皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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弾十六さん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 459件 |
No.339 | 7点 | マーチン・ヒューイットの事件簿- アーサー・モリスン | 2021/01/17 22:36 |
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華のない探偵マーチン・ヒューイット。どの作品も変事にヒューイットが呼ばれ、調査する探偵の謎めいた行動に書き手と読者が置いてけぼりにされ、驚くべき(そうでもないか)犯人逮捕の後に自慢話をははあ、と聞く面白みのない構成。手掛かりもちゃんと提示されてないから、こちらが推理する楽しみが全く欠けている。ヴィクトリア朝の風習などに興味が無ければ、読む気にならない作品群だと思う。
ところでヒューイットものの最初の2篇(The Lenton CroftとSammy Crockett)は作者名を記さず掲載。同時期にユーモラスな動物スケッチZig-Zags at the Zooをアーサー・モリスン名義(J. A. Shepherdのイラストが素晴らしい!)で同誌に連載中だったから? 私はストランド誌がワザと名前を伏せたのでは?と疑っている。シャーロックの『最後の事件』が1893年12月掲載で、シドニー・パジェットの挿絵が再登場するのが1894年3月掲載のヒューイットもの第1作『レントン館盗難事件』、単純な読者なら、あっパジェット画の探偵ものだ!作者名が伏せられてるがコナン・ドイル作の新シリーズか?と飛びついちゃう誤解を狙った悪質な手口なんじゃないか。(パジェットがシャーロック登場以降、ストランド誌でシャーロックもの以外のイラストを描いたのは僅か2作品のみ。) (以下*まで2021-12-21追記) 手がかりの一部を読者に隠しておくやり方は、当時の常套手段。手品と同じく、種明かししない方が楽しめるのでは、という書き手の親切心だったとも考えられる。そうなると、手品同様、意外な結果が重要となるが、そこら辺、ヒューイットものは小粒で不満が残ることが多い。 私は再読して、ヒューイットものの醍醐味は、こまかなディテールだと思う。何気ない文章だが、繊細な表現で、作者モリスンの心優しさ(貧しい出身だが高貴な人たちとの付き合いも多い。南方熊楠との交際もあり、熊楠は偉ぶらない人柄に感心している)とか世情を観察し判断する能力の確かさとか豊富な知識(ジャーナリスト生活で培ったものだろう)とかが窺える。 さらに作品の展開も、無理のない現実的な範囲でなかなかに工夫されてて、非常に楽しめる。「読む気にならない作品群」と評価した奴(以前の私です…)は、どこに眼ェつけてんでしょうね?バカ目ってヤツかい? なので全体評価点を大幅に引き上げました。(従来は5点)個々の作品の詳細は平山版のほうで。 ********** 以下、初出はFictionMags Index調べ。ストランド誌のシリーズ・タイトルはMartin Hewitt, Investigator、ウインザー誌にはシリーズ・タイトル無し。❶は英国版第一短篇集、❷は第二短篇集収録を示す。#はヒューイットものの連番。本短篇集は第2作目から第12作目まで(第11作The Case of the Missing Handを除き)初期シリーズ全てを収録している。 気が向いたらトリビアを追記します… 本書冒頭の「探偵マーチン・ヒューイット」は『レントン館盗難事件』の前書きとして雑誌連載時及び短篇集に収録されたもの。 (1) The Loss of Sammy Crockett (初出: The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget)#2 ❶「サミー・クロケットの失踪」 何故かリプリント(主として英国で)のタイトルがThe Loss of Sammy Throckettとなっているものがある。(『クイーンの定員1』など) 初出誌も英版&米版の短篇集もCrockettなのだが… ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (2) The Case of Mr. Foggatt (初出: The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget)#3 ❶「フォガット氏の事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (3) The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget)#4 ❶「ディクソン魚雷事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (4) The Quinton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget)#5 ❶「クイントン宝石事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (5) The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget)#6 ❶「スタンウェイ・カメオの謎」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (6) The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget)#7 ❶「亀の事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (7) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵D. Murray Smith)#8 ❷「アイヴィ・コテージの謎」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (8) The Nicobar Bullion Case (初出: The Windsor Magazine 1895-2 挿絵D. Murray Smith)#9 ❷「〈ニコウバー〉号の金塊事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (9) The Holford Will Case (初出: The Windsor Magazine 1895-3 挿絵D. Murray Smith)#10 ❷「ホールファド遺言状事件」 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ (10) The Case of Laker, Absconded (初出: The Windsor Magazine 1895-5 挿絵D. Murray Smith)#12 ❷「レイカー失踪事件」 |
No.338 | 7点 | ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー | 2021/01/17 19:50 |
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月刊誌Grand Magazine 1922-12〜1923-3 (4回 挿絵ありと思われるが画家不明、連載タイトルThe Girl with the Anxious Eyes) 単行本: 米版Dodd, Mead(1923-3) 英版Bodley Head(1923-5) 原題はいずれもThe Murder on the Links。ダストカバーは米版が特徴的なナイフ、英版は帽子とコートでなんか持ってる髭の男。
早川クリスティー文庫の田村隆一訳で読了。 昔から本作は大好き。敵役の名刑事ジローとか、冒頭に登場する謎の娘とか、ワクワクして読んだ。今、再読してみると、ちと安易で甘めのストーリーだけど結構、工夫が見られる展開が豊富な作品。無邪気なところが非常に良い。 船酔いのくだり(ここでは、またやってるよ、という感じ)とかプリマス急行への言及があり、発表は各短篇(最初にヘイスティングスがポアロの船酔いにビックリしているのは『首相誘拐事件』(Sketch1923-4-25)、『プリマス急行』は同1923-4-4の掲載)が後になっているが、実際の執筆順は、短篇が早いのだろう。アガサさんはクリスティ大尉と世界旅行に行く旅費を稼ぐため、この頃、結構な数の作品(この作品を含め)を書いている。 本作に言及されてる事件の元ネタについて、何処かに書かれていたような気もするが、今はちょっと見当たらない。(2021-1-18追記: Marguerite Steinheil事件(1908年5月)と判明。ネタバレ物件なので読了前に見ないこと。「スタンネル殺人事件」で検索。詳細は英Wikiで。アガサさんは自伝で「関係者の名前はもう忘れちゃったがフランスでずっと前に起きた有名な事件」と書いている。) トリビアは例によって徐々に埋めます。 (以上2021-1-17記載) 献辞はTo My Husband. A fellow enthusiast for detective stories and to whom I am indebted for much helpful advice and criticism。アーチーも探偵小説好きだったんだね。 p9 「ちくしょう!」と侯爵夫人はおっしゃいました(‘Hell!’ said the Duchess)♦︎お馴染みEric Partridgeの辞書にDating from c1895, it was frequently used in WW1, although seldom in the ranksとある。詳細不明だが、結構、起源は古いようだ。 (以上2021-1-17記載) p16 ミステリ映画はかかしたことがない(go to all the mysteries on the movies)♦︎英Wikiの“1920s mystery films”に当時のリストあり。もちろん全て無声映画。1910sや1930sのリストもあり。どれも面白そうだ。 p21 mediocrityさんの評にある通り、田村隆一訳は省略版の原文によるもの。gutenberg版では「最近面白かった事件はYardly diamondの事件くらいだ」と手紙の封を切る前にポアロが言っている。<西洋の星>盗難事件(Sketch 1923-4-11)のこと。英Wikiによると米版初版298頁、英版初版326頁とある。クリスティー文庫で完全版から訳し直して欲しいなあ。(2021-1-19追記: 書店で最新のクリスティー文庫、田村義進訳2011をチェックしたが、田村隆一訳と同じ原文のようだ。ポアロとヘイスティングスの会話の調子は義進訳が良い。重ねて言うが早川さん、完全版でよろしく。) p21 アバリストワイス事件(Aberystwyth Case)♦︎ポアロの語られざる事件のようだ。 p31 ハイヤーで行く(hire a car)♦︎ルノーのType AGかな? p32 スコットランド人が言う“瀬死者の心の昂ぶり”(what the Scotch people call ‘fey,’)♦︎死や不幸や災厄の予感、というような意味らしい。 p61 千ポンド♦︎英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で£1=8555円。 p79 旅行用の八日巻き時計(an eight-day travelling clock)♦︎1920年代のをWebで見たが結構コンパクト。週一で巻くのでプラス1日分動くのがミソ。 p85 [短刀は]流線型の飛行機のワイヤーでつくられた(made from a streamline aeroplane wire)♦︎Bruntons社のWebページから: Streamline Wires and Tie Rods are used for internal or external bracing on aircraft (wings, tail surfaces, undercarriages, floats etc.)... wherever a load in tension must be carried. 「航空機に使われる流線型ワイヤー」の事のようだ。確かに短刀になりそうなデザイン。英Wikiのカヴァー絵参照。 (2021-1-18追記、未完) |
No.337 | 7点 | アクロイド殺し- アガサ・クリスティー | 2021/01/17 15:58 |
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初出は夕刊紙The Evening News [London] 1925-7-16〜9-16 (54回、連載タイトルWho Killed Ackroyd?) 単行本: 英版William Collins(1926-6) 米版Dodd, Mead(1926) いずれもタイトルはThe Murder of Roger Ackroyd。ダストカバーは英版が若い女性が電話の乗った書類机の一番上の引き出しをあさっている場面、米版は短剣を握った手。
早川クリスティー文庫の新訳(2003)で読了。新しい訳にしては、あまり多くはないがちょっと気になる日本語がちらほら。まあ私のトシのせいかもね。 コリン・ウィルソン『世界不思議百科』によると売れた部数は3000部程度(2021-1-20追記: Charles Osborne “Life and Crimes of Agatha Christie”によると5000部)。 でも新聞連載してたのだから結構、有名だったのでは?(この新聞の推定部数(1914)は60万部。アガサさんにとって『茶色の服』に続く二回目の同新聞での連載だった。) 失踪事件直後発表の『ビッグ4』は9000部売れたらしい。 巷で言われてる、発表時、大騒ぎになった… というのは当時の批評文が見つからないので実態がよく分からない。この文庫の解説は笠井潔さんだが、引用されているヴァンダインのもセイヤーズのも後年1930年代の発表じゃないかなあ。ただしノックスやヴァンダインの探偵小説のルールはどちらも発表が1928年で、この小説がフェアプレイ概念に大きな影響を与えたことが伺える。 私が最初読んだ時はネタバレしてたかなあ。もう思い出せないが、この小説には良い印象をずっと持っていた。今回45年振りくらいに再読したら、ああ、結構、工夫してんのね… とちょっと感心。あのネタ一発の作品ではなかった。いつものように大甘な恋人たちが沢山登場。まだ夫の不倫に気づいてない頃に書いたのかなあ、と感じてしまった。 さて意外にも長篇ではポアロ・シリーズ第3作目。ポアロ&ヘイスティングス・シリーズは短篇では1923年に25作品(と1924年に『ビッグ4』の12エピソード)を発表していて、このコンビは、もーお腹いっぱいだった、と後に『自伝』に書いている。それで前作『ゴルフ場』(1923)でヘイスティングスをアルゼンチンに旅立たせてしまった。でも私は今回再読して、本作は、最初ヘイスティングスを語り手として構想したのでは?と妄想してしまった。少なくとも、ちょっと頭の片隅をよぎったのでは?と思う。アガサさんの探偵にたいする幕引き(『カーテン』)を考えると、あり得ないとは言えないんじゃないかなあ。 もう一つのお楽しみはミス・マープルの祖型キャロラインの描写。なるほどね、というキャラだが、ちょっと表層的なイメージ。これもアガサさんが実人生から深みを学んでキャラが完成したんだなあ、と少々感慨深い。 というわけで、世間知らずの若奥様アガサさんの最後を飾る記念すべき作品。 ミステリとしては、最重要容疑者が最初から一切疑われない!という大きな欠点はあるが、起伏に富んだ上出来な構成。登場人物をサラッとスケッチして、如何にも、とキャラを際立たせる技は、天性のものだ。 あとこの機会にエドマンド・ウイルソンのWho Cares Who Killed Roger Ackoyd?(1945-1-20)を読んだ。タイトルに上げられてるが本書とは全く関係なし。探偵小説なんてクズで、読んでるやつは中毒患者だ!と宣言している不愉快な内容。なんでウイルソンはそんなに苛立ってるのか?と思ったら、紙不足の時代にくだらない本が印刷されてるのは許せない… ということらしく、ちょっと同情。でもみんな気晴らしを求めてたんだよね。 トリビアは後で徐々に埋めます。 (以上2021-1-17記載) p9 九月… 十七日金曜日(Friday the 17th)♣️直近は1926年。連載時には違っていたか?前述の通り1925年9月16日水曜日に新聞連載が終了している。とすると日付が誤りで1924年9月19日金曜日未明の事件なのだろうか。(インクエストが月曜日に開かれているので、曜日に誤りは無さそう。) p18 古くさいミュージカル・コメディ(an old-fashioned musical comedy)♣️翻訳では「最近は風刺劇(revues)がはやっている(ので廃れた)」としている。musical comedyはギルバート&サリヴァンみたいな喜歌劇で、revueはAndré CharlotやC. B. Cochranが1920年代から1930年代に公演していた歌あり踊りありのヴァラエティ・ショーのことだろう。 p29 推理小説の愛読者(been reading detective stories)♣️黄金時代の特徴。探偵小説への自己言及。 p30 『七番目の死の謎』(The Mystery of the Seventh Death)♣️架空のタイトル。それっぽい感じ。 p35 最新の真空掃除機(new vacuum cleaners)♣️スティック型の方が古く、1924年以降ポータブル・タンク型が家庭用として販売され始めた。ここで言ってるのはポータブル・タンク式のことなのだろうか。 p39 鳶色の髪(auburn hair)♣️『スタイルズ荘』、短篇『安アパート』などに出てくる表現。 p48 浅黒い美しい顔(a handsome, sunburnt face)♣️浅黒警察としては、日に焼けた、として欲しいなあ… p54 シルヴァー・テーブル(silver table)とか呼ばれる家具♣️Web検索したがsilver tableは固有名詞ではないようだ。 p55 まぎれもない本物のイギリス娘(A simple straightforward English girl)♣️正真正銘の金髪、青い目。北欧系のアングロ=サクソン、と言う意味? p60 《デイリー・メール》♣️Harmworth兄弟が1896年に創刊した日刊紙。本作が連載されていた夕刊紙The Evening Newsも同兄弟が1894年に買収し支配下に置いていたので、一種の楽屋落ちなのだろう。 (以上2021-1-17記載、未完) |
No.336 | 6点 | 消えた目撃者- E・S・ガードナー | 2021/01/16 04:37 |
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角川文庫、1976年11月刊行。ペリー・メイスンものの中篇三作の集成。
元は1961年ヒッチコック・マガジンに掲載されたもの。雑誌掲載時に訳者名が邦枝輝夫となっていたが、この文庫では黒田昌一。訳文は同じなので、同一人物である。 他にも翻訳がある「叫ぶ燕」、「緋の接吻」については『怪盗と接吻と女たち』に書評を書いたが、問題は表題作の『消えた目撃者』(本書では原題がThe Case of the Wanted Witness、初出誌「クルー」1949年3月としている。) この原題も、雑誌名Clueも該当するものが見当たらない。内容もそれっぽく仕上げているが、他二作と比べて文体が全然違う。翻訳もこなれすぎてる感じ。 訳者さんのでっち上げか、ラジオ・シリーズのノヴェライズなのかも。(それにしちゃあ雑誌名に該当がないのが変だが…) ペリー・メイスン ものの珍作として、興味のある方以外は読む必要はないでしょう。 評価点は他二作も加味したものです。 (以下、2021-1-18追記) 翻訳者の邦枝輝夫は有名な「田中潤司」のことだという。邦枝名義でヒッチコック・マガジンに翻訳多し。レスター・リースものもパルプ雑誌から数篇翻訳している(単行本未収録)。読まなくちゃ! |
