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[ サスペンス ]
悪魔に食われろ青尾蠅
ジョン・フランクリン・バーディン 出版月: 1999年10月 平均: 6.00点 書評数: 7件

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翔泳社
1999年10月

東京創元社
2010年12月

No.7 6点 弾十六 2022/06/12 07:48
ミステリ的には評価点のとおりイマイチ。途中でモードが変わる記述法(ゴチック体は原文イタリック)にオオッと思ったけど中途半端だし、ああいう流れになるなら構成の工夫不足。私はシモンズとは趣味が合わないといつも感じている。
でも個人的にとても興味深いポイントがあったのでご紹介。
「バッハやヘンデル、ラモーやクープラン(p12)」とあって、この並べ方でEarly Music好きなんだな、とわかる。続いて「アンナ・マクダレーナのサラバンド(Anna Magdalena’s sarabande)p13」だもの。このサラバンド、何だろう、と読み進めると、これは『ゴルドベルク変奏曲』のアリアのことだと示される(1曲目と32曲目に弾かれるもの)。なので本書のBGMはバッハ『ゴルドベルク変奏曲』(1750)が相応しい。久しぶりにいろいろな奏者で聞き比べてしまった。(なぜ「アンナ・マグダレーナ」と言われているのか、というとバッハの後妻アンナ・マグダレーナの名前が記されたバッハ家の音楽記録集(1725)にサラバンドのリズムのこのアリアが転写されているから)
本作に出てくる音楽は、このアリアと、冒頭に長々と引用されている『青尾蝿』がメイン。
『青尾蝿』The Blue-Tail Fly(Jimmy Crack Corn)は冒頭に“An authentic Negro Minstrel song of circa 1840”(本物の黒人ミンストレルの唄1840年ごろ)とあり、結構有名な曲。1946年ごろBurl Ives & Andrews Sisters の録音もある(更によく調べると1947年秋の録音だが、AFM音楽家のストで発表は1948年夏だという。とすると本書執筆時に間に合っていない)。 Pete SeegerやBig Bill Broonzyも取り上げており、現在では子供の歌として流通している。(エミネムも引用しているようだ) 英Wiki “Jimmy Crack Corn”に詳しい解説があり、リンカーン大統領が好きだった曲らしい。某Tubeで聴くと意外にも明るい楽しげなメロディなので一聴の価値あり。曲タイトルがわからないと探しづらいので、原タイトルを解説などで補って欲しかったところ。
古楽好きの私にとっては1948年にEarly Musicネタを取り上げてるところなど、この作者って結構なマニア性向なのでは?と思った。当時(も今も)クラシック音楽界でEarly Musicなんて音楽の歴史として、昔はこんなのもありました、珍しいですねえ、的な扱われかた。(まあ現代ではバッハを古楽器で演奏するのは常識になったのだが…)ハープシコード(以下「チェンバロ」と表記)なども現代のような時代に忠実な響きの良い楽器ではなくて、金属音が耳障りなピアノの出来損ないのようなものだったし… (本作で触れられている「ペダル付き」というのも当時のモダン・チェンバロの特徴だ)
この機会に米国におけるEarly Musicの状況を調べると、まず古楽界の開祖Arnold Dolmetsch(1858-1940)が1903年に米国に訪れ、古楽を拡め、ボストン(1905-1911)でたくさんのチェンバロを製造している。最初のスター・チェンバロ奏者Wanda Landowska(1879-1959)の米国デビューは1923年。チェンバロ奏者Yella Pessl(1906-1991)も1931年に米国に移住し、多くの弟子を育てている。(彼女が本書の先生のモデルか?←根拠薄い)
古楽復興のドルメッチはウィリアム・モリスやラスキンにも支持されていて、つまり機械的な物質主義にまみれた資本主義から、素朴な手触りのある「いにしえの時代へ」という精神なのだろう。その精神は米国で1940年代に沸き起こったフォーク・リバイバルにも通じる。(だから「ヴィレッジで大評判(p114)」のフォーク歌手、というわけだ。この土壌からジョーン・バエズやボブ・ディランが出てくる)
