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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2810件

プロフィール| 書評

No.2450 3点 「北斗星」24時間の空白
井口民樹
(2021/11/25 18:53登録)
(ネタバレなしです) 私が初めて井口民樹(1934年生まれ)の作品を読んだのは1992年発表の本書です。謎はなかなか魅力的で、夕方に東京の上野駅を出発して翌朝に札幌へ到着する夜行列車「北斗星1号」に乗った女性が車中で出会った女性から勧められた酒を飲んで眠り込んでしまいます。目が覚めた時には問題の女性はいなくなっていて無事札幌に到着したのですが、なぜか日付は出発日の翌日でなく翌々日でした。しかも意識を失っている間に彼女の婚約者が殺されて有力容疑者になってしまいます。偶然北海道で彼女と知り合った友部夫妻が彼女の無実を証明するために奔走するプロットで、謎は場当たり的に明らかになるので読者が推理する余地はほとんどありません。そして問題のトリックなんですがこれはひどい!もうSFトリックとか魔法トリックとか超能力トリックのレベルです。そういう設定ありの作品世界ならまだ許せますが、普通の世界でこれはないでしょう。BIG BOOKS版の作者紹介で「トラベルミステリーの秀作を次々と発表して好評を博している」と書かれてますが、本書がたまたまはずれ作品だったのでしょうか?私にとっては(個人的に)不幸な出会いになってしまいました。


No.2449 5点 <アルハンブラ・ホテル>殺人事件
イーニス・オエルリックス
(2021/11/20 23:33登録)
(ネタバレなしです) 米国の女性作家イーニス・オエルリックス(1907-1982)がデビューしたのはクレイグ・ライス(1908-1957)と同じく1939年、ライスも多作家ではなかったですがオエルリックスは輪をかけて寡作家でわずかに8作の長編ミステリーしか残していません。8作の内7作は牛乳配達人マット・ウィンターズシリーズですが、21世紀になってやっと日本に初めて翻訳紹介されたのは1941年発表の(唯一の)非シリーズ作品の本格派推理小説である本書でした。論創社版の巻末解説によれば英語原題は「Murder Makes Us Gay」で「人が殺されてしまうとなぜかわくわくしてしまう」という意味のようですが、陽気とかユーモアとかを感じさせる内容ではありません。重苦しいとか堅苦しい作品でもないですけど。1人の有力容疑者を大勢が犯人と決めつけてますがほとんどが感情任せです。決定的と思える証拠や証言はほとんどなく、他の容疑者の追及もそれほどでもなく、人物関係が錯綜していることもあって微妙にもやもやした展開ですが終盤はなかなか劇的です。謎解き伏線を回収しての推理説明もありますが、むしろ(犯人以外の)容疑者たちがそれまでの嘘や隠し事を入れ代わり立ち代わりで自白していく場面が印象的です。犯人でもないのになぜそんなことしたのかについては説得力ある説明になっていないように思いましたが。


No.2448 5点 インド宮廷秘宝殺人事件
新谷識
(2021/11/16 04:17登録)
(ネタバレなしです) 新谷識(1921-2008)の最後のミステリー作品となった1995年発表の本書で活躍するのは阿羅悠介の姪・小川久美子です。小川由美子の間違いではと思われる読者もいるかもしれませんが、由美子の姉です。「ヴェルレーヌ詩集殺人事件」(1990年)にも登場していて謎解き議論の中で推理貢献しているのですが、積極的に捜査に首を突っ込む由美子と比べて地味な存在で私はすっかり忘れていました(恥)。間違いと言えば「ヴェルレーヌ詩集殺人事件」では世史子だった悠介の妻が本書では淑子になっているのはさすがに作者の間違いでしょう。インド宮廷秘宝展の開催準備に関わっていた宝石デザイナーが殺され、インド史に詳しい久美子が警察を助けるというプロットで後半はインドが舞台になります。インドに関わると思われるダイイング・メッセージの謎解きが中心なのはインド史研究家として名高い作者ならではの個性とは言えるのですが、ほとんどそれに終始しているため一般知識レベルの読者に受けるか微妙です。もっと説得力のある証拠が散りばめてあれば本格派推理小説として充実したものになったと思います。


