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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1519件

プロフィール| 書評

No.1379 6点 八一三号車室にて
アーサー・ポージス
(2022/08/03 20:36登録)
第一部ミステリ編、第二部パズラー編、それぞれ13編ずつ収められています。
表題作は第二部の最初に置かれていますが、このタイトル、しかも作者はステイトリー・ホームズのシリーズ等パロディ、パスティーシュを得意とする人であってみれば、オチは当然予測が付きます。全体的に見てちょっと残念なのが、パロディ系がこの1作だけということでしょうか。もう1編、『誕生日の殺人』もそう言えないことはないのでしょうが、むしろ意外性演出のための引用といった感じで、ミッシング・リンクのとんでもなさが印象的です。第二部は、『誕生日の殺人』以外、すべて不可能興味のハウダニットです。
第一部はサスペンスに分類されるものが多いですが、ハウダニット要素のない倒叙もの(犯行の証拠探しタイプ)もありますし、最後の方にはSF2編、ホラー2編も含まれています。


No.1378 7点 さよならの手口
若竹七海
(2022/07/31 14:46登録)
13年ぶりの葉村晶シリーズということで、その間に日本でも探偵業法(「探偵業の業務の適正化に関する法律」2007)なんてのが制定されていたんですね。知りませんでした。ミステリ専門店でのバイト中、押し入れの床が抜けて骸骨に頭をぶつけるなんて、運が悪いんだかいいんだかよくわからない葉村晶ですが、それで入院中、調査依頼を受けて、彼女は探偵業者として届出をしていないから、受けられないと一旦は断ります。
往年のスター女優から、20年前行方不明になった娘を探してほしいというのが依頼で、これがメインの事件になります。それに警察からある人物の監視を強要される別口事件が組み合わさってきます。警察がそんな無茶をするとは思えませんが、話としては楽しめます。
最後の1文、「…さよならを言う方法を発明してたんですよ。」については、日本より厳しい私立探偵免許制のアメリカでも、マーロウはその方法は見つかっていないって言ってるんですけど。


No.1377 5点 殺意の運河サンマルタン
レオ・マレ
(2022/07/27 23:52登録)
レオ・マレは私立探偵ネストール・ビュルマのシリーズを30冊ほど発表していますが、そのうち1954年から59年にかけての長編15作は、「新編パリの秘密」(中公文庫では「パリ・ミステリーガイド」)のサブタイトルをつけて、パリの各区(全区ではありませんが)を紹介する形をとっています。本作はその6冊目で、舞台は10区です。ちなみに元の「パリの秘密」はウジェーヌ・シューが1840年台に発表した大作で、デュマやユーゴーにも影響を与えたとか。
ビュルマの秘書エレーヌに、亡き父親の知り合いの老優が金を借りに来たものの、待ち合わせ場所に姿を見せなかったというところから始まる話で、そのせいでしょうか、途中にエレーヌの一人称形式で書かれた章が2つあります。その後ビュルマが依頼を受ける芸能界絡みの事件は、最初どうということもなさそうなのが殺人にまで発展していきます。偶然が過ぎるところはありますが、ラストは無難にまとめていました。


No.1376 5点 寂しい夜の出来事
ミッキー・スピレイン
(2022/07/24 23:56登録)
スピレインの共産主義嫌いが露骨に表明された作品で、マイク・ハマーは「奴らにくらべたら、ナチだって鼻たれ小僧みたいなもんだ。」とさえ考えています。そういった彼の思想が存分に地の文で書かれた作品です。
一方では、冒頭の霧の夜ハマーが橋の上にたたずむことになる理由は、判事から、人を殺すのを楽しんでいるおまえは平和な社会の中では存在理由が見つからないなどとののしられて、落ち込んだためで、自己否定的な気分も、かなりしつこく描かれます。判事の夢を見たことまで書かれているほどですが、やはり俺は暴力的方法で事件を解決するんだということにならなければ、スピレインになりません。そんな憎しみと暴力性に対するねじれた感情が延々書き連ねられているという点では、ハードボイルドらしくありません。
プロットは、最後の意外性部分で話をごちゃつかせてしまったように思います。


