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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2500 1点 斜め屋敷の犯罪
島田荘司
(2022/04/08 09:21登録)
(ネタバレなしです) 1982年発表の御手洗潔シリーズ第2作の本格派推理小説で、読んだのはかなり昔です。壁に投げつけたくなるほど読者を立腹させる本のことをカベ本と言うらしいですが、私にとってのカベ本が本書でした(実際に投げたりはしませんでしたが)。終盤までは舞台の雰囲気も謎の魅力も文句なく面白かったんですよ。そして「読者への挑戦状」に相当する幕あいを経ての図9を使って説明される大トリック。賛否両論あるかと思いますが私はよくもここまで考えたものだと感心しました。しかしその後に続く謎解きで傑作の予感が台無しです。御手洗が「説明するまでもない」と説明放棄した真相は私にとっては読者を馬鹿にする仕打ちにしか思えず、こういうことをするならなおさら読者を納得させるきちんとした謎解き説明が必要ではないでしょうか。まあ本書で打ちのめされたおかげで、その後もいくつかの問題作に出会いましたが本書ほど頭に血が上ることはなかったので心を鍛えられた作品としての価値はあったと思います(笑)。


No.2499 5点 完全殺人事件
クリストファー・ブッシュ
(2022/04/06 23:07登録)
(ネタバレなしです) 英国のクリストファー・ブッシュ(1885-1973)は1920年代後半から1960年代後半にかけて活躍した多作家で、別名義での作品もありますがブッシュ名義で発表された60作以上は全部がルドヴィック・トラヴァースシリーズの本格派推理小説で非シリーズ作品がないらしいのに驚かされます。ただ初期作品でのトラヴァースは影が薄く、シリーズ第1作では友人のジェフリー・レンサム(本書でもちょっと登場)の活躍が目立っているそうですし、1929年発表のシリーズ第2作の本書でも元刑事のジョン・フランクリンの捜査場面が多いです。アリバイトリックを見破ったり、犯人の不注意な言動を指摘したりと名探偵らしさはあるのですけどトラヴァースの存在感がなさ過ぎです。序盤の完全殺人の予告状以外は盛り上がりを欠き、早々と容疑者は絞り込まれて犯人当ての楽しみはなく、肝心のトリックもぱっとしません。タイトルがあまりに強気なだけに期待外れの印象を抱いた読者が多いのではないでしょうか。私が読んだ創元推理文庫版は半世紀以上も昔の翻訳でとても読みにくいですが、新訳版があれば再読したいかというとうーん、遠慮しときます(笑)。


No.2498 5点 キリオン・スレイの復活と死
都筑道夫
(2022/04/05 07:59登録)
(ネタバレなしです) 1974年の出版当初は「情事公開同盟 新キリオン・スレイの生活と推理」だったキリオン・スレイシリーズ第2短編集で7作のシリーズ短編を収めています。個人的に好きなのは推理合戦風の「なるほど犯人はおれだ」と「密室大安売り」。特に前者はkanamoriさんもご講評で賞賛されていますけど論理的な推理が充実しています。推理の切れ味はいまひとつの感がありますが、ビルの八階の窓の外にしがみついて夫を殺したと自供する女という本格派らしからぬ場面で始まる「八階の次は一階」も印象的です。「キリオン・スレイの死」は暴力団がらみのハードボイルド風なのが異色ですが、ハードボイルドとしても本格派推理小説としても中途半端に終わってしまったような気がします。


No.2497 5点 奥只見温泉郷殺人事件
中町信
(2022/04/03 22:23登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の本格派推理小説です。温泉郷に集まるいわくありげな人々、そしてスキーバスが川に転落する事故が起きて5人が死亡、3人が重体となりますが死亡した1人は絞殺されていたというプロットです。「田沢湖殺人事件」(1983年)に続くトラベルミステリー風なタイトルですが、各章の冒頭に置かれた妻が夫を疑う日記、複雑な人間関係、細かいアリバイ崩し、誤解や勘違いによって意味合いが変化する証言とひねりにひねった謎解きです。専門的知識を要する手掛かりや最後の事件の真相には読者の賛否両論かも。ところで本書も「悲痛の殺意」という「殺意」を付けたタイトルに改題されましたが、どうせ改題するなら第9章のタイトルの「凌辱の殺意」を採用すべきだったように思います(もっともそれでは官能サスペンスと勘違いしてしまう読者がいるかもしれませんが)。