No.335 | 7点 | またまた二人で泥棒を -ラッフルズとバニー(2)- E・W・ホーナング | 2021/01/13 19:18 |
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単行本1901年出版。初出は一作を除き米国月刊誌スクリブナーズ誌。連載タイトルはMore Adventures of the Amateur Cracksman、イラストはF. C. Yohn。なお掲載各号は無料でWeb公開あり(合本なので広告抜きが残念)。英国での雑誌連載は無かったようだ。
短篇集The Black Mask (Grant Richards 1901)にはNarrator’s Noteと題する短い前書きあり。米国版Raffles: Further Adventures of the Amateur Cracksman(Scribner’s 1901)に基づくGutenbergの原文にはこのNoteが無いので、米国版には元々付いていない可能性あり。この翻訳に前書きは欠けているが、米国版が底本なのか。 『二人で泥棒を』の書評を読んでいただいた方にはご承知の通りのオモシロ翻訳は相変わらずだが、日本語が変なところ、辻褄が合わないところは大抵やらかしているのだから、編集の欠落が主たる要因。論創さんは是非まともな翻訳で出し直して欲しい。(私は本書をおっさん様の素晴らしい書評で知り、とても読みたくなって、全三冊を買った。話のムードだけは概ねわかる明るい翻訳文だが、細かく検討するとちょっと変テコ、では済まされないところが続々と… まあお陰でクリケットの知識を得ることが出来たし、英語の勉強にもなったし、物語自体も面白かったし、で私としては十分楽しんでお釣りが来る読書体験だったのだが、これじゃあ一般読者とホーナングが可哀想。) 私がラッフルズ・シリーズを好きなのは、振り回されるバニーのいじらしい姿、ということに尽きる。Volunteered Slaveryってこういうことか?(多分、違う) 以下、雑誌イラストと注釈が豊富なWebサイトRaffles ReduxからのネタはReduxと表示。短篇集収録順と初出順は一致。 例によって少しずつトリビア&翻訳へのイチャモンを追記してゆきます。 (1)No Sinecure (初出: Scribner’s Magazine 1901-01)「手間のかかる病人」: 評価6点 バレバレな話だけど、この翻訳ではバニーがより一層盆暗だと思われちゃう。実際は、そこまで酷くないのでトリビアで汚名を濯いでおこう。 なおReduxによるとMr Maturinはオスカー・ワイルドの親族で、ワイルドがバニー同様、自分の経験の手記をDaily Chronicleに発表(1897ごろ?)していることから、ラッフルズのモデルとしてワイルドとホーナングの共通の友人(文人でクリケット上手で同性愛擁護者のGeorge Cecil Ives)が該当するという説や、ラッフルズとバニーの関係性をワイルドとダグラスになぞらえる説があるようだ。でも『二人で泥棒を』にあまりそんな感じは無いと思う。まー私はワイルドのことはほとんど知らないのだが… ドイルの妹コニーがホーナングの妻。ホーナングの長男アーサー・オスカーの名はドイルとワイルドに由来。ドイルとワイルドの関係はリピンコット誌の『四つの署名』と『ドリアン・グレイの肖像』でお馴染み。だんだんワイルドを読みたくなってきた… 1897年5月のこと、と冒頭に日付あり。英国消費者物価指数基準1897/2020(130.83倍)£1=18389円。 p8 どんな人の顔より青ざめていて、ものを言う以外には開きっぱなしの唇の間から常に歯が見えていた(had the whitest face that I have ever seen, and his teeth gleamed out through the dusk as though the withered lips no longer met about them)♠️このwhite faceは「白い頭(髪)」の意味か?『二人で泥棒を』p199のトリビア参照。ここで表現してるのは「暗闇の中で歯の辺りだけが(ブラインドの隙間からの光で)輝いて見えた」という情景だろう。顔のほかの部分はあまり見えていなかった、という状況のはず。試訳「見たこともないほど真っ白な頭で、暗闇の中で歯だけが照らされ、カサカサの唇がその周りに存在していないように見えた。」ここでキメておかないと次のマッチ・シーンが全然生きてこない。 p9 大学には行っていないのだな(you weren’t at either University)♠️ReduxによるとeitherはOxfordかCambridgeか、という意味だという。他の大学は全く眼中に無し。 p9 金を稼ぎました(I came in for money)♠️ 『二人で泥棒を』p3と同じ誤り。come in forは「相続する」 p11 自分のウイケットを倒すという失策(than throw my own wicket away)♠️この場合wicketは「打席」というような意味。試訳「自分の打席を無駄にする(=アウトになる)くらいなら」ここを「失策」と訳したらしっくりこないよね?(ぼんやり通じるけど) p12 これは隠しようがなかった(there was no trick about that)♠️試訳「細工を施しているわけではなかった」 p12 ぼくとの強力な結びつきを持ち得た悪漢(the dear rascal who had cost me every tie I valued but the tie between us two)♠️試訳「ぼくから貴重な全ての人間関係(ぼくと彼との関係以外)を奪った親愛なる悪党」少し難しい英文だと変調子。 p13 われわれみたいな高貴な人種にとっては欧州随一の楽園(the European paradise for such as our noble selves)♠️Reduxによると当時のヨーロッパでナポリは同性愛が咎められることのない地として有名だった、という。 p13 アウトにならない限り、とにかくウイケットを倒さずにはいられない(It’s the kind of wicket you don’t get out on, unless you get yourself out)♠️試訳「自分でミスしない限り、アウトにならずに打席が続く」訳文は意味不明。ウイケットを倒す=アウトなのだが… p15 水に対するヒステリー患者(a hypochondriac of the first water)♠️試訳「最重度の心気症」成句を調べない訳者。医学用語も間違ってる。 p15 ウイケットを守らせたら相当なものだろう(will go far if he keeps on the wicket)♠️試訳「ウイケットを守り通せば(打席を続けられたら)、かなり儲かる(得点出来る)だろう」ウイケットを守るのは打者、なので翻訳はぼんやり合ってるが… なお料金は原文では一晩1ギニー(=19308円)。 p18 ケルナー・レストラン(Kellner’s)♠️Reduxによるとワイルドが贔屓にしていたKettner’s(現存している)。 p21 馬上の銅像を金ぴかに塗る(equestrian statue with the gilt stirrups and fixings)♠️Reduxによると1895に設置されたOnslow Ford作のField-Marshal Lord Strathnairnの銅像。原文では「鎧と装具が」金ピカ。Webに現在の写真があったが全体が青銅色に見える。 p24 五十五ポンドはしますな… 五十ギニー(=52.5ポンド)では安い(Forty-five pounds ... and it would be cheap at fifty guineas)♠️見間違い? 試訳「45ポンド(でお売りしました)… 50ギニーでも安いくらいでしたが」45ポンドは83万円。こうじゃないとチグハグ。(後段で、安く売ってもらった、と言っている) (2021-1-13記載) ▶▶︎▶︎▶︎▶︎ (2)A Jubilee Present (初出: Scribner’s Magazine 1901-02)「女王陛下への贈り物」: 評価6点 大きなオモシロ訳は無さそう。手口がいかにもラッフルズ流で、面白い。 ▶▶︎▶︎▶︎▶︎ (3)The Fate of Faustina (初出: Scribner’s Magazine 1901-03)「ファウスティーナの運命」: 評価6点 Reduxによるとホーナングは妻と共に1897年11月、妹を尋ねてイタリアに行き、1899まで滞在している。さらに1900年以降、イタリアに再び行っている。その体験がうかがわれる話。 歌はナポリ方言のようだ。Reduxでも英訳していないので、私もパス。実は有名な歌なのかも。 p62 楽園を追われたイブかい?(My poor Eve!)♠️何故、これをバニーのセリフだと考えたんだろう。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (4)The Last Laugh (初出: Scribner’s Magazine 1901-04)「最後の笑い」: 評価5点 活劇。残念ながら筋立てが安易すぎる。 p103 毒薬(iced poison)♠️Reduxによると「アイスクリーム」のこと。当時ガラス瓶に入れて売られていて、洗浄不十分で食中毒が発生し、ロンドンでは1899年に禁止となった。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (5)To Catch a Thief (初出: Scribner’s Magazine 1901-05)「泥棒が泥棒を捕まえる」: 評価7点 これはなかなかの作品。Reduxによると発表時の結末は違っていた。(ホーナングは雑誌発表後に、ちょこっと直しを入れることがあるが、ここまでの変更は他にないという) 残念ながら、クライマックス・シーンの翻訳(p141)はああ勘違い。Reduxで原文を読んでもよく分からん、という人は、英Wiki “To Catch a Thief (short story)”のPlot概略を読むと良い。(私もそれで間違いだと理解しました) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (6)An Old Flame (初出: Scribner’s Magazine 1901-06)「焼けぼっくいに——」: 評価6点 なんだか変テコな話だが、翻訳のせいだけではないようだ。Reduxによるとこの女には著名人のモデルがある。 p145 その広場には名前などないのだが(The square shall be nameless)♠️冒頭から珍妙な作文。その広場の名前は言わないでおこう…という意味。shallとかwouldとか難しいよね。続く文章は「ピカデリーから真西にしばらく行くと左側に見え、御者に2シリング払うとお礼を言われる距離」という感じ。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (7)The Wrong House (初出: Scribner’s Magazine 1901-09)「間違えた家」: 評価6点 ちょっとコントっぽい話。人が集まった時のいたたまれない感じが好き。 p180 手がしびれてしまった!(My hand’s held!)♠️愕然とするような間違い。ネタバレになるので試訳しないが、単純なセリフ。訳者には情景が全く見えていない。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (8)The Knees of the Gods (短篇集The Black Mask, Richards 1901)「神々の膝に」: 評価6点 on the knees of the godsで「人力が及ばない」の意味。英国にとって不名誉な戦いとなったボーア戦争(第二次)を擁護したのがドイル(1900年)。戦争はその後ゲリラ戦となり1902年に終結した。本篇発表当時は継続中。 愛国心と当時の英国軍の感じをよく表している作品だと思う。バニーの兵隊ぶりも、いかにもな感じで良い。 p205 君がウイケット守備をやってくれるなら、その間にぼく自身の手でボウルアウトに持っていくことが出来る(I’m mad-keen on bowling him out with my own unaided hand—though I may ask you to take the wicket)♠️試訳「ぼくは自分の腕で助けを借りずに彼を仕留めたいと切望している。君に(捕球を)頼んでアウトを取ることになるかも知れないが」 |
No.334 | 7点 | 二人で泥棒を -ラッフルズとバニー- E・W・ホーナング | 2020/12/23 04:55 |
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単行本1899年出版。収録8篇と少なめだが単行本丸ごとの全訳版。ラッフルズものの短篇集全三冊を完訳する、という企画は素晴らしいのですが、翻訳は繊細さが不足していて残念。まあこれは論創社の編集の問題だろう。創元で上質な翻訳をあらためてお願い…と思ったけど、創元なら選集になっちゃうよね。それも嫌だなあ。
この翻訳でも肝心のバニーのドキドキ感は損なわれていない。まあでも、もっと手練れなら、もっとバニーの心の動きがスッと染み込んでくるんじゃないか、と思う。そこが惜しい。 本書のキモは盗みのテクニックではなく、勝手な男に魅了されてしまった平凡な主人公の無様な振る舞い、だと思う。そーゆー人間関係ってあるよね。腐れ縁というか。 ところでパブリックスクールでのあだ名Bunnyって、どういうイメージなんだろう。「うさちゃん」なんだからねえ。可愛い顔の足の速い男の子、という感じなのか。あだ名の由来って意外なのが良くあるから判らないが。(Raffles Reduxによるとクリケット用語。ルールをよく知らないので、読んでもニュアンスがわからない。11番目の打者らしい。) (2021-1-3追記: へたっぴいな打者で打順が最後、ということらしい。他に強打者なのに特定の投手に極端に弱い場合に使われる。例: バースは尾花のBunnyだ) 初出は二作を除き英国月刊誌カッセルズ誌(FictionMags Index調べ)。連載タイトルはIn the Chains of Crime、イラストはJohn H. Bacon。なおRafflesシリーズの注釈とイラストが満載のWebサイト“Raffles Redux”(以下Redux)を発見した。色々な画家のイラストがあり一見の価値あり。各話ごと1ページに原文(英Gutenberg)とイラストと注釈をまとめていて非常に便利。 トリビア(及び翻訳へのイチャモン)はじょじょに埋めます。 (1)The Ides of March (初出: Cassell’s Magazine 1898-06)「三月十五日」: 評価6点 タイトルはシーザー暗殺の日を意味する表現(シェークスピアに用例あり)。英語辞書では「(古代ローマ暦で)3月・5月・7月・10月の15日, および他の月の13日」とのこと。古代ローマ暦はなかなか面白い。Wiki「ローマ暦」参照。 二人ともよく分かっていることを、曖昧な会話で進めるスリル。第一話として素晴らしい。翻訳のせいで惜しくも減点。crackは「金庫破り」が原意。ジャンポール・ベルモンドの『パリの大泥棒』(1967)のワンシーンをちょっと連想した。 Reduxによると1891年3月15年の事件。 p1 非合法のバカラ賭博のテーブル(baccarat-counters)♠️「非合法の」は不要。counterはチップのことでは?(複数形だし…) p1「どうしたんだ?忘れものかい?(Forgotten something?)」♠️ラッフルズの初セリフ。何で余計な「どうしたんだ?」を付加するかなあ。こういうセンスがこの翻訳のところどころに顔を出す。 p2 彼をそのまま自室に押し戻した(pushing past him without ceremony)♠️彼の脇を勝手に進んだ、という意味では? 翻訳ではwithout ceremony(挨拶なく、遠慮なしに)が抜けている。(2020-12-24訂正: push past〜は「〜を前に押す」で、本書の訳が正解。試訳: 彼を押すように遠慮なく進み…) p2 学校では君のために尽くしてきたし(I fagged for you at school)♠️fagはパブリックスクールで下級生が上級生の雑用をすること。試訳: パブリックスクールでは君の雑用をこなしたし… 英wiki “Fagging”参照。 p2 サリヴァン(Sullivan)♠️Sullivan Powellのタバコか。このブランドの詳細は調べつかず。(ReduxによるとAlbany付近のBurlington ArcadeにあったタバコメーカーSullivan, Powell & Co.のことだという) p3 二百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1891/2020(127.89倍)で£1=16898円。200ポンドは338万円。 p3 大分お金を持ってやってきたと聞いていたがね(I heard you had come in for money?)♠️試訳: 君は遺産を相続したと聞いたが? p4 もはやぼくには、家族なんていないんだ(I have no people)♠️すぐ後ろを読むと、両親とも亡くなっており一人っ子だとわかるはずだが… 試訳: 家族はいない。 p4 家を捨ててでてきちゃったのさ(I came in for everything there was)♠️come in forを再び誤訳。試訳: 財産は全て相続済みだ。本書の翻訳はこんな調子。キリがないのであとはなるべくトリビアに絞って書く。 p5 ラッフルズも僕も金持ちの行く名門私立校のアッピンガム・スクールにかつて在学していた♠️この一文はGutenbergの原文に無い。訳者の(親切な)付加か? p6 ラッフルズは戸口の前にドンと立ち塞がったのだ♠️こういう大袈裟な形容は、たいてい訳者の付加と思って良い。原文はシンプルにRaffles stood between me and the door. p8 ピストル(pistol)♠️原文では後の方でrevolverと判明する。小さめのブルドック・リボルバーを推す。(Reduxのイラストでは割合大きなリボルバーに見えるが) p11 君は学校ではちょっとした悪ガキだった(you were a plucky little devil at school)♠️pluckyは「勇敢な」、devilは軽い意味で「(=fellow)やつ」と解釈したい。 p12 ワッツの絵画「愛と死」やロセッティの「聖少女」の複製(reproductions of such works as "Love and Death" and "The Blessed Damozel")♠️前者は1885-1887ごろの、後者は1875-1878の作。 p15 えーっ!今夜か?ラッフルズ?♠️原文はTo-night, Raffles? なお、本書での綴りは全てハイフン入りでto-night。 p15 ボンド・ストリートにある友人からせびり取るのさ(From a friend of mine here in Bond Street)♠️「せびり取る」は全く不要。会話の妙が台無しだ。 p16 なにしろ恐ろしいことをやるんだからね(It's a beastly ordeal)♠️ここで犯罪の実行を仄めかすのはズレてる。曖昧な言葉に留めておきたい。試訳: とっても厳しい試練だ。 p16 シェークスピアの名文句の引用のある、日めくりカレンダー(a Shakespearian calendar)♠️ああ、そーゆーのが当時もあったんだ。日めくりではないと思う。(バニーに渡しながら「今日は何日だったっけ」と尋ねている) ヴィクトリア時代のシェークスピア引用付きの月カレンダーはWebに画像があった。