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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2811件

プロフィール| 書評

No.2051 6点 朱の絶筆
鮎川哲也
(2018/10/05 21:18登録)
(ネタバレなしです) 星影龍三シリーズとしては「白の恐怖」(1959年)から実に18年ぶりの1977年に発表されたシリーズ第3作の本格派推理小説です。当初は某雑誌に鬼貫警部シリーズのアリバイ崩し本格派を連載する予定だったのですが、別の雑誌での読者人気投票でこのシリーズの人気が低かったのを気にした作者が予定変更して、いかにもな名探偵が登場して「読者への挑戦状」まで付けたガチガチの本格派作品である本書が誕生しました(ちなみに没にした鬼貫警部作品も後に「沈黙の函」(1978年)として陽の目を見ました)。出版までの時間制約があったため純粋な新作でなく同じタイトルのシリーズ短編(1974年)を長編にリライトしたものですが、いずれにしろアリバイ崩しが苦手な私にはありがたい予定変更でした(笑)。「読者への挑戦状」で「犯人は1人」「共犯なし」などフェアプレイをとことん追求しているのは本格派好き読者の心をくすぐるでしょう。警察があまりにも古臭いトリックに簡単に引っかかっているなど気になる点がないわけではありませんが、作者が久しぶりに直球ど真ん中の本格派を書いてくれただけで大感謝です。


No.2050 5点 月光殺人事件
ヴァレンタイン・ウィリアムズ
(2018/09/17 06:01登録)
(ネタバレなしです) 英国のヴァレンタイン・ウィリアムズ(1883-1946)はジャーナリストとして世界中を飛び回り、晩年はハリウッドで映画脚本家としても活躍しています。ミステリー作家としてはアガサ・クリスティーよりも早い1918年にデビュー、初期は通俗冒険スリラーが多かったようですが後には本格派推理小説も書くようになって約30作ほどの作品があります。1935年発表の本書は3作書かれたスコットランド・ヤードのトレヴァー・ディーン刑事シリーズの第3作の本格派推理小説です(なお本書の舞台はアメリカです)。派手な展開はありませんが、本格派黄金時代の作品らしく容疑が二転三転する充実の謎解きプロットが楽しめます。論創社版の巻末解説で述べられているように、謎解き伏線を色々用意してあるにも関わらず推理が粗い印象がぬぐえないのが惜しまれます。


No.2049 6点 遺志あるところ
レックス・スタウト
(2018/09/16 00:22登録)
(ネタバレなしです) 1940年発表のネロ・ウルフシリーズ第8作で、シリーズ次作の「語らぬ講演者」はだいぶ後年の1946年の発表ですから第1作の「毒蛇」(1934年)から本書までが一応シリーズ第1期として分類できるのではと思います。国内では雑誌「EQ」の94号(1993年7月)から95号(1993年9月)の2回に渡って連載されました。発端は不公平感の強い遺言書に反発する遺族からの相談というウルフが全く気乗りしない依頼なのですが、そんなことは問題にならない充実のプロットです。個性豊かで曲者ぞろいの容疑者たちを相手にウルフもアーチー・グッドウイン、ソール・パンザー、フレッド・ダーキン、オリー・キャザーのお馴染みの面々だけでなく第五の部下ジョニー・キームズも繰り出し、さらには自身が滅多にしない外出までするのです。その外出先である出来事が起きてあっという間に帰宅する(逃亡する?)ウルフの素早さが何ともおかしいです。解決がやや駆け足気味に感じられますが、複雑さとサスペンスを両立させた本格派推理小説として楽しめました。


No.2048 5点 ヴェルレーヌ詩集殺人事件
新谷識
(2018/09/15 23:09登録)
(ネタバレなしです) ミステリーデビュー作となる短編集「殺人願望症候群」(1989年)で手応えを感じたのか、続いて1990年に発表したのが長編第1作となる本書です。主人公である大学教授の阿羅悠介が戦時中に駐屯していた韓国の済州島で偶然入手したヴェルレーヌの詩集を持って復員してから40年以上が経過しています。再会して旧交を温めた戦友の求めでその詩集を貸すのですが、数日後その戦友が謎の死を遂げるという事件に巻き込まれます。悠介も謎解きに参加しますが圧倒的な存在感を見せるのは姪の由美子の方です。次から次へと発想が飛躍しますが捜査への貢献は非常に大きく、警察から由美子と刑事コロンボを掛け合わせて「由美コロンボ」とまで祭り上げられます(笑)。警察がアマチュア探偵に捜査情報をあんな簡単に提供していいのかと突っ込んではいけません。登場人物が多くしかも互いの関係はあやふや、さらには戦争中の出来事が事件に関連する可能性も出てきますが記憶も証拠も定かでないという難解なプロットの本格派推理小説なので、多少の好都合な展開には目をつむりましょう。地味なキャラクターの悠介だけではとても読者の集中力が持たないと思います。


