る人には判るのでしょうけれど、兎に角煙草の臭いにやられて集中出来なかったのは単なる言い訳ですか?
それにしてもこの人は相変わらず文章が上手くないですね。三つの事件に一人ずつ担当刑事が配されている訳ですが、せめてこの人達の人物造形くらいは確りと作り上げて貰いたかったところです。それどころか、探偵の被砥(ピート)すらイマイチ影が薄いのはいけませんね。動機は何とも・・・。


No.1492 7点 日本SFの臨界点[怪奇篇]  ちまみれ家族
アンソロジー(国内編集者)
(2022/09/06 23:10登録)
「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」と称された伴名練が、全身全霊で贈る傑作アンソロジー。日常的に血まみれになってしまう奇妙な家族のドタバタを描いた津原泰水の表題作、中島らもの怪物的なロックノベル「DECO‐CHIN」、幻の第一世代SF作家・光波耀子の「黄金珊瑚」など、幻想・怪奇テーマの隠れた名作11本を精選。全作解題のほか、日本SF短篇史60年を現代の読者へと再接続する渾身の編者解説1万字超を併録。
『BOOK』データベースより。

誰が何と言おうと一度読んだら二度と忘れられない短編第一位、中島らもの『DECO‐CHIN』を再読(いや三度目か四度目か)しようと思い、探してみましたが大量の書物に阻まれて見つけられなかったところに、本書が目に付き早速購入しました。『DECO‐CHIN』は別格として結構面白いじゃないかと思いながら読み進むも、次第にトーンダウン。
ハードSFは少ないものの、様々な味わいのSFっぽい小説が並んでいます。本格的なSFと云うより、これもSFなのかと思うような作品が多い感じがしました。これまで名前も聞いたことの無い作家の名前が並び、これはやはりコアなSFファンの読むべき作品集なのではないのかとの思いを強くしました。

個人的にお気に入りは岡崎弘明の『ぎゅうぎゅう』、山本弘『怪奇フラクタル男』、中田永一(乙一)『地球に磔にされた男』光波燿子『黄金珊瑚』辺りですかね。表題作は無茶苦茶な展開で、必要最低限の情報で纏め上げた荒唐無稽な小説。最初は訳解らんなあって感じでしたが、後からジワジワ来るやつでした。石黒辰昌の『雪女』はハードで色々考えさせられる作品。
SF初心者の私にはやや敷居が高かったかも知れませんが、色々考えた末7点としました。読み始めて二、三作目までは8点かなと思ったんですけどね。


No.1491 5点 禅定の弓
椹野道流
(2022/09/03 22:51登録)
老人の焼死体がO医科大学法医学教室に運び込まれた。伊月とミチルが解剖したところ、火事の前に死亡していたことが明らかになり、一転して事件の様相を帯びる。一方、同じ市内で、野犬やウサギなどが連続して惨殺される。遺体からこぼれ落ちたピンバッジは何を語る?胸に迫る超リアルメディカルミステリ!
『BOOK』データベースより。

これまでのホラーテイストと違い、何の捻りもないミステリです。ミチルはほぼ脇役で伊月と刑事筧がメインの物語。BL物も得意としている作者だけに、その気配も全くないとは言えません。老人の焼死体と動物殺傷事件がどう繋がって来るのか?誰もが予想出来る真相ではあります。うーむ、やはりこの人は本格ミステリに向いていない体質の様です。

ただ、エピローグはほっこりした雰囲気で終わりますので、後味は良好です。持ち味の司法解剖のシーンもいつもの迫力がなく、単なるオマケみたなものですね。
まあ、たとえ小さな命でも動物を虐待してはいけない、ましてや殺すなどもっての外であるとのメッセージが込められた一作でしょうね。


No.1490 7点 夜の淵をひと廻り
真藤順丈
(2022/09/01 23:08登録)
職務質問と巡回連絡が三度の飯より大好きで、管轄内で知らないことがあるのが許せない、良く言えば“街の生き字引”、率直に言えば“全住民へのストーカー”。ある街のある交番で住民を見守るシド巡査のもとには、奇妙な事件が呼び寄せられる。魔のバトンが渡されたかのように連鎖する通り魔事件、過剰すぎる世帯数が入居したロッジ、十数年にわたって未解決のご当地シリアルキラー。市井の片隅には、怪物の巣食う奈落がひそかに口を開けている―。4冠受賞の鬼才が放つ驚愕のサイコ・ミステリ!
『BOOK』データベースより。

