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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2814件

プロフィール| 書評

No.2414 7点 宮原龍雄探偵小説選
宮原龍雄
(2021/08/14 23:36登録)
(ネタバレなしです) 宮原龍雄(1915-2008)は「三つの樽」(1949年)でデビュー、作風は本格派推理小説でアンチ本格派の主張に対して本格派擁護のエッセイを書いたりもしています(本格派至上主義ではなく、本格派と文学派の共存を目指していた模様です)。しかし長命に恵まれながら作家活動は1962年をもって打ち切りと短く(例外的に1976年に中編1作を唐突に発表しましたが)、長編作品は書かれず中短編30作少々が(ほとんどが三原検事と満城(みつき)警部補のコンビシリーズ)残されただけとあってほとんど忘れられた存在です。生前には短編集の単行本は出版されず、ようやく2011年出版の本書で「三つの樽」から「ある密室の設定」(1960年)までの10作をまとめて読めるようになりました。不可能犯罪トリックにこだわった作品が多く、しかもアイデアが実に豊富なのに驚かされます(後年の作家の有名作を先取りしていたトリックさえあります)。探偵役の個性はないに等しいし、謎解き議論の中で先人作品のトリックのネタバレが散見されるのは現代読者から見ればマナー違反に映るでしょうが中短編とは思えぬ濃厚な謎解きは、もしこの作者がもっと作品を残していたらエドワード・D・ホックに匹敵する存在になってたのではと思われます。トリックが強烈な印象を残す作品だけでも「三つの樽」、「新納(にいろ)の棺」(1951年)、「不知火」(1952年)、「ニッポン・海鷹」(1953年)、「瓢(ひさご)と鯰(なまず)」(1957年)と結構ありますが他の作品もそれぞれの持ち味があって実に充実した短編集です。残りの作品も読んでみたいと強く思いました。


No.2413 6点 アガサ・レーズンの困った料理
M・C・ビートン
(2021/08/14 22:44登録)
(ネタバレなしです) 英国の女性作家M・C・ビートン(1936-2019)はマリオン・チェズニーという別名義で100作以上のヒストリカル・ロマンス小説を書いていますがミステリーの方もビートン名義でマクベス巡査シリーズを約30作、アガサ・レーズンシリーズを約30作残す多作家でした。1992年発表の本書が後者のシリーズ第1作です。ロンドンでがむしゃらに働いてPR会社の経営者に上り詰めたアガサが53歳で引退して、石造りの家々が並ぶ村が点在するコッツウォルズのコテージで暮らすという長年の夢を果たします。ところが村のコンテストに出品したキッシュを食べた人間が毒死してしまったらしい事件に巻き込まれるプロットです。アガサという名前から何となく予想がつきましたが、作中でアガサ・クリスティーやミス・マープルの名前が登場して本格派推理小説好きの読者としてはニヤリとします。コージー派ミステリー的な緩い謎解きではありますが、効果的なミスリーディングの技巧があるなどシリーズ第1作とあってかまずまずの出来栄えと思います。村の生活になじもうと時に暴走気味ながら奮闘するアガサの描写も面白く、「アガサ・レーズンと完璧すぎる主婦」(2005年)のコージーブックス版の巻末解説で発表された読者人気投票で1位だったのに納得です。


No.2412 6点 モーニングショー殺人事件
大谷羊太郎
(2021/08/14 14:59登録)
(ネタバレなしです) 初期作品である1972年発表の本格派推理小説です。芸能人の古い知人や友人を捜し出して芸能人と再会させるテレビ番組でゲスト出演の女性が毒入りジュースを飲んで死亡し、別室で待機していた夫も同じく毒死する事件が起きます。他殺の疑いが濃くなりますが本人以外には毒をジュースに混入させることは不可能という風変わりな密室事件が成立します。この作者らしく犯人当てにはあまりこだわらずトリックの謎解きをメインにしたプロットですが第3章では生前の被害者夫婦が脅迫者になっている場面を挿入したり、第10章では殺人犯を声だけ登場させたり、最終章では「逮捕された犯人が安らぎを浮かべ刑事の方は渋いつら」と演出に工夫を凝らしており、作家としての余裕が出てきたのでしょう。文章も無駄なくすっきりしていて読みやすいです。