No.2047 5点 殺人者国会へ行く
日影丈吉
(2018/09/04 22:55登録)
(ネタバレなしです) 「多角形」(1965年)から実に11年の空白を経て1976年に発表されました。幻想的だったり文学的だったりユーモラスだったりと多彩な作風を示してきた作者ですが、本書で新たな局地を試みたのでしょうか。何と国会の予算委員会の最中に国会議員が毒殺されるという事件で幕開けします。文字通り世間を騒がす大事件のはずですが、盛り上がらないのはこの作者らしいですね。被害者が調査していた公害問題に絡む文書の行方、失踪した秘書、秘書を訪ねてきたらしい謎の男、やはり毒殺された身元不詳の女と雲をつかむような事件を地道に捜査していきます。後半になると密室の謎解きがあったり非常に古典的なトリックが明かされたりと本格派推理小説らしくなるのはいいのですが社会派推理小説のリアリズムを感じさせる前半とはどうも波長が合わず、場当たり的なプロットになってしまった印象を受けました。


No.2046 6点 あやかしの裏通り
ポール・アルテ
(2018/08/31 23:13登録)
(ネタバレなしです) 芦辺拓が「アルテのベスト5に入るとも言われる傑作」と高く評価した2005年発表のオーウェン・バーンズシリーズ第4作の本格派推理小説です。謎づくりの上手さに定評ある作者ですが、本書ではロンドンのどこかに忽然とあらわれまた姿を消す裏通りの謎を扱っています。幻の路地というとジョン・ディクスン・カーの「絞首台の謎」(1931年)を連想する読者もいるかもしれませんが、本書では何人もの証人を登場させたり路地で起こった不思議な体験を語らせたりと謎をどんどん膨らませるところはカー以上に手が込んでます。26章の最後でオーウェンが犯人に浴びせる痛烈な皮肉も効果たっぷりです。そもそもあんな複雑な仕掛けは必要ないのではと思う読者もいるでしょうけど、個人的には謎解きを面白くするための作者のサービス精神として賞賛したいです。


No.2045 4点 切手収集狂殺人事件
黒木曜之助
(2018/08/25 23:39登録)
(ネタバレなしです) 黒木曜之助(1928年生まれ)の最後の作品と思われる、1988年発表の本格派推理小説です。切手収集に縁の深い人間が相次いで殺され、個人的な動機と郵趣界を巡る動機と両方の可能性が追求されます。後者に関しては作中で紹介されている琉球切手の価格高騰・暴落や切手偽造家のスペラティがどちらも実在の出来事や人物であるところがノンフィクションライターとしても活躍していた作者らしく、暴かれる業界スキャンダルは全くのフィクションかもしれませんが現実にあり得るかもと思わせているのが巧妙です。マーサ・グライムズの某作品を連想させるどんでん返しが印象的ですが、読者に対してフェアに謎解き伏線を張っていないのが残念です。人間関係が相当乱れており、男は意中の女を力ずくで(または脅迫で)犯そうとするし女は意中の男に裸で迫るしという通俗性の強さも気になるところです。


No.2044 5点 悪意の夜
ヘレン・マクロイ
(2018/08/24 05:04登録)
(ネタバレなしです) 1955年発表のベイジル・ウィリングシリーズ第10作の本格派推理小説ですが前半は完全にサスペンス小説のプロットです。不安、疑惑、恐怖、混乱と主人公の揺れ動く心理描写が秀逸で、驚きの決断と思わぬ結果(読者には意外でないかも)でサスペンスはピークに達します。時代性の描写にも力が入っている点では「逃げる幻」(1945年)を連想させ、また執筆時期の10年の時代差を感じさせます。最終章のベイジルの推理説明はほとんどが動機に関するもので物的証拠についてはこれからの捜査に期待という、本格派の謎解きとしては物足りないです。