なお続くバニーとラッフルズの掛け合いは バ: March 15th. 'The Ides of March, the Ides of March, remember.' (沙翁Julius Caesar, Act IV, Scene III “Remember March, the Ides of March remember”の引用) ラ: Eh, Bunny, my boy? You won't forget them, will you? p18 明日の朝でいいじゃないか(Surely the morning will be time enough!)♠️バニーが深夜の行動の意味をよくわかっていない感を出したい。試訳: きっと朝でも間に合うよ。 p18 何しろ夜に出歩く、悪事の好きな男(He's the devil of a night-bird)♠️devilは「やつ」p11と同様のズレた訳。 p30 金庫にしまっておいた(were in the Chubb’s safe)♠️Reduxによると当時イングランド銀行などにも採用されていた一流メーカー。始祖はCharles Chubb(1779-1845)。 p30 指紋(finger-marks)♠️ここでは「沢山の指の跡」が正解だろう。なお訳注に「ロンドン警視庁が指紋のファイルを製作したのは20世紀にはいってから」とあるが正確には1901年スタート。 p31 キーツの詩に登場するオウム(Keats's owl)♠️The Eve of St. Agnes(1819)にThe owl, for all his feathers, was a-coldとある。フクロウだよねえ。 p32 弾の入ったカートリッジを抜き取り(pick out the cartridges)♠️「弾丸を抜き取り」で良いよね。まあ間違い表現とは言い切れないが、知らない人はオートマチック拳銃のマガジン(弾倉)を連想するかも。 p34 血の味がした(I’d tasted blood)♠️まあぼんやり意味はわかるが「〈猟犬・野獣などが〉血の味を覚える、〈人が〉(刺激の強いことを)初めて経験する; 味をしめる」という意味の慣用表現。試訳: 血の味を知ってしまった。 p34 ウィリアム・S・ギルバートの詩を引用するのはひどく嫌だが、泥棒を讃えた彼の詩は、深い部分で正しい(I'm sick of quoting Gilbert's lines to myself, but they're profoundly true)♠️試訳: ギルバートの歌詞を僕に寄せて引用するのはとても嫌だが… Reduxによると“The Policeman’s Lot” from “The Pirates of Penzance”(1879)のことらしい。 p35 ぼくは両腕を動かしてカッカとする頭を抱えようとした(I turned on my heel, planted my elbows on the chimney-piece, and my burning head between my hands)♠️試訳: ぼくは背を向け、暖炉に肘をついて火照った頭を抱えた。 (2020-12-24追記) ▶▶︎▶︎▶︎▶︎ (2)A Costume Piece (初出: Cassell’s Magazine 1898-07)「衣装のおかげ」: 評価6点 『クイーンの定員1』(浅倉久志 訳 1984)で読んだ時は、ずいぶん荒っぽい、と思ったけど、シリーズのこの位置に来るならピッタリだ。 原タイトルは「当時の衣装を着けて演じる史劇」のこと。翻訳は立派な先行訳があるのに変テコなところがところどころ。後述するが翻訳抜けもかなりある。編集は何してたんだろ?gutenberg版を忠実に翻訳している浅倉版をお薦めする。 Reduxによると1891年4月の事件。 p37 リューベン・ローゼンタール(Reuben Rosenthall)♠️書きっぷりからモデルがいるかも?と思ったらRedux情報でBarney Barnato(1851-1897, 本名Barnett Isaacs)と書いてあった。英Wikiに項目あり。名前からわかるようにユダヤ系だ。ここでの描写も「巨大な鉤鼻… すごい赤毛」と典型的。 p41 ロンドンの貧民街の人たち(Tom of Bow and Dick of Whitechapel)♠️調べて18世紀ロンドンの追い剥ぎ(highwayman)Tom King(1712-1737)& Dick Turpin(1705-1739)のことか、と思ったが、Tom KingとBow Streetはあんまり関係なさそう。 p48 アトラスの乗り合い馬車(an Atlas omnibus)♠️Reduxによると実在した馬車会社。 p49 ラッフルズが最初にしたのはガス灯をつけないことで、明かりが灯ると…(The first thing I saw, as Raffles lit the gas, was…)♠️まあなんか勘違いしたんだろう。浅倉訳「ラッフルズがガス灯をつけたとき、最初に目に入ったのは…」 p52 あまり品のよからぬ、声の大きな女たちだ(Ladies with an i, and the very voices for raising Cain)♠️浅倉訳「カインでも呼び起こしそうな声の持ち主」 p54 ガーデニア(Gardenia)♠️架空の名称か。調べつかず。続く「カジノ・バー」は参照した原文になし。 p54 最悪、君は悪魔として十分通用するよ。訳の分からない呪文を唱えられればね(You’ll pass for Whitechapel if the worst comes to the worst and you don’t forget to talk the lingo)♠️浅倉訳「万一、最悪の場合になったら、ホワイトチャペルの住人になりすますんだぞ。隠語を使うのを忘れるな」 p54 気分を一新してかかろうぜ、わがスターよ!(please our stars, there will be no need)♠️浅倉訳「おれたちの星々よ、どうかそんな必要が起きませんように」please Godで「神もし許したまわば,順調にいけば;場合によったら」が辞書にあった。ここら辺、数行の訳し抜けあり。 p57 明かりを消せ!(Out o’ the light)♠️浅倉訳「おい、そこはじゃまだ」get out of the lightで「じゃまをしないようにする」と辞書に載っていた。舞台用語? p57 散々苦い目に合わされているんだ♠️このあと「ぼくはその隙に」の間に数行の訳し抜けあり。さらにp58以降ラストまでにもかなり多くの抜けがある。 p59 窓の外に向けて立て続けにピストルを撃ち続けた♠️例えばこの文、相当する原文が無い。訳者が勝手に端折ったか、gutenbergより短い原文(もしかして雑誌初出版?)があるのか。 p59 オックスフォード大学時代に(at Oxford)… ボートレースで使ったからね♠️Reduxによると後年の作(The Field of Philippi 1905)でラッフルズはケンブリッジ大学出身だと明かされたという。「ボートレース」のくだりはgutenbergになし。 (2020-12-26追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (3)Gentlemen and Players (初出: Cassell’s Magazine 1898-08)「ジェントルメン対プレイヤーズ」: 評価5点 数日かけてクリケットについてお勉強。古い映像もちょっと見てみた。世界では二番目にファン人口が多いスポーツだと知ってビックリ。大まかなルールがわかったので本作もさらに楽しめる、かな? 翻訳者はどうやらクリケット知らずのようだ。折角のクリケットもので普及にも資する歴史的作品なのに、非常に残念。(フットボールねたが多く登場する作品を蹴球知らずが訳して間違いだらけだったらファンは怒るよねえ。) 評価点は翻訳の不備で星一つ減点。 Reduxによると1891年7〜8月の事件。八月十日月曜日(p70)とあり1891年で間違いない。 p61 彼は投手として優れていただけでなく、名野手として活躍した。しかも、常に試合を有利に導く戦略家であった(Himself a dangerous bat, a brilliant field, and perhaps the very finest slow bowler of his decade, he took incredibly little interest in the game at large)♠️試訳「自身は危険な打者、素晴らしい野手、そして当代最高のスロー・ボウラーなのだが、ゲーム自体には驚くほど全く興味がなかった。」slow bowlerはfast bowlerじゃ無い方、という理解で良いのかな? 野球でいう速球派と技巧派の違い? p61 ローズ・クリケット・クラブに行く(went up to Lord’s)♠️St. John’s WoodにあるMarylebone Cricket Club(1787年創設、以下MCC)の本拠地Lord’s Cricket Groundのこと。1814年設立、The Home of Cricketと称されているクリケットの聖地。 p62 打たれることを覚悟して投げたら空振りしてウイケットが倒れてくれた(taking a man’s wicket when you want his spoons)♠️投手(bowler)はwicket(マトの三本杭)を狙いボールを投げ、当たると打者(batsman)はアウト。打者はボールを撃ち返して後ろのウイケットを守り、かつ得点を狙う、というのが基本プレイ。なおボールがウイケットに当たれば良く、倒す必要はない。spoonはボールを掬い上げるように打つこと(ゴロじゃなく飛球なら捕球でアウトに出来るので投手にとって良い)。この文なら、飛球狙いで投げて思惑通りアウトを取った、という感じだろうか。 p62 ピース(Mr. Peace)♠️Charles Frederick Peace(1832-1879)のこと。英国の著名強盗殺人犯。一本弦のfiddleの演奏で有名だったが、動物を可愛がる(taming animals)はガセらしい(Redux情報)。 p63 実際、彼がクリケット場に現れるときには、彼ほど自分のチームを勝たせたいと熱中するプレイヤーはほかに見当たらなかった(Nevertheless, when he did play there was no keener performer on the field, nor one more anxious to do well for his side)♠️試訳「しかしながら、実際にプレーすると、球場で彼以上にゲームに熱中し、チーム・プレーに徹している選手はいないのだった」前の文章を逆接で受け、口ではそう言うが… ということ。 p63 彼はひと試合終わる前に…♠️以下、色々誤りあり。ここに書かれてるのは、ラッフルズはシーズン最初の試合の前の打撃練習(net)の時、bail(ウイケットにボールが当たると落ちる判定用マーカー)の代わりにソブリン金貨をウイケット杭(stump)の上に起き、ウイケットに当てることが出来たチームメイトにその金貨を賞金として与えた、というエピソード。味方の投手強化のために身銭すら切る、というラッフルズの姿を描いている。ソブリン金貨は1ポンド(=16898円)。 p63 次の日には57ポンド稼ぐ(made fifty-seven runs next day)♠️runはcricketの「得点」本番の試合では57点獲得した(大活躍だった)、ということ。打った後、球が野手から返ってくる間にサイドからサイドまで(約20メートル)走って1点獲得。返球までの間に何度でも往復して走れる。面白いのは打者二人がそれぞれバットを持ちサイドの両端に立っていて、片方が打ったら反対サイドに向かってペアが同時に走ること。なのでペアの走る、止まるの呼吸合わせも重要。なお野球のエンタイトルツーベースっぽいboundary(ゴロでグラウンドを越える)は4点、ホームラン(飛球でグラウンドを越える)は6点。 p63 ジェントルメンとプレイヤーズ♠️ReduxによるとThe “Gentlemen vs Players” gameは最初1806年に、1819年からは毎年行われたMCCの企画試合。アマチュア選抜(the Gentlemen)対プロチーム(the Players)という試合。アマチュアは上流階級、プロは下層階級がメンバーらしい。英国のアマチュア重視って貴族制度と切り離せないんだよね。 p65 ジンガリ・クラブの金と黒と赤のストライプの入ったブレザーコート(the Zingari blazer)♠️I Zingariは英国アマチュア・クリケット・クラブ(1845年創設)。Webで派手なブレザーの写真あり。 p67 われわれの対戦相手はフリー・フォレスターズです。まあドーセット州のジェントルメンに当たりますかな(We play the Free Foresters, the Dorsetshire Gentlemen)♠️ Reduxによると両方とも実在のクラブ。 p69 四十一回のランで三回倒した(three for forty-one)♠️いろいろ投手のスコアを調べてみて「3ウイケット(=アウト)41失点」が正解だろうか?投手は(外れ球を除き)6球で別の投手に交代するので一試合に必ず複数の投手が投球する。ひと試合のアウト数は10回だが投手成績にはカウントされない走塁アウト(run out)などもある。Reduxによると初出誌ではthree for thirty-eight。これでは良すぎ、と思った作者が補正したのか。 p70 ドーセット州のミルチェスター・アベー(Milchester Abbey, Dorset)♠️架空。 p76 メルローズ侯ドウェイジャー夫人(The Dowager Marchioness of Melrose)♠️ dowagerは(貴族の)未亡人、marchionessは侯爵夫人。 p76 アマーステス夫人の隣にいて大声で喋っていた(sat on Lord Amersteth’s right, flourishing her ear-trumpet)♠️試訳「アマーステス候の右に座り、補聴器が目立っていた」当時の補聴器はWebで(ear-trumpet 1900)。 p81 ジェントルメンとプレイヤーズが、ウイケットを倒すのにしのぎを削るようなものだ(Gentlemen and Players at single wicket)♠️英wiki “Single wicket cricket”参照。クリケット個人打撃戦、で良いか。最高得点の打者が勝つルール。 p83 次のイニングには走者に出ることもできた(made a run or two in my very next innings)♠️runは得点。inningはここでは打席(my付なので)。試訳「すぐ次の打席では一、二回得点できた」 p89 ゴムの快適なタイヤをつけた馬車(a hansom with noiseless tires)♠️John Boyd Dunlopがpneumatic tireを始めたのは1888年から。当時、最新式タイヤの馬車なのだろう。都会のイメージ。 p90 本話でも最終部分に多くの訳し漏れあり。 (2020-12-27追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (6)Nine Points of the Law (初出: Cassell’s Magazine 1898-09)「合法と非合法の境目」: 評価6点 バニーのドキドキがたまらない。 原タイトルはPossession is nine points of the law(占有は九分の強み)という諺から。 p141 切手と違って五シリングかかる(My answer cost me five bob)♠️電報代5シリングは4225円。Reduxによると手紙なら1〜2ペンス程度(141〜282円)だという。 p142 セキュリティーという暗号は{XX(ネタバレ防止)}のことでね(Security’s that fellow {XX})♠️試訳「“セキュリティー”の正体は{XX}という奴だ」この電報で初めて正体がわかった!という場面。 p142 六週間も法すれすれの弁護をやってのけた(got six weeks for sailing too close to the wind)♠️際どい弁護過ぎて六週間(の罰を)食らった、という意味なのかも? p143 爵位はつかないんですな(Not up at Lord’s)♠️Lord’sはp61にも登場した有名クリケット競技場。試訳「ローズでその名前は見てませんが」 p143 そういえば、投げて私をアウトにしたんでしたな(So you have bowled me out in my turn?)♠️「これは一本取られましたね」という意味だろう。bowl me outは「(投手の)投球で(打者の)私をアウトにする」(2021-1-3追記: これは単なるアウトではなく、球を打ち返せず、ウイケットに当てられてアウト、という表現。打者としては完敗。野球だと空振り三振のイメージ) p151 私には休憩が必要だったが、あなたは休まずに投げ続けましたね(I go up to Lord’s whenever I want an hour’s real rest, and I’ve seen you bowl again and again)♠️ああ勘違い。試訳「一時間本当に休憩したくなったら、いつもローズに行っていました。あなたの投球を何度も何度も見たのです」 p151 リージェント・ストリートのカフェ・ロワイヤル(the Café Royal)♠️1865年開業の有名レストラン。 p153 メトロポール・ホテル(Métropole)♠️1885年開業。Northumberland AvenueとWhitehall Palaceの角にある。現在はCorinthia Hotel London。 p154 嘘をついて殴り殺されたアナニアス(Ananias)♠️『使徒行伝』第5章に出てくる嘘つき。文語訳5:5「アナニヤこの言をきき、倒れて息絶ゆ」ペテロの叱責で死んだのだが… p162 二三十年(two hundred and thirty years)♠️二百三十年の誤植。 p162 収集家のジョンソン(Old Johnson)♠️すぐ後に「オーストラリア一の収集家といわれるジョンソン爺い(old Johnson)」と補い訳をしているのだが、米国ペンシルヴァニアの有名な絵画コレクターJohn G. Johnson(1841-1917)のことだろう。John G.はここに出てくる絵の(弟子が描いた)模写を保有しており、本物を見たら眼を剥くぞ、ということだろう。自慢してる男がオーストラリア出身の金持ちだからこういう余計な補い訳になったのか。 p164 サボイ・オペラのくだりに数箇所の訳し漏れあり。物語後半になると訳者の集中力が低下するのだろうか。 (2020-12-27追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (7)The Return Match (初出: Cassell’s Magazine 1898-10)「リターン・マッチ」: 評価6点 これもバニーのドキドキが見どころ。 p168 十一月の夕べ♠️いつのことかはわからない。Reduxにも記載なし。 p169 腕をぼくの腕の下に差し入れ(his arm slid through mine)♠️ヴィクトリア朝の紳士は腕を組むのが普通。 p174 短い赤毛のてっぺんは禿げている(an unbroken disk of short red hair)♠️短く切った赤毛のヘアスタイル(囚人の?)が円盤のように見えた、ということだろう。unbrokenなので禿げてはいない。Reduxに載っているイラスト参照。 p177 同時に殺(や)られる(‘blow the gaff’)♠️Reduxによるとto divulge a secret(秘密をバラす)という隠語。 p181 「何かお役に立てることがありますか?」(“Ye have the advantage o’ me, sirs,”) / 「そう願いたいものです」とわが友、マッケンジーは言った(“I hope you’re fit again,” said my companion)♠️試訳「どちらさまで?」