No.2447 5点 ぬれ手で粟
A・A・フェア
(2021/11/14 23:20登録)
(ネタバレなしです) 英語原題が「Up for Grabs」の本書は1964年に発表されたバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第25作です。交通事故の後遺症を装った保険金詐欺を疑われている男の尻尾をつかむために観光牧場へ招待するという計画にドナルドが加担するという何とも不思議な展開の異色作です。意外な殺人事件(?)が起きてもそちらの謎解きより保険会社からの依頼の方を優先していくドナルドがかなり意外な秘密を暴くのですが、あまりにも唐突な解決に加えて推理説明が十分でないので呆気にとられるばかりです。不思議と言えば弾十六さんのご講評でも紹介されていますが、ハヤカワポケットブック版の巻末解説はE・S・ガードナー名義の「使い込まれた財産」(1965年)が日本人に献呈されたことばかりに言及していて、本書についてはまるで触れられていないのも不思議ですね。


No.2446 5点 殺意のバカンス
野村正樹
(2021/11/12 08:03登録)
(ネタバレなしです) 野村正樹(1944-2011)はサラリーマン時代の1986年に本書を発表してデビュー、1995年に退社するまで兼業作家でした。初期はミステリー作品が多かったですが1990年代以降はビジネス関連本や趣味関連本の方が圧倒的に多くなり、ノンフィクションライターとして認知している読者の方が多いかもしれません。本書は1985年の夏に新幹線の中で起きた毒殺事件を扱った典型的なトラベルミステリーですが、それほどバカンスを感じさせる内容ではありません。緻密なアリバイ崩しが特徴の本格派推理小説で、最初の謎解き議論で有名な「最速のはずの列車に追いつく後発列車」トリックが浮かび上がったりしますがさすがにこれだけで解決するはずもなく、試行錯誤の上に複雑なトリックが図解付きでわかりやすく説明されます。トリックはよく考え抜かれていますが被害者の独身女性が妊娠中だったのに(犯人かどうかはともかく)父親捜しを後回しにしているなど謎解きプロットとしては甘いと感じる部分もあります。動機に関わる過去の出来事も後出し気味の説明ですが、当時の社会事情を知らない世代の読者を意識したのか時代背景がかなり詳細に語られておりここは社会派推理小説風です。


No.2445 5点 瀬戸内を渡る死者
津村秀介
(2021/11/10 06:06登録)
(ネタバレなしです) 1985年に発表された、シリーズ探偵の登場しない本格派推理小説です。四国で発見された死体と東京にいたと主張する容疑者のアリバイ崩しの作品で、まだ瀬戸大橋が完成されていない時代なので本州から四国へ列車だけで渡る手段は当然検討されていませんが特に違和感は感じませんでした。軽薄で場当たり的な思考しかしないように見える容疑者のアリバイを捜査側も簡単に見破れると甘く見ていますが、何度も崩したかと思うと新たな壁が立ちふさがるかの如くアリバイが補強されてしまって焦りの色を濃くしていく展開はアリバイ崩しの醍醐味でしょう。もっとも性格が大雑把な私は緻密なアリバイ崩しが苦手であまりそれを楽しめず、むしろアガサ・クリスティーの某作品とルース・レンデルの某作品のアイデアを融合したようなトリックの方が印象に残りました。


No.2444 5点 自由研究には向かない殺人
ホリー・ジャクソン
(2021/11/08 01:12登録)
(ネタバレなしです) 英国の女性作家ホリー・ジャクソン(1992年生まれ)の2019年発表のデビュー作の本格派推理小説です。グラマースクールの最終学年を迎えるピップが主人公で、自由研究のテーマとして5年前に起こった当時17歳の少女の失踪事件と彼女を殺したと疑われた少年の自殺(らしい)事件を調べていくプロットです。学生であるピップの捜査には様々な制約が課せられていますし、事件関係者も必ずしも協力的でない(中には露骨に敵意むき出し)ですが、粘り強く捜査を続けるピップの作業記録には少しずつ新たな容疑者が増えて行きます。面会、電話、メール、時に違法気味の手段で情報を収集し、地図、フェイスブック履歴、写真、相関図なども挿入されます。創元推理文庫版で550ページを超す長大な作品ですが、時には危険な香りが漂い、時には悲劇色が強くなるなど退屈させない展開で読ませます。真相は非常に複雑ですが、どんでん返しのためとはいえ登場人物リストに載っていない人物(49章で素性が明かされます)の唐突な登場はちょっと偶然性が強過ぎに感じましたけど。決して興味本位の謎解きでないピップの正義感と(挫折しそうにもなりますが)意思の強さが印象に残ります。


