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ミステリの祭典

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臣さんの登録情報
平均点:5.91点 書評数:667件

プロフィール| 書評

No.547 6点 寅申の刻
ロバート・ファン・ヒューリック
(2017/08/31 10:10登録)
「通臂猿の朝」
猿が残していった指輪に血が付いていた。その後、指を切り落とされた死体が見つかる。
と、事件の発端はなかなか魅力的です。
ディー判事の部下、陶侃が推理に参加して厚みのあるストーリーにしているところが好印象の作品でした。

「飛虎の夜」
緊迫感の演出が抜群の作。
ディー判事は現場にいながら、一人で屋敷を賊から守り、そして謎解きもする、部下を使わずいつも以上に自ら動き回る、サスペンスフルな館モノでした。
ただ真相は予想の範囲内。登場人物の少ない中編なので仕方ないか。

2編とも、いつもどおり伏線がさりげなく、うまい。
短編集「五色の雲」が印象的だったので、他を探してみたところ、中短編集は本書しかなかった。もうないのか、と残念な思いはあるが、今後は長編で我慢しよう。


No.546 5点 六つの希望
五十嵐貴久
(2017/08/21 16:01登録)
シリーズ第3作は、社会派タイムリミット・サスペンス。

主人公・川庄がアルバイトとして働いているコンビニで、立てこもり事件が発生する。
人質は客と川庄たち店員とで30名ほど。
川庄が事件の解決にどう関与するのだろうか。

物騒な小道具は登場するし、時限もあるしで、緊迫感はあるはずだが、本作はかなり変わっていてそうとはなっていない。
まず犯人たちがとんでもない人物たちであること。
その犯人たちの要望の意味がまったく読めないこと。
とにかくのんびりしていること。
結局、彼らの要望の意味を解く謎解きミステリーであるとはいえるのだが、解けてみればどうということはない。バカバカしいともいえる。
長く引っ張りすぎで、途中をぶっ飛ばして最後の20ページほどを読んでしまおうかと思ったが、ほんとうにそうすればよかったかな。

アイデアとしては面白いが、これは長編ではなく、連作短編にすればもっとよくなるはず。
途中には、長らく疎遠だった親子の喧嘩話や、50年ぶりの恋の告白話など、疲れるような部分があるが(謎解きに無関係とはいえないが)、連作短編の途中の一話ならまだしも、長編の中途に差し入れるエピソードとしてはちょっとね・・・。

つまらないはずだが、ちょっとだけ共感できたので、4点以下はつけなかった。


No.545 6点 双蛇密室
早坂吝
(2017/08/11 08:16登録)
過去に起きた蛇にまつわる2つの殺人事件の謎解きに、援交探偵・上木らいちと、その客であり事件関係者でもある藍川刑事が挑む。
トリックも、伏線もばっちり。物語性もよし。とにかく隙はない。
よくぞここまでやったもの。立派としか言いようがない。
さすがは京大推理研出身者。

で、読み終えて、気持ちよくスカッとしたかというと、全くそれはなし。
どうみてもやりすぎ。スッキリしたのは、自己満足の作者だけ。

ということで評価結果は、可もなく不可もなし。
おそらく相当頑張って書いただろう作品なのに、「可もなく不可もなし」だけの評価は失礼か?
デビュー作の「〇〇〇・・・」のほうが、小気味よかった。


No.544 7点 疫病神
黒川博行
(2017/07/29 11:14登録)
社会派ハードボイルド・大阪弁版・オモロイ系。

産業廃棄物処理場の建設計画をめぐり、やくざと、企業と、主人公の二宮、桑原の2人組とが絡み合う複雑な展開だが、そんなことは適当に流し読んで、テンポよい会話を楽しむほうがよい。
ストーリーは複雑とはいうものの、中盤ぐらいから自然に頭の中に入ってくる。
とにかくキャラが第一。二宮もすごい奴だが、桑原は輪をかけて強烈。
彼らのやりとりだけでエンタメとして成り立つ。
オモロサと、小気味よさと、パワフル感と、スピード感。
そんなところが魅力です。