/「お元気になられたようですね」わが友は言った。 どうしてmy companionが警部のことだと思うのだろう? p187 乗馬用の長いコートを着ていった…♠️この文章以下、翻訳では「ぼく」の思考のようになっているが、原文では現実の場面。ぼくが窓から見ていると、彼が乗馬用コートを着てアパートを出てゆくところで、警官に鍵を渡していた、というシーン。全く酷い翻訳だが、不思議と話全体として意味はなんとなく通じる。物語自体が薄味だからだろう。 (2021-1-2追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (8)The Gift of the Emperor (初出: Cassell’s Magazine 1898-11)「皇帝への贈り物」: 評価7点 いやーこれは… なんと言ったら良いのか。 Reduxによると1895年6月〜7月の事件。 p192 人食い列島(the Cannibal Islands)♠️ReduxによるとFijiのこと。 p193 島の首都フリンダー(flinders)♠️意味不明の翻訳。 p193 ぼくはロンドンのアパートはそのままにして、川を眺められるという楽しみから(I had let my flat in town (...) on the plea of a disinterested passion for the river)♠️試訳「都会のフラットを賃貸し、純粋に川を楽しみたいという口実で(田舎に引っ込んだ)」貧乏を悟られたくないための言い訳。 p194 殺人は止めにしたし、何も隠すものはなかった(The murder was out; there was no sense in further concealment)♠️突然の「殺人」。ちゃんとした編集がついていれば確実に避けられる誤訳。試訳: 秘密がバレた。これ以上隠す意味はなかった。 p195 それからしばらくの間…♠️以下、翻訳では数ヶ月が経過したことになっているが、原文ではラッフルズがバニーの住んでいる田舎に来て、ボートに乗り、夜11時に駅で会話したのは同じ日の出来事。この前会ったのが数ヶ月前(It was months since we had met)という文を誤解して、創作翻訳している。 p199 髪が黒く、目のきれいな若い女性(a slip of a girl with a pale skin, dark hair, and rather remarkable eyes)♠️「白い肌の」が抜けている。実は後で「褐色の肌を持つ顔(brown face)」(p207)と形容している。このbrown faceは茶色の髪色(と目?)の表現なのだろうか。なおa slip of a girlは「ほんの小娘」すでにバニーの反感が読み取れる。 p208 クリケットに例えれば… 出塁すらできていなかった(never had his innings)♠️試訳「まだ打席にすら立てていなかった」 p208 (Aは)すいすいとウイケットを倒してみせ… (Bを)圧倒していた(bowling him out as he was “getting set”)♠️試訳「(Bが)打席に立って構えるなり、(Aは)投球でアウトにしてしまった」bowl... outは投手が打者に投げた球がウイケットに命中して打者がアウトになること。打者にとっては最も気分の悪い音(投手にとって最も気持ちの良い音)が球場に響く。 p210 しかし、彼のユーモアはよく理解できた(I noted, however, the good-humor of his tone, and did my best to catch it)♠️試訳「だが、上機嫌な声だなと感じたので、調子を合わせることにした」いじらしいバニーの心情を汲み取って欲しいところ。 p210 何かをするつもりだ(making his century this afternoon)♠️make... centuryはクリケットの1打席で打者が百点以上獲得すること。凄い活躍をする、という意味。 p210 別の魚をフライにする(had other fish to fry)♠️他にもっと大事な仕事がある、という慣用句。 p214 原文ではここの会話は終始X嬢について。翻訳はいつものように勘違い。「その声を聞くたびに(With that voice?)」は「あんな声の女と?」だろうし、最後の「君は幸せに生きてるんじゃないの?(Do you think you would live happily?)」は「幸せになれると思うのか?」だろう。 p219 去年の11月に(last November)♠️前作の事件は去年のことだと言っている。Reduxは本作を1895年6月〜7月としているのだから前作は1894年11月の事件となる。ただし本作が1895年だという根拠はわからない。 p223 大きなコルトの短銃(the huge Colt that had been with us many a night, but had never been fired in my hearing)♠️that以下は訳し抜け。「沢山の夜、ぼくらと一緒だったが、一度も発射音を聞いたことはない」当時のコルトならSAA(いわゆるピースメーカー)か。M1892だと新しすぎる。 p227 本篇もラストに訳し抜け多し。大事なところで勘違いもあり(男女の誤り!など)。ネタバレになるので細かく書けないが、一例を挙げると最後の部分は翻訳では10行、原文は12行。個々の文章も端折っている。作品の途中でも抜けはところどころあるが、概ね逐語訳。なのに最後に来ると大胆な超訳。不思議だなあ。 (2021-1-3追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (4)Le Premier Pas (短篇集The Amateur Cracksman, Methuen 1899)「ラッフルズ、最初の事件」: 評価5点 ラッフルズのドキドキが語られる。いつもの荒っぽい話。当時の警察の捜査技術でも逮捕されちゃうんじゃない? 読んだ印象では次作同様、単行本にまとめるときに書き下ろした感じ。 Reduxは1881年クリスマス期間の話としている。 p93 古いオリエント汽船の名札(an Orient label)♠️Orient Lineは当時オーストラリア行きで有名な客船。 p95 ユダヤ人(Jews)♠️Reduxによるとmoneylenders(高利貸し)の意味で使っているようだ。 p95 試合中、アウトコースのボールを打とうとして手にボールを当ててしまった(I was cut over on the hand)♠️そういう意味なのかなあ。素直に「手の表面を切った」では?外科医(surgeon)が治してるし、後段でこの怪我はthird finger that was split and in splintsだと書いている。 p96 汽車はないのですか?(Can’t I go by train?)♠️Reduxによるとイエイ(Yea)まで汽車が開通したのは1883年。 p97 でも太った馬はお嫌でしょうね(and then I should know you’d have no temptation to use that hand)♠️「(穏やかな馬なので)その(傷ついた)手を使う必要はないと思います」という感じ。 p100「ラッフルズさんじゃありませんか」…「ラッフルズだよ!」ぼくは思わずにっこりしながら、固い握手を交わしたのさ♠️原文は‘Mr. Raffles?’ said he. / ‘Mr. Raffles,’ said I, laughing as I shook his hand.となってる。本作のキモなんだけど、訳者には全然わかっていない。試訳「ラッフルズさんですか?」…「ラッフルズさん」ぼくは笑って握手した。 続く会話も調子を変えて欲しい。ラッフルズは丁寧に喋っているのだろうし、相手はもてなす風に話してる感じで。この翻訳では最初からバレバレ。 p101 そういうあんたも強そうだな(They would in you)♠️ラッフルズとしては強盗を撃退した、という支店長のエピソードが頭にあるので、このセリフ。「あなたには敵いませんよ」くらいか。 p108 彼は決して不摂生な人間ではなかった(he was at all intemperate)♠️ここら辺、ラッフルズが人を酔い潰そうと苦労してる場面。相変わらずズレまくった訳文が続く。ローゼンタールとの違いを逆に捉えている。 p108 だからベッドに入ってとにかくテンションを鎮めた♠️この文は相当する原文無し。訳者の勝手な創作。しかも結構訳し抜けあり。原文では、見通しが立たない中で会話に苦労した…ということをクリケット用語なども使いながら語って。いる。 p109 鍵は二つあって… もう一つは業務日報の日曜日のページにはさんでおく習慣(he had a dodge worth two of that. What it was doesn’t much matter, but no outsider would have found those keys in a month of Sundays)♠️楽しい珍訳。試訳「彼にはうまい隠し場所があって、まあそれほどでも無いんだが、でも部外者が今までずっと鍵を見つけたことは無かった。」辞書に載ってる成句を良く調べていない。業務日報、何処から出てきた? p113 締まり扉の具合を確かめ…♠️ここも原文に無い。これではアレっ?てなる。そして結構な訳し抜け。相変わらず後半に集中力が欠けている。 (2021-1-13追記) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (5)Wilful Murder (短篇集The Amateur Cracksman, Methuen 1899)「意図的な殺人」: 評価6点 荒っぽい話だが、泥棒には信頼できる故買屋が必要だ。レスター・リースはどう切り抜けていたんだろう。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ ところで、今頃見つけたのだが、Wikiに紹介されている雑誌連載開始時のタイトル画のキャプションがBeing the confessions of a late Prisonner of the Crown, and sometimes accomplice of the more notorious A. J. Raffles, Cricketer and Criminal, whose fate is unknownとなっている。じゃあ最初からそーゆー構想だったのね。 (2021-1-14追記) 単行本には献辞あり。TO A. C. D. / THIS FORM OF FLATTERY サー・アーサーに捧ぐ(これが我が賞賛方法)、という感じか。 |
No.333 | 7点 | ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利- ロバート・バー | 2020/12/21 04:56 |
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創元版『ヴァルモンの功績』(2020-11)は実に凝った翻訳、でもルビのおかげで読みにくくない。国書刊行会平山先生の訳も普段の自費出版のと違い読みやすい(編集者の腕の見せ所だね)けど、創元版はさらに良い。しかも全短篇に初出イラストがついている!(小さくてやや見づらいところだけが欠点) これはもう一家に一冊モノですよ!解説も実に行き届いています。
とりあえず初出データ(本書もFictionMags Indexを活用!)のみ示しておきます。今後はトリビア&平山版との比較も予定。 カッコ付き数字は本書の並び順。ここでは初出順に並び替えています。 (9)Detective Stories Gone Wrong: The Adventures of Sherlaw Kombs (初出: The Idler 1892-5 as by Luke Sharp 挿絵George Hutchinson)「シャーロー・コームズの冒険」: 評価7点 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (1)The Mystery of the Five Hundred Diamonds (初出: The Saturday Evening Post 1904-6-4〜6-11 (分載2回) 挿絵Clarence F. Underwood)「<ダイヤの頸飾り>事件」:評価5点 これ犯罪を構成してるのかなあ。誰も損してない気がする… ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (3)The Clew of the Silver Spoons (初出: The Saturday Evening Post 1904-8-27 挿絵Clarence F. Underwood)「手掛かりは銀の匙」 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (10)The Adventure of the Second Swag (初出: The Idler 1904-12 as by Luke Sharp 挿絵Bertram Gilbert)「第二の分け前」 こちらは(9)と違い、シャーロック・ホームズが登場。初出のこの号をFictionMag Indexで眺めてたら、チェスタトン画の挿絵で『奇商クラブ』が6回連載されてる!(1904年6月号から12月号まで) ぜひ見てみたいなあ。(Webに三枚発見。https://www.sciencephoto.com/media/559877/view) ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (4)The Triumphs of Eugene Valmont: Lord Chizelrigg’s Missing Fortune (初出: The Saturday Evening Post 1905-4-29 挿絵Emlen McConnell)「チゼルリッグ卿の遺産」:評価7点 若い貴族の性格描写が翻訳で生きている。 p144 枕許に装填した拳銃を♠️4挺忍ばせ28発打ち尽くす…とあるから7連発の拳銃。話の感じでは少なくとも10年前(1895年)以前の話。当時7連発リボルバーは結構ありS&W Model 1(22口径, 全長178mm, 製造25万挺(1857-1882) 価格$2)とかColt Open Top Pocket Model(22口径, 全長152mm?, 製造11万挺(1871-1877) 価格$8)とかベルギー製Nagant M1895(約32口径, 全長235mm, 製造1895-1945)とか(19世紀後半ベルギー製ルフォーショーにも7連発拳銃があるが詳細不明)。枕の下に四挺も入れていたのなら小型拳銃なのだろう。安くてポピュラーなS&W Model 1を推す。なお当時の$1は米国消費者物価指数基準1871/2020(21.34倍)で2299円。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (5)The Triumphs of Eugene Valmont: The Absent-Minded Coterie (初出: The Saturday Evening Post 1905-5-13 挿絵Emlen McConnell)「放心家組合」:評価7点 やはりよく出来た話。導入部を楽しめるかどうか。全体のムードと企みが合致して傑作になった。 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (6)The Triumphs of Eugene Valmont: The Ghost with the Clubfoot (初出: The Saturday Evening Post 1905-5-27 挿絵Emlen McConnell)「内反足の幽霊」 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (7)The Triumphs of Eugene Valmont: The Liberation of Wyoming Ed (初出: The Saturday Evening Post 1905-6-10 挿絵Emlen McConnell)「ワイオミング・エドの釈放」 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (2)The Triumphs of Eugene Valmont: The Fate of the Picric Bomb (初出: The Saturday Evening Post 1905-7-1 挿絵Emlen McConnell)「爆弾の運命」 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎ (8)The Triumphs of Eugene Valmont: Lady Alicia’s Emeralds (初出: The Saturday Evening Post 1905-7-8 挿絵Emlen McConnell)「レディ・アリシアのエメラルド」 |
No.332 | 6点 | 不変の神の事件- ルーファス・キング | 2020/12/12 07:46 |
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1936年出版。ヴァルクール警部補シリーズ第9作。翻訳は堅実な感じ。初出は月刊誌Cosmopolitan 1936-4(一挙掲載)。単行本初版はダブルデイ・クライム・クラブ。サブタイトルがありLieutenant Valcour’s most exciting case。カバー絵は帽子にコート姿、右手にリボルバーを持った厳しい顔の男(シリーズの他の表紙にも登場してるのでヴァルクールなのだろう)。色々調べると本作は映画化されてる! タイトルLove Letters of a Star(1936年11月8日公開 Universal) DVDやBD化はされていないようだ。ぜひ見てみたい。制作時期を考えると当初から映画化するつもりだったのか? ベラ・ルゴシ主演の無声映画The Silent Command(1923)にStory by Rufus Kingとクレジットされていたり、若きDuke Ellingtonが出演してるミュージカル探偵物Murder at the Vanities(1934)にも原作戯曲の作家(共著)として参加してるから映画界との関わりも結構深かったのだろうか? Internet Movie Databaseによるとイエール大学時代のThe Bond of Love(1914)に女性役としての出演記録あり。(2020-12-14追記)