No.2443 5点 エアロビクス殺人事件
エドワード・D・ホック
(2021/11/01 21:46登録)
(ネタバレなしです) 1984年発表の本書は英語原題は「Prize Meets Murder」で、大学の准教授であるマシュー・プライズ(37歳)を名探偵役にした本格派推理小説です。覆面作家のR・T・エドワーズと「魔術ミステリ傑作選」(1976年)や「殺さずにはいられない」(1999年)など多くのミステリー・アンソロジーの編集者として知られるオットー・ペンズラー(1942年生まれ)による共著で、ハヤカワミステリ文庫版の裏表紙には2人の写真が掲載されていますがエドワーズは肩から下までしか映っておらず、肝心の顔の部分はペンズラーがさえぎって隠しているというお遊び趣向の写真です。なお現在ではエドワーズの正体はエドワード・D・ホック(1930-2008)であることが判明しています。読者が自力で犯人を推理できるようフェアに謎解き伏線を配置しており、「読者への挑戦状」に相当するページでは「犯人」、「動機」、「容疑者たちから唯一の犯人を絞り込むための四つの手掛かり」、「誘拐事件と関わりのあった手掛かり」に関する四つの設問が用意されています。しかしその後は問題集の解答編みたいな味気ない説明がわずか3ページ続いて唐突に終わります。そこには小説としての余韻などかけらもありません。私は本格派を犯人当てゲーム感覚で楽しんでいる読者なのでパズルに徹した本書でも問題ありませんけど、物語としての面白さに少しは配慮してほしいという意見が多数派になりそうな気がします。


No.2442 4点 九州殺人行
石沢英太郎
(2021/10/31 23:37登録)
(ネタバレなしです) 1980年に新聞連載された「民謡殺人」を改訂して「『博多どんたく』の謎」というサブタイトルを付けて1982年に発表された本格派推理小説です。なお短編集「博多殺人行」(1985年)とは全くの別物で、本書は長編作品です。民謡ルポルタージュを書いていた作家が密室状態のホテルの部屋で射殺され、主人公である(新進作家の)古葉がその仕事を引き継ぎます。研究家や郷土史家を訪問取材して多くの民謡に関するルーツや背景を調べていくのですがこれが私の予想以上に力が入った内容で、ドキュメンタリー小説を読んでいるのかと思うことしばしばでした。ミステリーとしても生前の被害者宛てにかかってきた電話に民謡のメロディーが流れたり民謡の唄の見立て殺人があったりと民謡殺人を意識してはいます。とはいえ残念レベルの密室トリックが都合よく登場した証人の証言で明かされたり、動機や凶器のピストルの入手手段などが犯人の自白で判明するなど、読者がただ後追いするだけのミステリープロットはあまり楽しめませんでした。


