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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.966 5点 二つの顔- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク 2020/09/20 14:15
(ネタバレなし・ただしあくまで小説=ノベライズ版のレビューなので、原作ドラマ版の前もっての鑑賞もしくは復習は推奨。)

 広域スーパーマーケットチエーン店の社長で55歳の大富豪クリフォード・パリスは、はるか年下の美人リザ・チェンバースと婚約。これに慌てたのが、彼の甥である29歳の一卵性双生児のパリス兄弟、弱気な兄・銀行副支店長のノーマンと強気な弟・料理研究家タレントのデクスターだった。婚姻後にクリフォードが死亡すると莫大な財産が新妻のものになると考えた甥は、独身最後の夜に心臓発作に見せかけて伯父を殺害するが……。

 原作ドラマは「コロンボ」第二シリーズの一編で、シリーズ通算第17話のエピソード。

 原作ドラマ「二つの顔」は名優マーティン・ランドー(『スペース1999』や『スパイ大作戦』、映画『メテオ』ほか)が双生児の兄弟役をひとりでこなしており、倒叙ものながら双子の実行犯がどちらかわからない、変化球のフーダニットでもあるのがミソ……とよくいわれている。
 しかし実際にドラマを見ると実行犯は、強気な弟デクスターで、少なくとも画面を観ればこれはキャラクター描写で一目瞭然。
 となるとこれは
1:実行犯はそのままデクスターである
2:ノーマンが弟に罪を着せる、あるいは自分の嫌疑を逃れるため、作中の関係者はおろか視聴者まで騙そうとしている
 ……のどちらか、ということになる(実は三つ子以上だったオチでもないかぎり)。
 だが肝心のドラマは<2>の方に視聴者の興味を誘導するべきシナリオも演出も中途半端で、本来は面白いものになるハズの趣向がまるで生きていない。
 
 でもって今回、家の中から何十年もの間に買い貯めた「コロンボ」のノベライズが山ほど出てきたので、そういえば「二つの顔」のあの映像でしか見せられない仕掛け(マーティン・ランドーの二役によるミスリード? あるのかないのか)は、地の文で実行犯の名前を書かなければやりにくいノベライズはどうなっているのであろう? と思い、本当に久々に小説版「コロンボ」を読んでみた。
 
 そうしたら小説版では実行犯ははっきりと、客観的な神の視点(三人称)描写でそのまま(中略)と書いてあり、これはいろんな意味でムニャムニャ。本作の小説版の実執筆(公称は翻訳者)は本シリーズのメイン作家のひとりである野村光由だが、この方は原作ドラマのその辺の妙味(倒叙にして変革フーダニット)という側面はあまり重視しなかったようだ。まあ正にノベライズしにくい部分だから、無造作に放り出してしまったんだろうね。

 ちなみにこの小説版ではドラマにないハズのオリジナルな脚色(もしかしたら原典ドラマの脚本にはあったけれど、映像化されなかったシーン?)として、堅物の初老メイド、ミセス・パメラに対してコロンボが「あまり厳しい物言いはいい加減にしてください、私だって人間なんだ(大意)」という感じで激昂、それを見たパメラ夫人がそれまでただのダメ男と思っていたコロンボを異性として意識するという、じつに愉快な描写がある。感情をむき出して憤怒するコロンボの図といえば、原典ドラマシリーズの後年のあの話が有名だけど、小説版ではこういう描写がすでにあったんだね。奥が深い。ちなみに準メインキャラであるミセス・パメラは、その内面描写の掘り下げもふくめて小説版でなかなか厚みのあるキャラになっているようで、たしか小説オリジナルのラストのコロンボとのやりとりも泣ける。
 いや、この辺の小説のみの味わいを普通に楽しんでこそ「コロンボ」ノベライズ世界の賞味というものです。

【付記】
・今回のレビューは直前には原作ドラマを再観賞せず(過去には最低2回は観ている)、宝島社のムック「刑事コロンボ・完全事件ファイル」を参照しながら執筆。
(ほかに「コロンボ」のファンサイトのこの回のレビューもいくつか参照。)
 もちろん、小説版はしっかり読んだ。ここはミステリ小説サイトですので。
・小説版のキャラクター名のカタカナ表記は一部に日本語ドラマ版と異同があるようだが、本レビューは小説版の表記に準拠。
・先行の江守森江さんのレビューは、原作ドラマ(および本小説版)の、最後にわかるミステリ的な趣向を思い切りネタバレしているので、注意。

No.965 5点 Nのために- 湊かなえ 2020/09/20 03:53
(ネタバレなし)
 数年前、さる流れでブックオフの100円均一で購入し、そのままだった本を思いついて読む。
 でまあ、感想は、うーん……。

 なるべく曖昧に書くように心掛けるつもりで言うけれど、こういう作品は主要キャラの大半に、シンクロは無理にしてもせめてその心情の理解くらいはしたほうがいいと思う。
 しかし実際にはその辺りがものの見事に難しい作品で、題名の「Nのために」がほとんどまったくこっちに染み込んでこない。まあ(中略)でもあるのだが。

 トリッキィなミステリとかじゃなくって、味噌醤油味のシムノンの普通小説みたいな感じの作品であった。しかしシムノンのその手の作品のアベレージほど、心に響かないけれど。

 人気番組になったらしいドラマは観てないんだけれど、出来はどうだったのであろう? もしかしたら脚色のやりよう、キャラ同士の距離感の改変によっては、この原作よりもずっと面白くなったかもしれんね。そういう可能性だけは認める。

 作者がどういうものをやりたかったかは、なんとなく見えるような気はする。しかしできたものは、あれこれ踏み込み方に狂いがでてしまった感じ。
(シャープペンシルの辺りだけは、ちょっと連城ティストみたいで良かったかも。)
 
 湊作品はとにもかくにもこれまで10冊近くは読んでいるけど、そのなかでマイ・ベストといえば、原状のところ、断トツで『望郷』です。なかなか、あれに張り合える1冊には出会えません。

No.964 7点 雪だるまの殺人- ニコラス・ブレイク 2020/09/19 17:16
(ネタバレなし)
 世界大戦の影響が強くなる1940年の英国。名探偵としてすでに高名なナイジェル・ストレンジウェイズとその妻ジョージアは、ジョージアの従姉妹の老嬢で歴史学者クラリッサ・カベンディッシュから相談を受ける。その内容は、クラリッサと親交の深い一家、退役軍人ヒヤワド・レストリックを当主とする「イースタハム荘園」で、飼い猫が奇矯な行動をとるなど不穏な気配があるというものだ。早速、幽霊の伝説も残るくだんの荘園に乗り込むストレンジウェイズ夫妻とクラリッサだが、訪問して宿泊したその夜のうちに家人の一人が変死。しかも自殺のように見えたその死体には、他殺の疑惑が浮上する。