No.2496 5点 英国屋敷の二通の遺書
R・V・ラーム
(2022/03/30 00:32登録)
(ネタバレなしです) インド生まれのR・V・ラームは2014年に作家デビューしてスリラー小説を書いていましたが、2019年発表のハリス・アスレヤシリーズ第1作の本書は本格派推理小説です。創元推理文庫版で「英国犯人当てミステリの香気漂う」と宣伝されていますが、まるで二つの世界大戦の間の本格派黄金時代ミステリーを彷彿させるようなプロットが私の好みにばっちり合いました。派手なキャラクターではありませんが、いかにも名探偵の雰囲気を漂わせているアスレヤがいい味を出しています。終盤近くまでは本格派好き読者の期待に応える展開を楽しめましたが複雑な真相の解明が自白に頼った部分が多く、手掛かりの説明が十分でないように思えたのが惜しまれます。


No.2495 5点 ファラオの呪い殺人事件
井口泰子
(2022/03/26 17:12登録)
(ネタバレなしです) 井口泰子(1937-2001)はジャーナリスト出身で1970年代から小説を発表するようになり、最も有名なのは1980年に実際に起こった連続誘拐殺人事件を題材にし、逮捕された男が無実ではという想いから書かれた社会派推理小説「フェアレディーZの軌跡」(1983年)でしょう。ややこしいことに同じ題材で「脅迫する女」(1987年)という犯罪小説も書かれています。しかも前者には「連続誘拐殺人事件」という改題版もあるのでますますややこしいです。さて本書は「黄金虫はどこだ」というタイトルでサスペンス小説として1976年に出版されていますが、私が手にとったのは「ファラオの呪い殺人事件」に改題され、裏表紙に「本格推理の傑作」と宣伝されているケイブンシャ文庫版です。エジプトで日本人グループがツタンカーメンの秘宝を盗んだ疑惑を載せた新聞記事をきっかけに主人公がエジプトへ調査に行きます。しかしそちらはいまひとつ盛り上がらず、もう一人の主人公で日本に残された恋人の女性が連続怪死事件や莫大な財産の相続問題に巻き込まれていく方に力を入れて描いています。女性は推理を重ねていますが手掛かりが少ないのでほとんど憶測に留まっており(読者も自力で推理しようがありません)、真相はほとんどが自白で明らかになる展開なのでジャンルとしては本格派というよりはサスペンス小説でしょう。事件の背後に当時の社会問題を取り入れているのがこの作者らしいと思いました。


No.2494 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅳ〉
エドワード・D・ホック
(2022/03/20 23:55登録)
(ネタバレなしです) ホックが日本読者のためにセレクトした全3巻26作のサイモン・アークシリーズ中短編集に国内独自にセレクトした2巻16作を加えた創元推理文庫版で全61作の約2/3が読めるようになりました。本書は国内独自編集でセレクトした8作を収めた第4短編集(2012年)です。出版順ではデビュー作の「死者の村」(1955年)に次ぐ第2作ながら書かれたのは先だったらしい「悪魔の蹄跡」(1956年)はノーマン・ベロウの「魔王の足跡」(1950年)を連想させる謎が魅力的で、トリックは傑出してるとは言い難いですが怪奇性の雰囲気は申し分ありません。「切り裂きジャックの秘宝」(1978年)は秘宝の謎解きの前半からジャックの猟奇的犯行の謎解き、そして証明するのは警察に任せるとサイモンが語る衝撃的な推理へと移行するプロットの妙が印象に残ります。悪魔を探しているサイモンが暴いたのが悪魔でなく人間の悪意だったというパターンが少なくありませんが、あまりにも歪んだ動機の説明は時に説得力を欠いているように感じられてしまいます。


No.2493 6点 奥穂高殺人事件
長井彬
(2022/03/19 22:49登録)
(ネタバレなしです) 当時のトラベル・ミステリー人気の高まりを意識したのか、長井彬も「北アルプス殺人組曲」(1983年)以降はトラベル・ミステリー風のタイトルの作品が多くなりますが本格派推理小説であることはしっかり意識しており、1984年発表の本書では冒頭で「後日になって考えれば、思い当たることばかりであった。謎を解く手がかりは、その日の始まりから散らばっていたのである」と堂々と本格派を主張しています。主人公の探偵役の一人称形式で、その推理は読者に対してオープンになっていますが結構右往左往しますので読者も一緒に引きずられるかも。何度か描かれる登山シーンも充実しています。