No.2441 6点 寄宿学校の天才探偵③
モーリーン・ジョンソン
(2021/10/30 22:49登録)
(ネタバレなしです) 2020年発表のステイヴィ・ベル三部作の最終作です(もっともその後に新たなシリーズ作品を発表したらしいですが)。1936年に起きた大悲劇が起きる前の出来事が描写され、亡くなっている人物たちが再登場する展開に驚かされますが、三部作第1作の「寄宿学校の天才探偵」(2018年)の英語原題である「Truly Devious」、これは謎めいた予告状を送りつけた人物の名前でもあるのですが、早い段階でこの正体が明かされて更に驚くことになります(ちょっと拍子抜けの真相気味ですが)。その後も過去の事件に関わる秘密が段階的に読者へ明かされる展開ですけどここには推理の要素はほとんどありません。しかし現代に起きた事件の数々についてはお待たせしましたとばかりに(本当、待たされましたよ)、ステイヴィが次々に謎解き伏線を回収しながらの推理を披露して解決し、本格派推理小説らしさを十分に堪能できました。それにしても1つの謎解き物語を三部作形式にしたのはあまり好ましくないように思いました。それぞれが独立した作品と思い込んで例えばいきなり本書から読んでしまう読者もいるかもしれませんし、過去2作の予備知識がないと本書はよくわからないと思います(前述の伏線も過去2作のものが多数です)。あと創元推理文庫版の巻末解説で登場人物たちの未来についての想像や希望が書かれていますが、彼らは容疑者でもあります。解説から先に読んだ読者に余計な先入観を与えてしまいかねないのでこれも感心しませんでした。


No.2440 6点 霊魂の足 加賀美捜査一課長全短篇
角田喜久雄
(2021/10/27 07:32登録)
(ネタバレなしです) 1946年から1948年の短期間に集中的に長編2作と短編7作が発表された加賀美捜査課長シリーズですが、全短編をまとめた単行本は「角田喜久雄探偵小説選集」(1956年)が最初で(但し2巻に分かれて収められたようです)、比較的最近だと国書刊行会版の「奇蹟のボレロ」(1948年)に短編7作が全部一緒に収められています。この国書刊行会版(1994年)を入手している読者は創元推理文庫版(2021年)の本書を購入する必要はありません。エッセー「加賀美の帰国」(1948年)によればこのシリーズをジョルジュ・シムノンのメグレ主任警部シリーズ(エッセーではメグーレと表記)の文体に、フランス流の探偵法でなく本格探偵小説風の捜査法を織り込んで書いたらしいです。私はメグレシリーズを読んでないので文体がシムノン風かはわかりませんが、短編でも独特の雰囲気は十分に感じられました。本格派といっても推理の過程があまり語られない(中には自白頼りの)作品もありますが、それでも作品全体が醸し出す雰囲気や人情要素、そして戦中戦後の混乱が招いた悲劇描写などの多彩さで読ませます。謎解きも含めて個人的に好きなのは「緑亭の首吊男」(1946年)、「霊魂の足」(1947年)、「Yの悲劇」(1946年。エラリー・クイーンの同名作品のネタバレあるので注意下さい)で、人情談としては「五人の子供」(1947年)もお気に入りです。


No.2439 5点 混沌の王
ポール・アルテ
(2021/10/24 22:18登録)
(ネタバレなしです) ポール・アルテのシリーズ探偵と言えばまず挙げられるのはジョン・ディクスン・カーのフェル博士の影響が濃い(というかパロディーに近い)アラン・ツイスト博士ですが、それに次ぐ存在が1994年発表の本書がシリーズ第1作となるオーウェン・バーンズです。行舟文化版のイラストは(日本で先行出版された「殺人七不思議」(1997年)、「あやかしの裏通り」(2005年)、「金時計」(2019年)のイラストも)アルテ自身による挿画で、その多才ぶりに改めて驚かされます。本書は鈴の音と共に出現して雪の上に足跡を残さない白面の怪人「混沌の王」による(と思われる)数々の不可能犯罪の謎解きを楽しめる本格派推理小説です。犯人当てとしては不満もありますが、次々に打ち上げられるトリックの花火は圧巻です。21章で説明される、村に通じる路上での老人死亡事件の真相は馬鹿トリックに近いと思いますけど、最後の一行まで謎解きしての締め括りは某英国女性作家の1940年代の名作を(あれも足跡トリックありましたね)思い起こしました。