粘着質で陰湿な文章と物語。従来の警察小説と思ったら大間違いです。主人公のシド巡査は管轄内の全住民のストーカーでその意味では非常に特異体質と言えるでしょう。更に異常な体験をしたり、その並外れた推理力には自信を持っているようです。この風変わりな人物像の一点だけでも本作が尋常ではない特異性に満ちていると感じられるのは間違いないと思います。
意外性や仕掛けはありますが、トリックと言える物はここには存在しません。その代わり変則的なストーリー展開で最後まで読ませます。読み終わった後は何とも言えない嫌らしい余韻を残します、一応これは褒め言葉ですが。

連作短編の中で『新生』だけ毛色が違い、これだけ読んだら真っ当な警察小説に思えます(このタイトルは秀逸)。しかしその他はおそらく今まで誰も書けなかった様な超異色な、ドロドロとした、読者の心の奥に眠る何かに直接触れる様な肌触りの小説に出来上がっていると思います。独特の文体ですし、もし貴方がこれを読む事があれば、それなりの覚悟を持って臨む必要があるかも知れません。あまりお薦めはしませんが、ありきたりなものに飽きた人は読んでみるのも一興かと。


No.1489 6点 記録の中の殺人
石崎幸二
(2022/08/28 22:52登録)
「女子高生連続殺人事件」―201X年9月、5人の女子高生の遺体が埼玉県山中、産業廃棄物の投棄現場で発見された。被害者の共通点は、生年月日が全員同じだということ。それから4ヵ月後、またも女子高生の遺体が東京と埼玉の県境にある産廃の現場で見つかる。被害者は同じく5人。全裸の上、手足を切断されていた…。凶悪な犯行に世間は大パニック!犯人の次なる狙いは。
『BOOK』データベースより。

冒頭から女子高生連続殺人事件の謎を、石崎を含むミステリ研の4人組が検討し始めるシーンに、おっ今回は珍しくシリアルキラーものかと思いきや、結局孤島へ行っちゃうのね。それにしても、本シリーズとシリアルキラーの相性は余り宜しくないない気がしてしまいます。しかし、全ての被害者の左手と左足を切断した動機に関してはなかなかよく考えられていると思います。

そして孤島での事件と連続殺人の関連とは?全く関係なさそうな二つの事件が繋がる時、驚愕の真相が・・・とはならないですねえ、残念ながら。
個人的にメフィスト系の作家の中ではかなりの理論派だと思っている石崎幸二、意外に拘りも持っていて結構な割合でDNA鑑定が採用されています。本作ではユリが書記になり切って随時事件の概要をまとめているので、非常に解りやすくなっています。まあ大体何時もそうなんですけど。そして、石崎とミリアの探偵同士の対決がバチバチと火花を散らしますよ。果たして勝ったのはどちらか?でもそんな事はどうでも良い二人なのでした。


No.1488 6点 トンデモ本1999 このベストセラーがとんでもない!!
事典・ガイド
(2022/08/26 23:02登録)
世紀末を笑い飛ばせ!!UFO、陰謀、大予言など最新トンデモ本続々登場。
『BOOK』データベースより。

この世に蔓延るトンデモ本どもに、と学会の面々がツッコミを入れ、矛盾を突き間違いを正していくシリーズ物。どうせ楽屋落ち的な内容かと思いきや、何とも立派な単行本の二段組みの大作でちょっと驚きました。中身もそれに見合ったもので、なかなかの見ものです。

