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ミステリの祭典

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球形の荒野

作家 松本清張
出版日1962年01月
平均点7.62点
書評数8人

No.8 7点 パメル
(2024/06/21 19:16登録)
芦村節子は唐招提寺を訪れ、芳名帳に亡き叔父の野上顕一郎の筆跡に酷似した「田中孝一」という署名を発見する。野上は十七年前にスイスで病死しているはずだが。久美子の恋人・添田彰一は、この話を聞き野上は生きているのではと、疑念を抱き調査を始める。
戦争の「亡霊」の帰還を親子の情愛に絡めて描いたロマンチックサスペンスで、時代的意義は大きい。舞台となった奈良・京都・観音寺などの風景描写にも生彩がある。
終戦後の国際外交という視点から戦争のもたらした一つの悲劇を紡ぎ出し、凄絶な孤独を背負った男を経済成長期の日本の現実の中へ出現させるという野心的な試みは注目に値する。
旧軍人による右翼組織の策動や殺人事件を絡ませてスリリングな展開、戦争によって引き裂かれた父と娘の運命、そして再会。静かに繰り広げられる終幕は感動的である。殺人の謎もあるが、どちらかと言えば数奇な運命を担う一人の男の娘に対する愛情というテーマの方が強く印象に残る。読み終えてタイトルの意味を知った時は切ない気持ちになった。

No.7 9点 みりん
(2024/03/20 13:14登録)
年末に松本清張が大好きな祖母と話す機会があった。祖母の選ぶ清張ベスト3は
1位『球形の荒野』
2位『張込み』
3位『ゼロの焦点』である

2位と3位はたびたび他作品と入れ変わるそうだが、1位はずっと不動だと言っていた。
ということで3作品を祖母から借りて読んでみた。(『球形の荒野』は知人に貸したまま戻ってこないらしくて、借りられなかったが笑)

お得意の人間ドラマだけでなく、サスペンスとしても優秀で、退屈しません。多少の瑕疵を吹き飛ばすほどのラストシーンは余韻がすごいです。名作とはこうあってほしいなという思いを強くしたところです。
作品のテーマなどは他の方の書評をご覧になると良いと思います。私には書けません(笑)

祖母への感謝を込めて+1点


【以下ネタバレ感想】



下巻の半分あたりからは怒涛の勢いで読み進まさせられた。とある人物Aが芦村亮一との長いやりとりの中で久美子への心情を吐露するシーンが印象に残っています。果たして元妻孝子はこのまま一生報われないのか。そこだけが心残りです。
ドラマがあるそうで、ぜひ見てみたいですね。京都が舞台ならなおさら…

No.6 5点 ボナンザ
(2024/01/27 19:44登録)
ご都合主義の連発であることは否めないが、最後の場面はやはり感動的。

No.5 8点 ALFA
(2022/02/04 10:01登録)
物語は西ノ京の古寺巡礼から始まる。薬師寺から唐招提寺への情景描写はまことに美しい。これもまた清張作品の大きな魅力である。ここでのある出来事で、作者は物語の大まかな構図を見せてしまう。あとの展開は速からず遅からず、清張節を味わいながら長い尺を読み進めることとなる。
「出された茶碗のふちに秋の日が鈍く当たっている。畳の上に一匹、糠のように小さな虫が這っていた。」たった二文で、田舎の雑貨屋の侘しさと訪問者のなんとも落ち着かない心象を描き出している。こういう文章に触れると、いかに巧妙なトリックがあろうと単なるパズルミステリなどは読めなくなってしまうのだ。

(以下ネタバレしますよ)