ミステリーとしては、地図でもつければ、読者参加型の謎解き物になったかも。
まあそれはどっちでもいいか。


No.543 6点 ミステリを書く!
事典・ガイド
(2017/07/15 12:07登録)
綾辻行人、法月綸太郎、山口雅也、大沢在昌、笠井潔、柴田よしき、馳星周、井上夢人、恩田陸、京極夏彦の10人の作家のインタビューをまとめたもの。聞き手は千街晶之。
インタビューといっても質問は2,3行で、あとは一人語り。ほとんどエッセイといってもいい。
ミステリ作家になるまでの読書経験と、作家になってからのミステリに対する考え方などの10ほどのテーマがある。作家ごとの最後に、わずかながら、これからミステリを書く人へ、という項目はあるが、ミステリの書き方指南書ではない。
10人いるが、ほとんどが子供のころから狂信的な読み手だったのに驚く。しかもクイーンマニアが多い。やはりミステリ作家(とくに本格系)になるような人は幼少時代からマニアックだったということか。
もともと読書好きでもないのに小峰元の「アルキメデスは手を汚さない」で目覚めた、という東野圭吾とは大違い。でも東野作品はストーリー性が抜群。上記10人が束になってかかっても、売り上げではかなわないだろう。まあ多作ということもあるが。
ただ、京極が、小説にストーリーは関係ないと言っている。やはり作家それぞれの考え方はある。でも小説で物語性がよくなければ途中で投げ出すのが通例だろう。
そういう京極の作品群も、レンガ本にもかかわらずバカ売れした。奨められ2,3冊買ったがあまりの厚さに敬遠し続け、長期間、積読状態となってしまった。かれこれ20年は経つだろうか。個人的には、物語性よりも厚さ(薄さ)ということか(笑)。

既読作家が少なく、借りるのをためらったが、読んでみると、この人たち(とくに京極、馳、山口)の作品をぜひ読んでみようという気になってくる。それほど夢中になれた。


No.542 7点 ペトロフ事件
鮎川哲也
(2017/07/11 11:26登録)
鮎川の処女長編です。

時刻表の小さい数字を追いながらの読書はスローテンポになります。
いまなら、時刻表アリバイトリックなんて古めかしすぎるし、面倒くさいしで、嫌がられそうですが、この精緻さは芸術品クラスです。
現代の隙がなく完璧な?推理作家でも、鮎川を読めば脱帽するはずです。

本格ミステリーとしては、少人数の容疑者たちを挙げ、そこから犯人を導き出す方式で、どちらかといえば短編ミステリーの設定です。でも、そんなシンプルさがかえってアリバイ崩しの楽しさを際立たせているようにも思います。
事件も、トリックも、容疑者もすべて小ぶりですが、測量ボーイさんが書かれているように、本書は推理過程を楽しむためのミステリーなのですね。
そして、極めつけはどんでん返しです。
時刻表を使った精緻なトリックはたしかにすばらしいが、作者の自己満足ともとられかねません。でも、それだけじゃあないぞ、と最後にビシっと決めてくれる。これぞ上級ミステリーです。


No.541 5点 らせん階段
エセル・リナ・ホワイト
(2017/07/03 09:40登録)
ヘレンが屋敷でひとり怯える心理サスペンスを想像していたが、読んでみるとまったくそんなことはなかった。弱々しく震えながら館で生活する、映画「レベッカ」(ダフネ・デュ・モーリア作)のヒロインとは、まるでちがっていた。
それに、ヘレンと他の登場人物との会話が意外にはずんでいて、なんだか楽しそうな感じもする。本著者の別作品、「バルカン超特急」からすれば、そんな作風も想像がつかぬわけではない。
ゴシック・サスペンスとはいうものの明るめの雰囲気や、ちょっと怖がりで、ちょっと愛らしく、ちょっと抜けているヘレンのキャラクタにも、拍子抜けした。
でも決して苦手なスタイルではない。