 1941年の英国作品。番外編をふくめて、ナイジェル・ストレンジウェイズものの第七長編で、ナイジェルの最初のヒロイン、ジョージアの最後の活躍編(涙)。

 物語の冒頭、雪だるまの中から(誰かとはわからない)死体が見えかけるところで第一章が終了。第二章の冒頭からは、クラリッサの依頼でナイジェルとジョージアが動き出す物語の流れが語られ、これが本編の90%前後を占めたのち、最後の最後で第一章に戻る。そこではじめて、結局、誰が殺されて雪だるまの中に押し込められていたのか、そして事件全体の真相までが明かされるという、なかなか凝った構造。
 当然、雪だるまの中の死体の該当人物としての可能性があるものは物語の進展に応じて絞られてもくるが、ある意味で「被害者は誰か?」的な側面もある作品で、そういう興趣も加算してかなり面白かった。
 
 nukkamさんがお怒りになる<「前半で死体が全裸だった事実」が謎解きの要素としてまったく無意味>だというご指摘には返す言葉もないけれど(汗)、その辺はもしかしたら作者ブレイクの単純な軽い猥褻描写だったのかも? 生涯の著作を読み進めるとわかるけれど、このヒト、けっこうエッチだったから(笑)。
 
 冒頭のインパクトで全体の緊張感を堅守しながら、物語の実質的な流れは、幽霊伝説の怪談もちょっとからむ館もの(カントリー・ハウスもの、というべきか)として展開。主要キャラも全体にくっきり書き分けられていて、まったく退屈しなかった。
 あと、被害者の陰影のある過去像が次第に浮かび上がってくる流れは、ほぼ10年後のガーヴの『ヒルダ』に影響を与えているかもしれない? 
 戦時下の地方の灯火管制の描写や、ナチスの台頭の話題など、この作品が生まれたリアルタイムの時代色も味わい深いし。

 最後の意外性……という点ではそんなでもないけれど、普通に書いたら佳作程度で終わるところを、ちょっとトリッキィな仕掛けをいくつか設けて秀作に格上げした感じ。
 ナイジェルシリーズのなかでは、個人的には上位の方に推したい。

 最後に、最後までおしどり夫婦探偵のベストパートナーだったジョージアに花束を。
 自分が翻訳ミステリファンである限り、あなたのことはずっと忘れません。

追記:翻訳が、あの斎藤数衛。このヒト、1980年代のHM文庫の新設時代にカーの旧訳を訳し直したこと、さらにはあの個性的な箇条書き風の訳者あとがきで印象深いけれど、もうこんなころからミステリを訳してたんだね。ちょっとビックリした。
 翻訳は全体的に平明だったけれど(一部のカタカナ言葉に時代的な違和感はあったが)、ナイジェルがジョージアを「あんた」と呼ぶのだけは閉口でした。普通に「きみ」じゃいかんのか?

No.963 6点 メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン 2020/09/18 05:07
(ネタバレなし)
 その年の3月25日。セーヌ河の河岸で年配のルンペンが何者かに襲われて重傷を負った。彼は元医者らしくそのまま「お医者さん」と呼ばれ、近所の一部の住民にそんな身の上ながら敬愛されていた。誰が何の理由で、わざわざルンペンなど襲ったのか? 部下のラポワントを伴ったメグレは捜査に着手するが。

 1962年のフランス作品。久々にメグレものの長編を読んだ。実のところ手元近くに何冊か河出の「メグレシリーズ」はあったが、みんな変化球っぽい内容みたいなので、どうせ久しぶりに読むならシリーズの正統派風のものがいい、と思ったのだった(それで家の中から未読のこれを見つけるのに、ちょっと時間がかかった)。

 でもって本作の内容の方だが、地の文に、フランス国内を騒がす大事件なみに、(たかが……と言ってはいけないが)初老のルンペンの傷害事件に躍起になるメグレを揶揄するような、囃すような文章が出てくる。とはいえ読者のこちらは、メグレがそんな被害者の社会的格差を理由に捜査ぶりに差をつけるような人間だとはハナから思っていないから、こんな煽りめいた叙述も大して心に響かない。
 
 そんな意味では、どこまでいっても全体に地味な一編ではあったが、メグレ夫人の積極的な内助の功、「お医者さん」の仲間のルンペンや彼のもとの家族たちの描写など、シムノンのメグレものの世界を普通に築いて快い。ミステリとしては、後半になって物語の比重がある側からあるサイドにがらりと切り替わる瞬間がミソか。まああまり詳しくはここでは言えない。
 クロージングはちょっとひねった、変化球の終わり方を迎えるが、それなりの余韻があるのは良い。たぶんなんとなく、物語の先に来る、とある展開を読み手に想像させようとしている雰囲気もあり、そこもまたこの作品の味。
 突出した部分はそう多くはないが、メグレものの長編としては普通に楽しめる佳作でしょう。

No.962 6点 疑問の黒枠- 小酒井不木 2020/09/17 10:50
(ネタバレなし)
 その年の10月の名古屋。実際にはまだ健在な金持ちの死亡告知記事が、相次いで新聞に掲載される。しかし怪事の三人目の被害者で大会社「村井商事」の社主である当年60歳の村井喜七郎は、この珍事を面白がり、菩提所・東円寺の住職の協力をとりつけながら実際に葬儀を行おうとする。喜七郎は葬儀の場に奇術師・旭日斎松華を招いて趣向も考えるが、そこで生じたのは当人も予期しない出来事だった。

 昭和2年の作品で、オリジナルの創作物としては日本最初の長編ミステリという見識もある一編。浅学の評者でも作者・小酒井不木については本当にわずかばかりの知識はあり、以前から関心はあったが、このたび「別冊幻影城」の小酒井不木編で読了した。