No.2411 5点 手荷物にご用心
サイモン・ブレット
(2021/08/10 22:53登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表のパージェター夫人シリーズ第3作の本格派推理小説で、何と舞台はギリシャですがここにも故パージェター氏の「仕事」仲間がちゃんといてパージェター夫人を助けてくれるというご都合設定にはもう笑うしかないですね。ツアー旅行に一緒に参加したパージェター夫人の友人が夫を失って悲嘆しているところはパージェター夫人自身に通じるところもあるのですがどこか挙動不審なところがあって、心配するパージェター夫人の問いかけにもまともに答えない有様です。そして怪死事件が起きて殺人ではと疑うパージェター夫人ですが、ツアーの世話係や警官さえも信用できない状況になってしまう展開は派手ではないけどなかなかスリリングで、窮地に陥ったパージェター夫人は生まれて初めて法律を破ることになります。終盤になると複雑な人間関係が明らかになってくるのですが解決は駆け足気味で、パージェター夫人がどう推理して結論に至ったのかがちょっとわかりにくいです。


No.2410 5点 蟇屋敷の殺人
甲賀三郎
(2021/08/09 00:58登録)
(ネタバレなしです) 甲賀三郎(1893-1945)はミステリーのジャンル分けにおける「本格派」を命名し、ミステリーに文学性を求める主張に対して本格派を擁護したことから戦前戦中に活躍した作家の中で「本格派の雄」と評価されています。とはいえ書き残されたミステリー作品は短編は本格派が多いものの、長編はスリラー作品が多いらしいところは江戸川乱歩と共通しているように感じられます。1938年に新聞連載された本書(単行本化は戦後らしい)は河出文庫版の裏表紙粗筋紹介で作者の最高傑作とアピールされていましたので読んでみました。自動車の中で首を切られた死体の発見に始まり、被害者と思われたが生きていた富豪の住む屋敷は庭に大量の蟇(がま)が放たれ、夜には眼も口も鼻もないノッペラボーの怪人が出没するというスリラー小説設定ですが乱歩に比べるとエログロ雰囲気はありません。第9章ではそれなりの推理が披露されるところは若干本格派風ですが、全体としては主人公も警察も事件関係者への聴取は突っ込みが足らず頼りなさの方が目立っています。おっさんさんのご講評で触れられているようにエラリー・クイーンの某作品と同じネタを先取りしていたのには驚きますが、クイーンと違って終盤で唐突に説明されていては後出しの謎解きにしか感じられません。


No.2409 5点 悪魔のひじの家
ジョン・ディクスン・カー
(2021/08/07 05:48登録)
(ネタバレなしです) 「雷鳴の中でも」(1960年)以来久しぶりの1965年に出版されたフェル博士シリーズ第21作の本格派推理小説です。不可能犯罪の本格派を得意としたクレイトン・ロースンに献呈されており、アントニー・バウチャーが「探偵小説の黄金時代のうれしい復活」と評価を寄せ、タイトルに使われている<悪魔のひじ>と呼ばれる岬に建つ緑樹館(Greengroove)が舞台と読む前から何ともわくわくしましたが...。会話はちぐはぐで説明は回りくどく、おまけになかなか事件が起きないじりじり展開に私の期待値はだんだん下がっていきます(笑)。幽霊の正体見たり枯れ尾花なのは合理的な解決を用意すれば多かれ少なかれそうなるので仕方ないと思いますが、幽霊の目撃談の段階から既に枯れ尾花です(笑)。それでも色々な謎解き伏線を回収しながらの推理説明はこの作者らしいし、不可能犯罪トリックはkanamoriさんのご講評にあるように過去作品からの流用ではあるのですが複数作品のトリックを組み合わせて過去作品を読んでいる読者でも簡単には見破られないように工夫の跡が見られます。