ただ、中だるみというか、ほとんどたるみっぱなしのストーリーはいただけない。殺人発覚後、屋敷から出ていけないし、入れないというルールを作って楽しめる要素を提供してくれるが、ドキドキ感は足らない。終盤に突然の恐怖感とクライマックス、そして真相の判明。なるほどそういうことか。ありがちかな。

「バルカン」がたいしたミステリーでもないのに、なぜかしら楽しめ、気に入っていたので、本書にも少し期待した。結果はまずまずだった。映画のほうがおもしろいだろうなぁ。


No.540 6点 教場
長岡弘樹
(2017/06/16 09:39登録)
謎解き担当は、何でもお見通しの警察学校教官・風間。
凄い観察眼と洞察力です。だからそれに合うよう、伏線とその回収もお見事です。
「全てが伏線」という煽りも大げさではありません。
でも、こんな人間がそばにいたら緊張で喉がカラカラになるでしょう。小説の中だから笑っていられますが(笑えるような小説ではないが)、現実社会にはとても馴染まない存在です。

一応解決を見るも消化不良気味、と第1話読了時にそう思いながら次の話に進むと途中で前の話の謎解き解説がある。全話そんな調子です。そういった、ちょっと変わった連作短編集です。こんな構成なので、なかなか1話ごとに休憩はできません。
短編ごとに視点人物が入れ替わっていくから池井戸短編にも似た感があり、既読の「傍聞き」などの著者短編とは少し趣が違うようです。いずれにせよ、とても魅力的ではあります。

実際にはさわやかな描写もあるのに、陰湿感や暗鬱感、虚無感が目立ちすぎる点はマイナス要素です。


No.539 7点 大絵画展
望月諒子
(2017/06/09 10:15登録)
ゴッホの絵画をめぐる、和製コンゲーム物。

登場人物の多さによる読みにくさはある。主人公らしき人物が見つからない、いわゆる群像劇のスタイルなためか、登場人物への感情移入もない。
なのに、なぜかほどほどに魅力的なのだ。それに序盤から終盤まで、なかだるみもない。
とにかくよくまとめてある。いやまとまりがないというべきか。まとまりなく場面がよく変わるわりに、その場面ごとに引き込まれてしまった。
どんでん返しも〇だった。

難を言えば、ユーモアがほとんどないことか。とはいえ、ラストをほのぼのと締めているので、それはそれでOKかも。
それよりも、タイトルがまずい。もうちょっとマシなのにできなかったのか。

「ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードに捧ぐ」
コンゲーム物と承知しながら、しかも洋画好きなのに、巻頭のこの献辞の意味にまったく気づかなかった。
自分の鈍さに、プラス1点。


No.538 6点 朱夏
今野敏
(2017/05/31 13:51登録)
樋口警部補シリーズ第2作。
今作の主たる事件は警視庁強行班のものではない。樋口の奥さんの誘拐事件を樋口自身が秘かに捜査するという内容。他の正規な事件と絡めてタイムリミット的にストーリーを進行させる作者の手腕はさすがというほかはない。
ナイーブとも言える樋口には合っているような、合っていないようなテーマではあった。でも、樋口らしさの描写は随所にあった。

本格要素が希薄なところはガマンしよう。この著者には望めない。
安心してスラスラスラ~と読めれば、それだけでいい。

タイトルの語句と意味は最後の最後に出てくる。いちおうテーマらしきものに合っている。こじつけ、後付けかもしれないが、これもうまい。


No.537 7点 北京悠々館
陳舜臣
(2017/05/25 17:10登録)
清国とロシアとの秘密協定に絡むスパイ・ミステリー。スパイ役は日本の書画骨董商・土井策太郎。
息もつかせぬサスペンス、ハラハラ、ドキドキの連続、というほどではありませんが。

