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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2410 5点 蟇屋敷の殺人
甲賀三郎
(2021/08/09 00:58登録)
(ネタバレなしです) 甲賀三郎(1893-1945)はミステリーのジャンル分けにおける「本格派」を命名し、ミステリーに文学性を求める主張に対して本格派を擁護したことから戦前戦中に活躍した作家の中で「本格派の雄」と評価されています。とはいえ書き残されたミステリー作品は短編は本格派が多いものの、長編はスリラー作品が多いらしいところは江戸川乱歩と共通しているように感じられます。1938年に新聞連載された本書(単行本化は戦後らしい)は河出文庫版の裏表紙粗筋紹介で作者の最高傑作とアピールされていましたので読んでみました。自動車の中で首を切られた死体の発見に始まり、被害者と思われたが生きていた富豪の住む屋敷は庭に大量の蟇(がま)が放たれ、夜には眼も口も鼻もないノッペラボーの怪人が出没するというスリラー小説設定ですが乱歩に比べるとエログロ雰囲気はありません。第9章ではそれなりの推理が披露されるところは若干本格派風ですが、全体としては主人公も警察も事件関係者への聴取は突っ込みが足らず頼りなさの方が目立っています。おっさんさんのご講評で触れられているようにエラリー・クイーンの某作品と同じネタを先取りしていたのには驚きますが、クイーンと違って終盤で唐突に説明されていては後出しの謎解きにしか感じられません。


No.2409 5点 悪魔のひじの家
ジョン・ディクスン・カー
(2021/08/07 05:48登録)
(ネタバレなしです) 「雷鳴の中でも」(1960年)以来久しぶりの1965年に出版されたフェル博士シリーズ第21作の本格派推理小説です。不可能犯罪の本格派を得意としたクレイトン・ロースンに献呈されており、アントニー・バウチャーが「探偵小説の黄金時代のうれしい復活」と評価を寄せ、タイトルに使われている<悪魔のひじ>と呼ばれる岬に建つ緑樹館(Greengroove)が舞台と読む前から何ともわくわくしましたが...。会話はちぐはぐで説明は回りくどく、おまけになかなか事件が起きないじりじり展開に私の期待値はだんだん下がっていきます(笑)。幽霊の正体見たり枯れ尾花なのは合理的な解決を用意すれば多かれ少なかれそうなるので仕方ないと思いますが、幽霊の目撃談の段階から既に枯れ尾花です(笑)。それでも色々な謎解き伏線を回収しながらの推理説明はこの作者らしいし、不可能犯罪トリックはkanamoriさんのご講評にあるように過去作品からの流用ではあるのですが複数作品のトリックを組み合わせて過去作品を読んでいる読者でも簡単には見破られないように工夫の跡が見られます。


No.2408 5点 死者と言葉を交わすなかれ
森川智喜
(2021/08/05 07:17登録)
(ネタバレなしです) 三途川理シリーズで有名な森川智喜(1984年生まれ)ですが、魔法ありとか天使登場とか非常に特殊状況の世界を舞台にしているらしくて個人的にはちょっとなじめそうになかったので初めて読んだ作品は2020年発表の非シリーズ作品である本書です。講談社タイガ版の裏表紙紹介が「あなたは絶対に騙される」と今どき珍しいくらいの挑戦的な宣伝文句にこちらの期待値も(勝手に)高まります。浮気調査中の私立探偵がターゲットの車に盗聴器を仕掛けますが、ターゲットの人物が車中で死んでしまいます。しかしこれで殺人事件の捜査へ進展するかと思ったらさにあらずです。回収した盗聴器には会話が収められているのですがターゲットの声しか確認できず、会話の相手は常人には声が聴こえない死霊ではないかという謎解きになります。通常の犯人当てのプロットでない本格派推理小説のためか微妙に盛り上がらない謎解きですがいくつかの仮説を検証してそれなりに合理的な真相が説明され、さらに第三幕では思わぬ秘密が明かされるのですが...。まあこれは騙されるというより気づかないと言うべきでしょうか。初めから謎として読者に提示されていない秘密なのですから(第二幕の最後に登場した謎とは関連しますけどちょっと遅過ぎ)。この種の技巧的な仕掛けは私は3回ぐらい経験してますが(もちろん毎回見破れません)、初体験の読者ならどう感じるでしょうか?あと第三幕で結構長々と描写される悪意のおかげで読後は全くすっきりできませんでした。