 一読、これが本当に本邦最古の長編だったのか!? と驚かされるような仕掛けと趣向に富んだミステリで、その豊潤な内容に感嘆した。作品の方向としては謎解きの興味がそれなり以上にあるスリラーという趣だが、起伏の豊かな展開、特に中盤以降の登場人物の意外性のあるポジショニングに独特な感興を覚える。
 前述のように評者の不木観はまだまだ貧弱なものだが、それでもこの一編を著するに至ったこの時点の作者の海外ミステリをかなり読み込んだ確かな素養は実感する(実際、物語の冒頭はソーンダイクの探偵法に触れる法医学者・小窪介三の会話で開幕。物語の中盤にはチェスタートンの『知りすぎた男』の話題も登場する)。
 
 終盤に至る意外性や物語のテンションを求めるあまり、多少の無理筋、さらに伏線の張り方やものの考えの詰め方の甘いところは見受けられる気もするが、とにもかくにも昭和最初期に書かれた、全ての国産長編ミステリの先駆という事実を考えればエレガントな出来だという評価をするにやぶさかではない。
 登場人物もそんなに多くないし、文章も時代を考えればかなり平明。国産ミステリファンは、趣味を楽しむ上の素養として機会を見て触れておくのもよいと思う。

No.961 6点 8の殺人- 我孫子武丸 2020/09/16 05:46
(ネタバレなし)
 初刊から30年以上経って、初めて読んだ(汗)。
 ユーモアミステリとしてのゆかしさについては、三つ昔前ならこちらももっと純朴に楽しめたはずが、平成に豊潤をきわめたキャラクターミステリの爛熟を経て、今となってはすんごく地味になってしまった感じ。

 とはいえ最後に明かされた犯人のキャラクターは、個人的にはなかなか鮮烈だった。第二の殺人の(中略)という事象も結構面白い(なお○○○というキーワードから、同時代? の某・新本格作品を連想したが、厳密にはどっちが早かったんだっけ?)。
 あと、死体を動かしたホワイダニットの謎解きもよろしい。

 割とホメるところも多いが、全体的には、昭和ミステリみたいな枠のなかに落とし込んでカビ臭くなってしまった平成初期の新本格、というあたりが正直なところ。

 それと巻末にまとめたとはいえ、こうも堂々と品のないネタバレのオンパレードをやっているのは、悪い意味で若さだなあ、という印象。
『三毛猫ホームズの推理』のメイントリックをさも革新的なもののように書いているけど、作者は本書の執筆後にミステリの知見が増えてからさぞ早まった、と思ったろうね? そのくらいの天罰はあってもいい。

No.960 6点 女豹―サンセット77- ロイ・ハギンズ 2020/09/15 04:31
(ネタバレなし)
 1944年のロスアンジェルス。「私」こと私立探偵スチュアート・ベイリーは、40歳の広告会社社長ラルフ・ジョンストンのオフィスに招かれ、依頼の相談を受ける。相談内容は、ジョンストンは先週、24歳の若妻マーガレットの秘密を握るという男から匿名の電話を受け、恐喝の事前連絡めいた物言いをされた、まだ直接の実害はないが妻の秘められた過去について調査してほしいというものだ。早速、マーガレットの母校などを訪ねて回るベイリーだが、やがて彼女が1938年に喜劇役者バスター・バフィンと駆け落ちしていた? という情報を入手。ベイリーはバフィン当人に接触を図るが、やがて予期しない殺人事件に遭遇した。さらにこれ以上調査を続けないようにと、ベイリーにも脅迫の手が伸びてくる。

 1946年のアメリカ作品。
 作者ロイ・ハギンズ(1914~2002年)は若い頃は小説家として活躍。本作を含む数冊のミステリを著したのち、1950年代にはテレビ業界人に転向。あの『逃亡者』『ロックフォード(氏)の事件メモ』など多くのヒット作にプロデューサーとして携わるが、その中のひとつが本書『女豹』を原型に1958年からアメリカで製作放映されたTVシリーズ『サンセット77』である。

 邦訳ミステリ『女豹』は1962年5月にポケミスから刊行される前に、日本語版「EQMM」に1961年12月号~62年5月号にかけて連載。
 これは日本でも当時、前述のTVシリーズ『サンセット77』が1960年10月から放映されて人気を博していたため、その原作(原型)小説を発掘する趣旨で翻訳紹介された流れだったようである。

 ちなみに評者などは外国テレビ史上にて『サンセット77』が50~60年代にかなりの人気番組&話題作だったことは、あちこちで聞き及んでいる。が、1980年代からずっと自分なりに機会があれば観たいと網を張っていても、ほとんど日本語版の再放送や映像ソフト化の機会もなく、現物に触れるチャンスもない(数エピソード分、20世紀の末に、地上波で傑作選を放映したこともあったような覚えもあるが、その時には視聴がかなわなかった)。

 とはいえ原型小説『女豹』とTVシリーズ『サンセット77』の内容がかなり乖離していることは自明のようで、スチュアート・ベイリーという同じ名前の私立探偵(主人公)はそれぞれに登場するものの、そのキャラクターはだいぶ違っているらしい(要はコミック版&東映動画版『ゲッターロボ』とか、松田優作の主演TV版&小鷹信光版『探偵物語』とか、ああいう感じなんだろう)。

 それでまあ、評者は前述のように(興味は十分あるにせよ)TV版『サンセット77』は現在まで全く未見。従って今回のレビューはあくまで小説単体の感想ということになるが、正直、良かったところと不満点が相半ばという感じ。

 ところでポケミス巻末の訳者あとがきで稲葉由紀(明雄)は、本作が正統派ハードボイルドである論拠として、
1:私立探偵の一人称による叙述スタイル
2:口語体の文体
3:内面描写の徹底した排除
4:作者の都合によらない、あくまで作中の時系列による叙述
 ……をあげており、その観測はおおむね正確ではあろう。だが一方で正統派ハードボイルドの形質に沿っていれば、できの良いハードボイルドミステリになるという訳ではないよね? と不満のひとこともいいたくなる(苦笑)。
 それくらい、よくいえばストーリーに起伏があるし、悪く言えば話がとっちらかっている作品なのだ。

 作品のタイトルも原題は「The Double Take(喜劇役者が「ぎょっ」と驚く際の仕草の意、のようなもの)」で日本語にしにくいから、ひとくせありそうな女性ばかり登場する作品とのいうことで『女豹』という邦題にしたそうだ。
 が、これがまた意味深。実際に、物語にからむメインヒロインっぽい女性が4人も登場してきて、その役割の配置が散漫。特にそのうちの2人のヒロインは、ひとりにまとめればいいんじゃないか? とも思える。
 まあ、作者ハギンズ、のちのプロデューサー気質をすでにこのころからしっかり備えていて、きれいどころの女優をバンバン登用するような気分で、作中ヒロインだけは多めに用意していた、という印象だ。