日本で起きた昭和、平成の大事件の数々、帝銀事件、下山事件、地下鉄サリン事件、宮崎勤事件、酒鬼薔薇聖斗事件などは全て自衛隊を手先にしたフリーメーソンの謀略だった。(私がフリーメーソンの存在を目の当たりにしたのは、栄誉あるギャラクシー賞を受賞した事もあるバラエティ番組『モヤモヤさま~ず2』だった)。
エアコン、冷蔵庫、シェーバー、扇風機、ドライヤーなどほとんどの電化製品は電磁波で人体に悪影響を及ぼす。(扇風機を一晩中掛けっぱなしで寝ると死ぬという噂は聞いたことがあります)。
渡辺淳一著『失楽園』の性に対する執着。
ブリジッド・バルドーの動物への偏執的な愛護精神。(ブリジッド・バルドーのスリーサイズが90 49 90って本当かいな)。
等々、ツッコミどころ満載でバラエティに富んだ読み応え満点の内容となっております。中には最早学術書にしか思えない、一度読んだだけでは理解不能なものをそれを上回る理論で論破していたりもします。

しかし、やはり最も多いのはUFOや宇宙人に関するトンデモ本ですね。UFOを呼ぶ方法、宇宙人は人類の70%が遭遇している等々とんでもないものが多いです。因みに当時のと学会会長はSF作家の山本弘です。


No.1487 5点 狂乱家族日記 拾さつめ
日日日
(2022/08/23 22:52登録)
『なごやか家族作戦』スタートから一年。人類獣化現象やら宇宙人の来襲やら数々の事件で露わになった家族たちの過去の傷跡や疑念も、凶華率いる乱崎家の絆を揺るがすことはないように見えた―。しかし、不解宮の傀儡后ミリオンが呼びかけた『世界会議』に、観光旅行気分で出かけた彼らが遭遇したのは、その絆をも揺るがす驚天動地の出来事だった!そして、千年前のもうひとつの家族の物語にも永遠に塞がらない傷跡が―。「閻禍伝説編」驚愕の展開。
『BOOK』データベースより。

世界会議に参加する道中で狂乱家族に起こる、家族バラバラ事件と、本作の元凶でもある閻禍の物語が交互に語られる構成となっています。家族の方はいつも通りワイワイガヤガヤと賑やかで、それなりに楽しめます。一方閻禍伝説は面白みに欠けます。死神と呼ばれる割には案外良い人で、インパクトが足りない感じがします。

登場人物がどんどん増えても、あれ?この人誰だっけとはならないのが本シリーズの特徴とも言えそうです。ちょっとしたブランクがあっても直ぐに思い出せるのは、やはり作者の力量なのでしょう。でもこれだけ続くと流石にマンネリ化してきますね。そこを何とか発想力で乗り越えようと尽力しているのは伝わってきますが、もう何が起こっても驚かない耐性のようなものが出来てしまっている気がします。


No.1486 7点 蜂工場
イアン・バンクス
(2022/08/21 22:43登録)
そこはスコットランドの小さな島。海岸沿いの家では16歳のフランクが、学校にも
行かずひっそり父と暮らしていた。彼はある日、精神病院にいるはずの兄エリック
が脱走したことを知る。かつてエリックは犬を燃やすなど異常な行動をとっていた
のだった。直後にかかってくる電話。「おれだ」「殺してやる! 」──
Amazon内容紹介より。

重く暗くやるせない話。登場人物が少なく、その分会話文が極端に削られており、正直非常に読み難かったです。終始フランクの奇行とその心情に文章の多くが費やされていて、何かオチのない話を延々聞かされている様な感じで、私は心の中で何度も何度もそれがどうしたとツッコミを入れずにはいられませんでした。時々これは、と思うような記述もありますが、長くは続かずどうにも興味を惹かれない結果に終わりました。


【ネタバレ】


ところが、最終章の手前辺りから覚醒したように面白くなり始め、最終章では天地が引っ繰り返るほどの衝撃を受けました。そうか、この為にこれまでの退屈な時間と無機質な文体があったのかと、納得しました。考えてみれば、フランク自体怪しい証人であり、幾つもの伏線が張られていたではないかと、頷かされました。
私には文体が合いませんでしたが、もっと読解力があれば、或いは本書を楽しむ余裕がもう少しあれば8点でも良かったと思うくらいです。