No.2407 5点 幽霊に怯えた男
パトリック・A・ケリー
(2021/08/02 03:59登録)
(ネタバレなしです) 米国のパトリック・A・ケリーは1985年発表の本書を皮切りに奇術師ハリー・コルダーウッドを主人公にしたミステリーを1980年代後半に5冊発表しています。創元推理文庫版の巻末解説でクレイトン・ロースンの奇術師探偵マーリニを引き合いに出していますが、本書を読む限りでは終盤こそ奇術師ならではの解決が描かれるものの全体としてはロースンのような奇術趣味はなく、トリックの謎解きすらない普通の本格派推理小説です。自殺か他殺かはっきりしない墜落死をした男から、生前に幽霊について相談を受けていたことからハリーは事件捜査をする羽目に陥ります。やがて幽霊話をもちかけた男と被害者は別人だったことが判明しますが、その後は場当たり的な捜査がだらだらと続くばかりで謎解きが盛り上がりません。推理説明も論理的でなく、どうやって犯人を特定したのかがよくわかりませんでした。


No.2406 5点 炎舞館の殺人
月原渉
(2021/07/31 22:06登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のツユリ・シズカシリーズ第5作です。過去のシリーズ作品(できれば複数作品)を読んでいる読者は本書の変化球的なプロット展開に戸惑うのではないでしょうか(ここでは詳しく書きませんが)。新潮文庫版で300ページに満たない分量に濃厚な謎解き要素を詰め込んだ本格派推理小説であるところは大丈夫ですのでそこは安心下さい。トリックは某国内作家が1980年代に発表した有名作を連想しました。色々工夫を加えて単なるパクリ作品にならないようにしてはしていますけど。ただあの動機での犯行だというなら、もしも完全犯罪に成功したらその後犯人はどうするつもりだったのでしょう?せっかくのトリックが目的達成の足を引っ張りかねないように感じます。多少の突っ込みどころは目をつぶれますけどそこが1番釈然としませんでした。バラバラ死体や丸焼け死体とかなり凄惨な事件が続くんですが、中でも第3の事件の衝撃は半端ないです。


No.2405 5点 殺人ゲーム
レイチェル・アボット
(2021/07/28 16:35登録)
(ネタバレなしです) イギリスのレイチェル・アボット(1956年生まれ)はトム・ダグラス警部シリーズやステファニー・キング刑事シリーズを書いているので警察小説の書き手かと思っていたら、本国では「サイコ・スリラーの女王」と評価されているそうです。私はそのジャンルへの関心がない読者なのですが、2020年発表のステファニー・キング刑事シリーズ第2作の角川文庫版の巻末解説で「本格ミステリー要素をふんだんに取りこんだ」、「クリスティファンにも本書はおすすめ」と書いてあるのでトライしてみました。タイトルは派手ですが物語のテンポは遅く、疑心暗鬼に陥って人間関係が段々とげとげしくなっていくプロットです。終盤に伏線を回収しながらの謎解きがあるところは本格派とも言えますが、殺人犯の正体が判明した後に最大のクライマックスを用意している構成がやや異色です。クリスティとは作風がかなり違っていて「クリスティファンにもおすすめ」には疑問符がつきますが、これ見よがしの狂気描写や派手な残虐シーンはありませんのでまあ万人向け作品でしょう(但し真相の一部にとても残酷な要素があるのですけど)。作品ジャンルとしてはサスペンス濃厚な本格派か本格派要素のあるサスペンスか微妙なところ。(全く知見ないけどイメージ的に)サイコ・スリラーではないように思いました。