 一方で、かなりややこしい複雑な事件の流れが、終盤になって実は(中略)という物語の構造の判明と同時にいっきにわりきれるのは、ミステリとしてはなかなかよくできているかもしれない。
 ただまあ見方によっては、一種のHIBK派ともいえそうな仕掛けでもあり、まあここではこれ以上は書けない。

 全体に骨太っぽい作風は悪くはないが、エンタテインメントミステリとしても、文芸性に頼る傾向のハードボイルドミステリとしても、それぞれ良くも悪くも中途半端(繰り返すが、良い面もそれなり、にはある)。

 ある意味では、のちにこれをもとにしたTVシリーズなんか作られたのも不幸だったかもしれない。クラシック・ハードボイルドが好きな好事家があくまで本作を単品の作品として鑑賞して、40年代の後半にこんな佳作? があったんだよ、と折に触れて語りつげばいい、もしかしたら本当はそういった作品になるはずだったようにも思えてくる。

No.959 7点 被害者を捜せ!- パット・マガー 2020/09/13 15:00
(ネタバレなし)
 1944年のクリスマス。アリューシャン列島(アラスカからロシアに向けて伸びる列島)に駐屯するアメリカ海兵隊員たちは、娯楽、特に読むものに飢えていた。そんななかで「ぼく」ことピート・ロビンズは慰問品を梱包していた新聞紙の切れ端から、地元のワシントンでの勤務先の会社「家事改善協会」の総代表ポール・ステットソンが、会社の幹部の誰かを殺したという事件を知る。だが新聞記事の紙片は中途半端に破れ、誰が殺されたかが不明。ヒマを持て余すロビンズの仲間たち十数人は、ロビンズのワシントンでの数年間分の述懐を聞き、殺された可能性のある10人の幹部の中から<いったい誰が被害者なのか>を当てる、賭け金込みの推理勝負を始める。

 1946年のアメリカ作品で、作者マガーの処女長編。
 いまさら改めて紹介するまでもない、ミステリ史に輝く革新的な作品(厳密には類似の前例はあるようだが)。
 評者は大昔の少年時代に、中島河太郎の「推理小説の読み方」で本作の存在を初めて認知。そんなぶっとんだ趣向の作品があるのかと思って数年後に当時まだ絶版のポケミス(『被害者を探せ』)も入手したが、実際に読み終えたのはそれからウン十年後の今日になった(もちろん創元文庫版)。
 ……なんだ評者の場合、『七人のおば』(『怖るべき娘達』)と、ほとんど一緒の作品との付き合い方だな・笑(向こうは「推理小説の読み方」はカンケーないけど)。

 それで本作の中身ですが、まず開幕の描写がケッサク。活字に飢えて梱包用の詰め物の婦人用ドレスの広告まで読み漁る悲喜劇の描写は、味噌蔵に閉じ込められためぐろ・こうじ(北上次郎)か、無人島に放り出された読子・リードマンかという図でいきなり爆笑させられる。でもってあまりにも(うまいこと&作者と読者に都合よく)肝心のところだけ破れている新聞記事。その欠損具合のわざとらしさにも腹を抱えて大爆笑。いやこの序盤だけなら、本題の「被害者捜し」という趣向まで踏まえて10点あげたいぐらいであった。

 とはいえそのあとはさすがにちょっとクールダウン。いや一本の小説、そして企業内の人間模様ノベルとしては十分以上に面白く(特に中盤で、ドラマを弾ませるカンフル剤みたいな女丈夫、ロレッタ・ノックスおばさんが出てくる辺りとか)、ミステリとして要求される結構にもよく応えているのは本当によくわかる。だけど出だしのインパクトがあまりに強烈すぎて、一種の出オチ的な側面が生じてしまったのは仕方がない(汗)。

 あと創元文庫の解説では折原センセイは本作を「カットバック手法」と書いているけれど、ロビンズのワシントン時代の回想が始まってからは、最後の最後にアリューシャン列島での場面に戻るまで一本調子の描写だよね? こういうのってカットバック手法って言わないと思う。
 実は個人的にやってほしかったのは、このカットバック手法の技巧で、ロビンズの述懐の合間合間に2~3回ほど、アリューシャン列島側の短い叙述をつっこんで海兵隊員たちのキャラクターをそれぞれもうちょっと事前に見せておけば、最後の推理合戦の部分も「おお、あの海兵隊員は、あの被害者を推すのか!」的にクライマックスとして盛り上がったのではないか。その辺はぶっとんだ革命的な作品ながら、さすがにまだまだ習作っぽい処女作という印象もあった。あと、最後の決め手の手がかりは、もうどうしたって後年の日本人にはわからないよね。

 そんなこんな、さらにはわざと趣向を曖昧な感じにしたタイトルまで含めて、個人的にはやはり『七人のおば』(『怖るべき娘達』)の方がより完成度の高い作品という思いではある。
 ただし本作の奇想的なインパクトとそれを支える舞台設定の叙述のパワフルさは、ゆるぎのない普遍的なものだと今でも信じる。そしてラストのくすぐったい(どっかにラブコメティストを感じる)クロージングも素敵。素晴らしい作品なのは間違いはないでしょう。
 マガー初期作5本の、残りの未読の3冊も楽しみじゃ。

No.958 6点 THE QUIZ- 椙本孝思 2020/09/11 15:24
(ネタバレなし)
 大学生・笠間翔太は、学友で恋人の添川陽奈とともに、応募倍率数百倍というクイズ番組に回答者として参加した。彼らを含む回答者10人は相応に優れた頭脳の若者ばかりで、人気の司会者・萩尾康平の進行で企画がスタートする。だがこのクイズは、一問ごとに不正解の者が順々に振り落とされ、その失格者は殺されるという恐怖の趣向だった。

 この作品の味わいを例えるなら、さだめし、流行りものということは聞いてはいるが、自分(評者)からはまず手を出さないタイプの青年漫画みたいな感じ。そんな感覚で語られる、ホラーミステリ。
 途中の展開はこの手のものとしては及第点は取っていると思うし、中盤の山場のイヤンな感じもそれなりに鮮烈ではあろう。

 2時間で読み終えられる内容だが、こんなイカれた設定なのでラストはさぞ投げっぱなしで終わるかと思いきや(中略)。まあよくあるオチの変種ともいえるが、妙な余韻を残すのは評価。たまにはこういうのもいいです。

