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ミステリの祭典

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北京悠々館

作家 陳舜臣
出版日1971年02月
平均点5.67点
書評数3人

No.3 5点
(2021/05/15 00:05登録)
 日露戦争開戦の迫る明治三十六(1903)年九月、書画骨董商の息子・土井策太郎は外務省の密命を帯び、旧知の拓本名人・文保泰(ウェンパオタイ)とよしみを結ぶためはるばる北京に赴いた。文は清朝政府の外務部総理大臣にして皇族たる慶親王の幕僚、那桐(ナートン)の窓口を務めていたのだ。できるだけ開戦を遅らせようとするロシア側に先んじ、文を通じて慶親王と那桐に働きかけるのが彼の役目だった。
 元清国人留学生・李濤(リータオ)の情報からロシアのキナ臭い動きを掴んだ策太郎は、上司の工作員・那須圭吾と共に慶親王を動かし条約締結を覆すため、文に百万円の工作資金を渡すことにする。〈悠々館〉と名付けられた別棟の仕事場で、一回目の現金引き渡し作業は無事完了した。
 だが二回目に賄賂の残金を渡したほんの数分後、文保泰は密室と化した悠々館の中で刺殺される。そして彼が受け取った時価二十五万円分の英国ポンド紙幣は、そっくりそのまま部屋の中から消え失せていた・・・
 『凍った波紋』に続いて発表された、著者15番目の推理長篇。西村京太郎『名探偵なんか怖くない』や仁木悦子『冷えきった街』等と共に、〈乱歩賞作家書下ろしシリーズ〉の一冊として1971年発表。この年には『六甲山心中』を始め、『異郷の檻のなか』『崑崙の河』ほか五つの短篇集が刊行されており、同年発表の『残糸の曲』や翌1972年の娯楽歴史長篇『風よ雲よ』を経て、徐々に文芸方面に移る前の整理の時期と言えます。
 密室殺人のトリックや工作資金紛失の謎は他愛ないものですが、日露戦争を控えた義和団事件後の政治情勢、さらには辛亥革命の息吹を背景にした歴史要素で読ませるのは流石の練達ぶりで、二十五万円の行方もまあそれしか無いかなという感じ。骨子は短篇向きの小ネタですが、遊泳保身術に長けた俗物政治家・那桐、文家の使用人・芳蘭(ファンラン)や遊民風の探偵役・張紹光(チャンシャオクワン)等、要所に味のあるキャラクターを配置しストーリーを上手く回しています。

No.2 7点
(2017/05/25 17:10登録)
清国とロシアとの秘密協定に絡むスパイ・ミステリー。スパイ役は日本の書画骨董商・土井策太郎。
息もつかせぬサスペンス、ハラハラ、ドキドキの連続、というほどではありませんが。

この作者のミステリーは、国際色豊かで、いかにも壮大そうなものもあり、おそらく解説を読んだだけでは敬遠する人も多いのではという気がします。でもどんなタイプのミステリーであれ、たいてい本格要素が盛り込んであり本格ファンには喜ばれると思います。

本書も、いちおうは本格です。
悠々館での密室殺人、25万円の消失が主たる謎。300ページのボリュームで提起される謎としてはやや小ぶりですが、それを著者の得意分野による物語性で十分にカバーしています。
国際政治絡みの雇われスパイに浮世離れした骨董商の見習い青年を使ったり、後半には小気味のいい謎解きをするもう一人の主人公・張紹光を登場させたりと、人物設定にこの作者のうまさを感じます。
殺人トリックは可もなく不可もなし(というよりもこんなの飽きちゃったという感じかな)ですが、ミステリーとしての締めくくり方がちょっと変わっていて(いちおうどんでん返しあり)、けっこうお気に入りです。

No.1 5点 kanamori
(2012/03/26 20:35登録)
日露開戦前夜、清朝末期の北京を舞台背景にした本格ミステリ+スパイ謀略スリラー。
緊迫した国際情勢のなか、清朝の動勢を探るよう任務を背負わされた書画商の土井は、政界のフィクサー的人物の館を訪れ工作を終えた後、石造りの密室で主人の刺殺死体に遭遇する・・・・・。

不可能殺人の趣向はまあ大したことがない、というか残念レベルですが、当時の中国社会や政治情勢など”大陸人気質”のようなものが垣間見れて興味深かった。事件の構図もそういったものが伏線になっており、いかにも中国人がらみの謀略スリラーという感じがする。

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