No.2404 6点 魔女の暦
横溝正史
(2021/07/25 23:23登録)
(ネタバレなしです) 1956年に短編版が書かれ1958年に長編化した金田一耕助シリーズ第17作の本格派推理小説です。文庫版で200ページ程度で長編作品としては短めのためか角川文庫版ではシリーズ短編の「火の十字架」(1958年)が、春陽文庫版では「廃園の鬼」(1955年)が併収されています。正体不明の殺人犯がカレンダーに殺人計画を書き込む場面が挿入され、金田一耕助宛てには「魔女の暦」と名乗る人物から挑戦状が送られ、ストリップ劇場での芝居の最中に行われた毒吹き矢による殺人事件に端を発した連続殺人事件が起こります。舞台も登場人物も通俗的で、人間関係もかなり乱れています。ところが(表向きは)お互い様とそれほど殺伐な雰囲気にはなってないし、捜査描写は非常に地味に展開し、唖然とするようなトリックの説明も淡々としています。抑制を効かせ過ぎたとも言えるでしょうが、エログロを強調したえぐい作品になるよりは(個人的には)好ましいと思います。


No.2403 5点 未亡人は喪服を着る
A・A・フェア
(2021/07/24 19:16登録)
(ネタバレなしです) 1966年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラム シリーズ第27作の本格派推理小説です。ハヤカワポケットミステリ版の登場人物リストに載っている人物はそれほど多くないのですが、未亡人も未亡人になりそうな人物(人妻)もいないではありませんか(笑)。まあそれについてはここでは詳細説明しませんが。序盤はゆすり屋を何とかするという依頼を引き受けることになったドナルドですが暴力犯でなく知能犯相手だとさすがの対応の第4章ですね。もっとも解決後の祝宴会で新たな事件が起きてしまうのですが。気の利いた手掛かりが印象的な謎解きもありますが殺人犯の正体については十分な証拠も提示されずに強引に解決したような感じがします。それにしても真相を説明されるまで全く気づきませんでしたが、同年に発表された某海外作家の本格派推理小説とほぼ同じ状況でほぼ同じトリックを使っていたのにはびっくりしました。最後はロマンチックに締め括られます。


No.2402 5点 ネメシスの契約
吉田恭教
(2021/07/23 21:21登録)
(ネタバレなしです) 2013年発表の向井俊介シリーズ第2作の本格派推理小説で、前半は厚労省の調査官(俊介)の調査、警察の捜査、新聞記者の調査などが手堅く描かれていますが謎がどんどん積み重ねられてどうやって収拾するのだろうと読者はやきもきします。この展開、私は阿井渉介の列車シリーズを連想しました。あのシリーズほどには派手な謎の連発ではありませんが、本書でも心筋梗塞にみせかけた殺人はどんなトリックが使われたのか、犯人がすぐに判明し犯人の自殺で解決したと思われる首切り殺人も実は未解決なのでは、スタンガン強盗事件で反撃されるかもしれない屈強な男を2人も襲ったのはなぜか、殺された被害者と殺されてもおかしくないのに殺されなかった人物はどこに違いがあるのかなど実に多彩な謎が提供されます。トリックも多彩で、第7章で明かされるトリックは感心しましたし、第8章で明かされるトリック(というか凶器)は苦笑ものでした。人間関係と動機が極めて複雑なのも列車シリーズを連想させますが、これだけの死者を出しておきながら「簡単に人など殺せるはずもなく」などとはちょっと説得力に欠けるように感じますけど。まあこれだけ詰め込んだ内容の力作ですから、作者も色々突っ込まれることは覚悟しているかもしれませんが。


No.2401 5点 消えたメイドと空家の死体
エミリー・ブライトウェル
(2021/07/20 07:31登録)
(ネタバレなしです) 1993年発表のジェフリーズ夫人シリーズ第2作の本格派推理小説です。前作の「家政婦は名探偵」(1993年)はジェフリーズ夫人がルティ・ベル・クルックシャンクから相談を持ち掛けられる場面で終わっていますが、本書はそこから始まります。この趣向はシリーズのパターンのようで本書の最後は降霊術の会の話で締め括られ、シリーズ次作の「幽霊はお見通し」(1993年)へとつながる伏線となっています。E・S・ガードナーのペリイ・メイスンシリーズの初期作品と同じですね。さてルティからの相談事は友人となったメイドの失踪です(ルティは大金持ちなのに何で使用人と友人になりたがるんでしょうね)。この事件はジェフリーズ夫人の雇い主であるウィザースプーン警部補が手掛ける殺人事件とも関係がありそうですが、死体は腐乱状態で身元確認が困難だし他にも行方不明の女性がいるためメイドがどうなったのかなかなか確定できないじりじりした展開が続きます。反感を抱きやすい容疑者描写も結構しつこく、ユーモアと軽快さが前作から大きく後退してしまいました。