この作者のミステリーは、国際色豊かで、いかにも壮大そうなものもあり、おそらく解説を読んだだけでは敬遠する人も多いのではという気がします。でもどんなタイプのミステリーであれ、たいてい本格要素が盛り込んであり本格ファンには喜ばれると思います。

本書も、いちおうは本格です。
悠々館での密室殺人、25万円の消失が主たる謎。300ページのボリュームで提起される謎としてはやや小ぶりですが、それを著者の得意分野による物語性で十分にカバーしています。
国際政治絡みの雇われスパイに浮世離れした骨董商の見習い青年を使ったり、後半には小気味のいい謎解きをするもう一人の主人公・張紹光を登場させたりと、人物設定にこの作者のうまさを感じます。
殺人トリックは可もなく不可もなし(というよりもこんなの飽きちゃったという感じかな)ですが、ミステリーとしての締めくくり方がちょっと変わっていて(いちおうどんでん返しあり)、けっこうお気に入りです。


No.536 7点 罪の声
塩田武士
(2017/05/16 10:40登録)
昭和最大級の未解決事件、グリコ・森永事件がモデル。本作では「ギンガ・萬堂事件」。
高村薫氏の「レディー・ジョーカー」も同事件のモデル小説だが、本作のほうが実名を使ってある分、本物感がある。

記者の阿久津と、テーラーの主人である曽根とによるカットバックスタイルにより、物語は進行する。
真相がおおむねわかるまでの事件捜査&ノンフィクション風・パートは、登場人物が多いこともあって、やや読みにくく混乱ぎみだったが、事件の核心にたどり着いてからの捜索&社会派ドラマ・パートは、一気読みモードだった。後半の読み応えはすごかった。
中盤まであの表紙の意味を理解できなかったが、読み終われば納得だった。
こんな悲劇が起こっていたとはね。
もしかしたら現実のグリ森事件も同様か、もっとひどいのかもしれない。

阿久津も曽根も、最初はたよりなさそうに見えたが、真相に近づくにつれ強くなっていくようで、社会派らしい地味なキャラクタにもかかわらず気持ちよく感情移入でき、その点にも満足した。特に阿久津の成長には目を見張るものがある。

後半の読書中、久しぶりに感情が昂り、読後の興奮度合は凄まじく、我ながら驚いた。
昨日の読了時には評点9点、でも翌日の今日は、ミステリー性と、興奮が覚めた分とを考慮して、7点かな。
人間ドラマファンや、社会派ミステリーファンなら薦めなくても読むだろうが、本格一辺倒の人たちにも、ぜひ読んでもらいたい。でも、おそらく読まないだろうw


No.535 4点 シャーロック・ホームズの事件簿
アーサー・コナン・ドイル
(2017/04/20 09:36登録)
ホームズの特徴的なスタイルはほとんどなくなっている。
ちょっと形を変えただけで面白くなくなるのはなぜか。ドイルは不器用な作家だったのだろうか。

『ソア橋』はトリック重視作品だが、ただそれだけ。ホームズ物にしては単調すぎる。
数十ページの中で種々変転があるのがホームズ物の特徴なのに、それがないのはなんともさみしい限りだ。
『三人ガリデブ』はなんとか楽しめるが、また焼き直しか、と思わないでもない。

といったレベルの作品集で、残念な結果でした。
もう一度読み直せば感想は変わるかも?いやぁ変わらんかな~w


No.534 6点 愚者のエンドロール
米澤穂信
(2017/03/17 09:29登録)
冴えてますね。こんな風に作れば面白くなるんですね。
人物設定、舞台設定、メタ設定、どれをとっても文句なし。

