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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1546件

プロフィール| 書評

No.186 8点 球形の荒野
松本清張
(2009/07/13 20:53登録)
奈良の古寺めぐりでの疑念から始まり、第二次大戦中の策謀と現在(昭和36年)の事件をからめて、さまざまな登場人物の視点を渡り歩くようにして描かれていく作品です。社会性と叙情性、謎解きの興味が融合した松本清張らしさのよく出た傑作です。ちょっと感傷的すぎるようにも思えますが、海辺の断崖でのラスト・シーン、特に最後の1文に込められたニュアンスは感動的です。
ただ再読してみて1点、画家の死については殺人とするには、動機、実現性、殺人方法選択の必要性すべての面からして無理があります。作中では結論をあいまいにしていますが、本当にあり得ないような事故死としか考えられないということになるのです。しかし、それがその後の京都での事件にもつながってくるだけに、このあまりの偶然は納得できません。


No.185 7点 不可能犯罪捜査課
ジョン・ディクスン・カー
(2009/07/11 19:53登録)
不可能犯罪捜査課シリーズ中では、やはり『銀色のカーテン』が最も鮮やかに決まっていると思います。『空中の足跡』のトリックは、長編『テニス・コートの謎』の中でも途中で可能性が議論される方法ですが、ミステリらしいまさに逆転の発想です。『新透明人間』は奇術「スフィンクス」の有名トリックを利用して不思議さを演出していますが、いくら何でものミスは不要でしょう。
それより、シリーズの後に収録されている作品群がおもしろいのです。『二つの死』も不気味な雰囲気充分でしたし、何と言っても適法殺人という着想の『もう一人の絞刑吏』、さらにほとんどホラーの『めくら頭巾』の2編が傑作だと思います。


No.184 6点 カリブ海の秘密
アガサ・クリスティー
(2009/07/09 21:28登録)
高血圧で死んだと思われた昔話好きな少佐が見たものは何だったのか、要するにそれだけの単純な問題のはずなのですが、これがなかなかわからないようにミスディレクションが工夫されています。
誰もが疑わしく思えてくるように話を組み立てておいて、解説されてみると確かにそれ以外に考えられないと納得させるオチをつけるところ、さすがと言うべきでしょう。後半になって、最初から計画されていた殺人が次に起こるのではないかというサスペンスも出てきます。第3の殺人のある意味甘さは、クリスティーらしい話の決着のつけ方だな、とも感じました。


No.183 5点 能面殺人事件
高木彬光
(2009/07/07 20:41登録)
ヴァン・ダインをネタばらししながら引用しているだけあって、その系統の密室トリックが使われていますが、小道具の使い方がうまくできています。しかし、殺人方法については不満があります。1940年台当時では死因は確定できなかったのでしょうが、この方法では皮膚に明らかな痕跡が残るので、この点には当時の法医学検査でも気づくはずです。
それにしても、この犯人の意外性は、私も江守森江さんと同じく、その設定をストーリーの中でどう効果的に使っていくかという工夫が甘いと思いました。読者を欺く語り方は、横溝正史の似た趣向の同時期某作品と較べると(文章表現技術も含め)どうしても見劣りがします。
Eさんの言われるビックリする人物(当然彼自身ですね)の使い方には苦笑しましたが、これもヴァン・ダインの叙述形式をひねったのかも。


No.182 6点 シャーロック・ホームズの回想
アーサー・コナン・ドイル
(2009/07/05 15:03登録)
ホームズが若かりし頃の事件を語る『グロリア・スコット号』、『マスグレーヴ家の儀式』、それにホームズを偲ぶ『最後の事件』(もちろん後に生還するわけですが)と見てくると、なるほど「回想」か、と思えます。
犬の手がかりに関する有名な台詞が出てくる『銀星号事件』や、事件現場の見取図が挿入されている長めの『海軍条約事件』といった有名作もさすがですが、『グロリア・スコット号』の秘められた過去の手記は迫力がありましたし、ホームズの推理がほとんどからぶりするちょっと感動の『黄色い顔』も個人的には好きな作品です。