No.2043 3点 日光霊ラインの謎を追え!
荒巻義雄
(2018/08/23 01:25登録)
(ネタバレなしです) 1986年発表の埋宝伝説シリーズ第2作の本格派推理小説です。冒頭のプロローグに「読者への挑戦状」を置き、徳川家康の財宝の謎と静岡の有度山で起きた現代の殺人の謎を読者に突きつけます。しかし随所で描かれる濃厚なベッドシーンは読者サービスのつもりかもしれませんが、読者の謎解き意欲を削ぐマイナス効果の方が大きいのではないでしょうか。また第2章でトリックについて「構造的には簡単だが、思考の盲点をついているので解くことが難しいトリック」を理想と語ってますが本書のトリックはそもそもの成立条件が非常に厳しく、そんなことまで考えていられないと感じる読者が少なくないような気がします。高木彬光の「刺青殺人事件」(1948年)やエラリー・クイーンの「ドルリー・レーン最後の事件」(1933年)のネタバレをしていながら、エピローグで「ミステリーのトリックを公開するのはルール違反」と主張する二枚舌的な作者の姿勢にも感心できません。


No.2042 6点 はらぺこ犬の秘密
フランク・グルーバー
(2018/08/19 19:59登録)
(ネタバレなしです) 1941年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第3作のユーモアハードボイルドです。過去2作では二人が死体発見者で容疑者となるパターンでしたが今回はそうではありません。サムの伯父が死亡してサムが遺産相続人になります。しかしこれで貧乏生活とおさらばと簡単にはいかないのは読者の期待通り(笑)。遺産入手どころか難題が次々に勃発して収拾がつきません。実はサムの伯父は殺されていたのですが遺産問題に振り回されて前半は犯人探しどころではありません。まあこれはこれで退屈しませんが。後半になると新たな殺人が起きてようやく謎解きらしくなりユーモアとサスペンスもエスカレート、遺産問題がどう決着するのかという興味と合わせてページをめくる手が止まりません。私はこのシリーズは最後まで犯人の正体を隠しているものの推理が弱くてはったりと運で解決していると思い込んでいましたが、本書に関してはジョニーの推理が結構しっかりしていて本格派推理小説好きの私はシリーズ最高傑作ではないかと感じました(といってもそれほど多くのシリーズ作品を読んではいないのですけど)。


No.2041 4点 般若面の秘密
尾久木弾歩
(2018/08/18 21:47登録)
(ネタバレなしです) 戦時中の1942年にデビューした輪堂寺耀(りんどうじよう)(1917-1992)は、江良利久一、尾久木弾歩、東禅寺明、輪堂寺耀などのペンネームを使い分けてました。これだけでも十分にややこしいのですが、この中の尾久木弾歩は他の作家たちと共同使用したペンネームで、尾久木弾歩名義の作品全てが輪堂寺の作品という訳ではないことも混迷に拍車をかけてます。1950年に雑誌「妖奇」の第4巻第4号(1950年4月)から第4巻12号(1950年12月)の9回に渡って連載された本書はエラリー・クイーンの影響もろ出しの江良利久一が探偵役として活躍していることから輪堂寺の作に間違いないとされています。夕闇迫る緑雲荘の庭に般若面を被った怪人が目撃され、その晩第一の被害者は拇指を切り取られた死体となって発見され、現場には代わりに拇指の白骨が残されます。続いて人差し指の白骨が送られ、第二の犠牲者が人差し指を切り取られた死体となるという展開です。丁寧な現場見取り図を用意するなど本格派推理小説を意識したところもありますが推理説明でなく自供によって真相の大半が明かされているところから個人的にはサスペンス小説に分類します。後のシリーズ作品と比べると異常心理描写が生々しかったりしているのは好き嫌いが分かれると思います。


No.2040 5点 女が多すぎる
レックス・スタウト
(2018/08/18 16:45登録)
(ネタバレなしです) 1947年発表のネロ・ウルフシリーズ第10作の本格派推理小説で日本では雑誌「EQ」の72号(1989年11月号)から74号(1990年3月号)の3回に渡って連載されました。「料理長が多すぎる」(1938年)を連想させるタイトル(英語原題は「Too Many Women」)ですが作品同士の関連は全くありません。タイトルはある大会社の社員が轢き逃げ事故で死亡し、それが事故なのか殺人なのか調査を依頼されてアーチーがその会社に潜入することになりますがそこは500人もの女性社員が働いていることに由来します。女性が多く採用されている職場は(例え米国でも)当時は現代よりはるかに少ないと思いますがせっかくの(珍しい)舞台が十分に活用されているとは言い難く、重要な役割を与えられている女性はほんの一握りで容疑者に限定すれば男女ほぼ同数です。ネロ・ウルフをして「わたしの上をいくずるがしこい敵に出くわしたのだ。ずるがしこいか、さもなければめっぽう運のつよいやつにね」と弱音を吐かせるほどの難事件でどう解決するのかわくわくさせるプロットですが、推理ではなくはったりで解決してしまうのが謎解きとしては残念レベル。ウルフと犯人の直接対決さえありません。最終章のアーチーのもてもてぶりは男性読者の私は笑えましたが女性読者からは顰蹙を買うかも。