No.2492 6点 蝙蝠は夕方に飛ぶ
A・A・フェア
(2022/03/17 01:18登録)
(ネタバレなしです) 1942年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第7作の本格派推理小説です。従軍してドナルドが不在のためバーサが単独で事件解決に挑むという異色のプロットで、いつもの(ドナルドの)1人称形式ではありません。バーサの捜査はけちでがめつい性格が前面に出て非常に心もとないですが、まだサンフランシスコに留まっているドナルドが時々手紙でバーサに支援しています。真相の謎解きもさることながらいつもと違う状況の探偵コンビがどのように事件解決するのかも興味あるところですが、ああそういうエンディングなのねという感じです。タイトルに使われている蝙蝠の使い方もなかなか上手いと思います。本書が初登場となるフランク・セラーズ部長刑事は後年作に比べるとまだ個性が弱いですね。


No.2491 5点 僕の殺人
太田忠司
(2022/03/14 05:11登録)
(ネタバレなしです) ショート・ショート作家としてデビューした太田忠司(おおたただし)(1959年生まれ)の長編ミステリー第1作となった1990年発表の本格派推理小説です。おそらく前例のない「1人6役」(物語の序盤で宣言されます)への挑戦が都筑道夫の1人3役に挑んだ「猫の舌に釘をうて」(1961年)、主人公が記憶喪失という設定がやはり都筑道夫の「やぶにらみの時計」(1961年)を思い浮かべる読者もいるかもしれません。主人公を取り巻く環境は色々な意味で重苦しいのですが、文章表現が淡々としているのであまり切迫感がありません。そこは読者評価が分かれそうですが読みやすい作品ではあります。6役についてはちょっとこじつけっぽく感じる役割もありますし、最後のどんでん返しは謎解きとしては後出し説明気味ですが当時の新本格派推理小説の作品としては物語性を重視しているのが個性になっています。


No.2490 5点 殺人は自策で
レックス・スタウト
(2022/03/09 11:04登録)
(ネタバレなしです) 1959年発表のネロ・ウルフシリーズ第22作の本格派推理小説です。複数の作家が盗作を訴えられるという事件が発端です(数件は既に賠償金を支払っています)。ウルフは盗作されたと主張の原稿を調べて全て同一人物の作と推理します。この推理の根拠となる原稿がきちんと提示されないので読者にぴんと来ないと思いますが、もし全部掲載したら相当長大なページが必要でしょうからこれは仕方ないという気もします。中盤までの展開がまどろこしいですが殺人事件が起きるとソール・パンザーたちいつもの面々だけでなく「手袋の中の手」(1937年)で活躍した女性探偵ドル・ボナーにも協力を仰いでいます。もう1人の女性探偵サリー・コルベットについては私はよく知りませんが本書が初登場でしょうか(後年の「母親探し」(1963年)にも登場していますが)?ウルフが自虐的になって解決まではビールも肉も摂取しないと宣言したり犯人に対してかなりの敬意を表したりしているのが印象的ですが、謎解きとしては推理説明された証拠が非常に脆弱に感じられました。そもそものきっかけである多重盗作詐欺の動機も曖昧です。


No.2489 5点 卵の中の刺殺体 世界最小の密室
門前典之
(2022/03/04 07:25登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表の蜘蛛手啓司シリーズ第6作の本格派推理小説で、シリーズ前作の「エンデンジャード・トリック」(2020年)と同じく「読者への挑戦状」が挿入されています。「エンデンジャード・トリック」では「犯人名を特定できない」という異質の謎解きになってましたが本書では卵(コンクリート製で高さ1.5m以上)の中の被害者をどのように刺殺したのかと真犯人の名前の2つの謎を解けと読者に挑戦しています。前者については随分手の込んだトリックですが、あのトリックで被害者の身体や衣服に何の痕跡も残らないのだろうかと疑問に思いました。後者については詳しく書けませんが全く感心できませんでした。蜘蛛手と真犯人の心理バトルが最後は子供の喧嘩状態になってしまうのが結構面白かったですけど。


No.2488 6点 修道女フィデルマの采配
ピーター・トレメイン
(2022/03/02 07:11登録)
(ネタバレなしです) 修道女フィデルマシリーズの英国オリジナルの第2短編集「死者の囁き」(2004年)から5作(英国で単行本化されていない1作を追加)を抜粋して編集した国内版の「修道女フィデルマの挑戦」に続いて別の5作を「死者の囁き」から抜粋した国内独自編集の短編集です。「修道女フィデルマの挑戦」は学生時代のフィデルマ談が多くて法廷ミステリーである「昏い月 昇る夜」が珍品に感じましたが、本書に収められたのは大半が法廷ミステリーです。フィデルマが裁判官だったり弁護人だったりしていますが、弁護人の立場でも裁判官(別人)を押しのけ気味なのがフィデルマらしいですね(笑)。創元推理文庫版の巻末解説では「みずからの殺害を予言した占星術師」と「『狼だ!』」を高く評価していますが、個人的には本格派推理小説としてしっかりしている「養い親」と「法定推定相続人」の方が好みでした。


