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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2710 7点 もしも誰かを殺すなら
パトリック・レイン
(2023/12/18 02:02登録)
(ネタバレなしです) パトリック・レインはアメリア・レイノルズ・ロング(1904-1978)の別名義で、エラリー・クイーンという有名な前例がありますがレインも作者名と同じシリーズ探偵の作品を全6作品書いており、本書は1945年発表のシリーズ第1作である本格派推理小説です。探偵役が盲目という設定が後半の謎演出でよく活かされています。文字通り吹雪の山荘状態の舞台に集まった人たちの間で怒涛の連続殺人がおき、しかも犯罪議論で語り合った殺害方法で殺されていくという派手な展開です。ロング名義の「ウインストン・フラッグの幽霊」(1941年)の論創社版巻末解説で、作者の特色の一つを「連続殺人の波状攻撃」と紹介していますが本書はその典型例です。推理に次ぐ推理で謎解きの面白さにも十分配慮されています。


No.2709 5点 花ほおずき、ひとつ
斎藤澪
(2023/12/16 21:26登録)
(ネタバレなしです) 「丹波篠山殺人事件」のサブタイトルを持つ1987年発表の本格派推理小説です。平凡なトラベルミステリー風なサブタイトルよりは「花ほおずき、ひとつ」の方がよいとは思いますが、ミステリーと認識されないかもしれません(笑)。婦人雑誌の取材で丹波を訪れた主人公のカメラマン郷原と編集者辻井。古い窯場の跡と本物の鬼灯(ほおずき)と見間違うほどの精巧なやきものを郷原が見つけ、それを作った男が12年前に失踪した女性を殺した容疑者らしいと聞いた辻井は興味を抱いて郷原と別れて取材を続けますが行方不明になってしまうというプロットです。12年前の事件も今回の事件も失踪ということで謎解きとしてはちょっと捉えどころがなく、郷原の家族に起こった不幸な境遇の方に興味を抱く読者もいそうです。証拠不十分なまま警察と連携して容疑者たちを追求する展開はかなり強引な印象を与えますし、最終章で犯人に対して郷原が指摘する証拠もあれだけでは弱いように思います。謎解きとしては不満の残る作品ですが、登場人物たちの複雑な心理描写が生み出す暗い抒情性は作品個性を感じさせます。


No.2708 5点 未来が落とす影
ドロシー・ボワーズ
(2023/12/12 01:44登録)
(ネタバレなしです) 1939年発表のダン・パードウ警部シリーズ第2作の本格派推理小説です。いきなり余談になりますが、本書の論創社版の巻末解説を書いている幻ミステリ研究家の絵夢恵はおそらく海外ミステリの原書(多くは日本未紹介)を800作品もレビューした「ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編」(2003年)を書いたM・Kと同一人物でしょう。2023年にやっと日本で翻訳出版された本書も既に20年以上も前に読破されているようですから畏れ入ります。人物描写や背景描写に優れているところは前作の「命取りの追伸」(1938年)にひけをとらず、手掛かりの配置やミスリーディングの技巧では進歩したように思えます。登場人物リストに載っていない人物が何人も関わっているかのような真相が複雑すぎてわかりにくいのが難点です。


No.2707 4点 直前の声
佐野洋
(2023/12/09 04:47登録)
(ネタバレなしです) 1977年から1978年にかけて新聞連載された「空の波紋」を大幅に改訂して1985年に出版された本格派推理小説です。アマチュア無線局の免許をとって様々な人との交信を楽しんでいる主人公の研修医が、何者かが自分を名乗って交信しているらしいことを知ります。しかも交信相手が彼の勤める病院のかつての入院患者らしいので自宅を訪問すると何とそこにいたのは全くの別人で、謎は深まります。とはいえ作中人物から「本当に(中略)迷惑をしているのですか?」と指摘されているように、奇妙ではあっても主人公が危機を迎えるわけでなく犯罪性も見えないまま人間関係だけが複雑になっていく展開です。最終章ではトリックや犯人当てについての推理がありますが、何を謎解き目標にすればよいのか焦点を定めにくい物語を延々と読まされたので解決のすっきり感は味わえなかったです。