No.2039 5点 刺のある樹
仁木悦子
(2018/08/18 06:57登録)
(ネタバレなしです) 1961年発表の仁木兄妹シリーズ第3作の本格派推理小説です。この作者ながらの平明な文章で書かれてますが捜査が進むにつれ人間関係がどんどん複雑になるので人物リストを作りながら読むことを勧めます。謎解き伏線は結構あるのですがシリーズ前作の「林の中の家」(1959年)の推理の積み重ねに比べるとやや粗い謎解きに感じます。しかし秘められた悪意が明かされた時の重苦しさとさわやかさを残す締めくくりの対照は印象的です。


No.2038 5点 疑惑の銃声
イザベル・B・マイヤーズ
(2018/08/17 08:54登録)
(ネタバレなしです) わずか2作のミステリー作品しか書かず心理学者としての道を歩むことになる(そしてその方面で立派な業績を残したらしい)イザベル・B・マイヤーズ(1897-1980)の最終作が1934年発表の本書で、前作同様ジャーニンガムを探偵役にした本格派推理小説です。古風でスリラー色の濃かった前作と比べるとかなり洗練された雰囲気になっています。ただ読みやすいのかと言うとそれは別問題で、自殺か他殺かはっきりしない、自殺にしろ他殺にしろ動機もはっきりしないという展開で長く引っ張るのでもやもや感は相当なものです。18章の最後に示される動機(の可能性)は現代作品では出版許可が出ないでしょうね(コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ作品やエラリー・クイーン作品にもありましたけど)。最終章の手掛かりのどんでん返しはなかなかの工夫ですが、説明が妙にぼかし気味になっていて犯人をはっきり名指ししないのは評価が分かれそうですね。「嘘のはずがない。さりとて、真実のはずもない」というジャーニンガムの説明をちゃんと理解できれば犯人もわかるようにはなっていますが。


No.2037 6点 マレー鉄道の謎
有栖川有栖
(2018/08/13 23:05登録)
(ネタバレなしです) 2002年発表の火村英生シリーズ第6作で国名シリーズ第2長編でもある本格派推理小説です。国名シリーズのパイオニアであるエラリー・クイーンにしろ有栖川有栖にしろ作品にその国が実際に登場することはなかったと思います。クイーンの「アメリカ銃の謎」(1933年)はアメリカが舞台ですけど、これはアメリカ人の作家が普通に自国を舞台にしているだけであって例外的だとか特別だとかは感じません。しかし本書は舞台がマレーシアで、特に第1章と第2章で結構異国描写に力を入れているのが新鮮でした。なかなか意見を述べない火村の描写が少しくどく感じますが本格派としての謎解きもしっかりしています。密室トリックは某国内作家Aの某作品や某米国作家Pの某作品(こちらは没トリックですが)を連想させますがなかなか印象的、そして伏線の巧妙な張り方も印象的です。某国内作家Tの某作品や某国内作家Kの某作品を連想させる、苦味を残す(火村は込み上げてくる感情を抑えます)締めくくりもまた印象的です。


No.2036 6点 日曜の午後はミステリ作家とお茶を
ロバート・ロプレスティ
(2018/08/10 22:59登録)
(ネタバレなしです) 米国のロバート・ロプレスティは1970年代後半から活躍していますが短編を得意とし、初の長編作品はようやく2005年に発表されています。2014年発表の本書はミステリ作家のシャンクスをシリーズ主人公にした短編集で、米国版は13編を収めていますが2018年に国内で翻訳出版された創元推理文庫版は2016年発表の「シャンクス、悪党になる」を追加して14編を読むことができます。各作品の後に作者あとがきが付いているのがアイザック・アシモフの黒後家蜘蛛の会シリーズを連想させます。ユーモアとウイットに溢れているところも共通しています。「シャンクス、殺される」や「シャンクスの牝馬」や「シャンクス、スピーチをする」などは読み応えたっぷりの本格派推理小説ですが、謎解き要素の薄い作品もあります。コン・ゲーム(騙し合い)的な作品や推理というより記憶力や勘で解決しているような作品もあって思っていたより多彩な内容でした。謎解きが終わった後にもう少し話の続きがあるのも特徴です(蛇足に感じるかもしれませんが)。