No.1485 7点 禁涙境事件—some tragedies of no-tear land
上遠野浩平
(2022/08/18 22:54登録)
魔導戦争の隙間にあるその非武装地帯には、見せ掛けと偽りの享楽と笑顔の陰でいつも血塗れの陰惨な事件がつきまとう。積み重ねられし数十年の悲劇の果てに訪れた大破局に、大地は裂け、街は震撼し、人々は喪った夢を想う…そしてすべてが終わったはずの廃墟にやってくる仮面の男がもたらす残酷な真実は、過去への鉄槌か、未来への命綱か―。
『BOOK』データベースより。

第五章以外は所々どうでも良い様な描写が散見されます。にも拘らず、肝心の人物造形が数人を除いてなおざりにされている気がします。
体裁としては連作短編の形を取っており、不可解な事件が一応解決されていたり不透明なまま終わったりしていてあまりスッキリしません。それをカヴァーしているのが創元社推理の日常の謎を扱った作品等に於ける、所謂串刺と呼ばれるものです。つまり、各短編が最後に繋がって来て、事件の様相が一変すると云う手法が採られている訳です。

ですから途中であまりパッとしなかった印象の本作が、第五章で人が変わった様に光輝き生き生きと描かれています。本シリーズで最もミステリ色が濃いと評判の本作ですが、ある理由により魔法が無力化された世界で起こる殺人事件という設定に敢えてしたのは、これを本格ミステリへの挑戦を宣言したもの、と捉えても良いのではないかと思います。
たまに日本語が文法的に怪しいのではと思われる箇所があるようですが、まあそれはご愛嬌でしょう。私も人の事は言えませんので。


No.1484 4点 天国の扉
篠原一
(2022/08/15 23:07登録)
鈍い骨のずれる音がした。やった、と思った。もう一度力をこめたら頸はごとりと切断された。…ここに生命が極まった。どうにもやさしい眩暈がした。ゆうべはたしかに興奮した。人を殺したのははじめてだったのだ。コンクリートのあの部屋で僕が切断したのは誰?エヴァ世代の作家が描くクールな殺人、2年ぶりの長編。
『BOOK』データベースより。


【ネタバレ】あり


虚無感と高揚感が交錯するノワール小説。文頭で語られる死体の解体、そして死んでバラバラになったはずの「彼」が蘇る。良く解りませんが当然そこには何らかのトリックが存在するはずだったのですが、残念ながらオチはありません。途中でプッツリ切れたように物語は終わります。
僕を殺してバラバラにしてと訴えた少年の願い通りに、主人公のタケイはその行為を行います。そして翌日何もなかったように現れたその少年に命じられるまま、死にたいと願う人々を殺していくと云う話なのですが、確かにタケイの内面は良く描かれているとは思います。

しかし、本格ミステリでは許されない過ちを作者は冒しています。どう考えても焦点は何故バラバラに解体された少年が生きていたのかという事になるはずでしょう。当の本人、タケイすらその点に関して疑問を抱く様子もなく、敢えてその禁忌に触れない様にしているのは、可笑しいと云うより滑稽ですらあります。これはもう作者自身が現実逃避しているとしか思えません。何のオチもなしにこれを書いてしまってはいけないんじゃないでしょうか。ただ単にセンセーショナルな出来事で話題になりたいのなら、それなりの覚悟が必要ですよね。


No.1483 8点 悲しみの時計少女
谷山浩子
(2022/08/14 22:51登録)
いつも時刻を確認していないと落ち着かない“時計中毒患者”の浩子は、横浜元町の喫茶店で魚の目をしたサカナ男と、顔と懐中時計の中身が逆さまになった時計少女に出会った。時計少女の案内で、三人は彼女の住む鎌倉の“時計屋敷”を訪ねることになるが、旅の途中で次々と不可思議な出来事に巻き込まれていく――。

自らが声優をつとめたラジオドラマも好評を博した、谷山浩子のファンタジックミステリー。
Amazon内容紹介より。

これを途中まで読んで、馬鹿馬鹿しいとかくだらないと言う人は結構いるでしょうが、退屈だと言う人はほとんどいないのではないかと思います。私の場合は、何なの一体これは?では生温いので、なんじゃこりゃー!でしょうかね。そして最後に驚愕しない読者はいないですね、多分。帯に綾辻行人が書いている「この作品はまぎれもなく第一級のミステリ―(推理小説)でもある」とはあながち間違いではないと思います。