No.181 8点 コカイン・ナイト
J・G・バラード
(2009/07/03 20:44登録)
バラードが亡くなってから2ヶ月以上もたって、やっと追悼の読書です。
舞台はスペインのリゾート地にあるコミュニティー。5人の死者を出した邸宅の放火殺人事件で逮捕された弟の無実を証明すために、兄が独自の調査を進める姿を一人称形式で描いていくという、粗筋だけだと普通のミステリです。イメージ喚起力のある比喩を使った文章もあわせ、最初のうちはロス・マクドナルドをさらに晦渋にしたような感じも受けました。
ところが、後半に入ると、真相探索はほとんど一時おあずけになり、それまでは見え隠れしていた程度だったこの作者らしいテーマ性が一気に表に出てきます。数年前の『殺す』でも扱われていた、完全管理されたコミュニティーの問題点が、別の角度から描かれていくのです。
そして最後にそのテーマ性と放火殺人事件の真相とが融合され、ショッキングな結末を迎えます。途中である登場人物が「『サイコ』のスタイルでリメイクされたカフカ」というせりふを口にしますが、この結末はカフカ的不条理な怖さです。特に気味が悪いのは、「地下世界への招待」の章で明かされる真相のすべてが本当のことなのかどうか、ラスト・シーンに至ってみるとわからなくなってしまうというところです。


No.180 6点 奇蹟のボレロ
角田喜久雄
(2009/07/01 21:17登録)
名探偵として活躍する加賀美捜査課長がシムノンのメグレ警視をモデルにしていることは知られていますが、それだけでなく角田喜久雄がいかにシムノンから影響を受けているかには、驚きました。
最初の1ページを読んだだけでも、文章スタイルがシムノンそっくりと言ってもいいほどであることに気づかされます。シムノンの文体は、翻訳を介しても明らかなほど個性的ということなのですが。
さらに寡黙な感じの真犯人指摘シーンにしても、推理部分の後のエピローグのつけ方にしても、初期メグレもののいくつかが思い浮かびます。
この文章に幻惑されて、謎解きミステリとしての骨格がどうでもよくなってしまいそうになりましたが、奇術を利用したトリックはたいしたことはなく、その後のひねりが見所です。よくもこんなめんどうな殺人計画を、という気もしますが、推理はなかなかのものでした。


No.179 7点 ブラウン神父の醜聞
G・K・チェスタトン
(2009/06/29 21:29登録)
このシリーズでは、初めて本のタイトルと同じタイトルの短編小説が最初に収録されています(『~秘密』はプロローグでした)。ブラウン神父ではお馴染みのパターンの話ですが、現実にこのような事件に出くわせば、記者と同じような勘違いをする人は多いかもしれません。記者や、彼の記事の読者と同じような人が陥りがちな思い込みに対する辛辣な態度がチェスタトンらしさです。『《ブルー》氏の追跡』や『村の吸血鬼』にも似た逆転の発想があります。
『古書の呪い』のアイロニーも痛烈で記憶に残りますが、何と言っても『とけない問題』のとぼけぶりに拍手喝采。不可解極まりない謎の事件にとんでもない解答を用意してくれています。


No.178 7点 ホロー荘の殺人
アガサ・クリスティー
(2009/06/27 12:22登録)
最初に読んだのはクリスティーを読み始めて間もないころで、5点ぐらいの評価だったのですが、再読してみて、本作の面白さはある程度の年齢にならなければわからないかなと納得しました。
ちょっと前に書かれた『動く指』や『五匹の子豚』とも共通する、シンプルな犯罪計画を登場人物の描き方で巧みに覆い隠してしまうタイプと言えるでしょうが、本作では特に人物の心理描写が入念です。解説には、文学的と言うだけでなく、推理小説を書く気はなかったのではないか、とまで書かれているほどで、作中から引用すれば、「からみあった感情と個性の衝突が織りなす模様」(第19章)というのが狙いでしょう。最初の方と最後に出てくる病気のおばあさんも、登場人物表には載っていませんが、なかなか印象に残ります。
ただ、上述の2作に比べると解決部分でのミステリとしてのすっきり度は落ちるかな、という気がします。


No.177 7点 夜のピクニック
恩田陸
(2009/06/25 20:57登録)
これは「ミステリーではないかも知れない」どころではなく、全くミステリではありません(恐怖幻想系でさえない)。こういう小説を「ミステリの祭典」で取り上げるのはどんなものだろうと思ってしまいます。これを入れるのなら夏目漱石とかだって入れていいんじゃないでしょうか…などと文句を言いながらも、書評を書いているのですが。
それぞれの登場人物の抱える問題については、適当にごまかしてしまったようなところもありますが、主役の二人の扱いはさすがに爽やかでいいですね。いかにもなラスト・シーンもうまく決まっています。時々、歩行時間とページ数をチェックしながら読んでいきました。