No.2400 6点 異郷の帆
多岐川恭
(2021/07/19 07:56登録)
(ネタバレなしです) 多作家の多岐川恭は時代小説もかなりの数を書いていますが1961年発表の本書はその初期作品ではないでしょうか。時代小説でもあり本格派推理小説でもあります。作中時代は元禄4年(1691年)、舞台は長崎の出島です。時代描写と日本でありながら異郷の雰囲気濃厚な描写が特色です。出島という特殊環境の中の複雑な人間模様もよく描けていますが、通詞、ヘトル、甲比丹(カピタン)、乙名など当時の職業肩書がなかなかなじめず、読むのに少し苦労しましたけど。主人公が恋愛や今後の人生について思い悩む姿を描いた物語部分も充実しています。主人公が謎解きのみに集中していないためかプロットがどこかもやもやした感もありますが結末は引き締めており、様々な謎を合理的に解明しています。


No.2399 7点 パズル・ロック
R・オースティン・フリーマン
(2021/07/17 22:51登録)
(ネタバレなしです) 1922年から1925年にかけて発表された9作の短編を収めて1925年に発表されたソーンダイク博士シリーズ第4短編集です(「ソーンダイク博士短編全集第3巻 パズル・ロック」(国書刊行会版)で読めます)。「パズル・ロック」(1925年)の暗号謎解きとソーンダイクが巧妙さの金字塔と評価した二重三重の仕掛け、「バーナビー事件」(1925年)の有名な毒殺トリック、「フィリス・アネズリーの受難」(1922年)や「バーリング・コートの幽霊」(1923年)の大仕掛けなどトリックの面白い本格派推理小説がずらりと並びます(犯人当てを楽しめる作品ではありませんけど)。「砂丘の謎」(1924年)は中途半端な結末なので読者評価は高くないと思いますが、冒頭の他愛もなさそうな推理が思わぬ犯罪事件を掘り当てる展開はハリイ・ケメルマンの有名短編「九マイルは遠すぎる」(1947年)を連想させて興味深かったです。個人的にはソーンダイク博士短編集で1番好きです。


No.2398 5点 「謎解き」殺人事件
筑波耕一郎
(2021/07/17 17:19登録)
(ネタバレなしです) 1987年発表の本格派推理小説です。人を撥ねて塀にぶつかった車の中から2人の男女が発見されます。男は即死、女もやがて死亡しますが車にはもう1人女性がいたと言い残します(車に撥ねられた男も死亡しています)。問題の女性はどうなったのか、主人公(死んだ女の兄です)が事件を調べると妹は体調不良で車に拾ってもらったらしいのですが、乗せてもらった立場の妹が事故後に運転席で発見されたのはなぜという謎にもぶつかります。ミステリーのネタとしてはアピールの難しい交通事故の謎を上手く盛り上げているのは感心します。その後の主人公とその恋人による捜査が地味ですが堅実です。ただし明確に犯罪の被害者がいて犯人を捜すというプロットでないので読者が自力で謎解きに挑むのは難しいでしょう。中盤からは過去に起きた複数の事件が絡んできて事態はどんどん複雑化します。印象的などんでん返しもありますが、ここまで錯綜した真相は手掛かりを解決前に揃えていたとしても読者が事前に見破るのはまず無理と思われる謎解きでした。


No.2397 6点 虚空に消える
ホレーショ・ウィンズロウ & レスリー・カーク
(2021/07/17 17:03登録)
(ネタバレなしです) 米国のホレーショ・ウィズロウとレスリー・カーク(どちらも作者プロフィールについてはよくわかりません)が1928年に発表した本格派推理小説で、本国でもほとんど忘れられた存在だったようです。摩訶不思議な方法で姿を消して追跡者を煙に巻き続けた犯罪者「セイラム・スクープ」があっけなく列車事故での死亡が確認されて埋葬されたところから物語が始まります。そしてかつて偉大な奇術師として名を馳せた男を招いてイカサマ霊媒のトリック暴く会が開催されるのですが、犯罪学者が持参した石板に「あなたの部屋でお待ちしています」とセイラム・スクープからのメッセージが浮かび上がり、犯罪学者の家にかけつけると家政婦から謎の訪問者が光と煙と共に消え失せたという話を聞かされます。休む間もなく今度はセイラム・スクープの墓を暴くために急行するというハチャメチャな展開に序盤から読者は振り回されます。その後も怪現象、怪事件が相次ぎ、ポール・アルテや小島正樹が得意とする、謎を大盤振る舞いする本格派の先駆的作品といえるかも。トリック説明は後年のクレイトン・ロースンに比べると上手いとは言い難いし、そもそも推理が論理的でなくてかなり粗い謎解きなのは読者の好き嫌いが分かれると思いますが、不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーがデビューするよりも前にこういう作品が書かれていたのは驚きです。推理小説の読者タイプの分類や消失トリックの分類まで作中でやっているのも先駆的ではないでしょうか。