まさかこのような摩訶不思議なメルヘン(ファンタジー)にあんな仕掛けがあるとは誰も思うまい。誰かに似ている様で誰にも似ていない、作者独自の世界を構築しています。正にブラボーと褒め称えたい気持ちでいっぱいです。読後、暫くこの世界観から抜け出せなかったことを、ここに告白しなければならないでしょう。


No.1482 5点 デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士
丸山正樹
(2022/08/13 22:50登録)
今度は私があなたたちの“言葉"をおぼえる

荒井尚人は生活のため手話通訳士に。あるろう者の法廷通訳を引き受け、過去の事件に対峙することに。弱き人々の声なき声が聴こえてくる、感動の社会派ミステリー。
仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人。今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがて唯一つの技能を活かして手話通訳士となる。彼は両親がろう者、兄もろう者という家庭で育ち、ただ一人の聴者(ろう者の両親を持つ聴者の子供を"コーダ"という)として家族の「通訳者」であり続けてきたのだ。ろう者の法廷通訳を務めていたら若いボランティア女性が接近してきた。現在と過去、二つの事件の謎が交錯を始め…。マイノリティーの静かな叫びが胸を打つ。衝撃のラスト!
『BOOK』データベースより。

ラストシーンは良かったと思います。しかしそれまでが、真面目に描かれ過ぎていると言うか、余りにも遊び心が無くて読んでいていささか疲れました。登場人物が多い割りには説明不足のせいか、誰が誰だか分からないという現象が。主要登場人物一覧が欲しかったところですね。
200ページ過ぎ辺りまで、散文的でどこに重点を置いて読めば良いのか迷いました。又文章が硬く面白みに欠けます。そして何より肝心の二つの殺人事件が蔑ろにされている気がして、どうも感心しません。

聴覚障碍者あるあるや、ろう社会に関する刑法四十条や差別の問題に切り込んでいる姿勢は買います。そして下手に同情を惹こうとする事なく、障害者も健常者も区別なく描写しているのは小説として褒められるべきポイントだと思います。それと引き換えに情に訴える部分がありませんので、突き放された様な感触は拭えません。
Amazonの評価が高いのは、読者の多くに私が読み取れなかった何かが心に刺さったのでしょう。でもミステリとしては特に突出したものはありませんでした。これは間違いないと思います。


No.1481 6点 貞子vs伽椰子
黒史郎
(2022/08/10 22:45登録)
ホラー映画の主演を依頼された劇団員の恵子。しかし、監督が不審死、恵子は居合わせたフリーライター・小堺と共に、現場にあった「呪いのビデオ」を観てしまう。2人は貞子に呪い殺される前に、入れば伽椰子に捕まり二度と戻れなくなるという「呑む家」への侵入を決意。呪いの相殺を狙い、その顛末を映像に記録することに。撮影班が次々と姿を消していく中、ついに貞子と伽椰子が姿を現わし…。ホラーの歴史を変える最恐対決!
『BOOK』データベースより。

映画は観ていません。『呪怨』も観ていませんので伽椰子の存在がどんなものかも知りません。どうやら本作は映画の完全なノベライズではなく、オリジナルらしいです。それならばもう少し物語の細部に膨らみを持たせても良かったのではないかと感じました。導入部や霊能者の登場などは面白く読めましたが、主人公の恵子の恐怖感があまり伝わってきませんし、ライターの小堺などは自身の危機を面白がってさえいるのに、絵空事じみた感覚を覚えました。

それでも貞子と伽椰子を対決させるというアイディアは、勿論映画ありきではありますが、面白いと思います。
怖さはほとんど感じません。それよりもワクワクの方が勝ち、終結に向かって期待が高まっていく手法は流石に堂に入ったものがあります。興味本位でしか読めませんが、それで十分だと思います。軽くサクッと読んでしまっても、後腐れがないのが良いです。


No.1480 6点 茨姫はたたかう
近藤史恵
(2022/08/09 23:06登録)
書店員の久住梨花子はストーカーの影に怯えていた。ひとり暮らしのアパートの郵便受けが荒らされ不気味な手紙が投函されたのだ。仕事でもトラブルが起きたある日、腰に激痛が走り動けなくなってしまう。運び込まれた接骨院での“身体の声を聞く”整体師・合田力の施術をきっかけに、梨花子は臆病な自分と向き合うようになる。迷える背中をそっと押す、整体ミステリーの傑作!
『BOOK』データベースより。