日常の謎による緊張感の無さは、こうやって推理の楽しさでカバーするんですよ、という著者の声が聞こえてきそうです。
「毒チョコ」的と思っていたらオマージュ作品なんですね。もしかして本家を超えたかもしれません。ちと褒めすぎか?
短い作品ですが、全編の隅々まで行き渡る推理要素を楽しむべし、といった豪華絢爛たる本格ミステリでした。


No.533 6点 タイムマシン
ハーバート・ジョージ・ウェルズ
(2017/03/09 13:53登録)
初めて読みました。
空想科学小説というよりも、未来の地球を舞台とした冒険物語という感じでしょうか。時間旅行モノの元祖作品です。
舞台は80万年後の世界。そこには今の地球人の子孫たちが暮らしています。
知能は劣るが穏やかなイーロイ人、地底に住む賢いが獰猛なモーロック人の2人種。
彼らに接した主人公の独白が印象的です。
「人類の知性が描いた夢はいかにも儚かった。人類は自殺を遂げたと言うしかない」
たしかにショックですね。
でもそのうちの一人と仲良くなります。
冒険物語はいかに終末を迎えるか?

翻訳が良いのか、文章が素晴らしい。
短すぎてあっけなさはあるし、ミステリーとして読めばかなりイマイチですが、けっこう楽しめました。
自分が書くなら、こうしたらいいのに、ああしたらいいのに、というのも多くありましたね。


No.532 5点 赤い橋の殺人
シャルル・バルバラ
(2017/02/28 09:55登録)
ぐいぐいと読ませるところはある。でも、全体構成とかプロットとかについては、テーマが同じである後発の『罪と罰』のほうがはるかに上。
なんといっても、あっちはエンターテイメントというジャンルに恥じない上等クラスの出来だけど、本書はそこまでには到達していない。
構成とか、いろんな面でかなりエンタメ小説として損をしている感じがする。ちょっと惜しいなぁ。
楽しめる面ももちろんある。あることをきっかけとした主人公の変化と、それに続く告白の章や、彼の後半の人生が語られる章は、まちがいなく読者を惹きつけるだろう。

とにかく、100年以上もの間、埋もれていたフランス作家、バルバラ(1817-66)の作品を、今こうして読めることは本当にすばらしい。

フランス版の『罪と罰』という帯の惹句が、ずっと気になっていた。
光文社古典新訳文庫って高いから買うのを躊躇していて、そのうちに忘れてしまっていた。先日、図書館でたまたま見つけ、即借りた。
そして1週間ほど積読していたら、なんと、蟷螂の斧さんが書評をアップされた。タイミングがピタリ。これにはびっくりした。


No.531 6点 暗幕のゲルニカ
原田マハ
(2017/02/21 09:52登録)
絵画ミステリー作品、「楽園のカンヴァス」が新鮮で強烈だっただけに、本作には期待した。
(以下、ほんのわずかにネタバレ的)

ピカソの時代と現代の同時進行というスタイルは前作と同じ。
ピカソの話が1937-45年、現代の話は2001-3年で、わずか60年ぐらいしか離れていないのも前作と同じ。どんなミステリーなのか、序盤ではとにかく期待が高まっていく。

ピカソと言えば「ゲルニカ」。ゲルニカと言えば反戦のシンボル。
2001年9月11日と言えば同時多発テロ。それに続くイラクへの報復戦争。
両者のリンクは、物語のはじめのうちに明かしてしまっているから、それはそれでよしだが、そんな背景開示の後に現代で起こるゲルニカ絡みの事件が、いつまでたっても進展しないのにはやきもきする。
終盤に至ってサスペンスフルな展開へと変転していくが・・・

前作にくらべると、締まりがないなぁ。なんかガサガサしていて落ち着きもない。
2つの話はそれぞれでは面白いが、交互に同時進行すると、どうかなあという感じもする。
前作よりも大物感が強く、期待しすぎてしまったかな。ミステリーとしてはちょっと物足らない。
まあでも、登場人物の「ゲルニカ」への愛は存分に感じられたので、そこはよかった。
そんなレベルだろうか。