No.2396 6点 奇術師のパズル
釣巻礼公
(2021/07/16 06:54登録)
(ネタバレなしです) 1999年発表の本書は刺激的なタイトルもそうですが、作者が「本格ミステリーのつもりで書いた」、「いつかは真正面から密室を扱ってみたいと思っていた」とコメントしていることからガチガチの本格派推理小説かと期待して読みましたが読む前のイメージ(期待値)とは違う内容でした。スクールカウンセラーの女性を主人公にして学校が抱える様々な問題と直面させる社会派要素がとても強い作品です。これはこれで読み応えがありますがパズル性が弱くなった印象が否めません。それでもトリックが非常に凝っていて図解による説明も充実しているのですが、まだ説明不足に感じられます。ネタバレなしで理由を書くのが難しいですが最後の謎解き場面での「ひとときの強制的な眠り」は何のためなのかよく理解できませんでしたし、その後に続く「体育館を出る」はどうやって出たのかについて触れられていません。総合的には5点評価ぐらいなのですがトリックのアイデアに感心したのでおまけ評価します。


No.2395 5点 閉じ込められた女
ラグナル・ヨナソン
(2021/07/11 22:30登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表のフルダ・ヘルマンスドッティル三部作の最終作です。この作者の「雪盲」(2010年)を読んだときには自然描写が物足りなく感じましたが本書の厳冬描写はなかなかの迫力を伴っています。第一部での大雪でクローズド・サークル状態となった農家に住む夫婦と道に迷った訪問者の3人の間に緊張感が高まっていく展開は一級のサスペンス小説です。並行してフルダの家族問題も描かれますがこちらはミステリー要素はありませんけどやはり悲劇色が濃厚で、作品の重苦しさに拍車をかけています。そして第二部が捜査編ですが容疑者との事情聴取のない捜査となっているところがユニークです。ここは倒叙本格派推理小説なところもありますが論理的な推理がほとんどなく、感覚的な当て推量に近いので謎解きとしては不満があります。どんでん返しが効果的なだけに惜しまれます。それにしても三部作を通じて描かれるフルダの人生の救いのなさはあまりにも重い、何もここまで重くしなくても。あと余談ですが阿津川辰海による巻末解説で「アイスランドのアガサ・クリスティ」を引用しているのはこのパズル性の弱い作品にはふさわしくないと思うし、そもそも「アイルランド」と誤植しているのはいけませんねえ。


No.2394 6点 星読島に星は流れた
久住四季
(2021/07/10 21:50登録)
(ネタバレなしです) ライトノベルミステリーの書き手として知られる久住四季(くずみしき)(1982年生まれ)が一般読者向け作品を意識したらしい2015年発表の本書は、第1章が「宇宙を満たすもの」、最終章の第7章が「地球最後の日」という構成ですがSF要素は全くなく、高確率で隕石が落下すると噂の孤島を舞台にした本格派推理小説です。第5章の終わりでは「読者への挑戦状」こそありませんが主人公に「やっとわかったよ、犯人が」と言わせています。「壮大なトリック」は面白いアイデアと思いますが演出的に壮大感が弱いのが惜しまれるのと、「何度でも繰り返す」はいくらなんでも無茶ではないかという気がしないでもありません。でも疑問点や矛盾点を列挙しながらの推理説明が丁寧な本格派として楽しめました。