No.176 5点 棺のない死体
クレイトン・ロースン
(2009/06/23 20:25登録)
例によって様々な心霊現象的な謎を小出しにしてくれます。カーの少し以前の某作品と同じアイディアを使った部分もありますが、本作の方がより現実的です。今回は語り手のロス・ハートが完全に事件関係者になり、殺人容疑がかかってしまう展開で、話にも一工夫しています。
しかし、最終的な解決はどうも釈然としません。筋が複雑すぎて整理しきれず、どうでもいいような気になってしまいますし、かといってそれを帳消しにするほどの盲点を突いた意外性があるわけでもないのです。ある意味専門的な方法を利用しているので、伏線はあっても、はあそうなんですかという感じでした。


No.175 7点 シャーロック・ホームズの帰還
アーサー・コナン・ドイル
(2009/06/21 12:44登録)
愛読者からの熱烈なアンコールに応えて、1903年ついに生還したホームズ。姿を隠していた言い訳はやはり苦しいですが…
代表作『ノーウッドの建築業者』において、ドイルが小説中に取り入れた「指紋」は犯人による偽装です。イギリスで指紋が犯罪捜査の個人特定に利用されるようになったのは1901年からだそうで(見えない指紋の検出技術はさらにかなり後でしょう)、その新しい技術もそのままでなくひねって使うのがミステリらしいところです。
充電期間をたっぷりとったためか、これも有名な『六つのナポレオン胸像』や『踊る人形』(一見子どもの落書きに見えるところが工夫)など他にも秀作が多い本短編集ですが、変わったところでは『恐喝王ミルヴァートン』も楽しい作品ですし、難解好みの読者からは不評ならしい『三人の学生』も、推理(特になぜ忍び込む気になったかの部分)が個人的には気に入っています。


No.174 6点 新幹線殺人事件
森村誠一
(2009/06/19 21:29登録)
殺人事件の捜査と、事件の背景にある芸能プロダクションの内幕を交互に描いていく構成は、社会派的な部分が生な形で出すぎているとは思いますが、なかなかおもしろく読ませてくれます。
本作が書かれた当時、新幹線からの電話はすべて記録されていたという点を利用したアリバイは、よくできています。しかし、それが途中で解明されるとほぼ同時に発生する別の殺人とのつなぎ方は、前半が無駄骨という感じがして、あまり好きになれません。似たパターンは鮎川哲也にもありますが。
その第2の事件のアリバイトリックもかなり凝っています。刑事たちがどうやってそれに気づくか、という点は、どちらも似た状況に遭遇することでひらめくというもので、犯人の計画に比べてありきたりなところ、もう一つ論理的な鮮やかさが欲しいという気もします。


No.173 7点 Zの悲劇
エラリイ・クイーン
(2009/06/17 20:47登録)
論理派クイーンの中でも、消去法推理を徹底させた作品です。ラストのレーンのたたみかけるような推理には、そのシーンの状況設定ともあいまって、息詰まるような緊迫感が感じられます。ただし、犯人が日を変更した理由については、確かにそれだと言いきれない点が(後で読み返してみて)気になりました。
また、被害者の人物設定や検事の態度、死刑問題など初期作品の中では社会派リアリズム傾向がかなりあるというのも興味深い点です。ワトソン役ではなく脇役探偵の一人称形式であるということからしても、ひょっとしたらハメット等からの微妙な影響があるのではないかとも思ってしまいます。


No.172 7点 動く指
アガサ・クリスティー
(2009/06/15 21:26登録)
小さな田舎町を騒がせる匿名のいやがらせの手紙を書いているのは誰か?
一人称形式で書かれた本作は、ミス・マープル初登場の『牧師館の殺人』と同じように第三者的立場から見られた住人たちの姿がじっくり描かれていて、なかなか味わい深い作品です。
発想は実にシンプルで、下手な作家が書けばせいぜい凡作にしかならないでしょう。ところが、登場人物たちの性格描写をしっかり行うことがミスリーディングになってしまうという、クリスティーならでは手際を見せてくれているのです。ストーリーを追っているうちに、いつの間にかある前提に捉われてしまうよう、巧妙に仕組まれています。
ミス・マープルが登場するのは、すでに話が8割ぐらい進んでからです。その後も最後の推理部分を除くと、彼女の出番は10ページちょっとぐらいのものですので、そこがファンには物足らないかも。