No.957 5点 その死者の名は- エリザベス・フェラーズ 2020/09/10 12:56
(ネタバレなし)
 1930年代の後半(たぶん)、その年の1月。英国の片田舎チョービーの村。ある夜、そこに住む40代前半の未亡人アンナ・ミルンが、自分の車で人を轢き殺してしまったと青年巡査のセシル・リートに訴える。路上の死体は村で見かけない中年の男で、やがてその死体と現場の状況にはいくつかの不審な点が露見。そして肝心の死体の身元が判然としなかった。土地の警察の巡査部長サム・エッグベアは捜査を進めるが、そこに現れたのは彼の旧友で元事件記者のトビー・ダイク、そしてトビーの相棒のジョージだった。

 1940年の英国作品。評者はフェラーズ作品は、この数年内に翻訳されたノンシリーズものはいくつか読んでいるが、トビー&ジョージものはこれが初めて。一応、読む順番を選ぶことができるのでシリーズ第一弾(作者のデビュー長編)の本作から入ったが、読み終えての全体の感想は、面白いような、そうでもないような……といったところ。
 被害者の素性が半ばで一応は見定められたもののまだ疑義が残り、そして……(中略)の流れとか、終盤の(中略)とか、ミステリの作法として処女作からそれなりに高いハードルをこなそうとしている意欲は評価したい。ただし肝心の真相の相応の部分の明かされ方が(中略)というのは、ちょっとイージーに思えたりする。最初の事件(人死に)に至る事情の流れなんかは、なかなか面白いとは思ったんだけれどね。
 
 ちなみに主人公探偵コンビのトビー&ジョージの実質どっちがホームズでどっちがワトスンかわからない? という趣向は、なんかノックスを思わせる感覚で笑ったけれど、訳者あとがきななどで「迷探偵」と称されているのがわかるような、いまひとつピンとこないような……。この辺は本書の翻訳刊行の時点で、すでにのちのシリーズ作品を先に読んでいた当時の現在形ファンならわかる感触だろうか?
 
 個人的には翻訳はおおむね悪くはないと思うが、一部の人物名の表記で妙なこだわりがあるのが、ちょっとひっかかった(エメライン・マクスウェル→ほぼ一貫して「奥方」とか)。ただしこれは、役者があえて原文のクセを拾い上げたのかもしれないけれど。
 あとジョージが自分の苗字で延々と人をケムにまくのは、これは今後シリーズを読み進めれば、事情が見えてくるんだよね? 
 それなりには楽しめたけれど、期待したほどではなかったかな、という感じ。評点は実質5.5点というところで。

No.956 7点 危険な未亡人- E・S・ガードナー 2020/09/09 14:18
(ネタバレなし)
『吠える犬』事件の公判でメイスンの戦果を認めた、富裕で若々しい68歳の未亡人マチルダ・ベンスン。そんなマチルダはメイスンの事務所を訪れ、賭博船「豊角(ホーン・オブ・ブレンディ)」にてギャンブルでの負債を抱えた孫娘シルヴィア・オックスマンに関するトラブルを訴える。富豪のマチルダがシルヴィアの負債を払うこと自体は可能だが、シルヴィアの夫でブローカーのフランクがさる利権上の理由から離婚を画策。それで離婚時に自分を有利にするべく、妻がだらしないギャンブル依存症という証拠となる、胴元からの借用書を入手したがっている。だからメイスンにそれを阻止してほしいと願うのだ。かくして相棒の私立探偵ドレイクを連れ、賭博船に乗り込むメイスンだが、船上では予期せぬ殺人事件が。

 1937年のアメリカ作品。メイスンものの第10作目(長編限定?)ということで、割とシリーズ初期の作品だと思うが、洋上の大型ギャンブル船という閉鎖された舞台に二回に渡って乗り込んでいくメイスンの実働が、40~50年代私立探偵小説っぽくてステキ。
 特に第二回目の乗船では相棒のドレイクとも別働し、そこで心身ともに機転の利いた動きを見せる(公的で客観的な記録をわざと残させるため、半裸になって自ら身体検査を受けるあたりの見た目のみっともなさも、逆説的にカッコイイ)。メイスンものでこういう趣の楽しさを感じるのは本当に久々、いや初めてかもしれない。
 
 メインゲストキャラのマチルダばあちゃんは、メイスンの事務所を訪問早々「私は別に殺人を犯したわけではない」と軽口ジョーク。いや、作中のリアルでメイスンが何度も殺人事件に関わり合い、それが世の中にも広く報道されていることを前提にしたジョークだろうが、素で読むと<弁護士の事務所に入室して、いきなり自分は殺人犯ではない、と主張するおかしなばあさん>である。しかもポケミスの裏表紙あらすじでは、そんな冒頭の一幕をいかにもいわくありげに書いてあるものだから、なんかオカシイ。大昔からポケミスのこの記述は、妙に心に引っかかっていた。
 殺人の謎ときがやや複雑でせせこましいという難点はあるが、一方でサブストーリーとして語られる、ドレイクが使う外注のフリーの探偵稼業の面々の挿話なんかも興味深い。今のハムラアキラみたいな苦労話って、昔からあったんだよ。
 これまで読んだメイスンシリーズの中でも、割と面白い方でしょう。

No.955 7点 北アルプス殺人組曲- 長井彬 2020/09/08 13:02
(ネタバレなし)
 躍進中の若手画家でアマチュア登山家の植垣達雄が、北アルプスで死亡する。植垣の友人でピアニスト、そして登山の心得がある竜泉寺純は死体が発見された山地の近隣にいたが、その植垣の死の状況にはいくつかの不審点があった。独自の調査を進める竜泉寺は、植垣の家族、そして植垣が登山時に同行していたという女性教師・藤原美佐に接触するが。

 長井作品は大昔に読んだ『原子炉の蟹』以来だが、本サイトでのnukkamさんの諸作へのレビューが良い感じなので、興味が湧いて手にとってみる。(今回の本作は先日出向いた先の古書店で、帯付きだがあまり状態のよくないカッパ・ノベルス(本作の元版)を50円で買った。)

 ストーリーに必要な情報だけをポンポンと並べてくれる感じの文章(文体)はややそっけないが、それだけに非常に読みやすい。
 主な舞台の一角となる北アルプス南岳についても、ちゃんと現地の山岳図が掲載されているし、特に地形のややこしさが読む側の負担になることもない。実は読む前はそのへんがちょっと面倒臭そうかなと危ぶんでいたが、幸いに杞憂に終わった。