No.2408 5点 死者と言葉を交わすなかれ
森川智喜
(2021/08/05 07:17登録)
(ネタバレなしです) 三途川理シリーズで有名な森川智喜(1984年生まれ)ですが、魔法ありとか天使登場とか非常に特殊状況の世界を舞台にしているらしくて個人的にはちょっとなじめそうになかったので初めて読んだ作品は2020年発表の非シリーズ作品である本書です。講談社タイガ版の裏表紙紹介が「あなたは絶対に騙される」と今どき珍しいくらいの挑戦的な宣伝文句にこちらの期待値も(勝手に)高まります。浮気調査中の私立探偵がターゲットの車に盗聴器を仕掛けますが、ターゲットの人物が車中で死んでしまいます。しかしこれで殺人事件の捜査へ進展するかと思ったらさにあらずです。回収した盗聴器には会話が収められているのですがターゲットの声しか確認できず、会話の相手は常人には声が聴こえない死霊ではないかという謎解きになります。通常の犯人当てのプロットでない本格派推理小説のためか微妙に盛り上がらない謎解きですがいくつかの仮説を検証してそれなりに合理的な真相が説明され、さらに第三幕では思わぬ秘密が明かされるのですが...。まあこれは騙されるというより気づかないと言うべきでしょうか。初めから謎として読者に提示されていない秘密なのですから(第二幕の最後に登場した謎とは関連しますけどちょっと遅過ぎ)。この種の技巧的な仕掛けは私は3回ぐらい経験してますが(もちろん毎回見破れません)、初体験の読者ならどう感じるでしょうか?あと第三幕で結構長々と描写される悪意のおかげで読後は全くすっきりできませんでした。


No.2407 5点 幽霊に怯えた男
パトリック・A・ケリー
(2021/08/02 03:59登録)
(ネタバレなしです) 米国のパトリック・A・ケリーは1985年発表の本書を皮切りに奇術師ハリー・コルダーウッドを主人公にしたミステリーを1980年代後半に5冊発表しています。創元推理文庫版の巻末解説でクレイトン・ロースンの奇術師探偵マーリニを引き合いに出していますが、本書を読む限りでは終盤こそ奇術師ならではの解決が描かれるものの全体としてはロースンのような奇術趣味はなく、トリックの謎解きすらない普通の本格派推理小説です。自殺か他殺かはっきりしない墜落死をした男から、生前に幽霊について相談を受けていたことからハリーは事件捜査をする羽目に陥ります。やがて幽霊話をもちかけた男と被害者は別人だったことが判明しますが、その後は場当たり的な捜査がだらだらと続くばかりで謎解きが盛り上がりません。推理説明も論理的でなく、どうやって犯人を特定したのかがよくわかりませんでした。


No.2406 5点 炎舞館の殺人
月原渉
(2021/07/31 22:06登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のツユリ・シズカシリーズ第5作です。過去のシリーズ作品(できれば複数作品)を読んでいる読者は本書の変化球的なプロット展開に戸惑うのではないでしょうか(ここでは詳しく書きませんが)。新潮文庫版で300ページに満たない分量に濃厚な謎解き要素を詰め込んだ本格派推理小説であるところは大丈夫ですのでそこは安心下さい。トリックは某国内作家が1980年代に発表した有名作を連想しました。色々工夫を加えて単なるパクリ作品にならないようにしてはしていますけど。ただあの動機での犯行だというなら、もしも完全犯罪に成功したらその後犯人はどうするつもりだったのでしょう?せっかくのトリックが目的達成の足を引っ張りかねないように感じます。多少の突っ込みどころは目をつぶれますけどそこが1番釈然としませんでした。バラバラ死体や丸焼け死体とかなり凄惨な事件が続くんですが、中でも第3の事件の衝撃は半端ないです。


No.2405 5点 殺人ゲーム
レイチェル・アボット
(2021/07/28 16:35登録)
(ネタバレなしです) イギリスのレイチェル・アボット(1956年生まれ)はトム・ダグラス警部シリーズやステファニー・キング刑事シリーズを書いているので警察小説の書き手かと思っていたら、本国では「サイコ・スリラーの女王」と評価されているそうです。私はそのジャンルへの関心がない読者なのですが、2020年発表のステファニー・キング刑事シリーズ第2作の角川文庫版の巻末解説で「本格ミステリー要素をふんだんに取りこんだ」、「クリスティファンにも本書はおすすめ」と書いてあるのでトライしてみました。タイトルは派手ですが物語のテンポは遅く、疑心暗鬼に陥って人間関係が段々とげとげしくなっていくプロットです。終盤に伏線を回収しながらの謎解きがあるところは本格派とも言えますが、殺人犯の正体が判明した後に最大のクライマックスを用意している構成がやや異色です。クリスティとは作風がかなり違っていて「クリスティファンにもおすすめ」には疑問符がつきますが、これ見よがしの狂気描写や派手な残虐シーンはありませんのでまあ万人向け作品でしょう(但し真相の一部にとても残酷な要素があるのですけど)。作品ジャンルとしてはサスペンス濃厚な本格派か本格派要素のあるサスペンスか微妙なところ。(全く知見ないけどイメージ的に)サイコ・スリラーではないように思いました。