というわけで一見無関係に見える『ゴルドベルク』と『青尾蝿』は時代精神の底で繋がっているのだ。
現代ロシアの作曲家D**は、その正反対のものとして示されているのだろう。私は最初ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチかな?と思ったが、ショスタコさんはちゃんと名指しで本書に出てくるから違うんだね。登場する音楽 “田舎の踊り、ポルカ『黄金時代』から” (A rustic dance, a polka. From “The Age of Gold”(1930)p67)は某TubeでShostakovich polka from the age of goldでピアノ独奏版が聴けます。
さて以下トリビア。音楽関係は余計な情報が満載です!
作中現在は「1944年(p64)」の少なくとも二年後だろう、という事しか確かではない。
p8 献辞To John C. Madden / with respect and admiration◆調べつかず。
p38 一段(one manual)◆チェンバロは二段マニュアル(キーボード)が「通常」とあるが、一段マニュアルのチェンバロも結構普通にある。
p61 グローヴスの全作品、サン・ランベールの『クラヴサンの原理』、クープランの『クラヴサン演奏の技術』、ドルメッチにアインシュタイン、トーヴィにカークパトリック(the set of Grove’s, St Lambert’s Principes du Clavecin, Couperin’s L’Art de toucher le clavecin, Dolmetsch and Einstein, Tovey and Kirkpatrick)◆訳注は煩雑になるのでここではカット。Early Music関連の名前がずらずら。この固有名詞の並べ方を見るとしっかりした知識があることがわかる。
冒頭は誤訳。正しくは「グローヴ音楽辞典一式」(Grove's Dictionary of Music and Musicians) 作中現在から第4版(1940年出版、全五巻)だろう。
次のLes Principes du Clavecin par Monsieur de Saint Lambert (Paris 1702)はフランスにおけるチェンバロの最初期の教則本。
続くL'art de toucher le clavecin (Paris 1716, revised 1717)はフランソワ・クープラン (大クープラン)の超有名な教則本。
ドルメッチは前出。ここにあるのはThe Interpretation of the Music of the XVIIth and XVIIIth Centuries(1915) (昔の音楽奏法についての古典的な書籍)だろうか。
Alfred Einstein (1880-1952)はドイツの音楽学者、モーツァルトの専門家。ここにあるのは音楽史の本か?
Sir Donald Francis Tovey (1875-1940) バッハの演奏用校訂版(平均律1924やフーガの技法1931など)で知られる。
Ralph Leonard Kirkpatrick (1911-1984) は米国のチェンバロ奏者、音楽学者、「ゴルドベルク変奏曲」の演奏用校訂版(1938)を出版している。
p108 ショパンとあのささやかなワルツ(Chopin and his little waltz)◆いうのも野暮だが「子犬のワルツ」だろう。
p109 ウェストミンスター寺院の鐘(A set of Westminster chimes)◆Wiki “Westminster Quarters” ああビッグ・ベンって真ん中の大きな鐘のことなんだね。全体は一つの大きな鐘を四つの小さな鐘が取り囲んでいる。初めて知りました。各時刻の15分には小さな四つの鐘だけが鳴り、30分には四つの鐘がそれぞれ二回、45分には三回、0分には四回とビッグ・ベンが時の数だけ盛大に鳴ります。小さな四つの鐘はローテーションで鳴る順番が5パターンある。
p133 タクシー代と一杯50セントのコーラ代で5ドル近く◆これは10年くらい前の話
p158 五セント◆コーヒー代
p165 古楽器の名手(master of ancient instruments)
p169 ダブル・ベースを叩いている