No.1375 7点 壁-旅芝居殺人事件
皆川博子
(2022/07/21 23:53登録)
文庫本で本文150ページ程度であるにもかかわらず、北方謙三の『渇きの街』と共に日本推理小説作家協会賞の長編賞を受賞した作品。双葉社版の巻末解説では、選考委員たちがそろって文章を絶賛したことが書かれていますが、確かに独特な雰囲気を持った文章です。その文章ゆえというところもあるでしょう、1984年に発表された作品ですが、もっと古めかしい感じを受けました。もちろん旅芝居一座と芝居小屋という、昔ながらの芸能を題材に採り、さらに15年前の事件を絡めているせいもあります。作者の言葉によると、本作を構想するまで旅芝居については全く知らなかったそうですが、とてもそうは思えないほど、その古風な世界が感じられます。
謎解き的にも鮮やかな反転を見せてくれますが、ただ1点、15年前の事件のきっかけになった蘭之助の心理だけは、説得力を持った説明がつけられていないと思いました。


No.1374 7点 デルタ・スター刑事
ジョゼフ・ウォンボー
(2022/07/15 23:18登録)
登場する警察官たちの様々な日常業務描写がおもしろい作家ですが、今回は仕事よりもむしろ、彼等が集う飲み屋でのシーンが多く、そこでの彼等の会話や酔っ払いぶりに重点が置かれています。ビールを飲んでビリヤード台の上で寝てしまう警察犬も登場するという状態で、その意味では、これまで読んだウォンボーの中では最もミステリ要素が低いと言えます。しかし中心となる事件の背景は、最もスケールが大きいというか、嘘っぽいとも言えるものです。最初は、ただ娼婦がビルの屋上から突き落とされた平凡な殺人事件に思えたのですが…
メインの事件が、登場する警察官たちの日常からかけ離れている点には、違和感もあったのですが、事件を解決してみせるという使命感もたいしてないままに、それでも手がかりがあるので捜査を続けるビラロボス刑事にはリアリティがあります。事件解決に協力するメンドーサ教授も魅力的でした。


No.1373 6点 豚たちの沈黙
ジル・チャーチル
(2022/07/12 20:51登録)
今回のタイトル元ネタは、アカデミー賞を受賞した映画を見ただけですが、あのポスターが非常に印象的だっただけに、本書のカバーイラストにもどこかに蛾を配してもらえなかったかなという気もしました。原題は豚ではなくハムで、ラムと語呂合わせになっていますが、翻訳タイトルではさすがに無理。ハムを吊るしたラックの下敷きになって発見された弁護士の死体は、しかし検死の結果…
殺されるのがイヤな人間ということでは、以前に読んだ『死の拙文』と同じですが、これはたぶんたまたまなのでしょう。ちょうど半ばあたりで、さらに殺人が起きます。こっちは殺害方法に何の疑問もない事件で、作者の小説構成バランス感覚がうかがえます。
解決のきっかけになる新聞の切り抜きがどんな記事かは、その発見の場で明かされないため、フェアプレイとは言えませんが、切り抜きの存在に関する伏線ははっきり書かれています。


No.1372 6点 梅花郎
黒岩涙香
(2022/07/09 07:28登録)
1889年2~4月に「絵入自由新聞」に連載された、かなり初期の翻案です。村津伯爵の別荘近くで友人蝉澤が殺された現場に居合わせたため一旦は殺人容疑で逮捕された梅花郎が、保釈後真犯人探索に乗り出すというと、正統派謎解きミステリのようですが、捜査的興味はほとんどありません。中盤は舞台を都会に移し、村津伯爵の二人の娘と梅花郎との関係を軸としたサスペンスで、梅花郎はむしろ脇役的な扱いです。しかし最後にはある人物の告白により、急転直下蝉澤殺しの真相(カー有名作のトリックの素朴な原型)も明らかになります。
ジョージ・マンヴィル・フェン『ロザリー家一族』("The Rosery Folk")の翻案とされる作品ですが、実際には主要舞台Ferret岬や主役の名前Biscarosからラストの「決闘」顛末、殺人事件の真相までそっくりな、ボアゴベの "Le Chalet des Pervenches"(「ペルヴァンシュ荘」1888) が原作です。