近藤史恵はデビュー作である『凍える島』を刊行当時に読んで、あまりピンと来なかったのでこれまで興味が持てなかった作家です。たまたま古本で本書を見つけて、高評価を得ているのを確認して読んでみる事に。これは期待以上に面白かったと言っても良いでしょう。文章の読み易さ、各キャラの個性の立て方、料理をしたり食したりするシーンの味わい深さ、どれを取っても一級品だと思います。

物語は二つの全く異なるストーリーが並行して進行します。これがなかなか一つに合流せず、先が読めません。しかし、双方とも男女の心の揺れを見事に表現し、時に残酷とも思える描写があってハッとさせられたりもし、目が離せません。まさかこれがシリーズ物と思わず読んでしまいましたが、全然違和感はありませんでした。総合的に見て7点くらいの出来かとも思いましたが、何となく低刺激な感触がしたのとミステリとして弱かったので敢えてこの点数にしました。でも読む人が読めば高得点は間違いないでしょうね。
調べてみて驚いたのは作者の知名度と人気、そんな偉い先生とは思っていませんでした、正直。


No.1479 6点 爆撃聖徳太子
町井登志夫
(2022/08/07 22:49登録)
隣国を次々に従え、世界帝国への道をひた走る隋帝国。その矛先は琉球、そして朝鮮半島へと向けられた。倭国に攻めてくるのも時間の問題……。この危機に敢然と立ち向かったのが、厩戸皇子、のちの聖徳太子である。
遣隋使となった小野妹子をはじめ、周囲の人びとを巻き込んだ聖徳太子の戦いの行く末は!?
「なぜ隋の煬帝を怒らせる国書を送ったのか」「“聡耳"と言われた理由」「その後半生に政治的空白期があるのはなぜか」「黒駒伝説の真実とは」――聖徳太子をめぐる数々の謎を解き明かしながら、東アジアを舞台に壮大なスケールで描かれる、衝撃の古代史小説。
Amazon内容紹介より。

面白いんだけど、タイトルに偽りありですかね。厩戸皇子(聖徳太子)は神出鬼没でたまに出現しては「うるさい、うるさい」と言いながらすぐにどこかへ行ってしまい、ほぼ主役は小野妹子です。終盤にやっと活躍しますが、人間的にあまり好きにはなれません、それより生真面目な小野妹子の方に感情移入し易いかと。十人の話を一度に聞いていたと伝説的に言われているその謎に一応の解を見出していたりはしますが。

思った以上に隋との戦闘シーンが多く、そこには必ず小野妹子の姿があり、舞台は琉球であり高句麗であったりします。なるほど当時の戦いはこんな感じだったんだろうか、などと想像を巡らせて感心しました。それ程迫力はありませんが、戦略的に見てなかなか面白いと思います。ラストの黒駒伝説の新説には唖然とさせられる事必至。


No.1478 7点 炎舞館の殺人
月原渉
(2022/08/03 22:26登録)
欠落を抱える者たちが陶芸で身を立てる山奥の函型の館。師匠が行方不明となり、弟子たちの間で後継者をめぐる確執が生じる。諍いが決定的になったとき、窯のなかでばらばら死体が発見された。奇怪なことに、なぜか胴体だけが持ち去られていた。炎の完全犯罪は何を必要とし、何を消したのか。過去の猟奇事件と残酷な宿命が絡み、美しく哀しい「罪と罰」が残される――。
ラストの1行に慟哭が響く。「このように生きるしかなかった者たち」への著者の深い共感が、全編をつらぬく本格ミステリー。
Amazon内容紹介より。

陰惨な事件が続くこの作品、『首無館の殺人』でも書きましたが、もう少しそれらしい雰囲気が欲しかった気がします。シリーズ第一作にあった明治の時代背景なども全くありませんし。しかし、身体に欠損のある弟子たちの特性を生かした連続殺人事件のからくりは見事の一言に尽きると思います。密室とかはオマケなので、それをどうこう言うのは筋違いではないかと、個人的に感じます。