さて肝心の小説だ。まずは序盤に納得するか?で印象が分かれるかも。私はまーそーゆーこともあるかも、と素直に受け止め、お話しの盛り上がりが非常に面白かった。そこから小ネタを繰り出してスリリングなプロット。中盤以降は無理に無理を重ねたところがちょっと残念。 ミステリ味は薄い。要素が実に米国的。描写は簡潔だけど、いろいろなキャラのスケッチが上手。なんかリアリティがあるので、中盤以降が惜しい。わざわざ、ああしなくても… と思う。この設定なら人間模様をふくらませる余地が沢山あるのに、使い切っていない。 この作者の初期作品をもっと読んでみたいと思いました。 以下トリビア。 銃はコルト32口径(a Colt .32)が登場。海の男の持ち物らしいので、動作が確実なリボルバーだろうと妄想(作中には具体的描写なし)。時代的にColt Police Positiveあたり? p9 五月四日♣️事件の日付。 p9 チャンドラーのクーペ、グレイで黒いラインが一本はいっていた(Chandler coupe, gray, with a black line)♣️ Chandler Motor Car(1913-1928)はmedium-price carmakersのようだ。1922年のラインナップは$1495〜$2375を揃えていた。(米国消費者物価指数基準1922/2020(15.50倍)で$1=1670円、250万円〜397万円) この車は「新型(A new model)」らしい。ちょっと古いが1928年最終モデル?1928年12月のHupp買収後でも1929年にChandlerブランドで車を販売しているようだ。 「黒いライン一本」はChandler Standard Six 1928 (8527)で見られるデザインか(これはセダンだがクーペはChandler 65 Series Rumble Seat Coupeで検索)。p66「後部の折りたたみ座席(the rumble)」とあるのでRumble Seatバージョン。(この項目2020-12-13修正) (以上2020-12-12記載) p20 ギルド劇団の公演(Guild shows)♣️Theatre Guildは1918年ニューヨークで設立。英Wikiやコトバンク「シアター・ギルド」に項目あり。 p23 リリアン・ラッセル(Lillian Russell)… メイ・ウェスト(Mae West)♣️前者(1866-1922)は歌手・女優で活躍当時最も有名な女優だったという。後者(1893-1980)は映画女優。映画デビューは1932年、ヒット作は1933年1月&10月の公開なので、この会話の感じだと作中年代は1933年10月以降。 p23 プルーンが減れば…種が増える(Less prunes… and more bosoms)♣️プルーンの耕作地面積はカリフォルニア州では1926年にピークに達している。bosoms(複数形)は「女性の乳房」らしいが、このセリフの意味がよくわからない。(2021-1-9追記: pruneに男、ヤツの意味があるらしい。「男少なめ、女多め」というような感じ?舞台や映画関係でこういう言い方があったのか) p28 ガートルード・メリヴェイルの『情熱なき恋』(Gertrude Merrivale in “Love Without Passion”)♣️架空だろう。 p35 アンドーヴァーの寄宿学校(Andover)♣️Phillips Academy Andoverは1778年創設。プレップ校(名門大学入学を目的とする中等教育学校)の一つ。 p36 ダンス(ルンバ以外のすべて)dancing(in everything but the rumba)♣️ルンバは映画Rumba(1935年2月公開, George Raft, Carole Lombard主演)により米国で有名になったばかりなので習得してない、という意味か。作中年代は1935年5月と言って良いだろう。 p36 海軍で従僕として訓練を受けた二人のフィリピン人(two Filipinos trained for service in the navy)♣️for serviceは軍事訓練のことだろう。当時、フィリピンは米国自治領(1901年7月〜1935年11月)で、米国海軍学校アナポリス方式を採用したPhilippine Nautical Schoolがあり、フィリピン人は米国海軍にも志願出来たという。1919年には最初のフィリピン人がアナポリスに入学している。多分、米国を目指すフィリピンの若者にとって良い制度だったのだろう。 p42 カクテルとキャヴィア(cocktails and caviar)♣️現代の舞台人にふさわしいおもてなし。禁酒法(1920-1933)後のイメージなのか。 p42 モントーク(Montauk)♣️The Montauk Theatre(Passaic, NJ、1924年1月30日オープン)のことだろう。1900年代に流行った同名のヴォードヴィル劇場跡地に建設された。(2020-12-15追記: 以上の記載は誤り。正しくはニューヨーク州Montaukのこと。p22「ガーディナー湾」の近く) p44 ヴァン・ブリテンの『もう一度言って』Van Britten’s “Tell Me Again”♣️架空の芝居。 p45 『いちじくの木』The Fig Tree♣️多分、架空の芝居。 p45 『トーチ・ソング』... ベラスコ(Belasco... in “Torch Song”)♣️架空の芝居と登場人物。 p47 恋文が——当時は『ファンレター』という言葉はありませんでした(mash notes—the term ‘fan letters’ had not come in by then)♣️mash letterの用例は1880年が初出らしい。fan letterの初出は1932年だという。 p48 週2000ドル(two thousand dollars a week)♣️米国消費者物価指数基準1935/2020(19.01倍)で$1=2048円。月給換算で1775万円。 p49 <ラムズ>♣️The Lambs Clubはニューヨークの俳優や作詞作曲家など舞台人のための有名社交クラブ(1874年設立。130 West 44th Street in Manhattan)。ロンドンのクラブ名(1868-1879)に因む。 (2020-12-13追記) p69 ロバート・マンテル(Robert Mantel)♣️Robert B. Mantell(1854-1928)スコットランド生まれ、ダブリン育ちで、米国に渡りシェークスピア作品で有名になった俳優。サイレント映画にも出演。 p70 千ドル札(thousand-dollar bill)♣️=205万円。1928年以降はGrover Clevelandの肖像、156x67mm) 500ドル以上の米国高額紙幣は1945年発行終了。 p70 金はすべての悪の根である(money is the root of all evil)♣️「聖書の格言」と補い訳。新約聖書テモテへの前の書6:10(KJV)For the love of money is the root of all evil、(文語訳)それ金を愛するは諸般の惡しき事の根なり。擬似パウロ書簡の一つ。 p74 ユーカー(euchre)♣️切り札のあるトリック・テイキング・ゲーム。ピケ・デック(32枚)を使用。古くからあるトランプ・ゲーム。Wikiに項目あり。 p74 最新ルールのコントラクト・ブリッジ(the latest rules of contract)♣️1920年代に成立したコントラクト・ブリッジを1930年代に主導し流行させた立役者がEly Culbertson(1891-1955)。上級者とのブリッジ・マッチで常に勝利し、自身が1929年に創刊したThe Bridge World誌で色々なテクニックを紹介し疑問手やマナーを論じた。 p74 シェリー[から]… カクテルに移行♣️過去と今との対比。Sherryの本場もの(Vino de Jerez)はアンダルシア州カディス県の産。 p75 サイドカー(sidecars)♣️英WikiによるとSidecarは第一次大戦末期のパリかロンドンが発祥らしいコニャック・ベースのカクテル。 p76 クラブ・セダン(the club sedan)♣️1920年代半ばに登場した屋根の低い高級セダン。ここの車は後で「リバティ(Liberty, p93)」と判明する。Liberty Motor Carは1916年創業で1923年に他社に吸収された。実在したが現在は廃業した会社名を使っている(チャンドラーも同様)ということは意図的なのだろう。 p89 虹色のプース・カフェ(a pousse-café)♣️数色が層になったスタイルのカクテル。比重の異なった液体で作る。 p103 一ポンド20セントで素晴らしいロブスターが手に入る(excellent lobsters at twenty cents a pound)♣️1キロ換算で903円。今の日本での相場は1キロ約1万円。今の米国では1ポンド約25ドルなので1キロ約55ドル(=5924円)。物価は19倍なので非常に安いのだろう。 p107 タリスマン(‘Talisman’)♣️架空のタクシー会社名か。この運転手はギリシャ系だが、ニューヨークでは東欧出身ユダヤ系が多かったようだ。 p112 最近のミュージカルのヒット作『オール・ハイ』(the recent musical success “All High”)♣️架空。 p112 マクベスの“よし、つかんでやる!”(Macbeth’s “Come, let me clutch thee!”)♣️第2幕第1場から。 p113 時代劇『迷える恋人たち』“Lovers Astray”, a costume piece♣️多分、架空。 (2020-12-14追記) p119 レベッカの色刷りの版画… しゃれた服に身を包み、水差しを抱えて井戸へ向かっている場面(a lavishly framed colored print of Rebecca, caught during one of her more dressy trips with a pitcher to the well)♣️「井戸のレベッカとエリエゼル(Eliezer and Rebekah at the Well)」のシーンだと思われる(創世記24)。文語訳では「リベカ」。p170にも登場(「レベッカのような風俗画」the Rebecca genre)。「風俗画」は訳者の補いだがズレている。キリスト教主題の絵画、というのが原意だろうか。 p151 ベルヴェデーレ美術館のアポロ(Apollo [Belvedere])♣️教皇ユリウス2世がヴァチカン宮殿内の「ベルヴェデーレの中庭」に置いた古代ローマ時代(AD130年ごろ)のアポロン像。Wiki “Apollo Belvedere”参照。 p154 デュマの『鉄仮面』(the Man in the Iron Mask)♣️ダグラス・フェアバンクス主演の映画The Iron Mask(1929)のイメージか。 p173 八年前のカルヴァースン調査隊… ポンペイ郊外の発掘場所で(in the excavations outside of Pompeii during the Calverson Expedition of eight years ago)♣️多分、架空。 p177 ピノクル… キング四枚で得点すると宣言(pinochle... melded four kings)♣️米国のトリック・テイキング・ゲーム。A-10-K-Q-J-9のみの24枚を2デック使用。普通は対面がペア、四人プレイの2チーム戦。ビッドはチームの予想獲得ポイントを上げてゆく。手札に役があるとビッド終了後トリック開始前に当該カードを晒して点がもらえる。晒したカードはトリック獲得にも使用するので手札に戻す。ここは手札に四枚のキングがあり80点獲得した場面。次頁「ダブル・ピノクル(a double pinochle)」も手札役の一つ(ダイヤJ&スペードQが二組)で300点獲得。英Wiki参照。手札の情報を与えないように、わざと得点獲得をしないという駆け引きもあるのかな? p181 サウサンプトンあたりに住み、朝海に泳ぎでたら夜までもどってこないあの変人(that odd man who hung around Southampton and who would swim out to sea in the morning and not come swimming back in again until night)♣️英国南部のSouthampton市ではなく、ニューヨーク州Southampton Beachのことだろう。変人のほうは調べつかず。 p182 マダム・バラスカ(Madame Valaska)♣️多分架空。 (2020-12-15追記) p183 シコルスキー(Sikorsky)♣️今はヘリコプターで有名だが1923年創業のころは大型・中型の飛行艇が主流だった。ここに登場するのはS-38(1928)か。 p187 ブリッジから鐘を打つ音が六つ♣️六点鐘。船ではAM及びPM3時、7時、11時。30分ごとに1点増やして叩き、八点鐘で終わり。(Wiki “船鐘”) p194 ガボリオ… オッペンハイム(Gaboriau... Oppenheim)♣️古いイメージを出したいので、この二人が登場。 p195 昔観たメアリ・ラインハートの作品(Rinehart production {X} had seen long ago)♣️サイレント映画『螺旋階段』(1915)のワンシーンだろうか。 p210 交霊会(a spiritualistic séance)♣️1930年代前半でも流行っていたのか。 p234 釘を打った板に座っているみたいで。インドで魂を救うために使う…(sitting on one of those nail boards they use in India to save their souls with)♣️英Wiki “bed of nails”参照。 p242 平たいオートマチック(a flat automatic)♣️ヴァルクールの銃。38口径のColt M1908 Pocket Hammerlessを推す。 <ちょっと長い蛇足> ルーファス・キングの関わったサイレント映画The Silent Command(1923)と楽しいミュージカル探偵映画Murder at the Vanities(1934)がWebに落ちてたので見た。いずれもミステリ的工夫がある作品。興味深いところが色々あり。前者は軍法会議のシーンとか船内のアクション・シーンとか、後者は女性を徹底的にモノとしてしか見てない感じのヴァラエティ・レヴューのシーンとか、ファン必見エリントンの若々しさとか(メエ・ウエストが映画関係者に助言して出演となったらしい)。どちらも楽しめました。どこかで本作の映画Love Letters of a Star(1936)を日本語版にしてくれないかなあ。(2021-1-9若干修正) (2020-12-19追記、完) |
No.331 | 5点 | 鐘楼の蝙蝠- E・C・R・ロラック | 2020/12/06 19:51 |
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1937年出版。マクドナルド首席警部シリーズ第12作目。
うーん。途中までは実に素晴らしいんだけど、第11章以降が弱いなあ。でもマクドナルド警部のキャラ描写は凄く良い。それだけに後半がねえ… 冒頭の人物の書き分けが不十分で頭がちょっと痛くなるけど、物語が進めばキャラは立ってくるので問題なし。推理味は薄め。だから後半にあーゆー展開必要ある? キャラ描写メインで勝負すれば良いのに… あとちょっとマクロイさんと共通する弱点を感じた。踏み込みギリギリの描写が時々あると思う。 以下トリビア。徐々に書き足していきます。 p12 殺人ゲーム(Everyone plays these murder games)♣️ p13 十ポンドかそこらで買える車♣️中古車 p15 推理小説(thrillers)♣️この単語は意外。detective storiesだと思った。 p25 大きな縁の、巨大な凸レンズのはまった眼鏡(huge convex lenses set in the widest rimmed specs)♣️ p26 安っぽい犯罪小説(penny dreadful)♣️ p29 十八日の水曜日♣️p17で来月一日はエイプリルフール、との発言があるので、これは3月18日。直近では1936年が該当。 (2020-12-6記載。続く) |
No.330 | 6点 | 悪魔と警視庁- E・C・R・ロラック | 2020/12/03 01:33 |
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1938年出版。マクドナルド首席警部シリーズ第14作目。
ロラックさんは初めて。古本屋で偶然見つけ、発表年代で読む気になりました。 うーん。冒頭のワクワクが盛り上がらず、致命的な欠点はないが、これは!というところもない佳作、という感じ。でも好みの作風(セリフの一部、説明がくどくて、ちょっと気になったが)。英国好き、戦間期に興味ある人、クロフツ・ファンならお勧め、という感じかな。大抵の人には地味すぎて物足りないだろう。翻訳は手慣れた感じで良い。 冒頭はVictory Ball(11月11日)。クリスティのポアロものの短篇(『戦勝記念舞踏会事件』1923)とセイヤーズ『ベローナ・クラブの不愉快な事件』(1928)を思い出しました(後者は仮面舞踏会じゃないが)。 作中年代はちょっと問題あり。「今年の一月(p149)」にフランコの軍に入って負傷した人が帰国した…という説明で、フランコが挙兵した1936年7月以降の一月のはずだが「十一月十二日、木曜日(p215)」という記述もあり、これは直近なら1936年。さらに「十三日金曜日」のイメージが続き、捨てがたいところだが、p148の記述(1913年の21歳が現在は45歳)もあり、作中年代は1937年で良いだろう。 現在価値への換算は英国消費者物価指数基準1937/2020(68.57倍)で£1=9060円。 以下トリビア。原文は入手してません。 p9 ヴォクスホール♠️車種が明示されてるのは良い。大型車のようなので1934年から製造販売のVauxhall Big Sixか。1935年の広告ではスタンダード版で325ポンド(294万円)。 (以上2020-12-3記載) p10 ロンドンの霧は色と味わいの点で、かつての“エンドウ豆のスープ“らしさをなくした♠️当時の印象はそんな感じだったのか。未調査。 p10 濃霧に対するロンドン当局の対応策♠️具体的な記載はないが何か対策されていたのか。皮肉っぽい感じなので「無策」という意味か。 p12 ベントレー♠️緑色の大型車、とのこと。探したら1938 Bentley 4 1/4 Litreで緑のが見つかった。4 1/4は1936-1939製造販売(1234台)、4 1/2とは違う。かなりの高級車のようだ。(ロールスロイスの弟分で良い?) p12 開けた風防ガラス♠️霧が深くて視界確保のため開けた(寒い夜なのでフロントガラスの結露防止?)ようだが、ドアについてる横のガラスのことか? p14 “飼い葉袋”をラジエーターにかぶせ♠️凍結防止だろう。歩道の表面が凍るくらい寒い夜である。 p16 勇気を出せ…♠️Courage, mon ami, le diable est mortはCharles Reade “The Cloister and the Hearth”(1861)からの引用。Wikiによるとコナン・ドイル、キプリング、オスカー・ワイルドも大好きだった小説のようだ。かなり一般教養っぽい引用句だと思う。 p17 ノーサム・バローズで発見された車♠️過去作のネタバレの可能性あり。未調査。 p18 ホメロスも居眠りする♠️偉大な詩人にも不出来な行(書くときぼんやりしてたような)がある、という諺。元はHORACE Ars Poetica 359 “indignor quandoque bonus dormitat Homerus”(I am indignant when worthy Homer nods)とのこと。 p18 スコットランド人でさえ馬小屋のドアを閉め忘れる♠️調べたが見つからず。スコットランド系の首席警部をからかっただけかも。 p19 榴散弾♠️Shrapnel Shell。第一次世界大戦で活躍した散弾の詰まった砲弾。塹壕用の大量殺傷兵器で3インチ(76mm)弾がポピュラー。 p20 今世紀初頭に織られたリヨンシルク♠️もう手に入らない極上品。三十年前に失われたもの。 p21 十九世紀初頭のバッソ・プロフォンド、ド・グラース♠️調べつかず。多分架空。 p22 『ファウスト』♠️グノー作オペラFaust(1859)。 p22 ストランド街のエクセルシア・ホテル♠️調べつかず。多分架空。 p22 アデルフィの新オペラハウス♠️1806年以降4回建て替わっている。最新のものは1930年12月3日オープン。アールデコスタイルで'Royal Adelphi Theatre'と命名された。 p22 メリルボーン・コンサートホール♠️1831開場のTheatre Royal, Marylebone(別名Marylebone Theatre, 他)かと思ったら、1932年にWest London Cinemaに変わっているので違うようだ。 p22 歌手は体を鍛えない♠️なるほど。知りませんでした。 p23 メルバがミミを演じ、パッテンがルチアを顫音(トリル)で歌っていたころ♠️Nellie Melba(1861-1931)はオペラ歌手(ソプラノ)。Mimìはロッシーニ作La Bohème(1896)のヒロイン。パッテンは調べつかず。 p32 わたしは今年43歳になる♠️ということはマクドナルド首席警部は1894年生まれ。 p32 <かわいいチャーリー>♠️49歳の若い頃に流行った歌。調べつかず。 p33 ベタニヤ♠️新約聖書に登場。イエスの母マリア、その姉マルタ、その弟ラザロが住んでいた土地の名前。 p50 シバの女王の気分です♠️列王記上10はソロモン王の噂を聴いて初めて宮殿を訪れたシバの女王が「想像の倍素晴らしい」と驚くエピソード。 p55 緑茶♠️結構造詣が深い感じの描写。英国における中華趣味(アーネスト・ブラマ『カイ・ルン』シリーズなど)の研究も面白そう。 p62 小フーガ ト短調♠️BWV578。バッハの超有名曲。最近では「ハゲの歌」として有名らしい。 p64 トッカータ ヘ長調♠️数あるバッハ作のオルガン曲の中でもとりわけ素晴らしいToccata und Fuge F-Dur BWV540のトッカータだろう。組になってるフーガと関係がないため、元は別々の曲なのだろう。同名のオルガン曲がフローベルガー、ブクステフーデ、ムファットなどにあるがいずれも有名作品ではない。 p66 五階… G号室♠️五階建に七つのフラットがある、ということか。 p69 リトル・オードリー♠️「訳注 当時流行ったジョーク中の人物」由来はWWIに遡るようだ。英Wiki “Little Audrey”参照。 p73 おなじみの灰色の脳細胞を駆使して♠️この言及はポアロ? p88 緋色の衣装の…♠️何の歌か不明。 p109 永久に癒やすべからざる憎悪の念…♠️何かの詩らしいが不明。 (以上2020-12-19追記、続く) |