No.2404 6点 魔女の暦
横溝正史
(2021/07/25 23:23登録)
(ネタバレなしです) 1956年に短編版が書かれ1958年に長編化した金田一耕助シリーズ第17作の本格派推理小説です。文庫版で200ページ程度で長編作品としては短めのためか角川文庫版ではシリーズ短編の「火の十字架」(1958年)が、春陽文庫版では「廃園の鬼」(1955年)が併収されています。正体不明の殺人犯がカレンダーに殺人計画を書き込む場面が挿入され、金田一耕助宛てには「魔女の暦」と名乗る人物から挑戦状が送られ、ストリップ劇場での芝居の最中に行われた毒吹き矢による殺人事件に端を発した連続殺人事件が起こります。舞台も登場人物も通俗的で、人間関係もかなり乱れています。ところが(表向きは)お互い様とそれほど殺伐な雰囲気にはなってないし、捜査描写は非常に地味に展開し、唖然とするようなトリックの説明も淡々としています。抑制を効かせ過ぎたとも言えるでしょうが、エログロを強調したえぐい作品になるよりは(個人的には)好ましいと思います。


No.2403 5点 未亡人は喪服を着る
A・A・フェア
(2021/07/24 19:16登録)
(ネタバレなしです) 1966年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラム シリーズ第27作の本格派推理小説です。ハヤカワポケットミステリ版の登場人物リストに載っている人物はそれほど多くないのですが、未亡人も未亡人になりそうな人物(人妻)もいないではありませんか(笑)。まあそれについてはここでは詳細説明しませんが。序盤はゆすり屋を何とかするという依頼を引き受けることになったドナルドですが暴力犯でなく知能犯相手だとさすがの対応の第4章ですね。もっとも解決後の祝宴会で新たな事件が起きてしまうのですが。気の利いた手掛かりが印象的な謎解きもありますが殺人犯の正体については十分な証拠も提示されずに強引に解決したような感じがします。それにしても真相を説明されるまで全く気づきませんでしたが、同年に発表された某海外作家の本格派推理小説とほぼ同じ状況でほぼ同じトリックを使っていたのにはびっくりしました。最後はロマンチックに締め括られます。


No.2402 5点 ネメシスの契約
吉田恭教
(2021/07/23 21:21登録)
(ネタバレなしです) 2013年発表の向井俊介シリーズ第2作の本格派推理小説で、前半は厚労省の調査官(俊介)の調査、警察の捜査、新聞記者の調査などが手堅く描かれていますが謎がどんどん積み重ねられてどうやって収拾するのだろうと読者はやきもきします。この展開、私は阿井渉介の列車シリーズを連想しました。あのシリーズほどには派手な謎の連発ではありませんが、本書でも心筋梗塞にみせかけた殺人はどんなトリックが使われたのか、犯人がすぐに判明し犯人の自殺で解決したと思われる首切り殺人も実は未解決なのでは、スタンガン強盗事件で反撃されるかもしれない屈強な男を2人も襲ったのはなぜか、殺された被害者と殺されてもおかしくないのに殺されなかった人物はどこに違いがあるのかなど実に多彩な謎が提供されます。トリックも多彩で、第7章で明かされるトリックは感心しましたし、第8章で明かされるトリック(というか凶器)は苦笑ものでした。人間関係と動機が極めて複雑なのも列車シリーズを連想させますが、これだけの死者を出しておきながら「簡単に人など殺せるはずもなく」などとはちょっと説得力に欠けるように感じますけど。まあこれだけ詰め込んだ内容の力作ですから、作者も色々突っ込まれることは覚悟しているかもしれませんが。