No.2438 5点 阿蘇安徳伝説の殺人
山村正夫
(2021/10/24 16:55登録)
(ネタバレなしです) 「火の里の陵」というサブタイトルを持つ、1990年発表の滝連太郎シリーズ第6作の本格派推理小説です。第2章でジョセフィン・テイの「時の娘」(1951年)と高木彬光の「成吉思汗の秘密」(1958年)が引用されており、盲腸炎で入院した滝に「安楽椅子探偵による歴史の謎解き」を挑戦させています。作者はそこに現代の殺人事件を融合させる新形式に意欲が沸いたとコメントしており、本書は高田崇史のQEDシリーズの先駆と評価してもよいように思います。歴史の謎解きは壇ノ浦の戦い(1185年)で水死したとされる安徳天皇が生き延びたという伝説で、過去の文献を基に滝に推理させていますが武見香代子とのユーモアたっぷりの議論のおかげでこの種のものとしては読みやすく仕上がっています。現代の謎解きは性的暴行を受けた少女が崖から身投げして死んだ悲劇に端を発したと思われる死体なき殺人(血痕を残して行方不明)を扱っていますが、こちらは滝の推理は必要なかったのではと思わせるほどの杜撰すぎる犯行で、せっかくの新形式の謎解きですが空回りしている印象です。


No.2437 6点 ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編
レックス・スタウト
(2021/10/23 23:27登録)
(ネタバレなしです) 国内独自編集のネロ・ウルフシリーズ第3短編集として2016年に出版されました。アーチー・グッドウィンが第二次世界大戦中に軍務についていた時代の作品を収めたためか、米国本国での第2短編集(1944年)の全2作が丸ごとと第3短編集(1949年)の全3作から2作と執筆時期の近い中編4作が集められました。どうせなら米国版第3短編集の「証拠のかわりに」(1946年)も収めて2つの短編集の合本版にしてくれたらと思わないでもありませんが。米国版第2短編集のタイトルにもなった「死にそこねた死体」(1942年)が断トツの面白さです。ウルフを呼びだせとの軍上層部の命令を受けて依頼人側に回ったアーチーがどうするのかと思ったら、そこから予想の斜め上展開になってぐいぐい読ませます。ウルフの切れ味鋭い推理が暴いた真相はとてつもない「嘘から出た真(まこと)」でした。「ブービートラップ」(1944年)ではついにウルフが軍からの依頼を引き受けます。警察相手でも自分の流儀を押し通すウルフですが戦争で愛国心が燃え上がって軍には恭順姿勢なのが異色です。タイトルに使われているようにトラップで犯人を特定しているのが本格派推理小説好きの私としては物足りないですけど。ウルフに殺人予告状が届けられる「急募、身代わり」(1945年)はプロット展開の面白さは「死にそこねた死体」に匹敵しますが、推理の根拠となる手掛かりは後出しだし説明があまり論理的でないのが惜しいです。ウルフが「親しみをこめて軽く笑った」に仰天させられる「この世を去る前に」(1947年)は裏社会の大物が登場することもあって非常にハードボイルド色の強い作品。本格派らしさもありますが論創社版の巻末解説で触れられているように手掛かりが感心できないのは残念。個性豊かな作品揃いでいつもと違うウルフとアーチーが見られるのは貴重でもありますが、初めてこのシリーズを読む読者はいつもの2人が描かれている他のシリーズ作品から先に手に取ることを勧めます。


No.2436 5点 花窗玻璃 シャガールの黙示
深水黎一郎
(2021/10/20 15:25登録)
(ネタバレなしです) 2009年発表の芸術探偵・神泉寺瞬一郎シリーズ第3作の本格派推理小説です。私はサブタイトルが「天使たちの殺意」に改題された河出文庫版(2015年)で読みました。本書の特徴は瞬一郎の手記で占められていることで、18歳だった瞬一郎のフランスのランスでの怪死事件の謎解きを描いています。瞬一郎の伯父の海埜警部補とのユーモア溢れる会話シーンはプロローグとⅠ章の終盤のみです。手記でまず目につくのは本来ならカナカタ表記になる外来語を全て漢字表記にしていることです。「花窗玻璃(ステンドグラス)」のようにルビは振ってあるし、最初の1回だけでなく用語が登場するたびに毎回ルビを振ってありますのでそれほど読みにくくはなかったです(電気六弦琴(エレキギター)には笑えたけど搖滾樂(ロックンロール)は理解不能でしたが)。何でそんな表記にしたかもちゃんと作中で瞬一郎に説明させて、読者からの反発対策もばっちり(笑)。動機が後出しの説明ですが使われたトリックはなかなか印象的で、わざわざランスを舞台にしている理由も単なる観光要素ではありませんでした。2つの事件の連続性については不満を抱く読者もいるかな。どうせなら瞬一郎と海埜の会話を最後にも挿入して締め括ってほしかったです。それにしても作者がフランス留学経験あるとはいえ、参考文献が全部フランス語というのは恐れ入りました。


