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[ 本格 ]
The Twenty-Six Clues
マッカーティとリオーダン
イザベル・オストランダー 出版月: 不明 平均: 5.00点 書評数: 1件

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No.1 5点 弾十六 2022/05/28 11:03
イザベル・オストランダー(1883–1924)とは何者?と思った方も多いかも知れません。
現在では全く忘れられた作家で英Wikiにも生涯の略歴さえほとんど掲載されていない作家です。
アガサ・クリスティの『おしどり探偵』で探偵マッカーティと相棒リオーダンのことが言及されていて、Web上で探してみたらほとんど情報が無く、いろいろググっているうちに、本書『二十六の手がかり』が黄金時代のパズラーに引けをとらない!(ただしフェアプレイではない)と評価されていたので、今回、読んでみました。Internet Archiveのファクシミリ版は、ごく僅かですが文字が読めないところがありますが99%は良好。デジタルの文字起こしはWikisourceにあるのですが、若干不正確です(文字が読めないところを全く無視している箇所あり)。
少なくとも1920年代には知られていた探偵作家のようで、34冊の長篇ミステリを出版していますが、現役バリバリの41歳で亡くなっているため、大家扱いされずに埋もれてしまったのかも。
主としてパルプ雑誌を活躍の舞台としていたようで、沢山の変名も雑誌に同時に複数のペンネームで書いていた、ということなのかも知れません。現時点で、作者の発見されている最初の作品"The One Who Knew"は1911年11月初出(長篇の分載)。
当時、著名な私立探偵だったWilliam J. Burnsの最初の探偵小説は、このオストランダーとの共作”The Crevice“(1915)です。業界を知る大物と新人作家のコンビ、というわけでしょう。ということは、実際の刑事や私立探偵の活動についてもしっかり聞きこんでいる、ということでしょう。
長篇"At One-Thirty"(1915)は盲人探偵 Damon Gauntを主人公としたもので、それ以前に埋もれているパルプ雑誌にこの探偵を短篇に登場させているかも、なので、世界初の盲人探偵の可能性もあるという。確認されている情報で言うと世界初の盲人探偵は、これまた『おしどり探偵』に言及されていたThornley Colton(初出1913年2月号)です。二番目はマックス・カラドス(初出1913年8月)、何故この時期に盲人探偵ブームが起きたのか、ちょっと興味がひかれます。
本書の主人公ティモシー・マッカーティを主人公とする初の長篇は“The Clue in the Air”(1917)、本書はシリーズ二作目です。マッカーティものの長篇は全部で5作が出版されています。
『おしどり探偵』で言及されている長篇“McCarthy Incog”はArgosy誌1922-7-15から連載。最初の号の表紙にマッカーティの顔が描かれています。四角い武骨な顔で、アイルランド系の警官っぽい感じ。『おしどり探偵』訳注で「変装の名人」とされていますが、この作品のincog.の意味は、マッカーティがひょんなことから被疑者になってしまい、不貞腐れたマッカーティが「俺は名前を言わないよ!」と地元警察に身分を明かすのを拒否した場面から。『二十六の手がかり』を全部、“McCarthy Incog”をちょっと読みましたが、マッカーティは全然変装なんかしません。メガネキャラでもないので『おしどり探偵』でタペンスが取り出す「アメリカ製の帽子、角縁メガネ」の意味はわかりませんでした。
マッカーティは実直な捜査と閃きで解決するタイプ。叔父が死んで大地主になり警察を辞めたが、その後も事件に巻き込まれて捜査を始める(実は謎解きが好き)、という感じ。警察に知り合いが多いので、情報も得やすい。相棒のリオーダンは現役の消防士なので、非番の時にはマッカーティと行動を共に出来るが、勤務番時にはマッカーティ単独で活動する。何故このコンビなのかは、きっと長篇第一作に書かれているのでしょう。リオーダンは、体力自慢で純真、何気ない発言で閃きを与えるだけなので、厳密には探偵役はマッカーティだけです。
 さて本書『二十六の手がかり』は1919年出版。雑誌掲載は不明。未訳作品の紹介はあらすじを書くようにと本サイトのルールがありますが、ネタバレ大嫌いの私としては、第一章の内容だけ簡単に紹介して、残りは目次のタイトルのみ列記するだけにします。
<第1章 犯罪博物館で>
舞台はアマチュア犯罪研究家ノーウッドの邸宅。有名な科学捜査探偵ターヒン、マッカーティとその相棒リオーダンが招かれ、ノーウッドはターヒンの実施する科学的心理測定方法について議論をふっかける。この議論の主題はチェスタトン「機械のあやまち」(初出1913年10月号)を思わせるもの。ポリグラフの実用化は1921年John Augustus Larson(米国バークレー)とされていますが、それ以前にいろいろな試みがあったのだろうと思われます。
頃合いをみて、ノーウッドは、彼らを私設犯罪博物館に案内し、いろいろな怪しげな展示物を自慢そうに紹介する。博物館には、かつて何人もが殺された手術台があり、その上の何かは大きな毛布で覆われていた。ノーウッドは「連続毒殺事件の被害者ピアトラ公爵夫人の骸骨ですよ」と説明する。「髪の毛は残っているのですか?」と聞くリオーダン。「有名な赤毛が数本骸骨に残っています」ノーウッドが覆いを取ると、そこには何と!
<以下は目次タイトルのみ>
第2章 二房の黒髪、第3章 マルゴ、第4章 別の邸宅、第5章 デニスの活躍、第6章 ノエルと記されたケーキ、第7章 三つの警告、第8章 ジョーン・ノーウッドの帰還、第9章 二つ目の手袋、第10章 暗闇で、第11章 壁の記録、第12章 「死から蘇った」、第13章 黒い財布、第14章 五月二十六日、第15章 たった一人で、第16章 「私がやったんじゃない」、第17章 一つの単語、第18章 探り合い、第19章 二発目、第20章 過去の出来事、第21章 署名 ヴィクター・マーシャル、第22章 マッカーティの交霊会、第23章 裏切る声、第24章 二十六の手がかり