No.1371 8点 シカゴ探偵物語―悪徳の街1933
マックス・アラン・コリンズ
(2022/07/05 20:41登録)
マックス・アラン・コリンズは映画ノベライズ等も含めると100冊を軽く超える作品を書いている人ですが、それでいて本作のような歴史的事実を踏まえた大作もあるのですから、驚きです。まあ史実に基づいたと言えば、Disaster(大惨事)シリーズもそうらしいですし、既存の設定を利用した小説が得意な作家のようです。
主人公ネイト・ヘラーが警察官をやめて私立探偵になるきっかけになった、フランク・ニッティ(アル・カポネの後継者)が警察官に撃たれて重傷を負う事件から始まり、どこまでが史実なんだろうという興味があります。Wikiでも実際にニッティが重傷を負った件は確認できます。エリオット・ネスはネイトの友人として登場しますし、その他にも実在の人物が何人も出てきます。若き日のレーガンについては、この人である必要性を感じませんでしたが。虚構部分の真相は、リアルな設定でこの手を使ったのには感心しました。


No.1370 5点 パディントン発4時50分
アガサ・クリスティー
(2022/07/01 23:14登録)
つかみの部分は視覚的なインパクトが強烈ですし、その後消えた死体の謎、死体が見つかってからは被害者は誰かの問題と、事件は手際よく進んでいきますし、体調不良なミス・マープルに替わって家族に探りを入れていくルーシーがなかなか魅力的です。真相の意外性がまたかなりのものです。
と、ほめる所も多いのですが、死体隠匿方法の中途半端さ等、論理性には問題があります。また、読んだハヤカワミステリ文庫版では翻訳者(大門一男)がパズラーを得意とする人でないせいかもしれませんが、砒素を使った殺人手順の説明が、犯人の計画を理解した翻訳になっていないと思えます。クリスティー文庫版をちょっと確認したところ、わかりやすく訳してくれていました。しかしそれでも、犯人の計画は砒素混入の後事態がどうなるか運任せでしかありません。
なお、作中で言及される「リトル・パドックス事件」は『予告殺人』のことです。


No.1369 4点 黒川温泉殺人事件
吉村達也
(2022/06/28 20:51登録)
吉村達也ですから、いわゆるトラベル・ミステリは期待していなかったのですが、阿蘇から黒川温泉までタクシーで行くシーンが出てきます。そこで運転手が阿蘇について長々としゃべるのは、観光ではない乗客の戸部親子にとってほどではなくても、少々煩わしく感じました。まあ、旅情系が得意な深谷忠記のようなわけにはいかないのは、しかたないでしょうか。
女を殺したらしいのに、はっきりした記憶がないという冒頭の謎は、かなり魅力的ではありますが、それに対する答は、ずいぶんなご都合主義です。殺した相手の名前さえ憶えていない、推測もできないという記憶欠落に対する解答としては、あまりに安易で不自然なのです。動機につながる、あるアイディアは伏線もたっぷり張ってあり悪くないのですが。全体的な仕掛けからすると、志垣警部のシリーズより事件関係者を主役としたサスペンスにしたほうがよかったのではないかと思えます。


No.1368 5点 Chez Krull
ジョルジュ・シムノン
(2022/06/24 21:55登録)
1939年に発表された本作の原題の意味は「クリュルの家で」。Chezは、「~の著作中では」といった意味にも使われる、広い概念の言葉です。
フランスの運河沿いの町(シムノンらしい!)で柳細工を作りながら食料雑貨店を営むドイツ人家族を、ドイツからハンスが頼ってやってくるところから始まりますが、途中から必ずしも彼が主役というわけでもなくなってきます。話の方は、まず運河から若い女の絞殺死体が見つかり、その犯人を捜すミステリになるかと思いきや…
読んでいて、ひょっとして後の『ベルの死』(1952)と同じパターンかとも思いました。実際殺人犯ではないかと疑われるという点では共通していますが、シムノンには珍しく時代に即した社会性を持った展開で、結末は違います。というか、なぜそうなるのかわけのわからない結末で、数年後設定のエピローグでも明確な説明のない、途中はおもしろいのに落ちつきの悪い作品でした。