No.2435 5点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅲ
エドワード・D・ホック
(2021/10/17 23:15登録)
(ネタバレなしです) サム・ホーソーンシリーズ第25作の「ハンティング・ロッジの謎」(1983年、作中時代は1930年11月)から第36作の「窓のない避雷室の謎」(1988年、作中時代は1935年4月)までの12作を収めて2004年に日本独自編集の第3短編集(創元推理文庫版)として出版されました。「サム・ホーソーンの事件簿Ⅱ」(2002年日本独自編集版)でも不可能犯罪トリックのアイデアの行き詰まりを感じさせていましたが本書に至っては普通の犯罪の謎を無理矢理に不可能犯罪に仕立てているような苦しい作品が目立ちます。「真っ暗になった通気熟成所の謎」(1987年)のように「あんたがいつも出くわすような密室殺人じゃないな」と割り切った方がずっとすっきりしています。そうはいっても魅力的な謎の不可能犯罪の作品の方に心惹かれるのはどうしようもなく、本書では「ハンティング・ロッジの謎」と「「消えた空中ブランコ乗りの謎」(1986年)が楽しめました。トリック自体はジョン・ディクスン・カーの先例に類似していますが死者による殺人に挑戦してプロットの工夫が光る「防音を施した親子室の謎」(1984年)も悪くありません。惜しいのはサイコサスペンス風な雰囲気が異色の「窓のない避雷室の謎」で、アンフェアに読者を騙しているように感じてしまいました。ボーナス追加の非シリーズのショート・ショートの「ナイルの猫」(1969年)は動機なき殺人(犯人は逮捕済みです)の動機探しの謎解きですがひねった動機がユニークですね。これでは被害者が浮かばれず犯人に同情する余地はないように思いますが。


No.2434 6点 赤き死の香り
ジョナサン・ラティマー
(2021/10/16 05:12登録)
(ネタバレなしです) 1939年発表のビル・クレインシリーズ第5作にしてシリーズ最終作となった軽ハードボイルドです。これまでのシリーズ作品でも探偵仲間とチームプレーしているクレインですが本書では女性探偵、しかも所長であるブラック大佐(とうとう生身の出演はありませんでしたね)の姪のアンが登場します。クレインは彼女との結婚さえも考えているようですが、二人の仲がどう発展するのかも本書の読ませどころの一つです。大富豪とその一族が登場し、既に2人が自動車の排気ガスによる一酸化炭素中毒で謎の死を遂げています。銃撃戦あり、肉弾戦あり(最も派手なのは女性同士のそれでした)、ギャング登場とハードボイルドらさしさが随所に発揮されています。相変わらず酒と女性にだらしなく、しかもそれが往々にして(特にアンとの)トラブルの火種になるクレインのせいで展開がぐだぐだ気味ながらも17章では出色のサスペンスでぎゅっと引き締め、それに続く怒涛のアクションの末に解決と思わせて、そこからクレインが本格派推理小説の名探偵さながらの推理でもう一回引き締めます。あの犯行が完遂したら本当に犯人は目的達成できるのか疑問に思わないでもありませんが謎解き伏線のカモフラージュは非常に巧妙で、特に殺人に使われた小道具の一つは非常に印象的でした。本書までほぼ毎年1作発表していたラティマー(1906-1983)は1940年代から映画やテレビのシナリオライターとして活躍するようになりペリー・メイスンシリーズ(レイモンド・バー主演版)や刑事コロンボシリーズまで手掛ける一方で、ミステリー小説家としては1940年代に1作、1950年代に2作発表して終わってしまいました。