No.530 8点 さらば愛しき女よ
レイモンド・チャンドラー
(2017/02/08 10:01登録)
『長いお別れ』よりもわかりやすいと思います。この作家にしてはプロットがシンプルなのかもしれません。
しかも、人間の愛憎がテーマで、背景や真相は万人受けするものです。やはりミステリーはこうでなくては。トリックなんてどうでもいい(ウソです)。
この背景なら清張、森村作品にも多くありますし、動機は違えどクリスティの『・・・』だって似ています。
本書の結末を冒頭に持ってくれば本格ミステリーになったりするわけです。

特に言えることは、ラストの盛り上がりが格別なことです。最後まで読むと、余韻として物語の裏側が映像のように見えてきます。その盛り上がりの後の、アンとの会話や、最終章も結構好きだったりします。

文章がいいのはもちろんです。マロイの登場場面は少ないのに、読者に対するインパクトは凄い。文章力の賜物です。
描写が丁寧なエンタテイメント作品に飽きたとき、でも文芸作品を読むのはちょっとと思ったとき、読解力を試すつもりで一文一文を噛みしめるように読めば、行間を含めて読んだぞ、という気分になります。
しつこいぐらい遠回しな比喩表現は基本的に嫌いですが、この作家に限り許せるという感はあります。


No.529 6点 夏の口紅
樋口有介
(2017/01/30 11:10登録)
もっと純文学的なものを想像していましたが、ほどほどの青春ミステリーでした。

主人公の礼司は長い間付き合いのなかった父親の突然の死で、姉と親戚の季里子の存在を知る。姉探しが始まる。姉探しの中で、季里子のことがわかり始め、父親像や身の回りのことが見えてくる。恋人・香織の存在も大きい。そして後半には意外な事実を知ることとなる。まるで連城の反転を見るようで、これがミステリーたるところ。すごいと思ったが、純文学かミステリーか、どっちかにしろという気分にもなった。

主人公の若いわりに老成したところには相変わらず魅かれます。というよりも自然体なところに共感を覚えます。樋口氏の小説の主人公は、中高生でも、大学生でも、成人でもみなこんな感じで、ちょうどいい塩梅のハードボイルド風味の主人公像に仕上がっています。女性にももて、ちょっと出来すぎの感はありますが。
著者自身の投影か、あるいは理想像だったのかなぁ。

地の文を挟まない長々しくも、さっぱりとした会話文の連続も自然です。最近よく読む、会話の一部を地の文に入れる五十嵐貴久作品とはまるで反対の表現方法で、どちらも気に入っています。


No.528 5点 最後の嘘
五十嵐貴久
(2017/01/25 09:33登録)
私立探偵物らしく、川庄の仕事は、政治家・榊原からの依頼である失踪人探しから始まる。失踪人である、榊原の隠し子・亜美は比較的早く見つかるが、いろいろと釈然としないことがあったり、さらに亜美の恋人や暴力団、覚醒剤が絡んできたりして、必要以上に亜美の周辺を嗅ぎまわることになる。

平凡な流れという感じがしますし、その後発生する事件の真相も、2時間サスペンスでよく目にするものと似ていて、見え見えの感があります。ミステリーとしては褒めるところが少ない。川庄とある人物との会話がオチみたいなもので、最後だけうまく締めくくったというところでしょう。
本作はやはりキャラを楽しむ、和製スペンサーシリーズなのですね。表紙も似ています。

主人公のキャラについては、説教臭すぎるところがおおいに気になります。しゃべりすぎなのは我慢できるとして、基本的には三枚目なのに、軽口レベルの説教は、(私の望むものとは)ちょっと違うのではと思ったりもします。だからといって気障な言い回しが似合うはずもありません。
とはいえ流れるようなストーリーラインは芸術的です。読ませるだけ読ませて、結果はがっかりのはずなのに、それなりに満足しました。

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