好みは分かれるでしょうが、こうした異形の特色の強いミステリが私の嗜好にはピッタリ合うせいか、つい高得点を付けてしまいがちです。身体の欠損が決して単なるこけおどしでないことは、読んでいただければ分かると思います。もっと大作に仕上げる事も出来たはずですが、それを敢えてコンパクトに纏めたのはシリーズ他作品を意識しての事でしょうかね。これだけの内容であれば海外の作家なら軽く400頁超えを書いたことでしょう。


No.1477 6点 ウルトラQ dark fantasy
アンソロジー(出版社編)
(2022/08/01 22:53登録)
憧れのマイホームを手に入れた主婦・加代子だったが、街のいたるところに書かれた“らくがき”に悩まされていた。消しても消しても翌日には再び現れる奇妙ならくがきは、いつしか加代子の家の中にまで現れて―「らくがき」。ほか、異星人との不思議な交流を描く「ウニトローダの恩返し」、失踪した人間たちの行き着く先は?「楽園行き」、連続変死事件の鍵を握る黒頭巾の男の目的とは!?「送り火」。あなたをアンバランスな世界へ導く4つの物語。大人気ドラマが完全ノベライズで登場。
『BOOK』データベースより。

2004年4月からテレビ東京で放映された作品の中から2話、6話、8話、10話の四篇をチョイスしてラベノイズ化された短編集。脚本、監督、作家が全て違うので、テイストの違う作品が味わえます。SF、ホラー、ファンタジーの要素が入り混じったものばかりで、ジャンル分類不可です。担当作家が皆ラノベ出身者ばかりで、ややクセ強めの文体が特徴ではあると思います。

個人的ベストは『らくがき』ですね。テンポよく話が進み、先が読めません。目まぐるしい展開にワクワクさせられ、突如驚愕に襲われます。オチもなかなか気が効いていると思いますね。他の作品も総じて面白く、心に残るものばかりです。最後の太田愛が脚本を書いた『送り火』が一番ウルトラQらしくないなと感じました。これは普通のファンタジーですね。ドラマの脚本を描き慣れているだけに、逆にそれが災いした気がします。


No.1476 7点 新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド
事典・ガイド
(2022/07/30 23:14登録)
本格ミステリの復興探究運動ーー<新本格ミステリ>ムーブメントは、戦後日本における最長・最大の文学運動です。綺羅星の如き才能と作品群を輩出してきたその輝きは、令和に突入した今に至る本格ミステリシーンにまで影響を及ぼし続けています。本書では、<新本格>の嚆矢である綾辻行人『十角館の殺人』が刊行された1987年から2020年内までに刊行された日本の本格ミステリ作品より、その潮流を辿るべく100の傑作を厳選しご案内。さらにその100冊のみならず、本格ミステリ世界へ深く誘う<併読のススメ>も加え、総計200作品以上のミステリ作品をご紹介します。さあ、この冒険の書を手に、目眩く謎と論理が渦巻く本格ミステリ世界を探索しましょう!
Amazon内容紹介より。

評論家佳多山大地が選ぶ、広義の「新本格」ミステリ100選。『十角館の殺人』から始まるムーブメントが現在まで続いているとの持論を持って、様々なジャンルから100冊を厳選?しています。が、やはり幅が広く、例えば辻真先や皆川博子の作品や完全なホラーである『フェノメノ』なども含まれている為、本格ミステリのガイドとしてはややずれが生じていると思われます。
ついでに併読のお薦め本も紹介されているので、かなりの量が掲載されています。勿論海外作品もそこに含まれます。まあこちらは古典が多いですけど。

ただ、ポイントが高いと感じたのは『占星術殺人事件』『匣の中の失楽』『ハサミ男』の小論文が挿入されている事。これはなかなかの見ものだと思います。それぞれの本質を衝いた論説であり、成程確かにと頷かされる事しきりでした。当然ながら、大々的にネタバレしていますのでこれらの作品を未読の方はご注意下さい。ミステリマニアであるなら勿論読んでいると思いますがが。
ちなみに100冊中66冊が既読でした、まあこんなもんでしょう。

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