 冒頭の怪死? の謎、中盤の変死の謎、そして後半の密室殺人の謎、どれも小粒感が漂うのはナンだが、さらにこれらにアリバイの謎? をからめて、かなり意外な真相が待っていた。いや、nukkamさんやパメルさんのおっしゃるように犯人そのものは大方の察しが付くのだけれど、こういう大技を仕込んでいたか、という驚きではある。
 それともうひとつ、(中略)トリックはかなり豪快で、第三者に犯行進行中に何らかの形で露見してしまう危険性を考えたら、かなりコストパフォーマンスの悪い行為だったとは思う。まあフィクションでエンターテインメントだから良いのだが。
 評点は0.5点オマケ。

No.954 8点 ふくろうの叫び- パトリシア・ハイスミス 2020/09/07 14:35
(ネタバレなし)
 悪妻ニッキーと別れ、ニューヨークからペンシルヴァニアに転居・転職してきた29歳の商業デザイナー、ロバート・フォレスター。精神的に疲れきっていたロバートは、通勤中に見掛ける住居に暮らす美しい若い娘を眺めるのが、日々の心の安らぎだった。だがある冬の日、思いが嵩じたロバートはその娘ジェニファー・ティーロルフの家の敷地に踏み込んでしまう。心の過ちを恥じて謝罪して退去しようとするロバートだが、ジェニファーもまた数年前のさる悲しい事情から心に傷を負っており、彼に何か似たものを感じた。ロバートに自ら接近していくジェニファー。しかし彼女の婚約者の青年グレッグ・ウィンターズはそんな二人の関係を許すわけもなく、やがてグレッグはニッキーとも結託。ジェニファーの求愛に慎重な状況のロバートを、半ば力づくで追い詰めていく。

 1962年の英国作品。
 メインキャラ4人の立ち位置の微妙な変遷が読みどころのサスペンスミステリで、この妙味はなかなかつたえにくい。それでもそれぞれの主要人物の基本軸は、最初から最後まで一貫してるのだが。
 とにかく溜息が出るくらいに鮮やかな技巧で、かつ作家なりの思弁がつまった一冊。特に大小の役割のキャラクターを無駄にしない作法が見事。数時間、ハイテンションで一気に読み切り、最後には読み手としての強い燃焼感に包まれる作品である。
 読後感の方向性すらある種のネタバレになるおそれがあるので、詳しくは言えないが、とにもかくにも一冊のよくできた心理・群像ドラマに付き合った疾走感は大きい。

 特に後半、主人公ロバートの苦境のシーンでとんでもなく(中略)なキャラクターが出てきて、ここまで主人公を(中略)したところで、<こんなタイプ>のサブキャラを出すなんて、ハイスミスおばさんずるいよ、と一瞬だけ思ったら、さらにまた(中略)。

 ハズレがまったくないとは言わないけれど、読むたびに唖然とさせられるハイスミス作品。本筋? のリップレー(リプリー)ものとあわせて、どんどん楽しんでいきましょう。

No.953 7点 ポンスン事件- F・W・クロフツ 2020/09/06 20:53
(ネタバレなし)
 その年の7月。ロンドンから少し離れた田舎町ハーフォード。屋敷ルース荘の主人で引退した鉄工所の社主ウィリアム・ポンスン卿が、ある夜、姿が見えなくなった。気がついた執事バークスと使用人イネスが捜索を開始。やがてウィリアムの別居している息子オースチンにも知らせが行くが、当の老主人は近所の川で死体となって発見された。当初は事故死と思われたが、ウィリアムの友人の医者ソームズは他殺の可能性を指摘。スコットランドヤードのタナー警部が捜査に乗り出すが、主だった関係者たちにはそれぞれアリバイがあった。

 1921年の英国作品。
 少年時代に購入して数年前から読みたいと思っていたが、家の中の本が見つからない。そうしたら昨日ひさびさに出かけた古書市で、家の中にあるはずのものとほぼ全く同じ装丁の創元文庫(1974年の第10版)を発見。ちょっと迷った末に、売価300円+消費税で買ってきた。
 それで帰宅してからすぐに読み始め、二日間で読了。
 例によってパズラーというより地道な警察捜査小説だが、容疑者の揺れ動くアリバイ、ほぼ同格に数を増していく被疑者たち、とミステリ的な趣向でも普通に面白い。海外にまで懸命に容疑者を追跡するタナーの奮戦ぶりも盛り上がる。

 しかし創元文庫のトビラにはずいぶんとトリッキィな作品のごとく書いてあるので、それでかねてより興味を煽られていたが……ああ、こういう意味合いで、ね。いや、今となっては素朴な感じもあるけれど、謎解きミステリとしての狙いどころは21世紀の現代でも、時代を超えて微笑ましいと思う。告白による真相解明の部分がちょっと長過ぎる気はするけれど、こういうのはまだまだ好きですよ。

 ちなみに最後まで忘れていたけれど、どっかの雑誌か評論本かなんかの記事で、この作品の大ネタ((中略)は(中略)は(中略))を教えられていたんだったよな。
 最後になるまでそのことは完全に失念していた。ジジイになってから初めて旧作ミステリを読んだおかげゆえの僥倖ってのも、タマにはある(笑)。
 評価は、これを当時ドヤ顔で書いたのであろう? クロフツの茶目っ気を微笑ましく思って、0.5点オマケ。

No.952 6点 被害者は誰?- 貫井徳郎 2020/09/06 01:03
(ネタバレなし)
 連作中短編の4作を一冊にまとめつつ、各編のボリュームはものの見事に不均一。
 軽めの技巧派ミステリの連作ながら、その辺の長さの件も含めて、なんか予め思っていたものと違うものを読まされた感じ。ただしそれはそれで、各編、悪い印象ではない。
 一番長い最初の話の大ネタはおおむね読めたが、まとめ方はこちらの予想の上をいっていた。
 第二話の妙な舵の切り方もちょっと面白い……かな。