No.329 | 5点 | 人形パズル- パトリック・クェンティン | 2020/11/26 02:34 |
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1944年出版。創元文庫で読了。Q.Patrick名義の中篇Murder with Flowers (初出The American Magazine 1941-12)をWheelerが長篇に引き伸ばしたもの(当時Webbはまだ軍務で南方にいたようだ)。
オリジナルの中篇は”The Puzzles of Peter Duluth”(Crippen & Landru 2016)に収録されているが、未入手。多分、11-17章が主要な付加ではないか、と思う。何か中途半端でダレるからねえ。 となると主たる部分は戦前に書かれたもの。当初の中篇では結婚一周年のお祝いが冒頭の場面というから、ダルースが妻に寄せる過剰な情熱も理解できる。ネタとしても中篇程度がふさわしい。 探偵小説としては薄味。戦時の米国の様子が興味深いくらいで、あまり盛り上がらない話。やはり中篇と比較してみた方が面白いだろう。(詳しく比較を書くとネタバレになりそうだが…) トリビアは後で。オリジナル中篇を入手してから… 銃は出てくるが詳細不明。今まで読んだ作品でも詳しい描写が無かったから、QP/PQは銃に無関心なのだろう。「どれが引き金かすら知らない」という登場人物のセリフもあった。 (以上2020-11-26記載) 上述の短篇集を入手した。中篇は第3章p42-49が冒頭シーンで、軍隊ネタは一切なし。結婚一周年でホテルで踊るダルース夫妻、という設定。サウナ場面無し、P.I.も出てこない。酔っ払いの意味不明なセリフに翻弄されるピーター、という話で、正直つまらない作品。後半の舞台「クロッ◯◯」(ネタバレ防止でキーワードをわかりにくくしています)ネタは、ほぼ長篇同様(Atlantic 1940s color photo 「正しいキーワード」で検索すると当時の雰囲気が出てる素敵なカラー写真あり)。暗闇シーンは中篇にもある。やはりQP/PQにダンマリはつきものなのか。 (以上2020-12-20追記、続く) |
No.328 | 4点 | 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン | 2020/11/25 00:35 |
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JDC/CDファン評価★★★☆☆
1941年出版。創元文庫の新訳(2014)で読了。 完全にこれはダメ。事前の知識は全く無く読んだのだが、冒頭から凄く良くて第5章までは素晴らしいシチュエーションの一言。でも良すぎて、着地が心配になった。大傑作なら幻の作品にならないよね… それで読むのを辞めて幻の未読傑作としてしまおうか、と思ったくらい。JDC/CDの台無しっぷりを今まで何度も経験してるからね。 まーでもJDC/CDの駄目加減っていうのも憎めないので読んじゃいましたよ。そして第20章でふざけんな!まーよくも… ああいう手しかないならともかく、作者の腕ならあんな風な小細工は不要でしょうが! 魔がさしたのか、戦争でどうでも良くなったのか? 次作『嗅ぎタバコ入れ』(1942)では随分と工夫されてるから、バウチャーの罵倒も結果オーライだろう。 もう一つの方は、いかにもJDC/CDらしい脱力系。ハハハと笑うしかない。 全体的に楽しめたけど、JDC/CDに馴染んでいなけりゃ怒るよねえ。 ところでもう一つ気になったのは、登場人物の心理描写。これすごい事件な訳ですよ、当事者にとっては。でもこころのうちを全く書けない。書くと犯人がわかっちゃうから。探偵小説って、こーゆー場合、とても不便だなあ、とつくづく感じた。(主要登場人物の心理サスペンスものとして書き直して欲しいなあ。) さて物語の舞台は戦前(1938)、ドイツ軍のロンドン空襲は1940年9月からだから、結構大変な時期の執筆だったのだろう。H.M.も過去を懐かしんでるくらいだ(死に直面すると昔を想うよね)。少年時代のアレコレは作者の実体験というより理想像だろう。JDC/CDって自分をヤンチャ者に見せたい痛痛さがあると常々感じています… トリビアは後で完成させます。原文未入手。 銃はウェブリー38口径リヴォルバーが登場。表紙の絵でもカッコ良く描かれているが「象牙の握り以外は磨き抜かれた黒い金属製」のはずなのに絵では木製グリップに見えるのがちょっと気になる(←あんただけ!)。象牙グリップは軍用ではないと思われるが、当時Webley Mk IV拳銃はEnfield No.2拳銃に軍制定拳銃の座を奪われていて、民間用に販路を拡大していたようだ。その後Enfieldはパクリだとしてウェブリー社が英国政府を訴えることに。この銃の弾丸は38/200弾として知られる(床井さんの『弾薬事典』では「.380ブリティッシュ・サービス弾」)がダムダム弾違反を避けるため、軍用としては1938年6月以降、弾頭が鉛からフルメタルに変更されている。 p7 レーヨン p8 縫い取り♣️当時は名前を衣類などに縫い付けるのが一般的か。よくこういう描写があるよね。 p9 一ポンド♣️ 英国消費者物価指数基準1938/2020(67.75倍)£1=8952円。 p12 ブリストルのコルストン・ホールでベニャミーノ・ジーリが歌う♣️ジーリには1937年5月、1938年2月&6月、1939年5〜6月にロンドン録音が残っている(NAXOSで聴ける)。Webで探すとColston Hall, Beniamino Gigli recital 1952-4-20という記録があった。1938年7月15日コンサートの実在は調べつかず。 p20 八月二十三日水曜日 p24 凶運の影は… p26 晩餐を二度続けて? p27 精神分析医(サイカアトリスト) p31『君が眼にて酒を汲めよ』♣️「訳注 イングランド民謡」 p32 離婚にはXの同意が必要だ p34 晩餐時の正装の決まり p38 アヒルの鳴き真似♣️出し物としてポピュラーだったのか?(p27でも同様の描写) p39 ジェスチャーゲーム♣️回答者は一旦ホールに出て皆が打ち合わせるのを待つのだろう p49 真新しい1シリング硬貨♣️=448円。当時のOne shilling銀貨はジョージ6世の肖像(1937-1947) .500 Silver、重さ5.6g、直径23mm。 <未完> |
No.327 | 5点 | 書類百十三- エミール・ガボリオ | 2020/11/22 15:51 |
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『ファイルナンバー113: ルコックの恋』牟野素人さん訳、kindle販売の日本語完訳版。
原作は1867年出版。連載Le Petit Journal 1867-2-7〜5-14。連載時には献辞があり« A mon ami Maurice Delamain » いとこだという。 構成に時間をかけず、書き飛ばした感じ(前作の連載終了の翌日から連載開始… これじゃあねえ)。語り口を工夫すれば、もっと上手くサスペンスを盛り上げられたのでは? 第二部がかなり冗長。ルコックの活躍も中途半端。前作『オルシバル』の構成が良かっただけに、なおのこと残念な感じ。シャーロックが批判した「哀れなルコック」は本作のことだろう。(訳者あとがきでドイル『緋色の研究』が1867年出版と堂々と間違っており、ガボリオとドイルがほぼ同時に探偵小説を書いてることになっている…) 当時のフランス社会の階級意識がほんのり感じられる作品だが、探偵小説としての面白味はあんまり無い。人物造形、ネタともにパッとしない。 ルコック次作『巴里の奴隷たち』(1868)も牟野さんが完訳されておられるので、読むつもりだけど、自己模倣ぶりが目立ってきてるので期待せずにゆっくり読んでゆきます。 トリビアは後で。 p35 186*年2月28日火曜日 (おっさん様が疑問を呈しているラストシーンは、完訳版でもカタスカシ。カタルシスには程遠いナンジャコリャ?でしたのでご安心を。) |
No.326 | 7点 | 河畔の悲劇- エミール・ガボリオ | 2020/11/21 16:50 |
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『オルシバルの殺人事件』牟野素人さんによる完訳。Kindleで入手可能です。
1867年出版、初出は新聞Le Soleil 1866-10-30〜1866-12-20及びLe Petit Journal 1866-10-30〜1867-2-6(連載開始は同じで、終わりが違う。何だろう。新聞にあたってみるしかないのかなあ。そもそも同時連載ってのが変だ。読者層が違うのか?) (2020-11-21追記: 両方とも社主が同じ新聞でLe Soleilの方は高級紙、Le Petit Journalは非常に安い大衆紙のようだ。Le Soleilは入手出来なかったので、そっちの連載が終わった次の日のLe Petit Journal 1866-12-21を見てみたら(仏国立図書館Web版で入手可能)第17章の途中(全体の57%)で、区切りとしても悪い。どーゆー終わり方だったのか気になる。続きはLe Petit Journalで! みたいな感じだったのかな?) ルコック・シリーズ第二作。いやあ、『ルルージュ』が凄くよかったので、期待して読んだら中盤までは、ああ、この程度?とちょっとがっかりしてたら、怒涛の後半が素晴らしい。やや無理なんだけど、かなり上手な企み。大ロマンが味わえます。何でこれが埋もれてるのか、実に不思議。堂々たるメロドラマです。(推理味はちょっと薄いのですが…) 登場人物も上手く書けています(端役もいきいきしてる)。ルコックのキャラ設定も素晴らしくて、後半の記述が非常に良い。 あと、ドイルの例の構成は本書から思いついたのかも。(似てたらパクリ呼ばわりは阿保の所業ですね。すみません) (2020-11-21追記: と思ったら、二部構成形式をドイルはガボリオに学んだのでは?という説が昔からあるようだ。『オルシバル』も、今読んでる『書類百十三号』も途中で話が中断し、過去の出来事が長めに物語られる(ドイルの長篇で)お馴染みの形式。犯罪の証拠というものは現時点の事しか示せないのだから、動機を探るなら過去に遡る必要がある。実に理にかなっており、オルシバルの展開は実に流れが良くて、ガボリオもドイルも探偵小説における二部形式の威力を本作で実感したのだと思う。) 牟野素人さんの翻訳は淀みなく読ませる達者なもの。しかも値段設定がタダ同然です。次の『ファイルナンバー113』(書類第百十三号)も非常に楽しみ。 トリビアは後で。(まだ『ルルージュ』も終わってない…) (以上2020-10ごろ記載) ——— dédicace : « A mon ami, le Docteur Gustave Mallet. » p33/8893 186*年7月9日木曜日♣️ |
No.325 | 7点 | 俳優パズル- パトリック・クェンティン | 2020/11/17 01:03 |
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1939年出版。ダルースもの第二作。創元文庫の新訳(2012)で読了。
共通する重要な登場人物が多いので、第一作『迷走パズル』(1936)から読むのがおすすめ。 かなり面白い作品だが、文章が稚拙(翻訳のせいではないと思う)。ラノベっぽい未熟感。Wheelerは当時27歳だから仕方ないか。筋立ては非常に良い(かなり無茶苦茶なところが多いのだが、演劇界ならあり?とも思っちゃう)。順々に謎が解明されてゆく工夫がスムーズ。ラストには違和感ありだが、脳内補正は可能なレベルだと思う。 相変わらず主人公の情念が薄い。特に前妻とアイリスに対する想いはもっと妄想出来るはず。 この時期、劇場を舞台にした探偵小説が結構多い印象。最近私が読んだのでもEQ『ローマ帽子』(1929)、マクロイ『家蠅とカナリア』(1941)など。当時の娯楽の王様は映画ではなく、やはり演劇だったのだろう。まあ役者という設定は犯罪者として非常に便利。役者だから…と説明すればどんな変装も立居振る舞いも可能になっちゃう。 QP/PQコンビへの興味(私の主眼はそこなんだが)としては、権威的な医者の存在が、WheelerにとってのWebb(当時38歳)だったのでは?と妄想(逆にWebbがWheelerに指導者として振る舞いたい、という願望か)。治療としての演劇というアイディアは『マラ/サド』(1964)を連想してしまった(古いっすね)。演劇シーンはかなり素晴らしい。後年Wheelerが演劇界に入ったきっかけはこの作品か(前作では演劇の感じ無し)。ただし本書では素人が演劇界に触れている感じで、全然インサイダーっぽくない。 以下トリビア。私が参照した原文(Mysterious Press/Open Road 2018)には私でも分かるスペル誤りが数件あった(fire→fine, look→took, Gobbs→Gibbs、OCRで変換した感じ)。 p7 インターナショナル・カジノのてっぺんには丸い目をしたけばけばしい金魚を描いたリグリー社の看板がそびえている(the Wrigley goldfish loomed, lurid and popeyed, above the International Casino)♦︎これ、当時の名物。例えるなら「ススキノのニッカおじさんが我々を見下ろしていた」(ローカルネタで失礼)というような表現。誰でも知ってるランドマークを冒頭に登場させちゃうところが素人っぽい。この看板はガムのリグレー社がタイムズ・スクエアに建立した百万ドルの巨大ネオンサイン(50.6x20.3m)。当時最大の広告だったようだ。times square wrigley's signで検索。一見の価値あり。International Casinoの方は1936年建築の二階建て。劇場、各種店舗、ナイトクラブが入っていた。名前に反して賭博は行っていない。1940年閉鎖(戦時体制のためだろうか)。 p7 『洪水』(Troubled Waters)♦︎劇のタイトル。自然災害の洪水(flood)と区別するなら『奔流』が良いか。floodについてはp35のトリビア参照。(この項目2020-11-19追記) p7『雨』以来の素晴らしい脚本に間違いない(the surest fire[fine] script the theater had struck since Rain)♦︎このRainはモーム作の短篇Miss Thompson(1921)をJohn Colton & Clemence Randolphが脚色した1922年ブロードウェイ・ヒット作のことだろう。Maxine Elliott’s Theatre(109 W. 39th St., New York)で1922-11-7〜1924-5-31の間、608公演のロング・ランとなった。 (ここまで2020-11-17記載) p8 ラント夫妻♦︎「訳注 アルフレッド・ラントとリン・フォンテン。夫婦で多数の映画に出演」Alfred Lunt(1892-1977)& Lynn Fontanne(1887-1983)どちらかというと演劇界の人たちのようだ。 p8 くそったれ(Hell)♦︎当時はかなりの罵り語だったはず。日本語には罵りのレパートリーが少なくて…と誰かが嘆いていた。小実昌さんが『郵便配達』(1934)でhellcatを「ヒド猫」と訳したエピソードが記憶にこびりついている。 p13 『峠の我が家』(Home on the Range)♦︎Brewster M. Higleyの詩(1872出版)に友人のDaniel E. Kelleyがギターで曲をつけたという。1947年にはカンサス州歌に制定された。 p16 アメリカのしきたり… 第一楽屋はヒロインが使う(usual custom in American theaters... The female lead gets the first star dressing-room)♦︎ということは欧州では主演男優に優先権ありか? p34 ペンシルヴァニア・ダッチ♦︎「訳注 17-18世紀にペンシルヴァニア南東部に移住した南部ドイツ人とスイス人の子孫」1930年代の雑誌にAmishがPennsylvania Dutchとして紹介され始めたらしい。ここら辺の描写だと一切の近代化を拒否しているアーミッシュ(私は映画『刑事ジョン・ブック』(1985)で知った)の感じではない。独自の文化を保持していた古風なドイツ系農民のイメージか。ジャック・ニクラウス、ダリル・ホール、ドワイト・アイゼンハワーがこの系統らしい。 p35 『海の夫人』(Lady from the Sea)♦︎イプセンの劇(1888)、ニューヨーク初演は1911-11-6(Lyric Theatre)か。 p35 洪水(flood)♦︎1936年3月にペンシルヴァニア州に大洪水があった。Wiki “Pittsburgh flood of 1936”参照。WebbとWheelerが米国で最初に住んだのはフィラデルフィアだから、この洪水で被害に遭っているかも。 (以上2020-11-18追記) p43 ランカスターに住む友人から本物のペンシルヴァニア・ダッチの棺を送ってもらった♦︎Lancasterならアーミッシュのものか? p57 『名誉なくして』(Without Honour)♦︎架空の劇と思われる。 p59 冷え冷えとした十一月の夜(cold November night)♦︎作中時間は11月。 p59 ひどい仕打ちをし(had done... wrong)♦︎翻訳の印象より、かなり漠然とした表現。 p60 ゲイリー・クーパー主演、ゴールドウィン制作のカウボーイ映画から出てきたような(like a Gary Cooper-cum-Goldwin cowboy)♦︎映画The Cowboy and the Lady(Goldwin 1938)が念頭にある? 前出のHome on the Rangeもこの映画の中で歌われているらしい。 p91 五百ドル♦︎米国消費者物価指数基準1939/2020(18.73倍)で$1=2017円。500ドルは101万円。 p97 ヒトラー♦︎1938年3月オーストリア併合前夜の状況が語られ「しばらく前のこと」だという。作中では現在1938年11月か。 p101 ペンシルヴァニア・ダッチ風の頰ひげ(Pennsylvania Dutch side-whiskers)♦︎アーミッシュは頰ひげと顎ひげは伸ばすが、口ひげは生やさないらしい… そのイメージか。 p133 五ドル札♦︎=1万円。デザインはリンカーン。サイズは156x66mm。 p187 ギルバート・ゲイブリエルなら、ウォルコット・ギブスなら(and Gilbert Gabriel and Wolcott Gibbs)♦︎訳注のあるBrooks Atkinson(1894-1984、New York Drama Critics’ Circleの初代会長)同様、Gilbert Wolf Gabriel(1890-1952)はThe New York Americanの、Wolcott Gibbs(1902-1958)はThe New Yorkerの劇評を担当。 (以上2020-11-19追記) p206 戦前の恋愛映画のイギリス人ヒロイン、レディ・グウェンドリン・マーチバンクス(Lady Gwendoline Marchbanks, the haughty British heroin of a pre-war romance)♦︎補い訳かと思ったら原文通り。ただしググっても全く出てこない。訳し漏れのhaughty(尊大な、人を見下す)がヒント? 映画じゃないのかも。 p209 役者が銃を持つのはよくあること(The gun was a typical piece of theater)♦︎試訳「劇では銃なんてありふれた小道具」そういう趣旨の訳かもだが、読んだ時には誤解した。 p231 夜勤交換手の控室(night-operator’s hide-out)♦︎ホテルのロビー(foyer)にある。外線はここを通るようだ。 p232 一ドル札♦︎=2017円。頼み事のチップとして。$1札のデザインはジョージ・ワシントン。サイズ156×66mm。 p258 惨めな気分で、自動販売機の軽食をとった(had a miserable sort of snack... in an automat)♦︎試訳「自動販売式食堂で、残念な食事を…」オートマットって結構古くからある(世界初が1895ベルリン、米国初が1902年フィラデルフィア。ニューヨーク上陸1912年)。新型コロナで再流行するかも。 (以上2020-11-20追記) p279 フロロドーラ風のドレス(Florodora gown)♦︎Florodoraはエドワード朝喜歌劇、ロンドン初演1899-11-11, Lyric Theatre(455公演)、ブロードウェイ初演Casino Theatre1900-11-10(552公演)。 p305 何とかいう、木の魔女についての曲(playing Whosit, the witch of the wood)♦︎『メリー・ウィドウ』第2幕 第1場「ヴィリアの歌」Es lebt' eine Vilja, ein Waldmägdeleinのことか。 (以上2020-11-21追記、完) |