No.2433 5点 双孔堂の殺人~Double Torus~
周木律
(2021/10/12 02:35登録)
(ネタバレなしです) 2013年発表の堂シリーズ第2作の本格派推理小説で、新たなシリーズキャラクターとして宮司兄妹が初登場です。語り手を務める兄の司は警察庁の警視、まだ学生の妹の百合子はあまり出番がありませんけど事件解決後のプロローグ的な場面では存在感を示します。シリーズ前作「眼球堂の殺人」(2013年)で名探偵役だった十和田只人は何と殺人容疑者として警察に身柄確保された上に「犯人は僕だ」と自白(?)する始末で、放浪の数学者が拘留の数学者になってしまいました(笑)。私の読んだ講談社文庫版のあとがきで作者は「数学の話が入るだけで読者が辟易するのは容易に想像がつく」と言い訳しながら「少なくないページを数学の話で費やしてしまった」と自白していて、確かに十和田の説明は前作以上に数学的で頭が痛くなりますが数学問題を解けと迫っていない分だけ高田崇史のQEDシリーズの歴史・文学・伝承の謎解きに比べればまだ読みやすいです。前作同様に舞台とトリックに凝った作品ですが、一部の仕掛けは早い段階で気づいているのに肝心な部分は十和田に指摘されるまで(ご都合主義的に)見落としている警察というのはいくら少人数の捜査チームとはいえちょっと不自然感が漂います。まっ、これは名探偵に花を持たせるための演出と割り切るしかないですね。


No.2432 4点 シャーロック・ホームズの愛弟子
ローリー・キング
(2021/10/10 23:21登録)
(ネタバレなしです) 米国のローリー・キング(1952年生まれ)はサンフランシスコ市警のケイト・マーティネリシリーズ第1作の「捜査官ケイト」(1993年)でミステリー作家としてデビューしましたが、最も力を入れているのは1994年発表の本書に始まるメアリ・ラッセルシリーズではないでしょうか。夥しい数が書かれているシャーロック・ホームズのパスティ-シュ作品の一つかと思って読みましたが、むしろシリーズ番外編を意識しているように思えます。メアリの1人称で書かれていますがコナン・ドイルの原作に登場するワトソン博士が観察者に留まっていたのとは全く違います。1915年に当時15歳のメアリが54歳のホームズと出会い、名探偵の素質を認められて1918年からはホームズの助手として活躍することになるのです。50歳代のホームズがドイル原作での全盛期とはかなり異なる描写なのは原作ファンから見ると複雑なところで、ホームズ物語ではなくメアリの成長物語と割り切った方がいいでしょう。ミステリー的には冒険スリラーですが、無理にドイル風にしていないのは作品個性としてまあいいとしてもプロット展開も会話も結構回りくどくて読みにくかったです。またいくら犯人当て本格派推理小説でないとはいえ、最重要な人物が集英社文庫版の登場人物リストから漏れているのも残念(これは作者でなく出版社の責任かもしれませんが)。


No.2431 5点 葛登志岬の雁よ、雁たちよ
平石貴樹
(2021/10/04 21:39登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表の函館物語シリーズ第3作の本格派推理小説です。このシリーズ、岬と鳥を組み合わせた抒情的なタイトルが大変印象的ですが中身がむしろ味気ないぐらいに叙事的なのは依井貴裕の種井理シリーズと共通しているように思います。前半から丹念な捜査が地味に描かれ、シリーズ名探偵役のジャン・ピエール・プラットが本格的に参加するようになりますがこれで謎解きが盛り上がるかと思えばむしろ逆です。というのは彼はもともと殺人事件が起きるよりも前に修道院で発見された白骨死体の謎解きに駆り出されていたのであり、彼の登場で殺人の謎解きが中断されてしまったような展開になるのです。もちろん最後には全ての要素が整理されて筋道が通るのですけど。ジャン・ピエールの説明は過去のシリーズ2作に比べてどうやって真相に気づいたかの推理が不十分に感じられます。真相が非常に複雑難解なので、これでは自分で謎解きを試みたい読者は納得しにくいかもしれません。

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