No.2401 5点 消えたメイドと空家の死体
エミリー・ブライトウェル
(2021/07/20 07:31登録)
(ネタバレなしです) 1993年発表のジェフリーズ夫人シリーズ第2作の本格派推理小説です。前作の「家政婦は名探偵」(1993年)はジェフリーズ夫人がルティ・ベル・クルックシャンクから相談を持ち掛けられる場面で終わっていますが、本書はそこから始まります。この趣向はシリーズのパターンのようで本書の最後は降霊術の会の話で締め括られ、シリーズ次作の「幽霊はお見通し」(1993年)へとつながる伏線となっています。E・S・ガードナーのペリイ・メイスンシリーズの初期作品と同じですね。さてルティからの相談事は友人となったメイドの失踪です(ルティは大金持ちなのに何で使用人と友人になりたがるんでしょうね)。この事件はジェフリーズ夫人の雇い主であるウィザースプーン警部補が手掛ける殺人事件とも関係がありそうですが、死体は腐乱状態で身元確認が困難だし他にも行方不明の女性がいるためメイドがどうなったのかなかなか確定できないじりじりした展開が続きます。反感を抱きやすい容疑者描写も結構しつこく、ユーモアと軽快さが前作から大きく後退してしまいました。


No.2400 6点 異郷の帆
多岐川恭
(2021/07/19 07:56登録)
(ネタバレなしです) 多作家の多岐川恭は時代小説もかなりの数を書いていますが1961年発表の本書はその初期作品ではないでしょうか。時代小説でもあり本格派推理小説でもあります。作中時代は元禄4年(1691年)、舞台は長崎の出島です。時代描写と日本でありながら異郷の雰囲気濃厚な描写が特色です。出島という特殊環境の中の複雑な人間模様もよく描けていますが、通詞、ヘトル、甲比丹(カピタン)、乙名など当時の職業肩書がなかなかなじめず、読むのに少し苦労しましたけど。主人公が恋愛や今後の人生について思い悩む姿を描いた物語部分も充実しています。主人公が謎解きのみに集中していないためかプロットがどこかもやもやした感もありますが結末は引き締めており、様々な謎を合理的に解明しています。


No.2399 7点 パズル・ロック
R・オースティン・フリーマン
(2021/07/17 22:51登録)
(ネタバレなしです) 1922年から1925年にかけて発表された9作の短編を収めて1925年に発表されたソーンダイク博士シリーズ第4短編集です(「ソーンダイク博士短編全集第3巻 パズル・ロック」(国書刊行会版)で読めます)。「パズル・ロック」(1925年)の暗号謎解きとソーンダイクが巧妙さの金字塔と評価した二重三重の仕掛け、「バーナビー事件」(1925年)の有名な毒殺トリック、「フィリス・アネズリーの受難」(1922年)や「バーリング・コートの幽霊」(1923年)の大仕掛けなどトリックの面白い本格派推理小説がずらりと並びます(犯人当てを楽しめる作品ではありませんけど)。「砂丘の謎」(1924年)は中途半端な結末なので読者評価は高くないと思いますが、冒頭の他愛もなさそうな推理が思わぬ犯罪事件を掘り当てる展開はハリイ・ケメルマンの有名短編「九マイルは遠すぎる」(1947年)を連想させて興味深かったです。個人的にはソーンダイク博士短編集で1番好きです。


No.2398 5点 「謎解き」殺人事件
筑波耕一郎
(2021/07/17 17:19登録)
(ネタバレなしです) 1987年発表の本格派推理小説です。人を撥ねて塀にぶつかった車の中から2人の男女が発見されます。男は即死、女もやがて死亡しますが車にはもう1人女性がいたと言い残します(車に撥ねられた男も死亡しています)。問題の女性はどうなったのか、主人公(死んだ女の兄です)が事件を調べると妹は体調不良で車に拾ってもらったらしいのですが、乗せてもらった立場の妹が事故後に運転席で発見されたのはなぜという謎にもぶつかります。ミステリーのネタとしてはアピールの難しい交通事故の謎を上手く盛り上げているのは感心します。その後の主人公とその恋人による捜査が地味ですが堅実です。ただし明確に犯罪の被害者がいて犯人を捜すというプロットでないので読者が自力で謎解きに挑むのは難しいでしょう。中盤からは過去に起きた複数の事件が絡んできて事態はどんどん複雑化します。印象的などんでん返しもありますが、ここまで錯綜した真相は手掛かりを解決前に揃えていたとしても読者が事前に見破るのはまず無理と思われる謎解きでした。