No.2706 5点 姿なき招待主(ホスト)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
(2023/12/06 10:12登録)
(ネタバレなしです) 米国のグウェン・ブリストウ(1903-1980)とブルース・マニング(1902-1965)の夫婦が1930年に発表したミステリ第1作で、出版前に早くも舞台化が決まって劇作家オーエン・デイヴィス(1874-1956)の脚本により「九番目の招待客」(1930年)というタイトルで劇場公開され、1934年には映画化されたほどの出世作です。2人は夫婦コンビ作家としてさらに3作のミステリを発表するも本書ほどの成功は得られませんでしたがブリストウは歴史ロマンス作家として、マニングは映画脚本家としてその後も活躍を続けたそうです。ミステリ評論家のカーティス・エヴァンズによる序文ではアガサ・クリスティーの名作「そして誰もいなくなった」(1939年)との類似点が指摘され(クリスティーの剽窃の可能性まで示唆している)、巻末解説では犯人の造形についてかなり突っ込んで解釈するなど読んだ人が何か言わずにいられない作品のようです(笑)。執筆のきっかけが大音量でラジオをかける隣人に悩まされたからでしょうか、謎の招待者からの招待客への殺人予告手段にラジオが使われているのが印象的です。本格派推理小説としての推理場面もありますがサスペンスの方が重視されているように感じました。仕掛けがかなり強引に感じられるところがあって巻末解説で褒めているほど完成度が高い作品とは思いませんが面白さは十分あり、扶桑社文庫版で300ページに満たない長さなので一気に読み通せます。


No.2705 5点 狩人の悪夢
有栖川有栖
(2023/12/04 23:36登録)
(ネタバレなしです) 短編集「赤い月、廃駅の上に」(2009年)からホラー小説も書くようになった作者なので、2017年発表の本書もタイトルからその種の作品かなと想像したのですが火村英夫シリーズ第9作の本格派推理小説でした。ホラー作家が登場するし、死体は手首を切り落とされていますが全くホラー演出はありません。ただ盛り上がりに乏しいままメリハリのない展開で進行するのが読んでて辛かったです。終盤には知的バトルと言うべき謎解き場面が用意されていてここはさすがに盛り返します。しかし作中人物から「ミステリなら火村先生のような持って回った書き方や出し抜けの飛躍が推奨されるのかな?」とミステリを揶揄するような発言が飛び出すように、火村の説明は論理的であっても推理の根拠が十分には感じられず私のような凡庸読者にはどこかすっきりない解決でした。


No.2704 6点 野外上映会の殺人
C・A・ラーマー
(2023/11/30 23:04登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のマーダー・ミステリ・ブッククラブシリーズ第3作の本格派推理小説で英語原題は「Death under the Stars」、アガサ・クリスティー好きなら「白昼の悪魔」(英語原題「Evil under the Sun」)(1941年)がすぐに思い浮かぶでしょう。オーストラリアらしいというか映画の野外上映会の最中の殺人の謎解きで、上映された映画が「白昼の悪魔」を原作とする「地中海殺人事件」(1982年)だし真相もクリスティー作品を連想させる部分があります。もっとも前半は難航する警察の捜査描写が長々と続いて物語のテンポは遅く、クリスティー風とは言い難いです。ブッククラブメンバーがあまり目立っていないのも物足りません。中盤以降はメンバーの活動が活発になって何とか持ち直したという印象です。


No.2703 5点 教会堂の殺人〜Game Theory〜
周木律
(2023/11/20 23:31登録)
(ネタバレなしです) 2015年発表の堂シリーズ第5作です。私は改訂された講談社文庫版(2018年)で読みましたが、登場人物リストの人物が全員過去のシリーズ作品に登場しています。過去作品を先に読んでなくてもそれなりに楽しめますが、先に読んでおくことを勧めます。シリーズ前作の「伽藍堂の殺人」(2014年)はシリーズの方向性を大きく変えたのではと思える演出がありましたが、それでも本格派推理小説としての基本形は維持されていました。しかし本書はもはや本格派とはいえないと思います。死の罠が仕掛けられていると思われる教会堂を訪れる人間が次々に命を落とすというスリラー小説です。死が迫っている被害者描写は恐怖というより諦観に近い感じで、痛みや苦しみの描写もありません。ヒロイン役である百合子も多少の不安は見せているものの全般的には落ち着いており、スリラー小説としては刺激が足りないと思う読者もいるかも。恐いのが苦手な私はありがたかったですけど。「伽藍堂の殺人」以上にシリーズ作品世界を大きく変える配役整理は賛否両論でしょう。