No.2487 6点 島久平名作選
島久平
(2022/03/01 09:57登録)
(ネタバレなしです) 島久平(1911-1983)のミステリー短編集は2002年出版の本書が初めてだそうです。タイトルが味も素っ気もありませんが、まずは知名度の低い作家を知ってもらおうとこういうタイトルにしたのかもしれませんね。デビュー作の「街の殺人事件」(1948年)から「三文アリバイ」(1955年)までの18作が収められ、その内17作でシリーズ探偵の伝法義太郎が登場します。20ページに満たないショート・ショートから100ページ近い中編までボリュームも多彩ですが内容的にも思ってた以上に多彩で、ほとんどが本格派推理小説ですが通俗色の濃い作品やハードボイルドタッチの作品もあり、「凶器」(1953年)はジャンル特定に悩みます。私はトリッキーな長編の「硝子の家」(1950年)でこの作者を知ったのでトリックメーカーの印象がありましたが、本書ではプロット重視の作品も多いです。推理の粗い謎解きが多く「犯罪の握手」(1952年)などは本格派としてはすっきり感がありませんけど、ドラマ性を重視するなど個性豊かな作品揃いです。


No.2486 5点 死は万病を癒す薬
レジナルド・ヒル
(2022/02/27 23:13登録)
(ネタバレなしです) 2008年発表のダルジールシリーズ第21作の本格派推理小説です。ハヤカワポケットブック版の巻末解説では「黄金時代の探偵小説さながら、ひねりにつぐひねりの謎解きを堪能できる」と紹介してありますが、全体の1/3を占める第一巻は事件がなかなか起きず黄金時代どころかミステリーらしささえほとんど感じられないプロット展開が辛かったです。第二巻以降からようやくミステリーらしくなり、21世紀に書かれたシリーズ作品では最も本格派らしい作品だと思います。とはいえ黄金時代の多くの本格派のように名探偵が容疑者たちを一堂に集めて名推理を披露して事件解決というパターンにはなりませんけど。またkanamoriさんのご講評で指摘されているように、アガサ・クリスティーの「ホロー荘の殺人」(1954年)の犯人の正体に直結するネタバレをやってしまっているのが残念です。下品な言葉遊びを多用しているのがこの作者らしいですが、本書ではダルジールだけでなく女性たちにも(何と10歳の少女にまで)そういう発言をさせています。その1人のシャーロット・ヘイウッドがダルジールと初めて出会った時にダルジールが「アンディ・ディールです」と自己紹介するのに読者は違和感を覚えるかもしれません(他の場面ではダルジールと名乗る)。それは会話の締め括りで「ディー・エル。間違えないようにな」と語るのでこうなってます。「四月の屍衣」(1975年)でも「Dalziel」をディーエルと発音することが正しいと説明されていましたが、初めにダルジールと翻訳して紹介したからその後の翻訳出版もダルジールのまま押し通した国内出版社の方針(個人的には作者の意向に反する方針だと思ってます)のおかげでややこしいことになってます。


No.2485 5点 薪能殺人舞台
紀和鏡
(2022/02/20 03:15登録)
(ネタバレなし) 1987年発表の本書は、伝奇小説作家として活躍している女性作家の紀和鏡(きわきょう)(1945年生まれ)による「初めて挑む本格ミステリーの意欲作」と祥伝社文庫版で紹介されています。「黒潮殺人海流」(1987年)の方がわずかに先に出版されているようですが、どちらが作者のミステリー第1作かというのは今となってはどうでもいいでしょう。プロローグで2人の人物が殺人に関わっていることが暗示され、複数犯という個人的には魅力に感じない真相が予想されてしまいます。主人公で大学院生の谷芽久美が事件関係者と恋人関係になった上に感情に任せて捜査も恋愛もぎくしゃくするというのがプロットの特徴ではありますが、読者がこれを面白いと感じるかはどれだけ主人公に共感できるか次第でしょう。250ページ程度の短めの長編ですが乱れた人間関係が結構ややこしく、証拠も本物か偽装かなかなか判明しないなど思ってた以上に複雑な内容です。