No.2397 6点 虚空に消える
ホレーショ・ウィンズロウ & レスリー・カーク
(2021/07/17 17:03登録)
(ネタバレなしです) 米国のホレーショ・ウィズロウとレスリー・カーク(どちらも作者プロフィールについてはよくわかりません)が1928年に発表した本格派推理小説で、本国でもほとんど忘れられた存在だったようです。摩訶不思議な方法で姿を消して追跡者を煙に巻き続けた犯罪者「セイラム・スクープ」があっけなく列車事故での死亡が確認されて埋葬されたところから物語が始まります。そしてかつて偉大な奇術師として名を馳せた男を招いてイカサマ霊媒のトリック暴く会が開催されるのですが、犯罪学者が持参した石板に「あなたの部屋でお待ちしています」とセイラム・スクープからのメッセージが浮かび上がり、犯罪学者の家にかけつけると家政婦から謎の訪問者が光と煙と共に消え失せたという話を聞かされます。休む間もなく今度はセイラム・スクープの墓を暴くために急行するというハチャメチャな展開に序盤から読者は振り回されます。その後も怪現象、怪事件が相次ぎ、ポール・アルテや小島正樹が得意とする、謎を大盤振る舞いする本格派の先駆的作品といえるかも。トリック説明は後年のクレイトン・ロースンに比べると上手いとは言い難いし、そもそも推理が論理的でなくてかなり粗い謎解きなのは読者の好き嫌いが分かれると思いますが、不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーがデビューするよりも前にこういう作品が書かれていたのは驚きです。推理小説の読者タイプの分類や消失トリックの分類まで作中でやっているのも先駆的ではないでしょうか。


No.2396 6点 奇術師のパズル
釣巻礼公
(2021/07/16 06:54登録)
(ネタバレなしです) 1999年発表の本書は刺激的なタイトルもそうですが、作者が「本格ミステリーのつもりで書いた」、「いつかは真正面から密室を扱ってみたいと思っていた」とコメントしていることからガチガチの本格派推理小説かと期待して読みましたが読む前のイメージ(期待値)とは違う内容でした。スクールカウンセラーの女性を主人公にして学校が抱える様々な問題と直面させる社会派要素がとても強い作品です。これはこれで読み応えがありますがパズル性が弱くなった印象が否めません。それでもトリックが非常に凝っていて図解による説明も充実しているのですが、まだ説明不足に感じられます。ネタバレなしで理由を書くのが難しいですが最後の謎解き場面での「ひとときの強制的な眠り」は何のためなのかよく理解できませんでしたし、その後に続く「体育館を出る」はどうやって出たのかについて触れられていません。総合的には5点評価ぐらいなのですがトリックのアイデアに感心したのでおまけ評価します。


No.2395 5点 閉じ込められた女
ラグナル・ヨナソン
(2021/07/11 22:30登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表のフルダ・ヘルマンスドッティル三部作の最終作です。この作者の「雪盲」(2010年)を読んだときには自然描写が物足りなく感じましたが本書の厳冬描写はなかなかの迫力を伴っています。第一部での大雪でクローズド・サークル状態となった農家に住む夫婦と道に迷った訪問者の3人の間に緊張感が高まっていく展開は一級のサスペンス小説です。並行してフルダの家族問題も描かれますがこちらはミステリー要素はありませんけどやはり悲劇色が濃厚で、作品の重苦しさに拍車をかけています。そして第二部が捜査編ですが容疑者との事情聴取のない捜査となっているところがユニークです。ここは倒叙本格派推理小説なところもありますが論理的な推理がほとんどなく、感覚的な当て推量に近いので謎解きとしては不満があります。どんでん返しが効果的なだけに惜しまれます。それにしても三部作を通じて描かれるフルダの人生の救いのなさはあまりにも重い、何もここまで重くしなくても。あと余談ですが阿津川辰海による巻末解説で「アイスランドのアガサ・クリスティ」を引用しているのはこのパズル性の弱い作品にはふさわしくないと思うし、そもそも「アイルランド」と誤植しているのはいけませんねえ。

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