No.324 | 8点 | ジャンピング・ジェニイ- アントニイ・バークリー | 2020/10/14 00:25 |
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1933年10月出版(5月、7月説もある)。国書刊行会の単行本で読みました。再読のはずなんですが、全然覚えていなかった… 本当に再読なのかなあ、と思うくらい。
実にバークリーらしいひねくれ方、でも割と素直なので初心者にもわかりやすい。ストーリー展開の妙が素晴らしい。結構な綱渡りだと思うけど、作者は悠々と言う感じ。読書の途中で何度も唸りました。キャラ付けも非常に良い。 コメディですね。ちょっとズレるかもだが、ヒッチ『ハリーの災難』のテイスト。 英国の離婚事情とバークリーの実人生の知識があると、なお興味深く感じられると思うので、ジジイ心ながら簡単に解説。 まずは当時の英国離婚事情から。参考文献として田中和夫「イギリス離婚法の沿革」(1974)がお薦め。学術的かつ楽しい素晴らしい論文。1920年代、1930年代の英国探偵小説好きなら必読! ものすごく簡単にまとめると、当時、EnglandとWalesでは(Scotlandは例によって法律制度が別。調べてない)、離婚の訴因としては不貞のみが認められており(1937年に改訂)、離婚を訴えた側(原告)は綺麗な手(自分は不倫してない)であることが原則(1930年の判決によると、あらかじめ自分から、こーゆー理由で私も不倫しちゃいました、と告白しておけば事情によっては認められる場合もあり)。そのため、調査官King's Proctorがそこら辺を調べる。探偵を雇うような事例も。色々調べて離婚しても良いだろうと裁判官が判断すると、まず仮判決が出て、世間からの異議がないか6ヶ月程度様子をみた後(情報がKing's Proctorに寄せられ、怪しいとなると、様子見期間が中断され審理再開)、最終的に離婚確定となる。そーゆー制度なので、例えば愛人が出来た夫が離婚したければ、妻に訴えてもらう必要がある。アガサ・クリスティ(1928年離婚成立)もそーだったのだろう。(離婚及び結婚無効件数の統計を見ると1928年4018件、1929年3396件、1930年3563件、1931年3764件、1932年3894件。1929年の一時的な落ち込みは不況の影響かも) さて作者バークリーも実人生では離婚経験者だ。最初の妻Margaret Fearnley Farrar(アイルズ『殺意』1931年2月出版を献呈)と1931年に離婚し、1932年にHelen Peters(アイルズ『犯行以前』1932年5月出版を献呈)と再婚している。Helenはバークリーの著作権代理人A.D. Petersの元妻(1931年離婚か)。このA.D. Petersにバークリーは『第二の銃弾』(1930年10月出版)の序文で謝意を示している。でも前述の通り離婚には訴えから確定まで時間が結構かかるから、親しげな序文を書いてる時は、裏で不倫進行中だったのでは? (バークリー夫妻とPeters夫妻の離婚裁判では、それぞれ誰が原告だったのか、非常に気になる) 本作は、こーゆー作者自身の経験が反映されているのでは、と想像する。 歴史的な犯罪者のネタが沢山あるので、最初の数ページは脚注だらけ。単行本の解説には詳しめな解説あり(文庫版は未確認)。これ訳者の「前説」としてくれた方がありがたい。私は、解説はネタバレ危険物件なので絶対最後に読む派なので… (あっ、今、巻末の若島正「バークリーと犯罪実話」をチラ見したらネタバレ多数物件のようだ。もー!ちゃんと注意書きしてほしい。「●と●未読の方は…」とかね。とは言え、犯人や重要トリックをバラして無いから良いもんね、という感覚の人もいるから困る。一番良いのは一切読まないこと。なので、私は面白そうな評論や評伝も読めません。エドワーズのデテクション・クラブのやつも買ってあるけど封印中。まーこーゆーのは自己責任で。とりあえず、皆さま、ご注意) 原文は入手が難しいようだ。トリビアは少しずつ書きます… (以上2020-10-14記載。その後若干訂正あり) p5 W. N. ラフヘッドに「思い出——とても愉快な」♣️献辞。訳者解説にある通りWilliam Roughhead (1870-1952) スコットランド人。英国の犯罪実話や裁判記録に関する著作多数(アマゾンでも著書Classic Crimesなどが入手可能)。本書のスコットランド人コリンのモデル? p17 ジャンピング・ジャック♣️「訳註 手足や胴についている紐を引っ張ると人形が飛んだり跳ねたりする人形」jumping jack toyで検索すると見られます。Rolling StonesのJumpin‘ Jack Flashはこれのことではないらしい。 ここのイメージはスティーヴンスン『カトリアナ』(1893) 第3章から。 p20 パーティ♣️英国の社交生活の重要要素。この小説はパーティの感じがよく出ていると思う。(時代は違うがパーティというとゴダール映画Pierrot le fouの冒頭を思い出す。ligne jeune!) ところで、私はMurder Partyがいつ始まったのか?とここ数年思っている。(今のところ、バークリー『第二の銃弾』(1930)以前の例を見つけていないのだが…) p25 離婚の仮判決♣️「訳注 期間内に相手方の異議がなければ確定判決となる」としてるけど、上述の通り「相手方」だけではない。匿名の手紙などで「原告が不倫してまっせ…」とチクられ証拠が見つかれば、離婚判決は出ない。 あくまで原則は、神の前の結婚は聖なるもので永遠、という概念で、裁判官が「確信を持って」離婚やむなしとするなら例外的に認める、という制度である。この原則がやっと変わったのは1969年のこと。 p27 国王代訴人♣️上の英国離婚制度で触れたKing's Proctorのことだろう。ここら辺の結婚論はバークリーの本音っぽい。 p29 元ミセス・ストラットンと未来のミセス・ストラットンが同席♣️Mrs Berkeleysでこーゆー情景はあったのだろうか。作者の理想だったようにも思う。 p34 大きなラジオ・セット♣️現代のテレビ並みのでっかい床置きのがあった。radio set 1930などでググると一家団欒の写真が結構出てくる。 p35 ジャズ♣️ベニー・グッドマンが有名になったのは1935年ごろ。ベイシーもまだ。当時は初期のルイ・アームストロング(Hot Seven)のニューオリンズ系が全盛。 p36 ズボンは彼女には大きすぎた♣️ここはクリッペンの愛人のネタ。 p39 シャレード♣️訳註 ジェスチャーで言葉などを当てるゲーム。ここの主催者の定番のパーティ余興。ここのシャレードは、二つの組に分かれて、一方が答えの言葉を三幕の芝居に仕立てて演じ、他の組に当てさせる、ものらしい。「三幕の芝居」とはWilliam Archer(1856-1924)がPlay-making(1912)でthe rhythm of growth, culmination, solutionと表現した演劇要素のことか。「設定 (Set-up)—対立 (Confrontation)—解決 (Resolution)」と定式化されたのは1979年。4世紀ローマ帝国のAelius Donatusはprotasis, epitasis, catastropheと書いていたようだが、古典劇では長らく五幕構成(prelude, protasis, epitasis, catastasis, catastrophe)が主流だった。 p40 ロナルドは黒髪で、デイヴィッドは金髪♣️原文はdark/fairだろう。 p52 ピーター・ウィムジイ卿♣️リレー小説“Ask a Policeman”(1933)で共演してるので、ここに登場したのだろう。 p61 ラグビーのフォワード♣️私は全然詳しくないのだが、これで肉体的特徴がパッとイメージされる筈だ。(調べたらbigger, stronger, and slower ladsとのこと。アメフトのラインメンで良い?) p64 アパッシュダンス♣️こーゆーのは某Tubeで見るのが一番。Apache danceで検索すると1930年のキートン、1935年のチャーリー・チャン映画の一場面、1934年の本場フランス・スタイルなどが見つかった。ええと… 虐待だよね。最後はジャイアント・スラロームでぶん投げて締め。 (ここまで2020-10-16追記) p78 車♣️このページに4台登場しているが、メーカーや車種の記載は一切なし。ディテールをあまり描写しないのがバークリー流。 p79 ラジエーターを一杯にしているあいだ♣️自動車は全然詳しくないのだが、水を継ぎ足すらしい。車庫に給水設備があるのだろうか。 p79 玄関の掛け金♣️夜中だけ施錠するのか。お客がまだいるので施錠していないだけか。 p99 ジェイムズ一世時代風の暖炉♣️Jacobean era(1603-1625)。しばらくjamesianで虚しく検索してしまいました… 検索はJacobean fireplaceで。Elizabethan fireplaceも見てみたが、区別出来る自信は全くありません… p122 昔からおなじみの決まり文句… 自殺したいという人間で実際にしたやつはいない♣️結構古い言い伝えなのか?起源が知りたいところ。 (ここまで2020-10-18追記) p175 五ポンド対六ペンスの賭け♣️200対1の賭け。英国消費者物価指数基準1933/2020(72.04倍)で£1=9518円。47590円対238円の賭け。 p181 検死審問♣️この小説では二日後に、当の屋敷で開催する予定。不審な死の発見後48時間以内に開催、とWebで見たが、当時も同じルールかは不明。場所はある程度広いところならどこでも良いのか? p187 チョークとチーズ♣️different as chalk and cheese 外見は似ているが本質は全く異なる物の例えに用いられる。製品のチョークではなく白亜の岩(natural chalk)の外見が似ているということか。 p206 四月♣️何年かは不明だが、この事件は4月に発生。 p217 昼食の銅鑼♣️広い屋敷には必須のもの。 (ここまで2020-10-19追記) (蛇足の蛇足) 本書再読のきっかけはエディ・ヴァン・ヘイレン追悼。JumpからJumping Jennyというわけ。Beat Itのギター・ソロで知ったので、そっちで何かないかなあ、と考えたがアル・ヤンコビッチしか思いつかないよね。エレキ・ギターの神様はJimiだが、エディは永遠のギター小僧だと思う。 |
No.323 | 7点 | 誤配書簡- ウォルター・S・マスターマン | 2020/10/07 01:59 |
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1926年出版。アガサ・クリスティ『アクロイド』と同期。
いや素晴らしい! 特にチェスタトンの序文。これ完璧な探偵小説論(かつミステリ書評論)なのでは?今まで読んだことがないので原文を探してググったが、どうやら主要なエッセイ集には未収録のようだ。でもこの序文の翻訳が、とても生堅くて荒削りなので、電子本サンプルで読むと本文の翻訳大丈夫?と思うかも。 全部読んだので断言すると、小説パートの翻訳は、序文と比べるとずっと良いので安心して欲しい!ただ?なところがあり、多分インクエストを「大陪審」とか、ウェブリー拳銃を「警察用」とか(原文service revolver?軍用が正解…と思ったが良く調べたらヴィクトリア朝に短銃身のWebley Police Revolverというのがあった。訳者さんごめん)他にもちょこっと気になるところはところどころあるけど、会話がとても良いしほとんど問題なし。チェスタトンのひねくれ文章に手こずっただけだと思います。 ミステリとしても、堂々たるもの。大ネタ、小ネタともに良い。キャラ設定も上出来。ただし純本格の域までは達していない。この作家の第一作なのかな?書きっぷりは素人っぽさが残る感じ。 小説としてはコクが薄い。手練れならもっと盛り上げられるはず。でもまあこの薄さがかえって良いのかもしれない。映画化するとちょうどよいミステリ映画になる感じ。 1920年代英国好きなら非常におすすめ。電子本のみで値段も安い。ただしタイトルWrong Letterは「違った手紙」とかニュートラルなのを採用して欲しいなあ… 以下トリビア。原文を取り寄せたいけど、結構高価。 p139 日頃〈相棒〉と呼んでいる♠️部下なんだが… 原文は何だろ? p151 シャーロック・ホームズ♠️黄金時代の特徴。探偵小説との比較があちこちに。(p384 何百種類もの灰を見分けられる、など) p151 法廷弁護士… 勅撰弁護士♠️ここら辺の制度はよく調べてない。 p394 「ウェブリーだ。警察用だな。今はもう使われていないが」♠️Webley Police Revolverと思われる。https://www.theabi.org.uk/news/sherlock-holmes-and-the-webley-revolversの記事が一番詳しそう。.450口径で1883年から製造。1911年に32口径の自動拳銃Webley Self-Loading Pistolが採用されているので、そこら辺までの制式だったようだ。 p421 夏の暑い日♠️事件発生は夏。月は不明。 p486 銀箔張りの小型回転式拳銃♠️表面がニッケルメッキで銀光りするやつ、という意味か。銀メッキは高価なアンティークならあるけど、ここに出てくる普段使いならニッケルメッキなのでは? p510 フォレストゲート♠️ロンドン東部のForest Gateのことか。 p557 最高裁判所判事…有給判事…郡裁判所判事♠️ここら辺の制度はよく調べてない。 p654 『ナポレオンの最後の局面』♠️趣味の良い絵画、とのことだが何を指してるか調べつかず。 p721 フェニックス・パークの連続殺人♠️ Phoenix Park Murdersは1882年ダブリンで起きた過激派による政治家暗殺事件。英Wikiに項目あり。 p801 南アメリカのモンテヴィデオ♠️ Montevideo: ウルグアイの首都。スペイン語なので「モンテビデオ」と発音してね。(英国人が言ってるので「ヴィ」で良い?) p827 ウィルトン・オン・シー♠️架空地名だが、ウェストン= スーパー=メア(Weston-super-Mare)がモデルか。 p889 泣くのはご婦人方だけ♠️男は涙を見せぬもの p1045 配達人がこの電報も一緒に届けてきました。お返事はいかがいたしましょう?♠️メッセージや電報は少年が自転車で運んでいた時代(district messenger)。返事があれば、その場で書いて渡せるのだろう。 p1069 昼食どきを告げる銅鑼♠️確かに広い屋敷ならそーゆーお知らせ用の銅鑼が必要だね。 p1213 ギルバート&サリヴァンのオペラ… 『古城の衛士』… 「よく生きるよりもよく死ぬがやすし。われはいずれも試したれば」とフェアファックス大佐が唄う♠️The Yeomen of the Guard, or The Merryman and His Maid(1888) Colonel Fairfaxの何の歌かは調べつかず。 p1370 自動式拳銃♠️これは前述の警察用Webley Self-Loading Pistol 32口径か、軍仕様の.455口径(制式1912年)だと良いなあ。(ただの妄想です) p1452 空薬莢に合致♠️線状痕検査は1925年にやっと実用的な方法が米国で開発されたばかりで、有名になったのは1929年ヴァレンタインデーの虐殺事件からなので、当時の英国では大雑把に薬莢と弾頭が一致、とかで判別するしかなかったのだろう。 p1463 軍用弾♠️軍用だとダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言(1899)により体内で潰れて無用の苦しみを与える柔らかい弾頭が禁止されているので、硬い外皮があり貫通しやすい。 p1540 クリケットの試合で、白熱した終盤を期待していたのに、二十オーバーほどで敵方が全員アウトになってしまったようなものです♠️ルールが良くわからない。調べてません。 p1708 警察は容疑者を特定できないまま事案を大陪審に引きわたし、陪審団は単独か複数かもわからない未知の容疑者を起訴するか否かを決定すべく審問を開始した♠️ここはインクエストの場面のはず。お馴染み「一人または複数の犯人による殺人」という評決を出した…という意味では? p1837 車掌にチップをたっぷりはずんで客車車輛ひとつを占有予約した♠️コンパートメントを独占した、という事だと思う。さすがに一輌全部は無理だろうし、そうする意味もない。 p2011 『ミカド』…「生け贄の羊はいつか見つかるもの」♠️ The Mikado; or, The Town of Titipu(1885)第一幕Ko-Koの唄As some day it may happen that a victim must be found p2022 ステニー・モリスン事件♠️Steinie Morrison、1911年に逮捕され、死刑宣告を受けたが、無罪を主張。抗議のハンスト中に獄死。Webサイト「殺人博物館」にまとめあり。 p2152 とても良いラジオ受信機♠️ 英国のラジオ放送は1922年5月開始。1925年夏には聴取数が150万件に達していた(当時の人口480万人)。 p2261 探偵という職業は彼女の嫌うもの♠️イヌとかスパイというイメージだろうか。でもウィムジイものからは、そんな感じを受けないが。 p2271 チェダー峡谷洞窟(Cheddar Gorge)♠️有名な観光地。〈ソロモン王の寺院〉(King Solomon's Temple)も登場する。 p2855 ピカデリー・サーカスの公衆電話局♠️public call officeなら、ホテルのロビーや駅の待合室などに設置された公衆用電話ブースや屋外の公衆電話ボックスのこと。有名な赤い電話ボックス(Kiosk No.2, K2)は1926年からの設置。Kiosk No.1は1921年から設置されている。 p3181 まずは夕食… そちらのお三方は正装をお持ちじゃないようですから、ありあわせのもので…♠️私的な夕食でも正装が要求される… p3192 ワインを飲みながら葉巻など吸っては、祖先が墓のなかであばれだす♠️味覚的にダメだよね。 p3496 「Zはどうした?」Aが声をあげた。女中は驚いた顔になった。この邸ではそんなに荒っぽく話しかけられることがないのだろう♠️上品な邸ではそういうものらしい。 p3557 いちばん調子のいい車♠️一番スピードの出せる車、かも。 |