No.2393 5点 ネロ・ウルフの災難 外出編
レックス・スタウト
(2021/07/08 21:55登録)
(ネタバレなしです) ネロ・ウルフが嫌い(苦手)なのは女性と外出ということで本書は日本独自編集でウルフが外出する3つの中編を収めたシリーズ中編集です。もっとも論創社版の巻末解説によると「実際の事件の半分ほどでウルフは外出している」とのこと。私はこのシリーズの良き読者とは到底言えませんけど、そんなに沢山の作品で外出していたという記憶がありません(記憶の自信もありませんが)。どうせなら外出作品一覧を作ってほしかったですね。それはともかく本書に収められたのは本国オリジナルでは第4中編集(1950年)から「死への扉」、第8中編集(1956年)から「次の証人」、第11中編集(1960年)から「ロデオ殺人事件」です。「死への扉」は解決場面に至るまでは文句なしの面白さです。早く解決したいウルフですが事件関係者は非協力的だし警察は堂々と妨害してきます。どんどんページが少なくなってハラハラしますが終盤が残念。はったり(ウルフ曰く「力強い揺さぶり」)での解決です。ここで切れ味鋭い推理を披露できれば傑作だったのに。「次の証人」はウルフが法廷に証人喚問されたというだけでも注目ですが証言台に立つ前に法廷から出ていってしまうびっくり展開、「ロデオ殺人事件」は容疑者の大半がカウボーイ、カウガールとどちらもそれなりに作品個性はありますが本格派推理小説の謎解きとしては推理の説得力が弱いのは残念です。


No.2392 4点 三姉妹探偵団
赤川次郎
(2021/07/06 21:22登録)
(ネタバレなしです) シリーズ化するか未定だったのか1982年に発表された当時はシンプルに「三姉妹探偵団」というタイトルだった三姉妹探偵団シリーズ第1作です。おっとりした19歳の長女、しっかり者の17歳の次女、金に細かい15歳の三女という姉妹(このキャラクター設定、姉2人と弟1人のトリオですがクレイグ・ライスの「スイート・ホーム殺人事件」(1944年)を連想しました)が父親不在中に家を放火され、父親の部屋から女性の他殺死体が見つかるという事件に巻き込まれます。行方不明の父親が容疑者になったため、三人が真犯人探しに乗りだすというプロットです。決して探偵能力に秀でているとは言い難い三人の心もとない探偵活動が読ませどころです。読みやすいユーモア本格派推理小説でありながらも脳天気なばかりの作品ではありません。危ない目や痛い目にあったり、特に長女・綾子が妻ある男性(容疑者でもあります)に恋してしまうエピソードはハッピーエンドなんかありえないという雰囲気濃厚で読者はハラハラさせられます。謎解きは全く物足りず、私の読んだ講談社文庫版の巻末解説では「奇抜なトリックこそ出てないが」と擁護していますけどトリックどころか気の利いた手掛かりもミスリードの技巧も読者を納得させる推理の積み重ねもありません。犯人自滅で強引に決着させただけの解決にしか感じられませんでした。


No.2391 7点 マーチン・ヒューイット、探偵
アーサー・モリスン
(2021/07/04 06:47登録)
(ネタバレなしです) コナン・ドイル(1859-1930)のシャーロック・ホームズシリーズはストランド・マガジンという雑誌に掲載されて大変な人気を誇りましたが、ドイルは「最後の事件」(1893年)でシリーズを強制終了してしまいます。出版社や読者からの要望に応えて1903年からシリーズ連載再開するのですがそれは後の話。人気シリーズの後釜として急遽白羽の矢がたったのがジャーナリスト兼作家だったアーサー・モリスン(1863-1945)です。ミステリー作家としての実力は未知数でしたが、マーチン・ヒューイットを名探偵役にしたシリーズを1894年に7作ストランド・マガジンに発表して同年にはシリーズ第1短編集として本書を出版して見事期待に応えました(最終的には全25作が書かれて4つの短編集を出版)。キャラクターの弱さが指摘されていますが、捜査描写はドイルよりも丁寧に感じられます。その丁寧さが時に冗長に感じられてしまうところもあって一長一短ですが。有名なトリックが印象的な「レントン農園盗難事件」、消えた足跡トリックは残念レベルですが不自然な証言に着目した推理が光る「サミー・スロケットの失踪」、大胆な真相としっかりした推理のバランスがいい「スタンウェイ・カメオの事件」が個人的には好みです。

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