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[ 本格 ]
危機一髪君
パトリック・マリガン Skin o’ my Teeth
バロネス・オルツィ 出版月: 不明 平均: 5.00点 書評数: 1件

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No.1 5点 弾十六 2022/04/10 13:10
邦訳は『博文館世界探偵小説全集21「オルチイ集」』昭和5年?にあり、そこでのタイトルが【危機一髪君】なので、それを採用して登録しました。私はGutenberg Australiaの原文で読んでます。
原短篇集は1928年出版ですが、雑誌連載は1903年に第一シリーズ6篇、1927年に第二シリーズ6篇となっていて、つまり「危機一髪君」の最初のシリーズは、『隅の老人』第二次シリーズ(1902)の次の連載で、オルツィさんの創造した第二のシリーズ・キャラなのです。
短篇集『隅の老人』(1909)収録の12篇を読むと、インクエストとか裁判のシーンが頻繁に収録されていて、実は法廷もののはしりか?という印象を受けたので、この「危機一髪君」ことパトリック・マリガンがアイルランド系の弁護士(lawyer)だと英Wikiの記述で知って、もしかしてペリー・メイスンの先駆的存在なのかも?と期待して読みました。(今のところ1927年の第二シリーズは未読ですが)
さて「危機一髪君」第一シリーズ全6篇を読んでの感想ですが、残念ながら法廷もの、というより、弁護士という職業だが、子分(Alexander Stanislaus Mullins、全篇彼の一人称で語られる)と自分で関係者から聞き取りしたり、犯行現場を捜査したりする私立探偵っぽい活動をする物語。フランスの小説を読むのが好きな「太ったアイルランドの豚みたいな(fat and rosy and comfortable as an Irish pig)」と子分に描かれている男。子分MullinsをMuggins(マヌケ君)と呼ぶ悪癖あり。その代わり子分マリンズはボスのことを地の文では必ずSkin o’ my Teethと書いています。
このskin of my teethというのは聖書的表現でJob 19:20 (KJV)My bone cleaveth to my skin and to my flesh, and I am escaped with the skin of my teeth、ヨブ記(文語訳)19:20「わが骨はわが皮と肉とに貼り 我は僅に齒の皮を全うして逃れしのみ」からきています。英語の意味としては「すんでのところで、間一髪」で危ないところを逃れた、という「ギリギリで避けられた」ニュアンスがある表現とのこと。「歯の皮」って何?と思いますが、変な記述であり、聖書学者でも議論があり、歯のエナメル質のこと、歯が抜け落ちた後に残る歯肉のこと、とかいろいろありますが、実はヘブライ語原文のJob 19:20はMy skin and flesh cling to my bones, and I am left with (only) my skullという意味らしく「痩せて皮と肉が骨に張り付き、私は骸骨だけの存在となった」という趣旨でskin of my teethもescapeも間違い翻訳のようです。(英Wikiによる説)
第一シリーズの作品的には、プロットは六篇とも「隅の老人」と変わらない感じ。ミスディレクションは少なく、厳密な論理展開ではなく、直感で真実に辿り着く探偵もの。窮地に陥った依頼人が「歯の皮」に相談に来る、というのが物語の大枠。
残念ながら探偵「歯の皮」に魅力が無く、子分「マヌケ君」とのやりとりも楽しくない。ミステリ的に面白いネタもあるのですが、全体的には特筆すべき傑作に至らない作品群です。
本短篇集12篇の詳細は以下の通りです。初出順に並べました。カッコつき数字は短篇集の収録順。タイトルは短篇集準拠。
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(1) The Murder in Saltashe Woods (初出The Windsor Magazine 1903-6 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. I.—The Murder in Saltashe Woods’): 評価6点
博文館版は「サルタシ森の殺人」
本作にはインクエストの場面あり。作者の意図かどうかは分からないが、登場人物の心理を考えると、ちょっと興味深い話に仕上がっている。
なおイラストがブログOntos: "Though the Whole Aspect of It Was Remarkably Clear, Instinctively One Scented a Mystery Somewhere"に掲載されている。
(2022-4-10記載)
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(2) The Case of the Sicilian Prince (初出The Windsor Magazine 1903-7 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. II.—The Case of the Polish Prince’): 評価4点
博文館版は「シシリアの貴族」
こういう話、オルツィさんは良くやるんだが、シシリア貴族(雑誌版では「ポーランド」何故変えた?)のこんな風貌で若い娘が惹かれるのかなあ。世間知らずなだけなんだろうか。
(2022-4-10記載)
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(5) The Case of Major Gibson (初出The Windsor Magazine 1903-8 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. III.—The Case of Major Gibson’): 評価5点
博文館版は「ギブスン少佐事件」
「歯の皮」はGerman long-stemmed pipeを愛用しているらしい。
この少佐、金持ちじゃないのでギャンブルはあんまりやらないが… と言ってるくせにバカラの一晩の勝負で8000ポンド負けている。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。バカラって怖いねえ、と思うと同時に、ボンボンのバカ息子だとも思う。
「歯の皮」の資格がsolicitorであることが明記されている。まあ今までの各篇でも状況から明らかなのだが。
(2022-4-10記載)
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(3) The Duffield Peerage Case (初出The Windsor Magazine 1903-9 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. IV.—The Duffield Peerage Case’): 評価5点