No.322 | 7点 | グリンドルの悪夢- パトリック・クェンティン | 2020/10/04 21:09 |
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1935年8月出版。Q. Patrick名義。WebサイトThe Passing Trampの説(2019)では、従来と異なりWebb単独作品だろうと言う。私も読んでみてそう思う。Webbの独白じみた若い男(30ちょい)の一人称小説。同居人は知性と肉体美を誇るイタリア系医師(ほぼ同年代)、主人公は彼に劣等感を感じている。その塩梅が良い。各キャラの設定が上手で、展開も見事。素晴らしい場面(凄く悲しいけど)があって、最近の読書ではピカいち。
相変わらず物証が希薄で暗闇大好きだが、この小説ではぴったりハマっている。素人の手記、という設定なので多少の不手際は全然問題なし。ラストの盛り上げ方も良いのだが、解決編はややゴタつき(純本格ものとすると不満が多いけど、本格風サスペンスとして見れば傑作。「太陽がいっぱい」テイストで映像化したらピッタリ)。Q. Patrickの第1作、第2作も読みたいなあ… この作品、p235のアレが重要なファクターなので知らない人はググって欲しい。 ああ忘れてた。グリンドル村の素敵な手書き地図(多分初版に掲載されてたもの)がGrindle Nightmare site:thepassingtramp.blogspot.comで見られるので、ぜひ。この本のダストカバー裏面の写真もあり、そこにはQ. Patrickは謎の男だが「日中はimportant Earstern executive」で「昔、南アフリカでギリシャ語を教えていたことがあり、パリで新聞関係に携わっていたこともある」と書いてある。 The Passing TrampとGadetectionから集めたWebbの個人情報を追加しておくと、1926年に英国から米国に移り住んだときに、"Research man" としてフィラデルフィアの chemical companyで働き、Robert E. Turnerという男と同居していた。1930年の国勢調査で彼のことをpartnerといったん書いて消してlodgerとしている(えっそこまで情報公開してるの?)。このTurnerは1966年のWebbの死にあたって遺産管財人の一人に選ばれている、という。 WebbがWheelerと知り合ったのは1933年のロンドン。大学を卒業したばかりだった。Webbは同年Wheelerを米国フィラデルフィアに連れてきた、という(同居していたかは不明)。大戦中、Webbは赤十字関係でHollandia, Dutch New Guinea(現在のJayapura, Indonesia)にいた。Wheelerはずっと米国内にいられたようだ。 また、Webbは1943-1948にFrances Winwarとの結婚歴あり。イタリア系で伝記作家として結構有名らしい(英Wikiに項目あり。注にWebbの名が出ていた)。WebbとWheelerが戦後すぐ(1946?)受けたインタビューでは、二人はMontereyで同居しているようなのだが… トリビアは後で詳細を。こちらも原書は入手済みです。 p9 今日びの裕福な母親にとって、誘拐の恐怖は…♠︎米国の有名誘拐事件の相場は、Charlie Ross(1874)2万ドル、Bobby Franks(1924)1万ドル、Marion Parker(1927)1500ドル、Charles Augustus Lindbergh Jr(1932)5万ドル |
No.321 | 7点 | 迷走パズル- パトリック・クェンティン | 2020/10/02 04:42 |
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1936年出版。Patrick Quentin名義。初出はDetective Story Magazine 1936-3 as “Terror Keepers” by Dick Callingham (本項のQ.Patrick/Quentin Patrick/Jonathan Stagge(QP/PQ/JS)情報はほぼ全てWebサイトThe Passing Tramp: Wandering through the mystery genre, book by bookによるもの。Web主は詳しい評伝を準備してるというから全貌がついに明らかになるようだ)
Richard Wilson Webb(当時35歳)が、Hugh Wheeler(当時24歳)と共著した最初期の長篇。ダルース・シリーズ第一弾。 設定が素晴らしい!一人称で病院が舞台。ぼんやりした記述が許されるし、自分がオカシーのでは?という不確定性性抜群。自由が奪われ、権威(医者)に逆らえない惨めな気持ち…(私の入院体験は1か月程度だが、そうそうこんな感じ…とこの本を読んでて思い出した。作者は大人になってからの入院経験がありそう) それに警察の捜査をかなり排除できる状況に仕組んでいて、素人探偵が活躍できる舞台が整っている。ある理由で飲んだくれになった主人公、という設定も良い。色々膨らませそう。 でも最初の50ページの記述から私が妄想したのと違ってて、後半はちょっと消化不良。ああこの初期設定パクった、もっと情念満開の作品が読みたいなあ、と思いました。 大体、理想的美女が登場するんですが、主人公はアレを経験してるんでしょ?そーゆー思い入れ(フラッシュバック)を全然出さない。 ところで、これで三冊QP/PQを読んだのですが、犯行の物証が極めて軽い。あと暗闇の場面(歌舞伎でいう「ダンマリ」)がとっても好きみたい。 面白かったけど、感情部分が薄すぎる(24歳なら仕方ないか)。次の『俳優パズル』も楽しみです。 タイトルは昔なら『狂人パズル』で平気だったろうけど、漢字二文字の縛りなら『病院パズル』で良いのでは?(『愚者のパズル』でも良い。このシリーズ、間に「の」を入れた方がしっくりくるのだが…) 原書も手に入れてトリビア書く気満々だったけど。後でゆっくり書きます。 (ところでWheelerは70年代の舞台脚本(Sweeny Toddとか)で著名だがStephen SondheimやHarold Princeの話ではゲイだった、という。元Philadelphia pharmaceutical executive(製薬会社重役)のWebbとも長いこと共同生活をしていたらしい) |
No.320 | 6点 | 死を招く航海- パトリック・クェンティン | 2020/09/28 00:14 |
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1933年出版。Q. Patrick名義。ウェッブ(男)とアズウェル(女)のコンビ。多分、小説はアズウェルがメイン。トリックはウェッブかな? ダフネのキャラが女性ならでは、と思う。まーメイン・トリックは男の発想だよね。女性なら、誰も気づかないなんて有り得ない、馬鹿馬鹿しい!と感じちゃうはず。
書簡もので、読者への大胆な挑戦入り、という企画。黄金時代のパズラーの王道作品ですね。上記のような難点はあるけど、語り口が良く、展開も工夫があって非常に楽しめました。Q. Patrick名義の第1作Cottage Sinister(1931)もぜひどこかでお願いします! ブリッジが重要な小道具ですが、まーわからなくても謎解きには支障はないのでご心配なく。でも黄金時代ものが好きな人は、結構出てくるので、一度ちゃんとルールや常識を勉強しておくともっと楽しめると思う。 女性の書簡文なんだけど、だからって末尾に「わ、よ」付けが多すぎなのが気に入らない(かなり削れます)。でも翻訳は安定した感じ。原文はkindle化されてるけど日本では入手不可。ここら辺の権利関係がよくわからない。 銃はリボルバーと小型リボルバーが登場。最初のは多分38口径(空包が意味不明、もしかして暴発の用心で1発分空けてある、という意味?)、小さい方は32口径だろう。 以下トリビア。(2020-9-30追記: 原書を入手しました!) p5 十一月十三日金曜日♦︎直近では1931年が該当。 p6 五十ドル♦︎米国消費者物価指数基準1931/2020(17.10倍)$1=1842円。50ドルは92096円。 p6 シャッフルボード♦︎shuffleboard: スティックを使うペタンク・カーリング系のゲーム。詳細は英Wikiで。船が舞台のJDC/CD『九人と死人』にも出ていた。 p6 掛け率1/20セントのブリッジの勝負(bridge battles at a twentieth of a cent)♦︎麻雀のレート風に言えば「点1/20セント」他愛無いお楽しみ程度の低いレートなのだろう。ブリッジはラバー(2ゲーム先取の3回戦)で勝つと最低500点のボーナスが加わるから(麻雀風に言えば)半荘当たり25セント(=460円)程度の賭け(もちろん他にも色んなボーナスあり。グランドスラムなら1ゲーム最低1000点など)。 p6 ラウベンタール事件のことで出かけていたときに、あなたのために書き綴っていた日記(the diary I kept for you when I was off on the Laubenthal case)♦︎ この小説のあちこちに出てくるこの事件(p16 あの「L」事件、p49、p51など)、詳しいことが語られないまま。後書きにも全く説明がない。Q. PatrickのCottage Sinister(1931)かMurder at the Woman’s City Club(1932)の中の事件なのか。それとも語られざる事件なのか。 Pp7 水先人(pilot)♦︎外洋に出るまでは、タグボートを介して直接のやりとりが出来る、という意味? p7 ジョージタウン(Georgetown)♦︎George Townは、西インド諸島、英領ケイマン諸島の首府(Wiki) p7 てんしさまがまもってくれますように(Mayangelskeepyou)♦︎小さな頃に…との説明。回らない口で唱えた祈りなのだろう。 p11 透かし模様の入ったストッキング… 青いベルベットの茶会服(open work stockings and the blue velvet tea-gown)♦︎非難がましく見る、とあるので結構大胆なヤツか、と思ったらtea-gownって英国1870年代流行のちょっと古臭いデザイン。Helen Menckenのインタヴューの成果(outcome)というのだが、関連がよくわからない。古典劇に多く主演してた女優(1901-1966)なので、インタヴューをしてその影響を受けて思わず購入した、ということ? この女優、正しい綴りはMenken(ボガートの最初の妻。当時は既に離婚)。Menckenの綴りで有名なのは「米語」の主導者、評論家のH. L. Mencken(1880-1959)。まさか彼を指してる?(でも古臭いというイメージではないからしっくりこない) p11 十把ひとからげの女(Women in Bulk)♦︎大文字になってるのが気になるが… 何かのタイトルのもじりかも。 p12 「魅惑とは、心の状態である。地理のではない」(Glamour is a state of mind, not of geography)♦︎三文小説を誤って引用(misquoting from some trashy novel)とある。state of geographyって州(ステート)の洒落?ちょっと調べてみたがよくわからない。 p13 ジョン・ギルバート(John Gilbert)のような黒い口髭♦︎訳注 米国映画俳優(1895-1936) p13 同伴者(companion)♦︎うっかり見逃してた。コンパニオン。使用人ではない「雇われ」友人。「話し相手」くらいかな? p13 イギリス人で「g」をはしょって発音する(clips her g’s)♦︎ingをin’というような感じか。イングランド北部訛りの特徴らしい。 p15 キプリングが言ったように、われわれはリオを目指している!(as Kipling said... we go rolling down to Rio!)♦︎Kipling作の童話”Just So Stories”(1902)から12の詩にSir Edward Germanが曲をつけた”Just So Songs”(1903)の中の有名曲”Rolling down to Rio”のこと。某Tubeにも沢山アップされている(Leonard Warrenの歌声に痺れる)。 p21 ブリッジの手の表記法♦︎重要な札(基本10以上、場合によって9も)のみ。他は×で示している。「バー氏 スペードK××× ハート10×× ダイヤ××× クラブAK×」など。ディーラーとビッドの全てを記載。 p26 大枚三、四ドルも負けていた(losers to the tune of three or four dollars)♦︎後でわかるがこの時のレートは1/5セント(p55)。半荘1ドル(=1842円)レベル。ということは1500点〜2000点の負け。 p30 1点につき1/10セント♦︎上よりちょっと手加減したレート。 p47 くそったれのポルトガル人(damned Dagoes)♦︎dagoリーダース英和によると「イタリア[スペイン,ポルトガル,南米](系)人」とのこと。幅広い。「ラテン野郎」ということか。 p47 去年のミルレースの暴落♦︎milreis(訳注 ポルトガル、ブラジルの古い通貨単位) ポルトガルは1911年にエスクードに変わってるので、ブラジルの話だろう。ブラジル=米国の為替レートは1929年12月までは1ミルレース=11.9セントで安定してたが、世界恐慌の影響でジリジリ値下がりし1930年12月には9.6セント(約20%の下落)、さらに下落し1931年10月には5.6セントになっている(その後は若干持ち直した)。 p57 園遊会で角砂糖を盗む(stealing lumps of sugar at a garden party)♦︎何かのネタだと思うが知りません… p75 アルゼンチン♦︎当時、若干低迷してたがWWI以前までは非常に経済成長してた国。ヘイスティングズのように一旗あげるために移民するイメージ。 p82 ウェールズ人の祖先たち(Welsh ancestors)♦︎主人公ルエリン(Llewellyn)は綴りを見ればウェールズ系であるのは明白。 p89 週給45ドル♦︎82886円。月給換算で36万円。新聞記者の給料としては安い?(主人公のほうはもっと高給だという) 1924年の米国新聞記者の話で週給50ドルは雀の涙、と言ってたのがあった(ビガースの短篇)。 p112 コナン・ドイルかミス・ラインハート♦︎この二人が探偵小説家の代表か。黄金時代の特徴である探偵小説への言及。 p128 最初の一発には弾を込めていない(The first chamber is loaded with blank)♦︎この書き方だと空包を仕込んでいる感じ。空けてあるならunloadとかnot loadedとかemptyとか。引き金を引くときは、こーゆー中途半端ではなく、殺す覚悟でお願いしたいところ。o p128 五十セント貨大(large as fifty-cent pieces)♦︎当時の半ドル銀貨はWalking Liberty half dollar(1916-1947)、直径30.63mm、重さ12.5g。貨幣面の表示は「FIFTY CENTS」ではなく「HALF-DOLLAR」この大きさは訳注を入れて欲しいところ。 p130 上段寝台(The Upper Berth)♦︎訳注 F・マリオン・クロフォード作の恐怖小説。初出はUnwin’s Christmas Annual 1886(1885)、この号掲載の次の作品はスティーヴンソン「マークハイム」。 p144 やや頭が弱そうな感じで笑いだした(he started to laugh, rather foolishly)♦︎試訳「馬鹿みたいに笑い出した」思い出して、つい声を上げて笑っちゃった、という感じか。 p183 グレッグ式速記(Gregg)♦︎John Robert Greggが1888年に開発した速記法。米国では主流。 p204 ラモン・ノヴァロ(Ramon Novarro)♦︎訳注 1899-1968メキシコ生まれの米国俳優。 p207 少年が「十字のしるし」を見たときに(the dear little boy said when he saw the “Sign of the Cross”)♦︎キリスト教関係のありがたい話? lionとクリスチャンが出てくるようだ。 (以下2020-10-03追記) Mary Louise Aswell(旧姓White)の経歴が詳しく書かれていた。 Bruyn Mawr(有名女子大)卒業で、Atlantic Monthy誌の編集部に入りハーヴァード大卒の同誌assistant editor、Edward C. Aswellと結婚(1933以降?)、夫はThomas Wolfeと近く、妻の方は後年Harper’s Bazaar小説部門の編集者になった。カポーティは彼女をMarylouと呼んでいた。二児をもうけるも1940年代に離婚、その後ゲイのFritz Peters(カポーティが誘惑されたと言う)と再婚するが、夫婦喧嘩で彼に殺されそうになりすぐに離婚。Mary Louiseはその後レズ芸術家Agnes Simsと死ぬまで一緒に暮らしたという。(出典はWebサイトGadetection、情報提供者はCurt。多分The Passing Trampの主Curtis J. Evans)LGBT関係は詳しくないので用語が間違ってたらごめん。こーゆー個人情報だだ漏れってどうか?とも思うが、興味深い。New York TimesにMary Louis Aswellの死亡記事(1984-12-25)があったが、Q. Patrickについては一言も言及なし。Harper’s BazaarとReader’s Digest Cpmdemsed Booksの編集者、単独名義の歴史小説Abigailとサスペンス小説Far to Goの作者という紹介。 トリビア2件追加。 p7 あなたの大好きなジェーン・オースティン(your beloved Jane Austen)♦︎Q. Patrick名義の1940年ごろのエッセイ’The Naughty Child’ of Fictionで(多分Webbは)好きなミステリは?と聞かれたら『高慢と偏見』と答える、と書いている(Webサイト”The Passing Tramp”より)。なのでアズウェルがウェッブ宛に書いた楽屋落ちなのだろう。 p234 お友達のパトリック・クェンティンの書いた探偵小説♦︎この本は元々Q. Patrick名義なので、この本に出てくる全てのパトリック・クェンティン(序文や注釈など)は、本当は「Q・パトリック」なのだが、私の参照した原文(Open Road, Mysterious Press)では、この探偵小説の題が翻訳文にあるMurder at Cambridge(1933)ではなく、Death for Dear Clara(1937)で、後段のその本の舞台は「古いイギリスの大学」と書いているところも“New York literary agency”と変えている。販促のために書籍名と内容を差し替えたものか。翻訳は初版によるものなのだろう。 |