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ミステリの祭典

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水の墓碑銘

作家 パトリシア・ハイスミス
出版日1991年10月
平均点7.33点
書評数3人

No.3 7点 レッドキング
(2024/04/12 20:35登録)
次々とオトコを拵える愛人依存症の妻と、それをシニカルに「許容」する夫。仏貴族のコキュ気取りや、我が国「スジモノ」が、女房にツバメや色事師持たせ悦に浸る「文化」とは違い、ピューリタン米国となると・・。ドストエフスキー的マゾヒズムの陰気な虚栄が、乱歩「踊る一寸法師」の狂気の狂喜へと暴発し・・ミステリとしては、言わば、ホワットダニットインサイド。この作家、「ミステリ」の尺度で採点するのは「勿体無い」思わせる人の一人。「本格」でなくとも、やはり点数オマケせざるを得ん。

No.2 7点
(2022/08/19 23:46登録)
浮気症(この字を当てた方がいいような)の妻に悩まされる男ヴィクの視点から描かれた小説です。ヴィクの気持ちはわかる(たぶん)のですが、特に後半、妻メリンダが何を考えているのか、理解しがたいところがありました。まあ途中に、ヴィクはメリンダを理解できないというのに対して、逆に彼女は、ヴィクのことを良く知っていると応酬するシーンもありますし、そこが本作の狙いとも言えるのでしょうか。でも、恋人の一人を夫が殺したのだと信じ(事実でもありますが)、騒ぎ立てたというのに、誰にも相手にされなかったその後の行動には納得しがたいものがあります、クライマックス部分でのヴィクのミスは、ちょっと軽率すぎると思えますが、最後部分での彼の心理は、さすがハイスミス。
原題は “Deep Water”、ヴィクによる二度の妻の恋人殺しは、どちらも水に関係しているのですが、それだけでない深い意味もありそうに思えます。

No.1 8点 人並由真
(2021/05/30 17:40登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のニューイングランド。祖父の代からの財産を受け継ぎ、遊民的な生活を送る36歳のヴィクター・ヴァン・アレンは、道楽の延長でマイナーな作家や趣味的な企画の書籍を製作する印刷会社を経営していた。そんなヴィクターには美人の妻メリンダと愛娘のベアトリス(トリクシー)がいたが、当初は恋愛結婚だった夫婦の間にはいつしかひずみが発生。メリンダは半ば公然と愛人を夫に見せつけるようになっていた。憤怒の念を覚えながらも、自制できる理性的な夫というキャラクターを自己演出し続けるヴィクター。だがメリンダが新たな愛人をヴィクターの視界に引き込んだときに……。

 1957年のアメリカ作品。ハイスミスの第五長編。
 リプレー(リプリー)のデビュー作『太陽がいっぱい』の次に書かれた作品であり、それだけに結末もどのような方向に行くかわからない。いつものようにゾクゾクしながら読む。

 主人公ヴィクターは浮気妻に愛憎の念を抱き、しかし社交上の対面もふまえて「みじめな負け犬のコキュ」の立場を甘受することをよしとしない。それ自体はまあ、ご当人の勝手だし、オトコの心情として理解できないこともないのだが、彼はそうやって設けた自分の仮面を最後まで……(以下略)。

 読後にAmazonのレビューなどを拝見するに、主人公の気持ちがよくわからない、という声もあるようだが、とんでもない。人間、いかに自分を持ち前のモラルで律していても、誰の目にも見られていない、ここがチャンス、という機会がたまたま回ってくれば……(以下略)。
 これはそういう、大方の人間の誰の内側にも潜む、普遍的な心の動き、それを共通言語として作者と読者が低い声でひそひそささやきあうかなり隠微な小説である。
 さすがハイスミス、着想も小説の仕上がりも一級だ。

 中盤からの展開はこれ以上のネタバレを警戒して触れないが、「人の心は(中略)」という主題は、作劇上での巧妙なリフレインをもってスリリングなストーリーに具現。主人公ヴィクターと読者との強烈な一体感を維持したまま、クライマックスに突き進んでいく。ラストのふりきった決着と、そこから生じる余韻もまた鮮烈。
 
 ずっと読んでいけば、どっかでいつか凡作や失敗作にも出会うのだろうが、今のところはおそろしく打率が高いハイスミスの諸作。
 また近いうちにどんどん読んでいきましょう。

 実のところ<面白さを約束された実力派作家の作品>って、いまいち心のトキメキもワクワク感もなくて(面白いものを当たり前に面白く読んでもツマラナイよね?)、食指が動かないところがあるんだけれど、しかしハイスミスの場合は、こちら読む側が各作品とつきあう際に、多かれ少なかれイヤ~ンな気分になるという対価を払っているせいか、一冊一冊が新鮮な気分で楽しめる。これは案外、大事なことかもしれない。

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