No.2702 5点 ポピーのためにできること
ジャニス・ハレット
(2023/11/19 20:16登録)
(ネタバレなしです) 劇作家や脚本家としての実績を積み上げた英国のジャニス・ハレット(1969年生まれ)が初めて書いた小説が2021年発表の本書で英語原題は「The Appeal」です。1種の書簡小説の本格派推理小説で、人物の直接描写は一切ありません。たまたま私は英国最初の長編推理小説(とジュリアン・シモンズが紹介している)のチャールズ・フィーリクスの「ノッティング・ヒルの謎」(1862-63年雑誌連載)を読んだばかりで、そちらも書簡小説形式だったのですが150年以上も時代が違うのですから使われているメディアも違います。本書の場合はほとんどが電子メールです。必ずしも一方通行の伝言ばかりでなく会話風にやり取りが続くことも多く、フィーリクスの回りくどい言い回しに比べれば文章自体は読みやすいです。とはいえ集英社文庫版で700ページ近い大ボリュームに登場人物が40人以上もいるので(全員がメールしているわけではありませんが)話があちこちに拡散してしまって内容的に複雑でわかりにくく、事件発生が後半という構成も読者の集中力を削ぎかねません。巻末解説で本書は「現代版アガサ・クリスティー」と評価されたそうですが、テンポよく謎解きの面白さを読者へ提供したクリスティーと比べると(力作なのは認めますけど)冗長に過ぎるように思います。


No.2701 5点 天才は善人を殺す
梶龍雄
(2023/11/13 02:53登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の本書は長編ミステリー第4作の本格派推理小説で、私は改訂された徳間文庫版(1987年)で読みました。初めて作中時代が現代になった作品でもあります。といっても巻末で作者が「かなりの改変があった」とコメントしているように、改訂時点でも作中時代の1978年とは時代の違いが生じていたようです。ましてや21世紀の読者から見ると(人並由真さんもご指摘されていますが)本書の犯行テクニックは想像外にさえ感じるかもしれません。キャッシュカードの紛失に気づかないまま預金額のほとんどを引き落とされた父親が服毒自殺してしまい、主人公と若き義母が誰がどのようにして金を盗んだかを調べていくことになります。大学生である主人公が友人たちと探偵グループを結成したり、義母を女性として意識したりと青春小説要素もあります。もっとも短編ネタのような謎は魅力的とは言い難く、父親の死んだ現場が密室状態であることが妙に詳細に説明されるので読者としてはもしやと期待しますがしばらく中途半端に放置されてしまいます。後半の第5章以降でようやく本格派として充実したものとなり、そもそもの前提がひっくり返る謎解きは技巧を感じさせるし不思議なタイトルの意味もきちんと回収されますが前半の展開のぐだぐだ感が惜しまれます。


No.2700 4点 ノッティング・ヒルの謎
チャールズ・フィーリクス
(2023/11/08 22:40登録)
(ネタバレなしです) ジュリアン・シモンズの評論「ブラッディー・マーダー」(1972年)でウイルキー・コリンズの「月長石」(1868年)に先立つ英国最初の長編推理小説と紹介された本書は1862年から1863年にかけて匿名で雑誌連載され、1865年の単行本化で初めて作者名がチャールズ・フィーリクス(1833-1903)と記載されました。おっさんさんのご講評によると書簡小説形式の採用は当時としては珍しくないそうですが、さまざまな人物による報告、手紙、証言記録、日記などがまるでパッチワークキルトのごとく連なる構成です。しかし持って回ったような語り口に加えて時系列が整理不十分で、私の読解力では読むのにとても難儀しました。この時代の作品で脚注や現場見取り図の挿入などの読者サービスがあるのは驚きですが、それらの工夫も読みにくさの解消までには至りません。最後を疑問文で締めくくってすっきりしない幕切れにしたのも賛否両論でしょう。コリンズの「月長石」は本書の3倍以上のボリュームですが、(冗長なところもあるけど)物語としての面白さも3倍以上に感じます。


No.2699 5点 青銅ランプの呪
カーター・ディクスン
(2023/11/07 12:34登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のヘンリー・メリヴェール卿シリーズ第16作の本格派推理小説で、あのエラリー・クイーンに献呈されています。そのためでしょうかエジプトで発掘された青銅ランプの呪いで人が消えてしまうというトリックに挑戦した本書は創元推理文庫版で400ページを超す分量で、この作者としては大作の部類です。しかしやはり消失の謎は短編向きだと思います。二階堂黎人が「事件が小粒なわりにだらだらと長い」と評価したそうですけど私も同調します。トリックはまあ妥当なところですが目新しいアイデアに欠けているように感じました。後に短編「妖魔の森の家」(1947年)という消失事件の謎解きで超弩級の名作を書けたのは本書の経験があったからと思いたいです。