No.2484 6点 悲劇のクラブ
アーロン&シャーロット・エルキンズ
(2022/02/19 16:15登録)
(ネタバレなしです) 2005年発表のリー・オフステッドシリーズ第5作でシリーズ最終作です。ハワイの名門ゴルフクラブを舞台にしていますがファンタジー小説に出てきそうな暗号文の謎解きが楽しいです。できれば見取り図を付けて図解してほしかったですね。犯人当ての謎解きも巧妙な伏線を回収しての推理が印象的です。本書のリーは前半は全く謎解きに興味を示さず後半はどちらかと言えば冒険スリラーのヒロイン的な役割になっていて、別人が名探偵役にふさわしい活躍をしているところは読者評価が分かれるかもしれません。でも本格派推理小説としては「悪夢の優勝カップ」(1995年)に匹敵する出来ばえだと思います。


No.2483 6点 風よ、緑よ、故郷よ
岩崎正吾
(2022/02/16 23:27登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の刈谷正雄シリーズ第1作で、むしろ田園本格派推理小説として知られているかもしれません。もっともこのシリーズは3作書かれていますが、田園ミステリーと呼ぶのにふさわしいのは本書のみのようです。夏目漱石の「坊ちゃん」(1906年)を連想させる行動で教師をやめた正雄が約15年ぶりに故郷の村へ戻って、にわか探偵となって未解決の父親殺しの犯人を探すプロットです。地方色豊かな舞台描写はとても魅力的で、終盤にはちょっとした登山シーンもあります。kanamoriさんのご講評でも紹介されているように地方色が濃いと言っても排他的とか陰湿な雰囲気はほとんどなく、主人公に対する大半の村人たちの対応は温かくて捜査にも協力的です。横溝正史の金田一耕助シリーズで描かれる田舎社会とはまるで異なりますが、本書の朴訥な雰囲気も悪くありません。最後のどんでん返しがとってつけたような感じがあり(まるでエラリー・クイーンの「三角形の第四辺」(1965年))、謎解きは満足できるレベルではありませんがさわやかな読み心地を楽しめる作品です。色恋場面はさわやかと言えるかは微妙ですが(笑)。


No.2482 5点 罪人のおののき
ルース・レンデル
(2022/02/16 09:22登録)
(ネタバレなしです) 1970年発表のウェクスフォード首席警部シリーズ第5作の本格派推理小説です。人物の心理描写に長けた作者ですが本書では大勢の使用人についてもきっちり描き分けています。地道な捜査で嘘や隠し事が少しずつ暴かれますがそこで一気にお前が犯人かにはならず、嘘や隠し事の背景をじっくり調べていきます。そこがいいと思う読者も多いと思いますが、個人的には丁寧過ぎて物語のテンポが盛り上がるどころか沈降してしまったように感じました。人並由真さんのご講評で指摘されているように犯人逮捕後の謎解き説明をウェクスフォードでなく(犯人でもない)別人の手記にしているのも本書の個性ではありますが効果的だったか微妙です(これが後年の「乙女の悲劇」(1978年)になるとウェクスフォードに説明させて、さすが名探偵で締め括るエンディングになります)。但し当時としては結構斬新だったと思う事件背景が語られて印象的ではあります。余談ですが創元推理文庫版でチーズで有名なオランダのゴーダをオランダ語読みのハウダと翻訳していたのには感心しました(作中で語っているのがオランダ人なので英語読みのゴーダでは不自然です)。


No.2481 5点 センティメンタル・ブルー
篠田真由美
(2022/02/14 16:43登録)
(ネタバレなしです) 桜井京介を主人公にした建築探偵シリーズ短編集には「桜闇」(1999年)がありますが、2001年発表の本書は蒼を主人公にしたシリーズ番外編の第1中短編集です(桜井京介は登場してもほんのわずかで、登場しない作品もあります)。作中時代は「ブルー・ハート、ブルー・スカイ」が蒼が12歳の1991年、「センティメンタル・ブルー」が2000年で蒼は大学生になっています。エラリー・クイーンの「Yの悲劇」(1932年)をモチーフにした短編アンソロジー用に書いた「ダイイング メッセージ 《Y》」はクイーン風の論理的推理はありませんが、社会派推理小説ネタになりそうな悲劇性が印象的です(しかし有栖川有栖、法月綸太郎、二階堂黎人が同じ依頼されていたのは納得できますが、明らかにクイーンとは作風の違う篠田が依頼された理由は何でしょう?)。その後日談的な「センティメンタル・ブルー」はサイコ・スリラー要素のある本格派です。解決は好都合過ぎで謎解きも微妙にすっきりしませんが(「相乗り」は感心できません)。謎解きよりも様々な恐怖症を抱えていた蒼が少しずつ他人との交流を深めていく成長物語として楽しむのが正しいのかもしれません。

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