No.171 4点 死の発送
松本清張
(2009/06/13 11:20登録)
刑期を終えて出所した官吏が横領した公金のうちの一部はどこかに隠したままではないか。その金に目をつけた新聞社の編集長が行方不明になるあたりまで、松本清張の中でも軽めの展開ですが、それなりに読ませてくれます。
さて、その編集長が中盤で殺されてからは、時刻表等を利用したトリックの解明が中心になります。しかし、トリックそのものは悪くないのですが、どうにも必然性が弱いのが難点です。手間のかかるトリックを使っているのに、犯人にアリバイが成立するとか動機を隠匿できるとかいうメリットがないのです。
ただ偶然駅の荷物受付係が依頼者の顔を覚えていたため、結果的には死体詰めトランクを被害者自身が発送したという不可解な状況が起こってしまったわけで、その効果を犯人が望んでいたはずはありません。これでは、作者のご都合主義と言わざるを得ないでしょう。


No.170 8点 妖魔の森の家
ジョン・ディクスン・カー
(2009/06/11 20:58登録)
『ある密室』は、読者には推理のしようがないあまりに専門的な知識を利用したトリックです(というより『連続殺人事件』のカーだけに、本当にそんなことがあるのかいなと疑ってしまいます)が、それ以外は文句なしの表題作をはじめ粒ぞろいの中短編集だと思います。
『第三の銃弾』はクイーンによるダイジェスト版の翻訳だそうですが、初読当時はそんなことは全く知らず、凝りまくった謎とその鮮やかな解決には非常に感心しました。
『軽率だった夜盗』は後に長編化されていますが、この元の短編の方がまとまりよく仕上がっています。


No.169 7点 アルザスの宿
ジョルジュ・シムノン
(2009/06/09 21:31登録)
「アルザスの宿」という名前の宿に半年も滞在している謎の紳士セルジュ氏の正体は?
初期10年間に書きまくったらしい通俗小説(すべて未訳)を除くと、シムノンが初めてメグレものから離れた長編ですが、この風光明媚な田舎で繰り広げられる話は、メグレもの以上にサスペンス・ミステリ的と言えるのではないでしょうか。盗まれた大金の謎と推理もありますし、セルジュ氏とパリから出張してきたラベ警視との対決は、ルパン対ガニマールを思わせる感じさえあります。
と言っても、やはりそこはシムノン。最後セルジュ氏に自分の過去と現在を語らせるところは、簡潔な文章で的確にこの主人公の苦い心情を描き出して見事です。


No.168 6点 奇術師のパズル
釣巻礼公
(2009/06/07 16:34登録)
中学校を舞台に、いじめや教育現場の実情などの問題を正面から扱った力作です。若干説教臭くなっているところもありますが、テーマへの真摯な取り組み姿勢が伝わってきます。
プロローグでの過去の2つの事件、それに花壇荒らしや軽い傷害事件などがメインとなる2人の女子生徒の死とどう関わってくるのかという点が、ミステリとしての興味をそそります。ただ、最初の机移動の件が最終的に無視されてしまったのは残念です。テーマや雰囲気は全く異なりますが、意外にロス・マクドナルド(後期)にも近い小説構成アプローチを感じました。
密室トリックについては、正に奇術師である泡坂さんが考案した、似た原理を応用したパズル的奇術道具を持っていることもあり、事件が起こる前からわかってしまいました。実行に際しては誰にも見られず出入りすることの危険性が気になりましたが、まあいいでしょう。


No.167 8点 杉の柩
アガサ・クリスティー
(2009/06/05 21:02登録)
本作の最大の見所は何といっても、小説としての構成と人物描写にあります。「文学的」という言葉が文庫の裏表紙の紹介文でも、また様々な批評でも使われていますが、確かにそのとおりだと思います。ただし、文学的であることがミステリとしても読者を惑わすのに一役買っているのがクリスティーらしいところです。
最も重要な手がかりが2つあるのですが、その両方とも気づくためには特殊知識を要する(その一方はポアロは実物を見ているのですが、読者はただそのものの名前を知らされるだけなので、フェアとは言えません)など、「本格派」としては不満があるかもしれません。しかし、裁判のプロローグ、殺人までの第1部、ポアロの捜査が描かれる第2部、そして裁判シーンに戻る第3部と見事な構成で、ヒロインをめぐる人物関係も決してありきたりなパターンに収まらないすぐれた心理ミステリです。

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