No.2698 5点 やかましい遺産争族
ジョージェット・ヘイヤー
(2023/11/05 05:40登録)
(ネタバレなしです) 「キャラクター造形がすばらしくて会話が面白い」とドロシー・L・セイヤーズが高く評価していた1937年発表のハナサイド警視シリーズ第3作の本格派推理小説です。確かに個性豊かな登場人物が多く、なかでも謎解きに興味津々の14歳の少年ティモシーの存在感は際立っていますが、いくら作中人物が「生意気」と評しているといっても論創社版の大人に対する口調は度が過ぎていて不自然な翻訳に感じました(私のジジイ目線の方が不自然なのかなあ)。富豪一族で相次いだ死亡事件(1人目は殺人かどうか微妙ですけど)の背景は遺産争いかそれとも進展しない投資ビジネスか、動機を巡る謎解き中心のプロットですが初動捜査でちゃんと探さなかったのかといいたい凶器の唐突な発見や、仮に逮捕を免れたとしてもいつまでもごまかしきれるとは思えない犯人の秘密などあまりすっきりできない解決でした。


No.2697 6点 ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎
ジル・ペイトン・ウォルシュ
(2023/10/30 22:09登録)
(ネタバレなしです) 1995年発表のイモージェン・クワイシリーズ第2作の本格派推理小説です。イモージェンの家に下宿する学生のフランが亡くなった数学者の伝記を手掛けることになるのですが、フランより先に伝記執筆に着手していた前任者は謎めいた死を遂げていました。とはいえ殺人と確定していないので一気に殺人犯捜しという流れにはなりません。なぜ伝記が未完なのか、完成されると都合の悪い理由があるのかが謎解きの中心になります。地味な謎に地味な展開の作品ですが、動機を巡ってイモージェンとマイク巡査部長が謎解き議論する20章はそれなりの読み応えがあります。日本語タイトルも作品内容に添っていて悪くはありませんが英語原題の「A Piece of Justice」がなかなか意味深でした。ある人物の名誉が回復される最終章の締めくくりが印象的です。


No.2696 4点 虹へ、アヴァンチュール
鷹羽十九哉
(2023/10/24 08:29登録)
(ネタバレなしです) ミステリー作家としては遅咲きの鷹羽十九哉(たかはとくや)(1928-2002)のデビュー作が1983年発表の本書で、ユーモア本格派推理小説にハードボイルド風味を加えたような作品です。死体を発見する羽目になった主人公はフリーのカメラマンですが、大きな料亭の一人息子で長唄、舞踏、囲碁、将棋、柔道、空手、マージャン、ビリヤードと多趣味を誇り、高級車に高級バイクを乗り回すという設定で(本書では囲碁とバイクの場面が目立ちます)、個人的にはひがんでしまいます(笑)。こういう設定なのでどこか他人を見下すようなところがあるのですが、そんな彼がとても敵わないと思わせる人物を登場させて後半は探偵コンビの捜査に進展します。最終章で11の証拠に基づく推理を披露して説明してはいますが、ほとんどが動機に絡むもので機会や手段や直接的な物証はほとんど触れられていません。人物整理も上手くなくて読みにくい作品です。


No.2695 5点 飛鳥のガラスの靴
島田荘司
(2023/10/16 08:49登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の吉敷竹史シリーズ第13作の本格派推理小説です。プロローグで俳優の家に彼のものと思われる右手首が送られる事件が紹介されますが、その後は語り手の女性の思い出話と吉敷と(別れた妻の)通子の痴話喧嘩風なやり取りが交互に描かれる、まるでミステリーらしくない展開がしばらく続きます。ようやく吉敷が冒頭の事件の捜査に乗り出してからも謎解きとしてはあまり盛り上がりません。中盤で吉敷が映画を鑑賞して、「ドラマにひき込まれる要素がないのだ。(中略)吉敷のような素人にも、画面に緊張がないのがよく判るのだ」と感想を語ってますが、これをそのまま本書の感想に置き換えてもいい気がします。