私は1910年代の長篇探偵小説をほとんど読んでいませんが、次々と意外な事実が明らかになり、クライマックスに向かうストーリー構成は、黄金時代を思わせるものです。
リアリティは?な所もありますが、まあ許容範囲。残念ながら、Webサイトの評価通り、手がかりが読者に隠されていて、フェアプレイとは言えません。
まあでも最後に関係者を集めて、畳み掛けるような勢いで説明する探偵マッカーティの場面は結構ドキドキ。タネ明かしの順序もよく考えられており、効果的です。
翻訳に値するか?と言われるとキツイですね。何かコレ!と言うアピールポイントが無いのです(『おしどり探偵』で有名な…というキャッチフレーズでは弱いですよねえ)。
本格ものの骨格は、すでに1910年代には確立していた、と言うのが私にとっては収穫。あとは手がかりをちゃんと事前に示していれば、完全に黄金時代のルールに即した探偵小説と言えるでしょう。

ところで、この小説を読んで、何でここを隠すかなあ、もっと工夫できるよね、と考えていたら、フェアプレイについて閃いたのです。
当時は「驚きが無くなっちゃうから、この手がかりは隠すよ!」と言うのが小説の作法だったのでしょう。そう言う小説はホームズ時代から結構ありました。
でもそう言う構成ばかり読まされると、読者としてはワンパターンに飽きちゃって、フェアプレイって要はネタの前振り効果なのでは?と思うのです。
手がかりの提出と最後の驚きが上手く噛み合った作品がフェアプレイと称えられていますが、でも面白い小説ってフェアプレイのルールを守っただけで成立するわけではない。手品は全くフェアプレイではないけど、上手な手品ってプレゼンの工夫でビックリ倍増ですよね。
小説の効果(驚き)を高めるのが、単純な「隠し、隠蔽」だけではつまらんよ、と言うのが、実はフェアプレイ論の本質だったのでは、と思ったのです…


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