No.2035 7点 密室キングダム
柄刀一
(2018/08/04 22:42登録)
(ネタバレなしです) 2007年発表の南美希風(男性です)シリーズ第3作の本格派推理小説で、光文社文庫版で1200ページを超す超大作です。本の厚さに手を出すのをためらう読者も少なくないと思いますが、キングダム(王国)というタイトルが決してはったりに思えないほど充実の内容で無駄にページを水増ししている感はありません。次から次へと突きつけられる不可能犯罪の謎を説得力の強い推理で解いていく美希風、しかしそれさえも犯人の計算の内、それどころか犯人にミスリードされているのではという疑惑がつきまとい謎は深まる一方です。怒涛のトリック連打もさることながら謎解き論理の積み重ねも圧巻です。それにしても最終章で明かされる大仕掛けにエラリー・クイーンの(どちらかといえば評価の低い)某作品のネタを使ってくるとは驚きでした。


No.2034 6点 狂人館の惨劇 大立目家の崩壊
左右田謙
(2018/08/04 16:21登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の本書は左右田謙(1922-2005)の最後の作品で狂人(えっ?)が建てた館に起こる連続殺人事件の謎を解く、綾辻行人の館シリーズを意識したかのような本格派推理小説でした。相当に凝った造りの舞台(見取り図がほしかった)に登場人物もかなりエキセントリックなのですが、この作者らしく描写があっさり目で案外と雰囲気が淡白なのは評価が分かれるかもしれません。それでも密室トリックに使われたまさかの小道具や脱力感を伴うダイイングメッセージの真相など怪作要素はたっぷりです。


No.2033 7点 アンクル・アブナーの叡智
M・D・ポースト
(2018/08/04 15:54登録)
(ネタバレなしです) 米国ミステリー史においてメルヴィル・D・ポースト(1869-1930)はミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーと米国本格派推理小説黄金時代を築き上げたヴァン・ダインの間を埋める作家として高く評価されています。弁護士ランドルフ・メイスンやスコットランド・ヤードのヘンリー・マーキス卿やパリ警視庁のムッシュウ・ジョンケルなど色々な主人公の作品がありますが最も名高いのが22作の中短編で活躍するアブナー伯父シリーズです。法律遵守を説く一方で法律では解決できない問題に独自の判断を下す時もありますが、正義感と神への信仰心が全くぶれないため説得力が非常に強力です。1918年に18編を収めた本書(ハヤカワミステリ文庫版)が生前に出版された唯一の短編集です(全22作を収めた短編集は1974年に限定版が、1977年に通常版が米国で出版されました)。謎解きとして気に入ってるのは、最後に提示された手掛かりを事前に伏線にしておけば完璧な本格派推理小説になったのではと思われる「藁人形」、独創的なトリックで知られる「ドゥームドーフ殺人事件」、人間ドラマとして気に入ってるのは「黄金の十字架」と「ナボテの葡萄園」です。ちょっと変わったどんでん返しの「黄昏の怪事件」や動機に唖然とする「血の犠牲」も印象に残ります。


No.2032 7点 狐火殺人事件
エドワード・D・ホック
(2018/07/29 23:48登録)
(ネタバレなしです) まだ有名でなかった頃のホックは別名義で発表した作品がありますが、本書は何とミスターXという覆面作家の作品として1971年に出版されました。国内でもミスターXの名義のままで雑誌「ハヤカワミステリマガジン」の1974年9月号から1975年2月号まで6回に渡って連載されています。暗黒街の帝王、銀行強盗、トランプいかさま師など6人の犯罪者を乗せた護送車が襲撃されて囚人たちは逃亡します。囚人暴動の調停や逃亡犯追跡などを任務とする逮捕課のデヴィッド・バイパーが彼らを追跡して1人ずつ捕まえるというプロットです。このプロット紹介で警察小説かスリラー小説かと思う読者もいると思いますが実は堂々の本格派推理小説で、不可解な殺人の犯人は誰か、なぜ被害者の首を切り落としたか、そして囚人脱走の目的の謎解きを読者に挑戦します。このプロットで本格派に仕上げた手腕、そして非常にユニークな首切りの理由と一読の価値ある作品だと思います。

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