ウィンストン・チャーチルに聞いてみるんだね・・・という外務官僚らしい皮肉が、実は重要な伏線になっている。
第二次大戦末期、スイスを舞台にした日本の終戦工作、いわゆるダレス工作を下敷きにしたこの作品は、一言でいうとミステリーを内包した悲劇である。
で、その悲劇だが、過去にドラマ化された際も「大戦末期、国際政治の渦に巻き込まれた男の悲劇」などとと紹介されているが、果たしてそれで終わるのだろうか。
確かに大戦末期の事情は悲劇的ではある。しかしそれは本人の意思もあってのことだろう。そして今、男には美しく思慮深い妻がいる。パスポートも発行されているのだからおそらくフランス国籍は確保されている。状況が全く変わってしまった今でも、かつての部下は誠実である。それも命の危険をも顧みず。
真に悲劇的なのは元妻の孝子だろう。やむを得ない事情とはいえ結果的には夫に裏切られたことになる。そしてこの物語が閉じたあと、娘夫妻が沈黙を守れば孝子は二重に裏切られることになるし、もし真相を明かせば(おそらくこのほうが可能性は高い)そこから新たな悲劇が始まることになる。
感傷に任せた今回の男の帰国はまことに罪深いといえないだろうか。
孝子が不自由なくゆったりと暮らしているのが救いである。

連載ものにありがちな瑕疵はある。まずは画家の死を何とか着地させてほしかった。あとは徹底抗戦派の残党の「説明」に小さな矛盾があるが探してみてください。

とても読み応えのある構えの大きい作品です。

No.4 8点 クリスティ再読
(2022/01/25 08:37登録)
たとえば井伏鱒二の「黒い雨」が原爆を扱いながらもホームドラマに徹したことを、日本文学の「志」のように捉えるのならば、本作は清張のホームドラマだと思うのだ。だからミステリ要素はつけたりで、一家庭の「歴史」の中に、第二次大戦の悲劇が影を落としている小説である。
実際この作品で良さを感じるのは、昭和中期の上層市民の生活の豊かさと、文化の継承からうかがわれる「歴史」というものなのだ。古寺巡礼もそうだし、歌舞伎観劇、さらには米芾の書に学んだ書体が姪にピンとくるとか、この一家の「家族の歴史」の上に、豊かな文化の伝統と、大文字の「歴史」が重なってくるさまが、やはり清張の「歴史センス」というものなのだと感じる。いやいや、こういう生活に根付いた「歴史センス」が、実のところ今では希少価値なのだしね。
まあでも、意外にもいい人たちなんだ(苦笑)。ラストは本当に泣ける話。

(京都旅行のお泊りは都ホテルだし、食事は平野屋でいもぼう。いいな~~清張は「顔」でのいもぼうが印象的だけど、本作にも登場。清張で知って母にごちそうしたことがある。また行きたい!)

No.3 8点 蟷螂の斧
(2019/10/27 12:51登録)
(再読)有名どころでは、本作が一番著者の力量が発揮された作品ではないかと思います。善悪の反転など、ストーリーテリングが秀逸ですね。またラストが泣かせます。なお、TVドラマ化の回数は今のところ「砂の器」「ゼロの焦点」「黒い樹海」などを抑え第一位。このあたりも作品の質の良さを表しているのでは?。ヒロイン役では栗原小巻さんが一番印象に残っています。

No.2 8点 斎藤警部
(2015/06/09 05:15登録)
(ネタバレ的)

Aさんはこの世に生きていますが、法的には死んだ事になっています。それは決して覆されません。 Aさんは戸籍を売っていませんし、何らかの間違った死亡診断書を出された事もありません。また、Aさんは自分が生存中である事を近親者や旧い友人にも打ち明けられません。Aさんは監禁されて不自由な身の上というのではありません。 いったいAさんに何があったのでしょう。 

こんなAさんが最重要人物として登場する本作は、最後の最後で涙を誘い、表題の意味を明かします。 歴史の重さが被さる、壮大な社会派サスペンスです。

No.1 8点
(2009/07/13 20:53登録)
奈良の古寺めぐりでの疑念から始まり、第二次大戦中の策謀と現在(昭和36年)の事件をからめて、さまざまな登場人物の視点を渡り歩くようにして描かれていく作品です。社会性と叙情性、謎解きの興味が融合した松本清張らしさのよく出た傑作です。ちょっと感傷的すぎるようにも思えますが、海辺の断崖でのラスト・シーン、特に最後の1文に込められたニュアンスは感動的です。
ただ再読してみて1点、画家の死については殺人とするには、動機、実現性、殺人方法選択の必要性すべての面からして無理があります。作中では結論をあいまいにしていますが、本当にあり得ないような事故死としか考えられないということになるのです。しかし、それがその後の京都での事件にもつながってくるだけに、このあまりの偶然は納得できません。

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