 器用な作者だから、こういうややライトな技巧派ものも書いていたのは十分に予期の範囲だったけれど、評者が実際に読むのはたしかこれが初めて。
 フツーに楽しめました。

No.951 7点 安楽死- 西村寿行 2020/09/05 05:29
(ネタバレなし)
 その年の9月8日。静岡県・石廊崎の海中で、26歳の美人看護婦、佐藤道子がスキューバダイビング中に死亡した。死因は呼吸装置の操作を誤っての事故と判断されたが、その十日後、警視庁に、道子の死は事故ではなく殺人だという匿名の通報があった。そして9月20日、新宿の雑踏のなかで一人の記憶喪失の男が見つかり、身柄を一時的に保護された。やがてこの二つの事件は、一つの流れに繋がってゆく。

 ガチガチの社会派ミステリ(体裁は警察小説)だが、海底の自然描写、病苦の果てに絶命する老犬や海中の生き物などの動物描写に作者らしい筆づかいが感じられる。
 初期作で、のちのちの作風とはかなり趣を違えるとはいえ、ああ、西村寿行の作品だという実感に変わりはない。
 登場人物では、主人公の二人(鳴海と倉持)も良いが、独自の倫理と矜持を最大限まで冷徹に追い求めることにロマンを感じる医師会の大物・九嶋のキャラクターが出色。初期の寿行はこういう、味方にすれば心強いが敵に回したらコワイ、タイプのキャラも書いていたんだねえ。
 殺人トリックへの執着は、いかにも寿行の初期作品らしい組み立てぶりだけれど、被害者に向けて仕掛けた、(中略)まで利用するという発想にはニヤリとした。寿行作品のなかではたぶんトップクラスにマトモなミステリっぽい作品だとは思うけれど、それでも<こういうイカれたファクター>を混ぜ込んでくるあたり、やっぱりこの人だなあ、という思いを強くする。
 扱っている社会派ミステリ的な主題は、とにもかくにもマジメなもので、この一冊でたぶん、当時の時点で作者が抱え込んでいた、この方面へのルサンチマンは、すべて吐き出したんだとは思うよ。
 エンターテインメントとしてはちょっとこなれのよくないところも感じたものの、読み応えは十分にあった。

No.950 6点 気まぐれスターダスト- 星新一 2020/09/03 21:21
(ネタバレなし)
 2000年3月25日初版。出版芸術社が21世紀初頭前後に刊行していた、前世代~現代(当時)のミステリ、ファンタジー、SF作家たちの比較的入手しにくい中短編を発掘する叢書「ふしぎ文学館」の一冊。
 本書は1997年に逝去した星新一、その幻の処女作や雑誌に掲載されたまま書籍化の機会のなかった作品、さらに稀覯本として高い古書価がついているジュブナイル中短編集『黒い光』の表題作ほか、なかなか読めない作品ばかりを集成した内容で、星ファンには確実に貴重な一冊。
 一般読者向けの幻の作品を集めた「PART1」と、『黒い光』ほかのジュブナイル編の「PART2」、その二部構成になっている。

 個人的には、少年時代に購入しそこねた秋田書店のジュブナイルSF集『黒い光』(の表題作)が読みたくて購入。
 もともと大昔に『009』とか『8マン』とか『鉄人28号』とかのサンデーコミックス(小学館の「少年サンデーコミックス」ではなく、秋田書店の1960年代からのややこしい名前の新書版コミック叢書のこと)の中に、秋田書店の児童向け書籍販促の折り込みパンフが挟まれており、そこでこの『黒い光』も紹介。
 そのパンフのイラストには、洋館らしき屋内で緊張する少年のアップと、彼を階段の上から見下ろす甲冑の怪人(実写版『ジャイアントロボ』の悪役幹部、ミスター・ゴールドみたいな)風の人物が描かれており、おお、この怪人が「黒い光」か!? とワクワクしたのを何となく覚えている。
 しかし今回、実作を読んでみたら、そんな甲冑の怪人なんかどこにも出てこなかった……(タダの鎧すら登場しない)。一体、何だったのだろう、アレは?

 でもって、その本題の『黒い光』の内容だが、都内周辺で一定範囲の空間から突如光が消えて、突然、完全な闇が発生する怪事件が続発。その闇の中で今まであったはずの物品が消える怪事も起きる。当初は単にイタズラ的な騒ぎだったのだが、次第に高価な宝石までが盗まれる事態に……と話がオオゴトになっていく。
 事件の背景にある科学設定なんかはいかにも昭和のSFジュブナイルという感じで、特に星新一らしさとかは感じない、香山滋だろうと高木彬光だろうと誰が書いてもいいような一作だったが、まあ個人的にはもともとこういうものが嫌いではない、というよりお好みなので、特に作者の名前は勘案せずに楽しんだ。
(ただまぁ、本音を言えば、やっぱこういうジュブナイルって、雑誌連載時か元版書籍にあった挿し絵付きで読みたいのよね。まさに無いものねだりだけど~汗~。)

 それで今回の『気まぐれスターダスト』所収の作品群総体は、執筆された時期の幅も広く、掲載雑誌とかもバラバラなので、出来ははっきり言って玉石混淆。長めの作品の中には、夜中に読んでいて眠くなってくるものまであった(すみません)。

 そんな中で、全編を読んでの個人的なベストは、パート1の最後に並べられた『火星航路』。手塚マンガの『(旧)ライオンブックス』の一編にありそうな、男女の愛を軸にした人間ドラマ宇宙SF。あまりにも重い状況を軽やかに語る、作者の冷えた筆づかいもいい。作中の主人公夫婦の明日に幸あらんことを。

No.949 6点 砂糖とダイヤモンド- コーネル・ウールリッチ 2020/09/03 19:47
(ネタバレなし)
 10年くらい前にどっかのブックオフで、状態の良い帯つきの本書を100円均一コーナーで購入。残りの5冊もないかと思ったが、そんなにうまい話がそうそうあるわけもない(笑)。

 これも蔵書の中から本が出てきたので、少し前からチビチビ読んでいた。
 旧訳ですでに一読しているのも読み返し、かなりバラエティに富んだ内容をしっかり楽しむ。

 以下、読書メモも兼ねての各編の寸評。

「診察室の罠」
……初のミステリ短編だそうである。21世紀現代の目で見ればいろいろツッコミどころも多いが、ストーリーテリングの妙は、すでにこの初弾の一編から冴え渡っている。

「死体をはこぶ若者」
……本書の中でもかなりドラマチックな状況で、袋小路に追い込まれていく主人公の焦燥が圧巻。それだけにラストに驚愕。

「踊りつづける死」
……ウールリッチらしい、謎解きの興味をくわえた都会派サスペンス。ちょっと破天荒な印象もあるが、そこもまた味。

「モントリオールの一夜」
……異郷もの。最後の反転は印象的だが、全体的にやや肉厚な感触の一編。本作を収録した原書「six Nights of Mystery」は同一テーマの連作編(主人公はバラバラらしいが)というので、一冊の書籍の形でどっかで邦訳してくれないものか。

「七人目のアリバイ」
……ノワール要素の強めな話。ラストの皮肉はオチは、まさにウールリッチの持ち味のひちつ。

「夜はあばく」
……インパクトの凄さでは、地味にこれが本書の中で随一かもしれない。この作品のある部分の逆位相的な短編を、ウールリッチ自身がのちに書いているよね?