No.6 6点 人並由真 2022/06/01 05:30
(ネタバレなし)
 アメリカ生まれの作者が(母国で版元を見つけられず)1948年に英国で刊行した作品。
 
 誰かが一言も喋らないまま、目隠しした自分の手を握って引っ張って、しばらく迷宮の中を歩きまわるような作品なんだろうな、と予期していたが、大体そんな感じであった。
 いや、そう構えていた立場からすれば、思った以上にストーリーの骨格があったという気もする。
 いずれにしろ、考えるな、感じるんだ、というタイプの作品でしょうな。やがて自分が『ドグラマグラ』(まだ未読)をいつか読んだ時にも、きっとこんな種類の気分を味わうんじゃないかと考えている?
 
 気になるのは、クラシック音楽も20世紀前半の洋楽もまるで知らないので、その辺の素養がもしちゃんとあったら、劇中で話題に上がったり演奏されたりする曲目のメニューを認知することで、作者の言いたいこと、あるいはこの迷宮小説の演出効果が、もっと浮き彫りになったのじゃないかとも思うこと。
 とにもかくにも音楽的な教養のまったくない評者のような読者には、その辺の責任はさっぱり負えないのであった。

 怖い、というよりショッキングだったのは、中盤で第三の? あのメインキャラが登場してくるところと、終盤で「アレ」が現れるところ。いやまあ後者は、ギミックとしてはもはやすでにありふれたものになっているのだが、こういう作品の中でこの手が用いられると、分かりやすい分、妙に鮮烈であった。1950年代のあの作品よりもずっと早いんだよな。そういう意味では、リアルタイムで読んだ欧米の読者の感慨ぶりがちょっと気になる。
 
 そーか、これはシモンズ選の「サンデータイムスの100冊目」だったんだよな。そのことをまったく忘れてた。
 ウン十年前に初めて気に留まった(そして記憶の中から、その接点について失念していた)作品のひとつに、またようやっとカタをつけた訳である(笑・汗)。

No.5 3点 ミステリーオタク 2016/11/19 15:44
つまらん
暇潰しにもならん

No.4 5点 E-BANKER 2012/01/09 21:45
1948年に発表されたサイコ・サスペンス風ミステリー(と言えばいいのか)。
1人の女性音楽家をめぐって、まるでエンドレスストーリーのような展開が・・・

~精神病院に入院してから2年、エレンはようやく退院が許された。愛する夫の待つ家に帰り、演奏活動再開を目指し練習を始めようとするが、楽器の鍵の紛失に始まり、身辺では不穏な現象が相次ぐ。そして、久々の日常に改めて馴染もうとするエレンを嘲笑うがごとく日々増大する違和感は、義姉が連れてきた男を見た途端に決定的なものになる。封印されていた過去がもたらす悪夢の果てに訪れる衝撃の結末とは・・・~

これは正直よく分からん!
他の方の書評どおり、確かに出版された年代を考慮すれば、本作の先進性は明らかだし、賞賛に値するものなのでしょう。
創元文庫版のあとがきによれば、アメリカではこの年代に同種の作品がそれなりに発表されていたようですし、特に「精神分析」というテーマが登場するのもこの頃のようです。
主人公であるエレンの「頭や心の中の深遠」が次々に描かれ、これは現実なのか、妄想なのか、はたまた夢なのか、読者にとっては五里霧中で、とにかく最後まで翻弄され続けます。

ただ、個人的には好みの方向性ではなかったなぁ・・・
再読すればもう少し腑に落ちるのかもしれないが、やっぱり現実と仮想の区別が今一つはっきりしないという状況では、オチの衝撃度も味わいきれてない気がしてならない。
そういう意味では、読み手を選ぶ作品という印象。
(こんなに薄い本なのに、時間かかったなぁ・・・)

No.3 6点 蟷螂の斧 2011/11/28 17:56
ミステリーというよりサイコ・サスペンス。あまり好みでない分野なので、高評価はつけられませんでした。今ではよく取り上げられる「オチ」の題材ですが、1948年発表とのことで、先駆け的な作品のようです。その意味では評価できるものと思います。
(追加)この書評した当時、ミステリーは謎解きもの(本格)だけと狭義に捉えていました(苦笑)。

No.2 7点 こう 2010/07/25 15:06
 以前折原一のガイド本での推薦を見て読みました。時期的にはマーガレット・ミラーやヘレン・ユースティス の「水平線の男」が既に出ていたとはいえこの手の(現代的な?)肌触りの心理サスペンスが40年代に書かれていたとは驚きです。表紙裏にアメリカで出版社から拒絶されたと書いてありましたが仕方ないことかもしれません。
 主人公エレンが精神病院を退院する冒頭からひきこまれました。早すぎた傑作というにふさわしいと思います。

No.1 9点 mini 2010/07/09 09:55
12月に創元から文庫化される予定
早過ぎた作家J・F・バーディンはミステリー作品としては実質3作でしか名を残していないが、その先進性は今では高く評価されている
埋もれていたバーディンを発掘し再評価した伯楽がジュリアン・シモンズで、有名な”シモンズ選サンデータイムズ紙ベスト99”の中にも選ばれて日本でも知られる作品名となった
変な題名の由来は作中に出てくる歌詞の一節である
パラノイアな心理サスペンスという分野自体は発表当時でも特に目新しいものではなく、例えばマーガレット・ミラーも既にデビューしていた
しかし「悪魔に食われろ青尾蠅」のモダンな感覚は類を見ないもので、これが1940年代に書かれた事は驚嘆するしかない
もしこれが1960~70年代以降に書かれたのなら採点は8点だが、40年代に書かれているのを考慮して+1点だ

まぁ暇潰しで読んだり”館もの”やクローズドサークルものばかりをこよなく愛するような奴には絶対に良さは分からんでしょうな(大笑)


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ジョン・フランクリン・バーディン
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