博文館版は「ダフィルド家爵位事件」
「歯の皮」が名声を得た事件、ということになっている。ミステリ的にはシンプルな話。
(2022-4-10記載)
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(9) The Case of Mrs. Norris (初出The Windsor Magazine 1903-10 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. V.—The Case of Mrs. Norris’): 評価6点
博文館版は「ノリス夫人事件」
素直でない依頼人の事件。「歯の皮」はHollowayで依頼人に面会している。HM Prison Hollowayは1852建設で1903年以降は女性専用刑務所。状況設定が非常に面白い。
(2022-4-10記載)
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(10) The Murton-Braby Murder (初出The Windsor Magazine 1903-11 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. VI.—The Murton-Braby Murder’): 評価5点
博文館版は「マートン・ブレビイの惨劇」
インクエストで検死官が非公開に証言を得る場面が描かれているのが興味深い。
ラストの「歯の皮」のセリフの解釈がよく分からない。字句どおりだと非常に冷たい人に思える… (本短篇集にsooner thanは5例の用法あり、間違い無く字句どおりしか考えられないのが3例、今回の例を含む2例はほぼ同じ文章構造で、反対に取って良いのでは?と思える) (2022-4-11追記: 2例とも主文にwouldが使われているので「〜だろうかねえ」という疑念の意味だと今更ながら気づいた。やはり私には英語がわかっていない)
(2022-4-10記載)
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(6) The Inverted Five (初出Pearson’s Magazine 1927-8 挿絵Oakdale, as ‘The Clue of the Inverted Five’): 評価4点
雑誌の巻頭話。第二シリーズの幕開けは雑誌表紙に「歯の皮のいろいろな変装」14のヴァリエーション。惹句は’New Detective Stories by Baroness Orczy’
1903年の第一シリーズは6000語程度だったが、1927年の第二シリーズは9000語程度、と1.5倍増し。
博文館版は「倒の『五』」
24年ぶりの登場だが、それを思わせる描写は一切ない。(短篇集では、収録順が初出順では無く、第一・第二シリーズを混ぜこぜに並べていて、ひと繋がりの作中年代、という設定だろうから、これで当たり前だが、雑誌版は違う記述があったのかも。ただし雑誌の惹句の感じでは新シリーズ扱いっぽいので雑誌と短篇集で文章の異同はないものと考える方が自然か)
「歯の皮」がVictor Margueritte’s latest French shockerを読む場面がある。フランスの作家Victor Margueritte(1866–1942)のショッキングな問題作La Garçonne(1922)か。自由に生きるお転婆娘が主人公で奔放な性的関係も描写されているらしい。英訳はThe Bachelor Girl(1923 Knopf) その後もDekobra’s latest thrillerに夢中になる場面もある。これはMaurice Dekobra(1885-1973)の代表作La Madone des sleepings(1925)だろう。自由なモラルの若い未亡人Lady D.は無一文になり、秘書のSeliman王子(物語の語り手)を連れて、ベルリンのボリシェヴィキ代表である同志Varichkineの誘惑に乗り出す、という話のようだ。(2022-4-13追記: 「歯の皮」は良い小説(fine ones)は決して読まず、俗悪小説(trashy French novels)が逆の方向に彼の思考を深めるのだ、とある。オルツィさんは良くわかっている)
「歯の皮」がフランス小説を読む場面は第一シリーズにも出てくるが、具体的な作家名が登場するのは初めて。今はすっかり忘れられたフランス系のこういう小説がオルツィの発想の素だったりするのかも知れない。
謎のペンダント「逆さまの5」が登場して本格ミステリっぽい雰囲気で始まるが、最後は子分も巻き込んだ活劇で終わる。謎解きとしては物足りない感じ。
(2022-4-11記載)
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(4) The Kazan Pearls (初出Pearson’s Magazine 1927-9 挿絵Oakdale, as ‘The Great Pearl Mystery’): 評価4点
雑誌の巻頭話
博文館版は「カザン真珠」
これも薄味ミステリで活劇で締め。Coltが活躍。フランス小説は前作に引き続きDekobra。なおSir Arthur Inglewoodが登場していて「歯の皮」シリーズと「隅の老人」シリーズは繋がっていた!
(2022-4-15記載)
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(7) The Turquoise Stud (初出Pearson’s Magazine 1927-10 挿絵Oakdale, as ‘The Mystery of the Gagged Butlers’)
博文館版は「土耳古(トルコ)石のボタン」
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(11) A Shot in the Night (初出Pearson’s Magazine 1927-11 挿絵Oakdale)
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(8) Overwhelming Evidence (初出Pearson’s Magazine 1927-12 挿絵Oakdale, as ‘The Man with the Branded Arm’)
博文館版は「モメリイ家相続事件」、晶文社『幻の探偵小説コレクション「探偵小説十戒」』では「圧倒的な証拠」
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(12) The Hungarian Landowner (初出Pearson’s Magazine 1928-1 挿絵Oakdale, as ‘The Man Who Wouldn’t Sign’)


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