No.1367 5点 にぎやかな眠り
シャーロット・マクラウド
(2022/06/20 23:06登録)
マクラウドは本作以前にも、1964年以来7冊は小説を発表しているようですが、それらもミステリなのかどうかは、はっきりしません。しかしやはり、この人がブレイクしたのは、本作に始まるシャンディ教授と、翌年開始のセーラ・ケリングの両シリーズいうことになるでしょう。
原題 “Rest You Merry” は、巻末解説でクリスマス・ソングの出だし部分で「心楽しく眠りにつけよ」というほどの意味だと説明しています。実際、第1章のシャンディ教授のいたずらからして、クリスマスならではのものです。早々に起こる殺人事件を、事故として済ませようとする連中もいる中、シャンディ教授は豪放なスヴェンソン学長の許可を得て、独自捜査を始めます。
最初の殺人である行為をした人物の特定理由が明確でないのと、殺人動機の大元になったある人物の安直さに不快感を覚えたせいで、ちょっともやもや感が残りました。


No.1366 6点 月のない夜に
岸田るり子
(2022/06/14 23:14登録)
岸田るり子は2015年の本作以来、新たな作品を発表していないようです。そんなわけで今のところ最後の長編なのですが、やはりこの作者らしい構成で意外性を出す作品になっています。
二卵性で全然似ていない双子の姉妹の一人、姉の月光(つきみ)の視点から書かれた章と、その1年ぐらい前からの過去を描く章とを組み合わせた(交互とは限りません)構成になっていて、章題の後に日付が入っています。ただ第9章の日付には、読んだ初版本には明らかな誤植があります。後の版では当然修正されているでしょうが。
姉妹の同級生川井喜代が殺されて妹の冬花が逮捕されるという第1章は、その後に描かれる喜代の悪辣ぶりの結果がどうなるかを最初に明らかにしているという点で、読者の感じる不快感を軽減していると思います。
それにしても最終章、いくら何でも犯人は危険を冒しすぎじゃないでしょうか。


No.1365 6点 ディーバ
デラコルタ
(2022/06/11 07:27登録)
小説の他ヨガや禅の本も書いているダニエル・オディエが別名で1979年に発表した作品で、ただDelacortaだけの名前では本作と同じゴロディッシュとアルバのコンビシリーズなど、かなりのミステリを発表しています。ただ邦訳は今のところ本名作も含め、本作のみのようです。本作が邦訳された理由はもちろん、ジャン=ジャック・ベネックス監督による映画化。新感覚フランス映画の開幕を告げたと評判になった映画は、ミュージック・ヴィデオ的なスマートな映像センスが特徴でした。
その原作はというと、映画はうろ覚えですが、明らかに異なるところがかなりあります。ディーバ(歌姫、ラテン語の女神が語源)にあこがれる青年ジュールが一応主役で、2つのテープに関する事件の絡み合わせ方は同じなのですが。でもゴロディッシュはどうしてもR・ボーランジェの表情・口調が頭に浮かびます。ラスト・シーンは映画の方がよかったかなぁ。


No.1364 6点 シンシナティ・ブルース
ジョナサン・ヴェイリン
(2022/06/08 20:52登録)
邦題からもわかるとおりシンシナティに住む私立探偵ハリイ・ストウナーのシリーズ第1作です。訳者あとがきには「オリジナル・タイトルは “The Lime Pit” といい、」としただけで何の説明も付けていませんが、直訳すれば「石灰坑」。どう関係するんだろうと思いながら読んでいったところ、クライマックス部分で実際にそのものが出てきました。
貧しい老人からの依頼を、最初は適当に片付けるつもりだったストウナーですが、行方不明になった少女の写った未成年ポルノ写真(訳者あとがきに制度詳細が載っています)を見て、採算を度外視して本気で事件に取り組むことになります。直接の悪役は最初から明らかで、他に黒幕がいることは早い段階から明かされます。
ストーリーはハードボイルドらしいのですが、ストウナーが事件についてとは限らず様々なことについてやたら思索を巡らしていて、そこはハードボイルドらしくなく、煩雑に思えました。