「高架鉄道の殺人」
……創元の短編集に収録された時から大・大好きな作品。主人公の刑事もいいが、それ以上に大都会のど真ん中を貫いて疾走する高架鉄道のロケーションが最高にいい。当時の情景をCGで完全再現した、本編90分くらいの新作映画とか作られたら、サイコーだろうなあ……。

「砂糖とダイヤモンド」
……大事件に関わりあってしまった小悪党(小市民)の窮地譚。ラストのオチを勝負どころにしながら、物語全体を楽しんで書いている作者の顔が覗くようで、快い一編。

「深夜の約束」(初期ロマンス短篇)
……ボーナストラックの、初期作の非・ミステリ。短めなんであっという間に終わってしまうが、良くも悪くも人間のある種の面倒くささを感じさせる物語のまとめ方は、いかにもウールリッチ。

 読み終わって解説を読んでから、改めてこの短編集シリーズが編年順に編纂されており、それゆえ第一巻の本書がウールリッチのミステリ作品としてはかなり初期のものばかりになるのだと意識した。初期の頃からこれだけバラエティ感豊かに作品を連発できたんだんだから、作家としても大成する訳である。

 巻末の解説は丁寧で、資料も仔細。個人作家の短編傑作選の叢書としては、これ以上のものはないでしょう。

No.948 7点 兄の殺人者- D・M・ディヴァイン 2020/09/02 05:14
(ネタバレなし)
 ディバインは最後に刊行された邦訳2冊(『医師』『紙片』)しか読んでなかったのだが、だいぶ前に古本で買った本作の教養文庫版が蔵書の中から見つかったので、このたび一読してみる。

 うん、評価の高い作品だけあって、ストーリーはハイテンポ、主要登場人物も描き分けられている。先に読んだ2冊よりずっと面白い。
 3~4時間でイッキ読みしてしまったが、クライマックスはまんまと直前のミスリードに引っ掛かった。まあそんな甘ちゃんのおのれ自身に苦笑しながら、一方でそういうタイプの読者だから(中略)……と自分を慰めてみたりする(笑)。

 ただしメイントリックは、刊行された時代を考えれば、思い切り旧弊なものだよね。警察の捜査会議の場で、列席した刑事の誰ひとりとして<その可能性>を取り沙汰さなかったのか、かなり不自然な感じがしないでもない。
 あと、真相がわかったあとで考えれば、(中略)でこれまで乗り切れてきたというのも、今後もそのままのつもりだったというのも、かなり無理筋では? 
 いや、とにかく読んでいる間は十分に楽しめたんだけれど。

No.947 7点 日曜日ラビは家にいた- ハリイ・ケメルマン 2020/09/01 13:05
(ネタバレなし)
 マサチューセッツ州の一角、バーナード・クロシングの町。そこに駐在するユダヤ教の青年ラビ(律法学士で地域の教徒の指導者)、デビッド・スモールは、アマチュア名探偵としてこれまでにもいくつかの事件を解決してきた。この地での任期も6年に及び、土地の若者たちからも敬愛されるラビだが、最近になって地元のユダヤ教徒の集団「信徒会」のなかに、主流派と反主流派の抗争が勃発。信徒会の会長で電子工学会社の部長ベン・ゴーフィンクルは、自分たち主流派に与しなければ今後のこの地でのラビ任命を打ち切ると「ラビ」スモールに威嚇してきたが、ラビにはそれは了解しがたい意向だった。そんな中、信徒会の面々の息子や娘たちが容疑者になる殺人事件が発生して。

 1969年のアメリカ作品。
「ラビ」シリーズの3作目で、評者は久々に本シリーズを読んだ。
 それで先にnukkamさんもおっしゃっているが、ポケミス本文230ページのうち、マトモにミステリになるのは全体の5分の3くらいになったところで、それまでは信徒会周辺の軋轢模様、そしてその騒ぎに巻き込まれたラビの苦境が延々と語られる(のちのちのミステリとしての展開のための伏線なども、それなりに忍ばされているが)。

 ただこれがユダヤ教門外漢のこちらにはツマラナイかと言えばそんなことなく、ローカルタウンの群像ドラマとして非常に面白い。

 反主流派の狙いはユダヤ教教会のまっとうな運営とかではなく、伝統のある地域集団としての同教会内で役職を得て社会的な権威・肩書を得ること。一方で主流派の方も、反主流派が実際にとにもかくにも教会のために行ってきた寄付などの貢献を適切に評価せず、相手の言い分をほぼ全面的に否定にかかる。ラビはこの双方の身勝手な陣営にはさまれて苦労するわけだが、ここにさらに中立派やラビの愛妻ミリアムの物言いなんかがからんできて、小説として実によくできている。
 実際、なんかね、ユダヤ教うんぬんを抜きにしても、現実の近所の町内会での人事争いみたいな敷居の低いミニタウンドラマなのよ。

 そんなわけで、後半になってのミステリへの転調がやや唐突に思えるくらいだが、もともとこちらはミステリを読もうと待ち構えていたわけだし、それに前述のようにかねてから先に前ふりを設けてある面もあるので、ちょっと読み進むうちに前半からのローカルドラマと本願のミステリ部分も融和してくる。
 最後の方になると双方の興味の相乗でもうページをめくる手がとまらない。
 実のところミステリとしての興趣というか趣向は短編ネタクラスなんだけれど、伏線・手がかり・ロジックを書き連ねることで結構な読み応えは感じさせている。ギリギリまで明かされない真犯人も、かなり意外な方であろう。
 最後の古き良き時代のアメリカ、的な、さらに……のクロージングまで心地よく、久々に手にした「ラビ」シリーズ。十分に楽しめました。 
 まだ何作か未読の翻訳分が残っているけれど、さらに今からでも未訳のシリーズ4冊が出ないだろうか。まあムリっぽいけれど(涙)。 

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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