No.2694 5点 手錠はバラの花に―女性刑事・倉原真樹の名推理
日下圭介
(2023/10/11 23:58登録)
(ネタバレなしです) 女性刑事・倉原真樹シリーズの短編作品は他の短編集でもいくつか読むことができますが、全てをシリーズ作品が占めている短編集は1991年から1992年にかけて発表された6作品を収めて1992年に出版された本書が唯一のようです。地味ながら個性を感じさせる作品が多く、「自首した女」(1991年)は自首した女性が本当に犯人なのかを推理するプロットで、安易に別の犯人を捜すのではなくしっかりと自白の内容を検証しています。もっともその分犯人当てとしては物足りませんが。双葉文庫版の「作者の言葉」でこのシリーズを「私なりの警察小説を書き上げる」ことを目標にしているためか時に本格派推理小説の王道路線から外れてしまう作品もあります。それでもやはり自白後の捜査を描いた「指紋」(1991年)は、トリックはE・S・ガードナーの某作品に前例がありますけど本格派の謎解きは充実していると思います。銀行強盗を追跡する異色の「間抜けすぎた電話」(1991年)でもメッセージの謎解き推理を織り込んで本格派の要素をぎりぎり残しています。


No.2693 6点 カナリヤの爪
E・S・ガードナー
(2023/10/09 21:17登録)
(ネタバレなしです) 1937年発表のペリイ・メイスンシリーズ第11作の本格派推理小説ですが、「餌のついた釣針」(1940年)のハヤカワ文庫版の巻末解説によると「メイスンが永久に退場する作品に書きかえようとしました」と紹介されていてびっくりです。弾十六さんのご講評によると出版社に出版を断られたとあってそれも影響したのかもしれませんね。別の出版社が出版してくれてシリーズ存続になってよかったです。離婚訴訟に発展しそうな相談事にメイスンは関心のない態度を隠しませんが、すぐに殺人事件が起きます。ハヤカワ文庫版で250ページに満たない作品ですが、交通事故を絡めてなかなか複雑で大胆な謎解きを用意しています(現場見取り図がほしかったです)。空さんのご講評で紹介の風変わりなタイムリミットは印象的で、もしもシリーズ最終作になっていたらこの幕切れはもっとロマンティックに締めくくられたかもしれませんね。


No.2692 4点 君のために鐘は鳴る
王元
(2023/10/06 23:24登録)
(ネタバレなしです) マレーシアの女性児童小説家の王元(1980年生まれ)が2021年に発表した本格派推理小説で、島田荘司はコンピューター時代にあるべき「本格」の、新たな可能性を示した優れた思考実験であったと高く評価しました。アーネスト・ヘミングウエイの「誰がために鐘は鳴る」(1940年)を連想させるタイトルですが特に共通する要素はないように思います。デジタルの時代に孤島でアナログな生活をおくろうとする人々の間で起きる連続密室殺人を描いていますが、誰からも認識されず相手に接触することも声を聞かせることもできない不思議な語り手の存在を受け入れられるかどうかで読者の評価が左右されそうな気がします。豊富な謎解き伏線に丁寧に考えられたトリック(密室のシャワールームから消えるトリックは某米国作家の某短編作品(1940年代)を連想しました)など感心できた部分もありますが、頭がアナログな私にはついていけないトリックもありました。最終章のひねりもすっきりできませんでした。


No.2691 5点 オックスフォード連続殺人
ギジェルモ・マルティネス
(2023/10/05 08:38登録)
(ネタバレなしです) アルゼンチンのギジェルモ・マルティネス(1962年生まれ)が2003年に発表した本格派推理小説で、舞台を英国のオックスフォードにしているのは作者自身の留学経験を活かしたのでしょう。冒頭で主人公のセルダム教授の死去が紹介され、名無しの語り手が1993年夏の事件を回想するという展開です(語り手は事件当時22歳のアルゼンチン人留学生)。殺人予告するかのようなメモが出現しては次々に人が死ぬというプロットですが、あまりにも淡々と進行するのでサスペンスは皆無に等しいです。数学者であるセルダム教授の語りも私の頭脳レベルでは捉えどころがありません(数字や数式が登場しないのはありがたいですが)。真相を知るとセルダム教授の説明の歯切れが悪い理由がちゃんとありましたし(ピーターセン警部が「あなたの考えが正しいことを確かめるために、次の殺人が起こるまで待っているわけにいかないのです」と批判していますがそういう理由ではなかったです)、25章の最後の1行でなぜあの人物があんなことをしたのかがわかるようになっていますが唐突過ぎてインパクトはイマイチ、読者に考えさせる意図があるのかもしれませんけど個人的にはもう少し丁寧に明快に推理説明してもよいのではと思いました。

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