No.1363 6点 牧逸馬探偵小説選
牧逸馬
(2022/06/04 09:24登録)
目次には34の小説と11編の評論・随筆とが挙げられていますが、さらに短い掌編小説に分割されたものもあるので、実際の小説数は37編になります。その目次より細かく分割された『真夜中の煙草』第1話『舶来百物語―或る殺人事件』は、巻末解題には書かれていませんが、W・F・ハーヴィー『炎天』の翻案です。
あっさりした頭のいい詐欺が好きだという作者らしいユーモラスな短編が多いのですが、そうとは言い切れない『上海された男』の味は、代表作と言われているだけあって、格別です。また、中には読者への挑戦まである1927年発表の『東京G街怪事件』の他、『砂』、『十二時半』、『碁盤池事件顛末』など謎解きタイプもあり、ホラー系もあります。創作篇の最後に収められた『七時〇三分』はH・ホーン原作の『競馬の怪談』を中編化したものですが、タイムパラドックス領域に踏み込んでしまったため中途半端になったように思われます。


No.1362 7点 幽霊の死
マージェリー・アリンガム
(2022/06/01 20:50登録)
タイトルの意味がよくわからない小説です。事件の大元となると言ってもいい高名な画家は既に死んで何年にもなりますが、その幽霊が出るとかいうこともありません。比喩的な意味ではあるのでしょうが、あいまいで、作中で「幽霊」という言葉が出てくるわけでもありません。
最初のうちはフーダニットな感じなのですが、第2の殺人が起こった直後、全体の半分過ぎあたりで、キャムピオン氏(こう表記されています)は犯人が誰であるか悟ります。その後間もなく死因がはっきりした段階で、彼はオーツ警部に自分の考え(推理というほど確たるものではない)を語るのです。で、それからは動機が問題になり、その動機も判明すると、最後はキャムピオン氏と犯人との対決というサスペンス調になる、ちょっと変わった構成です。一貫性がないと言う人もいるかもしれませんが、個人的には気に入りました。


No.1361 6点 廃墟の歌声
ジェラルド・カーシュ
(2022/05/26 23:43登録)
カームジンもの4作は角川書店の『犯罪王カームジン』の収録作と重複しているので、残りは表題作等9編ということになります。で、通読してみると、カームジン以外で純粋なミステリと言えるのは(カームジンものでも1編はファンタジーですが)、半分以下です。しかし、SF・ファンタジー・ホラー系でも、ミステリ的な謎解きや意外性を持った作品は多いです。
最初の表題作は、廃墟アナン(原題は “Voices in the Dust of Annan”)の描写が始まった時点でオチの見当はついてしまったのですが、伏線をきっちりと張って、「私」がどうなるかは予測できませんでしたが、味わいのある結末にしています。『ミス・トリヴァーのおもてなし』は、今昔物語にもありそうな結末ですが、この後に『飲酒の弊害』(冒頭部分に注目)を持ってきた編集は、狙ったのでしょう。編集といえば、最後は表題作との対応で『魚のお告げ』にした方がよかったかもしれません。


No.1360 5点 修験峡殺人事件
水上勉
(2022/05/23 23:17登録)
1961年に『黒壁』のタイトルで発表された作品を、なんと20年以上後の1982年に大幅に手を入れて改題したものだそうです。象徴的なタイトルが、流行のトラベルミステリっぽいものに変っても、中味はやはり水上勉らしい、地方の風俗、風景が印象に残る社会派作品です。
「通産省の出店のようなもの」である近畿地方公益事業部の土木担当課長が行方不明になるのが発端で、その課長が死体で発見される第3章以降(全15章)は、ほぼ警察官の視点から書かれています。水上勉作品にはよく警察に協力する民間人が登場しますが、本作の殺された課長の部下甲斐は、最後にほとんど名探偵っぽい説明を、刑事にしてくれます。でもこれは、近畿の数県の刑事たちが調査結果を持ち寄って真相に迫っていく過程を描いた方が良かったようにも思えます。
しかし、この作家には珍しくダイナミックな迫力のあるクライマックスはなかなかのものです。

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